1.アメリカ国内の問題意識:危機感と冷戦思考

 12月7日のコラムで、ロシア・ウクライナ戦争は今後どのような形で終結に向かうことが考えられるか、そのことは今後の国際関係にいかなる影響をもたらすだろうか、について次のコラムで考えると述べました。このように述べた背景にあったのは、ウクライナの反転攻勢失敗後、米西側から出されるようになった様々な提言・提案でした。しかし最近、プーチン・ロシアがあくまで初志貫徹の構えであること(特別軍事行動発動の3目標は不変)を再確認することにより、米西側の諸提言・提案がロシアの不退転の決意をまったく理解しない(理解しようともしない)主観的(自己中的)発想の産物にすぎないことも自ずと明らかになりました。私自身が知らず知らずのうちに米西側の動きに目が奪われて、ことの本質を見失いかけていたと反省する次第です。2月26日のコラム(「ウクライナ和平実現の具体的提案を」)を書いたときの認識を忘れずにいたならば、このような不始末をすることはなかったのでした。
 12月7日のコラムで指摘したウクライナの反転攻勢の3つの失敗原因のうち、米西側のロシアに対する過小評価に関しては、私が収集してきたファイルの中からも、注目に値する発言が出てきています。ここでは、二つの文章を紹介しておきます。一つは、10月10日付のポリティコが掲載したマッキンレー(Michel Mckinley)署名オピニオン「ウクライナに関する議論を再構築する必要性」(原題:"We Need to Reframe the Debate Over Ukraine")、もう一つは、12月12日付のポリティコが掲載したレイノルズ(Maura Reynolds)署名文章「プーチン勝利で起こる事態」(原題:"'We'll Be at Each Others' Throats': Fiona Hill on What Happens If Putin Wins")で、原題にあるように、民主党及び共和党政権下でホワイトハウスの要職を務めた経歴の持ち主であるヒル(Fiona Hill)の危機意識を紹介するものです。

(マッキンレー文章)
 ウクライナについて語る場合、紛争の複雑さ、結果如何そして世界的安全保障にとっての意味合いについてリアリズムを備えることが必要である。ウクライナ支援の継続は心理的にも政治的にも明らかに負担となっている。ウクライナ支援国には疲労が蓄積されている。数兆ドルの金と数千人のアメリカ人の命というコストを払ったイラク・アフガニスタン戦争は過去のこととして語られるようになっている。敷かし、ウクライナを同じように見てはならない。…ウクライナで失敗したら、世界は再び1945年以前と同じ弱肉強食の時代に逆戻りするだろう。我々には、そのような時代の再来を許すような余裕はない。
(レイノルズ文章)
 今アメリカ人は、ロシアに対するウクライナの戦いの支援をいつまで続けるべきか自らに問いかけている。アメリカにとって何が問われているのか。ヒルは、トランプ政権を含む民主・共和両党の政権においてホワイトハウスの要職にあった者として、ロシアだけではなく、アメリカの利害についても鋭く見守ってきた。今週ヒルに会ったとき、ウクライナが勝つか負けるかはひとえにアメリカにかかっていると指摘した。議会はウクライナ向け拠出金について議論しているが、我々が議論していることの本質は我々自身の未来なのだ。我々はウクライナが敗北するような世界に住みたいのか。彼女の答は明確である。プーチンがウクライナで勝利を記録する世界はとりもなおさずアメリカの世界的立場が低下し、イランと北朝鮮がのさばり、中国がインド太平洋を支配し、中東は不安定さを増し、核拡散が敵味方を問わず起こる世界である。
 「我々が認識しているか否かを問わず、ウクライナは今や、アメリカの防衛態勢、評判、リーダーシップを含めたアメリカ自身の将来がかかっている戦場になっている」とヒルは述べた。「プーチンにとっては、ウクライナはアメリカに対する代理戦争であり、アメリカを世界の舞台から追い払うための代理戦争である。」「プーチンにとってこの戦争は、パックス・アメリカーナのみならず、主要なグローバル・プレーヤーとしてのアメリカを追い払うチャンスなのだ。」
 今諦めてしまうということは、我々だけではなく、欧州の安全保障そしてアメリカの国際的立場そのものを諦めることになる。
 したがって、問題は再び、プーチンは勝つのかということだ。
 彼は勝ちかかっており、その結果は我々次第である。勝敗のポイントは我々次第だ。我々が引き下がれば、彼は勝つだろう。彼は、アメリカ国内政治及びその狭い利益はあらゆるものに勝っており、アメリカにはもはや国家安全保障とか国際政治における役割とかに関心がなくなっている、と判断している。彼にとって今は、パックス・アメリカーナのみならず世界の担い手としてのアメリカを取り除くチャンスなのだ。

 二人の文章は、アメリカ・エスタブリッシュメントの焦燥感に満ちた問題意識を如実に反映していることが分かります。ここには、アメリカが全力で立ち向かわなければプーチン・ロシアに屈することになるという危機感が横溢しています。裏返せば、ロシアを過小評価してきたことのツケがとてつもなく大きいことに痛くプライドを傷つけられたアメリカ人の憤懣をも窺うことができます。
 ただし、二人の文章は同時に、反転攻勢失敗の第二の原因である冷戦思考に関しては反省のひとかけらもないことを如実に示しています。「善と悪」「白と黒」の二分法思考にアメリカの根源的問題があることに関する問題意識の片鱗すら見いだせません。病膏肓、「○○につける薬はない」というほかありません。
 しかし、アメリカの問題意識の如何にかかわらず、ウクライナ戦争の先行きは大勢が決しつつあるのではないか、と思われます。それを窺わせる材料は、ウクライナ及びロシアの国内世論の動向、ウクライナ政治の貧困、そして、決定的な要因として、プーチン・ロシアの不退転の対米西側政策があります。この三つの要因について、以下で検討することにします。

2.ウクライナとロシアの世論動向:戦争終結願望

<戦争継続に対するウクライナ世論の変化>

 2023年6月に開始されたウクライナ軍の反転攻勢は7月末にはつまずきが明らかになりました。それとともに、「欲しがりません、勝つまでは」だったウクライナ人の戦争観にも変化が現れています。私が収集してきた記録の中で、最初にその変化を取り上げているのは8月10日付けワシントン・ポスト紙(WP)所掲文章("Slow counteroffensive darkens mood in Ukraine")であり、次いで8月20日付けのエコノミスト誌所掲文章(翌21日付けのロシア・RTが"Public mood in Ukraine 'somber' amid 'sluggish' counteroffensive – The Economist"と題して紹介)でした。キーウ社会学国際研究所が12月14日に発表した世論調査結果によれば、領土と平和の交換によって戦争を終結することを支持するものはなお少数派ながら、5月の10%から12月には19%まで増えています(徹底抗戦を主張するものは74%、分からないものは7%。12月15日付けロシア・トゥデイ(RT))。徹底抗戦を対外的に訴えてきたクレバ外相も、12月のフォリン・アフェアズ誌に発表された文章の中で、ウクライナの反転攻勢でロシア軍が壊滅する可能性を疑問視した見方が正しかったとし、戦争の行方に対する悲観論が西側で増大していることを実感している、と認めざるを得ませんでした。
 ウクライナ人の戦争の受け止め方における変化をより詳細に、かつ世論調査結果及び数人のウクライナ人とのインタビューを紹介する形で報じたのは、11月5日付けのニューヨーク・タイムズ紙)NYT)の長文の記事「ウクライナ人のモラルを試す行き詰まりの戦争」(原題:"'I Am Dreaming It Will Stop': A Deadlocked War Tests Ukrainian Morale")です。翌日(11月6日)付けRT、翌々日(11月7日)付け中国・環球時報がこのNYT記事の内容を紹介していることも納得できる、優れたルポルタージュです。第二次世界大戦末期の日本社会の雰囲気を彷彿させるとともに、徹底抗戦にしがみつくゼレンスキーとウクライナ世論との乖離の様を窺うことができます。ウクライナ世論の一端を窺う材料として記事の要旨を紹介します。

