パレスチナ問題と北京宣言-中国「大国平和外交」-
1.イスラエル・ネタニヤフ政権による連続国家テロ
イスラエルがハマス軍事部門トップのムハンマド・デイフ、ヒズボラの軍事部門最高幹部フアド・シュクルを殺害(前者は7月13日のガザ南部空爆で。8月1日にイスラエル軍が確認。後者は7月30日のベイルート空爆で)したのに続き、イランのペデシュキアン大統領就任式に出席するため首都テヘランに滞在中だったハマス政治部門最高指導者のハニヤを滞在中の宿舎で殺害(7月31日)したことは、ネタニヤフ政権が軍事強硬路線で突き進むこと、すなわち、国連安保理決議をはじめとする国際社会がエンドースした「二つの国家」方式を受け入れる意思はないことを鮮明に示すものでした。8月2日付のウォールストリート・ジャーナル記事タイトル「敵攻撃リスクを追求するイスラエルの貪欲」(原題:"Israel's Strikes on Its Enemies Show a High Appetite for Risk")及び同日付ニューヨーク・タイムズ記事タイトル「戦争リスクを厭わないごろつき・ネタニヤフ」(原題:"Netanyahu, Defiant, Appears to Have Gone Rogue, Risking a Regional War")が端的に表しているように、イスラエル支持一辺倒の米有力紙ですら、ネタニヤフの暴走には懸念と戸惑いを隠しきれません。
ところが、バイデン大統領は8月1日にネタニヤフと電話会談し、ネタニヤフに対するアメリカの支持を再確認しました。バイデンは、ネタニヤフがテヘラン(浅井:ハニヤ暗殺)及びベイルート(浅井:シュクル抹殺)に対する攻撃後も中東で緊張をさらにエスカレートする場合にはアメリカの支援を当てにするべきではない、イスラエルのこれ以上のエスカレーションを目にしたくない、と述べました(8月2日付スプートニク・ワシントン電)。他方でバイデンは、イラン以下の「抵抗枢軸」からイスラエルの安全を守るアメリカのコミットメントには変わりはないと再確認しているのです(同日付ロシア・トゥデイ)。
バイデンは、ネタニヤフによるこれ以上の事態のエスカレーションは望まない、と言っていますが、テヘラン及びベイルートに対する国家テロそのものに反対だと述べたわけではありません。アメリカもイスラエル同様、ハマス、ヒズボラをテロリスト組織と指定しており、その指導者を抹殺するイスラエルの行動を批判する理由はない(むしろ、その行動自体は肯定する)という基本的立場です。バイデンが唯一警戒するのは、ネタニヤフのさらなる暴走によって、アメリカも持て余すほどの収拾不可能の事態に陥ることです。バイデンのイスラエルに対する異常なまでの執心(2月9日付コラム参照。「バイデンは早くも1986年(上院議員時代)に、イスラエルが存在していなかったとしたら、アメリカはこの地域における利益を守るために、イスラエルを作り出さなければならない、と述べた。」)が揺らぐはずはありません。ですからバイデンは、ネタニヤフによる「テヘラン及びベイルートに対する攻撃」に対してイラン以下の抵抗枢軸から報復がある場合には、イスラエルの安全を守ると公言するのです。老獪なネタニヤフはバイデンの足下を見透かしていると思われます。
ネタニヤフ暴走に対してイラン及び抵抗枢軸が今後いかなる対抗措置にでるかは予断を許しません。しかし、歴史的大局的に見れば、ネタニヤフの「悪あがき」が歴史の流れを変えるとは思われませんし、「世界の一極支配」の妄想にしがみつくアメリカ(次期大統領が誰になろうとも)のもくろみ通りに中東情勢が展開することもあり得ないでしょう。7月23日のコラムで朝鮮半島情勢を展望した発言を紹介しましたが、朝鮮半島問題を中東問題に、また、朝鮮をイラン(伊)、韓国をイスラエル(イ)、日本を欧州(欧)に。それぞれ置き換えれば、そのまま「中東情勢の展望」としても妥当します。念のため、以下のようになります。
私がもっとも言いたいことは、顕著になる「伊中ロ対米欧イ」の対決の構図に関する認識・対応を誤ってはならない、ということです。すなわち、①この対決の構図には短期的・当面的性格と長期的・本質的性格という二面性がある。②長期的・本質的性格とは、中東問題の平和的解決(伊中ロ)か軍事的解決(米欧イ) かに関する対立であり、どちらの側が正しいかは直ちに判断できるし、したがって私たちが対応を誤る恐れは少ない。他方、③短期的・当面的性格とは、双方が軍事的に一歩も譲らないというパワー・ポリティックス的様相が前面に押し出されることを指す。この場合、パワー・ポリティックスを体質的・原理的に受け付けない私たちはともすると、「どっちも悪い」と決めつけてしまう危険がある。しかし、パワー・ポリティックス(軍事的対決)を仕掛けたのはどちらか、やむを得ず受けて立たざるを得なくなっているのはどちらか、という視点をしっかり持つことにより、加害・攻勢側(米欧イ)に非があり、けんか両成敗型対応は誤りであるという認識・対応を確立することができる。結論として、④伊中ロ対米欧イの対決の構図に対して、私たちは認識上も対応上も一貫して伊中ロを支持する立場を確立しなければならない。このことの重要性は、私たちが、「国際世論」の担い手を自任する西側メディアが垂れ流す「権威主義の中国とロシアは悪者」とするイメージに汚染されてしまっており、結果的にアメリカを美化・免罪する傾向が強いだけに、いくら強調してもしすぎることはない。以上を確認すれば、目先の枝葉末節に目を奪われることなく、パレスチナ問題の本質に立脚し、その平和的解決を目指す動きに注目し、フォローすることこそが、私たちの持つべき基本的視点であることが理解されます。中国の仲介外交とその成果である北京宣言について考察する意味はここにあります。
2.中国仲介外交と「北京宣言」
<中国の仲介外交の成果>
