7月22日に朝鮮戦争停戦71年国際シンポジウム「戦争危機を克服し、自主、平和へ」がお茶の水・連合会館で行われました。米韓の市民運動家から米韓政治の問題点の指摘と市民運動のあり方、朝鮮大学校教授から朝鮮・金正恩政権の現状認識と政策の方向性について指摘がありました。私は、岸田政権の対朝鮮半島政策を踏まえつつ、新たな展開を見せる朝鮮半島情勢に関する私たち国民・市民の認識と対応のあり方についての問題意識を紹介しました。
 私がもっとも言いたかったことは、顕著になる「朝中ロ対米日韓」の対決の構図に関する認識・対応を誤ってはならない、ということでした。すなわち、①この対決の構図には短期的・当面的性格と長期的・本質的性格という二面性がある。②長期的・本質的性格とは、朝鮮半島問題の平和的解決(朝中ロ)か軍事的解決(米日韓) かに関する対立であり、どちらの側が正しいかは直ちに判断できるし、したがって私たちが対応を誤る恐れは少ない。他方、③短期的・当面的性格とは、双方が軍事的に一歩も譲らないというパワー・ポリティックス的様相が前面に押し出されることを指す。この場合、パワー・ポリティックスを体質的・原理的に受け付けない私たちはともすると、「どっちも悪い」と決めつけてしまう危険がある。しかし、パワー・ポリティックス(軍事的対決)を仕掛けたのはどちらか、やむを得ず受けて立たざるを得なくなっているのはどちらか、という視点をしっかり持つことにより、加害・攻勢側(米日韓)に非があり、けんか両成敗型対応は誤りであるという認識・対応を確立することができる。結論として、④朝中ロ対米日韓の対決の構図に対して、私たちは認識上も対応上も一貫して朝中ロを支持する立場を確立しなければならない。このことの重要性は、私たちが、「国際世論」の担い手を自任する西側メディアが垂れ流す「権威主義の中国とロシアは悪者」とするイメージに汚染されてしまっており、結果的にアメリカを美化・免罪する傾向が強いだけに、いくら強調してもしすぎることはない。
 司会者からは、以上の私の指摘と関連して、ウクライナ問題について、「ウクライナ=善・被害者、ロシア=悪・加害者」とする見方が日本国内を支配していることについて、私の見方・認識が問われる一幕がありました。私は次のように答えました。
 朝鮮半島問題に関しては、私たちの認識は西側メディアによって「洗脳」されることを免れるだけの独自の判断材料を手に入れることが辛うじてできているのに対して、ウクライナ問題に関する私たちの認識はほぼ全面的に西側メディの垂れ流す情報に依存させられている。この違いは決定的に大きい。
 ウクライナ問題の根本的原因は、米西側の対ロシア軍事圧迫戦略(NATOの東方拡大)がウクライナをも飲み込む段階にまで至ったこと、2014年のクーデター後のウクライナ政権が米西側の戦略を歓迎し、これに積極的に呼応したこと(つまり、対ロ関係を決定的に敵対矛盾にまで推し進めたこと)、しかも国内ではロシア系住民(少数民族)を弾圧する政策を公然化したこと(ドンバス問題)にある。現状だけを切り抜いてウクライナを被害者に描き出し、ロシアを加害者に仕立て上げるのは、まったく不当であり、「ためにする」ものであると言わなければならない。
 私たちは、朝鮮半島問題にしても、ウクライナ問題にしても、歴史的背景・経緯を踏まえた歴史的弁証法的思考を我がものにすることによってのみ、正しい判断力を我がものにすることができる。
 最後に、私の発言原稿を紹介します。

 私には、岸田政権が推進する日米同盟強化、軍事大国化路線の危険性、さらには日本政府の対朝鮮半島政策に関する批判的検討に重点を置いた発言が求められていると思います。
 まず、岸田政権が推進する日米同盟強化、軍事大国化路線について。
 岸田政権は従来の日本政府、特に安倍政権の政策を100%踏襲しており、改めて検討するだけの新味はゼロであることを指摘するほかありません。その最大の原因は、対朝鮮半島政策に限らず、対外政策の全域にわたって、岸田首相には独立思考・判断能力が欠落していることにあります。