 (長引く戦争で打ちひしがれたキーウの女性の「救いがない」「戦争が終わってほしい」という声を紹介した上で)世論調査やインタビューが示すのは、ウクライナの人々が速やかな勝利の可能性に対してますます悲観的になっている姿である。強敵に対する戦いを支持する支えだった希望の灯りが曇ってきている。その結果、人々は一種の諦観とともに、終わりのない戦争の下での生活に備えている。それは白旗を振るということではない。人々の多くはなお気丈であり、ゼレンスキーと軍を支持している。しかし、最近の世論調査結果が示すのはその気持ちが萎え始めていることである。
 侵略開始以来はじめて、ロシアとの交渉による解決の用意があるとする者が以前の10%から14%へと増えた(浅井:10月時点の数字。すでに紹介したとおり12月には19%に上昇)。
 世論調査によれば、ウクライナの人々がもっとも希望に満ちていたのは南部での反転攻勢に先立つ昨冬だった。キーウ社会学国際研究所の調査によると、軍を除くすべての政府機関に対する信頼はその後低下している。政府に対する信頼は、5月(反転攻勢前)の74%から10月(反転攻勢後)の39%まで落ち込んでいる。
 先週(浅井:11月初)、軍最高司令官のザルジュヌイ将軍は国の近未来的可能性について率直に評価し、戦いは「膠着」状態と述べた。機械化攻撃は失敗し、より先進技術で装備された武器がない限り、長期戦の局面に入り込むというのだ。実は、前線から戦死兵士の遺体を故郷に運び、埋葬するボランティアをしたトゥクフリア(Tukhlia)市長トゥカチュク(Andriy Tkachyk)も、前線で疲弊しきった兵士たちの話を聞いて同じ結論を下している。「前線の子供たちは肉体的にも心理的にも疲れ切っている。戦争は長期にわたって続くだろう」、と。トゥカチュクは、「農村出身の貧しい子供たちは戦死していくのに、都市の豊かな階層は徴兵を逃れる方法を見つけている。買収で徴兵逃れをする者も増えている」ことに対する不満も含めてフラストが昂じていると指摘した。彼は、「どの村も墓だらけだ。実にまずい状況だ」と述べた。
 ウクライナ人は以前、政府に対して健全な懐疑的見方を進んで表明していたが、全面戦争が始まるや旗の下に結集し、危機に直面した国家、ゼレンスキー、軍隊そして全政府機関に対する信頼を高めた。しかし、こうした高揚感も、軍の反転攻勢がストップし、日々砲撃に見舞われ、犠牲者がうなぎ登りになるにつれてしぼんできている。
 キーウ社会学国際研究所の調査によると、ゼレンスキーに対する信頼は依然として高いが、それも5月の91%から10月の76%へと落ち込んでいる。ほかの世論調査結果では、ゼレンスキーに対する信頼は72%という数字もある。政府支配下のテレビ・ニュースに対する信頼は48%に過ぎない。この結果について同研究所所長のフルシェツキー(Anton Hrushetsky)はインタビューに答え、「我々は正直であるべきだ。人々は悲観的になっている」と述べた。彼によれば、人々のストレスはたまっており、安全な生活を過ごしたくても、そうなるという展望を持てないでいる、という。不安感が昂じるあまり、人々は誰かをやり玉に挙げたいという気持ちに追い込まれている、と彼は指摘した。彼によれば、領土回復の失敗あるいはザルジュヌイのいう「膠着状態」について、「人々は失敗とは形容しないし、軍を責めることもしない」が、その怒りは政府の腐敗そして武器引き渡しが遅い西側同盟諸国に対して向けられているという。EUが行った調査によれば、西側はウクライナが戦争に勝つことを望んでいないと見るウクライナ人は過去1年間で15%から30%まで倍増した。
 国内政治の場においては、見方の違いも浮上している。ゼレンスキー支持者は同盟諸国を非難する傾向があるのに対して、ゼレンスキーに政治的に反対する層では国内における腐敗に焦点を当てる傾向が強い。10月には小規模な抗議活動も起こった。抗議内容はストレスの所在を示している。行方不明兵士の家族は政府の返事を求めて抗議に立ち上がった。首都及び他の都市では、兵士の巡回制を求める抗議活動が起こった。総じていえば、悲観論の高まりを呼んだのは夏の反転攻勢の成功への期待が裏切られたことによるものである。
 昨年、ロシアが発電所、変電所を攻撃の標的にした結果ブラックアウトが起こったが、春に電力が回復することで人々は希望を感じた。ウクライナの小説家リウブカ(Andriy Liubka)は、「やったぜ、全部終わった、これからは反転攻勢だ」と皆が口々にいい、「楽観論で鼓舞されたものだ」と述べた後、今や、塹壕で秋雨に打たれる兵士の声を聞かされている家族は「人生は歴史の過去に逆戻りしている」と感じている、と指摘した。アメリカ側は8月に、戦争による死者70000人、傷ついたものは10万人以上と述べた。しかし、ウクライナ政府は死傷者の数を公表していない。

 キーウ社会学国際研究所が12月18日に明らかにした世論調査結果はゼレンスキー政権にとってますます厳しいものとなっています。同日付RTは次のように紹介しています。

 キーウ社会学国際研究所が行った新しい世論調査結果は、ウクライナ人が国家の公的機関に対する信頼を失いつつあることを示している。ただし、人々の軍に対する支持は依然として圧倒的に高い。
 世論調査結果はウクライナのメディアに対する信頼が劇的に落ち込んでいることを示した。一年前は57%の回答者がメディアを信頼していると答えたが、今回はほぼ半分の29%に過ぎなかった。ゼレンスキーに対する信頼度は、昨年の84%から本年は62%まで下がっている。政府に対する信頼度の落ち込みはもっと激しく52%から26%に、議会に対する信頼度に至っては35%から15%まで落ち込んでいる。裁判所については25%から12%へ、検察に対しては21%から9%である。
 軍はウクライナの諸機関の中で唯一高い支持を保っており、96%という圧倒的に高い支持率は前年と同じレベルである。なお、今回初めて質問されたザルジュヌイに対する信頼度は約86パーセントという高い数字だった。

 EUの統計サービス・Eurostat筋は11月10日、EUで難民申請して、様々な社会的恩恵に浴しているウクライナ人が420万人に達したことを明らかにしました。その人数は9月だけでも32000人増えたといい、その受け入れ先の大半はドイツとオランダであり、チェコ、フランス、ポーランド、スロヴェニアなどでは、3月以後受け入れ規則を厳しくしたこともあってむしろ減少している、としています。ウクライナ人の行き先はドイツが約120万人、ポーランドが958000人、チェコが3570000人となっています。ただし、ロシアがウクライナ難民の主要渡航先であることも見逃せません。ロシアのネヴェンツィア国連大使は、2022年2月以後、ロシアは500万人以上のウクライナ人を迎え入れていると明らかにしています(以上、11月11日付けのRT)。これらの事実も、ウクライナ人の戦争忌避感情の増大を示唆していると理解されます。
 ウクライナ人の戦争忌避感に関しては、政権与党の議員でタカ派として知られているベズグラヤ(Mariana Bezuglaya)がフェイスブック上で行った民意調査結果でも鮮烈に示されています。彼女は3回にわたって質問を出しています。最初の質問は、軍事産業という「後衛的任務」に強制動員されるのを回避するためにはウクライナ旅券を放棄するか、という内容でした。回答者は3800人以上でしたが、約65パーセントがリスクよりも市民権放棄を選ぶと答えました。次の質問は、男性に対する国境開放または2年以上兵役に就いている男性の動員解除と引き換えに、女性は将来的にあり得る部分的動員に応じる軍への登録を考慮するか、でした。これに対する肯定的回答はそれぞれ17%及び22%に過ぎませんでした。最後の質問は男性に向けたもので、動員を回避するためにはウクライナ市民権を放棄する用意があるか、でした。約4300人の回答者中実に73%が市民権を保持することはリスクに見合わないとしました。(以上の内容は12月11日付けRTの報道)

