8月10日の実質合意を経て、9月18日にイランとアメリカは「捕虜交換」(本質は、限られた金額の在外イラン凍結資金へのアクセスとイランの核活動自粛のバーター)に関する取引(以下「捕虜交換取引」)を完成しました(9月25日「コラム」)。アメリカのメディアを含め、これがきっかけとなって、2018年にトランプ政権が一方的に脱退したイラン核合意(JCPOA)の復活のための国際交渉が再び開始されるのではないかとする希望的観測を行う向きもあります。しかし、結論から言えば、交渉本格再開の可能性は限りなく小さいと言わざるを得ません。第一に、イランとアメリカの相互不信は極めて強く、今回の捕虜交換取引で「緩む」次元のものではありません。第二に、伊米双方ともJCPOAへの単純回帰に応じる意思はなく、相手側が「敷居の高い」要求を呑むことを条件としており、歩み寄りの可能性はほぼありません。第三に、これが決定的なのですが、2024年の米大統領選挙を控えていることです。イランからすれば、再選が見通せないバイデンに賭ける意思はなく、バイデンからすれば、再選のための「目玉」になり得ない外交課題は二の次、三の次です。
 にもかかわらず、伊米双方とも自らが交渉再開の障害であることを認める意思もなく、「交渉の用意はある」(イラン)、「イラン核問題は外交による解決が望ましい」(アメリカ)と言い続けています。現実に、捕虜交換取引の間接交渉過程では様々な動きが伝えられました。それは主に、EU(米西側の交渉窓口役)とイランとの接触ルート、JCPOA復活の仲介役を名乗り出ているオマーン・ルート、それに捕虜交換取引間接交渉における伊米相互間接打診ルートの三つに大別できます。もちろん、それぞれのルートが完全に独立して動いているわけではなく、相互に入り組んでいました。
 朝鮮半島非核化問題を考える上では、伊米間のいわば本命であるJCPOAをめぐる関係当事諸国の思惑は、捕虜交換取引交渉とともに貴重な視座を提供していると思います。そういう問題意識に立って、一連の経緯をまとめて紹介します。

1.バイデン政権下の交渉

 バイデンが政権に就いてからのJCPOAにかかわる経緯に関しては、2022年9月12日にインタナショナル・クライシス・グループ(ICG)が発表した文章「イラン核取引復活の可能性」(原題:"Is Restoring the Iran Nuclear Deal still Possible?")が事実関係及び米西側の立場(浅井:イラン側の立場については、ICGといえども米西側の偏見の影響を免れていないというのが私の印象です)に関して優れたまとめを行っていますので、その記述によりながら紹介します。この文章の内容は昨年(2022年)9月までの事実関係に限られ、私が9月25日のコラムで紹介した、捕虜交換取引間接交渉が本格化した本年(2023年)6月(6月11日のハメネイ師発言)までの数ヶ月間の主要な事実関係(主にイランとIAEAとの協議)に関しては、私の手持ちの記録に基づいて補足します(下記3.)。
 ちなみにICG文章には、捕虜交換取引交渉について、「捕虜交換取引条件(浅井:ただし5人対5人ではなく4人対4人となっています)はほとんど完成しており、そこには韓国のイラン凍結資金をイランが受け取るという内容も含まれているが、JCPOA交渉の行き詰まりのために取引実行が妨げられている」(The terms of a four-for-four prisoner swap are almost complete – it reportedly also includes Iran receiving some access to its frozen assets in South Korea – but deadlock in the JCPOA talks has hindered the parties in carrying it out)とする指摘があります。「ほとんど完成」しているとされる取引内容は、9月25日のコラムで紹介したイスラエル側情報の取引内容を指していることはほぼ確実です。つまり、捕虜交換取引交渉はJCPOA「蘇生」交渉と並行的に、ライシ政権成立後、早くから行われてきたこと、ハメネイ師はこの取引内容を承知しつつ、その交渉促進にゴー・サインを出したとことが理解されます。
 バイデン政権はJCPOA復帰を選挙公約に掲げており、2021年4月からそのための交渉がロウハニ政権との間で開始されました。しかし、同年6月にはイランで大統領選挙があり、JCPOAに対して強硬姿勢を取るライシが当選したため、交渉の本格的再開は同年12月までずれ込みました。その結果、2022年3月はじめには最終合意の可能性が浮上するまでに至った、とICG文章は指摘しています。
