アフリカに対するロシアと中国の認識・政策は基本的に一致しています。ロシアは、レーニンの時代から、民族解放運動を反帝国主義の闘いの不可分の一部と捉え、これを支持・支援する方針・政策をとってきました。ソ連の後継を自認するプーチン・ロシアにおいてもこの方針・政策に変更はありません。中国の場合、自らが長い間帝国主義諸勢力によって半植民地化された歴史を持っており、中国共産党政権は一貫して植民地主義反対を旗幟鮮明にしてきました。
 ただし、アフリカを含む途上諸国・地域に対する支援の実績という点では、1980年前後~1990年代初期(中国の改革開放とソ連崩壊)を境にして、ロシアと中国の立場が逆転しました。改革開放前の中国は貧しく、アフリカを含む途上地域(AALA・第三世界)に対する支援力は極めて限定されていたため、対アフリカ支援は基本的に政治的・道義的な次元に留まっていました。ソ連は同時代の中国と比較すれば経済力・軍事力は圧倒的であり、アフリカを含む世界各地の民族解放闘争には積極的に軍事支援を行い、反欧米の民族主義旺盛な新興独立国に対しては経済支援とともに人材育成支援にも力を入れていました。
 しかし、前回も紹介したように、中国は1991年以来、年明けにおける外交部長の最初の外国訪問先をアフリカ諸国としていること、また習近平が国家主席就任後の最初の外国訪問先に選んだのがアフリカであることに象徴されるように、アフリカ諸国との関係を以前にも増して重視する方針を進めています。経済力向上とともに経済支援に力を入れるのも必然でした。特に、習近平が国家主席に就任した2013年以後は、アフリカ大陸においても経済・政治両面で「大国外交」を実践しています。経済面では、習近平が打ち出した「一帯一路」戦略の一環として、アフリカ大陸の鉄道・道路などのインフラ建設でめざましい成果を上げています(鉄道の敷設・改善は1万キロ、道路建設は10万キロ)。外交面では、本年3月にサウジアラビアとイランとの関係改善のための交渉を仲介し、8月のBRICS首脳会議では中東・アフリカ5ヵ国の新規加盟に積極的に動くなど、活動を強化しています。これに対してロシアは、経済面では中国に見劣りの感が否めませんが、政治・軍事・人材育成等の伝統的分野でアフリカ諸国に対する支援に力を注いでいることには変わりありません。
 他方、習近平・中国とプーチン・ロシアの対アフリカ政策を比較する場合、アプローチ上の違いを生み出している国際的要因の存在は無視できません。それは両国と米西側諸国との関係という問題です。
 ロシアのウクライナ侵攻を境として、ウクライナを公然と軍事支援し、ありとあらゆる対ロ制裁手段を講じる米西側諸国とロシアの関係は完全な「敵対矛盾」に陥りました。ロシアはもはや対米西側関係には見切りを付け、「東方外交」に舵を切っています(2023年改定の対外政策概念)。これはプーチン政権の独走とは言えません。9月6日付けのRTは、国有世論調査センター(WCIOM)がコメルサント紙と共同で行った世論調査結果を紹介していますが、「東方外交」を支持するロシア人が約67%(不支持は11%)でした。長年にわたる米西側の対ロ敵対政策はロシア人の対西側親近感・期待感を大きく損なわせたこと(これが80%前後の高いプーチン支持につながっていること)は間違いないと思われます。
 米中関係も、バイデン政権は中国を「最大の脅威」と位置づけており、アメリカからすると本質的に「敵対矛盾」です。いわゆる「デカップリング」は中国を経済的に締め上げようとするものです。対ロ制裁が兵糧攻めとすれば、対中でカップリングはいわば国際的「村八分」という性格の違いはありますが、敵対的本質においては同じです。しかし、改革開放を堅持する中国は、台湾海峡(+南シナ海)という国益における「核心中の核心」でアメリカが中国のレッドラインを踏み越えない限り、対米関係を「非敵対矛盾」と位置づけ、可能性が残されている限りは関係打開を追求する方針です。中ロ両国のこの違いは対アフリカ政策上のアプローチの違いを生み出していることは否定できません。
