私は2022年12月24日のコラム「ウクライナ問題解決への道筋を考える」で以下の諸点を指摘しました。手前味噌で恐縮ですが、2024年の今日も、これらの指摘は依然として有効だと考えています。

○「私は、出口戦略も考えず、ひたすらウクライナに代理人戦争をさせることによってロシアの全面敗北を追い求めるアメリカ・バイデン政権が主導し続ける限り、ロシア・ウクライナ戦争の終結はあり得ないと確信します。なぜならば、アメリカの意図を読み切っているロシアは自らの国家の存続をかけてこれに徹底抗戦する覚悟であることは…明々白々だからです。ロシアは今や戦いの真の相手はウクライナではなく西側全体であると認識しています。問題解決の道筋を考えるためには、「ロシアの関心の所在に耳を傾ける用意がある」(ペスコフ)か否かが決定的に重要です。北風(軍事力)ではなく太陽(他者感覚)のみが旅人(ロシア)の心を開かせることができます。」
 なお、「ロシアの関心の所在」(ペスコフ発言)の具体内容は、①21世紀欧州の安全保障のあり方の根本的転換(具体的には、冷戦終結後にアメリカ主導で開始されたNATO東方拡大戦略=ロシア包囲網形成戦略の停止・撤回とこれに代わる安全保障システムの構築)、②当面の争点であるウクライナNATO加盟問題に終止符を打つこと(具体的には、特別軍事行動開始に際してロシアが要求に掲げた、ウクライナの「非NATO化」「非軍事化」「非ナチ化」の実現)、の2点に集約できます。
○「さらに私が強調したいことは、国際関係における構造的変化を見極めたアプローチを心がけることが不可欠だということです。今日なお米西側の圧倒的影響力のもとにある日本ではほとんど意識されていませんが、ウクライナ問題に関する米西側の政策・主張はもはや世界の圧倒的少数派です。それは国際政治経済関係における新興国・途上国(いわゆる第三世界)の実力の高まりを反映する、正に時代の潮流です。しかも、ウクライナ問題でも顕著な米西側の対外政策における「二重基準」に対する批判・警戒も強まるばかりです。その端的な表れは、…米西側の対ロシア制裁に対する同調国が第三世界では皆無に近いという事実に示されています。「ロシアは国際的に孤立している」というのは日本を含む西側世界でのみ通用する議論です。」
○「ロシアの軍事侵攻で悲惨な状況に陥っているウクライナ及びウクライナ人民に関して。ウクライナ問題の解決を考えるとき、和平実現後のウクライナの復興は最大問題の一つです。しかし、米西側(そしてゼレンスキー政権)が主張する、凍結したロシア在外資産をその資金に充てるという考えは荒唐無稽です。そもそも、米西側が「焚きつけ」なければ、3月末時点で和平が実現していた可能性があったことを想起するべきです。和平が実現していたならば、今日の惨状は回避できたのでした。米西側としては、ウクライナの戦後復興に自らが圧倒的に重い責任を負っていることを自覚するべきです。もちろん、ロシアも含めた国際社会を挙げての支援体制を組む必要があると思います。」
○「ウクライナ全土の荒廃を生み出し、ウクライナ人民に塗炭の苦しみを強要したゼレンスキー政権の「戦争責任」を直視する必要もあると、私は確信します。ロシアを「人間ではないもの」('non-humans')と放言するゼレンスキー、「ウクライナの被占領地域の目標を攻撃し、我が領土を解放することに焦点を当てている」と公言して、被占領地域に住む自国民(ロシア系住民であるにせよ)に対する攻撃を放言するクレバからは、人間の尊厳に対する謙虚さの片鱗も窺えません。米西側の都合のためにゼレンスキー政権を美化する言論が横行する現実には極めて危ういものを感じずにはいられません。ゼレンスキー政権の戦争責任という問題に如何に向き合うかは、私たち一人一人の人権感覚の確かさを問いかける問題でもあると思います。」
 戦争がロシアに有利に展開し、米西側の対ウクライナ支援の前途も楽観が許されなくなっていることを背景に、米西側でも戦争の早期終結を訴える主張が現れるようになりました。直近で注目されるのは、ドイツ政権政党・社会民主党の党首であるロルフ・ムッツェニッヒ(Rolf Mutzenich)が3月14日、ドイツのミサイル(タウルス)をウクライナに供与する可否を議論したドイツ議会(結果は否決)で演説した際、「どう戦争するかだけではなく、どうしたら戦争を凍結し、その後に終わらせることができるかを話し合う時になっているのではないか」と発言したことです(3月15日付ロシア・トゥデイ)。
 なお、3月7日のコラムで取り上げたマクロン発言に関しては、その後の東西双方の受け止め方が「ロシアに対する敵対的アプローチを強めたもの」という方向で収斂しているようです。しかし、私はなお、マクロンの真意は「欧州の米・NATO依存からの自立・独立→ロシアを巻き込んだ欧州安全保障システム構築」にあるのではないかという判断を捨てきれません。
 さらに私が注目したのは、2月16日にアメリカのクインジー研究所(Quincy Institute for Responsible Statecraft。以下「QIRS」)が発表した、ウクライナ問題の外交的解決を目指す意欲的な政策提言(以下「提言」)です。アメリカ内政に疎い私はクインジー研究所の存在自体をこの政策提言を見て初めて知りましたし、この政策提言がどの程度の影響力を持ちうるかも分かりませんでした。ネットで調べたところ、宮田智之氏(帝京大学法学部准教授)が論考「非介入派を支えるコーク財団-クインジー研究所の誕生」で、「チャールズ・コークとデイヴィッド・コークのコーク兄弟と言えば、その豊富な資金力を武器に共和党内で多大な影響力を行使するとともに、…最近の動向に関して軽視できないのは、チャールズ・コークが外交や安全保障への関心を強めていることであり、その成果の一つとして、本年(2019年)秋にクインジー研究所が本格的に始動する。同研究所は、軍事力の抑制的行使を提唱するなど非介入主義を掲げるシンクタンクである」と解説していることを知りました。
 QIRSのウェブ・サイトを見ると、「中国と間違った競争をしているアメリカ」(原題:"The U.S. Is Playing the Wrong Game in the Competition with China" 全文はナショナル・インタレスト誌に掲載とのこと)、「一極主義という偽宗教」(原題:"The False Religion of Unipolarity"全文はコンパクト・マガジン誌に掲載とのこと)、「バイデンがガザ戦争をエスカレートさせる理由」(原題:"Why is Biden Escalating the Gaza war?") など、バイデン政権の重要対外政策をやり玉に挙げる文章が並んでいます。また、「NATOがウクライナを加盟させるべきでない理由」(原題:"NATO Should Not Accept Ukraine – for Ukraine's Sake")も掲載されています。今回の政策提言が看過できない重みを持つことを理解できます。
 もちろん、現在のバイデン政権のもとでは「日の目を見る可能性」はないでしょう。また、次の大統領選で優勢が伝えられているトランプが大統領になったとしても、悪名高い「一国主義」を相変わらず吹聴して得意然としている様子を見ると、QIRS提言が政策の中心に据えられる保証はありません。しかし、アメリカが正気に戻る時があるとすれば(あるいはトランプが有能な外交スタッフを登用することがあるとすれば)、この提言が具体的政策の有力なガイダンスとなる可能性はなきにしもあらず、と思います。
 ちなみに提言の執筆者は、ジョージ・ビーブ(George Beebe)とアナトル・リーヴン(Anatol Lieven)で、ビーブはチェイニー副大統領のロシア問題スタッフ・アドバイザーを務めた経歴を持つQIRSグランド・ストラティジー・プログラム・ディレクター、リーヴンはQIRSシニア・フェローです。
 またロシアでも、2月26日付のロシア・トゥデイ(RT)は、フョドル・ルキャノフ署名文章「ロシアのウクライナ紛争の終わらせ方」(原題:"How does the Russia-Ukraine conflict end?"以下「判断」)を掲載しました。RTは、この文章はロシアのグロ-バル・アフェアズ誌に掲載されたものをRTが翻訳編集したものと紹介しています。3月7日のコラムでルキャノフの文章を紹介したばかりですが、RTは3月5日付でも「非常に危険な時期に入りつつある世界」(原題:"The world is entering a very dangerous time"以下「分析」)と題するルキャノフ署名文章(これまたグローバル・アフェアズ誌からの翻訳編集紹介)を立て続けに紹介しています。
 私が注目したのは、提言と分析・提言とが多くの問題意識を共有していることです。両者を比較対照することで、ウクライナ問題の政治解決の可能性について具体的な視点・示唆が得られると思いました。三つの文章は長文(強調は浅井)ですので紹介を後にし、両者の比較対象から得られる知見を最初に紹介したいと思います(「1.比較対照から得られる知見」)。興味を覚える方は、「2.ルキャノフ:分析と判断」、「3.QIRS提言」も読んでいただくとうれしいです。

