以下は、相撲協会の答弁書です



  平成16年(ワ)第373号損害賠償請求事件

原 告  野田 順一

被 告  財団法人 日本相撲協会


答  弁  書



平成16年7月7日

横浜地方裁判所小田原支部民事部D係 御中

  〒107-0052 東京都港区赤坂二丁目17番7号 赤坂溜池タワー6階
        田中・秋田・中川法律事務所(送達場所)
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         FAX 03−5561−6649

被告訴訟代理人弁護士  伊佐次  啓 二
同 大 曲  紹 仁
         同 阿 部  裕 介


第1 請求の趣旨に対する答弁

 1 原告の請求を棄却する
 2 訴訟費用は原告の負担とする
 との判決を求める。

第2 請求の原因に対する答弁

1 請求原因1は認める。

2(1) 請求原因2(1)の事実は認める。

 (2)請求原因2(2)のうち、国技館では、大相撲の興行を始めとして種々のイベントが行われる
こと、興行場法第4条第1項及び第2項の規定の内容、並びに被告が国技館を管理していること
は認めるが、その余の主張は争う。

 興行場法は興行場における喫煙を禁止しておらず、よって被告は喫煙者の喫煙行為を制止
する義務を負うものではない。

 (3) 請求原因2(3)のうち、健康増進法第25条の規定の内容は認めるがその余の主張は
争う。

 健康増進法25条は、被告に対して、受動喫煙の防止措置につき法的義務を課していない。

 (4) 請求原因2(4)の主張は争う。

  被告はかかる管理責任を負うものではない。詳しい反論については主に第3の3で後述する。

 (5) 請求原因2(5)のうち、@中の喫煙行為による副流煙は人体に有害な物質が多く含まれ、
発ガン性もあること及び喫煙行為が公衆衛生に害を及ぼす虞れがあることについては否認し、その余
の主張は争う。

 煙草の副流煙に含まれる物質によって、受動喫煙をした人にガンが生じること等健康に影響が
あることは科学的に立証されていない。同様の理由から、喫煙行為が公衆衛生に害を及ぼすお
それがあるとは言えない。
また科学的立証がない以上、そのことが広く一般に知られているという事実も存在しない。原告は、
喫煙による副流煙は人体に有害な物質を多く含み、発ガン性があることを証する書証として甲第3
号証を提出するが、同書証は、その作成者はおろか、出典が全く不明であって、証拠としての価値
は全くない。また。その内容においても、単純に主流煙と副流煙に含まれる物質の発生量を比較し
ただけのものであって、それらの物質がいかなる意味において有害なのか、また当該物質の副流煙
中の含有量と受動喫煙との関連性、さらには人体への影響の程度はいかなるものなのかについては
何ら述べるものではなく、また原告が主張している発ガン性についても、これに関連する記載項目
は見受けられないので あって、原告主張の事実を何ら裏付けるものではない。

被告の主張に対する反論は第3において後述する。

3 請求原因3の事実及び主張は否認ないし争う。

  被告の主張する「チケット保有者が観戦につき不快感や健康に害を及ぼすことに必要な配慮と
措置を講ずべき善管注意義務」や 『「大相撲を支障なく観戦すること」を請求できる債権契約上の
地位』なるものは極めて曖昧かつ抽象的であり、要するに原告の主観的な期待を主張するにすぎず、
そもそも客観的であるべき法的権利義務とは到底言えない。

 被告は原告に対して、大相撲興行を観戦させるという債務を負うに過ぎず、それ以外の債務を負う
ものではない。詳しい反論は、第3の3(1)において後述する。

4 請求原因4のうち、大相撲5月場所が14日間である点は否認する。大相撲5月場所が開催され
る期間は15日間である。その余の事実は認める。

5 請求原因5の事実は不知。

6 (1) 請求原因6(1)の事実は不知。

 (2) 請求原因(2)及び(3)については、否認ないし争う。

被告が灰皿を設置した行為は喫煙を励行するものでない。

7 (1) 請求原因7(1)の事実は不知。

  (2) 請求原因7(2)の事実のうち煙草による副流煙は発ガン性が指摘され、公衆衛生の面から
健康に悪影響を及ぼすことは公知の事実であることについては否認し、その余は不知。

 第2の2(5)で述べたとおり、煙草の副流煙に含まれる物質によって、受動喫煙をした人がガンを
発症すること等健康に影響があることは科学的に立証されておらず、それゆえそのことが公知の事
実であるということもない。

 (3)  請求原因(3)のうち事実については不知、主張については争う。
   原告には、被告が賠償すべき損害は発生していない。


第3 被告の反論

1 事実関係について

  原告は平成16年5月23日に被告の管理する国技館において受動喫煙を受けた旨主張する
が、被告はこれまで、原告から、受動喫煙を防止する措置を取るよう申し入れられたこともなく、
また大相撲興行当日及びそれ以降も、原告から被告の受動喫煙に関する措置について苦情を受け
たことはなかった。