 特に、ニジェールを含めた2021年代以後のアフリカ諸国の政変は民族主義的傾向が強く、比較的若い世代の軍人が中心になるケースが多い、という特徴があります。民族解放運動を強力に支援してきたソ連の遺産を引き継いでいるプーチン・ロシアは、政変に対する米西側の敵対的対応に頓着しないで、こうした動きを好意的に受け止め,積極的に支援します。それに対して中国は、他国の内政に対する不干渉原則に忠実で、したがってアフリカ諸国の「時の政権」(保守反動であるか革新進歩であるかを問わない)との関係を重視する方針を取ってきました。したがって、現状変更を打ち出すアフリカ諸国の政変には慎重に対処する傾向があり、その際には米西側諸国をいたずらに刺激しないという考慮が働く可能性もあると見られます。
 以上のロシアと中国の対処・アプローチの違いが如実に反映された最近の例は、マリに対する国連安保理決議に基づく制裁の延長問題を審議した8月30日の安保理会合でした。安保理は2017年9月5日に憲章第7章に基づく決議2374を採択して,特定する個人の旅行禁止並びに特定する個人及び実体(entity)の資産凍結を決定しました。この決議はその後何度も延長されてきましたが、本年8月30日の安保理会合でフランスとUAEが提案した延長案に13ヵ国が支持したのに対して、拒否権を持つロシアが反対した結果、マリに対する国連のすべての制裁は8月31日に終了することになりました。興味深いのは、フランス・UAE共同提案に中国が棄権票を投じたことです。
 8月30日付けのRTによれば、ロシアが延長決議案に反対したのは制裁そのものに対してではなく、2017年の安保理決議で設置された、助言等を行う専門家パネルの直近の報告がロシア民間軍事会社・ワグネルによる反人権・非人道的な行動を非難したことがフランス・UAE共同提案に反映されていたことに反発したためでした(ちなみに、マリ政府国連代表はワグネルの反テロ活動はフランス及び国連の部隊よりもはるかに実効を挙げているとして、同国がワグネルと連携していることを正当化する主張を行った由)。したがってロシアは、専門家パネルの権限を廃止すること及び制裁をさらに12ヶ月間に限って延長することを内容とする独自の決議案を提出しました。しかし、ロシア決議案は、ロシアだけが賛成し、13ヵ国が棄権、日本1国が反対した結果、「安全保障理事会の決定は、常任理事国の同意投票を含む9理事国の賛成投票」(憲章第27条3)を必要とする、という要件を満たさず、不成立となりました。このロシア提案に対しても中国は棄権票を投じたのです。

<ロシアの立場>

 前回、アメリカの動きを紹介する中で、アメリカがロシアのアフリカ進出の動きに対して強い警戒感をもって臨んでいることに触れました。しかし、ロシアはニジェール政変そのものに対しては早い段階から好意的中立の姿勢で対応してきました。8月2日に対記者ブリーフィングを行ったロシア外務省のザハロワ報道官は、ニジェールにおける事態に関して、次のように発言しています。
 我々は友好国・ニジェールで起こった出来事についてフォローしている。我々は、国連事務総長、AU、ECOWASが表明した関心をシェアする。事態がこれ以上深刻になることを防止することが極めて重要であり、対話を組織し、公共の平和を回復し、法と秩序を確保することが緊急課題と考える。
 ただし、現在のニジェールの危機は、困難な安全状況及び極めて困難な国民的社会経済状況のもとで起こったことを指摘しなければならない。ニジェールにおける紛争解決方法としては、'アフリカの問題はアフリカ人による解決'、というロシアが従来から一貫して主張してきた原則によるべきである。ニジェール社会の危機がAU及び地域機構を通じて克服されるよう、様々な仲介努力が行われることを希望する。しかし同時に、主権国家に対する武力の威嚇は緊張緩和及び問題解決に資さないと確信する。長期の友好協力関係があるニジェール人民が現在の困難な時期を克服することを希望する。