 岸田氏は中国を重視した大平正芳氏の派閥組織である宏池会の会長を務めているため、彼が首相になった際、対外政策に一定の積極的な変化が現れるのではないかと期待されました。中国も当初は彼の動向を好意的に注視していました。しかし、その期待は根拠のない幻想に過ぎないことは、政権就任後半年も経たないうちに明らかとなりました。今や明々白々となっているのは、岸田氏は「日本政治の最高位」である首相にまで上り詰めることが最高目標であり、自らの政治的経綸を実現するために首相の座を追求したのではなかったということです。
 独立思考・判断能力もなく、政治的経綸もゼロというバックグラウンドを踏まえれば、岸田政権が対米追従・追随という歴代自民党政権の外交路線を踏襲したのは当然です。しかし、「インド太平洋戦略」提唱をはじめとする米日対外戦略一体化路線を追求した安倍政権の下で外相を務めた岸田首相は、安倍首相が果たし得なかった諸課題を実現することで「安倍を超える」ことを追求しています。内政における憲法改正、外交安保における米日軍事一体化、対中軍事包囲網形成、全土基地化、軍事防衛予算の倍増、要すれば日米同盟強化、軍事大国化路線の追求です。
 仮に、バイデン政権が米ソ冷戦終結後のアメリカの対外戦略、特に「アメリカ一極支配体制」実現を目指す戦略を根本的に見直す用意があったとすれば、岸田政権の以上の政策にブレーキをかける可能性はあったでしょう。しかし、「アメリカ一国主義」(伝統的同盟路線の軽視が特徴)を喧伝したトランプと大統領選挙を戦ったバイデンは、西側陣営再結束に基礎を置く「アメリカ一極支配体制」の再確立を対外戦略の柱に据えました。西のNATO、東の日米同盟がバイデン政権における対外戦略の中心軸と位置づけられたのは必然でした。
 バイデン政権の対朝鮮半島政策も、オバマ政権までの朝鮮敵視を基軸とする路線に回帰したのは当然です。トランプ政権時代の破天荒な対朝鮮政策が実を結んでいたならば、その後の情勢の展開にも影響を及ぼす可能性はあったと思われます。しかし、トランプの対朝鮮積極政策はグランド・デザインに基づくものではなく、個人的気まぐれの所産でしたから、何らの痕跡も残すことなく終わらざるを得ませんでした。したがって、対米追随・追従を旨とする岸田政権に、対朝鮮半島政策における「独自性」を期待するのは「木に縁りて魚を求む」に等しいことになります。
 しかも韓国では、朝鮮との関係改善に熱意を持って取り組んだ文在寅(ムン・ジェイン)政権に代わり、親米反共において岸田政権と寸分違わぬ尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権が登場しました。その結果、米日韓三位一体による強硬一本槍の対朝鮮政策が復活・推進されるに至っています。朝鮮半島情勢においては、旧態依然たる「冷戦体制」が完全復活しています。  しかし、私たちが視野を朝鮮半島に限定せず、広く世界全体の趨勢を視野に収める時、岸田政権を含む米日韓の対朝鮮半島政策がいかに時代錯誤であるかということ、したがってその破産は歴史的に運命づけられているということが直ちに明らかになります。そこで以下においては、21世紀に入って顕著に進行する多極化という国際情勢のもとで朝鮮半島情勢を捉え直し、朝鮮対米日韓(プラス中ロ)という脱冷戦後に支配的だった構図が今や朝中ロ対韓米日の構図に転換していること、そして、北東アジアの平和と安全に対する脅威は朝鮮ではなく米日韓であること、したがって、米日韓の対朝鮮敵視政策を根本的に改めさせることが米日韓三国の国民的・市民的課題であることを明らかにしたいと思います。
 まず、国際情勢の多極化は国際関係にいかなる変化を生み出しつつあるかを認識・確認する必要があります。もっとも重要なポイントは、アメリカ主導のパワー・ポリティックスはもはや通用せず、国際関係は民主的に規律・運営しなければならない、という点にあります。中国及びロシアは、多極化に関する認識が徹底しており、したがって、国際関係の民主的な規律・運営を主張する点で、世界の先頭に立っていると言えます。パワー・ポリティックスにあくまで固執するアメリカが中国とロシアを「最大の脅威」と捉え、身構える最大の理由はここにあります。しかし、国際関係の民主化に原理・原則的に賛同するものである限り、中国・ロシアの主張は正しく、これを「脅威」として断罪するアメリカは間違っている、と認めなければなりません。