 3月時点でまとまりかけていたテキストには、①JCPOAに即したイランの核計画の巻き戻し、②アメリカが提供すべき制裁緩和措置、③伊米双方が執るべき措置の時系列などが盛り込まれていたとされます。ところが、2022年2月24日に開始されたロシアのウクライナ侵攻によって交渉は頓挫を余儀なくされました。同年8月に交渉は再開されましたが、同年秋にはアメリカ議会の中間選挙もあり、交渉機運はさらに遠ざかりました。双方の中心的争点は、①イランのいわゆる核疑惑活動に対するIAEAの調査、②アメリカの対イラン制裁緩和範囲、そして③アメリカによる制裁の撤回・緩和の信頼性、以上3点です。
 まず、イランのいわゆる核疑惑活動に対するIAEAの調査とは、イランが核施設ではないとして申告していない施設について、米西側は核施設である疑いがある(核兵器レベルの高濃度のウランの破片が見つかったとも指摘される)として立ち入り調査を要求している問題です。特に、核疑惑の主張にはイスラエル情報機関が深く関与してきたこともあり、イランは門前払いの強硬姿勢を崩しません(詳細は下記3.)。また第二の、アメリカの対イラン制裁緩和の範囲に関して特に争点となったのは、トランプ政権がテロ組織と指定したイラン・イスラム革命防衛隊(IRGC)の指定解除問題です。
 しかし、最大の難関はアメリカの制裁の撤回・緩和の信頼性という第3の争点にあります。イランとしては、トランプ政権の一方的脱退という煮え湯を呑まされた苦い経験を絶対に繰り返させないという当然の要求があります。そのため、バイデン政権に対して後継政権をも縛るコミットメントを要求しています。しかし、バイデン政権としては法律的にも政治的にもそのようなコミットメントを行うことは不可能であるとして拒否しています。
 とは言え、イランも米西側も決定的対決・全面衝突という局面を回避したいという点ではかろうじて認識が一致しています。この認識の一致が、双方の要求が折り合いを付けられる着地点を見いだすための交渉となり、とりあえず捕虜交換取引として結実したわけです。
 つまり、アメリカ(米西側)としてはイランの核兵器開発の可能性を100%閉じることが最終目標です。この目標を実現するための手段として厳しい制裁措置を講じて、イランの全面降伏を要求してきました。これに対してイランは、核兵器開発の意図はそもそもないとして米西側の要求を退ける一方、核平和利用はNPTによってすべての加盟国に認められている当然の権利であるとし、米西側の制裁は不法かつ不当として100%の制裁解除を要求しています。双方の主張は真っ向からぶつかり合うばかりです。
 そこで双方が発想を転換し、それぞれが相手側から獲得しなければならない最小限の要求内容と自らが相手側に対して示し得る最大限の譲歩内容についての腹案を用意し、イランの最小限の要求内容と米西側の最大限の譲歩内容そして米西側の最小限の要求内容とイランの最大限の譲歩内容の双方について折り合いがつく着地点を模索するという方向性を追求することになるわけです。
 ICG文章はこのことをより端的に、「他のオプションは、交渉の方向性をより限定された暫定取り決めに移すことだ。具体的には、イランが行っている拡散可能性がもっとも高い活動に焦点を合わせ、ウラン濃縮レベル引き下げを追求することプラスIAEAによる査察と検証の確保(をイランから獲得する)。その見返りとして(イランに対しては)、制裁緩和・石油輸出・凍結資産解除(について譲歩する)」と指摘しています。そして具体案として、「イランは、アメリカによるイラン在外資産の部分解除を見返りとして、備蓄濃縮ウランの濃縮度を60%にまで希釈する」、「アメリカによるイラン石油輸出制限撤廃を見返りとして、IAEAによる施設アクセス・レベルの引き上げに応じる」ことまで示しています。ICG文章はさらに、限定事項に関する暫定取り決め方式が成功すれば、その対象をさらに他の事項に広げていくことも可能になると指摘しています。これは正に、朝鮮半島核問題に関する6者協議においていったん達成されたいわゆる「9/19合意」(2005年)につながるものです。

2.イラン・ライシ政権の基本的立場

(フォリン・ポリシー誌掲載文章)
 イランの核政策及び核交渉に関する立場・政策に関する米西側の報道(したがって、その垂れ流しに終始する日本メディアの報道)は実態からほど遠いものがあります。しかし、2021年10月7日にフォリン・ポリシー・マガジン(FPM)ウェブサイトに掲載されたサヘブ・サデギ(Saheb Sadeghi)署名文章「ライシ政権の核交渉に臨む立場:イランからの視点」(原題:"The View From Iran: What the Raisi Administration Wants in the Nuclear Talks")は、題名が示すとおり、イラン・ライシ政権の核政策を論じた貴重なものです。著者は、イランの月刊誌『ディプロマット』を主宰するイラン人政治アナリストで、フォリン・ポリシー、ナショナル・インタレスト等でもイランの立場・政策について積極的に発言しています。