7月23日、ファタハ及びハマスを含むパレスチナの14組織の代表は北京で「分裂を収束し、パレスチナ民族の団結を強化する北京宣言」(「北京宣言」)に署名しました。中国外交部WSは北京宣言の全文を掲載していませんが、署名式を見守った中国の王毅外交部長は閉幕式で、北京宣言の意義を「4つのもっとも」(中国語:"4个最")として、以下のようにまとめています。「もっとも重要な共通認識は14組織の和解と団結を実現したことであり、もっとも核心的な成果はパレスチナ解放機構が全てのパレスチナ人の唯一の合法的代表であることを明確にしたことであり、突出した注目点はガザの戦後ガヴァナンスに関して臨時民族和解政府を組織することに合意したことであり、もっとも強烈なアッピールは国連関連決議に基づいてパレスチナの真の独立と建国を実現することである。」また王毅は、パレスチナが直面している困難を打開するための段取りとして3段階のステップ(中国語:'三歩走')を踏むことを提案しました。王毅は、3段階のステップは互いに緊密につながっており、どのステップも欠くことはできないとし、「停戦・人道救援は当面の急務、パレスチナ人によるパレスチナ統治はガザ戦後再建の基本原則、「二つの国家」方式は根本的出路」と位置づけ、国際社会がこの3段階ステップを支持すべきことを強調しました。3段階のステップとは以下の内容です。
①緊急課題(停戦と人道救援):ガザ地区における全面的、恒久的、持続的停戦の速やかな実現を推進すること(国際社会が停戦実現に力を合わせることが必要)ちなみに、中国外交部発表文によれば、閉幕式には、14組織の代表に加え、アルジェリア、サウジアラビア、カタール、ヨルダン、シリア、レバノン、ロシア及びトルコの駐中大使(または代表)が出席しました(イランの名前がないのが若干気になりますが、イランはこの北京宣言を高く評価しています)。
②戦後再建基本原則:「パレスチナ人によるパレスチナ統治」(中国語:"巴人治巴")の原則を堅持し、ガザ戦後ガヴァナンス推進に協力すること。ガザはパレスチナの不可分の重要構成要素であり、戦後再建を開始することが第2段階の緊急課題である。国際社会は、パレスチナ各組織が臨時民族コンセンサス政府を組織し、ガザ及びヨルダン川西岸を有効支配することを支持するべきである。
③国際協力:パレスチナが国連の正式加盟国となり、「二つの国家方式」実現に着手することを推進すること。国際社会は、より大規模で、より権威があり、より実効的な講和会議の招集及びそのためのタイム・スケジュールとロード・マップ作成を支持するべきである。
また中国外交部WSは、署名式に先立って王毅がファタハ代表団団長のアルル副議長と会見したことに関する発表文を別途掲載しています。中国外交部が王毅とアルルの発言内容を公にした意図は、後述の歴史的経緯を踏まえれば、ファタハがアメリカとイスラエルの推進する政策に迎合することがないよう、ファタハの退路を断つことにあることは明らかだと思われます。
すなわち、アメリカとイスラエルは、周辺アラブ諸国を巻き込んで、ハマスを徹底的に排除し、腐敗・汚職の蔓延でパレスチナ人民の支持を喪失しているファタハの内部改革を強制することを前提に、ファタハ中心のパレスチナ自治政府の温存と傀儡化をはかる方針を追求しています。これに対して北京宣言は、ハマスを含む14組織の大同団結を大前提に据えて「パレスチナ人によるパレスチナ統治」を正面から掲げる点で、アメリカとイスラエルの方針と真っ向から対立します。北京宣言がパレスチナ問題解決の指針となるか否かはファタハの今後の去就如何にかかっていると言っても過言ではありません。アルルが「ファタハは最大の努力を払って内部各派の和解と団結を促進し、パレスチナ問題の徹底解決のために貢献する」と述べたこと、そして中国がファタハの同意の下でその発言を公表したことは、ファタハの「退路を断つ」に十分な重みがあります。公表された両者の発言内容は以下のとおりです。
(王毅)
(パレスチナ問題という)歴史の不正を解決するに当たっては、「パレスチナ人による所有・主導・統治」(中国語:"巴人所有、巴人主导、巴人治巴")を堅持しなければならない。当面の急務は、パレスチナ人民全体の根本的利益に立脚して、チャンスを捉え、小異を残して大同を求め、各組織の大団結と大和解を促進し、より一致した立場を形成し、共同の努力目標を明確にし、ガザの恒久的停戦の推進、独立建国の実現及び「二つの国家」方式の具体化のために必要な条件を創造することである。
(アルル)
パレスチナ各組織の内部的和解を促進するために中国が費やしてきた努力に心から感謝するとともに、中国が数十年にわたって一貫して確固たる支援を行ってきたことをパレスチナは永遠に忘れない。中国はパレスチナ人民の真の友人・兄弟であり、中国の確固として止むことのない支持のおかげで、我々は孤独で無力だと感じることはなかった。ファタハは最大の努力を払って内部各組織の和解と団結を促進し、パレスチナ問題の徹底解決のために貢献する。
3.北京宣言までの道程
<ファタハ・ハマス「相愛相殺」史>
北京宣言の意義を評価・判断する上では、パレスチナ解放機構(PLO)を対外的に代表するファタハとガザを実効支配してきたハマスという二大組織の複雑な関係の歩みを踏まえる必要があります。7月25日付の中国新聞網所掲記事「相愛相殺:和解の最終的到来?」(原題:"十年"相爱相杀",法塔赫与哈马斯终见和解曙光?")は、両者の関係の歩みを簡潔にまとめています。ファタハはパレスチナ解放機構(PLO)の主導グループであり、パレスチナ大統領アッバスはファタハのトップでもある。しかし、パレスチナを国際法上代表する立場を本来担うべきファタハはパレスチナ全体を統括できず、ヨルダン川西岸を管轄統治するに過ぎない。というのは、300万人の人口を擁するガザ地帯はハマスの管轄統治にあるからである。ファタハとハマスは10年以上にわたって「相愛相殺」の関係にあり、このことが正にパレスチナ政治における最重要矛盾となってきた。
