中東危機の元凶-狂気のネタニヤフと頑迷なバイデン-
個人的・政治的保身がすべてのネタニヤフの狂気とイスラエル支持・支援しか眼中にないバイデンの頑迷が世界を巻き込む中東戦争の勃発を招こうとしている。タイム、ネーション及びアルジャジーラが期せずして同じ8月1日に掲載・発表した文章が異口同音に指摘した中東危機の真因です。個人的政治的延命に執着するネタニヤフがアメリカを引き入れる対イラン・中東戦争を画策し、イスラエルの存続確保を至上課題とする確信の虜になったバイデンはもはや大局的判断ができない痴呆状態に陥っている。3文章に共通する認識と言えるでしょう。ネタニヤフの狂気で世界の前途が左右されかねない事態に陥っており、「世界一極支配」という妄想に今なおしがみつく年老いたバイデンはその狂気に振り回されている。21世紀の世界は今なお20世紀までの歴史を繰り返そうとしている。正に目を覆いたくなる惨状です。
ネタニヤフの狂気がまかり通る原因としては、バイデンの頑迷に加え、イスラエル国家そのものの右傾化という問題を直視する必要があります。8月12日付のフォリン・アフェアズがこの問題を論じる論文を掲載しました。
もう一つ注目すべきは、ハマスの奇襲攻撃(2023年10月7日)とイランの報復作戦(本年4月14日)がイスラエルの軍事的自信を打ち砕き、国家の前途に対する不安を引き起こすという、イスラエルが建国以降初めて味わう精神状態に陥っているという指摘です。8月5日付のフォリン・アフェアズに掲載された文章がそれです。
中東危機打開の可能性はないのか。8月8日のニュー・リパブリックは、カマラ・ハリスが大統領選挙に勝利する可能性をたぐり寄せるにはバイデンのイスラエル支持政策と一線を画す主張を打ち出す以外にない、と指摘する文章を掲載しました。
中東危機を考える上で、いずれも一読の価値があると思います。要旨を翻訳紹介します。
<タイム:「戦争ににじり寄る中東」>
*原題:"The Middle East Is Inching Toward Another War"。執筆者:トゥリタ・パルシ(Trita Parsi the executive vice president of the Quincy Institute for Responsible Statecraft)。ハニヤ暗殺の背後にイスラエルがいることはほとんど疑いの余地はない。テヘランの周章狼狽を最大限にする手の込んだやり口(ペゼシュキアン大統領就任数時間後の暗殺)により、イスラエル政府はイランの報復の可能性を最大限に引き出した。なぜならば、ネタニヤフは大規模戦争を引き起こして、アメリカをその戦争に巻き込みたいからである。イスラエルはその戦争で高いコストを支払うことになるが、ネタニヤフにとっては多くのメリットを獲得することができる。
第一、ハニヤ暗殺によってハマスとの休戦取引の可能性を完全に殺すことができる。ネタニヤフは戦争を終わらせることになる取引に一貫して反対してきた。イスラエルの日刊紙・ハアレツによれば、これまでの交渉の中で大事な時になるたびに、ネタニヤフはメディアに敏感な情報をリークして交渉を妨げてきた。バイデンもタイムに、ネタニヤフは自らの政治的キャリアのために戦争を引き延ばしているのではないかという質問に、「そういう結論を出すべきあらゆる理由がある」と述べた。ネタニヤフは、人質に関する取引の成立によって彼の政権は崩壊し、首相としての彼の支配も終わりになることを知っている。進行中の彼に対する汚職に関する裁判の結果如何で彼が刑務所行きになる可能性も大きい。人質交渉のハマス側交渉担当者であるハニヤの命を絶つことは、交渉を断ち切る上でもっとも有効な手口である。
第二、ハニヤ殺害はカマラ・ハリスを窮地に追い込むだろう。バイデン政権は人質取引不成立の責任をハニヤに押しつけてきたが、ハリスについては、イスラエルにほぼ完全迎合のバイデンとは違ったアプローチを取ることを窺わせる材料がある。ネタニヤフがワシントンを訪れた際、ネタニヤフと会ったハリスは記者団に対して、「ネタニヤフ首相に言ったことだが、この取引を成立させる時だ」と述べて、取引交渉の停滞の責任がネタニヤフにあるとした(後述参照)。
第三、ハニヤ殺害はアメリカとイランの交渉の可能性も殺した。(改革派である)ペゼシュキアンが大統領になったことで、アメリカとイランが交渉再開するためのわずかなチャンスが出てきた。しかし、彼の大統領就任直後にテヘランで暗殺が行われたことで、ペゼシュキアンは動きを大きく縛られることになった。しかも、イランはこの暗殺はアメリカの承認の上で行われたと信じているからなおさらである。国連安保理議長宛書簡の中で、イラン駐国連大使は、「アメリカの承認と情報提供がなければ、今回の事件は起こりえなかった」と指摘している。また、イスラエルが一貫してアメリカ・イラン関係の改善に反対してきたことから見ても、ペゼシュキアン大統領就任に際してハニヤを暗殺したことを偶然と片付けることはできない。