 この文章は2021年に執筆されたものですが、今日に至る核交渉に関する経緯は、著者がライシ政権の核政策を正確に理解・認識していることを裏書きしています。今後の伊米交渉、IAEAとの協議を見ていく上でも貴重ですので、ここで紹介します。
 イランのアブドラヒアン外相は(2021年)8月22日にイラン議会で、「(イラン)外務省は私の下ではJCPOA省ではない」と述べ、核危機解決・JCPOA交渉に時間の大半を費やした前任者(ザリーフ)を嘲った。この発言はライシ政権の対外政策の根本的転換を反映している。ロウハニ前大統領とは異なり、ライシ大統領は核危機解決・JCPOA復活を最優先課題とは考えていない。ライシは大統領に当選した後の最初の記者会見で、イラン経済の命運を核交渉にリンクさせないと述べた。ライシ政権の戦略の中心は、ハメネイ師が繰り返し強調してきたように、近隣諸国や中ロ両国などとの経済的結びつきを強化することによって「制裁の影響を中立化する」ことにある。ハメネイ師は、退陣するロウハニ政権との最後の会合において、同政権の努力は西側を信用することの愚かさを証明した(its efforts had proved the folly of trusting the West)と述べた。
 この政策上のシフトは、アメリカの対イラン経済制裁撤廃にかかわる政策に対する深い失望と疑念とを反映している。新政権の中にはアメリカが制裁を撤廃する意思があると信じるものはいないのみならず、誰もがアメリカは核交渉をイラン封じ込めのテコに使っていると信じている。第一副大統領(Mohammad Mokhber)は、「西側と制裁撤廃協定に達することはありそうにない。我々の計画を制裁解除とリンクさせることはできない。制裁は解除されないという前提で計画しなければならない」と述べている。
 ライシ政権がその証拠としてあげるのは、2015年のJCPOA締結後のアメリカが取った制裁解除に対する姿勢である。イランは協定によって核能力の大半を失ったのに、アメリカは2年以上も制裁をまともに解除せず、しかもトランプ政権は2018年5月に一方的に脱退したというわけだ。
 しかも、ライシ政権のワシントンに対する不信はもっと根深い。つまり、JCPOAを復活したとしても、アメリカはイランの人権問題、ミサイル計画、中東での活動等の新たな口実で制裁を続けるだろう。その何よりの証拠は、バイデン政権がトランプ政権時代にイランに対して科した制裁を撤廃することを拒否していることだ。したがって、今後の交渉に際してはもっと強硬な立場で臨むべきだというのが支配的意見である。
 具体的にライシ政権は、今後のJCPOA復活に関する協定には次の3点を含めることを主張する。①JCPOAで解除された制裁はもちろん、JCPOA実施(2016年1月)以後に課されたいかなる制裁も解除すること。②二度と再び脱退しないという保障。③イランの貿易の正常化に対する障碍を除去することを規定したJCPOA第29項(浅井注)の包括的解釈を行う規定を設けること。以上に加え、今後の交渉はJCPOAに限定すること。すなわち、イランの地域的影響、ミサイル計画などの問題は取り上げるべきではない。
(浅井注)
 第29項の規定は次のように抽象的であり、イランとしては詳細かつ具体的な規定を設けることを意図していると思われます。
 「EU及び加盟国並びにアメリカは、関連法令に従い、イランとの貿易及び経済関係の正常化に対して直接かつ不利に影響することを意図した政策で、JCPOAの円滑な実施を損なわないようにコミットしたことと両立しないものを慎む。」
 ライシ政権は、時間という要素がイランに有利に働いているとも考えている。すなわち、イランはますます核計画を進めることができ、そのことは交渉上の立場を有利にするだろうということだ。イラン経済も、当初予想されていたよりレジリエンスを発揮しており、トランプ政権のJCPOA脱退直後の2019年、2020年よりは状況が改善しつつある。確かに、イラン経済は過去20年で最高のインフレ(2021年8月は45.2%)を経験しており、生活水準も過去最悪レベルに陥っているが、イラン中央銀行統計によれば経済は回復基調だ(浅井:イラン経済はその後も今日まで、緩慢ながら改善傾向を維持しているようです)。
