タイムアタック論

Written by まんさく

はじめに

ゲームのタイムアタックのような、記録の数値を競う類のやりこみにおいて、戦略の優劣は記録だけから判断することは出来ません。ここでは、記録の背景にある確率分布に焦点を当ててタイムアタックについて考えてみたいと思います。

確率分布

同じ戦略で同じ人が挑んでも出る結果にはバラつきがあります。何度も同じ様に挑戦して統計をとったとしましょう。どれくらいの記録がどの程度の頻度で出るかの確率分布が見えてくるはずです。以下にいくつかの例を示します。

正規分布 安定分布 一か八か分布

分布の形は戦略プレイヤーの腕前に依存しています。つまり、戦略を練ることによってより右側に寄った分布を編み出したり、腕を磨くことによって分布内のピークを右に寄せたり出来るわけです。

戦略改善後の分布 練習後の分布

戦略の優劣比較

タイムアタックの記録は確率分布からサイコロをふるようにして得られた1つの値に過ぎません。そのため、結果の数字のみに着目することは、用いた戦略の1側面しか見ていないということになります。例えば、あるゲームで2人のレコードホルダーがいたとしましょう。しかし、1人はその記録をざらにたたき出すことが出来ますが、もう1人は試行回数にものを言わせて1回出したっきりかもしれません。記録のみを見ている限りではこの2人は同程度に凄い人ということになります。

得られる数字の根源にあるのは、戦略と練習によって生み出された確率分布です。ならば、確率分布で比較すれば優劣がはっきりするでしょうか。しかし、確率分布ってどうやって比較するんでしょう。1と6しかでないサイコロと5しかでないサイコロ、どっちを選びますか?自己ベストを目指すなら前者、ギャラリーの前なら後者かもしれません。しかし、勝率自体は五分五分です。優劣つけられません。そもそも、確率分布なんて統計でもとらない限りはっきり分かるものじゃありませんしね。

確率分布自体の比較は簡単ではありません。だから1側面のみを取り出して勝負をするわけです。タイムアタックには色々な勝負形式があります。自己ベストの記録で競ったり、大会やネット中継で一発勝負したり。ゲーム内時間で競ったり、リアルタイムで競ったり。1側面でしか勝負できないため、着目する側面をルール設定によって変えているわけです。

自己ベスト勝負なら、そこそこ現実的な確率のラインが右の方にありさえすれば、左側の方の分布の形はどうでもいいわけです。一方、一発勝負の場合、最低ラインや平均ラインを右に寄せることが重要になります。

タイムアタック大会を観戦したりする場合、単に誰が勝っているかだけ追うよりも、どのような戦略を用いているか(堅実型か博打型かなど)に着目してみるとより楽しむことができます。トッププレイヤー同士、アプローチは違えど分布に優劣はつけられない場合が多いですから。

おまけ:Tool Assisted Speedrun

近頃、エミュの機能をフル活用して理論上限界を目指すTASと呼ばれるスタイルのタイムアタックが流行っています。(詳細は [スーパープレイ動画基礎知識] で解説しています。)要するに、人間離れした精度と運の良さで完璧に操作した様子を「つくりだす」技術です。

TASを本レポートの言葉で言い換えると、用いた戦略に対して腕を磨いて得られる分布の究極形をあっさり実現出来る勝負ということになります。

追記による分布

しかし、分布の右端を競う勝負にTASを使ったらただのインチキですが、タイムアタックは分布自体を右側に寄せる戦いでもあることを忘れてはなりません。TASは一番右の右まで伸びた分布を探しあてるという全く別の戦いなのです。例えばドラクエで、攻撃は全て会心の一撃、敵の攻撃は全部かわせるという状態を考えてみてください。既存の戦略は全て白紙にして、一から練り直さなければならないことが分かると思います。プログラムレベルでのゲームの挙動に対する一般離れした知識度肝を抜くような発想力によって、極限まで速い動画がつくられているわけです。そう考えれば、TASもまっとうなタイムアタックとは別個に楽しむことが出来るのではないでしょうか。もっともTAS職人達の一番の戦いはひたすら時間を割くことかもしれませんが(1分のムービーを1時間かけて撮ったり)。