ネタニヤフは20年間にわたって、アメリカがイランと戦争することを画策してきた。過去4代のアメリカ大統領は、様々な時期に、イランを攻撃することをイスラエルから迫られてきた。イランの核計画に国際的なフォーカスが当てられてきたが、アメリカによるイラン直接攻撃というイスラエルの願いはウラン濃縮問題よりはるかに根が深い。イスラエルは一貫して、イランを中東地域におけるイスラエルの行動可能性を妨害する脅威と見なしている。イランの核兵器開発を防止する核取引は地域のパワー・バランスをイランに不利にシフトさせるものではない、とイスラエルは信じている。実際に、オバマ政権の下で約束された制裁解除により、イランの非核分野の能力は増大した可能性がある。また、オバマ政権によるイランとの和解により、地域のバランス・オヴ・パワーは湾岸諸国及びイスラエルに不利に働いた。地域のバランス・オヴ・パワーはイスラエルの軍事力だけでは維持できない。イスラエルからすれば、バランス・オヴ・パワーの維持にはイランに対する厳しい経済制裁とアメリカの軍事行動を必要とする。
しかし、イスラエルの今回の行動はイランの反撃を引き出すことを意図したものであることは明白であり、それはアメリカを引き込んだ大規模な戦争へとスパイラルする可能性が大きい。4月にイスラエルがダマスカスのイラン領事館を攻撃した際は、バイデン政権は事態が制御不能になることを防止した。今回の事態についても、アメリカは地域が混乱状態に陥ることをストップすることができる。ただしそれは、バイデン政権がネタニヤフに対して明確かつ公のレッド・ラインを突きつけるだけの意思があるならば、という条件づきである。
<ネーション:「アメリカを戦争に引きずり込もうとするイスラエル」>
*原題:"Will Israel Drag the US Into a New Forever War?" 執筆者:アダム・ワインスタイン(Adam Weinstein Deputy Director of the Middle East program at the Quincy Institute)&アネル・シェリン(Annelle Sheline the Zwan Postdoctoral Fellow at Rice University)(いろいろあったが、これまで戦争はガザにほぼ局地化されてきた、と概括した上で)イスラエルがベイルートでヘズボラ高級幹部・フアド・シュクルを、そしてテヘランでハマス政治指導者ハニヤを暗殺したことで、戦争は地域戦争にエスカレートし、アメリカを中東「永久戦争」に巻き込む危険性を高めた。
これまでのイランとヘズボラの行動は、イスラエルの挑発行動にもかかわらず、直接衝突は回避したいという意図を明確にしていた。例えばイランは、4月1日の在シリア総領事館に対するイスラエルの攻撃(イラン革命防衛隊の高級司令官殺害)を深刻なエスカレーションと捉えたが、大規模なミサイル・ドローン攻撃(ほとんどは迎撃された)だけにとどめた。ヘズボラも同じで、ヘズボラ・トップのナスララの義弟がレバノン領内でイスラエルの狙い撃ちで殺されても、紛争の局外にとどまろうとしてきた。
アメリカにとっての最大のチャレンジは、イラン及び抵抗枢軸が中東地域に展開しているアメリカ軍を当然の報復対象と考えていると見られることである。その攻撃でアメリカ軍に犠牲者が出れば、バイデン政権は対抗するだけでなく、エスカレートするべきだというプレッシャーに駆られる可能性がある。少しでも計算を間違えるならば、収拾がつかないエスカレーションにつながるだろう。
イスラエルで改革派のペゼシュキアンが大統領になったことで、アメリカと再び接触する可能性が出てきたとみられてきた。しかし、彼の就任式直後にイスラエルがハニヤを暗殺したことで、イラン指導部は断固たる対応を決心した。最高指導者ハメネイ師はすでにSNSで、「復讐することは我々の義務である」と述べており、イスラエルに対する報復を命じたと伝えられている。イスラエルの行動は地域戦争挑発にあることを示しており、ヘズボラ及びイランとしては、これ以上自制を続けるとさらなるイスラエルの攻撃のリスクを増してしまうだけだ、と結論している可能性が高い。
カギとなるのは、アメリカが地域紛争のエスカレーションに巻き込まれることを回避できるかどうかである。イスラエルがヘズボラとの全面戦争、最悪の場合にはイランとの直接衝突に突っ込む場合、バイデン政権が軍事介入に迫られることはほぼ確実である。したがって、バイデン政権がイスラエルのさらなるエスカレーションを自制させることがカギとなる。バイデンがネタニヤフに対して武器も資金も提供しないという断固としたメッセージを送るならば、地域戦争は不可避ではない。しかし、バイデン政権がまたしてもレッド・ライン発出を渋るならば中東戦争を引き寄せることとなり、その結果、民主党は大統領選挙勝利のチャンスを失うこととなるだろう。
