1.朝鮮から平手打ちに遭った岸田首相

 いつ何時政権崩壊に直面してもおかしくない岸田首相は、政権延命のためになりふり構わぬ行動を取っています。典型的一例が日朝関係打開に関する言動です。
 岸田首相は今年の施政方針演説(1月30日)で従来の政策を踏襲する発言を行っていました。すなわち、「最重要課題である拉致問題について、各国と連携しながら、全ての拉致被害者の一日も早い帰国を実現すべく、あらゆるチャンスを逃すことなく、全力で取り組みます。私自身、条件を付けずに金正恩委員長と直接向き合う決意です。日朝平壌宣言に基づき、拉致、核、ミサイルといった諸懸案を包括的に解決し、不幸な過去を清算して、日朝国交正常化の実現を目指します。」と述べたのです。
 ところが、2月9日の衆議院予算委員会での答弁では、事態打開に力点を置く発言を意識的に行いました。「北朝鮮との間の諸懸案の解決に向け、金正恩委員長との首脳会談を実現すべく、私直轄のハイレベルの協議を進めていく考え」、「私直轄のハイレベルの協議については…大胆に現状を変えていかなければならない」、「そのために、私自身が主体的に動いて、そしてトップ同士の関係を構築していくこと、このことが極めて重要」、「現在の状況が長引くほど、日朝が新しい関係を築こうとしても、その実現は困難なものになってしまいかねない」、「今こそ大胆に現状を変えていかなければならない」、「様々なルートを通じて働きかけ、これは絶えず行って(いる)」、等々。
 答弁全体としてみれば、施政方針演説の内容・大枠から大きく逸脱していたわけではありません。しかし、朝鮮との「トップ同士の関係構築」による「大胆な現状変更」の必要性を強調した文言に、岸田首相の「金正恩とのトップ会談実現」(及びそれによる自らの政治的どん詰まり状態の打開)という「わらにもすがる思い」を読み取ることは難しいことではありません。「様々なルート」を通じた朝鮮側に対する働きかけも、この願望を体して行われてきたであろうことも容易に想像できることです。
 岸田首相の上記答弁からほぼ一週間後(2月15日)に発表された金与正談話(朝鮮中央通信(KCNA)報道)は、岸田発言の肯定面を好意的に取り上げた上で、「時代錯誤の敵対意識(浅井:核ミサイル問題)と実現不可能な執念(浅井:拉致問題)」を捨て去る「政治的決断を下せる意志と実行力」・「先を見通せる賢明さと戦略的眼識」を岸田首相に要求しました。要するに、岸田首相がこれらの朝鮮側要求を満たす決意を備えることが物事の出発点・大前提である(その決意を欠くのであれば物事は先に進まない)とする朝鮮側の立場を明らかにしたものです。要は「岸田の本気次第」ということです。談話が「(朝鮮側は)関係改善のためのいかなる構想も持っておらず、接触にも何の関心もない」と指摘したのは、「すべては岸田首相の出方を判断した上で決める」という朝鮮の「超受け身」で臨む対日(対岸田)基本姿勢をブラントに表明したものです。
 参考までに、KCNA報道による金与正談話全文は次のとおりです。
 最近、日本の岸田首相が国会衆院予算委員会で、日朝関係の現状に照らし、大胆に現状を変えなければならない必要性を強く感じると述べ、自分自身が主体的に動いて、トップ同士の関係を構築すると述べ、現在、さまざまなルートで引き続き努力していると発言したという。
 私は、岸田首相の発言に関連して、日本のメディアが朝日関係問題について従来とは異なる立場を示したことになると評価したことについても留意する。
 岸田首相の今回の発言が、過去の束縛から大胆に脱して朝日関係を前進させようとする真意から発したものであるなら、肯定的なものに評価されない理由はないと思う。
 今まで、日本がすでに解決済みの拉致問題や朝日関係改善とは何の縁もない核・ミサイル問題を前提に引き続き持ち出したことによって、両国関係が数十年間、悪化一路をたどるようになったことは誰もが認める事実である。
 日本が、時代錯誤の敵対意識と実現不可能な執念を勇気をもって捨てて、相互を認めた基礎の上で丁重な振る舞いと信義ある行動で関係改善の新しい活路を切り開く政治的決断を下すなら、両国がいくらでも新しい未来を共に開くことができるというのが私の見解である。