(質問)ニジェール新指導者と接触することはあり得るか。ラブロフ外相は、権力奪取の動きを非難し、憲法秩序が回復されなければならないと述べた。ニジェール国内では親ロ派のデモが行われている。「ロシア万歳」とか「フランス打倒」などのスローガンが現れているという報道もある。
(回答)今日まで我々は、これ以上のエスカレーションを防止することに対する真摯な関心を表明してきている。公共の平和を回復するための国民的対話を開始し、法の支配及び公共の秩序を確保することが必要である。
 8月9日に対記者ブリーフィングを行ったロシア外務省のザイツェフ副報道官も、政変を起こした指導者たちが暫定政府を組織するプロセスを開始したことを紹介するとともに、ECOWASによる軍事行動を牽制し、外交努力による解決を促す、とする立場を繰り返しました。
 私は冒頭で、ロシアはアフリカ諸国との政治関係に力を入れている、と指摘しました。この点に関して、8月8日付けのRTが掲載した、ロシア系豪州人ジャーナリストのデニス・ロガチュクの署名文章「反逆のアフリカ:第二の反植民地解放?」(原題:"Africa in rebellion: Is a second anti-colonial liberation on the horizon?")は、旧帝国主義勢力、特にフランスに対するアフリカの若い世代の反感が西アフリカにおける一連の政変の原因であることを指摘するとともに、一部政変指導者の強い親ロ感情を紹介し、この親ロ感情がソ連時代からの歴史的経緯に由来するものであることを指摘しています。議論の展開は荒っぽく、気になる部分も少なからずありますが、ロシアとアフリカの関係を考える上でのポイントの一つと思いますので、要旨を紹介します。
 ブルキナ・ファソ大統領トラオレ(Captain Ibrahim Traore)は、アフリカの若い世代にとって、アフリカは豊富な資源があるのに世界でもっとも貧しいという事実は受け入れられないことだ、と述べている。そして、アフリカ全域において,反植民地主義の軍事指導者による蜂起や軍事的反乱が起こっている。特に西アフリカの地図は2021年以後、急激に変化した。2021年5月、マリの軍事蜂起を率いたゴイタ(Assimi Goita)はフランス軍の即時撤退を要求した。同年6月には、中央アフリカ共和国もフランス軍を追放した。同年9月には、ドゥンボウヤ(Mamady Doumbouya)がギニアの権力を掌握してこれに続いた。ブルキナ・ファソでも2022年1月と9月の2回の軍事クー・デターを経てトラオレ(Ibrahim Traoré)が大統領となり、本年(2023年)1月にフランス軍を追放した。一連の軍事政変に続いたのが7月26日のニジェールである(浅井:8月30日には、やはりフランス語圏のガボンでも軍事クー・デターが起こりました)。
 これら一連の政変の中でもっとも興味深いのはブルキナ・ファソのトラオレである。彼は、第2回ロシア・アフリカ首脳会議に参加し、そこで行ったスピーチの中でロシアを「アフリカン・ファミリィの一部」と呼び、欧州列強によるアフリカ略奪を非難し、スピーチの最後をチェ・ゲバラの"Homeland or death! We shall win!" で締めくくった。ちなみに、トラオレは1983年-87年の同国革命指導者で「アフリカのチェ・ゲバラ」と呼ばれたサンカラ(Thomas Sankara)と比較されることが多い。サンカラは、フランス軍を追い出し、資源を国有化し、社会主義的分配政策を行ったが、親仏クー・デターで殺害された。
 あり得る外部からの軍事介入に対しては、アフリカ諸国は伝統的なロシアとの友好関係というエースをひそかに用意している。第2回ロシア・アフリカ首脳会議において、プーチンは新植民地主義に対するアフリカの闘いに対する支持を宣言し、アフリカのロシアに対する債務総額230億ドルを帳消しにすると述べ、5万トン以上の穀物を無償でアフリカ大陸に輸送することを再確認した。
