バイデン政権の政策変更(武器使用条件緩和)とロシア
-核戦争への第一歩-
<バイデン政権の政策変更>
(新政策)
バイデン政権は5月31日、ウクライナがアメリカ提供の武器を使用する条件を緩和する決定を行いました。同日付のスプートニク通信は、米国務省スポークスマンが声明で同通信に対し、バイデンはロシア領土に対する反撃を目的とするアメリカ提供武器の使用を許可したこと、ただし、ATACMSを含む射程の長いミサイルの使用は許可していないことを明らかにしたと報じました。同日のウォールストリート・ジャーナル紙(WSJ)は今回の政策変更の内容を次のように紹介しています。新しい政策はウクライナ軍に対し、ロシア軍がウクライナ北東部のハルコフに対する攻撃に使用しているロシア国内の指揮所、武器庫その他の資産(command posts, arms depots and other assets on Russian territory that are being used by Russian forces to carry out its attack on Kharkiv in northeastern Ukraine)に対する砲の使用及びハイマース発射装置による短距離ロケット発射をウクライナ軍に許可する。しかし、この政策は、ロシア国内に対する射程のより長いATACMS地対地ミサイルの使用許可をウクライナに対して与えていない。なお、NATOのストルテンベルグ事務総長は、バイデンの決定を受ける形で5月31日、NATOが射程の長い攻撃兵器の配備を承認したことを確認するとともに、ウクライナが国際法に従って「責任ある方法で」(in a responsible way)これらの武器を使用することを期待すると述べました。
地理的範囲を限定したことは、ウクライナがロシアの継続的攻勢に対する防衛を改善するとともに、ウクライナの紛争が米ロ間の直接衝突にエスカレートするリスクを制限しようとするバイデン政権の意図を反映している。
アメリカ当局者は、「大統領は最近、ウクライナを攻撃している、あるいは攻撃準備中のロシア軍に対してウクライナが反撃できるよう、米供与の武器をハルコフでの反撃目的に使用できるようにすることを指示した」と述べた。しかし、「ロシア国内に対するATACMS使用その他の長距離攻撃を禁止する政策は変更されていない。」
米当局者によれば、ハルコフでウクライナに使用が許可される武器には、誘導多連装ロケット・システム(GMLRS)、高機動ロケット砲システム(ハイマース)及び砲兵システムが含まれる。
(政策変更経緯)
上記WSJ記事は、今回の政策変更の経緯について、次のように紹介しています。ちなみに、今回の政策変更の重みについて、同日(5月31日)付のニューヨーク・タイムズ紙(NYT)は、バイデンがこれまで、「第三次大戦」を回避するべく、アメリカがロシア領と認定している地域に対するウクライナの攻撃を認めないとしてきたとし、アメリカ当局者がNYTに対して「これ(政策変更)は新事実である」と同時に、ウクライナ紛争における「おそらく新しい時代(の幕開け)である」と述べたことを紹介した上で、バイデンは核兵器国の領土に対する攻撃を許可した最初の大統領となる、と今回決定の重大性を指摘しています。ロシアがウクライナ北東部に対する攻撃を強める中、ウクライナ政府は5月13日、アメリカ供与の武器をロシア国内の目標に対して使用するよう要求した。(ウクライナは)ハルコフがロシア領に近接しており、ロシア軍は西側供与の武器で攻撃されることはないことを確信して国境越しに攻撃している(ことを要求の理由とした)。
この要求を受けて5月15日、サリヴァン安全保障担当補佐官、オースチン国防長官及びブラウン統合参謀本部議長はこれまでの政策が調整されるべきことで合意し、バイデンに対して正式の勧告を行った。バイデンはその日に、NATO最高連合軍司令官のカヴォリ将軍、オースチン及びサリヴァンと協議し、詳細を詰めるよう指示した。
ウクライナ訪問から戻ったブリンケン国務長官は5月17日、バイデンとのミーティングで新しいアプローチを支持した。
バイデン政権は5月27日、ウクライナ軍が米供与の武器でロシア国内の限られた目標を対象とすることを初めて認めるという重大な政策転換を行った(浅井:この時点でポリティコがスクープ)。
(政策変更理由)