1.比較対照から得られる知見

<全体評価:情勢分析における政治的リアリズムという共通性>

 ルキャノフとQIRSの情勢分析アプローチに共通するのは徹底した政治的リアリズムといえます。それがルキャノフにおける悲観的結論、QIRSにおける楽観的見通しという真逆の結果を導くのです。一見矛盾にしか見えないこの二つの結果は、ルキャノフが米欧(西側)政治の悲惨なまでの現実を政治的リアリズムの目で直視するのに対して、QIRSはロシア政治の実像を曇りない政治的リアリズムの目(ロシア嫌い・ロシア脅威論という凝り固まった先入主から自由な目)で直視することから帰結するといえるでしょう。
 「政治的エリートに関していえば、考え抜いた戦略を持っているわけではなく、常に変化する状況に対して衝動的に行動する傾向がある」、「軍事指導者に関していえば、自分たちの取ろうとする行動について明確に定義した理念があるわけではない。…これまでの数十年間、彼ら軍人は作戦を担当する戦術家・戦略家として行動するよりも、作戦について論じる評論家として振る舞うことに慣れてしまっている」とするルキャノフの判断は、ひとり欧州だけではなく、アメリカ、カナダ、日本、韓国、フィリピン、オーストラリア等、広く西側諸国の政治家・軍人に共通して見られる病理です。そういう凡庸・無能な政治家・軍人は、「ロシア嫌い・ロシア脅威論」(「中国嫌い・中国脅威論」「朝鮮嫌い・朝鮮脅威論」)ですべてを片付け、身構え、対決的発想しか出てきません。したがって、ルキャノフの分析・判断が悲観的内容になるのは当然と言わざるを得ないのです。
 これに対して提言を作成した2人は、国際政治をパワー・ポリティックスとして捉える米欧主流の国際政治学の体現者ですが、パワー・ポリティックスの最良の部分である「事実認識における政治的リアリズム」にあくまで忠実です。パワー・ポリティックス国際政治学の代表的人物であるヘンリー・キッシンジャーを「20世紀最後の偉大な国際主義者」と敬意を込めて呼ぶルキャノフと同じく、提言は全編を通じて(ロシアと中国の関係に関わる叙述に関して、中国に対する偏見のために判断が曇らされていることは唯一惜しまれますが)キッシンジャーを彷彿させる良質な政治的リアリズムの発露を見ることができます。つまり、彼らは「ロシア嫌い・ロシア脅威論」から無縁であり、澄んだ、透徹した目でロシアの対ウクライナ政策(を含むロシア政治一般)を的確に把握しているのです。

<ロシア・ウクライナ戦争の本質に関する認識>

 ロシア・ウクライナ戦争の本質を正確に認識しなければ、その解決策を正しく提起することはおろか、戦争局面に関する正確な認識もできず、したがって、戦争を終結に導く正しい道筋を提起することもできません。
 ロシア・ウクライナ戦争の本質、換言すれば、ロシアが2022年2月にウクライナに対する特別軍事行動を取るに至った目的に関しては、ルキャノフの次の指摘が言い尽くしています。
 「ウクライナにおけるロシアの軍事作戦・アプローチには二つの目的がある。この二つの目的はそれぞれ別個の独立したものだが、最近の歴史状況によって今や互いにリンクしている。一つは、冷戦終結後に登場した国際安全保障諸原則(に関わる目的)、もう一つは民族的アイデンティティとしてのウクライナ問題(に関わる目的)である。」
 ルキャノフのいう「冷戦終結後に登場した国際安全保障諸原則」とは、東西連戦終結後の1995年に成立したOSCE(欧州安全保障協力機構。冷戦期に成立したCSCEを発展的に改組)に盛り込まれた政治・軍事(軍備管理、国境管理、紛争防止・解決、対テロ活動、警察活動等)、経済・環境(持続的経済発展、国際協力、環境活動、ガヴァナンス等)、人道(民主化、人権、選挙、報道、少数民族、法治、寛容・無差別等)など、多岐の分野における広義の国際安全保障諸原則を指していると考えて良いでしょう。ソ連崩壊後のロシアは、西側諸国の善意を信頼・期待しつつ、2000年代初期まではOSCEに積極的に関わってきました。
 しかし、米欧諸国はドイツ再統一時にロシアにNATO非拡大を確約したにもかかわらず、その後東方拡大を一貫して追求してきました。それがロシア・ウクライナ戦争の原因となった経緯に関しては、2022年1月31日のコラム「ロシアの安全保障政策とアメリカ・NATOの対応」で詳述しましたので、関心がある方は読んでください。
 3月14日にロシアのテレビ局とのインタビューに応じたラブロフ外相の発言の中での次の指摘部分は、ロシアのOSCEに対する評価が転換する分水嶺を示すものとして重要(私の上記コラムでは言及していません)なので、紹介しておきます(ただし、2023年3月7日のコラム「ウクライナ問題と国際関係(1)-ロシア・中国・西側・ウクライナ-」では、ミュンヘンとブカレストの首脳会議に簡単に言及しています)。ラブロフのこの発言はまた、ロシアがウクライナとの戦争の直接の起源を2007-2008年の二つのサミットにおける西側の対応に置いていることを示しています。
 「2007年にプーチン大統領はミュンヘンのスピーチで,ロシアと西側との関係の発展及び西側がロシアとの関係について選択していた政策に関する分析を行っている。…1年後にブカレストで開催されたNATO首脳会議(NATO・ロシア首脳会議も同時に開催)の最終文書には、ジョージアとウクライナがNATOの一員になるだろうという聖なる文言(sacramental words)が書き込まれた。それは正しくプーチンがミュンヘンで(そうなることに対する)警告を行ったことであった。」
 提言も、「ロシア侵略の根っこに横たわる問題、すなわちウクライナの独立と欧州の安定を確保する点」という簡潔な表現で戦争の本質を的確に捉えています。戦争の本質に関するルキャノフとQIRSの認識が一致していることは、両者の議論がかみ合うことを約束しています。

<ロシアの戦争目的に関する理解>

 提言の政治的リアリズムは、ロシアの戦争目的を正確に捉えていることに遺憾なく発揮されています。①「非NATO化」:中立条約という可能性、②「非軍事化」:軍事的脅威になることを防止すること、③「非ナチ化」:最低限でも反ロシアの人種的国粋主義国家になることを防止すること、④歴史的文化的にロシア領と見なすべきウクライナ東部の領域を取り戻すこと、⑤欧州安全秩序及びより広範な国際秩序をアメリカ一極支配からロシアが役割を担う多極システムに転換することを促進すること、というまとめは見事です。
 最初の①~③は特別軍事行動の当初の目的としてプーチン以下がしばしば明確にしていたことですから、曇りない目を持っていれば見やすいことです。それに対して、④は2022年春のウクライナとの交渉が決裂した後、ロシアが西側及びウクライナをロシアの要求に同意させるために設定した目標です。この点についてルキャノフは、「2022年秋に新たな支配地域をロシア連邦に編入したことにより、2022年春に議論されていた妥協の可能性、すなわち全面戦争勃発以前の境界線への復帰はもはや論外となった」とし、「今後の交渉は「地上の」現実を考慮に入れなければならない」という表現で確認しています。⑤については、ルキャノフは、「ロシアは今軍事力を使って、西側に1990年代の(対ロシア)アプローチについて考え直させようとしている」、具体的には「欧州安全保障のあり方に関してこれまでとは異なる取り決めを行うことについて対話を開始しよう」と述べて、提言の理解の正しさを確認しています。