<対照的なロシア世論調査結果>

 11月28日付けのWPは、カーネギー・ロシア/ユーラシア・センターとロシアの独立系世論調査機関レヴァダ・センターが独自の世論調査結果に基づいて行った同日付発表の報告内容を報じています。それによりますと、ロシア人もウクライナ戦争に対する嫌気が増大しているものの、戦争に対する見方では世論が分かれている、といいます。特に報告が注目したのは、プーチンが大統領選出馬を表明したことに対する反応は否定的ではなく、西側の締め付けにもかかわらず、プーチンの政権掌握力は弱まっていないことでした。このことを報告は、「制裁及び日常生活に課せられた戦時制限による人々の不満はプーチン政権を引きずり下ろすだろう、という甘い見方は完全に崩れた」と述べています。
 また報告は、ほとんどのロシア人が高い代価を払って占領したウクライナの領土を放棄してはならないと確信していることは重要な事実だ、と指摘しています。そして、実に68%にも上るロシア人は戦争継続を支持し、22%のロシア人はいかなる状況下における停戦にも強く反対していること、ただし、約20パーセントは戦争に反対しており、この数字は侵略開始の2022年2月以来変わっていない、と指摘します。他方、平和交渉を支持するロシア人は72%と多数派であるものの、平和のためにはウクライナに譲歩をする用意があるとする者は19%に過ぎない、としています。
 報告はさらに以前の調査結果と比べることにより、ロシア人の戦争支持は際立ってコンスタントであることも指摘しました。報告は具体的に、「ロシア人の集団的意識(Russian mass consciousness)は、"我々が始めたことは我々が終わらせる必要がある"、"我々は多くを失いすぎたので勝利なしで終わらせることはできない"という相矛盾した見方で板挟みの状態にある」と指摘しています。その点について報告は、戦争のコストが高く、また、そのもたらす利益がハッキリしないために、戦争に対する見方に関して、否定的に見るものが41%、肯定的に見るものが38%と、戸惑っている傾向があることを紹介します。
 しかし報告は、以上の戸惑いにもかかわらず、ほとんどのロシア人は国家全体の利益とプーチンの政治的利益とを同一視しており、そのために戦争を否定的に見るものも含めて戦争を支持していると判断しています。つまり、「多くの人々は、自分たちが行っていることの加害性を承認しつつも、政府のイニシアティヴを支持している」、「ということは、政府が決定することには何事であれ従う、という意思決定メカニズムが人々の間に働いている」と分析するのです。この点について報告は、ロシア人は政府が日常的に行うことにはほとんど信頼を置いていないが、戦争は必要だとするクレムリンの主張については受け入れているとし、「国家はプロパガンダを通じて世論形成を続けている」、「ロシア人は一年前には現実を直視することを避けていたかもしれないが、今日では、ロシア国家は救世主的使命を遂行しているのだという仮想的世界の中で生きている」と皮肉を交えた形容をしています。
 最後に報告は、ほとんどのロシア人は戦争が長引くことを受け入れつつ、そのことを考えないようにして「自分の生活に集中しようとしている」と判断し、当局も「再度の動員発表を控えることによって人々の落ち着きと無関心を維持させている。プロパガンダで人々を落ち着かせ、財政支援でその支持を買うというわけだ」と結論しています。
 長くなってしまいましたが、ウクライナの世論とロシアの世論との歴然とした違いが分かると思います。また、戦争の早期終結を望むウクライナ人が増加する傾向にあるのに対して、ロシア人の多くは勝利による戦争終結を望んでいるというコンスタントな傾向も見て取ることができます。

3.ウクライナ指導部:継戦能力喪失

 ウクライナ国内はこのように厳しい状況に直面しつつあるにもかかわらず、現地報道はゼレンスキーとザルジュヌイの「内ゲバ」の様子を伝えています。両者の対立は2022年に遡るという指摘もあります。例えば、11月13日付けの中国・環球時報は次のように報道しています。

 ロシアとウクライナの戦争が始まって以来、ザルジュヌイが指揮するウクライナ軍の反撃が目立ったが、戦争が膠着状態に入るにつれてゼレンスキーとザルジュヌイの不和を伝える噂が目立ってきた。RTの報道によると、早くも2022年8月に、ドイツのツァイティング紙は消息筋の話として、ザルジュヌイがウクライナに希望をもたらすとして、ゼレンスキーの後任者になる可能性を報じた。本年4月にはWPが、ゼレンスキーとザルジュヌイとの緊張関係が日増しに高まっており、ザルジュヌイが現政権に対する「政治的脅威」になっていると見るものもいると報じた。

 ただし、ウクライナの諜報機関・主要情報総局のブダノフ(Kirill Budanov)長官は、反転攻勢は計画通りには進行していないと、ウクラインスカヤ・プラウダ紙(10月12日付け)とのインタビューで認めたという報道もあります(同日付RT)。したがって、ザルジュヌイがエコノミスト誌に語った「膠着状態」発言は必ずしも突出したものではないことを窺わせます。
 また10月14日付けのRTは、以前に大統領顧問兼報道官を務めた経歴の持ち主で、平和を綱領に掲げて大統領選への出馬を表明しているアレストヴィッチ(Aleksey Arestovich)が、同日メッセージ・アプリ(Telegram)上で展開した主張を次のように報じています。

 ウクライナの反転攻勢は失敗し、軍は防衛ラインを構築できないでおり、ゼレンスキーは腐敗と無能がはびこることを許している。本年の早い時期にゼレンスキーがバクムート死守に固執したために、反転攻勢に向けられるべき兵員と資源を枯渇させてしまった(第一の戦略的失敗)。ロシアとの立場が逆転して今や防御の側に回ったウクライナは、ロシア軍が構築したような堅固な防衛ラインを構築するべきだったのにそれをせず、これが第二の戦略的失敗となっている。
 またロシアは、防衛支出を増大し、武器生産を増強し、グローバル・サウスにおける友邦・パートナーの拡大を行っている。これに対してウクライナは、「ビジネス、市民的自由、政治的ライバルを押さえつけ、近隣諸国やパートナー諸国といざこざを起こし、腐敗を奨励している。」「私の評価では、我が指導部はとっくの昔に能力のすべてを使い果たしてしまった。」国家の行き詰まりから脱するため、ゼレンスキー政権は紛争終了後まで大統領選挙を先延ばしにした決定を撤回し、また、クリミアを取り戻し、1991年国境を回復するとした目標は実現不可能であることを認めるべきである。
 なお、アレストヴィッチは、8月にはクリミア侵攻によって20万人の人命が犠牲になるとし、9月には戦争が2035年まで続くという見通しを明らかにした。

 また11月13日付けのスペイン『エル・ムンド』紙は、アレストヴィッチの話として、ウクライナの反転攻勢が行き詰まっていることを認めようとしないゼレンスキーと(膠着状態とした)ザルジュヌイとの反目が昂じていることを伝えました。同紙によると、アレストヴィッチは、「これは大統領と軍との闘争である。しかし、真実を語っているのはザルジュヌイだ。総司令官と大統領がまったく異なることを語るという状況は正常ではない」と語りました(11月14日付けRT)。
 さらに12月11日付けのRTは、アレストヴィッチがiNewsに語った内容を次のように紹介しています。

 前線の状況がますます絶望的になっていることに鑑み、ロシアと平和交渉を考えるべき時になっている。「世界中の議会でヒーローを演じる」傾向のあるゼレンスキーは自分のこれまでの宣伝の虜になってしまった。今のゼレンスキーは、「国益ではなく自分の地位のことしか考えていない。」
 戦争のコストが約30万人の死者にまでのぼっている現在、和平のための条件を議論する時はすでに過ぎ去った。「ロシアにとっては、ウクライナがNATOに加盟しないこと、そして我々にとってはこの戦争をやめること、この二つが、両国間だけではなく欧州における集団安全保障体制について真の議論を開始する条件である。」
 ロシア軍がキーウに迫った2022年春の段階では、ウクライナはもっと有利な交渉条件にあったが、イギリスのジョンソン首相が和平交渉の邪魔をした。当時、ロシアはロシア語の保全、ウクライナ軍の縮小、NATO加盟断念を求めていた。しかし、ジョンソンのキーウ訪問後、交渉はストップした。