(矛盾から決裂へ)
ハマスの前身はムスリム同胞団ガザ支部であり、元々は政治的に活発であったわけではない。当時のパレスチナ政治の唯一の主役はファタハが主導するPLOだった。
1987年12月、イスラエル軍戦車がパレスチナの車両をひきつぶし、4人のパレスチナ人労働者が死亡したことをきっかけにパレスチナの抗議活動が爆発した。この抗議活動は第一次インティファーダ(蜂起)と呼ばれる。組織としてのハマスはこの抗議運動の中で生まれ、台頭した。抗議運動を当初主導したのはアラブ・コミュニティの指導者たちだったが、彼らは平和的で、穏健なデモ行動を行うことを主張した。これに対してハマスは徹底的抵抗を主張して民心を獲得した。1989年当時のガザ地区におけるハマスに対するパレスチナ人の支持率は3%未満だったが、1993年10月には支持率は13%にまで上昇した。
1993年、アメリカはPLOとイスラエルの和解を推進し、最終的にオスロ合意が結ばれて双方は停戦し、イスラエルは「1967年境界」から撤兵し、施政権を段階的にPLOに移譲することとした。しかし、オスロ合意は円滑に履行されることはなかった。パレスチナ人は、アメリカは和解を促進したが明らかにイスラエル寄りであり、イスラエルがパレスチナ領土を蚕食する動きに対してチェックしなかった、と考えている。このため、オスロ合意に対するパレスチナ人の信頼は失われることとなった。逆に、イスラエルに対する抵抗継続を主張したハマスはパレスチナ人のさらなる支持を獲得することとなった。すなわち、2001年7月にはハマスに対する支持率は20%に達し、パレスチナにおける影響力はファタハに次ぐ第二の勢力となった。イスラエルを正式に承認したいファタハとイスラエル承認を拒否するハマスの間には深刻な矛盾が生まれ、また、ハマスが停戦合意の履行に応じなかったため、停戦自体も事実上実現不可能となった。
2005年(3月19日)、アメリカの支持の下でパレスチナ12組織はカイロ宣言に署名し、比例代表に基づく選挙制度を導入し、パレスチナ全域で選挙を行い、政権の帰属先を決定することに合意した。2006年に行われた選挙ではハマスが勝利した。ところが、アメリカとイスラエルはこの選挙結果を承認せず、ハマスの組閣に同意しなかった。ハマスとファタハの矛盾も激化し、ハマスは軍事的にファタハをガザから追い出し、ファタハはガザに対する経済封鎖を宣言し、これによって両派は完全に決裂した。
(長丁場の和解への道)
パレスチナ問題は国際情勢及び中東情勢と密接な関係がある。両組織は、周辺諸国の積極的仲介の下、長丁場の和解への道を歩むこととなった。
2007年2月、サウジアラビアの仲介の下、ハマスとファタハはメッカ協定に署名し、カイロ宣言の枠組みに回帰して統一政府(a national unity government)を組織することに合意した。(その後も断続的に両派の交渉が繰り返されることとなり)2011年にカイロ協定、2012年にドーハ宣言、2014年にカイロ合意(5週間以内に連合政府組織、6ヶ月以内に選挙)、2017年にカイロ合意(ハマスはファタハ行政機構のガザへの復帰を認め、ファタハはガザに対する経済封鎖解除の意向を表明)などが繰り返されたが、「ならぬ堪忍するが堪忍」でようやくできる合意も、相手側のさらなる要求に直面して「堪忍袋の緒が切れる」形で決裂に終わるというパターンの繰り返しで、一つとして実行に移されるに至らなかった(浅井:原文"当缘分已到尽头,多说一句都变得强求"の意訳)。
ハマスとファタハはこのように、選挙を行う時期、採用するべき選挙制度、選挙後の権力配分等の問題で折り合いをつけることができなかった。しかし、双方の和解を妨げた最大の要因は、アメリカとイスラエルがハマスを排除する立場を堅持したことだ。ネタニヤフ首相は2009年に、ファタハはハマスとイスラエルのどちらを選ぶかを選択しなければならない、イスラエルがハマスと平和的に共存することは永久にあり得ず、「ハマスを交渉相手として受け入れることは絶対にない」と公言した。また2011年にイスラエルの当局者は、PLOがハマスの参加を認めるならばイスラエルはファタハとの関係を断絶する、と述べたこともある。アッバスも2013年9月に、イスラエルとアメリカからハマスと和解するなという圧力を受けていることを認めた。イスラエルはファタハに対する圧力行使の一環として、ファタハの財政収入を差し押さえている(原注:パレスチナの税収はイスラエルが徴収を代行することになっている)。
こうして、今回の北京宣言が署名されるまで、和解プロセスの進展は困難を極めてきた。中国の公平な立場が初めて中東地域のいまひとつの氷山を溶かすこととなった。「信を以て人に接する時、天下これを信ず」。国際社会は、北京宣言の署名がさらに多くの希望の光をともし、パレスチナ及び中東全体に平和の燭光をもたらすことを期待している。
<中国の中東・パレスチナ外交>
イランとサウジアラビアの関係改善合意(2023年3月10日発表 同年4月22日付コラム参照)に続く今回のパレスチナ14組織による北京宣言合意は、習近平体制のもとで積極化した中国大国外交の成果です。対立が目立つ米中関係を背景に、西側(日本を含む)では、習近平が領導する中国外交を「戦狼外交」とレッテルを貼る向きが多いですが、そのような杓子定規では、なぜ中国がこのような外交的成果を収めるのかを説明できません。私たちは実事求是で中国外交を観察する必要があります。私はかつて『大国日本の選択』(1995年)と題して、平和大国・日本の外交のあり方を論じた本を世に問うたことがあります。その私から見ると、習近平・中国が実践している外交は本来であれば大国・日本がつとに実践するべき(と私が論じた)外交と本質的に軌を一にしています。ところが日本では、「大国」を標榜するのは「右」であり、「大国外交」を志向するのは言語道断とする見方が「左」・市民派を自認する勢力の間ではあたかも「自明の理」と見なされる風潮があります。そういう「偏見」からすると、習近平・中国が意欲的に取り組んでいる大国外交は「けしからん」となり、結果的にアメリカ発の「戦狼外交」・中国というレッテル貼りが「右」「左」「市民派」を問わず横行することになってしまっています。
