9月18日、ホワイトハウスは「5人のイラン人に対する恩赦及びイランの制限付き口座への60億ドルの移転を見返りとして、イランに拘留されていた5人のアメリカ人が解放された」と発表しました。バイデン政権になってから、アメリカとイランとの間でそれぞれが拘留・収監している相手国人の解放に関する交渉が行われてきたけれども難航していたことは承知していました。また、イランが韓国とイラクの銀行口座に凍結されている凍結資産(イラン核合意(JCPOA)を一方的に離脱(2018年)したトランプ政権が発動した制裁措置の一環)の返還について両国と交渉してきたけれども、これまたはかばかしい進展が見られないことも承知していました。紆余曲折を経た上でようやく、9月18日に一応決着したということです。しかし、移転された資金の使途に関してはアメリカとイランの理解の隔たりは大きく、今後も波乱が予想されます。
 私が、今回のイランとアメリカの第三者(主としてカタール)を介した間接交渉の経緯を追いながら連想したのは、朝鮮半島非核化をめぐるいわゆる6者協議でした。米伊間の今回の交渉が曲がりなりにもまとまったのは捕虜交換とイランの凍結資産解除という限られたテーマに関してであり、イラン核合意(JCPOA)の復活といういわば本命に関しては、米伊の相互不信は根強くかつ強烈なものがあって、この本命を切り離したからこそ(米伊双方ともこの「切り離し」という点については奇しくも認識が一致)今回の取引が成立までこぎ着けたと言えます。本命に関しては、明年(2024年)の大統領選で、イラン核合意(JCPOA)から一方的に脱退したトランプが勝つという可能性もあり、イランは今バイデン政権を相手に本気で本格的交渉に臨む意思は極めて薄いと考えられます。
 とは言え、今回の米伊間接交渉のディーテイルは、朝鮮半島非核化問題を考える上で参考となる材料を多々含んでいることも事実だと感じます。したがって、手元の資料に限られますが、できるだけ詳細に今回の米伊間接交渉の経緯を記録にとどめておこうと思い立ちました。全体として長くなりますので、まず「捕虜交換」に関する部分を紹介し、イラン核合意に関係する部分は次回のコラムでまとめて紹介しようと思います。

<6月11日のハメネイ師発言>

 6月に入ってから、慌ただしい動きが伝えられるようになりました。私が最初にとてもいぶかしく感じたのは、6月11日にイランの最高指導者・ハメネイ師が原子力成果展示会を視察した後に、核関係の科学者・専門家及び政府関係者と会合して発言した内容がウェブサイト(WS)を通じて明らかにされたことでした。正直に白状しますが、その時はいぶかしくは感じつつも、ハメネイ発言を契機として(?)イラン外交が活発に動き出すとは想像もできませんでした。
 まず、6月21日のイランIRNA通信は、EUのJCPOA担当官・モラ(Enrique Mora)が、イラン側の交渉担当最高責任者であるカニ(Bagheri Kani)外務次官とドーハで、2日間にわたってJCPOAの今後の扱い方を含む様々な困難な問題(双方、地域、国際)について突っ込んだ話し合いを行ったと、ツイッターで明らかにしたことを報道しました。同通信は、このモラのツイッター発言に先立って、カニ自身がモラと「真剣かつ建設的な話し合い」を行ったと述べたことを、最後に付け加えています。
 その2日後(6月23日)のワシントン・ポスト紙(WP)は、デニス・ロス(オバマ政権時の特別補佐官)署名記事「地平線上の新イラン核取引?」(原題:"A new Iran nuclear deal might be on the horizon")を掲載し、イラン議会元外交安全保障委員会委員長(Heshmatollah Falahatpisheh)の発言として、何らかの合意がすでに達成されており、バイデン政権は「何らかのイランとのエネルギー取引に目をつぶり、イランが現行レベル以上に核計画を拡大することを自制する見返りに一定のイラン凍結資産の解除(を認める)」と述べたと紹介しました(浅井:この発言内容部分が極めて不正確であることはその後の経緯が明らかにします)。さらに同記事は、ハメネイ師が最近(過去数週間内)、西側がイランの核インフラに手を付けない(touch)ことを条件として、西側との取引に応じうるとする「英雄的柔軟性」をほのめかした、と付け加えました。ロスは、ハメネイのレトリックは2015年にJCPOAがまとまる際の時と同じだ、という解釈も添えています。
 さらにロスはこの記事の中で、彼が行ったイスラエル政府関係者との最近の会見において、限定的な取引が地平線上にあるとする発言に接したこと、しかもその取引のアウトラインは次の内容である、とイスラエル側が紹介したことを明らかにしています。
○イランは、ウランの濃縮度を60%以上に引き上げず、60%濃縮ウランの備蓄量をこれ以上増やさないこと、及び