 ゼレンスキー支持の政党「人民の僕」の一員であり、議会の安全保障・防衛諜報委員会副委員長のベズグラヤ(Mariana Bezuglaya)は11月25日、自らのフェイスブックに、ロシアとの戦いが続いているのに、軍指導部には来るべき年に向けた戦略プランもない、軍トップは「毎月2万人以上の市民を徴兵する必要があるというだけ」で、新しい部隊に必要な訓練、回転、所要費用に関する詳細プランは示すことができないでいる、と批判する書き込みをしました。彼女は、「軍総司令官は2024年に向けた(戦略)プランを示すことができないでいる」とほぼ名指しに近い形でザルジュヌイを批判し、今後の戦いについてまったく考えもなく、「大小を問わず、非対称型か対称型かを問わず」いかなるタイプの戦争についてもプランがゼロだと糾弾し、そのような軍指導部は去るべし、と主張しました(11月26日付けRT)。
 また12月4日付けの『ウクラインスカヤ・プラウダ』紙は、キーウ指導部に近い筋を引用して、ゼレンスキーがザルジュヌイを通さずに直接命令を司令官たちに与えていると報じました。この報道は、ザルジュヌイは軍が何をしているのかについて部下から聞いて初めて理解することもあると指摘しています。さらに同報道は、ゼレンスキーは地上軍司令官(Aleksandr Syrsky)、空軍司令官(Nikolay Oleshchuk)との間で独自の連絡ルートを作り上げており、このことは指揮命令系統の正常な機能を妨げている、とも指摘しました。こうした軋轢の背景として同報道は、最近の世論調査の結果、現時点で選挙が行われる場合には、ゼレンスキーは決選投票でザルジュヌイに敗れるという数字が出たことを挙げています(12月4日付けRT)。
 12月1日付けのドイツ・シュピーゲル紙は、キーウ市のクリチコ(Vitaly Klitschko)市長(ボクサー出身)とのインタビュー記事を掲載しています。クリチコは、ウクライナがロシアとの戦いの過程でますます権威主義になっていく中で、各地の市当局は国内で唯一独立を維持している勢力だと述べました。彼は、「ロシアとの戦いが始まってから1年半になるが、キーウ市とゼレンスキー大統領との間では会合・電話会談は1回もない。何時かの時点では、あらゆることが一人の人間のムード次第という状況に至るだろう」と、ゼレンスキーの独裁傾向を批判しました。クリチコはまた、ゼレンスキーが反転攻勢はうまくいっていると主張していた11月初の時点で、ウクライナ軍の動きはスローで、ロシア軍の陣地を「迅速に破る」ことができないでいると批判的言辞をしたことでも知られています。
 西側メディアではぜレンスキーに代わるべき指導者としてザルジュヌイ待望論が出ています。しかし、ザルジュヌイに関しては、ナチスの流れをくむ危険な思想の持ち主であることが指摘されています。ウクライナを支援する米西側では、ウクライナ政治を牛耳る民族主義者の思想傾向が無視されています(第二次大戦前のミュンヘン宥和を彷彿させる事態)。しかし、敗戦日本を単独占領したアメリカが間接統治の必要上、日本の軍国主義を徹底的に生産しなかったツケが今日の日本政治を招いていることに徴しても、ウクライナ政治の危険な要素をないがしろにすることは許されることではありません。11月5日付のロシア・スプートニク通信がザルジュヌイについて紹介している記事("Ukraine's Top General Asking NATO for 'Wunderwaffe' to Forestall Defeat")の関係部分を紹介しておきます。

(西側がもてはやす、性懲りのないファシスト)
 ザルジュヌイは公然たるバンデラ・タイプのファシストである。彼は、オフィスの写真を明らかにしているが、そこには2つの胸像とバンデラ(Stepan Bandera)のポスターがある。バンデラは第二次大戦中のナチ協力者であり、ウクライナ民族主義者組織及びウクライナ反乱軍(ナチス・ドイツのヒトラー親衛隊の一翼としてホロコーストをはじめとする残虐行為を犯した)を率いたファシズム信奉者である。彼の部屋の二つの胸像は、バンデラともう一人の反乱軍最高指導者であるシュクヘヴィッチ(Roman Shukhevych)のものだ。ザルジュヌイのバンデラとシュクヘヴィッチに対する親近感は、「軍隊内部の腐ったリンゴ」とかアゾフ軍団とかの類いとかではなく、最高位の将軍であるということを見なければならない。
 またザルジュヌイは、エコノミスト誌とのインタビューに付した文章の中で、ウクライナ軍が戦争に勝つためには最新テクノロジーが必要だと述べている。すなわち、「我々が戦争に勝つために必要としているのはミラクルウェポン(wunderwaffe)、奇跡的に最新の未来型兵器テクノロジー」であり、「それがあってのみ戦争に勝つことができるだろう」というのだ。ナチス・ドイツが第二次大戦を戦って連合軍に圧倒されつつあったとき、ナチスはwunderwaffeを追い求めたが、ザルジュヌイが頼っているのも正にそれである。

4.ロシア:「戦争の終わらせ方」

<プーチン発言>

 12月14日に記者及び国民の質問に答える4時間余りの対話集会を行ったプーチン大統領は、冒頭の司会者からの質問に答える形で、ウクライナとの戦争を終える上でのロシア側の条件が特別軍事行動開始の時から変わっていないことを明確に表明しました。また、この不変の立場が西側に対する強烈な不信感に基づくものであることを明らかにしました。まずは、プーチンの発言を紹介します(強調は浅井。以下同じ)。