 過去ではなく、先を見通せる賢明さと戦略的眼識、そして政治的決断を下せる意志と実行力を持つ政治家だけが、機会を得ることができ、歴史を変えることができる(強調は浅井)。
 日本が、われわれの正当防衛権(浅井:核・ミサイル開発)について不当に言い掛かりをつける悪習を捨て、解決済みの拉致問題を両国関係展望の障害物としてのみ据えない限り、両国が親しくなれない理由がなく、首相が平壌を訪問する日もあり得るであろう。
 ただ、現在までわが国家指導部は朝日関係改善のためのいかなる構想も持っておらず、接触にも何の関心もないと知っている。
 今後、岸田首相の内心を見守らなければならないであろう。
 これはあくまでも、私個人の見解であって、私は公式に朝日関係を評価する立場ではない。
 それから1ヶ月余が過ぎた3月25日に再び金与正談話が発表されました(同日付KCNA)。岸田首相が2月15日の金与正談話を「朝鮮側の積極的反応」と受け止め、これに力を得て、可及的速やかに金正恩とのトップ会談を行いたいと様々なルートを通じて朝鮮側に申し入れた(浅井:文面から窺われる)ことに対する再度の注意喚起を内容としています。すなわち、日朝関係は岸田首相の個人的願望だけで動くには余りに「不信と誤解」に満ちたものとなっていると釘を刺した上で、日朝関係改善及び地域の平和と安定に寄与するためには「戦略的選択をする政治的勇断を下すことが必要」という前談話のキー・ワードを繰り返すものでした。そして、核・ミサイル問題と拉致問題に関して「われわれの主権的権利の行使に干渉しようとし、これ以上解決すべきことも、知るよしもない拉致問題に依然として没頭するなら首相の構想が人気取りにすぎない」ことを示すものだと、岸田首相がこの2点について、安倍政権と決別する態度を明確にすることを重ねて要求しました。
 KCNA報道は次のとおりです。
 先月、私は日本の岸田首相が国会で朝日首脳会談問題に意欲を示したことについて個人的な所見を述べたことがある。
 最近も岸田首相は、異なるルートを通じて可能な限り早いうちに朝鮮民主主義人民共和国国務委員長に直接会いたいという意向をわれわれに伝えてきた。
 先日にも言ったように、朝日関係改善の新しい活路を開く上で重要なのは日本の実際の政治的決断である。
 単に首脳会談に乗り出すという心構えだけでは不信と誤解でいっぱいになった両国関係を解決することができないというのが、過ぎ去った朝日関係の歴史が与える教訓である。
 日本が今のようにわれわれの主権的権利の行使に干渉しようとし、これ以上解決すべきことも、知るよしもない拉致問題に依然として没頭するなら首相の構想が人気取りにすぎないという評判を避けられなくなるであろう。
 明白なのは、日本が朝鮮民主主義人民共和国をあくまでも敵視して主権的権利を侵害する際には、われわれの敵と見なされて標的に入るようになるだけであって、決して友人にはなれないということである。
 心から日本が両国関係を解決し、われわれの親しい隣国になって地域の平和と安定を保障することに寄与したいなら、自国の全般利益に合致する戦略的選択をする政治的勇断を下すことが必要である。
 公正で平等な姿勢でわれわれの主権的権利と安全利益を尊重するなら、朝鮮民主主義人民共和国の自衛力強化はいかなる場合にも日本にとって安保脅威にならないであろう。
 首相はわが政府の明白な立場を知った上で発言すべきである。
 自分が願うからといって、決心したからといってわが国家の指導部に会うことができ、また会ってくれるのではないということを首相は知るべきである。
 この金与正談話が発表された日(3月25日)の午後、林官房長官は記者会見で、拉致問題、核・ミサイル問題に関する朝鮮の立場を確認した金与正談話に対する見解を問われ、談話の個々の内容には立ち入らないと断った上で、拉致問題及び核・ミサイル問題などの諸懸案の包括的解決を目指す日本政府の従来の立場に変わりはないことを、繰り返して何度も明言しました。要するに、金与正談話が、"岸田首相の度重なる申し入れに前向きで考え得るためのリトマス試験紙"として突きつけた、拉致問題と核・ミサイル問題に関する態度・政策変更を行ったのかという朝鮮側質問に対して「ゼロ回答」を行ったというわけです。