<戦争終結交渉の可能性>

 ルキャノフが戦争の早期終結の可能性について悲観的見通しを示す判断の根拠は、①西側がウクライナを手放す、すなわち、ウクライナのNATO加盟を断念することはあり得ない(「(ロシアと)区別されるウクライナのアイデンティティを形成しようとする試みは、ロシアを弱体化させ、(ロシアの安全保障にとって)戦略的にカギとなる地域にロシアに敵対する勢力の前哨基地を作り出そうとする試みと常に結びついていた」)、②ロシア脅威論・ロシア嫌いは内部矛盾の噴出を有効に防止する団結維持の手段として手放すことはできない(「(西側が)ウクライナを道具として使うことで達成しようとした所期の目的についての可能性がなくなればなくなるほど、その目的をあくまで達成するために許容されると彼らが考える手段はますます大きくなっている」)、③ロシアに対して譲歩の可能性を示すこと自体が西側の絶対的優位性・不謬性神話を崩すことになるから受け入れられない(「冷戦後に確立したイデオロギー的・政治的規範からいささかなりとも逸脱することは世界にとって大惨事となるとされる。つまり、ロシアに対していかなる譲歩を行うこともその逸脱に該当するので、西側としてはあらゆるコストをかけてでもその逸脱を防止する必要がある、ということになる」)、という3点に集約できます。そしてこの判断は、西側の凡庸・無能なエリートがロシア脅威論・ロシア嫌い(高度な政治的思考の安易な代替物)にしがみつく悲しむべき現実を政治的リアリズムに徹した目で見極めており、的確と言わざるを得ません。
 ところが、提言はまさにそうした陳腐・知的崩壊の極致である公的言説の転換を主張することに出発点を置いています。曰く、「平和は最後通牒・強圧によってのみ得ることができるとか、紛争は無期限に維持するべきであるとかの言説ではなく、交渉の用意があるという言説を採用するべきである。」
 また、提言はミンスク合意を履行する意思ははじめからなかったことを白状したメルケル、オランドの発言がプーチンの対西側不信感を決定的にしたことを率直に認めています。曰く、「ミンスク合意に関するメルケルとオランドの告白(合意を行ったのはウクライナの軍事能力構築のための時間稼ぎに過ぎなかった)に鑑みれば、新たな交渉を呼びかける西側の真意をロシアが疑うだけの理由は十分にある」。
 したがって提言は、「最初に克服するべき課題はロシアを交渉テーブルに誘うに足るだけのインセンティヴを提供すること」であると、西側の課題の根本的所在を喝破します。その上で提言は、西側は「戦争終結及び欧州安全保障上の脅威を管理するための合意実現をウクライナのNATO加盟問題とリンクさせて議論する用意があることを示さなければならない」と具体的に提起するのです。
 これは正しく、ルキャノフがロシアの問題意識の要諦(「(ロシアにとっての)二つの目的、すなわち、欧州の安全保障とウクライナの領土問題とは最終的にリンクしている。言い方を変えれば、ロシアとウクライナの関係(という問題)とロシアとアメリカ・NATOの関係(という問題)は一つの同じ問題である」)を正面から受け止めた「直球回答」と言えるでしょう。

<一極支配か多極化か>

 ルキャノフは、ウクライナ問題の解決を困難にするいまひとつの原因として、世界が多極化への不可逆の流れにあるのに、アメリカは自らの一極支配に固執しており、そのことがますます問題解決を複雑かつ困難にしていることを、次のような比喩を使って的確に表しています。
 ウクライナにおいて(西側が)後退することは、世界中で、アメリカ衰退の表れとして受け止められるだけに、アメリカとしては絶対にできない。これは単に威信とかロシアに対して譲歩を行うことに対する原則的反対というだけの問題ではない。国際情勢は、第二次大戦終了時あるいは冷戦開始時期から様変わりしている。よく使われる比喩を用いるならば、大きな将棋盤で、アメリカはますます増える敵と同時進行的にゲームを行うことを強いられている。対局者は自分のゲームを行いつつ、他の対局状況をも注意深く観察し、結論を引き出し、教訓を学んでいる。グランドマスター(アメリカ)自身が闘いの一つ(ウクライナ問題)を決定的なものと宣言している以上、なおさらである。つまり、他の闘いへの影響を抜きにしてこの(決定的な)闘いを失うわけにはいかないのだ。
 しかし、政治的リアリズムに徹する提言は、「アメリカの世界一極支配」神話からも無縁です。むしろ、アメリカが積極的にグローバル・サウス及び中国の仲介を受け入れることがウクライナ問題の解決に資するゆえんであると,次のように説いています。
 「アメリカがグローバル・サウスの呼びかけに正面から応じれば、プーチンは(ロシアは交渉の用意があるとしてきた)自らの立場を証明することに迫られるだろう。」
 「中国はロシアとの間に広範囲の戦略的パートナーシップ関係にあるので、一方的停戦やウクライナからの撤退をロシアに迫ることはあり得ないが、ロシアの安全保障上の関心を満たし、なおかつウクライナの独立及び主権を保全することに資する、交渉による平和実現を望むだけの十分な理由がある。」

<問題解決の輪郭>

 総じて悲観論のルキャノフから出てくる問題「解決」の輪郭は極めてわびしいものです。ルキャノフは次のように予想します。
 「ウクライナも西側スポンサーも、ウクライナのいかなる領域的変更についても法的に承認することはあり得ないだろう。ということは、双方が話し合えることはせいぜい凍結、戦闘停止であり、朝鮮半島38度線の東欧版ということになるだろう。」
 提言も、ロシアとウクライナとの間の境界線設定に関してはルキャノフとほぼ同じ見通ししか示すことができません。
 「ウクライナの領域線設定問題は極めてやっかいな問題であり、妥協を通じて解決することはほぼあり得ない。:望みうる最善の結末は、キプロス及び朝鮮半島の戦争(終結時)におけるように、境界線に関する合意を戦闘終了の前提条件としないことに合意する解決プロセスを確立すること。ウクライナが2022年に行った提案もそのようなアプローチを考えていた。つまり、クリミアの地位に関しては15年間の協議期間を想定し、その点については完全停戦後に発効する、という内容だった。」
 しかし提言は、ウクライナ中立協定を、ロシアを含む多国間安全保障システムに発展させていく可能性にまで言及することで、ロシアの関心の所在を積極的に取り込む,次のような構想を提起しています。
 「ロシアに妥協を促す上での最大の材料は地政学的なインセンティヴ、すなわち、欧州の安全保障問題に以前のように外交的役割を担うことを認めることである。ロシアはその結果、対中依存度を減らすことができ、東西双方との取引でより大きな戦略的自主性を発揮することができるようになる(浅井:中国に対する偏見、中ロ関係の性格に関する誤断という政治的リアリズムからの逸脱を示す、提言における数少ない事例)。この点に関しては、ウクライナの中立を確保する規定を(協定に)盛り込むことは、ロシアが欧州外交舞台で席を占めることができるようにする創造的手段にもなるだろう。2022年協定案に含まれていた(ウクライナの中立に関する)多国的安全保障に関する規定を基礎にして、国連安保理全常任理事国並びにドイツ、イタリア、ポーランド及びトルコから成る国際的保障国グループを設立する提案を行うことも考えられる。
 さらに発展的に考えれば、これらの国々によるウクライナの中立を確保し、保障する機能的協力関係は、欧州の安全保障というより広範な問題を扱うようにしていくことも考えられるだろう。そのようにすることで、ロシアはウクライナ問題解決(協定)遵守から進んでロシア・西側対話関係回復への道筋を提供されることになるだろう。つまり、ロシアがウクライナ問題の解決策を誠実に遵守すれば、当初の国際的保障国グループを、57カ国によるコンセンサスに基づくOSCEよりも小回りがきく、より機能的な国際機関にするという展望も出てくるだろう。ロシアにとっては、このような国際機関に加わる可能性を与えられることは、ウクライナの独立に関して妥協を行い、さらには西側とのデタントを追求する上での大きなインセンティヴとなるだろう。」