○イランは、投獄中のイラン系アメリカ人を解放すること。
○バイデン政権は見返りとして、イラン当局に対して新たな制裁を行わないこと、及び
○凍結勘定中の約200億ドルに対するイラン側のアクセスを認めるウェーバーを提供すること。
 ロスはさらに、このプロセスがすでに動き出している証拠として、バイデン政権はイラクに対して、イラン石油購入債務である27.6億ドルを支払うための制裁ウェーバーを与える決定を行ったとするイスラエル当局者の発言をも引用しました。
 ロスが紹介した以上のアウトラインの内容は、「イランは、ウランの濃縮度を60%以上に引き上げず、60%濃縮ウランをこれ以上増やさないこと」(浅井:イランはもちろんアメリカも最終的取引内容に含まれているか否かを明らかにせず)、ウェーバー金額を200億ドルとしていること(浅井:ホワイトハウス発表は60億ドル)、「イラン当局に対して新たな制裁を行わないこと」(浅井:バイデンは最終的取引について発表した9月18日に、アフマディネジャド元大統領及びイラン情報局に対する新規制裁を発動)などの矛盾点もありますが、大筋ではホワイトハウス発表の最終内容と軌を一にしています。
 6月25日付けのIRNA通信は、イランの石油担当次官(Majid Chegeni)の発言として、「イラク電力省はイランに対する支払をすべて終えて残額ゼロとなった」と紹介して、イスラエル側発言内容を確認しています。それ以上にロスの記事で私が注目したのは、"ハメネイ師が最近(過去数週間内)、西側がイランの核インフラに手を付けない(touch)ことを条件として、それとの取引に応じうるとする「英雄的柔軟性」をほのめかした"と述べた点です。
 6月11日のハメネイ発言を改めてチェックしたところ、ハメネイは会合出席者にいくつかの勧告を行っているのですが、最後の勧告は「核産業の現在のインフラストラクチャーを維持すること」('maintaining the current infrastructure of the nuclear industry')でした。おそらく、この部分がロスの指摘に符合するとともに、イスラエル側が指摘した取引内容の中の、「イランは、ウランの濃縮度を60%以上に引き上げず、60%濃縮ウランをこれ以上増やさないこと」というアウトライン部分にも該当する可能性が高いと判断できます。
 この勧告部分はハメネイ発言の最後の最後に登場しており、しかも、それ以上に立ち入った言及はないので、ロスの指摘がなければ見過ごしてしまうところでした。逆に言えば、ロスの記事内容がかなりの事実の裏付けを伴っていることを確認できます。さらにいえば、ハメネイ発言が今回の米・イラン間接交渉の出発点になっている可能性が大きいことも確認できます。
 ロスの署名記事が出た2日後(6月25日)、ロシア・トゥデイ(RT)は、政治アナリストであるティムール・フォメンコの署名記事「イラン台頭の現実を前にして(対イラン)休戦を試みるアメリカ」(原題:"The US can't stop the rise of Iran, but it can make a truce")を掲載しました。私がこの記事に注目したのは、「アメリカがイランの核活動のエスカレーションを食い止めるために,制裁緩和を取引材料として、イランと秘密交渉を行っているという報道がある」という、ロスの署名記事の核心的指摘を議論の出発点に据えていることでした。
 フォメンコの記事は、同時に「アメリカは、何故この時期にそして何を目的として、イランとの(第三者を介した)交渉に臨む必要があるのか」という私の疑問を共有している点でも興味深いものでした。私自身は、イランが対サウジアラビア関係正常化(エジプト、ヨルダンとの関係改善の動きも進展)、上海協力機構(SCO)及びBRICSへの加盟などを通じて国際的プレゼンスを高め、対米交渉力はJCPOA締結時(2015年)、トランプのJCPOA脱退時(2018年)に比して格段に強まっていること、また、イランはロシア及び中国との親密な関係を築いて対米対決姿勢を鮮明にしていることから、バイデン政権がこの対米「強面」のイランとあえて交渉するのは腑に落ちない感じが否めませんでした。しかし、フォメンコは、イランに関する私の以上の事実認識を共有しつつ、それが正にアメリカをして対イラン交渉を進めさせる要因になったと分析しています。つまり、イランをこれ以上強くさせないこと、具体的には核保有させないこと、そのためにイランが核能力を現有レベルにとどめる約束を取り付けること、それがアメリカをイランとの交渉に駆り立てたのだと分析するのです。フォメンコは上記ハメネイ発言にはまったく言及していません(アメリカ側報道でもハメネイ発言を取り上げるものは皆無)。しかし、フォメンコが指摘するアメリカの交渉目的は図らずもハメネイ発言(「核産業の現在のインフラストラクチャーを維持すること」)と符合していることが理解されます。フォメンコの分析内容の大要は以下のとおりです。