(浅井注)イランのイスラエルに対する報復がいかなるものになるかについて、8月13日付のロシア・スプートニク通信は、ペゼシュキアン大統領のメディア担当アドヴァイザーであるアリアスガル・シャフィエイアン(Aliasghar Shafieian)の発言を紹介しました。彼によれば、イスラエルのハニヤ暗殺に対するイランの対応は「釣り合いのとれたアプローチ」(a measured approach)と特徴づけられる、といいます。彼はさらに、「40年ぐらい前のイランの行動は衝動的、情緒的だった」として、今回の反応については「熟慮した」(in a "mature" way)ものになると述べました。さらに彼は、今回の反応は4月の際のような数時間にわたるものにはならないだろうと述べた上で、ハニヤ暗殺は「諜報に基づくミッション」("an intelligence-based mission")だったと指摘し、「イランの反応は同様の性格で同様のレベルのものになるだろう」("Iran's response will be of a similar nature and at a similar level")と付け加えました。
同日付のスプートニク通信はまた、イランのアリ・バゲリ外相代行が前日(8月12日)にSNSで記した発言も紹介しています。バゲリは中国の王毅外交部長との電話会談の内容を紹介する中で、「イランの合法的権利である適切かつデタランスとしての対応は地域の安定と安全を保証するものとなる」と述べて、イランの報復は地域を安定させるのに資するものになるだろう、と示唆しました。
また、イランのプレス・テレビ局(イラン放送の外国向け機関)は、8月13日付で「テル・アヴィヴに対する報復攻撃のシナリオと標的」(原題:"Explainer: What are the scenarios and potential targets of retaliatory strike on Tel Aviv?")、また2日後の15日付で「ハイファに対する報復攻撃のシナリオと標的」(原題:"Explainer: What are the scenarios and potential targets of retaliatory strike on Haifa?")を掲載し、シャフィエイアンのいう「釣り合いのとれたアプローチ」の具体的内容を詳細に説明しています。私はスプートニク通信の報道で8月13日付の文章の存在を知り、プレス・TVのWSにアクセスして全文を確認しました。そして同WSをフォローしていて15日付の文章も知った次第です。両文章は、テル・アヴィヴとハイファの攻撃対象候補を具体的かつ詳細に指摘しています。
<アルジャジーラ:「アメリカを戦争に巻き込むハニヤ殺害」>
*原題:"Haniyeh killing in Iran risks dragging US into war it says it doesn't want" 執筆者:アルジャジーラ・スタッフハニヤとシュクルが暗殺されたことにより、停戦とエスカレーション阻止というアメリカの双子の目標は粉々になった形だ。しかし多くの専門家によれば、アメリカが本気だとしたら、もっとできることがあるはずだ。ワシントンのシンク・タンクDemocracy for the Arab World Now (DAWN)のラエド・ジャラールは、「アメリカが本気でエスカレーション阻止を推進してきたとは思えない。アメリカの政策は言行不一致だ」として、「アメリカは武器移転をストップすることで簡単に停戦とエスカレーション阻止を実現できていたはずだし、数ヶ月前に休戦を導いていただろう」と指摘した。彼によれば、「アメリカの武器、政治的支持、軍事的支持そして情報提供がなければ、イスラエルはこれらの国々を攻撃することはできなかったし、イスラエル単独では、この地域の現状すなわち地域戦争をプッシュするだけの能力はない」
ブリンケン国務長官はハニヤ暗殺に関して「アメリカは知らなかったし、関与していない。この事件のインパクトについて憶測することは難しい」と述べた。この点について、インタナショナル・クライシス・グループのアメリカ・プログラムのシニア・アドヴァイザーであるブライアン・フィニュケーン(Brian Finucane)は次のように指摘した。