<ウクライナの扱い>

 最後に、ルキャノフも提言も戦争の一方の当事者であるウクライナが果たすべき役割については無言である(境界線設定交渉を除く)、という点においても共通していることを指摘しないわけにはいきません。ロシアは、2022年春の交渉決裂以後、ウクライナを「西側の対ロシア戦争の代理人」、戦争を「代理人戦争」と断定しており、したがって、ウクライナに交渉当事者能力を認めていません。ルキャノフも同じ認識に立っています。提言も、政治的リアリズムの観点から、ロシアの断定・認識を共有しています。
 ただし、米西側としては、「ウクライナの独立・主権を守るための戦い」と主張している以上、ウクライナの頭ごなしにロシアとの終戦交渉に乗り出すわけにはいかないでしょう。「徹底抗戦を主張するゼレンスキーが和平交渉に応じる」こと、あるいは「和平交渉を主張する指導者が大統領になる」、「ウクライナ誼会が和平交渉に応じることを決議する」、「ウクライナの民意(世論過半数)が和平交渉支持に転換する」などの前提条件が満たされる必要があります。
 「ウクライナ軍部が議会を乗っ取ろうとするプラン」、「ゼレンスキーの後ろ盾になっているイギリスとウクライナ軍部の後ろ盾になっているアメリカとの間で確執が起こっている」とする情報の存在も伝えられるようになりました(3月14日付ロシア・スプートニク通信)。
 提言がこの問題について無言である理由については、様々な可能性があります。しかし、政治的リアリズムの立場に徹する提言だからこそこの問題に立ち入ることは不都合が多すぎると考えた、と解するべきでしょう。ウクライナをロシアとの交渉の場に引き出すためには米西側の圧力・影響力行使が不可欠、という公知の事実(政治的リアリズムからの必然的結論)については「沈黙は金」です。

2.ルキャノフ:分析と判断

<分析>

 ロシア指導部は20年間にわたって、米欧が執る措置に対してはロシアがそれに相応する措置で対抗することを、口頭でその後は文書で伝えることに努力してきた。しかし、これらの警告は無視され、雰囲気は悪化の一途をたどった。その結末が2022年2月24日だった。
 2年後の今振り返ってみると、局面が軍事対決に移行してからも状況の質的な変化は起こらなかった。ロシアは今軍事力を使って、西側に1990年代の(対ロシア)アプローチについて考え直させようとしている。ロシアが示したいのは、これまでのアプローチによるコストは高すぎるのであり、計画変更が合理的だということだ。換言すれば、欧州安全保障のあり方に関してこれまでとは異なる取り決めを行うことについて対話を開始しよう、ということである。しかし、相手側からはいかなる対応の動きもない。ロシアの軍事的獲得でもたらされた事態は不可逆的変化であることを、誰も認めようとしないのだ。それどころではない。ロシアがキャンペーン初期段階で犯した過ちを正し、イニシアティヴを取っているのに、ロシアの勝利を認めることはできないとする欧州及びアメリカの言説はますます真剣味を増しかつ深刻なものになっている。その結果、(西側が)ウクライナを道具として使うことで達成しようとした所期の目的についての可能性がなくなればなくなるほど、その目的をあくまで達成するために許容されると彼らが考える手段はますます大きくなっている。NATO軍配備を含めてすべての可能性を排除しないとしたマクロン発言もこの脈絡の下で捉えるべきだろう。これはもちろんまだ政治的な決定ではないが、西側が取りうる行動の範囲を拡大しようとするものであることは明らかである。
 同じくこの脈絡の下で考える時、広く伝えられている、ドイツの将校たちの間で交わされた会話はますます深刻性を帯びることになる。リークされている情報で明らかなように、軍部は政治家連中の高揚感に対して抑制力・理性力を担う役割を果たすどころか、政府トップの優柔不断に驚いているという。しかも、問題となっているのはドイツ本国に対する攻撃ではなく、ドイツ(及び他のNATO諸国)が関わる義務のない国家の紛争なのだ。しかし、この紛争に介入する国家は、ロシアにとっては対決を余儀なくされる深刻な脅威となる。この会話から浮かび上がってくるのは、ドイツ軍が議論しているシナリオが現実のものとなった場合に起こりうる事態については考えておらず、したがって、ロシアと直接衝突する蓋然性についても深刻に受け止めていないということである。つまり、彼らは依然として、戦闘は紛争の起こっている領域(つまりウクライナとロシア)に限定されると勝手に想定しているのだ。フランス、デンマークあるいはアメリカのエリート層がロシア脅威におののくとしても、それは自分たちの国に対する攻撃という脅威の故ではなく、西側のグローバルな立場にとっての政治的結果故なのだ。確かに、ウクライナ支援は西側全体の至上課題となっており、そのウクライナが深刻な敗北に見舞われるとすれば、西側の威信に対する大打撃となるばかりでなく、世界の多数派(の国々)との協力の下で自らの利害を追求する彼らの能力に対しても大打撃となるだろう。
 以上のことから予想される今後の成り行きは危険にして複雑である。  (西側)政治的エリートに関していえば、考え抜いた戦略を持っているわけではなく、常に変化する状況に対して衝動的に行動する傾向がある。ここでいう状況とは様々であり、例えば国内選挙キャンペーンを含む。この点に即していえば、NATO軍をウクライナに派遣するというマクロンの声明も一面トップ記事狙いと考えるべき理由がある。
 (西側)軍事指導者に関していえば、自分たちの取ろうとする行動について明確に定義した理念があるわけではない。今回の戦争の性格もあって、彼らはきっちりした権限を与えられていない。それに加え、これまでの数十年間、彼ら軍人は作戦を担当する戦術家・戦略家として行動するよりも、作戦について論じる評論家として振る舞うことに慣れてしまっている。したがって、彼らの経験は今日要請される行動に意味を持たない。米英の状況はもっと複雑ではあるが、質的に違いがあるわけではない。
 以上から導き出される結論は、エスカレーションのリスクが高まっているということである。そして、今回の軍事対決の当事者すべてに共通するのは退却思考がゼロであることだ。現在、ボールは西側のコートにあるが、欧州、とりわけフランスとドイツが前面に出てきている。
 この際、二つの状況を考慮することが重要である。
 第一、不確実性が増していることによって拡大している欧州内部の意見・立場の違いを、緊張を減らすのではなく逆に増大することで解消しようとしていることだ。「ロシアの脅威」に関するヒステリーの度合いを弱めれば、現在辛うじて曖昧にされている多くの内部的矛盾が噴出することになるだろう(からである)。かくして、対ロシア・エスカレーションをデタントに優先させるエスタブリッシュメントの行動が出てくる。
 第二、悪循環を打破するために、核のアルマゲドンで西側エリートを振るい上がらせることで彼らに交渉意欲を取り戻させよう、とする考え方がロシアで勢いを増しているが、それはおそらくまったく逆の結果をもたらすだろう。というのは、彼ら欧州エリートは西側の不謬性という一種のドグマを信じているからだ。このドグマに従えば、冷戦後に確立したイデオロギー的・政治的規範からいささかなりとも逸脱することは世界にとって大惨事となるとされる。つまり、ロシアに対していかなる譲歩を行うこともその逸脱に該当するので、西側としてはあらゆるコストをかけてでもその逸脱を防止する必要がある、ということになる。  我々は危険な時に入り込みつつある。