以下では、まず習近平外交を簡単に整理し、その上で中東・パレスチナ外交の展開を整理します。
(習近平外交)
(「人類運命共同体」)習近平が、その外交思想の中核をなす「人類運命共同体」という理念を最初に提起したのは、中国のトップになって間もない2013年3月(モスクワ国際関係学院での演説)でした。彼はその中で、「世界はますます"あなたの中に私がおり、私の中にあなたがいる"(中国語:"你中有我、我中有你")運命共同体になりつつある」と提起したのです。2015年9月には国連総会一般演説の中で、パートナーシップ、安全保障パラダイム、開発展望、文明交流、エコロジー・システムの5分野において人類運命共同体を構築するという「五位一体」総合アプローチを提起します。その中で彼は、「平和、開発、公平、正義、民主、自由は全人類の共同価値であり、国連の崇高な目標でもある」と指摘しました(西側では自由とデモクラシーを「普遍的価値」と表現しますが、中国では、自由と民主を他の価値と併せて「全人類の共同価値」と規定します)。さらに習近平は2017年1月、国連ジュネーヴ本部における基調演説の中で、「五つの世界」建設という総合的アプローチを提起しました。すなわち、①対話と協商を堅持して恒久平和の世界を建設する、②共建共享を堅持して普遍安全の世界を建設する、③合作共嬴を堅持して共同繁栄の世界を建設する、④交流互鍳を堅持して開放包容の世界を建設する、⑤緑色低碳を堅持して清潔美麗の世界を建設する、の五つです。かくして、習近平は人類運命共同体建設の枠組み、方向、含意を発展的に展開し、共同発展、持続繁栄、長治久安を実現する人類社会の青写真を描き出しました(以上は、2021年12月3日付でウェブ・サイト「習近平外交思想・新時代中国外交専題」に掲載された、習近平外交思想研究センター執筆グループ著「人類運命共同体の構築と人類進歩潮流の牽引」からの抜粋翻訳です)。
(中央外事工作会議)
習近平の外交思想の具体的展開を理解する上では、2014年11月(28日ー29日)及び2018年6月(22日-23日)の二つの中央外事工作会議(に関する公式報道)が一押しです。
2014年の会議では、習近平は国際情勢とその特徴的変化を分析し、中国の特色ある大国外交の必要性を力説します。習近平は特に、今日の世界は国際システム・秩序の調整期にあり、しかも国際的力関係は平和と発展にとって有利な方向で変化しつつあると指摘し、世界と中国との相互依存が深まることを踏まえた特色ある大国外交を展開することを促します。中国外交が目指すのは国際関係の民主化(「国家の大小、強弱、貧富に関係なく全ての国々が国際社会の平等な一員である」こと)、平和共存5原則であり、その要諦はアメリカの「一極支配体制」に代わる民主的国際関係の構築です(王毅外交部長は、2022年11月8日付人民日報所掲「中国特色大国外交の全面的推進」の中で、習近平が「中国は特色ある大国外交を備えなければならない」と最初に提起したのはこの会議だった、と指摘しています)。
2018年の会議では、習近平は18回党大会以来の理論的実践的な創造及び刷新を通じて中国は「新時代中国特色社会主義外交思想」を形成したと指摘しました(会議を総括した楊潔篪は、この会議の最重要な成果は習近平外交思想の指導的地位を確立したことだと指摘)。習近平は特に、国際情勢判断における正しい歴史観、大局観、役割観を確立することの重要性を強調しています。正しい歴史観とは、現在の情勢を見るだけではなく、歴史という望遠鏡を通して過去を回顧し、歴史の法則性を総括すること、そして、未来を展望するに当たっては歴史の前進という趨勢を把握すること。正しい大局観とは、現象・末節を見るだけではなく、本質及び全局を把握し、主要矛盾及び矛盾の主要面を把握することを通じて、森羅万象の中で方向を見失わず、本末転倒しないこと。正しい役割観とは、冷静に国際現象を分析するだけではなく、自らをその中において中国と世界との関係という枠組みのもとで問題を見て、世界的パラダイムの変化の中における中国の地位と役割を明らかにし、対外政策を科学的に策定すること。歴史観、大局観、役割観に関する習近平の指摘は、アメリカ外交、日本外交にもっとも欠けるものであり、この三つを自家薬籠とする中国外交の盤石性・優位性を際立たせます。
(中東・パレスチナ外交)
中国の中東外交及びパレスチナ内部和解促進に関する近年の取り組みに関しては、7月26日付人民日報文章「中東地域の平和と安定を擁護する中国の役割」(原題:"维护地区和平稳定的大国担当")が次のように概括しています。中国の中東パレスチナ外交の本格化が2020年以後の最近のことであることを確認できます。中国がパレスチナ内部の和解を推進するのは、グローバル・セキュリティ・イニシアティヴ(GSI 中国語:'全球安全倡议' 習近平が2022年4月のボーアオ・アジア・フォーラムで、人類運命共同体構想の具体化の一環として提起)を具体化し、中東の平和と安定を擁護するための最新の実践ケースである。近年、中国は中東の安全及び安定に関する五つのイニシアティヴ(中国語:'关于实现中东安全稳定的五点倡议')、シリア問題を政治的に解決する四つの主張(中国語:'政治解决叙利亚问题的四点主张')、パレスチナ問題における「二つの国家方式」を具体化する三つの構想(中国語:'落实巴勒斯坦问题"两国方案"的三点思路')をそれぞれ提起し、サウジアラビアとイランが北京で対話して外交関係を回復することを成功裏に推進したが、その目的は中東地域諸国の団結自強を促し、対話と協商を通じて彼我の矛盾と対立を解消することにある。(中東の安全及び安定に関する五つのイニシアティヴ)