(国家目標)
(質問) あなたは大統領選出馬を表明したが、内外的にいかなる目標が最重要と考えているか。
(回答) ロシアのような国家にとって、存立、存立そのものが主権なしには不可能だ。(主権なくしては)今日ある形、1000年にわたって存続してきた形でのロシア国家の存続がなくなるだろう。したがって、我々の主要目標は主権を強化することだ。
(和平条件)
(質問) 約2年間、ロシアは特別軍事行動下で過ごしてきた。この2年間をどう評価しているか。現在の状況は如何。特別軍事行動の目標・目的は開始の時と同じか否か。最重要なこととして、平和はいつ来るか。
(回答) 平和は我々が目標を達成した時に実現する(There will be peace when we achieve our goals)。達成する目標に戻っていえば、当初設定した時から変わっていない。すなわち、ウクライナの非ナチ化、非武装化、そして中立化である。
 非ナチ化に関していえば、(2022年春の)交渉時に、ウクライナ側は非ナチ化の必要性に同意しなかった。そういうことはないというのだ。しかし、国家的英雄に祭り上げられているバンデラはナショナリストだがナチである。(非ナチ化は)必要ないどころではない。また、現政権のトップが全世界の先頭で、ウクライナの150万人のユダヤ人、ロシア人、ポーランド人の抹殺に直接加わったかつてのSS(親衛隊)兵士にスタンディング・オヴェーションをしている。これがナチズムの表れでなくして何なのか。以上から、非ナチ化は現実の課題である。
 非武装化に関しては、彼らが合意に応じようとしないのであれば、我々としては軍事手段を含めたほかの措置に訴えなければならない。非武装化に合意できる場合には、一定の条件を設定することは可能だ。実際にもイスタンブールではこれらの点について合意していた。
 (浅井:中立化については具体的言及なし。)
(戦争の本質・性格)
(質問) 対EU関係を元に戻す可能性、西側の援助疲れについての判断、欧州における右翼の台頭に対する見方と関心は?
(回答) 関係正常化に関しては、ロシアは関係を悪化させることを何もしておらず、相手が仕掛けてきたことであり、一貫して我々を追い詰め、我々の利益を無視してきた。そもそも、ウクライナの紛争はどうして始まったのか。3,4分かかるが、振り返っておこう。
 そもそもの始まりは2014年の国家クーデターだった。それまでの数十年間、繰り返すが数十年間、我々はウクライナとの正常な関係を発展させるべく最善を尽くしてきた。ヤヌコヴィッチが第2回投票で勝利した後に大統領就任を妨げられる事件が起こった時を含め、最終的に国家クーデターとなっていった諸事件の後も、我々は最善を尽くしたのだ。ウクライナ憲法は大統領選について第3回投票を認めていないのに、(ウクライナは)第3回投票を行うことを決めた。そのこと自体段階的クーデターだ。しかし、我々はそれを受け入れた。その結果、ヤヌコヴィッチは(第3回投票でも)勝った。相手側は何をしたか。国家クーデターを起こしたのだ。
 問題の核心は何か。核心は、私が常々言っているように、現在の悲劇的状況にもかかわらず、ロシア人とウクライナ人は基本的に一つの民族(one people)だということだ。今起こっていることは巨大な悲劇であり、兄弟間の内戦みたいなものだ(it is like a civil war between brothers)。
 ウクライナの南東部は歴史的にロシア領であるために常に親ロ的だ。「トルコ」というサインを掲げている人が会場にいるが、彼やトルコの人々は黒海地帯全体が、ロシア・トルコ戦争の結果、ロシアに編入されたことを知っている。クリミアも黒海地帯もウクライナとのつながりはない。オデッサもロシアの都市である。誰もが知っていることだ。ところがウクライナ人は歴史的ナンセンスをでっち上げている。
 さて、ソ連邦が成立した時、レーニンはこれらの地域をウクライナに編入した。ソ連邦解体後、我々はそのことについて争わなかったし、そのパラダイムの下でやっていく用意があった。しかし、ウクライナ南東部が親ロ的であるということは我々には重要なことだ。彼らはウクライナの内外政策において親ロ的な立場を唱える者に常に投票してきた。
 しかし、2014年の国家クーデター後、彼ら(浅井:米西側)は我々がウクライナと正常な関係を発展させることを実力で阻止しようとした。アメリカ人がためらいもなく公然と認めたように、彼らは50億ドルを国家クーデターに費やした。
 また、2014年にポーランド、ドイツ及びフランスの外相がウクライナに赴き、ヤヌコヴィッチ政権と反対派との間の協定の保証人となる署名をした。そこでは、問題を平和的に解決することに合意していた。その2日後、彼らはクーデターを決行した。
 誰がやったのか。アメリカの「仲間」だ。政府と反対派の協定に保証人として署名した欧州人たちはクーデターについて何も知らなかったと言いつくろった。今日、このことを覚えている者はいるかと欧州の彼らに聞いたとしても、覚えていないというだろう。しかし、我々は忘れていないし、忘れることはないだろう。
 以上のことが、ロシア国境に迫ること、ウクライナをNATOに引きずり込もうとすること、そして8年にわたるドンバスでの流血と相まって、今日我々が経験している悲劇につながったのだ。彼らが特別軍事行動をとることを強いたのである。こうした状況、欧州がアメリカの言うままになっている状況の下で、彼らとどうやって関係が築けるというのか。
 私の言いたいポイントは、欧州はほぼ主権を失っているということだ。外向きにはド・ゴールのように見えるかもしれないが、実際はペタンに近い。スロヴァキアのフィコ、ハンガリーのオルバンなど少数を除いて。ただし、この二人は親ロ的政治家ではなく、国益を守っているのだ。しかし、欧州には彼らのような政治家が少なすぎる。多分、兄貴分のアメリカに依存しすぎているせいだろう。とは言え、我々は欧州諸国と関係を築く用意はある。アメリカとも関係を築く用意はある。
(対西側不信)
(質問) 2000年当時のプーチンと話すチャンスがあるとしたら、あなたは何と言うか。どんなアドヴァイスを与えるか。何について警告を与えるか。何か後悔していることはあるか。
(回答) 何と言うかだって。正しい道を歩んでいる、と言うだろう。何について警告するだろうかな。いわゆるパートナーを無邪気かつ過度に信用するな、と言うだろう。アドヴィスという点に関しては、偉大なロシアの人民及び国家に確信を持たなければならない、と言うだろう。その確信こそがロシアの復興、形成そして繁栄への道筋なのだ。

 プーチンは12月17日にロシア-1テレビ局におけるロシア人ジャーナリストであるザズビン(Pavel Zarubin)と行ったインタビューの中で、対西側不信についてさらに詳しく語りました。ロシア大統領府ウェブサイトには載っていないので、同日付RTに基づいてその発言概要を紹介しておきます。

 プーチンは、ソ連邦崩壊後のロシアは、西側はロシアとの間で建設的関係を構築するだろうと考える過ちを犯したと述べた。実際には、西側はロシアをバラバラに壊そうと決意していた、とプーチンは説明した。
 プーチンは、自分がソ連諜報部門で働いていたにもかかわらず、政治家としての経歴の初期においては「ナイーヴ」な指導者だったことを認めた。プーチンは、西側はソ連邦が崩壊した後のロシアはまったく別の国家になっていると理解しており、深刻な対立のもとになるイデオロギー的な違いはもはやなくなっている、と自分は信じていたと述べた。20年前、西側がロシア国内のテロリズムと分離主義を支持する工作をしていた時も、プーチンは「惰性的思考」("inertia of thinking" )のせいだと考えた。つまり、「彼らはソ連と戦うことに慣れきっていた」ためだと思い込んでいた。
 しかし実際は、西側は念入りにロシアを弱めようとしていたのだ、とプーチンは述べた。すなわち、「ソ連崩壊後、彼らはもう少し時間をかけてロシアをバラバラに壊そうと考えていたのだ。」プーチンによれば、西側としては、大きな人口を抱えた世界一大きな国家の存在は必要ないのであり、「かつてブレジンスキーが示唆したように、ロシアを五分し、一つずつ征服していく方が良い」というわけだ。プーチンが理解するこのような西側のプランは、いくつかの小国になれば独自の重みも発言力もなくなり、統一したロシアならば可能な国益防衛もできなくなる、という想定に立っている。プーチンは、西側はロシアをいくつかの小国に分裂させることを計画しているが、そうなればロシア民族自体も存在しなくなると警告し、ロシア国家の成功のためのカギとなる条件は民族の統一にあると繰り返し述べた。

 12月19日にロシア国防省委員会(the Defense Ministry's Board)拡大会議が開催され、特別軍事行動の評価が行われました。ロシア大統領府ウェブサイトはプーチンの発言とショイグ国防相の報告を紹介しています。ウクライナ側の損失見積もり、ロシアを戦略的敗北に追い込もうとした西側の狙いは失敗に終わったこと、ロシア防衛産業の力強い成長とともに、作戦を経て明らかになった課題などが明らかにされました。私が特に注目したのは、プーチンが示したロシアの軍事的優位に対する自信のくだりでした。その点について、同日付のRTは、「ウクライナとの戦いで今やフリーハンドのロシア」(原題:"Russia has free hand in Ukraine conflict now – Putin")と題した記事で、「プーチンは会議で、ウクライナとの戦いでイニシアティヴを握り、思い通りに軍事行動を行うことができると紹介するとともに、プーチンが、2022年初めにウクライナに対して軍を展開することを決定した際に設定した目標を変更する意志はないと強調した点を取り上げ、プーチンがロシア軍の優位性を強調しつつ、「基本的に、必要と考え、したいと思うことを行っている」と自信たっぷりの発言を行った、としています。

<戦争完遂体制>

 ロシア議会防衛委員会のグルレフ(Andrey Gurulev)中将は12月13日にロシア-1テレビで、ロシアはウクライナの大規模インフラに対するミサイル攻撃とのペアでウクライナ軍に対する大攻勢をかける計画を準備していると発言しました。12月14日付けのRTによれば、グルレフは、この軍事攻勢にはウクライナ防衛軍に対して5対1、最低でも3対1の兵員上の優位に立つことが必要だと述べました。彼は、「突破地域は政府文書に明らかにされており、司令官たちはそれを熟知し、如何に具体化するかを理解している。この大攻勢が何時になるかは別問題だ。我々は絶対に何も公表しないだろう。大攻勢の内容についても明らかにされない。その時が来た時、すべてが分かることになる」と強調しました。同時にグルレフは、「ウクライナの防空システムを完全に無力化して制空権を確保し、戦闘地域を孤立化し、大規模インフラ攻撃でウクライナ経済及びその枢要な機能を完全に崩壊させる」と述べました。
 シルアノフ(Anton Siluanov)財務相は12月14日にイズベスチア紙とのインタビューにおいて、ロシアの今後3年間の財政上の焦点は軍が勝利を達成するための資金提供に向けられる、ただし、そのために社会政策上のコミットメントが犠牲にされることはない、と述べました。2024年度における防衛安保支出は14.2兆ルーブル(1580億ドル)が計上されているといいます。同財務相は、プーチン大統領に承認された2024-26年予算計画は軍事支出を優先している、と述べています。彼は、「現在の条件下では、主要課題は特別軍事行動の諸目標を財政的に支持することである。我々は議会とともに、この3年にわたる予算計画を勝利予算と表してきた」とも述べました。  ロシア財務省によれば、全予算のほぼ39%を防衛及び安保の支出に振り向ける予定です。