もしアメリカがこの攻撃について事前の知識がなかったとしたら、アメリカの中東におけるリーダーシップという点で何を意味するだろうか。そして、停戦及び地域戦争回避というアメリカの目標をイスラエルが公然と無視したということもやはり、アメリカのリーダーシップにとって何を意味するだろうか。それは間違いなく、イスラエルがアメリカをこの地域のリーダーと見なしていないこと、あるいは、イスラエルがアメリカからリーダーの地位を奪い挙げたことを意味する。
アメリカは根本的問題に直面している。すなわち、アメリカは軍事力でイスラエルを支え、イラン及びその同盟者に対するデタラントとしての役割をイスラエルが担うことを支持している。ところが同時に、地域のエスカレーションを避けようともしている。アメリカが根本的に考え直す必要があるのは、レトリックを弄ぶのではなく、停戦実現のために何をするのか、地域のエスカレーションを阻止するために何をするのか、ということだ。
アメリカは今後数ヶ月間、大統領選の喧噪に向かう。パルシ(浅井:ライム掲載文章筆者)は、「ネタニヤフは、アメリカを困らせ、どの政権になってもネタニヤフを支持せざるを得ないように仕向け、イスラエルがすることなすことすべてを自衛権行使として擁護し、守らざるを得ないようにさせる力が自分にあると思い込んでいる」と述べた。事態がそのように動くとなれば、それはまさに、この地域を数十年にわたって破壊してきた騒擾と暴力の原因とされるアメリカの政策が変わらないということである。ラエド・ジャラールは、「アメリカはもはや完全にリーダーシップを発揮できなくなっている。しかしもっと言えば、アメリカの力の衰えはイラク戦争から始まっており、これまでの年月の中で、地域における政治的資産は完全に失われたのだ」と指摘した。
<8月12日フォリン・アフェアズ:「イスラエルの破滅と暗い未来」>
*原題:"The Undoing of Israel The Dark Futures That Await After the War in Gaza" 執筆者:イラン・ツヴィ・バロン(Ilan Z. Baron Professor of International Politics and Political Theory and Co-Director of the Centre for the Study of Jewish Culture, Society, and Politics at Durham University)&イライ・Z・サルツマン(ILAI Z. SALTZMAN Associate Research Professor of Israel Studies and Director of the Joseph and Alma Gildenhorn Institute for Israel Studies at the University of Maryland)イスラエル建国の1948年、建国者たちは人道的価値で特徴づけられ、国際法を遵守する国家を描いていた。イスラエルの独立宣言は、「宗教、人種、性別に関係なく、すべての住民に完全な社会的政治的権利を保障する」と主張した。しかし、建国当初からこのヴィジョンが実現したことはなく、この宣言署名後の約20年間、イスラエルのパレスチナ人は戒厳令下で暮らした。イスラエル社会は、独立宣言の理想の普遍的アッピールとユダヤ人を守るユダヤ国家として建国した緊急の要請との間の矛盾を解決できることなく今日に至っている。この数十年間、この内在的矛盾は幾度となく表面化し、政治的騒擾を引き起こしてきた。しかし、ガザにおける戦争及びそれに先行した司法的危機は、イスラエルが従来どおりにやり過ごすことを困難にしており、イスラエルは今限界点に押しやられている。イスラエルは今、パレスチナ人だけではなく自国民に対してもますます権威主義的に対応する道を歩んでいる。その結果、世界からますます孤立しつつあるイスラエルは、国内の騒擾で消耗し、亀裂の広がりによって国家自体が空中分解する危険に陥っている。
(シオニズムの終焉)
10月7日のハマスの攻撃は、イスラエルが途方もない国内的困難に直面しているさなかに起こった。比例代表制選挙システムは、この数十年の間にクネセット(議会)にますます多くの極端な政党の進出を許してきた。1996年以来11の政権が登場し、その任期は平均で2年半だ。そのうちの6政権はネタニヤフが率いるものである。2019年から2022年までに限っていうと、5回の総選挙が行われた。政権の形成と崩壊には小政党が大きな役割を演じ、身の丈と釣り合わない大きな影響力を発揮してきた。2022年11月の選挙後、ネタニヤフは極右政党の支持で政府を構成し、その結果、従来は政治的辺縁で動いていた勢力を政治権力に近づくことを許した。
ネタニヤフによる司法改革提案は国中の大規模な抗議運動を引き起こした。このことは、イスラエル社会が、デモクラシーと独立した司法を支持する勢力とやりたい放題の政府を支持する勢力とによって深刻に分裂していることを示した。法案は2023年7月にクネセットを通過したが、本年初めに最高裁によって退けられた。戦争中であるにもかかわらず、ネタニヤフ政権は司法改革のいくつかの要素を復活させようと試みている。