王毅はサウジアラビアの首都リヤドで2021年3月24日、アラビアテレビ局の単独インタビューの中で、中国の中東政策について次のように述べました。王毅の発言の中でもっとも注目されるのは、「中東において公平と正義を実現するに当たって最重要な標識となるのはパレスチナ問題の解決であり、「二つの国家方式」を実現することである」と規定したこと、及び、「中東の安全と安定を促進する上では、各国の合理的関心を等しく考慮する必要がある」と強調したことです。
ちなみに「合理的関心」とは、米・NATOの「東方拡大」の脅威にさらされてきたロシア及びアメリカのインド太平洋戦略の矢面に立つ中国が、「安全保障の不可分性」(他国の安全を犠牲にした安全の追求は許されない)を民主的な国際関係の原則として確立することを目指す主張・立場のいわば代名詞です。中国は、中東の平和と安定の実現、パレスチナ問題の解決に当たっても、「安全保障の不可分性」原則を提起し、その承認を当事者すべて(イスラエル、パレスチナ諸組織、イランを含む)に求めているのです。
中東は中東人民の中東であり、中東が乱から治に向かうための根本的活路は、大国間の地縁的争いから抜けだし、独立自主の精神で中東の特色ある発展の道を模索すること、及び、外部の締め付けと干渉を排除し、包容和解の方法によってそれぞれの合理的関心を両立させる安全保障の枠組みを構築することにある。(「二つの国家方式」を具体化する三つの構想)
中東が安定しなければ世界の安定も期しがたい。国際社会はお節介を焼くことも高みの見物を決め込むこともあってはならず、中東諸国の意向を十分に尊重することを前提に、中東の安定を維持し、その平和を促すために貢献するべきである。
中東地域は激動が止まず、紛争もあちこちで起こり、今後の向かうべき方向を決める曲がり角に立っている。以上を踏まえ、中国としては中東の安全と安定を実現するための五つのイニシアティヴを提起したい。 第一、相互尊重を提唱すること。中東は独自の文明とそれによって育まれた社会政治制度を持っており、中東の特色、中東のモデル、中東の道を尊重するべきである。伝統的思考に縛られず、地縁的争いという視点だけで中東を見るのではなく、中東諸国を協力パートナー、開発発展のパートナー、和平のパートナーとして見るべきである。中東諸国が自主発展の道を模索することを支持し、地域の国家及び人民を中心にしてシリア、イエメン、リビア等の係争問題の政治解決を推進することを支持するべきである。文明間の対話交流を促進し、中東諸民族の平和共存の実現を促進するべきである。中国は、以上のために引き続き建設的な役割を担いたい。
第二、公平と正義を堅持すること。中東において公平と正義を実現するに当たって最重要な標識となるのはパレスチナ問題の解決であり、「二つの国家方式」を実現することである。中国は、国際社会がこの目標に向かって積極的に仲介することを支持し、条件が熟した時に権威ある国際会議を招集することを支持する。中国は今後も引き続きパレスチナとイスラエルの平和的人士が中国で対話を行うことを招聘するし、パレスチナとイスラエルの代表が中国で直接交渉を行うことも歓迎する。
第三、核不拡散を実現すること。各国は、イラン核問題の今日までの歴史的経緯に基づく理非曲直に基づき、アメリカとイランがイラン核合意(JCPOA)履行に復帰するためのロード・マップとタイム・テーブルを議論し、制定するべきである。さしあたっての急務は、アメリカがイランに対する単独制裁及び第三国に対する「ロング・アーム管轄」を緩和・撤廃するための実質的措置を執ること、また、イランが核分野でそれに見合ったコミットメント履行を再開することで、「目に見える成果」を実現することである。それと同時に、国際社会は核兵器その他の大量破壊兵器を禁止する地域的努力を支持するべきである。
第四、集団安全保障を共同で構築すること。中東の安全と安定を促進する上では、各国の合理的関心を等しく考慮する必要がある。湾岸地域諸国間の平等な対話と協商、相互的な理解と配慮、相互関係の改善を促進するべきである。また、テロリズムを取り締まり、脱過激化プロセスを促進するべきである。中国は、湾岸地域の安全保障に関する多国間対話会議を中国で開催することを提唱する。この会議では、石油施設及びシー・レーンの安全を保障するなどの議題から着手し、中東信頼醸成メカニズム構築を議論し、共同・総合・合作・持続可能の中東安全保障枠組みを段階的に作り出すことを目指す。
第五、開発協力を加速すること。中東の長期的治安のためには開発、協力そして資金流通を必要としている。中東諸国の保有する様々な資源を結び合わせ、紛争終結後の各国の再建を援助し、産油国経済の多角的発展を支持し、その他の中東諸国の開発振興を支援する。中国としては、中国・アラブ改革開発フォーラム、中東安全フォーラムを引き続き主催し、中東諸国との間の治国治政の経験交流を強化したい。
中国はこれまでに中東19カ国と一帯一路文書に署名しており、それぞれに特色がある協力を展開している。中国は今、新発展パラダイムを構築中であり、中東諸国と中国市場を分かち合うチャンスを望んでおり、アラブ諸国と中国アラブ・サミットを積極的に準備し、質の高い一帯一路をともに作りたいと考えている。
中国としては、以上のイニシアティヴについて各国と意思疎通を保ち、密接に協調し、中東の平和を共に謀り、中東の安全を共に作り、中東の発展を共に促すことを願っている。