<判断>

 ウクライナにおけるロシアの軍事作戦・アプローチには二つの目的がある。この二つの目的はそれぞれ別個の独立したものだが、最近の歴史状況によって今や互いにリンクしている。一つは、冷戦終結後に登場した国際安全保障諸原則(に関わる目的)、もう一つは民族的アイデンティティとしてのウクライナ問題(に関わる目的)である。この二股的アプローチの基礎は、紛争勃発の6ヶ月前に公表されたプーチンの論文「ロシア人とウクライナ人の歴史的結合について」の中で設定された。プーチンはこの論文で、国家の軍事的政治的安全保障に関する懸念を両民族の結合に対する破壊にリンクさせている。そしてプーチンは、歴史に関する詳細な検討を踏まえ、(ロシアと)区別されるウクライナのアイデンティティを形成しようとする試みは、ロシアを弱体化させ、(ロシアの安全保障にとって)戦略的にカギとなる地域にロシアに敵対する勢力の前哨基地を作り出そうとする試みと常に結びついていたと論じている。
 グローバルな意味合いを持つ大国間の紛争は、往々にして議論がある特定の争点を巡って起こるものである。ウクライナに関していえば、(プーチンが以上に指摘した)これら二つの試みは互いに入り組んでいるだけではなく、ウクライナ及び欧州諸国にとってもそうだが、とりわけロシアにとって極めて強い感情を引き起こす問題である。そのため、この二つをコントロールすることは難しく、ましてやいずれかを優先させるということは至難である。もちろん、双方を同時に解決できれば理想的だが、それができない場合にはどうするのか。ロシアが近い将来に直面を余儀なくされる問題は、どちらかを選択するか、それとも「一括的解決」を達成する(ことが可能になるまで徹底的に戦い抜くか)か、という困難な課題であろう。

(領土拡大対NATO拡大)

 軍事行動開始に先立つ2021年12月のロシア外務省メモランダムには、NATOを「格下げ」し、その基礎の上で別の安全保障関係を構築するという要求が盛り込まれていた。今日分かっているように、2022年春にベラルーシとトルコで行われた交渉でも、この問題が議論された。すなわち、ウクライナの中立(すなわち、西側がこれ以上拡大しないことへの同意)及びその軍事力の制限をより広範な合意への出発点とすることがロシア側の意図だった。プーチンは最近行われたタッカー・カールソンとのインタビューの中でも、外部の力が合意達成を妨げていなかったならば、戦争はイスタンブールで終わっていただろう、と述べている。この発言からも確認されるとおり、当初の目的は領土の獲得ではなく、欧州全体の状況(安全保障のあり方)という枠組みの構築にあったのだ。
 しかし、状況は過去2年間で変わってしまい、今や領土問題が前面に出てきている。すなわち、当初の特別軍事行動の計画(ウクライナの軍事的戦略的ステータスをバッサリ変えること)が実現せず、作戦が長引くこととなったため、支配地域拡大が主要課題となった。そして、2022年秋に新たな支配地域をロシア連邦に編入したことにより、2022年春に議論されていた妥協の可能性、すなわち全面戦争勃発以前の境界線への復帰、はもはや論外となった。今後の交渉は「地上の」現実を考慮に入れなければならないというのが(ロシア側の)常套句となったし、地上の現実は常に流動的であるので、結末をあらかじめ確定することはできないということになる。しかも、費やされる人的物的コスト(の膨大さ)を考慮すれば、仮説的合意の上限値は跳ね上がる。
 ちなみに、ロシアの見方からすれば、ウクライナは外からの膨大かつ継続した支援なしに戦争する能力がないという事実は、ウクライナの国家プロジェクト(浅井:ロシアからの完全独立)は外からそそのかされた産物であるというプーチン論文の主張を確認するものであるにすぎない。
 以上から、(ロシアにとっての)二つの目的、すなわち、欧州の安全保障とウクライナの領土問題とは最終的にリンクしている。言い方を変えれば、ロシアとウクライナの関係(という問題)とロシアとアメリカ・NATOの関係(という問題)は一つの同じ問題である、ということである。

(承認に代わる凍結)

 ウクライナも西側スポンサーも、ウクライナのいかなる領域的変更についても法的に承認することはあり得ないだろう。ということは、双方が話し合えることはせいぜい凍結、戦闘停止であり、朝鮮半島38度線の東欧版ということになるだろ。しかしこの場合は、いついかなる時にも紛争が、しかもより激しい形で再開される可能性を伴うことになる。理論的には、明確で否定しようのない軍事的結末(が得られること)によってのみ、地政学的境界線の変更が承認される可能性がある。この場合における境界線は、元来の境界線からも、また、今日時点における境界線からも違うものとなるだろう。この変更が法的に承認されれば、欧州安全保障システムに事実上の変化が起こることを意味するだろう。目下のところは、これに応じる用意のあるものは皆無である。それどころではない。(西側で)支配的な見方は、ロシアに対していささかなりとも譲歩すれば、ロシアの侵略的野望を刺激するだけだとする。そこからは、欧州の安全はNATO、とりわけ欧州諸国の防衛能力を急速に拡充することによってのみ保障される、という主張が出てくる。しかし、防衛能力の拡充を巡る状況は芳しいものではない。彼らの能力はウクライナ支援によって深刻なまでに削がれているし、新しい枠組みを考えるとしても、時間、資本及び政治的意志を必要とし、しかも、今の欧州には三つとも不足している。したがって、欧州は早晩岐路を迎えることになるだろう。

(西ドイツ的シナリオ)

 何らかの形の平和交渉の可能性については長い間取り沙汰されてきたが、それに関する反応に関しては、流血を終えることへの希望から「取引」の意思を疑ってかかるものまで様々である。交渉のテーマも明確ではないし、交渉当事者は相手側の降伏を要求するばかりで折り合いがつかない。しかし、戦場の膠着状態が長引き、ウクライナ支援諸国の政治的問題が増すのに伴い、具体的提案に向けたシフトが起こる可能性はある。
 2014年から2022年春(イスタンブール交渉)までは、ウクライナの中立が中心テーマだった。ロシアの主張はそうだったし、キッシンジャー及びブレジンスキーも10年前にそういう形での解決を支持していた。また、キッシンジャーは2022年、ウクライナの中立はもはや問題解決に資さないとして、一定の領土的犠牲を見返りにNATO加盟を認めるべきだと主張した。これに反発したウクライナはキッシンジャーを敵に分類し、西側も総じて否定的な反応を示した。  しかし現在、20世紀最後の偉大な国際主義者の以上の勧告は基本プランの様相を呈している。領土すべてをウクライナに取り戻すことは、アメリカの戦略家ももはや考慮の外に置いている。したがって、反ロ連合にとっての真の勝利はウクライナ国家を保全し、NATOの一員とすることだ、とする考え方になる。すなわち(プーチン的認識に即していえば)、第二の対象(領土)については譲歩(現実に不可避)する代わりに、第一の対象(最初の段階でロシアがもっとも重視していた欧州の安全保障)についてはロシアの目的達成を阻む、ということだ。
 この見通しに関しては、最近ブルガリアのイワン・クラステフがフィナンシャル・タイムズで明確に述べている。「交渉対象にしてはならないのはウクライナの領土保全ではなく、その民主的親西側志向である。」彼はさらに次のように付け加えた。「交渉による戦争解決を支持する者にとって、NATOが可及的速やかにウクライナを加入させるという意思表示を行うことが、領土変更を望むロシアに対する唯一の有効な反応となる。ウクライナにとっては、NATOの一員となることによってのみ、領土損失の痛手を乗り越えて生き延びることができる。」この点に関し、クラステフは冷戦期の西ドイツを引き合いに出している。
 西ドイツを引き合いに出すことは、西ドイツがその後東ドイツと再統一したという点に照らして(西側にとって)含意に富む。つまり、東ドイツの(主権独立国家としての)正統性を承認することは再統一の妨げとならなかったからである。もっともロシアとウクライナのケースでは、ロシア支配下の領土を(国際社会が)法的に承認するということは極めて想定しにくいが。この点はともかく、現在の流れが続いていく場合には、西側が以上の提案を行う事態は考えられる。そして、ロシアは対応を迫られるだろう。

(同時的ゲーム期間)