<二者択一>

 以上から読み取れるのは、プーチン政権は特別軍事行動の3目標(非ナチ化、非武装化、中立化)の完全な実現を目指しており、安易な妥協的解決には応じる意思はゼロであるということです。この点について、12月8日付けのスプートニク通信が掲載した、ロシア対外政策戦略家のスースロフ(Dmitry Suslov.)の発言をまとめた文章「ロシアが「ミンスク3.0」取引に応じない理由」(原題:"Russia Won't Agree to 'Minsk-3.0' Deal on Ukraine: Here's Why")、及び12月20日付けのRT所掲のヴァットフォア・プロジェクト(the Vatfor project)の共同設立者で編集者を務めるポレタエフ(Sergey Poletaev)署名文章「2024年のウクライナ・プラン」(原題:"Here's Russia's plan for the Ukraine conflict in 2024")は、プーチン・ロシアの「戦争の終わらせ方」に関する問題意識の所在を明確に示していますので紹介します。

(スースロフ発言)
 最近数週間、戦争を終わらせるための様々な案が(西側)メディアを通じて発信されている。しかし、西側による30年間にわたる「だましの連続体」("continuum of deception")を受けたモスクワとワシントンの間の信頼の欠如は余りにも大きすぎる
 ザルジュヌイのエコノミスト誌での発言後、米欧メディアでは、西側当局による平和交渉の持ち出し、ひいてはゼレンスキーに対する取引圧力などに関する報道が続いている。米側当局者は表向きは、いかなる平和交渉もウクライナの受諾可能な条件によるとしている。例えば、安全保障担当副補佐官のファイナー(John Finer)はロシアに対し、「ウクライナにとって受諾可能な条件で交渉テーブルに着くか、米欧等の強力な防衛産業によって支持されたより強いウクライナに直面するか」の二択であると発言した。
 しかし、平和交渉に必要な前提条件はありえない。西側が平和交渉に関心を示しているのは、この戦争における力関係がロシア側に有利に動いており、すでにそれが明らかになったからだ。そして、戦線におけるロシアの優位性は全面的に増大している。兵員数、武器弾薬、前線への運搬供給能力、ドローン、対無線システム等々すべてにおいてだ。しかも、ロシアの優位性は今後一貫して増大していくし、こうしたロシアの物的優位性は前線におけるブレークスルーとなって現れるほかない。アメリカの専門家は以上のことを認識しているが故に、休戦、外交的解決、紛争凍結などを突然呼びかけ始めているのだ。
 しかし、ロシア側からすれば、バイデン政権との間で真剣な議論に入る用意はない。アメリカ側もいうように、大統領選の結果を待ち、選挙後に何が起こるかを見て考えることになる。
-ロシアの主要関心事-
 最近、アメリカの著名なジャーナリストは、前線の現状維持での凍結とウクライナのNATO加盟を抱き合わせた平和取引の可能性を示した。領土に焦点を合わせたこのような考え方は、ロシアの安全保障上の主要な関心に関する基本的な誤解の存在を示している。すなわち、西側はイスラエル・モデルとか、朝鮮モデルとかを語っているが、そのいずれにしても、ウクライナが西側と強力に結びつく軍事的反ロシア的要塞になることを前提としている。しかし、このような前提自体、ロシアにとって完全に受諾不可能である。ロシアが今回戦っているもっとも根本的な理由は安全保障、欧州安全保障という基本問題である。
 ロシア外務省が2021年12月の条約案で示したように、ロシアの関心は領土ではなく、ウクライナ・NATO関係、ウクライナにおけるNATOの将来的プレゼンス、ウクライナの非軍事化にある。したがって、西側がこれらの問題に向き合う用意がない限り、ロシア政府が平和交渉、休戦に応じることはあり得ないだろう
-信頼の欠如-
 ロシアと西側の危機の焦点は、数十年にわたるだましによって、モスクワがアメリカ及びその同盟諸国に対して完全に信頼を失ったことにある。冷戦後の時代は、NATOの拡大に始まりミンスク合意で終わる、西側による終わりのないだましの連続体である。2015年2月にベラルーシの首都で締結された和平の取引(ミンスク合意)はドンバスにおける危機を解決することを意図したものだが、歴代ウクライナ政府は締結後の7年間実行することを拒否し続けた。
 ロシアは誠実にそれを履行したかったが、今では西側に履行の意思がなく、西側がこれらの合意で必要だったのは時間稼ぎをし、その間にウクライナを軍事化してロシアとの来るべき戦争に備えることだったことを、ウクライナのポロシェンコ元大統領、ドイツのメルケル前首相そしてフランスのオランド元首相の発言によって理解している。
 モスクワが西側を信用できない最新の事例は、ロシアが特別軍事行動を開始した最初の数週間後に行われたロシアとウクライナとの間の和平交渉を西側諸国が妨害したことだ。あのとき、ロシアはウクライナの中立保証との交換で紛争前の国境ラインまで戻る用意があった。ということは、ウクライナからすれば領土保全を99%まで回復し、多大な人命を救い、経済を保全するチャンスだったということだ。しかし、この戦争によってロシアをたたきのめそうとした西側が妨害した。大国・ロシアを消滅に追い込めば、次のステップとして中国を包囲し、力関係をアメリカに有利に変えることができるからだ。これが西側の望んだことであり、「ウクライナを支援する」というのは口実である。西側の目標は、国際関係上の「ロシア問題」を解決し、世界的力関係を西側に有利に移行させることである。
 ロシアがミンスク3.0タイプの和平取引に合意することはないだろう。ロシアとしては、ウクライナが西側の支援を受けてロシアに対する軍事的脅威になる可能性を排除する鉄壁の保証がなければならない。ロシアの特別軍事行動はその目標が実現する時まで続くことになるだろう。
(ポレタエフ文章)
 ウクライナが突然崩壊するということがなければ、我々は塹壕戦による数ヶ月単位、数年単位で物事を考えている。プーチンの計画は、西側とのビッグ・ディールで戦争を終わらせるか、ロシア軍のキエフ支配地域への進軍によって終わらせるかのどちらかである
-主権的オポチュニズム-