 イランの交渉チームを率いるのはイラン外務省政務担当次官のアリ・バゲーリ・カニ(Ali Bagheri Kani)である。彼は、アフマディネジャド政権時代から核交渉チームに属していたが、ロウハニ政権になってからその職を追われた。彼は、イランの主権及び独立を侵害するとしてJCPOAに強く反対してきたことで知られる。
 ライシ政権は、まっさらな交渉を行うと主張しているわけではなく、ロウハニ政権時代に始まって中断している交渉を引き継ぐとしている。しかし、カニを交渉チームの首席代表と指名したことは、問題解決について従来とは極めて異なるアプローチを取ることを示している。
(6月11日のハメネイ師発言)
 イランの核政策を理解する上では、本年(2023年)6月11日に、ハメネイ師が核問題専門家及び政府担当者との集会で行った発言内容も重要です。この発言については9月25日のコラムでも触れましたが、ここで改めてハメネイ師発言の大要を紹介します。
○核産業(原子力産業)の重要性
 ハメネイ師は、核産業がイランの進歩にとってのカギであると指摘した。核産業は、①イランの能力の進歩・証明という意味において国家的プライドの源泉であること、②人民生活の改善に対して核分野の成果が持つインパクト、③イランの強さ及びクレディビリティの主要構成要素であること、以上3点において重要である。
○敵の関心の所在
 イランの核兵器開発を懸念しているという西側の主張はウソである。「イランが核兵器開発に向かっている証拠はないと、アメリカの諜報筋がここ数ヵ月間に何度も認めているように、我々が核兵器を開発する意志がないことを彼らは十分に承知している。」核であれ化学であれ、大量破壊兵器の生産はイスラムに反しているし、「仮に我々が製造するつもりならばとっくの昔にそうしていただろうし、その場合、彼らがそれをストップさせることはできないことを理解している。」
 彼らがイランの核産業にあくまでこだわるのは、イラン国家の進歩に反対しているからであり、今ひとつの理由は、「イランの道を歩もうとする国が出てくるのを恐れるからである。」
○政府担当者及び専門家に対するアドヴァイス
 *核科学を様々な分野に応用し、核産業の積極的意義を広く教育すること
 *核分野の製品及びサーヴィスの商業的利用と友好諸国との科学的協力の拡大
 *核分野の専門家育成とその安全確保(浅井:イランの核専門家が暗殺対象となってきている。)
 *核産業の現在のインフラストラクチャーを維持すること(浅井:9月25日のコラムで紹介)
○IAEAとの関係のあり方
 *セーフガード諸規定の枠組みの下でIAEAとの意思疎通、交流及び協力を維持する。
 *「私のアドヴァイスは一貫して同じである。もちろん、保障措置規定以上の義務を負うことはない。」「義務は履行すべきだが、立場は固守せよ。恐喝的要求や間違った非難に屈してはならない。」
 *「最近の報告を見たが、昨年(2022年)2月-3月に行われたコミットメントに関する義務を、IAEAは履行していない。」(下記3.参照)
○イラン議会の法律に対する違反を慎むこと
 *浅井: 2020年12月2日にイラン議会で可決された"Strategic Action Plan to Lift Sanctions and Protect Iranian Nation's Interests"と題する法律のこと。その内容は、JCPOAが規定する制限を超えた核活動を指示するもの。
  第1条:ハメネイ師が定めた9条件を満たすべく、濃度20%の濃縮ウランを毎年120㎏以上製造・貯蔵する。
  第2条:純度の異なる濃縮ウランの生産・濃縮能力190000SWU(目標能力)を達成するべく、毎月の生産・濃縮能力を500㎏以上増やす。
  第3条:遠心分離機を1年以内に1000基まで増やす。
  第4条:イスファハン金属ウラン工場稼働。
  第5条:アラク40メガワット重水炉稼働。
  第6条:保障措置協定を超えた査察許可の停止。
 *ハメネイ師:「一部に誤解があるが、この決議は国及び核産業にとってためになる法律であり、遵守されなければならず、違反してはならない。」

3.ライシ政権とIAEA:協議から決裂へ

 ライシ政権になってからのイランとIAEAとの協議の推移(事実関係)については、IAEAウェブサイトのIAEA&IRANと題するページが主要文書を紹介しています。それらの文書に基づき、事実関係の大筋は以下のとおりです。なお、2021年2月23日以後、ロウハニ政権がJCPOA及び付属議定書に基づくコミットメントの実行をストップした結果、IAEAの監視と検証の継続性確保に問題が生じていました。