 考えられる西側の以上の提案に対するロシアの反応は明らかである。すなわち、この選択肢は第一の目的及び第二の目的に関してロシアが達成したい中身を満たしていないので受け入れられない。しかし、今日における特別な状況は考慮に入れるべきだろう。
 第一、ロシアにとってはこの戦いで勝ち取るべき果実と見なされている新「ヤルタ-ポツダム」(協定)の可能性については、西側はまったく考えてもいないということだ。現実に我々が目にしているのは、(西側がウクライナ問題を)冷戦の結果を修正しようとする動きを防ぐための戦いと捉えていることだ。安全保障の柱としてのNATO頼みはその一つ(の表れ)である。NATO嫌いのトランプが政権に復帰する可能性に対する恐れと不確実感は、NATOを盤石にしたいという願望をますます強めるだけである。
 第二、ウクライナにおいて(西側が)後退することは、世界中で、アメリカ衰退の表れとして受け止められるだけに、アメリカとしては絶対にできない。これは単に威信とかロシアに対して譲歩を行うことに対する原則的反対というだけの問題ではない。国際情勢は、第二次大戦終了時あるいは冷戦開始時期から様変わりしている。よく使われる比喩を用いるならば、大きな将棋盤で、アメリカはますます増える敵と同時進行的にゲームを行うことを強いられている。対局者は自分のゲームを行いつつ、他の対局状況をも注意深く観察し、結論を引き出し、教訓を学んでいる。グランドマスター(アメリカ)自身が闘いの一つ(ウクライナ問題)を決定的なものと宣言している以上、なおさらである。つまり、他の闘いへの影響を抜きにしてこの(決定的な)闘いを失うわけにはいかないのだ。
 現実政治に関していえば、ロシアは何らかの形の「引き分け」(という決着)をオファーされる可能性はある。クラステフ曰く、「(ロシアが)本当にウクライナの占領を計画しているならば、ウクライナのNATO加盟を受け入れる必要がある。」西側はこれを歴史的勝利ともてはやすだろう。ロシア当局もこれを成果と表現することはできるかもしれないが、価格品質比という点で、誰もが納得するということにはならず、モヤモヤが残るだろう。
 「引き分け」を支持する西側の理屈は、安全保障分野で膠着状態が起こるだろうが、それはそれなりに安定している、ということになる。ウクライナがNATOに加盟すれば、ロシアとしては慎重にならざるを得ない。なぜならば、軍事行動を起こせば、その結末は質的に異次元の領域に移行するからだ。同時に、ウクライナがNATOに加盟すること自体がデタラントにもなる。なぜならば、(ウクライナが)ロシアを挑発することをNATOは許さないからだ(この理屈は、統一ドイツがNATOの一員になることについて、西側が当時のソ連指導部を説得する際に用いられた)。
 ロシアはこのような取引にいかなる領土的成果が得られれば同意するだろうか。理論的にいえば、オデッサ(プーチンが歴史的にロシアの一部だとしたことがある)及びハルコフを含む南東部ウクライナがロシア領となれば、ロシアは受け入れるかもしれない。しかし、そのような見通しは非現実的であるし、すでに述べたロシアのディレンマを解決するものでもない。最終的には、現在の膠着した局面を打開するためには、もっと説得力のある解決策が必要となる。

(沸騰点)

 しかし、妥協の展望はない。NATO問題は双方にとって原則がかかっている。ロシアは、アメリカ及び同盟諸国に対してこの問題で政治的に譲歩する必要性を認識させたいと考えている。アメリカ及び同盟諸国は(そのような譲歩を考えること自体が)門前払いだ。事態がエスカレートせざるを得ない状況がここにある。ロシアとしては、現在の優勢を利用して万難を排して領土獲得に邁進し、相手側には対決するための資源が枯渇していることを証明したいところだろう。しかし、アメリカの対ウクライナ援助が再開されるとなれば、ロシアに最大限の損害を被らせるべく、より強力で飛距離の長い武器が(ウクライナに)引き渡されることになるだろう。対決温度はすでに高くなっているので、これ以上温度が上がるとなれば、沸騰点に達し、ロシアとNATOの直接対決に近づく可能性がある。そうなると、ロシアの軍事的成功は頭を冷やさせるどころか、対決をあおる逆の効果を持つことになるかもしれない。
 この(戦争)パターンを考える時、地政学的計算よりも国内情勢を考慮に入れることの重要性がより高まってくる。大統領選挙年のアメリカにおける対立の深まり、欧州諸国の分裂、不確かさを増すウクライナ国内の社会政治情勢。この点では、ロシアはより安定しているように見えるが、リスクは排除できない。また、ウクライナとは無関係に、ユーラシア、より広いアジア、中東における緊張など、衝突が起こる可能性があり、これらのことが新たな可変要因を持ち込むかもしれない。
 第3年目に入る特別軍事行動はあらゆる点で決定的になることが約束されている。しかも、紛争の複雑性及びその結末によってもたらされる懸賞金の大きさからしても、近い将来に解決を見込めるだけの理由はない。

3.QIRS提言

 ウクライナの2023年反転攻勢の失敗及びそれに続く「積極防衛」戦略への移行により、ロシアに占領された領土奪還の夢も潰えた。戦争のこの局面を認識しないと、ウクライナの将来及びアメリカの戦略的利益に深刻なリスクが及ぶことになる。戦局は膠着状態の様相を呈しているが、ロシア軍のビルド・アップから判断すると、ウクライナが突然に軍事的崩壊に直面するリスクがある。仮にこの最悪の事態を免れるとしても、戦時「要塞国家」としてのウクライナが経済的政治的に発展できる見通しはない。
 ウクライナの軍事的勝利はますます遠のいているが、ロシア侵略の根っこに横たわる問題、すなわちウクライナの独立と欧州の安定を確保する点に関しては、アメリカはまだアドヴァンテージを持っている。対ウクライナ軍事支援に加えてロシアと精力的な外交を行うことによって、西側のチャンスと可能性を切り開くことは可能である。プーチンは2月8日のタッカー・カールソンとのインタビューの中で、ロシアが交渉に入りたいこと、また、ウクライナがロシアに敵対的でない限り、ウクライナの独立を承認できると述べた。彼はこの種発言を繰り返している。我々はプーチンの発言の真意を試すべきである。
 このペーパーは、親ウクライナ側がアプローチを柔軟にするべき理由及び新しい外交戦略がアメリカ及びウクライナの主要な利益を如何にして守ることができるかを検討対象とする。ロシアのアメリカの意図に対する不信感にもかかわらず、ロシアにはなお交渉へのインセンティヴがあること、そして、受け入れ可能な戦争の終わらせ方を増やすためにアメリカ当局が取り得るステップを検討する。

(ミリタリー・バランス:時間はウクライナの味方ではない)-The Military Balance: Time is Not on Ukraine's Side-

 中長期的に見て、十分な援助が確保される見通しはない。西側市民の関心は低下している。EU指導者は、アメリカの援助がストップしたときに肩代わりできないことを非公式に認めている。米議会共和党議員の多数は、J.D.ヴァンス上院議員の次の発言に同調している。
 「ウクライナ問題に関しては、脳みそのあるものならば、交渉で終わることを知っている。ウクライナが1991年当時の国境線までロシアを追い返すなどということは誰も信じていない。我々が大統領そして全世界に対して言っているのは、野心を吟味する必要があるということだ。1000億ドル(の支援)でも実現できなかったのに、610億ドルの追加支援で何が達成できるというのか。
 戦争が第3年目に入り、ロシアの人口、経済規模における構造的優位性、西側の支援継続不確実性等を総合的に勘案すれば、対ロ交渉拒否及び1991年国境線回復という従来の主張は再考するべきである。また、防衛戦略に関していえば、ザルジュニー将軍がCNNの文章で書いたように、ウクライナの防衛態勢は軍事的に脆弱であることは事情通も認めている。

(ウクライナは戦争継続と経済繁栄とを両立できない)-Can Ukraine Thrive While War Continues?-

 「長期戦」提唱者は戦争と経済の両立は可能だという前提に立っているようだ。しかし、残念ながら厳しい現実は、ウクライナは西側の軍事的経済的援助で辛うじて長らえているのであり、その援助が今後は保障されないということなのだ。
 これに加えて、ウクライナは長年にわたる腐敗・汚職に汚染されているし、その政治システムにも問題が多い(政治的には権威主義、文化的には人種的国粋主義)。また、人口面でも「要塞国家」になるには障害が多すぎる(平均寿命の落ち込み、出生率低下、欧州への経済移民等により、総人口は1991年5200万人から2020年には4400万人に減少。戦争開始以来、富裕層・高学歴層・女性・子供を中心に600万人以上の難民流出。人口学権威のエレーナ・リバノヴァによれば、現在、ウクライナ支配下の人口は2020年当時から約40%減の2800万人に過ぎない)。
 したがって、ロシアとの戦争が終わらない限り、ウクライナの成長と発展の可能性は極めて低い。逆に言えば、ロシアの攻撃が続く限り、戦場のリスクは大きく、ウクライナに民主的で繁栄する国家を建設する可能性は乏しい以上、アメリカにとって受け入れ可能な形での戦争終結という好ましいオプションもないということになる。