 コロナ、米中対立、ウクライナ戦争を含めた世界情勢の激変は、イランが以前は手にしていなかった戦略的なスペース及びレヴァレッジを持つことを可能にした。イランは今、ウラン濃縮を格段に高め、ドローン及びミサイル能力の建設を継続し、ロシアとの軍事関係を強め、中国のおかげで中東の仇敵・サウジアラビアとの関係を正常化している。こうした一連のプロセスの中で、イランはアメリカ及びそのパートナーであるイスラエルの地域的影響力を削いでいる。アメリカの対イラン政策は、地域的な緊張を利用することで、中東での軍事的プレゼンスを正当化することにあった。しかしイランは、アメリカのイラン包囲キャンペーンのお株を奪いつつ、しかも、あからさまな好戦的姿勢は控えようとしている。これは正にワシントンにとっては警鐘以外の何ものでもない。
 アメリカはサウジアラビアとの関係を強化することに必死だが、伝えられるところによれば、JCPOAを復活させないためにイランと秘密交渉を行っている。しかし、イランをさらなるウラン濃縮、核(兵器)への道から引き留めるためには、制裁緩和を伴わなければならない。アメリカは、おそらくイスラエルの支持のもと、イランがさらに(核への)道を進む場合には何らかの軍事行動を執ると脅迫しているが、イランはすでにすべてのカードを手中にしているため、アメリカが一時的「休戦」を実現するためには、これまでのイラン包囲作戦を犠牲にしなければならない。
 イランからすれば、地域的ダイナミックスはイランに有利な方向にシフトしており、核兵器開発への道を歩む必要性は極めて低い。北朝鮮とは異なり、イランは国家的生存のためのデタランス戦略において核兵器に頼る必要性もない。イランは人口8000万人の大国である。アメリカとしては、イランの核計画を妨げるために枢要な施設に対する空爆あるいはミサイル攻撃を行うことは理論上あり得るとしても、イランに対する全面侵略ましてや占領は不可能だ。何兆ドルもかかる上、国際的支持も得られない。
 また、イランのデタランス能力は、アメリカの長年にわたる制裁をも乗り越えて開発してきたドローンとミサイルに立脚している。イランは最近超音速ミサイルを開発したと主張しているが、あながち作り話と決めつけることもできない。現実にイランは、ソレイマニ将軍暗殺に対する報復として米軍基地をミサイルで破壊する能力を実証した。そのことは、まさかの事態にはイスラエルに対してイランができることを立証している。
 アメリカの対外政策においては、中国にせよロシアにせよ、ほどほどに妥協するのではなく、最大限の戦略的成果を追求しようとしてきた。しかし、イランに対しては、戦争拡大のリスクを取ることのない限度で何がなし得るかで逡巡してきている。しかも、中東の地域的ダイナミックスはアメリカにとって不利な方向に動いていることをバイデン政権は承知しているので、ますます妥協に傾いているのだ。換言すれば、イランは勝利に向かっているということだ。アメリカにとって残された問題は、休戦を取るか、ぶち切れるまで圧力行使を継続するかの選択である。仮に今回の交渉が核のラインを超えない膠着に帰着するとしても、イランはもはや外交的立場をうち固めている以上、アメリカにとっては四面楚歌(lose-lose)の状況であることには変わりはない。

<間接交渉成立までの経緯>

 以上から理解されるように、今回のイランとアメリカの交渉は6月に本格化したと判断できます。ただし、以下から分かるように、今回の交渉はライシ政権が就任した2年前から開始されており、6月23日にロスが存在を指摘した合意のアウトラインもその過程で形を取るようになっており、6月11日のハメネイ発言はその大筋を踏まえつつ、交渉の本格的開始に「ゴー・サイン」を出したと理解するのが妥当だと思われます。こうした大きな流れを踏まえた上で、6月下旬以後の動きを整理すると次のようになります。
6月27日:イランの法務担当副大統領(Mohammad Dehqan)は、アメリカの人権記録再検討第2回国際会議で発言した中で、イランは(アメリカによる)制裁デブリから抜け出したと述べた(同日付IRNA)。
7月19日:イランのアミラブドゥラヒアン外相は、同国を訪問したオマーン外相(Sayyid Badr Albusaidi)と協議(同日付IRNA)。
7月24日:イラン外務省のカナーニ報道官は記者会見でアメリカとの「捕虜」交換問題に言及して、イラン政府は真剣かつ誠実に交渉に臨んでいるが、アメリカ側の誠意が欠けているために交渉プロセスが長引いていると指摘するとともに、アメリカが人道主義の立場に立つことで一日も早い協議達成を希望していると述べた(7月25日付け中国中央テレビ)。