 24年前に権力に就いてから、プーチンは敵に対して妥協することのないファイターというイメージを広げてきた。しかし、西側及びキエフとの関係に関する限り、プーチンは常に取引の男であった。彼のウクライナ政策の原則は合意を追求することである。ユシュチェンコ大統領時代の天然ガス戦争からヤヌコヴィッチ大統領時代の黒海艦隊取引まで、あるいは、ポロシェンコ時代のミンスク合意からゼレンスキー時代のイスタンブール交渉まで、プーチンがウクライナを撲殺することはなく、相手がポイントをつかまえることを願って平手打ちに留めてきた。つまり、プーチンは他のロシアのエリートと同じく、基本的かつ組織上、ウクライナを他国と見なし、その生存権を承認してきたのである。このパラダイムのもと、キエフは断る理由のない提案を受け入れなければならないし、プーチンは保険として常にプランBを用意してきた。例えば、天然ガス・パイプラインについてウクライナに全面依存することのないよう、バイパスが建設された。また海軍条約と並行してクリミア作戦が計画され、2014年4月に実行された。
-病人は死ぬ前に汗をかく-
 プーチンは当初ウクライナのエリートたちと直接話していたが、キエフが独立を失っていったため、西欧諸国(及び暗黙的にアメリカ)の参加を得ながら交渉するようになった(ミンスク合意)。ミンスク合意は年を追うにつれて機能しなくなっていったが、合意自体はロシアの外交的勝利だった。なぜならば、ミンスク-2は国連安保理によって承認されることによって、ウクライナを拘束する国際条約となったからである。
 ミンスク合意が失敗した時に備えて用意されたのが「特別軍事行動」である。数ヶ月間の軍事的緊張の高まりの後、モスクワの要求に従わせるべく全面的かつ警察スタイルの作戦が行われた。2022年3月のイスタンブール交渉では、アメリカ、イギリス及び中国を保証人とすることが提案された。北京はためらわなかったが、米英は断固拒否した。そこでプーチンは米英がその気になるまで待つこととし、その間はウクライナを力で手綱の下におき、手綱をきつくしたり緩めたりしてきた。
 その効果や如何。西側はキエフにできる限りの武器を与えた(しかし長距離ミサイルの大量供与などは控える)。しかし、ウクライナのNATO加盟など逆戻りのきかない措置は取っていない。また、厳しい対ロ制裁は、その実行が拘束力を持たないことでバランスが計られている。秘密裏の合意であるか自発的なものであるかは別として、過去2年の間に別の形のバランスも生まれている。西側はウクライナを崩壊させないようにしつつ、エスカレーションをそそのかすことはしない。ロシアはウクライナを跪かせようとはしているが、潰すようなことはしていない。
-軍事的先延ばし-
 我々はしきりにロシアが本格的軍事エスカレーションを準備していると指摘してきた。軍産複合体は成長し、軍拡が行われ、動員改革が実行されてきた。しかし、これまでのところ、プーチンの言動からはエスカレーションに対する意思は窺えない。それどころか、交渉の意思を示すシグナルが盛んに出ているし、前線では防御的演習が行われ、長距離爆撃の強度に至っては引き下げられている。
 ウクライナにおいては、ロシアが8月末に示したシナリオにしたがって物事が動いている。戦闘が相対的に停滞する背景のもと、西側の動きは惰性的で、ウクライナがカツカツに生きるだけのものは与え、その軍事的失敗については咎めつつ、交渉の用意を示すシグナルを用心深く発している。
 しかし、双方の立場の隔たりはなお大きい。ロシアはやはり、ウクライナが軍事的イデオロギー的な先兵としてロシアに立ち向かうことをやめさせる必要がある(これが非軍事化、非ナチ化という要求の背後に隠された意味)。他方西側は、公式の保証を伴わない単純凍結を言うだけで、立ち入った議論に踏み込む意思はない。
-プラン-A、プラン-B-
 2024年に向けたクレムリンのシナリオは以下のようなものだろう。現在の戦闘強度を維持し、ドンバスではゆっくり前進し、西側に対してロシアの立場の確固さとキエフの軍事的勝利の夢のむなしさを分からせる。その上での提案は、西側がウクライナを諦める、さもなくば、ロシアが国家としてのウクライナを粉砕し、その脅威を消滅することをヴォランティアする、というものだ。
 ウクライナが数ヶ月内に崩壊しないとすれば、現在の相対的平穏は2024年の米大統領選まで続く可能性がある。そして、新政権に対して取引が提案されるだろう。プーチンは過去にもそうした例がある。彼はゼレンスキーの当選後もしばらく対決を遅らせた。そして、ゼレンスキーにコミットメントの意思がないことを確信した段階で、軍事作戦に青信号を出した。
 つまり、軍事エスカレーションは様々な状況に備える保険政策ということだ。中身ある合意ができない場合は、決定的ターゲットを伴った大攻撃が現在の作戦の枠組みの下で実行される。イスタンブール諸原則に従ったウクライナの非軍事化その軍事的中立に関する合意が達成されれば、ウクライナが現状変更を試みる場合に備えて、ダモクレスの剣(新たな無制限の軍事作戦)が用意される。
 プーチン自身が、2023年6月初に行われた軍事記者との会見の中でそういうシナリオを示唆したことがある。彼は、新たな動員を必要とする「第2のキエフ進軍」を口にしたのだ。タイミングについては、ショイグ国防相の発言から推察することができる。すなわち、軍建設と軍産複合体の発展は2024年末までに完了しなければならない。2024年は国防支出のピーク年でもある。
 ただし、以上の結論が正しいとしても、それはあくまでも最悪の事態に備えたシナリオであり、動員もまたしかりである。プーチンにとっては、キエフをたたきのめすことよりも西側とのビッグ・ディールの方が重要だ。要すれば、特別軍事行動が行われているのはそのためであり、ウクライナの物理的縮小は副産物に過ぎない。もし成功すれば、ウクライナにはジョージアの拡大版となるチャンスがあり、ウクライナにとってはそれが最善の結果となるだろう。
 ノー・ディールという可能性もないわけではない。しかし、キエフの反転攻勢が失敗してから、西側はカネと武器をキエフに送ることを渋るようになっている。よほど風向きが変わるようなことがない限り、ウクライナがロシアに対して持ちこたえる可能性は時間とともに減っていくだろうし、それとともにプーチンを武力で打倒するという西側のもくろみも乏しくなっていくだろう。