王毅は2021年7月18日、エル・アラメイン(エジプト北部)でエジプトのシュクリ外相と会談し、また、アラブ連盟のゲイト事務総長と会見して、パレスチナ問題に関して以下のように発言し、両者の賛同を得ました(中国外交部WS)。第一の構想は、パレスチナ支配に固執するイスラエル(及びアメリカ)の政策を根底から正すことを意図しています。第二の構想は、パレスチナ諸組織の分裂と対立を解消し、内部の和解を実現することによってのみ、パレスチナ問題解決のための主体的条件を作り出すことができるという中国の認識を表しています。北京宣言署名に至るプロセスの起点とも言えます。第三の構想は、パレスチナともイスラエルとも良好な関係を維持してきた中国の「強み」を活かして、イスラエルとパレスチナの直接交渉とそれを支援する国際交渉を組み合わせることで、「二つの国家方式」案を活性化し、問題の根本的解決につなげようとするアイデアと言えます。
なお、「二つの国家」という考え方自体は1947年11月29日の国連総会決議(181)、いわゆるパレスチナ分割決議に発端があります。そして、「二つの国家」方式を含む中東問題の包括的解決の基礎となったのは、第三次中東戦争(1967年6月)を受けた同年11月の安保理決議242(イスラエルの占領地からの撤退とこの地域における「すべての国家の主権、領土保全、政治的独立」「安全かつ承認された国境線内において平和に生活する権利」の尊重・承認)、及び、第四次中東戦争(1974年10月)を受けた安保理決議338(安保理決議242の原則を再確認して「公正かつ恒久的平和」の実現を目指した交渉を呼びかけ)です。
1993年には、ノルウェー政府の仲介の下でイスラエルとパレスチナ解放機構(PLO)が交渉し、その合意(オスロ合意)に基づいて、1994年からヨルダン川西岸とガザでパレスチナ自治が開始されました。しかし、事態の進展はここまでです。国連総会は、2012年11月に、パレスチナ自治政府を「非加盟オブザーバー組織」から「非加盟オブザーバー国家」に格上げする決議案を圧倒的多数の賛成で採択しました。また、本年4月には、国連安保理にパレスチナの国連正規加盟を勧告する決議案が出されましたが、アメリカの拒否権行使で成立しませんでした。
説明が長くなりましたが、「二つの国家方式」を具体化する三つの構想に関する王毅発言は次のとおりです。
正義という根幹なくしては永続的な平和はあり得ない。パレスチナの独立と建国は無期限に引き延ばすべきではなく、アラブ人民の正当かつ合法的な権利は長期にわたって無視されるべきではない。「二つの国家方式」はパレスチナ問題解決の唯一の現実的道筋である。パレスチナ問題の当事者及び国際社会は、国連決議を基礎として、「二つの国家方式」を推進するために適切な努力を行うべきである。中国は以下の三つの構想を提起する。(グローバル・セキュリティ・イニシアティヴ(GSI))
第一、パレスチナ自治政府の権威性を強化し、安全、財政等の分野において国家主権機能を行使する権限を付与し、自治及び被占領地に対する自治政府の実効支配を実現するべきである。第二、パレスチナ各組織の団結強化を支持し、協商を通じて内部の和解を実現し、パレスチナ問題の解決について交渉に臨む統一した立場を形成することを支持するべきである。第三、パレスチナとイスラエルの双方が「二つの国家方式」を基礎として和平交渉を再開することを強く促すべきである。パレスチナ及びイスラエルの交渉代表が訪中して直接交渉することを歓迎する。同時に中国は、国連主導の下、安保理常任理事国及び中東和平プロセス関係国が参加する国際和平会議を開催し、パレスチナ問題の全面的、持久的かつ公平な解決を追求して、パレスチナ及びイスラエル両国の平和共存を実現することを呼びかける。
習近平が提唱したGSIは「核心的理念及び原則」として、共同・総合・合作・持続可能の安全観堅持、各国の主権及び領土保全の尊重、国連憲章の精神及び原則の遵守、各国の安全に関わる合理的関心の重視、対話と協商を通じた平和的方式による国家間の紛争解決、伝統的及び非伝統的分野の安全の統括的擁護、以上6点を掲げます。アメリカのゼロ・サムのパワー・ポリティックス(世界一極支配システム)を根底から否定し、ウィン・ウィンの脱パワー・ポリティックス(GSI)を対置するものと言えます。特に、第五の「対話と協商を通じた平和的方式による国家間の紛争解決」に関しては、次のように解説します。
戦争及び制裁は紛争解決の根本的方法ではなく、対話と協商のみが違いを解消解決する有効な筋道である。我々は、国家間の戦略的意思疎通の強化を強化し、安全と相互信頼を増進し、矛盾を解消解決し、対立を管理コントロールし、危機を生み出す根本原因を解消除去することを呼びかける。大国は公正と正義を堅持し、尽くすべき責任を担い、平等の協商を支持し、紛争当事国の要求及び願望に基づいて和平を促し、話し合いを促進し、仲裁と調停を行うべきである。国際社会は、危機の平和的解決に有利な全ての努力を支持し、衝突当事者が対話で相互信頼を築き、紛争を解決し、安全を促進するよう促すべきである。一方的な制裁及びロング・アーム管轄の乱用は問題を解決しないのみならず、さらに多くの困難と複雑な要素を作り出す。またGSIは、20の「重点的協力分野」を掲げていますが、7番目に中東問題を取り上げ、次のように述べ、「二つの国家方式」に言及しています。
中東の安全及び安定を実現するための五つのイニシアティヴ(前掲)を実行に移し、相互尊重を唱道し、公平と正義を堅持し、核不拡散を実現し、集団安全保障を共同で構築し、開発協力を加速し、新たな中東安全保障枠組みの構築を共同で推進する。中東諸国が対話を強化し、関係を改善する積極的な趨勢及び努力を支持し、各方面の合理的安全に関する関心を配慮し、地域の安全を擁護する内発的力を育成し、アラブ連盟等の地域機構が以上のために建設的な役割を発揮することを支持する。国際社会は、実際的なステップを取ってパレスチナ問題の「二つの国家方式」を推進し、より規模の大きい、より権威のある、より影響力が大きい国際和平会議を招集開催し、パレスチナ問題が早期に公正な解決を得ることを推進するべきである。(習近平・アラファト会談)