5月30日のコラムで紹介しましたが、プーチンは西側諸国で対ロシア強硬論が台頭している直接原因がハルコフに対するロシア軍の攻勢にあることを認識しているとした上で、しかし、ロシアのハルコフ攻撃を挑発したのはウクライナであること(ハルコフを起点として隣接するロシア領に攻撃を行ってきたこと)、そのため、ウクライナがロシアの住宅地帯に対する攻撃を続ける場合には安全(緩衝)地帯を作るための反撃を行わざるを得ない旨6ヶ月前から警告してきたことを指摘して、因果関係を無視する西側の強硬論の無理無体を厳しく批判しています。(浅井注)ちなみに、因果関係を無視して敵視する相手側を一方的に難詰し、強硬手段に訴える手法はアメリカ(米西側)の常套手段です。ロシアのウクライナに対する特別軍事行動そのものがNATOの東方拡大戦略がウクライナまで及ぼうとしたこと(原因)に対する起死回生作戦であること(結果)は、このコラムで度々指摘してきたことです。しかし、米西側はその歴史的事実を一切無視し、ウクライナを"ロシアの侵略の犠牲者"に仕立て上げました。「朝鮮脅威論」も同じです。1990年代以後に限っても、国際的に孤立した朝鮮を圧迫するべく米韓合同軍事演習を繰り返したのはアメリカ(原因)であり、これに対して自衛の「切り札」として核デタランス保有に訴えた朝鮮(結果)に対して、アメリカは朝鮮の「脅威」を理由に安保理制裁決議まで動員したのです。今はやりの「中国脅威論」についてもまた同じです。
歴史的経緯(因果関係)を無視し、「敵か味方か」ですべてを割り切るのは、パワー・ポリティックスの本質的特徴です。しかも、「丘の上の町」を自認するアメリカは正義も独占しなければ気が済みません。アメリカの言いなりになることを拒否するものは、すべて悪であり、脅威とされるのです。ロシア、中国、朝鮮、イランが然り、非国家主体のハマスもまた然り。
パワー・ポリティックス発祥の地である欧州では、国際政治における「力の論理」の暴走を抑える制度(institution)としての大国間のバランス・オヴ・パワー(BOP)という概念が発展してきました。その典型例として教科書的に挙げられるのは、ナポレオン戦争後の欧州国際秩序を維持しようとした4大国(後に5大国)によるウイーン体制です。第一次大戦後の国際連盟下の理事会、さらには第二次大戦後の国連憲章下で、国際連盟理事会の失敗の経験を踏まえて大国の役割を強調した安全保障理事会(大国の拒否権)も、制度としてのバランス・オヴ・パワーの発展的具現化の試みと言えます。
しかし、米ソ冷戦終結後のアメリカによる「一極支配体制」は、バランス・オヴ・パワーという概念・制度そのものを「歴史の屑箱」に放り込み、アメリカ的「力の論理」がまかり通ることを許してきました。ド・ゴールのフランス、ブラントのドイツに代表されるように、冷戦時代の欧州は超大国・米ソに対する独立性・独自性の確保を目指しましたが、ソ連崩壊後は対米従属に甘んじ、アメリカが推進するロシアの徹底的無害化戦略(NATOの東方拡大)に追随してきたわけです。
今回のバイデンの政策変更理由を、以上のアメリカ的論理で「解説」した二つの文章を紹介します(強調は浅井)。プーチンの嘆き、怒りはそれなりに無理からぬものであることが理解できます。
(大西洋評議会WS掲載文章)
*5月28日付の大西洋評議会WSは、ピーター・ディッキンソン署名文章「時は来た:ウクライナのロシア領内攻撃許可の主張盛り上がり」(原題:"The Time has come: Calls grow to allow Ukrainian strikes inside Russia")を掲載。ディッキンソンは大西洋評議会のUkrainieAlert serviceの編集長。この文章はバイデン政権見直し決定前に発表されたもの。
ロシアが2年以上前に全面侵攻を開始して以来、ウクライナの国際的同盟者のほとんどは、その提供するいかなる武器もウクライナ領内に限って使用することを主張してきた。この制限は紛争拡大防止のために課されたが、今盛り上がっている批判の声は、このアプローチはウクライナの自己防衛を妨げ、ロシアの勝利を許すリスクとなっていることを指摘する。