 果たせるかな、林官房長官発言の翌日(3月26日)に三度目となる金与正談話が発表され、①日本には「歴史を変えて地域の平和と安定を図り、新たな朝日関係の第一歩を踏み出す勇気が全くない」、②「岸田首相の朝日首脳会談関連の発言は、自分の政治目的によるもの」と断じた上で、③「史上、最低水準の支持率を意識している日本首相の政略的な打算に、朝日関係が利用されてはならない」として、④岸田首相の日朝首脳会談開催申し入れにはこれ以上対応しない、と打ち切りを宣言しました。また、3月29日に談話を発表した崔善姫外相は、岸田サイドからの「いかなる接触の試み」も許さないと述べ、「(岸田首相)直轄のハイレベルの協議」にも門前払いとすることを明確にしました。
 自民党の裏金問題に対する対応で醜態を演じてきた岸田首相ですが、「最重要課題である拉致問題」(施政方針演説)に関する対朝接触においても醜態をさらけ出したのです。内外両面のダブル・パンチで岸田政権の命運もほぼ尽きた、と言っても過言ではないでしょう。
 蛇足を付け加えれば、岸田首相はなおも「国賓待遇」の訪米で最後の起死回生を狙う悪あがきをしています。しかし、アメリカの発表は「オフィシャル・ビジット」(「ステート・ビジット」ではない)という位置づけ(浅井:首脳会談の冒頭発言では、さすがに岸田首相も「公式訪問」と表現せざるを得ませんでした-テレビ映像-)であり、その'成果'は「さらなる日米同盟一体化」という、私たち国民からすればさらなる対米軍事戦略組込まれという危険増・負担増でしかありません。なお、岸田訪米の直前のタイミング(4月4日)で、いわゆる第6次アーミテージ・ナイ報告が発表されました。まだ全文を読んでいませんが、今回の岸田訪米の軍事的意味合いを示すものであることは間違いありません。機会を改めてコラムで紹介します。
 金与正談話(3月26日)及び崔善姫談話(3月29日)は次のとおりです。
(金与正談話)
 日本側は25日午後、内閣官房長官の記者会見で、拉致問題がすでに解決されたとの主張は全く受け入れられないという立場を明白にした。
 また、自分らと何の関係もないいわゆる核・ミサイルといった諸懸案という表現を持ち出して、われわれの正当防衛に属する主権行使に干渉し、それを問題視しようとした。
 日本は、歴史を変えて地域の平和と安定を図り、新たな朝日関係の第一歩を踏み出す勇気が全くない。
 解決不可能で、また解決することもない不可克服の問題に執着している日本の態度が、これを物語っている。
 最近、数回にわたって周囲の耳目を集めた岸田首相の朝日首脳会談関連の発言は、自分の政治目的によるものであると見られる。
 史上、最低水準の支持率を意識している日本首相の政略的な打算に、朝日関係が利用されてはならない。
 「前提条件なしの日朝首脳会談」を要請して先に戸を叩いたのは日本側であり、ただわれわれは日本が過去に縛られず、新しい出発をする姿勢を取っているのなら、歓迎するという立場を明らかにしただけである。
 わが政府は、日本の態度を今一度明白に把握した…結論は日本側とのいかなる接触にも、交渉にも顔を背け、それを拒否するであろう。
 朝日首脳会談は、われわれにとって関心事ではない。
(崔善姫談話)
 日本の岸田首相が「拉致問題」にまたもや言及し、朝日間の諸懸案解決のために従来の方針の下、引き続き努力を続けるという立場を明らかにした。
 現実をわざわざ拒否し、顔をそむけながら実現できないこと、解決すべきことのない問題に執着し、あくまで固執する理由について理解できない。
 われわれは、日本が言ういわゆる「拉致問題」に関連して解決してやることもないばかりか、努力する義務もなく、またそのような意思も全くない。
 再度明白に強調する。
 朝日対話はわれわれの関心事ではなく、われわれは日本のいかなる接触の試みに対しても許さないであろう。
 そして、日本がわれわれの主権行使を妨害し、干渉することに対しては常に断固と対応するであろう。