2023年6月14日、習近平は訪中したパレスチナのアラファト大統領と会談し、両国の戦略パートナーシップ関係成立を宣言しました。会談の中で習近平は、パレスチナが国連の正式加盟国になることを支持し、マルチの場でパレスチナを支持する立場を今後も明らかにしていくと述べるとともに、パレスチナに対してできる限りの援助を行っていくと確言しました。特に、パレスチナ問題に関しては、迅速にパレスチナの正義が実現されるべきだとして、以下の3点の主張を提起しました。
王毅の「三つの構想」と比較するとき、次の二点で習近平の強い意欲とリーダーシップを理解することができます。
○「パレスチナ自治政府の権威性を強化し、安全、財政等の分野において国家主権機能を行使する権限を付与し、自治及び被占領地に対する自治政府の実効支配を実現する」(王毅)→「完全な主権を享有する独立パレスチナ国家を樹立する」(習近平)
○「パレスチナ各組織の団結強化を支持し、協商を通じて内部の和解を実現し、パレスチナ問題の解決について交渉に臨む統一した立場を形成することを支持」(王毅)→「中国は、パレスチナが内部和解を実現し、和平対話を推進するために積極的な役割を発揮したい」(習近平)
第一、パレスチナ問題解決の根本的解決策は、1967年の境界を基礎とし、東エルサレムを首都とし、完全な主権を享有する独立パレスチナ国家を樹立することである。習近平の発言に対してアッバスは、中国の長期にわたる力強い支持と無私の援助に感謝し、中国はパレスチナの信頼できる友人、パートナーであると述べるとともに、パレスチナ問題の早期かつ公正な解決のために多くのイニシアティヴを提起してきたことに感謝しました。その上でアッバスは、中国の知恵と公正な立場を信頼し、パレスチナの内部的和解及び中東地域の平和実現のために中国がさらに大きな役割を担うことを希望すると述べました。
第二、パレスチナの経済及び民生の必要は保障されるべきであり、国際社会はパレスチナに対する開発援助及び人道主義的支援を強化するべきである。
第三、和平交渉の正しい方向を堅持するべきである。聖地・エルサレムにおける歴史的に形成された現状を尊重し、過激で挑発的な言動を捨て、より規模の大きい、より権威を備え、より影響力のある国際和平会議の開催を推進し、平和交渉再開のための条件を作り出し、パレスチナとイスラエル両国が平和共存することを支援するために大いに努力する。中国は、パレスチナが内部和解を実現し、和平対話を推進するために積極的な役割を発揮したい。
(中国の外交努力)
習近平・アラファト会談以後のパレスチナ問題と関係する中国の主な外交的努力を簡単に整理します。
○2023年11月29日:安保理パレスチナ・イスラエル問題ハイ・レベル会議
この会議にはすべての安保理理事国に加え、ブラジル、パレスチナ、カタール、ヨルダン、サウジアラビア、エジプト、インドネシア、トルコ、マレイシア等約20カ国の外相及びハイ・レベル代表が出席しました。議長を務めた王毅の発言で特に注目されるのは、「二つの国家方式」の政治的前途を展望あるものにしなければならないと指摘した上で、次のように述べて、そのあるべき方向性を明示したことです。
イスラエルは早々と独立、建国し、ユダヤ民族は二度と流浪の身になることはなくなったのに、パレスチナ人民の建国、生存及び復帰の権利は長期にわたって無視されている。パレスチナとイスラエルをめぐる情勢がしばしば激動に陥る原因は正にここにある。パレスチナ問題の公平と正義は「二つの国家方式」にあり、他を以て代えることはできない。「二つの国家方式」が真正かつ全面的に実行に移される場合にのみ、中東和平の再出発を実現することができ、パレスチナ及びイスラエル両国の平和共存を実現することができ、かくしてアラブ及びユダヤ両民族が共同発展することができるようになる。中国はこの会議において、「パレスチナ・イスラエル対立解決に関する中国のポジション・ペーパー」を配布しました。このペーパーの末尾は、「ガザの将来に関するいかなるアレンジメントもパレスチナ人民の意向と自主的選択を尊重しなければならず、(外部の意思を)パレスチナ人民に押しつけることがあってはならない」とする一文で結んでいます。これは、ハマス排除に固執し、傀儡・パレスチナ自治政府を許容限度とするイスラエル及びアメリカに対する「釘刺し」です。
○2024年4月:ファタハとハマスの北京協議
4月30日の中国外交部定例記者会見において、林剣報道官は記者の質問に答え、ファタハとハマスの代表が近日北京で協議し、パレスチナの内部和解について率直かつ立ち入った対話を行ったことを明らかにするとともに、「双方は対話と協商を通じて和解を実現する政治的意図を十分に表明するとともに、多くの具体的問題についても検討し、積極的進展を見た。双方は、この対話プロセスを継続して、早期にパレスチナの団結と統一を実現するべく努力することに一致して同意した」と述べました。
○2024年5月30日:中国・アラブ諸国合作フォーラム第10回閣僚級会議
この会議では、「パレスチナ問題に関する中国及びアラブ諸国共同声明」が発表されました。21項目からなる共同声明は、「二つの国家方式」がパレスチナ問題解決の唯一の現実的活路である(第7項)と明記(浅井:アラブ諸国が中国の主張をエンドースしたことを意味する)し、また、「パレスチナ解放機構(PLO)はパレスチナ人民の唯一の合法的代表であり、パレスチナ各組織がPLOの旗の下に統一し、PLOの領導の下、民族的パートナーシップに基づいて各自の責任を負うことを呼びかける」(第9項)としています。14組織による北京宣言はこの呼びかけに応えたものと言えます。
(北京宣言に対する評価)