7月31日:イラン外務省のカナーニ報道官は記者会見で、韓国に凍結されているイラン資産に関する韓国との交渉に言及し、「期待した進展」が見られないことに対する失望を表明した(同日付IRNA)。
8月7日:イラン外務省のカニ次官は、イランを訪問したロシア外務省のリャブコフ次官と協議した(同日付IRNA)。
同日(8月7日):イラン外務省のカナーニ報道官は以下の諸点を述べた(同日付IRNA)。
 *イランは,日本を含む国々にあるイラン凍結資産の解除を確保するための働きかけを続けていく。日本については、2022年10月の国連総会の際に、ライシ大統領と岸田首相が意見を交わしたこと、また、日本政府は債務問題解決の用意及びそのための努力を繰り返し表明してきたことを付言。
 *捕虜交換及びカニ次官のオマーン訪問に触れて、様々な問題(政治経済領事)についてオマーンの助けを得ながら進めていると指摘。捕虜交換に関しては、人道問題的考慮に基づいてフォローしていると付言。
 *イラクの債務に関しては、イラク首相の命令によってその一部が第三国に移転されたと指摘。イラク政府は最善の形による対イラン債務支払の用意を示していると付言。
同日(8月7日):訪日したアミラブドゥラヒアン外相は、林外相との会談後の共同記者会見の中でアメリカとの捕虜交換問題に言及して、この問題は人道問題であり、双方は過去数ヶ月間に(in the past months)何回か交渉を行った(held negotiations several times)と述べた(同日付IRNA)。
8月10日付けNYT記事「イラン人及び資産とアメリカ人解放に関するイランとの取引成立」(原題:"U.S. Reaches Deal With Iran to Free Americans for Jailed Iranians and Funds")報道内容
 *米伊間の取引に詳しい数人によれば、両国は、数人の投獄中のイラン人及びイランの石油収入約60億ドルの最終的アクセスと引き換えに5人の投獄中のアメリカ人の自由を獲得する合意に達した。
 *国務省及び国家安全保障会議によれば、2年以上に及ぶ秘密交渉の末に達成された合意における第一ステップとして、イランは5人のイラン系アメリカ人を投獄から軟禁(監視下のホテル滞在)へと移した。ただし、国家安全保障会議のワトソン報道官によれば、この第一ステップはすでに取られたが、最終的解放に関してはなお交渉中であり、この第一ステップはせいぜい「終わりの始まり」に過ぎない。
 *イラン駐国連代表部はこの合意の存在を認めるとともに、両国が「相互主義に基づいて5人の収監者を解放する」ことに合意していると述べた。
 *バイデン政権関係者は、イランが見返りに得る詳細について確認もコメントも避けたが、合意に詳しい人物によれば、アメリカ人がアメリカに戻ることを許可される時に、バイデン政権は数人のイラン人を解放するという。同筋によれば、アメリカはまた、韓国にある約60億ドルのイラン資産をカタール中央銀行の口座に移すことになっており、この口座はカタール政府によって管理され、イランは薬品、食糧などの人道的購入に限ってアクセスが認められるという。
 *オマーン、カタール及びスイスに仲介された米伊交渉に詳しい人物によれば、最終的取引ができあがったのは最近数ヶ月間のことであり、すべての関係者はその後の数週間ロジスティックスについて詰めてきた。交渉に詳しい別の人物によれば、ホワイトハウスの中東北アフリカ調整官(Brett H. McGurk)が5月の早い時期にオマーンでイラン側との捕虜交換について議論したという。5月後半にはオマーンのサルタンがイランを訪問してハメネイ師に会っているが、その内情に詳しい人物によれば、ここでも捕虜交換について議論されたという。
 *取引内容に詳しい国際危機グループ(ICG)のイラン担当ディレクター(Ali Vaez)によると、被拘束者が即時解放された過去の捕虜交換取引とは異なり、今回の取引では一連の調整されたステップを踏むことになっている。彼によれば、カタール銀行の口座に入金された段階(手続上4~6週間かかる)でアメリカ人はイランを離れることが許されることになっている。これらアメリカ人は、仲介に当たったカタール政府機でカタールの首都ドーハに移送される。アメリカで解放されるイラン人(アメリカ在住者もおり、何人になるかは不明)もやはりドーハにまず移送される。
 *イラン革命防衛隊傘下のタスニム通信は、韓国から60億ドルを移すプロセスはすでに開始されていると報じている。
 *ちなみに、バイデンは海外で拘束されているアメリカ人の解放をプライオリティとしてきた。昨年12月には、バスケットボールのスター(Brittney Griner)をロシア人解放と引き換えに解放させ、3月にはルワンダで拘留されていた人権活動家(Paul Rusesabagina)の解放にも成功している。ただし、ロシアに拘束中のWSJ特派員(Evan Gershkovich)の解放には成功していない。