(ロシアが交渉に応じる可能性)-Why Would Rsussia Negotiate?-

 そこで問題は、ロシアとの問題解決を目指す交渉戦略は有意なオプションであるかどうかということになる。換言すれば、次第にロシアに有利に傾きつつある消耗戦の下で、ロシアはなお妥協(による解決)へのインセンティヴがあるか、ということだ。この問題の答えは、ロシアの戦争目的に関する評価によって得ることができる。プーチン及び他のロシア高官の公的声明(カールソンとのインタビュー発言を含む)から、以下の目標を指摘することができる。
「非NATO化」:中立条約という可能性を通じて、ウクライナのNATO加盟あるいはアメリカとの事実上の軍事的パートナーシップを防止すること。
「非軍事化」:戦後ウクライナがロシア(1991年以後にロシアが獲得した領域を含む)に対する軍事的脅威になることを防止すること。
「非ナチ化」:ウクライナを友好的従属国に変質させること、または最低限でも反ロシアの人種的国粋主義国家になることを防止すること。
○歴史的文化的にロシア領と見なすべきウクライナ東部の領域を取り戻すこと(regather)。
○欧州安全秩序及びより広範な国際秩序をアメリカ一極支配からロシアが役割を担う多極システムに転換することを促進すること。
○以上の目標をアメリカ及びNATOとの直接戦争を回避しながら達成すること。
 「非NATO化」:ロシアのこれまでの戦果から判断すれば、以上の目標のいくつかは戦場で達成することができるとしても、すべてからはほど遠い。達成可能な目標としては、ウクライナのNATO加入を阻止すること及びウクライナ東部領域を(ロシア領に)回復することが含まれる。NATO加入阻止に関していえば、アメリカまたはウクライナに加盟を正式に否定することを強制することはできないが、西側がその旨を誓約しない限り戦争終結を拒否することで実質的に拒否権を発動することができる。
 「非軍事化」:ロシアにとっては、軍事的手段のみに訴えるよりもウクライナ及び西側との間で軍備管理に関する取引を行う方がより効果的かつ安上がりである。軍事的に土地を占領したとしても、ウクライナからの将来的な攻撃・破壊や西側の制裁に対して備えるための支出を覚悟しなければならない。したがってロシアとしては最小限、クリミア・ドンバスに対するロシアの支配に関する西側の黙認を取り付けることにメリットを見いだすだろう。
 「非ナチ化」:ロシアがもっとも望んでいるのは、ウクライナ指導部が人種的国粋主義及び反ロシア的傾向を弱めることである。この点に関してロシアにとって望ましいシナリオには2つある。第一は、EU加盟プロセスが始まるに伴い、ウクライナがEU加盟要件にしたがって人種的国粋主義を抑制することである。第二は、2008年にロシアと戦ったジョージアがその後採用した方向をウクライナがとることである。ジョージアでは、実利的な指導者が政権に就き、欧州との貿易関係を強めると同時に、ロシアとの経済関係を深めることが国益を確保し、民族的繁栄を確保するゆえんであることを認識した。ちなみに、この二つのシナリオは互いに排斥し合うものではないが、いずれをとるにせよ、ウクライナ、ロシアそして西側の間で戦争終結の合意を行うことが前提になる。

(ロシアを交渉テーブルに誘う方法) -Getting Russia to the Table-

 以上から明らかなとおり、ロシアは交渉による問題解決に対する誘因を十分に持っているが、ロシアと西側との信頼感は最低であるため、交渉を開始する上での障害は極めて大きい。したがって、最初に克服するべき課題はロシアを交渉テーブルに誘うに足るだけのインセンティヴを提供することである。そして、第二の前提条件は米ロ間の直接のコミュニケーションを再活性化することである。ミンスク合意に関するメルケルとオランドの告白(合意を行ったのはウクライナの軍事能力構築のための時間稼ぎに過ぎなかった)に鑑みれば、新たな交渉を呼びかける西側の真意をロシアが疑うだけの理由は十分にある。
 したがってアメリカは、外交交渉への真剣さを示すため、戦争終結及び欧州安全保障上の脅威を管理するための合意実現をウクライナのNATO加盟問題とリンクさせて議論する用意があることを示さなければならないだろう。西側がウクライナの軍事的中立を考慮する可能性をロシアに示すことは、西側が時間稼ぎ以上のことを考えていることをロシアに確信させることに資するだろう。この用意表明はまた、今回の戦争がロシアとウクライナとの間の二国間の紛争であるにとどまらず、欧州の安全保障構造のあり方にも関わっており、したがってアメリカ抜きでは扱えない問題であることを我々が認識していることを伝えるという意味も持っている。
 プーチンの戦争目標(の多様性)を考えるとき、この用意表明だけでロシアを交渉テーブルに着かせるには十分ではないかもしれない。そのため、アメリカとしては多分、ロシアが関係を深めているグローバル・サウス及び中国の協力を要請する必要があるだろう。
 ブラジル及び南アフリカを含むグローバル・サウスは交渉を促進するための努力を開始している。アメリカはこれまで欧州の安全保障秩序に関してロシアと妥協することを頑なに拒んできたが、グローバル・サウスはアメリカがこの外交的窮状を脱する方法を提供する可能性がある。プーチンはこれまでのグローバル・サウス諸国との会談の中で、ロシアは交渉の用意があると繰り返し明らかにし、交渉を拒否しているのはウクライナと西側だと非難してきた。ウクライナがロシアとの交渉を禁止し、バイデンが「ウクライナ抜きのウクライナに関する話し合いはあり得ない」としてきたことは、プーチンの主張を下支えする役割を果たしてきた。アメリカがグローバル・サウスの呼びかけに正面から応じれば、プーチンは(ロシアは交渉の用意があるとしてきた)自らの立場を証明することに迫られるだろう。
 以上のことはウクライナ国内の先鋭な政治問題を和らげることに資する可能性もある。仮にゼレンスキーが進んで交渉を提唱すれば、国内右翼からの激しい攻撃にさらされることになるだろう。(ゼレンスキーが責任転嫁できる)アメリカからの公然たる圧力なしでロシアと交渉を開始しようとすれば、ゼレンスキーの延命はあり得ないだろう。
 戦争解決に関してアメリカが中国との関与を深めることも、プーチンの外交的活動の余地を制約することになるだろう。中国はロシアとの間に広範囲の戦略的パートナーシップ関係にあるので、一方的停戦やウクライナからの撤退をロシアに迫ることはあり得ないが、ロシアの安全保障上の関心を満たし、なおかつウクライナの独立及び主権を保全することに資する、交渉による平和実現を望むだけの十分な理由がある。アメリカが柔軟性を増すことは、中国の関与の深まりと相まって、プーチンを交渉テーブルに誘うのに十分な材料となり得るだろう。

(交渉:テーマと交渉者)-At the Table-

 境界線の線引きなどの問題はウクライナとロシアの直接交渉を要するだろう。ウクライナの軍事力に対する制限、米西側のウクライナへの軍事的関与の度合い、ロシアの占領地及び隣接地における軍事力といった問題の交渉には三国間あるいは多国間の関与が必要である。ウクライナの経済再建及びウクライナに対する安全保障提供といった類いの問題に関しては広く国際的関与が求められる。欧州の安全保障のあり方を議論した1980年代のヘルシンキにおける「バスケット」方式などが参考になるだろう。