 ところが、いわゆる「西側世界」に住む私たちは、アメリカの覇権主義を批判・反対しつつも、国際情勢認識においては「国際世論」の代表を自任する西側メディアの論調に支配・洗脳されがちです。西側メディアがたれ流す"権威主義(反民主主義)の中国・ロシア"というイメージは私たちの認識をゆがめ、「中国・ロシア=諸悪の根源」という国際情勢認識に導かれ、その結果、アメリカを免罪してしまうのです。
 私は"権威主義(反民主主義)の中国・ロシア"というイメージが正しいか、間違っているかをここで議論するつもりはありません。ただ、一点だけ皆さんにリマインドしなければならないことがあります。それは、「国際関係は民主的に規律・運営しなければならない」という原理・原則には「内政不干渉(他国の内政に干渉してはならない)」原則が含まれるということです。「中国・ロシアが権威主義である」という批判は内政干渉に他ならず、国際関係の民主的規律・運営という原理・原則(ルール)に違反するレッド・カードであるということです。
 米ソ冷戦終結後の朝鮮半島情勢においては、朝鮮対米日韓(プラス中ロ)という構図が支配し、その中心的争点は朝鮮のいわゆる「核兵器開発疑惑」でした。天安門事件(1989年)の後遺症を抱える中国及びソ連崩壊後の混乱に陥っていたロシアは対米協調を余儀なくされ、また、核拡散には原則的に反対という立場から、朝鮮に対する国連安保理の制裁決議の成立に加担し、事実上の朝鮮対米日韓(プラス中ロ)という構図が朝鮮半島情勢を支配してきたわけです。
 しかし、対米西側協調路線を追求したロシアはNATOの東方拡大(対ロシア包囲網形成)戦略という「報い」に直面します。プーチン・ロシアはCSCEヘルシンキ宣言に由来する「安全保障の不可分性原則」を西側が遵守することを要求し、またこの原則を法文化することによって東方拡大に歯止めをかけ、自らの安全を保全しようとしました。しかし、西側は「聞く耳」を持たず、双方の対立は深刻化し、最終的にウクライナ危機・戦争に至ります。
 また、中国の改革開放政策に当初好意的だったアメリカは、クリントン政権以後、急速に大国として台頭する中国に警戒感を強めました。中国は一貫して対決回避に腐心しますが奏功せず、最終的にトランプ政権及びバイデン政権の対決政策に直面することになります。
 1960年時代の中ソ論争を契機に深刻な対決を経験した中ソ両国は1980年代以後関係改善を志向し、ソ連崩壊を経て中ロ関係は正常化しました。さらに、米ソ冷戦終結後の「世界一極支配体制」にあぐらをかいたアメリカの中国及びロシアに対する高圧的アプローチは中ロ関係のさらなる改善、関係緊密化を客観的に促進し、その今日的到達点がアメリカ世界一極支配体制に代わる多極的民主的国際秩序の中ロ共同提唱となっています。
 金正恩・朝鮮は、電撃的訪中(2018年3月)及び翌年(4月)のロシア極東訪問(プーチンとの会談)によって中国及びロシアとの関係改善を成功させました。朝中関係及び朝ロ関係の今日までの大きな流れは、朝鮮中央通信ウェブ・サイトが最近設けた「朝中親善の年2024」及び「歴史的転換期を迎えた朝露友好関係」というコラム欄で確認することができます。
 特に、本年6月20日のプーチン訪朝に際して締結された朝ロ間の包括的戦略的パートナーシップ条約は、両国関係を「同盟関係」(朝鮮側認識)あるいはそれに「準ずる関係」(ロシア側認識)に高める画期的なものです。その画期性を具体的に論じたのはプーチン自身でした。彼は首脳会談において、「情勢悪化をDPRKのせいだとする試みは全面的に受け入れられない。ピョンヤンは適正な措置を講じて自らの防衛力を強化し、国家の安全保障を確保し、主権を擁護する権利を有する」(ロシア大統領府ウェブ・サイトが掲載した「ロ朝会談後のプレス声明」)と明言しました。また、訪朝訪越を終えるに当たって行ったロシア記者団とのインタビューの中では、「西側諸国がロシア領内攻撃を可能にする射程の長い兵器をウクライナに供与し、その兵器の使用を認めた上で、自分たちはそれに関与しない」と述べた以上、ロシアは同じことを(朝鮮に対して)行う権利を留保する、と朝鮮に対する武器供給の可能性にまで踏み込む発言を行いました。プーチンはさらに、国連安保理の朝鮮制裁決議についても見直す必要性を公言し、特に、制裁決議が禁止する朝鮮人労働者受け入れについても、再開を示唆する発言を行いました。