<ウクライナ居住ロシア人保護>

 スースロフ及びポレタエフの文章には、ウクライナ居住のロシア人がゼレンスキー政権の下で迫害されている問題への言及がありません。しかし、プーチン及びラブロフの発言からは、少数民族としての彼らを守ることが特別軍事行動の目的の一つであることを理解することができます。
 プーチンは祖国英雄日(Heroes of the Fatherland Day)である12月8日にクレムリンで演説しました。12月10日付けRTは、ロシア人ジャーナリスト・ザルービン(Pavel Zarubin)がプーチン演説概要の内容を次のように紹介しました。

 プーチンは、ウクライナのロシア人に対する執拗な迫害は特別軍事行動開始の決定背景にある主要理由の一つだったと述べ、ウクライナ当局の政策は完全に「血迷った」(crazy)ものになったと付け加えた。プーチンは、「ウクライナ当局がロシアの歴史的領土においてロシア(的要素)を破壊し、人々を追い出し、ロシア人はウクライナ固有のエスニック・グループではないと宣言するようなことがなかったならば、特別軍事行動のようなことをしなかっただろう。彼らは完全に気が狂ったのか。もっとブラントに表現するとすれば、彼らは正真正銘の○○狂(nuts)なのか」と述べた。
 プーチンの念頭にあったのは、2021年にウクライナが採択した「先住民に関する法律」だ。この法律は、クリミア・タタール人、クリミア・カライト人、クリムチャク人(クリミア・ユダヤ人)のみをウクライナの先住民族と認めており、少なくともウクライナ人口の1/5を占めるロシア人、ウクライナ西部に居住するハンガリー人、同北部に居住するベラルーシ人を除外している。しかも、法律が少数民族と認めたものはすべて、2014年の住民投票でロシアに加わったクリミアに在住する者である。
 ラブロフ外相は12月1日、第30回OSCE閣僚級会合に出席後の記者会見で、「ウクライナとの合意達成には何が必要か」という記者の質問に対して次のように答えました(ロシア外務省ウェブサイト)。
 昨日の閣僚級会合で行った演説の中で、私は、ポロシェンコもゼレンスキーも宣誓の際に手を置いたウクライナ憲法を引用した。この憲法には、「ロシア人その他の少数民族」に対してウクライナ国家が保障する義務に関する記述がある。
 しかるに、2014年2月のクーデター後にキエフ当局が行った最初のことは、ウクライナ国内におけるロシア語の地位を否定する計画だった。これは、ドイツ、フランス及びポーランドの外相が保証人になった当時の大統領(ヤヌコヴィッチ)と反対派との間の問題解決協定の基礎を完全に無視したものだった。我々は独仏外相に何故反対派に注意喚起しないのかと尋ねたことがある。彼らは直接答えず、民主的プロセスはときに「不規則的なジグザグ」をたどると述べた。
 ゼレンスキーの顧問だったポドリャック(Mikhail Podolyak)は2022年5月、「ハルコフ、ルガンスク及びドネツクの人々は「ロシア人」という言葉をきっぱり忘れるべきだ」と述べた。また、ウクライナの駐カザフスタン大使ヴルブレフスキー(Petr Vrublevsky)は、我々はできるだけ多くのロシア人を殺そうとしている。今我々がロシア人を殺せば殺すほど、我々の子供たちが殺すべきロシア人はそれだけ少なくなる」と述べた。これらの発言に注目した西側有力メディアはゼロだ。ゼレンスキーの参謀イエルマック(Andrey Yermak)は、「ロシア人は非人間的な存在であり、西側諸国の文明的な人々の仲間になる権利はない」と述べた。
 ゼレンスキーは、ウクライナ東部に住んでいる人々で2014年のクーデターを承認しない者のことをどう考えるか、との問に対して、「彼らは人間(human beings)と呼べるのか」と反問した上でさらに、「彼らはむしろ類人(subhuman)、「しろもの」("specimen")の類いである」と述べた。これほど人種差別的な言い回しはあるだろうか。ところが、誰もこれに注目しない。ゼレンスキー式アプローチの真髄を表す発言は2021年8月の次の言葉だ。「我が子供たち、孫たちのため、ロシアを愛し、ウクライナに住んでいながらその地をロシアと考えている者は、君たちの子供、孫たちのため、ロシアに行き、そこで落ち着き先を探すべきだ。」つまり、出て行け、ということだ。
 これが、西側政治エリートたちの言う「デモクラシーの希望」、ロシアと戦って「欧州の価値」のために立ち上がった者の正体なのだ。
 なお、ウクライナの少数民族に対する差別・弾圧政策に対しては、ポーランド及びハンガリーも抗議し、是正を要求している事実は、ロシアの要求がまともなものであることを確認する意味からも無視するべきではないでしょう。7月12日付け及び9月25日付けのRTは次のように報じています。
(ポーランド)
 ポーランド下院は7月11日、80年前にヴォルヒニア及び東部ガルシアで起こった戦時残虐行為を記念し、第二次大戦中にウクライナの民族主義者がポーランド人の大量殺戮を行ったことについてウクライナが責任を負っていることを承認することは両国の和解にとって不可欠である、とする決議を成立した。ポーランドがジェノサイドと見なすこの犯罪行為の実行犯はウクライナ民族主義者機構(OUN)の軍事部門ウクライナ反乱軍(UPA)のメンバーである。ポーランドの議員によれば、「OUNとUPAは現地ウクライナ人社会の協力の下、10万人以上のポーランド人を虐殺した。」「また、数十万人の人々が同じ運命となることを恐れて逃亡した。」OUNは、ウクライナ国家の創設を希望してナチス・ドイツに協力し、自分たちの大義の邪魔をすると見なす者を虐殺した。
 決議は、犠牲者にはユダヤ人、チェコ人、ロシア人及び反対したウクライナ人が含まれていたことを指摘している。民族浄化キャンペーンは文化的宗教的価値のある品目を含む財産破壊を伴った。決議は、「ポーランドとウクライナの和解には、罪責の承認と犠牲者追悼が含まれなければならない」ことを強調している。ポーランド当局側は、悲劇80周年に際してキエフが責任を認める姿勢を示すことを期待していると述べた。
 ウクライナ政府は、UPA及びその指導者を、ウクライナのソ連からの独立のために戦った国家的民族的英雄と見なしている。ゼレンスキーはポーランドのドゥダ大統領とともにウクライナ西部で行われた合同記念祭に出席したが、正式謝罪を行わなかった。また、ウクライナの駐ポーランド大使はこれに先立って、両国共通の過去について「受諾できない」ステップを取るよう圧力をかけることのないよう、ポーランド側に勧告した。
(ハンガリー)
 ハンガリーのオルバン首相は、キエフがウクライナ在住ハンガリー人の権利を回復するまでは、「いかなる問題についても」ウクライナを支持しないと述べた。オルバンは、「トランスカルパチア・ハンガリー人の権利を保障する法律が回復されるまでは国際関係のいかなる問題に関してもウクライナを支持しない」と述べ、「数年にわたって(ハンガリーの学校を)いじめている」と付け加えた。ウクライナで2017年以来成立した諸法律はウクライナ語の使用を義務づけ、その結果、ウクライナ国内の約100のハンガリー学校が閉鎖に追い込まれている。これの法律は欧州評議会及び人権諸機関によって厳しく批判されている。
 ウクライナには約156000人のハンガリー系住民が暮らしており、そのほとんどはトランスカルパチアに住む。この地域はかつてオーストリア・ハンガリー帝国の一部だったが、第二次大戦後にソ連の支配下に置かれた。ソ連崩壊後はウクライナの支配下に入った。ウクライナには、約15万人のルーマニア系住民、25万人以上のモルドヴァ人も住んでおり、ルーマニアも言語関係法律の改定を要求するハンガリーに同調している。ハンガリーのペーテル外相は3月に、以上の問題が解決されるまで、ウクライナのEU及びNATOへの加盟申請を支持しないと述べた。

結びに代えて:ザックス教授提言

 10月30日付のスプートニク通信は、コロンビア大学の経済学者ジェフリー・サックス教授がギリシャ日刊紙(Kathimerini)で発表した文章「ネオコンのウクライナ大失態」(原題:"Fiasco of the Neoconservatives for Ukraine,")を紹介しました。この文章が注目すべき理由は、ロシア大統領府のペスコフ報道官がこの文章を慎重ながらも明らかに評価するコメントを寄せていることでも明らかです。それほどに、この文章はロシアの立場を正確に捉え、ロシアの示す問題解決案が正解であると明快に論じています。このコラムの結びにふさわしい内容ですので紹介します。
 サックス教授は、ウクライナに関するアメリカ及びNATOの戦略を批判し、NATOのこれ以上の東方拡大を止め、新しい交渉によってロシアとの関係を修復することをバイデン政権に対して主張した。彼は、30年間にわたるネオコンによるウクライナ計画が終わりに近づいているという見方を示し、黒海地域でNATOを通じてロシアを包囲するという戦略目標は不成功だと判断した。
 サックスは、アメリカとロシアが次に取るステップが世界の平和、安全そして経済的将来を形成する上で決定的な役割を果たすと指摘した。ネオコンのNATO東方拡大願望(特にウクライナとジョージア)は、以下の4つの主要な要因で白紙に終わったとする。
○ロシアに対するNATOの代理戦争におけるウクライナの甚大な損失。
○アメリカのネオコン戦略に対する欧州側支持の弱まり(ポーランド、ハンガリー、スロヴァキアが距離を置くのに加え、仏独伊英首脳に対する支持率ダウン)。
○国内政治圧力によるアメリカのウクライナに対する経済支援減少。
○ウクライナ軍事資源の枯渇。
 サックスは、「ウクライナは経済的、人口的、軍事的な崩壊のリスクにある。起こりうる災難を解決するべく、アメリカは何を為すべきか。速やかに方向転換する必要がある」と述べた。彼は、2021年12月の安全保障に関するプーチン提案に言及し、NATOの東方拡大ストップについてバイデンがプーチンと交渉することを推奨した。サックスは、2021年12月にバイデンがプーチンとの交渉に応じなかったことを批判した。
 サックスはまた、合意達成に不可欠な以下の4つの基本要素を提案した。
○バイデンがNATOのこれ以上の東方拡大に反対する断固とした立場を取ること。将来の合意には核問題に焦点を当てることが不可欠である(アメリカのABM、INFからの脱退がロシアの対応措置を招いた)。
○クリミア及びウクライナ東部の人口がロシア系住民であることを考慮に入れたロシアとウクライナとの新しい国境確立。ウクライナは、安保理、ドイツ、トルコ及びインドによって保障される安全保障上のコミットメントを取り付ける。
○アメリカ、ロシア及びEUは、通商、経済、文化及びツーリズムとう多角的関係回復の道筋をつける。
 ペスコフ報道官は、対ロシア政策再検討をワシントンに呼びかけるサックスの見解について、「今、他のオプション、提案はない。これはこの経済学者の見解でしかないが、西側メインストリームからこのような主張が出ることはまれなことだ。確かにまれではあるが、このような議論が次第に勢いを増していくだろう」と述べた。