西側の武器をロシア領内の目標攻撃に使用することの是非に関する議論は一貫してくすぶってきたが、ロシアの直近の攻勢によって最大の論点に押し上げられている。ロシア軍は5月にウクライナの北部国境を越え、ウクライナ第二の都市・ハルコフに向けた進軍を開始した。この攻撃はサプライズではない。ウクライナ軍当局者はロシア側の準備状況を数週間にわたってモニターしてきたが、(適切な)行動を取るには無力だった。ロシアのハルコフ攻撃により、ウクライナに提供される西側武器の使用に関する制限の軍事的馬鹿馬鹿しさが浮き彫りになっている。ロシア軍はウクライナが反撃できないことを知り尽くしており、部隊を集結し、砲撃を行うために国境ゾーンを安全地帯として大いに利用している。ウクライナの支援国の間で(上記制限政策の)抜本的再考を求める声が盛り上がっているのはもっともなことである。
(WSJ文章)
*上記の新政策内容及び政策変更経緯について報じたWSJ記事と同じ文章。
ロシアは、ATACMSなどの射程の長いミサイルをウクライナに供与することを繰り返し警告し、報復する可能性を示唆してきた。5月28日にプーチンは、「エスカレーション継続は深刻な結果に導くことがあり得る」と述べている(5月30日のコラム参照)。
しかしアメリカ当局者は、北朝鮮に弾道ミサイル(供与)を求め、イランに攻撃用ドローン(供与)を求めることで戦闘をエスカレートさせたのはロシアだと述べている。ロシアによる最近のハルコフ包囲に対して、ウクライナ及び西側諸国は警戒を強めている。NATOのストルテンベルグ事務総長は5月31日、プラハにおけるNATO諸国外相非公式会合で、「ウクライナには自衛権があり、自衛権にはロシア領内の軍事目標を攻撃する権利も含まれる」と述べた。ストルテンベルグはさらに、「ロシアが新しい戦線を開いたことで、(ウクライナに反撃を認めることは)ますます緊急課題となっている」と述べて、アメリカの(政策変更)発表前に政策変更を呼びかけていた。ストルテンベルグ曰く、「ロシアはロシア領内のミサイル、砲器類でウクライナを攻撃している。理の当然として、ウクライナは反撃し、自衛する権利を持たなければならない。」
(政策変更の背景)
冷戦時代の米ソ緊張関係を記憶する高齢のバイデンは、核兵器国・ロシアとの直接対決につながる可能性のあるウクライナにおける戦争エスカレーションの危険性を理解・危惧しており、したがって、ウクライナがアメリカ供与の武器でロシア領内を攻撃することを許可することには、当初から一貫して慎重でした。バイデンは政策変更を許可した後も、なおロシアとの直接対決は望まないとするメッセージをロシア側に送ろうとしています。カービー大統領補佐官は6月2日にABCの番組に出演し、次のように述べました(6月3日付RT)。 (浅井注)ちなみに、バイデンは6月6日にABCとのインタビューの中で、今回の決定によってウクライナ紛争が拡大する可能性について問われ、「理論的にはあり得るが、現実にはないだろう」と答えると同時に、「ロシア領内の200マイル先までの攻撃は許可していないし、モスクワ、クレムリンに対する攻撃は許可していない」と付け加えました(6月7日付RT)。この発言も、バイデンが自ら行った政策変更決定に不安を隠せない心情を覗かせています。もっとも、この発言はバイデンの耄碌ぶりをさらけ出すものでもあります。モスクワ、クレムリンに対する攻撃許可は第三次大戦突入のゴー・サインと同義です。このバイデン発言についてコメントを求められたラブロフ外相は、「バイデンの言動についてコメントを求められると、いつも困惑する。彼の心情、肉体がどのように機能しているのかを推し量ることは実に難しい」と答えています(6月5日ロシア外務省WS)。
「我々はこの戦争が始まってから一貫してエスカレーションを懸念してきた。この懸念は(政策変更後も)そのままである(remain valid)。バイデンが第三次大戦に直結する米ロの直接軍事対決を深刻に懸念しているにもかかわらず今回の政策変更を許可したのはなぜなのか。この疑問について、時間は前後しますが、5月29日付NYT・WSが掲載したデイヴィッド・サンガー署名文章「政策変更圧力に直面するバイデン」(原題:"From Allies and Advisers, Pressure Grows on Biden to Allow Attacks on Russian Territory")がいくつかの背景事情を明らかにしています。ちなみにサンガーは、1982年にハーヴァード卒業以来40年間以上、「NYTのホワイトハウス及び国家安全保障担当記者で、バイデン大統領・政権、特に対外政策、とりわけテクノロジー、政治、超大国紛争に焦点を当てている」とNYT・WS上で自己紹介しています。