司法改革反対派の動きについても注目すべきことがある。彼らの関心は国家のデモクラシーのあり方を問題にしているが、占領下で生活するパレスチナ人に対するイスラエルの責任という問題を提起していない。多くのイスラエル人は、イスラエルのデモクラシーという問題と国家によるパレスチナ人処遇という問題を切り離して考えている。ユダヤ人入植者によるパレスチナ人に対する暴力も、彼らは大目に見ている。イスラエルは西岸及びガザに住むパレスチナ人を実質的戒厳令下においているが、これは国際法違反である。歴代政権は西岸における入植地拡大を大目に見てきたが、このことは将来における主権パレスチナ国家建設に対する脅威であり、また、イスラエル社会全体を腐敗させるものでもある。イスラエルの科学者・哲学者であるヤシャヤフ・レイボウィッツ(Yeshayahu Leibowitz)は、1967年の6日戦争後に顕著となった「国民的プライドと高揚感」が悪い方向への転換点だったと見ている。彼は1968年に、「誇りある向上的なナショナリズムから極端かつメシア的な超国家主義」への変化を警告した。彼によれば、その変化がイスラエル・プロジェクトの破滅の原因であり、最終的に「シオニズムの終焉」を導くと主張した。多くのイスラエル人は認めようとしないが、シオニズムの終焉は限りなく近づいている。
(ヤムルカをかぶったスパルタ)
イスラエルは今、極めて反自由主義的な方向に向かっている。政治家及びその支持層が推進する極右的方向転換によって、イスラエルは一種の民族国家主義的神政政治(ethnonationalist theocracy)になりかねず、それはイランの神政国家のユダヤ版にほかならない。イスラエルの人口構成上及び社会的政治的な諸変化(超正統派ユダヤ教徒の急増、若年層ユダヤ人の右傾化、世俗的と自己規定するユダヤ人の減少)は、イスラエルの存続をユダヤ主義とイスラムとの間の和解のあり得ない闘争の一部だと見なす、信仰心に基づいた政治団体を生み出している。
ネタニヤフ連立政権で力を振るう超正統派ユダヤ主義政治家である彼らは、神は聖書に記されたイスラエルの地全体をユダヤ人に約束したと信じている。彼らは西側の文化と価値観を拒否し、イスラエル・リベラリズムに受け入れられている規範(LGBTQの権利、シナゴーグと国家の分離、男女平等)にも基本的に反対である。それほど宗教的ではないイスラエル人の中でもこのイデオロギーを受け入れるものがますます増えている。10月7日のハマスの攻撃後は、イスラエル右翼はますます過激になっている。彼らにとって、ハマスの虐殺はパレスチナ人との妥協はあり得ないことを証明した、と見なされている。彼らは、イスラエルは永遠の戦争の中で存在しており、平和はあり得ない、と見なす。イスラエルの歴史家デイヴィッド・オチャナ(David Ochana)の言を借りれば、イスラエルは「ヤムルカをかぶったスパルタ」である。ガザ戦争は、すでにネタニヤフ政権によって弱められていた民主的規範・制度の完全な崩壊を導いている。例えば、クネセット国家安全保障委員会は最近、警察に令状なしで捜索することを認める法案を促進した。西岸のパレスチナ人に対する国家公認の暴力が増えている。イスラエルの平和活動家は裏切り者と見なされるようになっている。極右が支配するイスラエルは、ますます権威主義になり、市民権特にジェンダーの権利は狭められつつある。
非自由主義イスラエルはますますパリア・ステート(のけ者国家)になるだろう。イスラエルはすでに国際的に孤立しており、多くの国際機関はイスラエルに対して法的・外交的な懲罰措置を科そうとしている。ICJによるジェノサイド裁判、ICCによるネタニヤフ、ギャラント国防相に対する逮捕状など。主要国の支持はあるが、批判的世論、法的挑戦、外交的非難により、グローバルの場におけるイスラエルの立ち位置はますます狭いものとなっている。イスラエルは経済面ではまだアメリカ等の支持を得ているが、政治的及び外交的には、G7を含むグローバル・コミュニティから孤立しようとしている。その結果、イスラエルは完全にアメリカに頼りきりとなり、その結果、アメリカのイスラエル無条件支持を疑問視するアメリカ人が増える中で、アメリカの政治的変化に脆弱になろうとしている。
(国家分裂)