 これが、わが共和国政府の立場である。

2.朝鮮をめぐる国際環境の変化

 私たちが日朝関係打開の可能性を考える上では、朝鮮をめぐる国際環境が巨大な歴史的・国際政治的な変化の潮流のただ中にあることを認識することが不可欠の大前提になります。すなわち、2018年3月の金正恩電撃訪中による中朝首脳会談及び翌2019年4月にウラジオストックに赴いた金正恩とプーチンとの間の朝ロ首脳会談により、金正恩・朝鮮は習近平・中国及びプーチン・ロシアと緊密な関係構築に成功しました(金正恩は同時並行的にトランプ・アメリカとの首脳外交を行っていたことも想起するべきでしょう。これこそが「戦略的アプローチ」という名にふさわしいものであり、日本外交に悲しいまでに欠落するものです)。これにより朝鮮は長年にわたる外交的孤立を最終的に克服し、中ロ両国の強力な支持を確固としたものにし、韓国そして日本に対する立場(交渉ポジション)を強化し、米日韓軍事同盟に対して核デタランスに頼るほかなかった従来の「窮屈な」状況を根本的に克服することに成功しました。
 ちなみに、日本を含む西側報道では、ロシアと朝鮮との間の軍事協力側面(朝鮮のロシアに対する武器弾薬提供)のみに焦点が当てられています。しかし、こうした報道は朝ロ関係の基本的性格・今後の方向性を判断する上で有害無益です。論より証拠、3月13日にプーチンが対プレス・インタビューで行ったやりとりを紹介しておきます。
 ちなみに、プーチンのこのインタビューでの発言については、西側では「朝鮮は自分自身の「核の傘」を持っている」と述べた部分がとりわけ注目され、"ロシアは今や朝鮮の核保有を肯定している"という非難的な受け止めが行われました。この受け止めは甚だ不正確です。
 正確に言えば、米日韓軍事同盟が朝鮮敵視を強め、朝鮮に対する軍事的威嚇行動を従来以上に拡大強化する状況に対抗する上で、朝鮮の核・ミサイル保有はデタランス(米日韓の対朝実力行使を威嚇阻止する機能)として有効に機能している、という現状判断を行った発言、と理解するのが正確でしょう。朝鮮半島の長期的な平和と安定を構想するロシア(及び中国)が、構想実現の一環として朝鮮半島非核化実現を目指す従来の立場には変わりはないはずです(中ロが警戒するのは日本(及び韓国)の核保有であり、それに口実を与える朝鮮の核保有に中ロが否定的立場であることに変わりはありません)。
 話を元に戻します。上記インタビューにおける話題の中心は朝鮮及びその核保有にあるわけではないことが分かります。ただし、「朝鮮はロシアに何も(軍事的)要求していない、とプーチンが述べていることは重要です。今後の朝ロ関係の中心に座るのは経済協力であることが確認されるからです。
(質問) (フランスなどを中心として、バランス・オヴ・パワーの観点から、ロシアとの間ではもはやレッド・ラインは存在せず、ロシアに対しては何をやっても良いとする主張が現れていることを紹介した上で)ロシアとしても、伝統的でない解決策を考えるべき時ではないか。例えば、「ロシアの核の傘」を提供する見返りとして、200万人の兵員を有する北朝鮮の助けを求めるとか。何かいけない理由があるだろうか。
(回答) 何よりもまず、朝鮮(DPRK)は自分自身の「核の傘」を持っている。朝鮮はロシアに何も要求していない。これが第一点。
 第二に、基本的に、戦場の状況から判断して、我々は(自らが)設定する任務に対応できている。ロシアとの間には「レッド・ライン」がないという国々について言えば、これら諸国に関してはロシアも「レッド・ライン」を設けないだろうということを認識すべきだ。
 朝鮮の経済建設は、核・ミサイル問題に関する累次の安保理制裁決議によって厳しく妨げられてきました。しかし、「一帯一路」戦略を推進する中国は朝鮮半島の分断状態を解消することに意欲を持っています(2015年5月28日付コラム「「一帯一路」と朝鮮」参照)。「ユーラシア経済圏」構想を推進するロシアも朝鮮・朝鮮半島の経済的可能性に期待しています。中ロ両国にとって、朝鮮に対する安保理制裁決議はもはや障害物以外の何ものでもありません。朝鮮制裁安保理決議の存在を前提に対朝鮮政策を考える米日韓のアプローチに、中国とロシアが今後も同調すると考える者がいるとすれば世界の物笑いになるだけです。