 アフリカとロシアとの友好は18世紀に遡る。ロシア軍のアフリカ出身将軍で、詩人・作家プーシキンの曾祖父でもあるアブラム・ガンニバル(Abram Gannibal)の物語は、ロシア・アフリカ関係史におけるもっとも魅力ある一部である。また、第二次大戦時にアフリカ大陸で唯一の独立国だったエチオピアにイタリアが侵略戦争を仕掛けたとき、ロシアの援助によってエチオピアはイタリアの侵略から主権と独立を守ることができた。
 第二次大戦後、多くのアフリカ諸国が植民地支配から独立を勝ち取る戦いにおいて、ソ連は「被抑圧者の兵器庫」となった。アンゴラのMPLA、南アフリカのANC、ギニア・ビサウのPAIGCなどはその数例に過ぎない。この連帯の記憶は、多くのアフリカ人の老若男女の記憶になお新しいものがある。ロシアに対する支持はフランス旧植民地を越えてアフリカ大陸全体に広がっている。
 ロガチュクの紹介からも分かるように、第2回ロシア・アフリカ首脳会議に臨んだプーチンは反植民地主義の基本姿勢を明確にしました。プーチンは、首脳会議に先立って7月24日、「ロシアとアフリカ:平和、進歩及び確かな未来のための共同の努力」(原題:"Russia and Africa: Joining Efforts for Peace, Progress and a Successful Future")と題するアフリカのメディア向けの文章を発表し、この会議に向けたロシアの基本的立場を次のように明確にしています(強調は浅井)。
 ロシアとアフリカのパートナーシップ関係は、太くかつ深い根を持ち、常に安定、信頼そして善意によって特徴付けられている。ロシアは一貫して植民的抑圧からの解放を目指すアフリカ人民の闘いを支持し、国家建設、主権及び防衛力強化に援助を提供してきた。1980年代中葉までに、我が専門家の参加を得て、330以上の大規模インフラ、工業施設が建設された。ロシアで教育を受けたアフリカ人の医者、技術スペシャリスト、エンジニア、役人及び教師は数万人にのぼる。
 ロシアは常に「アフリカの問題はアフリカ人による解決」原則に忠実であり、自決、正義、正統な権利を目指すアフリカ人の闘いと連帯してきた。ロシアはアフリカの内政問題に自分の考えを押しつけたことはない。アフリカ諸国の主権、伝統及び価値観、自らの運命を独自に決定する願いを尊重するロシアの立場も不変である。
 我々は、ロシアとアフリカ諸国が共有する友好と協力、信頼と相互支持という資本を高く評価している。我々の団結は、国際法に基礎をおく国家関係、国益の尊重、安全保障の不可分性、国連の協調的役割に対する承認に基づいている。
 今日、ロシアとアフリカの建設的、信頼に基づく、前向きのパートナーシップはとりわけ重要である。経済的政治的なパワーと影響力を備えた主要なセンターが世界で台頭している。すでに輪郭をハッキリと表している新しい多極的世界秩序はより公正かつ民主的である、と我々は確信している。その世界秩序において、アフリカは、アジア、中東そしてラ米とともに確固たる地位を占め、そして、植民地主義・新植民地主義の苦い遺産から最終的に自らを解放するだろう。我々は、世界の運命を決定する組織、すなわち、国連安保理、G20、改革されるべき世界的金融貿易機構等でアフリカ諸国が正当な地位を与えられることを断固として支持する。
 遺憾なことに、今日の世界情勢は安定からほど遠い。しかも、アフリカは世界的挑戦の重荷を誰よりも負わされている。我々はアフリカのパートナーとともに無差別な協力アジェンダ形成のためにともに働いていきたい。そのための戦略的分野については、2019年10月にソチで開かれた第1回ロシア・アフリカ首脳会議の諸決定で打ち出されている。