イスラエルはますます権威主義に向かっているが、そのことはイスラエル社会内部における分裂の増大を覆い隠すことにはならない。国家による暴力の正統な行使の独占は失われ、国内分裂は内戦を引き起こしかねない状態を生んでいる。ガザ戦争は国内の政治分裂を加速した。国際人道法を無視して極端な軍事手段行使を主張する右翼勢力と、パレスチナ人に対してより融和的アプローチを主張する勢力との間の政治的分裂は加速している。この戦争は世俗的ユダヤ人と宗教的ユダヤ人との分裂も深めている。イスラエル国内では今、超正統派ユダヤ教徒にも、他のイスラエル人同様に兵役の義務を課すべきか否かに関して大論争が起こっているが、それはその一端である。イスラエル最高裁が最近、現行法下で兵役を除外されている彼らにも政府は兵役を課すべきだとする旨の判断を示したことで、(最高裁の権限を縮小させる趣旨の)司法改革を目指す動きを刺激している。
以上に示したように、国家の中心的権威が弱まることにより、さらに衝撃的な事態が現れつつある。すなわち、経済分野は別として、政府は伝統的な政治的責任(安全の提供、安定した統治システム等)を担うことができなくなる、あるいは、担おうとしなくなる可能性がある。イスラエルは分裂化が進み、右翼勢力が事実上の国家を作る事態になるかもしれない(特に西岸入植地において)。あるいは、宗教的過激主義者の反乱により、彼らと国家既存国家機関との間で激しい内戦が起こる可能性すら排除できない。
(浅井注)イスラエルの超国家主義者(特に2022年以来ネタニヤフ政権で財務相を務め、防衛省の大臣でもあるベザレル・スモトリッチ(Bezalel Smotrich))がヨルダン川西岸を実質的にイスラエル領化するべく着々と手を打ちつつある状況に関して、8月16日付ウォールストリート・ジャーナル記事「しずしずと西岸改造を進めるイスラエル超国家主義者」(原題:"The Israeli Ultranationalist Quietly Reshaping the West Bank")が克明に明らかにしています。スモトリッチが語るその最終目標は、「国際的に注目されることを避けながら、西岸に対するイスラエルの支配を強化し、パレスチナ国家の可能性を封鎖する」(to tighten Israeli control of the West Bank—and close off the possibility of a Palestinian state—while avoiding international attention)ことです。具体的には、入植者が目標とする東エルサレムと西岸諸タウンとの切り離し(国家の将来的一体性実現を不可能にする)を財政相である立場をフルに活かして具体化することです。スモトリッチは、大幅な権限を持つ民間の入植行政機関設立を監督、600エーカーの土地を国有化に指定(将来的に入植地とする)、各入植地を連結する道路網整備(交通省予算の25%を振り向ける)などの手を打っています。
スモトリッチは西岸で6000戸を新築することを発表した後、7月初にX上で「我々の土地を作り上げ、パレスチナ国家の創設を阻止している」("We're building up our good land and preventing the establishment of a Palestinian state," )と述べました。また、入植者向けの録音された演説の中では、軍隊が西岸を管轄しているという印象を与えるために、ネタニヤフ政府は西岸を防衛省監督下に置いていると述べた上で、「そうすることで、国際的及び法的文脈で受け入れやすくなるので、「我々が併合しようとしている」と言われないだろう」("It will make it easier to swallow in the international and legal context so they won't say we are doing annexation,")と言い放っています。
<8月5日フォリン・アフェアズ「暴走のエスカレーション:デタランス回復の絶望的試み」>
*原題:"Why Israel Escalates-Risky Assassinations Are a Desperate Bid to Restore Deterrence-"執筆者:ダリア・ダッサ・キー(Dalia Dassa Kaye Senior Fellow at the UCLA Burkle Center for International Relations)なぜイスラエルはいまこのようにリスキーなエスカレーションに走っているのか。基本的には、イスラエルの決定には長期的戦略的考慮が欠けている。ハマスの2023年10月7日の攻撃はイスラエルのデタランス態勢に対して致命的な打撃を与えた。イスラエルは今、より大きなリスクとより高価なコストを払ってでもデタランスを回復しようとする熱狂的試みの中で、戦術的に有利になろうと必死になっているのだ。
(恐怖という要素)