 直近の動きとして、ロシアは、制裁決議モニタリング・パネルの1年間延長に関する安保理決議案に拒否権を行使しました(3月28日)。これにより、同パネルの監視活動は4月30日をもって終了することになります。制裁緩和・終了に向けた第一歩と捉えるべきです。
 3月29日付のロイター電によれば、この延長決議を審議した安保理で、ロシアと中国は当初、朝鮮に対する制裁レジームを1年ごとに更新するという要件を決議に盛り込むことを提案したといいます。中ロ両国の提案意図は、制裁決議そのものの廃止を可能にための布石・環境作りにあったと見るのが自然です。この提案が拒否されたため、ロシアはとりあえずモニタリング・パネルの活動を4月末で終了させるべく拒否権行使に訴えたと考えられます。
 また、中朝及び朝ロ関係は本年(2024年)国交樹立75周年に当たっており、これを契機として中朝関係及び朝ロ関係の進展を加速させる動きが進んでいます。特にロシアは、昨年(2023年)9月(13-16日)の金正恩極東訪問及びプーチンとの首脳会談を契機として、朝鮮との関係を様々な分野で発展させようとしています。プーチンの朝鮮公式訪問も日程に上っています。ロシアの朝鮮に対する積極的な協力姿勢はプーチンが重視する極東・シベリアの経済開発を念頭に置いたものですが、朝鮮経済の活性化に大きく貢献するであろうことを予感させます。
 もちろん、中朝関係も活発に動いています。両国は、国交樹立75周年の本年を「中朝友好年」と位置づけました。新年早々(1月25日)に中国外交部の孫衛東次官が訪朝し、「各分野で両国間の友好的交流と実務的協力を拡大し、発展させていくことで合意」(KCNA)しました。私が注目したのは、孫次官と会見した崔善姫外相が「(朝中)共同の核心利益を守るための戦術的協同と共同歩調」を強化していく(KCNA)と述べたことです。「戦略的協同」と言わず「戦術的協同」と述べた点に何らかの含意が込められていると思うのですが、具体的に何を指すのか現時点では不明です。
 ちなみに、3月21日に訪中した朝鮮労働党代表団(団長:金成男国際部長・政治局委員候補)は、カウンターパートの劉建超対外連絡部長と会談しただけではなく、21日に王滬寧政協主席(政治局常務委員)、22日に蔡奇中央書記処書記(政治局常務委員)、23日に王毅中央外事弁公室主任と会見する破格の接遇を受けました。会見の模様を伝えたKCNAは、中国側も「戦略的意志疎通と戦術的協同を強化」(王滬寧)、「戦略的意思疎通と戦術的協同を絶えず強化」(王毅)と発言したと紹介しています。「戦術的協同」という言葉が中国側要人からも出た(とされる)ことは、「戦術的協同」に特定の含意が込められている可能性をますます強く示唆しています。
 4月11日-13日には、全人代委員長・趙楽際が中朝友好年開幕式活動参加のため訪朝しました。実務交流が多い朝ロに比較すると、朝中間では今のところまだ祝賀的・友好親善的色彩が濃厚です。しかし、今後どうなるかは引き続き要注目です。
 抽象的な記述だけでは朝ロ実務交流関係の活発さを実感できないでしょう。朝ロ間の交流の発展の様を具体的に紹介しておきます。出発点となったのは、2023年9月16日に北京で開催された「一帯一路」国際協力サミット・フォーラムの際のプーチンと習近平との首脳会談に同席したラブロフが、その直後に訪朝(18-19日)したことでした。ラブロフは崔善姫との外相会談において、「我々の仕事は、朝ロ首脳間で合意されたすべての合意を全面的に実施していくことである」と述べました。これを受けて、経済関係に限っても、執筆時点で以下のような会合が行われたことがKCNA報道によって明らかにされています。
○11月16日:朝ロ貿易経済・科学技術協力委員会第10回会議(←9月にモスクワで準備会合)。朝鮮側:尹正浩対外経済相、ロシア側:コズロフ天然資源環境相。
○2024年1月15日-17日:崔善姫外相訪ロ。外相会談のほか、17日にはノワク副首相(エネルギー担当)と経済分野協力について協議。