 プーチンの米西側に対する「戦闘的」な姿勢は、首脳会議の場で、ニジェールの政変を全面的に支持しているブルキナ・ファソのトラオレ暫定大統領及びマリのゴイタ暫定大統領に思いの丈を語らせ、さらには司会者としての二人の発言のまとめでも、明確に共感する認識を表明したことに表れています。ちなみに、トラオレに先立って冒頭に発言したアフリカ連合議長でコモロ大統領のアスマニ(Azali Assoumani)は、「我々アフリカ連合は、ニジェールで起こった憲法違反の変化を非難し、この点で国際社会と同じである」と発言しています。プーチンは一般論的な形を取りながら、アスマニ発言を遠回しに批判したとも受け止めることができると思います。首脳会議におけるトラオレとゴイタの発言とプーチンのまとめ発言の大要は次のとおりです。
(トラオレ発言)
 (アラーに感謝した後)在席の年長者諸氏にもお詫びしたい。あなた方を中傷するようなことがあったなら許していただきたい。私たちの世代は多くの疑問について問いかけているが、返事は返ってこない。しかし、ここでは家族の中で家にいる気持ちだ。
 ロシアはアフリカにとって家族の一部である。なぜなら、我々は同じ歴史を持っているからだ。ロシアは第二次大戦でナチズムから欧州と世界を解放するために多くの犠牲を払った。我々も同じ歴史を持っている。しかし、ナチズムと戦ったアフリカとロシアの役割はほとんど忘れられている。
 我々の内政に干渉がない世界を目指して奮闘しているこの新しい世界では何が起こるだろうか。このサミットがアフリカ諸国の結びつきを強めるチャンスを与えることを願う。また、我々の世代の多くが貧困から抜け出し、よりよい人生を求めて海を渡ろうとし、その多くは死んだ。我が人民は飢えており、生きるために闘っている。
 ブルキナ・ファソに関しては、今日的奴隷制度を押しつける、野蛮で残酷な植民地主義及び帝国主義と8年にわたって闘ってきた。我々は、奴隷は哀れみしか与えられず、その未来は悲惨であることを学び取った。誰かが手を差し伸べるのを待つことなく、我々の発展を邪魔するテロリズムと自分で戦うことを決め、我が人民は武器を取ることを決めた。しかし、驚いたことに、帝国主義者は彼ら(武器を取った人民)を武装集団と決めつけるのだ。そのくせ、欧州で自国を守るために武器を取った人民に対しては愛国者と呼ぶ。問題は、アフリカ諸国の指導者までが我々を武装集団あるいは犯罪者だと呼ぶことだ。アフリカ諸国首脳は帝国主義者のひもで操られる操り人形として振る舞うことをやめなければならない。(中略)
 最後に、闘っている諸国に敬意を表したい。これら諸国に栄光を。尊厳と尊敬を。そして勝利を。ありがとう、同志。Homeland or death! (浅井:"We shall win!"の部分はロシア大統領府WS版にはない)。
(プーチンまとめ発言)
 ナチズムとの闘いにおけるロシアの役割に言及した同僚(トラオレ)の発言に皆さんが留意することを願う。このことを忘れ、記憶から消し去ろうとするものがいる。しかし、ソ連及びロシアは全人類及び全世界をナチズムから救うためにこの闘いを導いた。
 アフリカも独立のため、アパルトヘイトに反対するために闘った。しかし、それは自分のためだけではない。それは全人類のためだ。なぜならば、この闘いこそが世界をめぐる諸関係をまったく新しい次元に引き上げたからだ。すなわち、これらの努力によって世界の状況は改善された。以上の意味において、私はトラオレ氏に明確に同意する。ソ連が強いられた闘争そして今ロシアに起こっていることは、真の独立と自由を獲得するための闘いであるという意味において、アフリカが経験してきたこととほとんど同じである。
(ゴイタ発言)
 マリとロシアの間には共通項はあまりないが、マリが独立した1960年以来、両国は協力を進めてきた。いろいろ変化はあったが、両国関係は緊密かつ多岐にわたるようになってきた。インフラ、科学、農業、高等教育、防衛分野、安全保障等々。