「大統領は、第三次大戦開始に責任を負うことは望まないと言っている(The president has said he does not want to be responsible for starting World War III)。我々はロシア、もう一つの核兵器国、との紛争を招きたくない(We're not looking for a conflict with Russia, another nuclear power)。」
カービーは、「反撃目的のために」ウクライナがアメリカの武器を使用することを許可することによって「派生する問題すべてを理解していた」と述べた。そして彼は、ウクライナが許されているのは、「ロシアがある種の緩衝地帯を作り上げるために使用している」基地、砲兵陣地その他の軍事施設を対象とすることだけだ、と繰り返した。
この文章の書き出しは次のとおりで、サンガーが正確な現状認識に立っていることを理解できます。
バイデンは、ロシア領に対するアメリカの武器発射禁止を翻すか否かという、ウクライナ戦争においてもっとも重大な決定に向かってにじり寄っている。彼は長い間、ウクライナがロシア国内に向けてアメリカの武器を使うことを許可することに抵抗してきた。なぜならば、アメリカと核兵器で武装した敵国との直接紛争にエスカレートすることへの懸念があるからである。政策変更を迫られた背景事情の一つとしてサンガーが指摘するのは外交日程です。サンガーは、アメリカ内外からバイデンに対する圧力が強まってきたこと(5月30日のコラム参照)を紹介した上で、西側の団結を誇示することが不可欠な外交日程が目白押しとなっていることがバイデンにこの時点での決断を強いた背景事情であることを、次のように指摘しています。
バイデンにはあまり時間がない。今後2週間のうちに、バイデンには1ヶ月にわたる主要同盟諸国とのタイトかつ対面の会合が待ち受けている。最初はフランスでの戦争勝利80周年、次いでG7サミット会合、最後はワシントンでのNATO創立75周年だ。これらの会合では西側の団結を誇示しなければならない。二番目の背景事情は、第三次大戦誘発の危険性よりも、何が何でもロシアを勝たせるわけにはいかないというバイデンの主観的思い込みが上回ったということです。この点に関してサンガーは、この戦争におけるバイデンに与えられたマンデートは二つ、すなわち、ロシアを勝利させないこと、そして、第三次大戦開始のリスクを犯さないことであるけれども、この二つは互いに常に緊張関係にあり、ロシア侵攻から27ヶ月になる今、バイデンは二者択一に追い込まれている、と分析します。クレムリンがこの期に戦術核演習を開始したのは、バイデンがエスカレーションに傾いていると判断しつつ、そういう決定に走らないようにバイデンに圧力をかけることを目的としている、というのがサンガーの判断です。この判断も的確です(5月30日のコラム参照)。
三番目の背景事情としてサンガーが指摘するのは、アメリカ政権の内部で、ロシアの核デタランス誇示による警告は「虚仮威し」(empty)に過ぎないとする見方が優勢を占めるに至っているということです。5月30日のコラムで紹介しましたように、2023年の「核デタランス論争」において「核使用の敷居」を低くすることを主張したカラガノフの最大の論拠は、「平和」に安住しきった米西側は(ソ連時代より弱体化した)ロシアの核デタランス(ドクトリン)をもはや「ホンモノ」(=「ロシアは最終的に核兵器使用に踏み切る覚悟がある」)と受け止めていないという判断でした。この指摘は正に図星であるということになります。アメリカ政権内外の雰囲気について、サンガーは次のように述べています。
アメリカの当局者は、ロシアの警告は虚仮威しに過ぎないと片付けるものがますます増えている。彼らによれば、ポーランドその他のNATO諸国からのウクライナに対する武器供与に対して、ロシアは一度として攻撃するリスクを冒さなかった。ペスコフは西側が地域紛争を第三次大戦に変えるリスクを冒していると常に警告するが、プーチンは西側との直接対決を避けるべく可能な限りのことをしてきている、とされる。