2021年9月12日:イラン原子力庁(AEOI)のエスラミ長官(Mohammad Eslami)とIAEAのグロッシ事務局長がテヘランで会合。協力関係継続に合意するとともに、IAEA査察官の任務(to service the identified equipment and replace their storage media)を許可。グロッシは、翌日(13日)開催のIAEA理事会に対し、この会合について"A positive and constructive meeting took place this weekend in Tehran with the aim to strengthen the IAEA's indispensable nuclear verification work in Iran"と報告。
2022年3月5日:エスラミ・グロッシ共同声明。主な内容は以下のとおり。
 *AEOIは3月20日までに、「3カ所の争点に関して、IAEAが提起し、イランが取り扱ってこなかった問題点」("the questions raised by the IAEA which have not been addressed by Iran on the issues related to three locations")に関する文書による説明を行う。
 *IAEAは文書を受け取ってから2週間以内に疑問点をAEOIに提出する。
 *その後一週間以内に両者はテヘランで会合し、疑問点について話しあう。
 *事務局長は6月の理事会に結論を報告する。
2022年6月6日:IAEA理事会に対するグロッシ報告(イラン関係部分)。
 *イランは、「イラン国内の3カ所の未申告地点におけるIAEAの結論に関して技術的に信用できる説明を提供していない。」("not provided explanations that are technically credible in relation to the Agency's findings at three undeclared locations in Iran.")
 *イランはまた、「2018年にTurquzabadから移された核物質及び核物質に汚染された設備の現在地について」("of the current location, or locations, of the nuclear material and/or of the equipment contaminated with nuclear material, that was moved from Turquzabad in 2018,")もIAEAに報告していない。
2023年3月3-4日:グロッシのイラン訪問。ライシ大統領、アブドラヒアン外相及びエスラミ長官と会見。IAEAとAEOIの共同声明の合意事項は以下のとおり。
 *両者の交流は、協力の精神により、包括的保障協定に基づいて、IAEAの権限及びイランの権利義務に完全に合致する形で行われる。(Interactions between the IAEA and Iran will be carried out in a spirit of collaboration, and in full conformity with the competences of the IAEA and the rights and obligations of the Islamic Republic of Iran, based on the comprehensive safeguards agreement.)
 *3カ所の保障上の争点に関しては、イランは保障上の争点に関する協力継続及びさらなる情報提供の用意を表明。(Regarding the outstanding safeguards issues related to the three locations, Iran expressed its readiness to continue its cooperation and provide further information and access to address the outstanding safeguards issues.)
 *イランは自発的に、IAEAのさらなる検証及び監視活動を認める。その態様については両者の合意による。(Iran, on a voluntary basis will allow the IAEA to implement further appropriate verification and monitoring activities. Modalities will be agreed between the two sides in the course of a technical meeting which will take place soon in Tehran.)