 地政学的状況及び世界情勢の変化はあるが、マリの目標は、我が人民の利益と幸福のため、マリとロシアの戦略的パートナーシップをうち固めることにある。我々が困難に立ち向かっているとき、ロシアは誠実に我々を助け、我々とともにあり、我が主権を尊重するなど、マリの誠実なパートナーであり続けてくれた。このことは、平和、安定そして安全を回復する上で極めて重要だった。ロシアとの戦略的パートナーシップという戦略的選択は我々にとって極めて重要であり、我々がロシアと軍事的パートナーシップを持つのもその故である。
 ロシアのおかげで、マリは軍事力、保安・警察、法執行分野を強化することができた。マリの軍隊は今や攻勢に出ており、軍事基地に対する攻撃数を大幅に減らすことができたし、多くの地域の安全を維持できるようになっている。テロリズムに対する戦いでも大きな進展を得ることができた。以上のことに対して、プーチン大統領及びロシア政府に感謝する。
 マリ人はアフリカ大陸の一部であることに非常に誇りを持っている。我々は非常に古い伝統的価値観を持っている。我々には伝統的文化があり、それは我々にとって非常に大切なものである。正義及び伝統的価値観に対するコミットメントという原則を共有していることがマリとロシアを結びつけている。アフリカ人民とロシア人民の命運は過去のいずれの時にも増して今日結ばれている。我々は共通のチャレンジに共に立ち向かわなければならない。完全な主権の主張、テロリズムに対する闘い、貧困に対する闘い、権利と自由の推進、これらすべての闘いを効果的に推進しなければならない。
(プーチンまとめ発言)
 ありがとう。貴方は多くの重要なことを述べたので、心して傾聴した。特に一点取り上げる。あなたは、マリが伝統的価値観にコミットしていると述べた。正にそれこそがロシアとアフリカ大陸に住む大多数の人民、大多数のアフリカ諸国とを結びつけているものだ。畢竟するに、伝統的価値観こそは、我々のアイデンティティ、存在そして主権の源である。我々の国家はそれに依拠している。私は全面的にこうしたアプローチをシェアしている。
 なお、首脳会議後の8月16日、プーチンはゴイタとニジェール問題に関して電話会談を行い、問題の平和的解決の必要性について一致しました。電話会談後にクレムリンが出した声明は、「両者は、ニジェール共和国の状況を、もっぱら平和的な政治的外交的手段によって解決することの重要性を強調した」と述べており、8月2日及び6日のロシア外務省報道官が明らかにした方針を再確認するものとなっています。

<中国の立場>

 ニジェール政変に対する中国側の反応はこれまでのところ極めて抑制的です。そのことは、すでに紹介したロシア外務省の反応と中国外交部の反応を比較することで一目瞭然です。中国外交部は原則毎日(土日及び祝日を除く)定例記者会見をしています(ロシア外務省は不定期的)。しかし、ニジェール問題に関しては、政変が起こった翌日(7月27日)に、AFP記者の質問に簡単に毛寧報道官が回答したのが唯一のケースです(ただし、7月29日-8月13日は定例記者会見自体が行われませんでした)。その際の質疑応答は以下のとおりです。
(質問)ニジェールで政変が起こった。中国側の反応如何。
(回答)我々はニジェール情勢の動きを密接に注目しており、AU及びECOWASなどの見解表明にも留意している。中国としては、ニジェール各方面が国家及び人民の根本的利益から出発し、対話を通じて対立を平和的に解決し、速やかに正常な秩序を回復し、国家の平和安定と発展という大局を守ることを呼びかける。
 なお、8月18日に王毅外交部長がフランスのコロンナ外相と電話会談をしており、その中でニジェール問題も取り上げられたことを明らかにしています(中国外交部WS)。しかし、それ以外に表だった動きは見られません(ただし、後述の在ニジェール中国大使の発言参照)。
 ロシアと中国の対応を比較する上では、すでに紹介した第2回ロシア・アフリカ首脳会議に際してのプーチンの言動と8月24日の中国・アフリカ指導者対話会に際しての習近平の言動を比較してみることも参考になると思います。