ハーヴァード名誉教授であり、国防省高官を務めたこともあり、現在は国家情報会議の指導的立場にあるジョセフ・ナイは5月28日、「今起こっているのは核のバーゲン・ゲームそしてクレディビリティ・ゲームである」と指摘した上で、「プーチンはこの件についてより大きな利害関係を持っており、バイデンが最初に方向転換するように強くプッシュしている」と付け加えた。また、元米軍関係者でワシントンの戦略国際問題研究所で国際安全保障プログラムを率いるセス・G・ジョーンズは、ロシアのエスカレーションに対する恐れは「膨らまされすぎている」(overblown)とし、「戦争開始以来のプーチンによるエスカレーションの脅迫もむなしくなっている」と述べた。
確かにロシアは戦争開始当初からそうだった。侵攻開始後にNATOがウクライナ支援を控えるようにするべく、プーチンは核部隊に警戒態勢を取ることを命じた。しかし、プーチンが核兵器使用をほのめかす脅迫が繰り返されるにつれて、バイデンの側近たちはますます動じないようになっていった。
<ロシアの反応>
バイデン政権の政策変更の報道に接したロシア大統領府のペスコフ報道官は5月31日、「(この決定は)アメリカが如何にこの紛争に深入りしているかを明確に証明している」と述べました(同日付RT)。また、ラブロフ外相はスプートニク通信に対して、「(F16戦闘機などの)ウクライナに対する提供は核分野における意図的なシグナル行為であるとみなさざるを得ない。彼らは、アメリカとNATOがウクライナにおいてどこまでも深入りする用意があることを伝えようとしている」と述べ、ベラルーシとロシアとの非戦略核合同演習が「核の階段におけるさらなるエスカレーションがもたらす最悪の結果を彼らに思い起こさせる厳粛な警告」の役割を果たすことを望んでいると付け加えました(同日付スプートニク通信)。ロシア外務省のリャブコフ次官は6月3日、アメリカは、ロシアそしてウクライナ紛争に関するアプローチにおいて「致命的な」誤算を犯そうとしていると非難し、「アメリカの当局者に対して、致命的結末を導くような誤算をしないよう警告したい。彼らが直面する反応が如何に深刻なものとなり得るかについて、彼らは何らかの理由で過小評価している」と述べました。そしてリャブコフは、5月28日のタシケントにおけるプーチン発言(「仮に欧州がこのような深刻な結果に直面するとしたら、米ロ間の戦略的軍事パリティを考慮した上で、アメリカは何を行うのだろうか」 5月30日コラム参照)が何を意味しているかについて、じっくり時間をかけて考えるよう注意を促し、アメリカに対するロシアの核デタランスに基づく対応は非対称的なものとなることを警告しました(6月3日付RT)。「非対称的」とは、非核攻撃に対して核で対応するという意味であることはもちろんです。
プーチン大統領は6月7日、フォーラムにおける質疑応答の中で次のように発言した、と同日付RT(この記事のタイトルは「プーチン:核兵器使用は考えたこともない」(原題:"Russia 'not even thinking' of using nuclear weapons – Putin"))が紹介しています。この記事がプーチン発言の真意を正確に紹介しているとすれば、プーチンの基本的立場は従前どおり(5月30日のコラムで紹介したフリードマンの分析参照)であり、非戦略核演習の実施を命令し、その事実を公表したことには「核使用の敷居」を低くする意味合いが込められている、と理解するのは「早とちり」である可能性が浮上します。また、「プーチンはロシアの当局者に対して、絶対的に必要でない限り、核兵器問題について「言及する」こともしないように要求した」ことと、すでに紹介したロガチョフ、ペスコフ、リャブコフの発言との間にはギャップを感じます。
もっとも、デタランスはその中身が曖昧であればあるほど、ますますデタランス固有の機能を発揮する(相手側の疑心暗鬼を増幅させる)のも真実です。プーチン発言もそういうものとして受け止めることが必要かもしれません。しかし、それよりも重大なのは、アメリカがこうしたプーチンの慎重姿勢をますます自分たちに都合のいいように解釈し、ロシア軽視を強める可能性です(上記サンガー文章参照)。
この問題に関しては、フォーラムにおけるプーチン発言の全容が明らかになるのを待って検証します(6月8日の時点ではまだ全文が明らかになっていません)。