○(6月11日:ハメネイ師発言-既述-)
○6月20-21日:JCPOA復活交渉コーディネーターであるEUのモラ(Enrique Mora)とイラン外務省カニ次官がカタール・ドーハで協議。モラはツイッターで、「バイ、地域、国際の一連の難しい問題(JCPOAを前進させる方法を含む)について集中的に協議(intense talks)」と記し、カニも制裁解除について「真剣で建設的な協議」("serious and constructive talks")と述べる。(6月21日付けIRNA通信)
○7月2日:イラン議会国家安全保障対外政策委員会委員であるマレキ議員(Fada Hossein Maleki)はIRNA通信に対し、イラン政府とIAEAの上記交渉・合意が2020年12月2日にイラン議会が可決した法律(the Strategic Action Plan to Counter Sanctions)に違反するという主張があることに対し、「交渉・合意はこの法律に基づくものだ」と反論。この法律は、IAEAの査察を制限し、イランの核計画をJCPOAが定めた制限を超えて進めることを政府に授権するものであるが、交渉・合意に責任を負う国家安全保障対外政策委員会においては、上記のような懸念は表明されなかった、と主張。(同日付IRNA通信)
○7月19日:アミラブドラヒアン外相は、イランを訪問したオマーンのアルブサイディ外相(Sayyid Badr Albusaidi)と、JCPOAへの全当事国復帰に関するオマーンのイニシアティヴを議論。(同日付IRNA通信) ○7月31日:イラン外務省のカナーニ報道官は記者会見で、「制裁解除に関する協議継続は、イランがアメリカを信用していることに基づくものではない」と発言し、イランの行動は国益に基づいているとした。(同日付IRNA通信)
○8月9日:イラン原子力庁のエスラミ長官は、IAEAが5月に、3月の共同声明合意事項中の1カ所(Marivan, Fars Province)については取り下げる旨通知してきたことを明らかにするとともに、テヘラン郊外の他の2カ所(Varamin、Turquzabad)に関する文書をIAEAに提出したことを明らかにした。(同日付IRNA通信)
○8月15日:アミラブドラヒアン外相はEUのボレル対外代表と電話会談し、8月10日の在韓国イラン資金解放は積極的進展であると述べるとともに、他の当事者が真剣であるならば、JCPOAへの回帰は可能(within reach)であると述べ、イランとIAEAとの協力についても、「双方は正しい協力の道を歩んでいる」("Now both sides are on the right path of cooperation.")と述べた。(同日付IRNA通信)
○9月11日:IAEAのグロッシ事務局長は理事会に対する報告で、イランとの保障協定実施に関して進展が見られないという主張を繰り返した。(同日付IRNA通信)
 IRNA通信は以上を伝えた記事の中で、グロッシが提起したイランの核計画に関する問題は、4年前にイスラエル当局が提供した偽文書に基づいてIAEAが持ちだしたものであり、イランの未申告4施設からウランの痕跡が見つかったというものであること、当初はネタニヤフが主張したが、その後西側諸国が呼応するようになったことを付け加えている。
○9月13日:イラン原子力庁のエスラミ長官は閣議後記者団に対して、9月11日のグロッシ発言を念頭に、「政治的な動きは何時でも誰からでも持ち出されうるが、イランが断固とした決定的な法的反応を取ることを強いられるような状況ではない」と述べた。エスラミはさらに、IAEAとの保障に関する争点は、イランの協力と説明によって、当初の4カ所から2カ所になっていることを指摘し、「我々は22年間にわたってこうした問題を提起し続ける敵に直面してきたが、我々は常に辛抱強く、透明性を保ちながらIAEAに協力してきた」と付け加えた。さらにエスラミは、西側がJCOPAに基づく義務を履行せず、制裁が終わらない限り、イランはJ誌POA上の制限を超える核活動を続けるとし、「欧州諸国は、自分たちの義務を履行しないでおきながら、イランに完全履行を期待することはできない」と述べた。(同日13時2分付IRNA通信)
○同日(9月13日):IAEA理事会において、西側諸国を中心とする62ヵ国が署名する共同声明が出され、イランの保障措置コミットメントの不履行を非難し、IAEAと協力して懸案の問題について必要な情報を提供することを要求。しかし、イラン、中国、ロシアを含む9ヵ国は別の共同声明を出し、イランの対IAEA協力を支持。(同日19時付IRNA通信)
○9月14日付けウォールストリート・ジャーナル(WSJ)紙記事「イラン制裁維持を選んだ欧州諸国」(原題:"European Powers Choose to Maintain Iran Sanctions")
 この記事は、2013年9月13日という日にちが特別の意味を持っていることを紹介するもの。すなわち、JCPOAの規定により、イランの弾道ミサイル貿易に関する国連の制裁はこの日を以て解除されることになる。また、核関連の制裁については本年(2023年)10月18日にやはり終了することになっている。さらに、イランによる一定のミサイル、ドローン及び関連技術に関しては、移転前に安保理の許可が必要とされることになっているが、この要件は10月には解除されることになる。
 しかしWSJ記事によれば、英仏独3国は、以上のJCPOAの規定にもかかわらず、イランが2019年以来JCPOAを遵守していないことを理由として、今後も弾道ミサイル及びイスラム革命防衛隊(IRGC)に対する制裁を継続することを決定し、イランに通報。
○9月16日:イラン外務省声明、9月13日の英仏独3ヵ国の上記決定に対抗して、NPTにかかわるイランとIAEAとの協定第9条においてイランに付与されている統治権に基づく措置として、IAEA査察官の約1/3の核施設監視任務を撤回。(同日付IRNA通信)