(妥協の輪郭)-Contours of a Compromise-

 実効性と持続性を確保するためには、ウクライナ、ロシア及び西側の以下の死活的関心事項を扱う解決策でなければならない。
○ウクライナ:ロシアの新たな侵攻を防止する確実な保障並びに再建及び経済的繁栄に向けた確実な道筋。
○ロシア:ウクライナがアメリカ・NATOの同盟国とならず、NATOの武器・軍隊のホスト国とならない確実な保障。
○アメリカ・欧州:ロシアがウクライナにおける軍事的成功を近隣諸国及びNATO加盟諸国に対する脅威とするべく活用しないという確実な保障。
 ウクライナとロシアは2022年3月-4月に、トルコとイスラエルの仲介のもと、一定の妥協に歩み寄っていた。当時の協定案では、ウクライナの中立と多国的安全保障という取引、ウクライナが保持する軍事力の限界などについて扱っていた。
 2022年当時と比べてロシアは軍事的に優位となっているので、特にウクライナの軍事力保有量の上限に関してはより厳しい要求を行うことはほぼ間違いない。しかし、(2022年協定案における)もっとも基本的な取引対象(ウクライナの中立と多国的軍備管理レジーム及びそれとの引き換えとしてのウクライナの独立と経済的繁栄への道のり)に関しては、すべての当事者の中心的関心を満たしており、かつ、解決内容を相互に遵守することが引き続き期待できる。
 戦争におけるウクライナの立場は弱まっているが、ウクライナ及び西側は自らの利益を増進するためのテコを引き続き持っている。例えば、アメリカが戦闘により直接的に介入するとか、ウクライナにより先進的な武器を供与するとかの軍事的関与増大を脅迫すれば、ロシアとしてはそれを回避したいと考えるのは明らかである。アメリカが、問題解決が得られない場合にはそれ以外の手段はあり得ないとロシアに明確にすれば、ロシアが妥協に応じる強力なインセンティヴになるだろう。それと並行して、解決案形成とその実施の進展に応じて西側の制裁を段階的に緩和する可能性を示すことは取引の促進材料になるだろう。
 ロシアに妥協を促す上での最大の材料は地政学的なインセンティヴ、すなわち、欧州の安全保障問題に以前のように外交的役割を担うことを認めることである。ロシアはその結果、対中依存度を減らすことができ、東西双方との取引でより大きな戦略的自主性を発揮することができるようになる。この点に関しては、ウクライナの中立を確保する規定を(協定に)盛り込むことは、ロシアが欧州外交舞台で席を占めることができるようにする創造的手段にもなるだろう。2022年協定案に含まれていた(ウクライナの中立に関する)多国的安全保障に関する規定を基礎にして、国連安保理全常任理事国並びにドイツ、イタリア、ポーランド及びトルコから成る国際的保障国グループを設立する提案を行うことも考えられる。
 さらに発展的に考えれば、これらの国々によるウクライナの中立を確保し、保障する機能的協力関係は、欧州の安全保障というより広範な問題を扱うようにしていくことも考えられるだろう。そのようにすることで、ロシアはウクライナ問題解決(協定)遵守から進んでロシア・西側対話関係回復への道筋を提供されることになるだろう。つまり、ロシアがウクライナ問題の解決策を誠実に遵守すれば、当初の国際的保障国グループを、57カ国によるコンセンサスに基づくOSCEよりも小回りがきく、より機能的な国際機関にするという展望も出てくるだろう。ロシアにとっては、このような国際機関に加わる可能性を与えられることは、ウクライナの独立に関して妥協を行い、さらには西側とのデタントを追求する上での大きなインセンティヴとなるだろう。
 ウクライナの軍事力に関しては、ロシアは間違いなく保有量の上限及び限界を定めることを要求するだろう。このことは、ウクライナの「非軍事化」目標及びロシアにとっての死活的安全保障関心と結びついている。この上限設定問題に関しては、アメリカの関与も当然である。また、ウクライナの安全を保全するためには、ウクライナの軍事資源に対する上限設定は、ウクライナに対する脅威となるロシアの軍事力に対する上限設定とペアとなるべきである。すなわち、特定される地理的範囲内におけるロシア及びウクライナ双方の武器(質・量)の上限、さらには透明、通報及び査察に関する要件を確立することがゴールとなるべきである。この点に関しては、現在は機能していないが、CFE条約で採用されたアプローチが大雑把なモデルとなり得る。重要なことは、ロシアはこの条約で、北コーカサス及びウクライナに近接するロシア領内に配備される武器についての制限を定めることに同意したことである。この点に関する交渉においてウクライナにとって最有力なテコとなるのは、ウクライナ軍の再建及び近代化に対するアメリカの関与である。なぜならばこの関与は、ロシアが自国の軍事力に対する査察可能な制限に同意しない場合に対する強力な防御策となるからだ。加えて、アメリカの人工衛星による査察能力は、ロシアが協定を遵守しているかどうかを迅速に証明する強力な手段となり得る。
 ウクライナの領域線設定問題は極めてやっかいな問題であり、妥協を通じて解決することはほぼあり得ない。この問題はまた、ウクライナ以外の国々が一方的に決定することは適当ではない。ウクライナが1991年国境線に基づく領域をすべて回復することはほぼ不可能であり、また、ロシアはかなりの犠牲を払った上で獲得した領域について交渉の場で譲歩する気はない。望みうる最善の結末は、キプロス及び朝鮮半島の戦争(終結時)におけるように、境界線に関する合意を戦闘終了の前提条件としないことに合意する解決プロセスを確立することだろう。ウクライナが2022年に行った提案もそのようなアプローチを考えていた。つまり、クリミアの地位に関しては15年間の協議期間を想定し、その点については完全停戦後に発効する、という内容だった。
 最後に、交渉を通じた平和はロシアを勢いづかせ、近隣諸国に対するさらなる侵略を行うことを助長しかねない、とする懸念が西側ではしばしば口にされる。しかし、そういう可能性は極めて低い。熟知した地形、短い補給線及び長年にわたる諜報上の準備という利点があったにもかかわらず、ロシアは(ウクライナの)領土征服上とてつもない試練に遭遇した。ロシアがNATO加盟国に対する侵略に成功することは想定し得ない。なぜならば、NATOが条約第5条を発動することは確実であり、ロシアにとっては長い補給線その他の不利な条件が重なるからである。ロシアがそのような戦争を望んでいるという兆候もない。実際に、ウクライナに対する侵略に関しても、ロシアはNATOとの直接対決を極力避けようと努力してきた(という経緯がある)。

(結論:アメリカのとるべき政策)-Conclusion: U.S. Policy Steps-

 以上から、アメリカが交渉テーブルへの道を開くためにとるべき政策を、次のように引き出すことができる。
○ウクライナに対する防衛援助回復:重要なポイントは、ロシアが交渉テーブルに着かない場合及び着く時まで、アメリカがウクライナ防衛を支援することである。他方、ロシアを徹底的に敗北させるなどという目標を設定することは、軍事的に非現実的であり、また、交渉による解決に背を向けるもので、取るべきではない。また、援助に関する狙い、水準及び種類を交渉による解決という目標と連携させることにより、果てしない戦争及び天井知らずのコストに対する不安に基づく政治的な反対を沈静させるべきである。
○ロシアとの秘密外交ルート開設:交渉可能性についてプライヴェートに連絡を開始しうる、相互に信頼できる人物を米ロ双方で探すべきである。
○ウクライナのNATO(非)加盟問題を議論する用意伝達:すでに述べたとおり、この用意伝達は平和探求に関する西側の真剣さをロシアに伝える強力なシグナルである。実際にアメリカ以下のNATO諸国は自国軍隊をウクライナ紛争に巻き込ませることを望んでいないことを勘案すれば、この用意伝達はコストがかからない(というメリットもある)。
○中国及びグローバル・サウスに対するアプローチ:ウクライナ問題の交渉による妥協の条件について中国及びグローバル・サウスに非公式にアプローチすることは、ロシアに対して西側の問題解決に対する真剣さを証明する上で強力な効果を期待できる。
○公的言説の転換:平和は最後通牒・強圧によってのみ得ることができるとか、紛争は無期限に維持するべきであるとかの言説ではなく、交渉の用意があるという言説を採用するべきである。もちろん、妥協プロセスも容易かつ簡単ではない。しかし、他の方法は、ウクライナにとっても世界にとっても、もっと望みがないことは間違いない。