2 原告の主張の整理

 原告の主張に反論する前提として、原告の主張する被告の責任原因を整理すると、以下のよう
になると思われる。

 (1) 被告の債務不履行責任の主張

  被告が@興行場法第4条に基づいて喫煙行為を制止すべき義務、A健康増進法第25条に基づ
く受動喫煙の防止措置義務及びBチケット保有者が観戦につき不快感や健康に害を及ぼずことがな
いよう必要な配慮と措置を講ずべき善管注意義務等を怠り、原告の大相撲観戦に支障を生じさせた
ことは債務不履行にあたる。

  (2) 被告の不法行為責任の主張

 被告が(i)興行場法第4条に基づいて喫煙行為を制止すべき義務を怠った過失、(A)灰皿を設置し
て喫煙行為を励行した故意、及び(B)健康増進法第25条の受動喫煙の防止措置義務を怠った過失
により、 被告には不法行為責任がある。

  (3) 以下、被告の各主張について反論する。

3 被告に債務不履行責任がないこと

(l) 被告の債務は大相撲興行を観戦させるものであり不随義務はないこと

  (i) そもそも、被告が大相撲興行のチケット保有者に対して負う契約上の債務は、国技館にお
いてチケット保有者の座席を提供し、大相撲興行を観戦させるというものであり、それに尽きる。
 よって、被告が特定のチケット保有者と特段の合意をしない限り、 被告はチケット保有者に対
してそれ以外の債務を負うものではない。
 本件において、原告と被告はチケット販売にあたり、原告の付近を禁煙にするなど特段の合意をし
ていない。よって、被告は原告に対して大相撲興行を観戦させること以外、特別な債務を負うもの
ではないのは当然である。

  (A)  なお、原告は、上述のとおり、大相撲を楽しく支障なく観戦することを求める請求権 (これ
が法的な権利義務足りえないことは上述した)などを縷縷主張するが、そのような合意も無かった状況
で、そもそも何故にそのような契約上の権利義務が生じるか、全く不明と言うほか無い。

 (B)  また、原告は、喫煙行為による受動喫煙の被害が十分予想される ところ、被告には、当然受
動喫煙の防止措置を講ずべき義務があるなどと主張する(請求の原因第6項(2))。しかしながら、喫煙
は個人の嗜好として社会的に広く是認された行為であり、現在のところ喫煙行為自体を強制的に禁止・規
制する法律があるわけでもなく、結局のところ、受動喫煙の被害の存否及びその内容は、各人の喫煙に対
する評価のありかたによって千差万別である。加えて、そもそも受動喫煙の健康への影響も科学的に立証
されたわけでもないし、まして大相撲興行開催中における観戦者のタバコ煙の曝露が、どの程度の生命及
び身体に対する危険性を有するものなのかも、全く明らかではない。したがって、原告の上記主張の前提
となる「受動喫煙の被害」の内容は、依然抽象的である。喫煙自体が社会的に是認され、法規範たる健康
増進法ですら分煙措置を努力規定とするに止まっているのにもかかわらず、このような曖昧かつ抽象的な
前提事実に基づいて、一私人たる被告だけに、原告に対して受動喫煙の防止措置を講じなければならなか
ったという私法上の債務が当然に生じるものではない。

(C) ところで、たしかに判例上、ある種の法律関係によっては契約上の付随的債務として他人の生命及び
健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務として安全配慮義務が認められることもあり得るが、安全
配慮義務が付随義務として認められるのは、雇用関係や学校と生徒の関係などの継続的関係に限られ、か
つ当該他人の生命及び健康等に対する危険は予見可能な程度に現実化して、特定されていなければならな
い。しかしながら、本件は、大相撲観戦にかかる契約という一過性の関係であり、受動喫煙はせいぜい非
喫煙者の個人的評価として不快感をもたらす以上に生命及び健康等に対する危険は予見可能な程度に現実
化して、特定されてもいないから、そもそも上記の安全配慮義務の議論が間擬される余地もない。

(2) 興行場法及び健康増進法に基づく義務の不存在
 原告が債務不履行責任を主張する場合、原告と被告との間の私法上の契約関係が問題とされるのであって、
原告被告間には特段の合意はない以上、行政法規である興行場法及び健康増進法の規定が、直ちに私法関係
である契約上の義務となることはないが、原告は、被告がこれらの法に違反していること等を縷縷述べるので、
以下これに関して論じる。

(3) 被告に興行場法に基づく義務がないこと
 興行場法第4条は「場内を著しく不潔にし、その他公衆衛生に害を及ぼす行為をしてはならない」と定め
ている。
 喫煙は個人の嗜好として社会的に是認されたものであることは公知の事実であり、かつ、タバコ煙の健康
への影響も科学的に立証されているわけでもないのだから、興行場の場内を「著しく」不潔にするものとは
到底解されないし、法解釈上かかる例示に準ずべき「その他公衆衛生に害を及ぼず行為」にもあたらないこ
とは社会通念上明白である。