 ちなみに中国は、プーチン訪朝は朝ロ二国間関係の問題なのでコメントしないとしています(中国外交部報道官発言)。しかし、国連安保理制裁決議については見直す必要があるとする立場を公式に明らかにしており、朝ロ関係の画期的進展を好意的に受け止めています。
 こうして朝中及び朝ロ関係が劇的に改善するとともに、朝鮮と中ロ両国との関係改善の障壁だった「朝鮮核開発問題」は後景に退きました。プーチンは、朝鮮の核は(米日韓に対する)デタラントとなっている、と肯定的に受け止める発言をしています。また、ロシアの専門家が、朝鮮が新たな核実験を行わないのは中国の立場を考慮しているためだ、と解説しているのも興味深い指摘です。
 アメリカと中ロ両国の関係だけではなく、日本と中ロ両国の関係も岸田政権の対米追随・追従の対中対ロ政策によって最悪の状態に陥っています。岸田政権がウクライナ問題について「西側の一員」としてロシアを真っ向から批判する政策をとっていることは、ロシアの対日政策に深刻な影響を与えています。また岸田政権がバイデン政権の対中対決政策に全面的に加担し、対中軍事包囲網の形成に積極的に参加(南西諸島へのミサイル配備、日比準同盟関係形成、南シナ海における軍事プレゼンス等々)していることは、中国の対日不信感・警戒感をいやが上にも高めています。プーチン訪朝にあからさまな不信感を示す尹錫悦・韓国とロシアの関係も今や黄信号です。国連安保理制裁決議をめぐっては、韓国はロシアのみならず中国との立場の違いも先鋭です。
 最後に、米日韓3国の国民・市民は、朝中ロ対米日韓という対決の構図を新たな特徴とする朝鮮半島情勢に対していかなる認識と対応が求められるのでしょうか。
 私たちは、「朝鮮半島問題の平和的解決」を主張します。したがって、朝鮮を敵視し、あらゆる手段を動員して朝鮮を圧殺することを追求する米日韓の対朝鮮半島政策には反対してきましたし、今後も反対を続けていきます。問題は、朝中ロ3国の朝鮮半島政策に対して、米日韓3国の国民・市民は如何に認識し、どう対応するか、という点にあります。
 ただし、朝中ロ3国は対米認識において基本的に一致しているとは言え、朝鮮半島問題に関して共通の政策を打ち出しているわけではありません。現段階では、朝中及び朝ロの2国間関係が先行しています。しかし、中ロ両国は長年にわたって朝鮮半島問題の平和的解決を主張してきました。その立場は今後も基本的に不変とみて良いでしょう。他方、米日韓の強硬な対朝鮮政策が変わらない限り、中ロ両国としては朝鮮の対米日韓正面対決戦略を支持していくことも容易に理解できます。換言すれば、朝中ロ対米日韓の対立の構図は、長期的には「朝鮮半島問題の平和的解決か軍事的解決か」を争点とする争いです。しかし、短期的には「勝つか負けるか」をめぐるパワー・ポリティックス的様相が主潮になる可能性が大きいのです。
 したがって、私たちに求められる認識・対応に関しては、以下のようにまとめることができるでしょう。
 第一、今後の情勢認識においては、短期及び長期双方の特徴を踏まえる複眼的認識が要請される。
 第二、私たちはパワー・ポリティックス的思考には不慣れであり、違和感を持ちやすい。しかし、パワー・ポリティックス的様相が前面に出る当面の半島情勢を前に、「米日韓も悪いが、朝中ロも悪い」という感情的認識に走ってはならない。パワー・ポリティックスにおける加害側(米日韓)と被害側(朝中ロ)とを正確に見分けなければならない。
 第三、「朝鮮半島問題の平和的解決」という基本において、私たちの主張と朝中ロの戦略方針は一致していることを踏まえ、わたしたちは朝中ロ対米日韓の対立という構図を前に、朝中ロを短期的にも長期的にも支持していかなければならない。