同日(8月10日)付IRNA記事「凍結資産の解放額は100億ドル以上」(原題:"Iran wins release of over $10bn worth of blocked funds: Source"):消息筋によれば、イランが最終的に獲得した額は100億ドル以上で、韓国とイラクの口座に違法に凍結されているものからである。韓国からが60億ドル、イラクからが「相当額」(a "significant amount")である。
同日(10日)夜:イラン外務省は捕虜交換及び一部のイラン海外資産凍結解除に関する声明を発表し、数十億ドルの凍結されていた資産の解放プロセスがすでに開始されたと指摘。これらの資産は韓国に凍結されていたものだが、イランはすでにこの資金の解放について必要な保証をアメリカから取り付けた、とした。声明はまた、世界各地のイラン人の権利を保護することはイラン外務省の固有の職責の一つであるとし、イラン外務省はアメリカで拘束された自国民の釈放に一貫して力を入れてきたと指摘して、数名のイラン人が速やかに釈放されると指摘した(11日付け中国中央テレビWS)。
同日(10日):ブリンケンは、イランが5人のアメリカ人を釈放しても、アメリカがイランに対する制裁を解除することはあり得ないと表明し、「いかなる状況下でも、すべての面において、イランはいかなる制裁免除を得ることもあり得ないことを明確にしておきたい」(国務省WS実録)と述べた。彼はさらに、イランが5人のアメリカ人を拘束したこと自体が「誤り」でありるとした(11日付け環球時報WS)。
8月11日:イラン大統領政務担当次席(Mohammad Jamshidi)は、軟禁中のアメリカ人は韓国のイラン資産が完全に移されるまでイランに留まると述べた(同日付IRNA)。
同日(11日):イラン外務省は声明を出し、韓国に違法に凍結されてきたイラン資産の移転プロセスが開始されたと指摘するとともに、これらの資産の使途についてはイランが決定するとし、同国の様々な必要を満たすべく、関係当局による決定に従って支出される(they will be consumed to meet different needs of the country as determined by the related authorities)と述べた(同日付IRNA)。
同日(8月11日)付けWSJ記事「核兵器用ウラン備蓄を抑えたイラン」(原題:"Iran Slows Buildup of Uranium Needed for Weapon")
 *ブリーフを受けた人物はこの日、イランは核兵器レベルの濃縮ウランの蓄積ペースを大幅にダウンし、備蓄分の一部について濃縮を希釈していると述べ、こうした動きはアメリカとの緊張を緩和し、問題の核計画に関するより広範な話し合いの再開につながりうると指摘した。
 *ホワイトハウス安全保障会議のカービー報道官もこの日の記者会見で、「イランが核に関する野心について引き下げる措置を執るとすれば良いことだ」、「核計画に関する交渉が動いているわけではないが、(イラン側の)こうしたステップは歓迎できる」と述べた。(浅井:12日付けのRTは、カービーがさらに、交渉はまだ継続中であり、「取引は終わっていない」と強調し、「基本として、資金は食糧、薬品、軍民両用ではない医療設備に限って使用できる」と述べ、「財務省の指摘に基づいた然るべきスタンダードによる厳格なプロセスとなるだろう」と付け加えた、と報じています。)
 *米政府当局者は、捕虜交換を含む緊張緩和措置の一環として、イランが60%濃縮ウランの蓄積をストップすることを望んでいた。これらの当局者によると、イランはこの数週間に少量の60%濃縮ウランを希釈し、新規蓄積のペースを緩めており、これらの動きは意図的であることを示唆しているという。
 *今春行われた、米伊双方の高官を含む秘密間接交渉後、バイデン政権はイランが緊張緩和のために取るべきいくつかのステップを設定した。これらのステップとは、60%濃縮ウランの蓄積をストップすることに加え、IAEAに対してより協力的になること、イランまたはその協力者による米軍に対する攻撃をストップすること、などが含まれている。
8月12日:イラン中央銀行総裁(Mohammad-Reza Farzin)は、韓国のイラン凍結資産は全額解除されたとし、「制裁を受けない商品」の購入に使用されるとのべた(13日付け中国新聞WS。浅井:この報道では、総裁が以前、これらのユーロ化された資金はカタールにあるイランの6銀行の口座に移される、と述べたことを付け加えています。)