 この対話会に出席したアフリカ側の顔ぶれはすべてアフリカ大陸の国際機関・亜地域の代表を務めている10ヵ国の大統領・副大統領・首相です。具体的には、コモロ(AU議長国輪番議長として大統領本人)、セネガル(中国・アフリカ協力フォーラムのアフリカ側共同主席国として大統領本人)、ザンビア(東部及び南部アフリカ共同市場の輪番議長国として大統領本人)、ブルンジ(東アフリカ共同体輪番議長国として大統領本人)、ジブチ(政府間開発組織輪番議長として大統領本人)、コンゴ共和国(中央アフリカ亜地域代表として大統領本人)、ナミビア(南部アフリカ亜地域代表として大統領本人)、リビア(アラブマグレブ国家連盟輪番議長国代表として副大統領)、チャド(サヘル・サハラ国家共同体輪番議長国代表として首相)、ナイジェリア(ECOWAS議長国として副大統領)です。このうち、ロシア・アフリカ首脳会議に出席して発言しているのはコモロ及びセネガルの2人の大統領です。習近平はまた、セネガル大統領、エチオピア首相、コンゴ(ブラザビル)大統領、マラウィ大統領,タンザニア大統領、ナミビア大統領とも個別会談を行いましたが、ニジェールをはじめとする問題への言及は、中国外交部WSの公式発表による限りありません。
 中国外交部WSは、習近平が対話会で行った演説「手を携えて現代化事業を推進し、中国とアフリカの麗しい未来を共同で作ろう」(原題:"携手推进现代化事业 共创中非美好未来")及び「中国・アフリカ指導者対話会共同声明」を紹介しています。習近平演説要旨は以下のとおりです。私が強調を付したプーチンと習近平の発言部分を比較すれば、言葉遣い及び中ロ両国の外交的力点の違いを別として、両者・両国の対アフリカ・アプローチ、さらには広く国際情勢認識は基本的に同じであることが理解されます。
 中国は現在、第2の100年という奮闘目標に向かって進軍中である。その目標とは、新中国成立100年までに富強・民主・文明及び和諧・美麗の社会主義現代化強国を全面的に建設し、中国式現代化により中華民族の偉大な復興を全面的に推進することである。アフリカは現在、AUの「2063年アジェンダ」が描いている素晴らしいビジョンに向かって前進を速め、平和・団結・繁栄・自強のアフリカを全力で建設している。中国とアフリカは、心を合わせて協力し、それぞれの発展ビジョンの実現のために良好な環境を創造するべきである。
-公正で合理的な国際秩序を共同で推進する。我々は、協力して困難を乗り切る精神を継承し、真の多国間主義を実践し、植民地主義の遺毒と様々な覇権主義に旗幟鮮明に反対し、各々が核心的利益を守ることを確固として支持し、途上国の正義の主張を正々堂々と堅持し、国際秩序をより公正で合理的な方向に発展することを推進する
-平和で安全なグローバルな環境を共同で擁護する。アフリカは現在、「銃声を消し去る」という目標に向かってたゆまぬ努力を行っている。我々はアフリカと共に、共同・総合・協力・持続可能という新安全観を実践し、対話で違いを埋め、協力で争いを解消し、国際及び地域のホット・イッシューの政治的解決を推進し、世界の平和と安定を擁護することを提唱したい。我々は、人と自然の和諧的共生を堅持し、グローバルな生態環境の安全を守るべきである。
-開放的かつ包容的な世界経済を共同で建設する。我々は、障壁構築ではなく障壁除去、隔絶ではなく開放を堅持し、共商・共建・共享を堅持するべきであり、勝者独占を行うべきではない。開放型の世界経済の構築を推進し、途上国が国際分業に溶け込みやすくし、経済グローバル化の果実を共享できるようにするべきである。我々は、文明交流によって文明隔絶を超越し、文明の包容互鍳を促進し、人類の進歩のためにさらなる貢献を行うべきである。
-現代化に向けた道は多種多様である。いかなる発展の道がアフリカにとってもっとも適しているかに関しては、アフリカ人民がもっとも発言権を有している。一体化を推進することは、アフリカ国家・人民が自主的に選択した現代化の道である。中国は一貫して、アフリカの現代化の道を確固として支持し、その同行者でありたい。中国は長年にわたり、アフリカが多くのインフラ設備を建設することを支援し、AUその他の地域組織と広範な協力を展開し、AU会議センター、AU疾病センターなどのアフリカのシンボル的プロジェクト建設を支援した。