イスラエルのアプローチを理解するためには、10月7日(ハマスの攻撃開始日)以後のイスラエルの国家的精神状態の変わり様を理解する必要がある。ハマスの攻撃前、イスラエルの自信はピークに達していた。イスラエルがパレスチナとの紛争を解決しなくても、アラブ諸国はイスラエルを受け入れるだろう。イランを叩いても後遺症は残らないだろうし、アメリカの支持が損なわれることもないだろう。イスラエルはそのように考えるまでになっていた。ところが一夜にして、その自信は脆弱の意識に取って代わられた。6月後半にテル・アヴィヴを訪れた時、関係者が私に異口同音に口にしたのは、10月7日はイスラエルの力に対する自信をひっくり返した、ということだった。自分たちの軍事的技術的優位性は敵に対するデタランスである、自分たちは安全に生活できる、パレスチナとの取引が進展しなくても経済的繁栄は問題ない、等々のもっとも基本的な前提はハマスの攻撃によって粉々になった。今や安全保障部門のエリートたちは、「イスラエルはそれほど強くはない」ことを認めつつある。
安全保障関係のイスラエル専門家たちは、10月7日当日及びその後に政府が犯したヘマに怒り狂っているし、国家の安全を守ることに失敗した指導者たちが責任を負わされていないことに対しても怒りを向けている。政府不信は蔓延している。イスラエル国内には、ネタニヤフは自分の政治的延命のために戦争を長引かせているという認識が広がっている。以上のような不安と怒りは、イスラエルの国家的安全保障に対する目に見える国内的チャレンジの所在を示している。
(エープリル・フール)
イランが4月に行ったイスラエル攻撃の効果に関して、国外は総じて過小評価している。イスラエルはイラン外交施設にいた革命防衛隊関係者を標的にした際に誤算していたことは明らかだ。すなわち、イスラエルは、イラン国内から発射された大量のミサイルとドローンによる反撃という、前例のない、大規模かつ直接の攻撃を予想していなかった。アメリカ等による精巧かつ協調された防衛を褒め称えつつも、独立独歩という自画像は大いに傷つけられた。百戦百勝するという意識は、イランがこのように深刻な攻撃をあえてするという警鐘、そして、次のイランからの攻撃は(4月の時のように)簡単には撃退できないだろうという不安に取って代わられた。
イスラエルの防衛関係者は、アメリカが好む「拒否によるデタランス」(deterrence by denial)、すなわち、攻撃は成功しないことを敵に確信させることによって実現するデタランスという考え方に頼ることを良しとしない。イスラエル的見方では、4月のイスラエル防衛は完全勝利ではなかった。なぜならば、連合防衛軍は攻撃自体を防止するものではなく、被害を限定的なものにとどめただけだからである。イスラエルの防衛立案者が好むのは「懲罰によるデタランス」(deterrence by punishment)、すなわち、攻撃は結果を招くことを敵に見せつけることによって実現するデタランスという考え方である。
イスラエルの関係者は、イスラエルの地域における立場が低下しつつあることに不安を感じている。彼らが懸念しているのは、イラン及びその同盟者が力を増すこと、そして、伝統的手段だけではイスラエルに対するデタランスにならないとイランが確信する場合に、イランが核戦力をイスラエルに対するデタランスにする方向に向かうことである。ある関係者は私に、イスラエルは「かつて例を見ない程度まで」デタランスを失いつつある、と述べた。ところが、イスラエルの政治指導者たちは相も変わらず、イスラエルは勝ち続けていると主張し続けている。
4月のイランによる攻撃で中東の「思潮」(the "spirit" of the Middle East)には根本的な変化が起きている、というイスラエル側の認識は深まっている。彼らは、イスラエルの敵は今やイスラエルを倒すことは現実に実現可能な目標だと考えている可能性もある、と考える。かくして、彼らは1948年の建国以来感じたこともない実存的脅威を意識していることを口にするのだ。しかし、ある元官僚が述べたように、1948年当時の首相デイヴィッド・ベン・グリオンとは違い、今の政治指導者は教訓を学ぼうとしない。ベン・グリオンは、自分の弱さを埋め合わせる最善の方法は社会的結束を強化し、外交関係を深め、平和を追求することだと説いた。ところが今のイスラエルはすべての面でその反対方向に動いている。
(厳しい道に向かって)
実存的脅威にさらされているというイスラエルの現実及びイスラエル人の意識は、アメリカのイスラエル支持は変わっていないという確信と結びつく時、地域戦争の拡大というリスクを賭してでも攻撃的態勢を維持しようとする方向に向かう。10月7日のトラウマをバックに、リスクを受け入れ、攻撃的行動を支持するイスラエル人は増えている。ある専門家は私に、「今は何でもありだ」と述べた。