今回署名された北京宣言について、14組織の一つであるパレスチナ民族イニシアティヴ(Palestinian National Initiative)のムスタファ・バルグーティ議長は、近年達成された他のいかなる合意よりも「踏み込んだ」内容であると評価します。すなわち、14組織中の13組織がパレスチナ解放機構(PLO)に加わっている中で、イスラエルに対するアプローチのあり方をめぐってファタハと対立してきたハマスはPLOに参加していません。しかし北京宣言は、PLOがパレスチナ人民の唯一合法の代表であり、国連関連決議に基づいてパレスチナの真の独立及び建国を実現すると明確にしました。ということは、ハマスが「二つの国家方式」を承認したこと、そしてパレスチナ14組織がハマスのPLO参加について交渉することに同意したことを内包しています(7月26日付光明日報文章「歴史的和解に希望の光をもたらす北京宣言」の指摘)。「パレスチナ人によるパレスチナ統治」は「二つの国家方式」を実現する上での前提であるだけに、北京宣言がパレスチナ内部の団結への道筋を切り開いたことは、確かに画期的であると言えるでしょう。
また、すでに指摘したように、「相愛相殺」の関係にあったファタハとハマスが、今回他の12組織とともに一致団結し、「最大公約数」を共同で達成したことは、パレスチナ人民の「最高利益」に合致するものであり、パレスチナ問題の「出口」を切り開くものでもあります。光明日報の取材に対して、エジプト・スエズ運河大学のハッサン・ラジャブ教授は、「北京宣言の署名は、パレスチナが長期の分裂を克服して和解と団結に向かう大きな可能性があることを表しており、このことは、パレスチナとイスラエルの停戦及びガザ再建にとって極めて重要な意義がある」と指摘しました。また、上海外国語大学中東研究所の劉中民教授も、「北京宣言は生死存亡の瀬戸際にあるパレスチナに対するカンフル剤であり、パレスチナ・イスラエルの和平交渉及びパレスチナ政治の再建にとって基礎を提供し、パレスチナ人民に新たな希望をもたらすものである」と評価しています。
またHSE大学中東研究センター長のムラード・サドュグザーデ(Murad Sadygzade)は、パレスチナ紛争解決に関する中国の平和プラン(浅井:2023年11月に安保理議長国の中国が招集・開催したパレスチナ・イスラエル問題ハイ・レベル会議で提起したポジション・ペーパー)について、いくつかの基本的原則を備えていると高く評価して、次のように述べています(7月22日付ロシア・トゥデイ掲載文章)。特に、パレスチナとイスラエルを同等に処遇しようとするアプローチは、従来パレスチナ支持を前面に押し出してきた中国外交からの大胆な展開であり、「二つの独立国家の確立を目指す点で、中国のこれまでの外交政策から大きく踏み出している」とするサドュグザーデの指摘は急所を突いています。
2023年11月に提案された、イスラエル・パレスチナ紛争に関する中国の和平プランは、この長期的紛争の解決策として、二つの独立国家の確立を目指す点で、中国のこれまでの外交政策から大きく踏み出している。この提案は、中国の増大する影響力を踏まえ、グローバルな地政学的問題において積極的な役割を果たすという北京の遠大なビジョンの不可分の一部を構成している。また、7月24日付スプートニク記事「ハマスとファタハの和解:中東平和ブローカー役を確立した中国」(原題:"Hamas-Fatah Reconciliation: China Solidifies Role as Mideast Peace Broker")は、パレスチナにあるアラブ・アメリカ大学政治学国際関係教授のアイマン・ユセフ(Ayman Yousef)の発言を紹介する形で、パレスチナ問題の解決を阻んできたもう一つの問題であるファタハとハマスの対立に関する中国の取り組みを、次のように高く評価しました。
中国の和平イニシアティヴは、いくつかの基本的な原則によって構成されている。一つは相互承認の促進である。つまり、イスラエル及びパレスチナの双方に対して、互いの主権及び独立的ステータスを承認し合うことを奨励している。この相互承認は、両国が存在し、平和的に共存する権利を持っていることを確認する上で死活的に重要である。
またこの平和プランは、1967年の境界に回帰することを支持している。ただし、現況及び双方の要求を汲み入れた領土のスワップに関する合意を通じた調整を行うとしている。
中国案におけるもう一つの重要な要素は安全保障に関するものである。すなわち、このプランには、イスラエル及びパレスチナ双方の安全保障に関する死活的関心を共に満足させるための積極的な保障が含まれている。このバランスのとれたアプローチは、双方の核心的関心に取り組むことにより、持続的平和の実現を目指しており、そのことを通じて、地域における将来につながる安定及び協力のための基礎作りを提供している。
ユセフは、「ファタハとハマスが北京で立場の違いを克服し、全面的な内部和解を目指したことは重要な事実である」と述べた。この北京での展開は「アッバス大統領の許可と承認の下で行われた」。ユセフによれば、イスラエルによるガザ戦争そして民族浄化のさなかに、パレスチナ人は自らの力で政治システムを稼働することによって正しい方向に向けたステップを取った。
ユセフは次の点を特に強調した。すなわち、アメリカ、イスラエル、エジプト、カタールが休戦取引をまとめ上げ、戦争後のガザの政治的管理に関するプランに取り組んでいるさなかに、中国は新たな外交力として踏み込んできた。イスラエルがハマスに対して「勝利」した後のパレスチナの管理に関して、アメリカはパレスチナ自治政府が支配することを主張するのに対して、イスラエルはその案に反対している。この点についてユセフは、ハマスとファタハが和解したということは、パレスチナ人は、中国を信頼できる仲介役として、自分たちで自らの政治的将来のあり方を選択したいという方向性を示したということだろう、と述べた。
中国が今回積極的に動いたのはなぜかに関しては、「中国はファタハ及びハマス双方と良好な関係を持っており、双方に対して影響力があるからだ」とユセフは指摘した。「中国は、パレスチナ人を一堂に会させるだけではなく、中東全体及びパレスチナ・イスラエル紛争においても、決定的な役割を演じようとしている。」