「朝ロ包括的戦略的パートナーシップ条約」の軍事同盟的本質
10月14日付のロシア・トゥデイ(RT)は、プーチン大統領がロシア議会に対し、プーチンが6月20日の訪朝に際して金正恩国務委員長との間で署名したロ朝包括的戦略的パートナーシップ条約(以下「条約」)の批准を公式に求めたことを報じました。翌15日のスプートニク通信は、ロシア大統領府のペスコフ報道官が同日、「条約の規定については説明不要であり、曖昧な内容はない。もっとも主要なことは、安全保障を含めてあらゆる分野において真に戦略的であるということだ」("In the agreement, the wording itself, you listed them yourself, they do not need further clarification, these formulations are quite unambiguous. But at the same time, the main thing is probably that this agreement implies really strategic in-depth cooperation in all areas, including in ensuring security,")と述べたことを紹介しました。
同じ10月15日付のスプートニク通信は、「ペンタゴンの頭を冷やすロ朝条約」(原題:'Unique' Russia-North Korea Pact Can Cool Pentagon Hotheads, Stabilize East Asia: Here's How)と題して、上記ペスコフ発言を念頭に、「条約は「包括的戦略的パートナーシップ条約」とされているが、相互軍事支援について定めた条項から、これは軍事・政治同盟条約であることを示す」と指摘した、ロシア極東連邦大学国際政治学教授のアルティヨム・ルーキン(Artyom Lukin)の解説記事を掲載しました。この解説記事は、金正恩・朝鮮が対ロ関係を対中関係以上に重視する所以を理解する上で貴重な判断材料を提供しています。
すなわち、習近平・中国は、金正恩・朝鮮との関係を重視し、米日韓の対朝鮮敵対政策が朝鮮半島情勢の最大の緊張要因であるという判断に基づいて、半島の平和と安定を実現するために積極的な役割を果たすことを基本としています。対米・対日・対韓国関係は決して良好ではない(むしろ多くの矛盾を抱えている)けれども、関係改善の可能性がある限り、その可能性を重視する。したがって、対米日韓関係を自ら決定的に悪化させる意思はありません。
これに対してプーチン・ロシアは、ウクライナ戦争により、ウクライナを支持・支援し、ロシアを「侵略者」と断定し、最大限の制裁措置を課す米日韓三国とは敵対関係にあり、米日韓の敵対的アプローチに直面する朝鮮とは基本的に「同病相憐れむ」関係にあります。米日韓が金正恩・朝鮮にとって最大の軍事的脅威であることは言うまでもありませんが、「ルック・イースト」を標榜し、極東ロシアを含む東アジアを戦略的に重視するプーチン・ロシアにとっても、日本・韓国(さらに豪・NZ)を先兵として中ロ両国を包囲しようとするアメリカの軍事戦略は重大な脅威です。プーチン・ロシアと金正恩・朝鮮は米日韓(豪・NZ)という軍事的脅威に対抗するべく、デタランスとしての軍事同盟関係の構築に迫られている、と言えます。
以上の背景のもとでプーチン訪朝から今日までのロ朝関係の推移を振り返る時、7月のロシア軍事代表団の訪朝と9月のショイグ・ロシア連邦安全理事会書記の訪朝が、条約の軍事面の中身を詰める点で重要な意味を持っていたことを確認できます。すなわち、金正恩は7月18日にロシア軍事代表団と会見しましたが、代表団のトップはクリボルチコ国防次官であり、金正恩が次官レベルと会見することは極めて異例です。しかも、7月19日付の朝鮮中央通信は、「(会見の)席上では、相互の安全利益を守るための両国間の軍事分野協力の重要性と必要性に対する認識が共有された(強調は浅井。以下同じ)」ことを紹介しています。また金正恩は9月13日にショイグと会見しましたが、9月14日付の朝鮮中央通信は、この会見で「朝ロ両国間の戦略対話を引き続き深化させ、相互安全利益を守るための協同を強化していく問題と、地域および国際情勢に対する幅広い意見交換が行われ、上程された問題に関して満足した見解の一致を見た」と紹介しました。さらにこの記事は、「同日夕、金正恩総書記はロシア連邦安全理事会のセルゲイ・ショイグ書記長と再び会見し、建設的な談話を続けた」ことも紹介しています。金正恩・ショイグ会談が単なる儀礼的レベルを超えた実質的中身の濃いものだったことが理解できます。
ただし、金正恩・朝鮮が軍事同盟の領域に踏み込んだ対ロ関係を、政治レベルの段階を越えることはあり得ない対中関係以上に重視する必然性があるからといって、「朝中関係が冷却した」とする巷間にあふれる見方は失当極まりない、と言わなければなりません。
戦略的思考に長じる金正恩は朝中関係そのものの重要性を深く認識しています。また、中国が米日韓との関係を維持することは、朝鮮半島を含む北東アジアが冷戦構造一色に染まることを回避することを可能にします。さらに、ウクライナ問題解決(米日韓にとって不本意な結末で終わる可能性が高い)の暁には、米日韓は対ロ政策の見直しを余儀なくされるだろうし、そうした国際的大環境の下で、米日韓が対朝鮮敵視政策に固執することに対する国際的批判も高まる可能性も出てくるでしょう。その時は正に中国の出番となるわけです。戦略的思考に長けた金正恩はそうした長期的スパンの下で朝中関係を位置づけているに違いありません。