8月14日:イラン外務省のカナーニ報道官は、今回の捕虜交換及び凍結資産解除に関する取引は、2年間にわたる交渉の結果だと述べました。また、日本で凍結されたイラン資産についても言及し、8月7日に訪日したアミラブドゥラヒアン外相が、日本における相当額のイラン資金は様々な方法で受け取ったこと、まだ残っている少額に関する日本側との交渉結果はポジティヴで、日本側の協力で解決できることを希望している、と述べました(同日付IRNA)。
8月16日:イランのアミラブドゥラヒアン外相は、「我が国の資産の韓国からの解放・移転は最高指導者が強調した名誉ある外交(the honorable diplomacy emphasized by the Supreme Leader)の実現である」と自らのSNSに書き込むとともに、「合意の現段階はアメリカにとっての新たなテストでもある」とも書き込みました(同日付IRNA)。この書き込み発言は、「取引は終わっていない」と強調したカービー発言(11日)を確認するものです。この点に関しては同日、イラン人権高級理事会(Iran's High Council for Human Rights)事務総長(Kazem Gharibabadi)が「捕虜交換取引の主たる目的はアメリカで投獄されているイラン人の解放を確保することだ」と述べている(同日付IRNA)ように、双方の捕虜がまだ完全に解放されていない状況を指していると理解されます。この点に関して、イラン外務省のカナーニ報道官は8月21日に、捕虜交換及び在韓国イラン資産解除に関する米伊取り決めの執行期間は最長で2ヶ月であると述べています(同日付中国中央テレビWS)。
9月10日:ロイター通信は凍結解除された60億ドルのイラン資産は次週の早い時期にカタールの銀行に移されるだろう、と報道しました(同日付IRNA)。これにより、8月12日のイラン銀行総裁発言は、韓国での解除が終わったことだけを指す意味に過ぎず、カタールへの移転はさらに一ヶ月後になってようやく開始されることになったことが分かります。
9月11日:ブリンケン国務長官が署名した60億ドルの資金凍結を解除するための免除令を議会に諮って投票に付す(同日付AP通信)。私が収集してきた限りでは、この事実を報道し、説明を加えているのは9月13日付けの環球時報で引用されているAP通信(及びロイター通信)だけです。環球時報WS記事の要点を紹介します。
 *AP通信によれば、バイデン政権はすでにイラン側と協議を達成し、国際銀行の下にあるイランの資金を凍結解除し、イランに拘留されているアメリカ人の釈放を勝ち取るための障害を取り除くことにした。バイデン政権の批准に基づき、欧州、中東及びアジアの国際銀行は韓国にある60億ドルの資金の凍結を解除し、当該資金をさらにカタール中央銀行に移転することにより、イランの人道的な物物資の購入に提供する。このほか、取り決めの一部として、アメリカ政府はアメリカに抑留されている5人のイラン人の釈放に同意する。これは、バイデン政権が捕虜交換を始めて確認したものである。
 *AP通信によれば、以上のニュースは現地時間11日にアメリカ当局によって確認された。アメリカ当局者によれば、両国は以上の協議を1ヶ月前後前に原則的に達成しており、先週末にブリンケン長官が60億ドルの資金凍結を解除するための免除令に署名し、11日に議会に諮って投票に付した。
 *AP通信が得た情報によれば、免除令の記載は次のとおり。「ドイツ、アイルランド、カタール、韓国及びスイスの管轄下にある金融機構が実施している関連する制裁に対する放棄要求は、アメリカの国家的安全上の利益に合致することを確定する。アメリカ政府は直接書面により以上の機関に通知し、それらの機構が参与後に発生する交易を容易にする。…今回の制裁にかかわる赦免令は、イラン国営石油公社、イラン中央銀行など、これまで処罰の対象となっている実体の交易に適用され、…アメリカ政府の書面ガイダンスに基づき、これらの資金は人道上の交易に適用される。」
 *ロイター通信によれば、アメリカは以前、イラン国営石油公社、イラン中央銀行などイラン側金融機構に移転記録がある外国銀行に対して膨大な制裁を実施していたため、多くの銀行はアメリカによる制裁リスクを恐れ、凍結解除されたイラン資金の移転を行っていなかった。今回の赦免令はこの種の忖度を解消することに狙いがある。消息筋によれば、60億ドルの資金の移転及び「捕虜交換」は早ければ次週にも完了するだろう。
 *ブリンケンは11日、今回の取引はイランに対するいかなる譲歩をも意味するものではないと強調し、「我々は引き続きすべての制限的措置を執り、イランが地域内外で取る安定破壊活動に断固とした打撃を与え続ける」と述べた。またこの日、国務省スポークスマンも次のように述べた。「我々はイランに対するいかなる制裁も解除しておらず、イランはいかなる制裁減免も得てはいない。…我々は引き続きイラン当局の人権侵犯行為、海外安定破壊行為、テロ支持及びロシアのウクライナに対する戦争を支持する行為に打撃を与えていく。」スポークスマンはさらに、「これまで述べてきたとおり、いかなる外来資金もイランに直接流れることはなく、アメリカ納税者の資金も使用していない。今回の資金はイランの自己資産である」とも述べた。