○2月9日-26日:農業技術代表団訪ロ(浅井:ロシア滞在期間は2週間余)。
○2月19日-3月1日:朱勇日情報産業相を団長とする代表団訪ロ。ユーラシア情報技術フォーラム参加(浅井:ロシア滞在期間は約3週間)。
○2月19日-29日:朝ロ水産共同委員会代表団(団長:孫成国・水産省次官)訪ロ(浅井:ロシア滞在期間は約10日)。
○3月18日-22日:ロシア連邦沿海地方代表団訪朝。19日:尹正浩対外経済相と地域間経済協力活性化問題を討議。21日:金徳訓首相会見(対外経済相同席)。
○3月26日-4月2日:朝鮮政府経済代表団訪ロ(団長:尹正浩対外経済相)。(浅井:ロシア滞在期間は1週間)
 朝鮮をめぐる国際環境が(例えば20年前あるいは10年前と比較して)激変中であることは、以上の簡単な素描からでも理解できると思います。この変化は、旧態依然の日朝関係ひいては日本の対朝鮮半島政策のあり方に対する根本的な見直しを客観的に迫っていることを認識することが求められています。いつまでも拉致・核・ミサイルにしがみつくのではなく、朝鮮半島ひいては北東アジアの平和と安定という目標を根底に据えた対朝鮮政策の立案・実行が喫緊の課題として求められています。

3.日本の対朝鮮政策に求められていること

 私は、2月15日の金与正談話が指摘した「先を見通す賢明さと戦略的眼識」、「政治的決断を下す意志と実行力」は、対朝鮮政策のみならず、日本政治に根本的に欠落している問題点を洞察したもの、と率直に評価します。私は拙著『日本政治の病理』で、丸山眞男の歴史意識、倫理意識及び政治意識における「執拗低音」の働きを取り上げ、また、「日本思想における普遍の欠如」に関する丸山の透徹した考察を紹介しました。誤解を招くことをあらかじめ承知の上で極めて乱暴に表現すれば、「先を見通す賢明さ」を備えることを妨げるのは「つぎつぎになりゆくいきほひ」(丸山)にまとめられる歴史意識の執拗低音の働き、「戦略的眼識」を備えることを阻むのは「まつりごと」(丸山)に本質がある政治意識の執拗低音の働き、そして「政治的決断を下す意志と実行力」が日本政治に欠落しているのは歴史意識・倫理意識・政治意識の執拗低音の総合的働きによるもの、とまとめることが可能です。
 もちろん、日本・日本政治が執拗低音の束縛から解放されるためには、「開国」、「普遍」意識の獲得、「個」の確立が不可欠であり、一朝一夕に解決するほど簡単な問題ではありません。しかし、対朝鮮政策に絞って考えれば、以下の諸問題に主体的・実践的に取り組むことによって、日朝関係正常化の道を切り開くことは可能であると判断します。病膏肓の自民党政権にはいかなる幻想を抱くことも無駄ですが、次の総選挙で勝利する可能性を持つ非自民勢力による連合政権の登場によって、道が切り開かれる可能性に一縷の望みを託す次第です。

<先を見通す賢明さと戦略的眼識>

 朝鮮問題に関する先を見通す賢明さ及び戦略的眼識については、以下の4点が重要です。
 第一、関係諸大国はもはや対朝線強硬政策に関して一枚岩ではなく、韓日米対朝ロ中という対立的構造が基調であること。(安倍政権以来の)「拉致・核・ミサイル問題の解決なくして日朝国交正常化なし」とする対朝鮮政策には関係諸国の理解と支持がある、とする安易な思い込みは今後もはや通用しません。
 第二、朝鮮の核・ミサイル政策は米日韓軍事同盟に対するデタランスを本質とすること及びそのことに対する理解・認識が国際的に進んでいること。その裏返しとして今後は、朝鮮敵視・中国(及びロシア)脅威論に立つ米日韓軍事同盟路線にこそ問題があり、その根本的清算を要求する、というごく常識的な正論が国際的認識として確立していくことが予見されます。
 第三、中ロの支持を当てにできなかった時代の朝鮮は、相当の出血を払ってでも日本(及び韓国)との関係改善を志向していた側面は否定できないけれども、これからの朝鮮には腰をかがめて日本(及び韓国)との関係改善に努力するという発想はもはやないこと。1.に紹介した金与正及び崔善姫談話はそのことを明確に物語っています。