なお、「朝ロ関係の緊密化とは逆に、中朝関係は冷却化している」とする俗論からすれば、朝ロが正式な軍事同盟関係に入ることに対して中国は冷静ではいられない、という受け止めになるでしょう。しかし、このような受け止め方は、ソ連崩壊後のロシアと中国の間で30年以上にわたって積み重ねられ、習近平・中国とプーチン・ロシアの間でさらに磨きがかかった相互信頼関係を見届けられない、俗流パワー・ポリティックス論者(悲しいことに絶対多数派)の独断的偏見でしかありません。中朝に関しても、勇猛果敢に訪中してトップダウンの中朝関係の道をこじ開けた金正恩・朝鮮とこれを高く評価し、対応する習近平・中国との関係は戦略的に安定している、と私は判断します。さらに、これから紹介するルーキンの解説内容は中国の朝鮮半島に関する認識と基本的に一致しています。したがって、中国は朝ロ軍事同盟関係に関して、米日韓に対する考慮から、好意的無関心を決め込んでいると見るのが妥当でしょう。
以上から分かると思いますが、ルーキンの解説記事は、私たちの戦略的思考を誘う知的でかつ刺激的な(thought-provoking)文章です。以下にその要旨を翻訳・紹介します。
プーチン大統領は、朝鮮との条約を審議し、批准するよう、ロシア議会に指示した。ルーキンはこの条約にコメントして、「条約は「包括的戦略的パートナーシップ条約」とされているが、相互軍事支援について定めた条項から、これは軍事政治同盟条約であることを示す」とスプートニク通信に述べた。
(条約の内容)
23の条項からなる条約には次の二つの規定がある。すなわち、第三国から攻撃の脅威がある場合、署名国は「いずれかの要請にしたがって協力措置に同意し、当該脅威の排除のための協力を確保する( "will agree on cooperative measures in accordance with requests of either party and ensure cooperation in eliminating the threat.")」。また、「一方の当事国が一国以上の武力攻撃によって戦争にある場合、もう一方の当事国は直ちに、可能な限りの手段によって軍事援助を提供する("if one of the parties finds itself at war due to an armed attack by one or more country, the other party will immediately provide it with military assistance by all means at its disposal.")」。
(前例のない挑戦に対処するユニークな条約)
ルーキンは、この条約は「ユニーク」である、と指摘して次のように説明した。すなわち、朝鮮は、旧ソ連邦諸国を除き、ロシアがこのような協定を結んだ最初にして唯一の国である。ロシア連合同盟国であるベラルーシ及びCSTOメンバー諸国のみが同様の安全保障関係にある。「新同盟国・朝鮮に対する侵略が起こった場合、ロシアはこれを防衛する義務を負うことになる。また、ロシアに対する侵略が起こった場合には、朝鮮はやはり、軍事的支援を含む全ての可能な支援をロシアに対して提供する義務を負う。」(浅井注:朝鮮がウクライナに派兵していると、ウクライナ、韓国が大騒ぎしていますが、その真否はともかく、この条約を前提とすれば、朝鮮がロシアの要請に基づいてウクライナに派兵することはあり得ることであり、騒ぎ立てる方がおかしい、と言うべきでしょう。) 条約は両国にとって利益になるものであり、朝鮮半島における戦争のリスクを減少することにも資する。韓国はますます挑発的になっており、韓国と米日との軍事的結びつきの強化と合わさって、新たな紛争を引き起こしかねない。「ロシアは、過去、現在及び将来を通じて軍事的に世界最強国の一つであり、核超大国でもある。ということは、ロシアがこの条約に基づく義務を果たすことが要請され、朝鮮を支援する事態になった場合、韓国とアメリカが対処しなければならないのは朝鮮だけではなく、朝鮮とロシアということになる。」今日の状況下においては、ピョンヤンとソウルとの間の戦争は米韓による絶え間ない挑発によって引き起こされる可能性が高いので、ロ朝戦略パートナーシップは「北東アジア安定化に向けたステップ、北東アジアの平和に向けたステップ」となるだろう。なぜならば、この条約は、朝鮮を一方とし、韓国及びその同盟諸国を他の一方とする、軍事力の増大する不均衡を是正することに資するからである。
朝鮮だけでは、米日と同盟している韓国と競うことはできない。「アングロ・サクソンが言うように、『弱さは挑発する』('weakness provokes')」のであって、朝鮮だけでこの脅威に立ち向かえば侵略の餌食となるリスクをはらむ。「韓国憲法は、朝鮮半島全体がソウルの支配下にあるべきだとしており、金正恩が最近述べた(浅井注:金正恩が何時この発言をしたかは私には不明です。) ように、朝鮮がもっとも警戒しているのはアメリカではなくて韓国である。したがって、ロシアとの条約が存在することは、何よりもまずソウルの頭を冷やす要素となり、同時にその同盟諸国の頭も冷やすことに資するだろう。」
ルーキンは最後を次のように締めくくった。「もちろん、米日韓のトリオはロ朝の新たな脅威に対してさらに団結を強めて対処すると主張する可能性はある。しかし、これは猫かぶりでしかない。なぜならば、この条約のあるなしに関係なく、この三国は軍事力を強化し、軍事的政治的統合を進めるからである。」