女将なんか恐くない      

9. 女将なんか恐くない 02024


 本日はようこそおいでいただき、ありがとうございました。
 私、当旅館の女将で御座います。それではとりあえず一節(ひとふし)

 ~はぁ〜
 ~グサッとよいこと、苺は研いで
 ~どっこらしょ
 ~お湯の中身も、コーラ
 ~花を裂くよ
 ~醤油な醤油な

 と、歌にも歌われる由緒ある温泉地でございます。
 温泉に御入浴なされるときのご注意を二三申し上げます。当温泉は泉質が強酸性でございますので、貴金属類、眼鏡、指輪、ネックレス等はお外しになって御入浴ください。特に銀製品はあっと云う間に真っ黒になってしまいます。

 ~はあ〜、真っ黒けのけ 真っ黒けのけ
 ~これでも30円 真っ黒けのけ

はあ、唄はもうよろしゅうございますか。失礼いたしました。勉強しなおしてまいります。
 銀製品が黒くなるだけなら磨き直せば良いのですが、銀製品と接触した皮膚も真っ黒となってしまって二度ととれません。逆手にとって簡易入れ墨としても利用できます。二の腕に銀の腕輪などなさったままで入浴致しますと、島流しの前科者と間違われますのでご注意ください。防水時計もあっと云う間に浸食されてお湯が入り込みます。メタルフレームの眼鏡はフレームが浸食されますので、湯船の底にレンズが多数落ちて沈んでおります。中には割れているレンズも御座いますのでご注意ください。
 温泉を身体によいからという理由でお飲みになる方もいらっしゃいますが、虫歯を治療なさっているお客様は、銀歯が溶けて虫歯が痛みだしますのでお勧めいたしかねます。時折、金属製の体のサイボウグ様がお風呂に入りに行ったきり行方不明となることがございますが、当旅館及び女将は一切関知いたしておりませんのでご了承願います。
 当温泉をトレビの泉と間違えて硬貨を投げ入れる方が御座いますが、10円玉、100円玉は3時間で溶けてなくなってしまいます。その関係で銅イオンおよびニッケルイオンが大量にお湯に含まれております。健康に良い影響を与えるとは言いかねますので、「買ってはいけない:温泉編」で取り上げられたことでも有名でございます。あの本は当旅館に無断で書かれた内容でございまして、けしからんことでございます。まことに「勝手はいけない。」と言いたいのはこちらでございます。不思議なことに何故か1円玉だけは溶けずに残っております。湯船の底には1円玉が大量に堆積しておりますが、これは投げ込む人が貧乏だったわけではないのでご注意ください。硬貨は溶けてしまうので紙幣を投げ込む方がいらっしゃいますが流しが詰まってしまう恐れが御座いますので、紙幣は(特に高額紙幣)は私にお渡しください。ありがたく有意義に使用させていただきます。
 湯質の関係で他の材質で作った湯船はあっと云う間に浸食され穴が開いてしまうものですから、湯船の材質は純金を使用しております。当旅館自慢の純金風呂でございます。お客様の中には削って持って帰ろうとなさる不届きな方も中にはいらっしゃいますが、お風呂からお上がりになる際には徹底的に身体検査をいたしますので出来心を起こしても無駄で御座いますのでぐっとこらえてください。警備員はけつの穴まで調べますのでご協力をお願いいたします。犯行が発覚した場合は当旅館において強制労働、もしくは犯行が悪質な場合は即時処刑、遺体は温泉に遺棄されることになっております。遺体は2時間ほどで溶解いたしまして骨も残りませんので、いままで官憲に発覚したことはございませんのが当旅館の自慢でございます。
 当温泉の効能は、万病に効くとされています。効かなかった場合はそのような証言をよそでなさられては大変困りますので、闇から闇に葬られることになっておりますのでくれぐれもご注意くださいますよう、老婆心ながら御注進申し上げます。
 当地は標高7000mの高地に御座います関係で非常に夜は冷えますのでご注意ください。特にアルキメデスな方は、湯船からお湯があふれるさまを見て、いきなり湯船を飛び出し「ゆうれか、ゆうれか」と叫びながら裸のまま外を走り出すことがしばしばございますからご注意くださいませ。そのため、当旅館の回りには裸で遭難したギリシャ人の墓が多数ございます。哲学なのも善し悪しでございます。この様子を都々逸にいたしましたのが

 ~ギリシャのお偉い賢人様が 発見したのは 科学の真理か ゆうれいか

はあ、唄はもうよろしゅうございますか。失礼いたしました。勉強しなおしてまいります。
 このように湯冷めは大変危険でございますから、露天風呂からお上がりになりますときは、防寒服をご着用なさるか、防寒服を着用のままのご入浴なさるか、防寒服だけ温泉につけるかがよろしいかと存じます。  それでは、ごゆっくりおくつろぎくださいませ。
 え? なんですか。女将、嘘ばっかり云うな? とんでもございません。すべて本当のことでございます。森鴎外も「最後の一句」で書いておりました。「女将(おかみ)の事には間違はございますまいから。」
(改稿2002/2/3、初稿2000/10/13)

赤ずきんちゃん★ブレイクダウン主催 ウソツキ雑文企画参加作品


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