しかし、イスラエルは政治的戦略がないままで一か八かの行動に出ようとしている。デタランス回復における軍事力信仰にせよ、政治的・戦略的なゲーム・プランなしのイランとの対決強化にせよ、台頭する地域的ダイナミックスの流れを変えることはないだろう。もし、イスラエルが今でも、アラブ諸国との正常化取引を通じて中東への統合を果たすことによって、イランが支持する過激主義勢力を孤立させ、イスラエルに対する敵対意識を弱めることができると信じているならば、パレスチナとの紛争がもっとも根本的な実存的脅威を構成しているという事実を受け入れなければならない。軍事作戦によって勝利の幻想は得られるかもしれないが、パレスチナ人との持続的平和のみが真の安全をイスラエルにもたらす。
<ニュー・リパブリック「ガザ:カマラ・ハリスがバイデンと一線を画す時」>
*原題:"Now Is the Moment for Kamala Harris to Ditch Biden on Gaza" 執筆者:アンネル・シュライン(Annelle Sheline Research fellow for the Middle East at the Quincy Institute)イスラエルがアメリカを中東戦争に引きずり込む事態になれば、民主党は大統領選挙に敗れるのは必定である。アメリカ人は無意味な戦争に飽き飽きしている。昨年11月の世論調査(Quinnipiac)の時、中東戦争に巻き込まれることを恐れるアメリカ人は84%に達した。最近の調査(the Chicago Council)によれば、イスラエル防衛のための米軍派遣に反対するものがマジョリティを占めた。しかし、ネタニヤフのパレスチナ、レバノンそしてイランに対する侵略を無条件で支持するバイデン政権のもとでは、そうなる危険が高い。
ハリスは、戦争疲れの人々とともに異なる道を歩むチャンスがある。つまり、無意味な戦争に反対することを明らかにするという選択だ。彼女は、ネタニヤフが権力にとどまることを可能にするための派兵はしないという選択をすることで、ネタニヤフ退陣を望むものが72%を占めるイスラエル社会に与することができる。またそうすることで、女性、子供を殺す軍隊に資金援助はしないことを証明できる。
先週の12時間の間にイスラエルがフアド・シュクリ(ヘズボラの軍事指導者)とイスマイル・ハニヤ(ハマスの政治指導者)を殺害したことで、中東は暴力のエスカレーションの危機に直面している。ガザにおける戦争期間中、ヘズボラとイランはイスラエルの挑発の繰り返しに直面してもエスカレーションを回避してきた。しかし、ハニヤとシュクルの暗殺を前にして、ヘズボラとイランの堪忍袋の緒は切れたと見られている。
多くのアメリカ人はバイデンのネタニヤフに対する盲目的支持に怒っている。ハリスがイスラエルの侵略に対してこれ以上資金を出さないことを明確にしなければ、ネタニヤフは中東における戦争を推進し続けるだろう。シュクルとハニヤを殺すことで、ネタニヤフは大規模な報復を挑発するためには手段を選ばないことを示した。しかし、これまでのバイデンの振る舞いから判断すれば、ヘズボラとイランがネタニヤフの挑発に乗れば、バイデンはイスラエル支援で出兵するだろう。
ハリスと民主党は、11月の選挙に勝利したいのであれば、バイデンを説得して、アメリカはネタニヤフのための戦争はしないことを彼に伝えるとともに、ネタニヤフがガザでの全面停戦に応じない限りすべての追加的軍事支援を凍結することを言い渡さなければならない。
(浅井注)7月にネタニヤフが訪米し、米議会で演説しました。ハリスはネタニヤフの議会演説をパスし、ネタニヤフと個別会談を行いました。ハリスはこの会談後の公の発言の中で、ネタニヤフに対して人質及び停戦の取引を行うよう要求して、次のように述べました(8月14日付Emirates Policy Center文章「人道的関心と戦略的利益とのバランスを取るカマラ・ハリス」 原題:"Kamala Harris and the Middle East: Balancing Humanitarian Concerns with Strategic Interests")。
「イスラエルが安全で、すべての人質が解放され、ガザのパレスチナ人の苦しみが終わり、パレスチナ人が自由、尊厳そして自決の権利を行使できる形でこの戦争を終わらせる時だ。…先ほどネタニヤフ首相に述べたことだが、この取引を成し遂げる時だ。…取引を行って、戦争を終える停戦を実現しよう。人質を家に帰そう。そして、パレスチナ人に必要な救済を提供しよう。…これまでの9ヶ月間にガザで起こったことは惨憺たるものである。死んだ子供、安全を求めて逃げ回る絶望し、飢えた人々、二度、三度、そして四度と居場所を追われる人々。これらの悲劇に目を背けることはできない。我々はこのような苦難に対して鈍感となることは許されない。私は黙らない。」