ハマスの攻撃を奇貨としたイスラエル・ネタニヤフ政権が開始したハマス撲滅を呼号する無差別作戦は、多大な人命喪失(最近のハマス側発表では25000人以上)とガザ地区の多くの瓦礫化、そしてガザ地区住民(230万人)の大半が難民化するという大惨事を生み出しています。ネタニヤフ政権のハマス撲滅作戦を全面的に支持(武器供与を含む)するアメリカ・バイデン政権は、国際世論の非難に直面して、ピンポイント作戦に切り替えることをネタニヤフ首相に要求すると共に、エジプト、カタールなどを巻き込んで、ハマス支配下にある人質釈放を引き換えに、イスラエルとハマスの停戦を実現する停戦協定案を持ち出していると伝えられています(1月21日付ウォールストリート・ジャーナル)。
 従来パレスチナ国家創立による「二つの国家」実現を支持してきたイスラエル世論は、ハマスによる奇襲攻撃以後はネタニヤフ政権によるハマス撲滅作戦を圧倒的に支持し、「二つの国家」方式にも否定的になったと報じられています。しかし、国際世論が圧倒的にイスラエル批判に傾く中で、イスラエル世論は作戦継続を支持しつつも、作戦完了後のネタニヤフ退陣を要求するという「ご都合主義」的対応を示しています。
 アメリカ及び国内世論の風向きの変化に直面しているネタニヤフは、イスラエル国家の存続に対する最大の脅威であるハマスの撲滅を実現するまでは軍事作戦停止には応じないとする強硬路線に固執し、アメリカ及び内外世論の圧力に一切応じない姿勢を貫いています。これに対してハマス側は、「生き残り成功=勝利」とする基本的立場と伝えられています。ネタニヤフ政権は最近、国際世論の圧力を交わすべく、「2ヶ月間の戦闘停止(pause)とすべての人質解放」を骨子とする独自の提案を行いましたが、ハマスは直ちに拒否しました。
 ハマスがイスラエルに対する大規模な奇襲攻撃に訴えた最大の政治的狙いは、「イスラエルとサウジアラビア以下のアラブ諸国との国交促進を通じて中東の平和と安定を実現し、中東におけるアメリカの盟主としての地位を保全する」というアメリカの中東政策に「待った」をかけることにありました。10月7日(ハマスの奇襲攻撃開始日)まではイスラエルとの国交樹立に「前のめり」だったサウジアラビアはいまや、「パレスチナ国家の不可逆的実現確約を得られない限り、イスラエルとの国交には応じない」とする路線調整を行っています。そういう意味では、ハマスの今回の最大の政治的狙いは実現したに等しい、と言えるでしょう。多大な碁聖・損失を強いられたにもかかわらず、「イスラエルとの戦いは勝利した」と主張するハマスの言い分はあながち強がりとはいえないでしょう。
 1月23日に国連安保理はパレスチナ・イスラエル問題に関するハイ・レベル会合を開催しました。イスラエル代表は、ハマス絶滅なくしてはその後のイスラエルとパレスチナとの平和的共存はあり得ないと主張しましたが、グテーレス国連事務総長は、「二つの国家」方式を拒否するネタニヤフ政権の立場・主張を「受け入れることはできない」と明言しました。ロシア(ラブロフ外相)、中国のみならず、フランス代表を含めた多数の国々が「二つの国家」方式に対する支持を表明したと報道されています。
 私は、10月7日以後、パレスチナ問題に関する事態の推移をフォローし、また、分析、論評の類いをふくめた資料も収集しつつ、パレスチナ問題について考えてきました。最近、ある雑誌から寄稿依頼があって短文をしたためましたので、以下に紹介します。
 なお、パレスチナ問題の帰趨如何は今後の中東情勢はもちろんのこと、国際情勢そのものに多大な影響を及ぼすことが予想されます。したがって、短文で指摘した5つのポイントについて、より詳細な考察を加えることを思い立ちました。今後、随時考察結果を文章にしてこのコラムで紹介することを予告させていただきます。

   昨年(2023年)10月7日、ガザ地区を統治するハマスが周到な準備の上でイスラエルに仕掛けた大規模な奇襲攻撃に対し、ハマスをテロ組織とするイスラエル・ネタニヤフ政権はハマス根絶を公言して大規模な軍事作戦に訴え、24000人(浅井:執筆時点の数字)以上の死者(その多くは女性と子供)を生み出した。パレスチナが置かれてきた悲惨な歴史を理解する国際世論はイスラエルを非難している(南アフリカは国際司法裁判所(ICJ)にイスラエルのジェノサイドを提訴)。
 第一のポイントは、国際社会のイスラエル批判の対象は反撃行動自体ではなく、反撃の中身だ。
 南アフリカはICJ陳述で、イスラエルの反撃が自衛の範囲を逸脱し、ジェノサイド条約に違反すると論じた。中国も「イスラエルの行動は自衛の範囲を超えている」と批判した。ロシアは、イスラエルの自衛権行使の権利を認めつつ、ハマスとイスラエルの「残虐性」・「残酷性」を等しく批判した。
 第二のポイントは、国際的合意が存在する「二つの国家」実現によるパレスチナ問題の解決だ。
 国連総会は1947年11月にパレスチナにユダヤ人国家とアラブ人国家を樹立する決議を採択した。イスラエルの建国強行(1948年)に反発したアラブ諸国とイスラエルとの数次の戦争を経て、最終的に、イスラエルとパレスチナ解放機構(PLO)との間で「二つの国家による解決」が原則合意された(1993年のオスロ合意)。
しかし「二つの国家」実現は茨の道だ。PLO指導部は腐敗・汚職にまみれ、パレスチナ人社会から見放されている。米西側諸国、中東諸国支配層はハマスの武力闘争路線を警戒している。イスラエル人入植地、東エルサレム、パレスチナ難民帰還など、具体的難問も山積する。
 第三のポイントはイスラエルの政策変化の可能性だ。
 イスラエル国内世論はハマス壊滅作戦を支持し、「二つの国家」を拒否するが、国際的非難転嫁のためネタニヤフ退陣を要求している。したがって、後継政権及び世論が「二つの国家」同意に踏み切ることができるか否かがカギとなる。
 第四のポイントはサウジアラビア及びイランの去就だ。
 サウジは、イスラエルとサウジの国交を通じた中東の平和と安定を目論むアメリカの戦略に同調しつつ、国交実現の見返りにパレスチナ建国の確約を要求する。イランはイスラエルの存在自体を認めず、ハマスの武装闘争路線を支持する。サウジとイランは中国の仲介で関係改善を進めているが、パレスチナ問題に関する立場の違いを埋めることができなければ、中東の平和と安定は画餅に帰する。
 第五かつ最大のポイントは「猫(アメリカ)に鈴をつける」ことだ。
 アメリカはイスラエルのハマス壊滅作戦を支持する。その中東政策の要はイラン敵視にある。パレスチナを含む中東問題の解決にはアメリカの政策の根本転換が不可欠だ。今後、中ロ、中東諸国が「猫の鈴付け」役を担えるかどうかで、「二つの国家」実現可能性を含め、中東情勢は大きく左右されるだろう。

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