よって、被告には喫煙している者を制止すべき契約上の義務はなく、この点において被告に債務不履行はない。

(4) 被告に健康増進法に基づく義務がないこと
 健康増進法第25条は、同条に違反した場合に罰則が殴けられておらず、受動喫煙を防止するために必要な
措置を講ずるように努力すべきことを定めた規定にすぎない。よって、被告は、同条に規定される努力義務
の範囲を超えて、受動喫煙の防止措置をすべき法的義務を直ちに負うものではない。

 また、そもそも健康増違法は、「国民の栄養の改善その他の国民の健の増進を図る」ことを目的とする法律
(第1条)であって、その目的を達成する措置として同法第25条に努力規定を規定しているが、同法25条の
義務が仮に果たされなかったとしても、それは同法の目的に照らして、「国民の健康の『増進』」という措置の
実現が事実上奏効しないという効果を発生させることになりうるに過ぎず(他方で、法は同条を努力義務とする
以上、かかる効果自体も結局は許容している)、このことが受動喫煙を受けた者の健康に損害を与えたことにな
るとまで同条は規定してはいない。要するに、同法と私法の趣旨、目的が異なるのであって、同条と、被告の原
告に対ずる民事資任とは、元々何ら関連ずるものではない。

 以上より、特段の合意をしていない原告と被告において、同条の単なる努力規定から、受動喫煙の防止措置
講ずべき契約上の義務が発生することもなく、この点でも被告に債務不履行はない。

 (5) 以上のとおり、被告はいずれの点からも債務不履行責任を負わない。

4 被告に不法行為責任はないこと

(1) 被告に興行場法及び健康増進法に基づく私法上の義務がないことは上記第3の3(3)及び(4)のとおりであり、
よって被告に義務がない以上過失も存在しない。

(2) 被告に故意はないこと
 原告は、灰皿を設置することによって、健康増進法25条の立法精神とは逆の喫煙行為を奨励ずる故意があった
などと主張する(請求の原因第6項(2)が、まず、事実上の反論として、当然ではあるが、被告はチケット保有者
の健康を害そうとして灰皿を設置しておらず、被告に故意がないことは明白である。枡席に灰皿を設置しているの
は、喫煙者がいた場合に吸い殻によって枡席が汚損したり、吸い殻の不始末等により火災が発生することなどを防
ぐためであり、喫煙を何ら励行するものでない。それゆえ、原告の主張はその前提事実自体が間違っている。他方、
法律上も、@健康増進法25条は努力規定を定めるに止まっており、同条の立法精神といえども同条の文言の範囲
内で解釈されるべきであること、及びA上記3(4)で述べたとおり、同条と、被告の原告に対する民事責任とは、関
連性がないことを考慮すると、被告に健康増進法25条に基づいて直ちに分煙措置を講しなければ、私法上も原告
に対する不法行為責任が当然に肯定されるという議論はそもそも成り立たない。

 (3) 以上より、被告は不法行為責任を負わない。

5 原告に損害はない

 原告は、請求の原因第7項(2)において、「煙草による副流煙は、有害物質が多量に含まれ、公衆衛生上の観点から
も発ガン性などが指摘されており、公衆衛生の面から健康に悪影響を及ぼす恐れがあることは公知の事実」であるこ
とを当然の前提として、損害論を論じるが、上述の通り、かかる前提事実は、何ら科学的に立証されたわけでもなく、
公知の事実でもないのであるから、そもそも損害論を論じる前提を欠くものである。

 加えて、たとえ原告の席の付近に、原告が主張するような喫煙者が喫煙をしていたとしても、喫煙が個人の嗜好と
して是認された我が国の社会において、原告の受けた不快は、原告個人の主観的な評価の問題にすぎず、法的評価
として、賠償に値するような損害は発生していない。

 また、本件のように国技館という広い施設の中で、しかも相撲競技の観戦の間という短時間に他人の煙草の煙を浴
びたとしても、原告の健康に対する影響は全く明らかにされていないのであって、損害の発生はおろか、いかなる
損害が発生したのか、その特定すらもなされてはいない。

 その他、大相撲観戦のチケット入手経緯も含め、原告の大相撲観戦に対する思い入れも原告の主観的なものに過ぎず、
原告が請求の根拠としている受動喫煙とは全く関係がないから、損害賠償を求める根拠となりえない。
  以上、原告が訴状において主張する損害論は、前提事実を欠き、かつ、その損害の内容及び程度について何らの
特定すらされてはおらず、その損害の発生は何ら認められない。



6 以上のとおり、被告は債務不履行責任及び不法行為責任を負わず、またそもそも原告に損害は発生していないから
原告の請求に理由は全く存在せず、その請求は直ちに棄却されるべきである。

  添付書類

     訴訟委任状             1通
                              以 上

 



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