プーチンはフォーラムでの質疑応答の中で、モスクワは一度として攻撃的な核レトリックに訴える先頭に立ったことはない(Moscow has never been the first to resort to aggressive nuclear rhetoric)、と述べた。そして、ロシアの核ドクトリンのもとでは「例外的なケース」のもとでのみ核兵器使用が認められているが、現状はそれに該当しない(The nation's nuclear doctrine only allows the use of atomic weapons in "exceptional cases" and the current situation is not one)、と付け加えた。プーチンは6月5日に行われた国際記者団との会見の中では、「何が核戦争の引き金になるか。このリスクにどこまで近づいているか」というストレートな質問(ロイター記者)に対して、次のように答えています。
ロシアは「核エスカレーションのはしごをより早くよじ登ることはあるのか」と問われたプーチンは、モスクワがそのようなエスカレーションのイニシアティヴを取ったことはかつてない、ロシアは一度たりとも「赤ボタンを押す用意がある」と述べたこともない、と答え、モスクワは常に他国に対してこういう問題を「深刻に」扱うよう呼びかけているのに、核の脅しをしていると非難されている、と付け加えた。
プーチンは、「我々は(核兵器の)脅しを振り回してはいない」と述べた。ロシアの核ドクトリンは、核兵器は国家の「主権と領土保全に対する脅威」に直面した場合にのみ使うことができると述べているが、「今のケースがそれに当たるとは考えていない("I do not believe that it is the case now.")」とプーチンは述べた。しかしプーチンはドクトリンに対する変更の可能性は「排除されない」と警告した。
プーチンによれば、モスクワが核兵器の使用について「考える理由すらない」。なぜならば、戦車、航空戦力に関してロシアは敵を大幅に上回っており、ロシアの武器生産は20倍以上に増えているからである。そう述べた上でプーチンはロシアの当局者に対して、絶対的に必要でない限り、核兵器問題について「言及する」こともしないように要求した。
西側は常に、我々が「核のボタン」をちらつかせていると非難している。しかし、私が核兵器使用の可能性という問題を提起したことがあるだろうか。あなたたちがそう言って私のせいにし、私が「核のボタン」をちらつかせていると言うのだ。プーチンはまた、ロシアの拡張主義的野心をほのめかす発言(フランスの記者)に対して激高し、机をたたきながら次のように論じました。
これは極めてタフなトピックだ。第二次大戦でアメリカは広島と長崎に核兵器を使ったが、それは20キロトンだった。ロシアの戦術核兵器は70~75キロトンである。使わないことはもちろん、使用するという脅しにも持ち出さないようにしようではないか。
しかし、何らかの理由により、西側はロシアが核兵器を使うことは絶対にないと信じている。だが、我々には核ドクトリンがあり、それを見てみることだ。もし誰かの行動がロシアの主権と領土保全を脅かす場合には、我々が手にするすべての手段を使うことが可能だと、我々は考えている。 この問題を軽々しく、表面的に扱ってはならず、プロとして扱う必要がある。私は、世界のすべての人が、この類いの問題を解決することについて、私と同じように考えてほしいと願っている。
ありもしないことについて憶測をたくましくしないことだ。我々は今日の諸現実に立って未来を考えている。ロシアを敵のイメージに作り上げないことだ。それはあなた自身を傷つけるだけだ。分かったか。
西側の連中はロシアがNATOを攻撃したがっていると考えている。気でも狂ったのではないか。馬鹿馬鹿しいのもいい加減しろ。誰が考え出したのか。でたらめ、でたらめだ。ただし、「気をつけろ。ロシアが攻めてくる。急いで身構えなければならない。ウクライナに武器を送らなければならない」として、自国民をだまし込むことを意図したとすれば話は別だ。しかし、その真の狙いは何か。自分たちの帝国的立場・偉大さを維持することだ。しかし、ロシアによる脅威なるものは存在しないし、存在するはずもない。我々がウクライナでしていることは自己防衛だ。我々には帝国的野心はない。(我々にそういう野心があるとするのは)ナンセンスの極みだ。NATO諸国及び欧州に対するロシアの脅威がナンセンスであるのと同じだ。