 *ロシアのイズベスチア紙は専門家の話として、イランは今回の取引が明2024年の大統領選挙を控えたバイデン政権の「外交ショー」に過ぎないこと、大統領選で共和党が政権につけば、アメリカが再びイランに対して制裁、圧力に出ることを知り尽くしていると述べた。ヴァルダイ国際ディベート・クラブの専門家・イブラヒムは次のように述べた。バイデン政権は来るべき大統領選挙を前にして外交的得点を稼ぐ必要があり、イランはその一つだ。しかし、中国がイランとサウジアラビアの関係正常化を実現させてから、中東の政治的雰囲気は完全に変化しており、イランをはじめとする中東諸国は東方及び中央アジア諸国との関係拡大に向かっている。アメリカとしては、中東における影響力を保持することが当面の狙いである。
9月12日:凍結解除資金の用途に関するイランとアメリカの立場の違いが公然化。
 *12日にライシ大統領はNBCとのインタビューで、ワシントンは人道的目的のために使われるといっているという記者の質問に答え、「人道的」(humanitarian)とは「イラン人民の必要のためのすべてのもの」(whatever the Iranian people need)という意味であり、したがってこのお金はそれらの必要のために予算化されるだろう、そして、イラン人民の必要についてはイラン政府が決める」と答えました(同日付IRNA)。
 *米国務省のミラー報道官はこの日の記者会見で、お金はカタールの銀行に預けられ、人道的目的のためにのみ使用されるように財務省が厳格にモニターすると述べました(同日付IRNA)。
9月14日:国務省のミラー報道官はこの日の記者会見で、韓国で凍結解除された資金は数日中にカタールの銀行口座に移されるだろうと述べました(同日付IRNA)。
9月15日:イランのファーズ通信社は、米財務省がファーズ通信社、タスニム通信社及びプレスTVの3者を制裁リストに追加したことを発表したと報じました(16日付け中国中央テレビWS)。
9月18日:資金移転完了、それを受けて5人のアメリカ人がイランからドーハに、また5人のイラン人が釈放され、そのうちの2人がドーハに移送された(残る3人のうち2にはそのままアメリカに滞在し、もう1人は第三国の家族に合流)。この日、イランのライシ大統領が国連総会出席にためにニューヨークに到着した。
 *バイデン大統領は5人のアメリカ人解放について声明を発表して歓迎するとともに、「(2022年3月の暴動事件鎮圧に)関与し、違法な拘束を行った」ことを理由として、イラン元大統領アフマディネジャド及びイラン情報部に対する制裁を発表(19日付け中国中央テレビWS及び20日付け環球時報)。
 *イラン外務省のカナーニ報道官は、「本日(18日)韓国でブロックされていた資産が全額イランのものになる」と述べるとともに、凍結資産と捕虜交換という2つの問題に関するイランとアメリカの合意実施プロセスは、ステップ・バイ・ステップかつ好ましいスピードで進捗した(the process of implementing an agreement between Iran and the US on the two issues of frozen assets and prisoner swap has progressed step by step and at a favorable speed)と述べた。また、15日に米財務省がイランの3報道機関を制裁リストに加えたことに関して、アメリカは「制裁中毒症」にかかっていると形容して批判した。(同日付IRNA)
 *イラン中央銀行総裁は18日、「昨日、カタール当局から、凍結されていたイランの資産55億7349万2000ユーロがカタールにあるイランの6銀行の口座に預け入れられたという内容の公式書簡を受け取った」と述べた。彼はさらに、これらの資金はカタールの2つの銀行にあるイランの6銀行の口座に電信振り込みされたと説明するとともに、韓国の銀行からユーロ建てにするためにスイス中央銀行に移されたのは8月23日であること、この期間にイランの6銀行がカタールの2つの銀行に口座を開設したこと、イランとアメリカの合意に基づいて以上のすべての取引はカタールの銀行ブローカーによりSWIFTシステムを通じて行ったこと、当初の金額がアクセスできない間に目減りしたことによる補償問題については韓国との間で鋭意進行中であることなどを明らかにした(同日付IRNA)。
同日(18日)付WPは国家安全保障会議中東北アフリカ担当調整官ブレット・マクガーク(Brett McGurk)に対する今回の米伊取引に関するインタビュー記事を掲載。
 (質問)バイデン政権は今回の取引の決定をどのように検討したのか。