 (以上3点に通底する)第四、アメリカによる世界一極支配は歴史的終焉を迎えようとしていること。日本では相変わらず、自民・非自民を問わず、「緊密な日米関係」を当然視・前提視する見方が根を張っています。しかし、①イスラエル・ネタニヤフ政権の暴走に歯止めをかけることもできず、②ロシア・ウクライナ戦争をたきつけておきながら国内事情で今や身動きできず、③対ロシア制裁の一環として凍結したロシア在外資産について、自らが作り上げたドル世界支配体制の根幹を揺るがすことを知りつつ、「貧すれば鈍する」で手をつけようとする「ならず者」的本質を露呈するバイデン政権は、アメリカの「ご臨終」を象徴しています。これ以上アメリカに追随・服従するならば、日本の前途は暗黒であることを認識する、最小限の賢明さを持つべきです。

<政治的決断を下す意志と実行力>

 対朝鮮政策について、以下の3点を指摘します。ちなみに、安倍政権の対朝鮮政策の問題点については、第一次政権時代の2006年12月14日付コラム「朝鮮半島情勢の変化と安倍政権」(特に「4.平壌宣言と安倍政権」)、第二次政権時代の2017年5月28日付コラム「「北朝鮮危機」と安倍政権-作り上げられた朝鮮の「脅威」-」を参照願います。
 第一、日朝関係正常化に関する原点・出発点である2002年の日朝合意(平壌宣言)に立脚・原点回帰して今後の対朝鮮政策・日朝関係を考えるという基本姿勢・立場の確立。具体的には、平壌宣言をひん曲げて「拉致、核・ミサイル問題の解決なくして日朝国交正常化なし」とした安倍政権の対朝鮮政策(「負の遺産」)を清算し、宣言における合意内容を誠実に履行する立場を再確認すること。具体的には、朝鮮に対する経済協力、在日朝鮮人の地位に関する問題、文化財の問題(宣言第1項)に誠心誠意取り組む用意・姿勢を明らかにすることが求められます。
 第二、いわゆる「拉致問題」に関しては、朝鮮が「日朝が不正常な関係にある中で生じたこのような遺憾な問題が今後再び生じることがないよう適切な措置をとることを確認」(宣言第3項)したことで解決済み(現実に、その後拉致事件は起こっていない)であることを今後の対朝アプローチの出発点として据えること。拉致被害の生存者の存否(及び日本への帰国)という問題は人道問題と位置づけることが必須であり、日朝国交正常化交渉と切り離し、朝鮮側の対応・対処を求めることになります。この点に関しては、2014年に日朝間で合意されたストックホルム合意に盛り込まれた、朝鮮側の「特別調査委員会」による全面再調査再開の可能性が今後の朝鮮との折衝における議論のたたき台となり得るでしょう。
 第三、いわゆる「核・ミサイル問題」に関しては、対朝鮮安保理制裁決議を「金科玉条」とする認識を正すこと。これらの安保理決議は、いわゆる天安門事件(1989年)を受けて国際的苦境に追い込まれた中国及びソ連崩壊(1991年)の直撃で内外の問題山積に直面したロシアが対米協調・協力を余儀なくされた特殊状況の下で、「安保理大国協調体制」がたまたま機能した特殊状況下で成立したもので、決議内容に関しては重大な問題をはらんでいます。詳細を論じる余裕はないので、関心のある向きは、朝鮮の宇宙開発上の権利に関して論じた2012年5月16日付コラム「朝鮮の人工衛星打ち上げと安保理決議」、そして、対朝鮮制裁決議全体に通底する違法性という根本問題については2013年10月18日付コラム「対朝鮮安保理決議の適法性に関する公開質問状」をご覧ください。
 結論として指摘しなければならないのは、朝鮮の核・ミサイル開発を「違法」と断じる安保理決議そのものが国際法を逸脱した大国協調・なれ合いの産物であり、したがって、安保理決議を根拠として朝鮮の核・ミサイル開発を断罪することはできないということです。中国及びロシアが対米追随して一連の安保理決議の成立に加担した非を率直に承認することが問題の所在を明らかにする上でもっとも分かりやすく、また、望まれるところです。しかし、日本としては、「非は非」として認める政治的決断を行い、国際的に率先して「安保理決議の不当性・不法性」を指摘する実行力を備えるべきです。