 (回答)この取引については批判があるだろうことは承知している。しかし大統領は最終的に、アメリカ人を長年にわたって投獄状態にしておくことに対して、外交を通じて手にすることができる条件を検討する必要がある。今回のケースにおいて大統領は前進するという困難な決定を行った。
 (質問)お金は韓国からであるとしても、捕虜釈放のためにイランに支払うことには批判がある。
 (回答)この点については多くの誤った情報がある。これらの資金は、イラン石油購入のため、韓国がイランの口座に預け入れたものである。アメリカの制裁法令の下では、これらの資金については、一定の二国間及び人道的な交易については法的に使えることになっている(Under U.S. sanctions regulations, these funds have been legally available for certain forms of bilateral and humanitarian trade)。これらは凍結された資金ではない(These are not frozen funds)。これまでの政権時代のもとでは、イランは、中国、トルコ、インドなどの同じような口座から大量(の金額)を使っていた。(しかし)韓国にある資金は、韓国に特有の理由で使われなかった(The funds in South Korea were not spent for reasons specific to South Korea)。今回の取引の一環として我々が合意したのは、韓国からその資金をカタールの銀行に移すということだ。そして、信頼を提供するという条件の下で(under terms that provide confidence)、当該資金は限られたカテゴリーの交易、すなわち、食糧、医薬品及び農業製品に限って支出される。以上。(浅井:イラン資産に関するこの説明は、私の手元にあるデータによる限りは初出であり、私は面食らいました。「韓国に特有の理由で使われなかった」という時の「特有の理由」とは何なのか不明です。この説明通りだとすると、凍結した責任は韓国にあって、アメリカにはないという、極めて「腑に落ちない」話になってしまいます。ただし、9月19日付けのWSJ記事は、以上の手続については米伊間に公表されていない書簡による合意があり、カタール政府及び銀行はこの厳格な手続にコミットしている、と指摘しています。)
 資金は今や、韓国にあった時よりも厳しい法的制限の下にある。いかなる取引についても、資金は人道的品目の販売業者への支払に使用される。イランに流れる資金は一切ない。これらの詳細は重要である。我々は時間をかけてこの詳細を詰めた。
 (質問)この取引のタイミング(浅井:2022年9月16日に22歳のマーサ・アミニが拘束後に死亡し、これを契機に広範囲の抗議行動が起こりました。今回、9月18日に取引終了となったことから、様々な憶測が流れています。)から、今回の取引はイランとの間でほかの問題の議論を再開させる一環ではないかと疑う向きもある。
 (回答)この取引は核外交とは関連がない(This deal was not linked to nuclear diplomacy)。この取引についてはドーハで別個に行われた.同時に、我々は曖昧さのない表現でイラン側に対し、アメリカ市民が不当に拘束されている下では意味ある外交は進められないと伝えた。…核交渉は行き詰まっている。しかし、我々は外交の扉を閉じるつもりはないし、イランの核計画に関するすべての可能性に対して準備ができている。
 この取引によって我々のイランとの関係が変わることはない。イランは敵(an adversary)であり、テロ支援国家である。
9月19日:ライシ大統領のアメリカ・メディア責任者との会合での発言及びイラン外務省の声明(同日付IRNA)。
 *ライシは、捕虜交換は純粋に人道的立場で行われたものであると述べるとともに、アメリカ当局者が計算違いを犯さなかったならば、もっと早く実現できたと付け加えました。「計算違い」に関してライシは、「昨年の暴動(浅井:前述のマーサ・アミニの死亡に端を発して起こった暴動事件のこと)に希望を託して交渉テーブルから離れるという計算違いを起こしていなかったならば、今回の人道的行動はもっと早く行われていただろう」と述べました。
 *イラン外務省声明は、アメリカの違法な圧力によって凍結され、長年にわたって使用できなくなっていた韓国におけるイラン資産がイラン外務省とイラン中央銀行のたゆまぬ努力によって凍結解除されたと述べます(浅井:マクガークの上記説明をまったく受け入れていないことが分かります)。この資産はイラン中央銀行の管轄下にあり、関係するイラン当局の判断により、国家の必要及びプライオリティに基づいて使用される(浅井:この点でも従来通りの立場であり、マクガークの指摘とは相容れません)。