-将来に向けて、中国はアフリカ発展戦略とのマッチングを強化していく。中国は、一帯一路の共同建設及び中国・アフリカ協力フォーラム等のプラットホームに立脚し、AU「2063年アジェンダ」と結合し、各レベルでの対話と意思疎通を拡大して、アフリカ大陸自由貿易区書記局、汎アフリカ支払決算システム、アフリカ放送連盟等の一体化機構との協力メカニズムを作っていく。
-中国は、アフリカが国際問題において一体で発言し、不断に国際的地位を高めていくことを支持していく。中国は、9月のG20サミットでAUがG20の正式メンバーとなることを積極的に推進し、国連安保理改革問題に関して特殊アレンジメントによるアフリカの要求の優先的解決を行うことを支持し、マルチの金融機構がアフリカ諸国の発言権を向上することをアピールしていく。
 ニジェール政変に対しては、プーチン・ロシアが好意的中立であるのに対して、習近平・中国は慎重的中立の立場であるといっても大過ないと思います。中国の慎重的中立の立場がいかなる考慮に由来するのかを考える上で参考となると考えられるのが、8月28日付けの環球時報が掲載した游㴞署名文章「注目すべきアフリカ新世代指導者の動向」(原題:"非洲新生代政治精英变化趋势值得关注")です。著者は四川外国語大学世界フランス語圏発展研究中心副主任です。
 西アフリカにおける一連の政変に共通するのは、政変指導者が若く、軍人出身であることだ。中国とアフリカの伝統的な友好関係を存続し、進化させ、さらにうち固めるという観点から見るとき、この変化は大いに注目するに値する。
 アフリカ諸国は伝統的に中国と友好関係を保ってきているが、近年には「債務の罠」などの雑音も現れている。その原因としては、米西側諸国が中国を叩くために様々な手段を用いていること、また、中国をよく理解する政治指導者が次第に政治舞台から消えていく一方、新しい世代の指導者は中国に対する認識が老世代指導者に比べて浅いことなどが挙げられる。加えて、新指導者の政治理念や政治スタイルが老世代指導者たちとは異なるという問題もある。老世代指導者の退場は、革命的理念に基づく中国・アフリカ友好関係という伝統的外交資産に対する試練でもある。新指導者たちの思想は多元化し、複雑であり、米欧諸国とのチャンネルも老世代よりは豊富である可能性もある。
 アフリカ諸国の政治指導者は1960年代または70年代に生まれた者が主要層であるが、そのバックグラウンドに着目すると三つのタイプに分けることが可能である。
 第一グループは家系伝承型で、トーゴ、キンシャサ・コンゴ、ガボン(浅井:ただし最近政変が起こりました)など。彼らの対中感情は父親世代よりも淡泊である可能性があり、多くは旧宗主国で教育を受けていることもあって西側に対する感情はより深い可能性もある。
 第二グループは政変で台頭した軍事エリートで、スーダン、ギニア、マリ、チャド、ブルキナ・ファソなど。彼らには確固とした長期的綱領はないものが多く、政治的にはプラグマチックで、中国に対する見方も一定せず、したがって利益追求に走る可能性がある。(浅井:最近政変が起こったガボンもこのグループに入るでしょう)
 第三グループは選挙を通じて政権についたもので、ポピュリズムに走るタイプであり、ナイジェリア、ケニア、ジンバブエなど。彼らの多くは西側の教育を受けており、西側的政治思考を熟知し、中国に対する見方も西側の影響を受けている可能性がある。
 最近続々政権についている1980年代、90年代に生まれた若い指導者は、ネット、デジタル・テクノロジーの環境で育った新世代である。彼らについても、①西側の教育を受け、政府・国際機関での仕事経験を持つ者、②純然たるアフリカ育ちで思想が過激で反政府的傾向が強く,現状に不満を持つ青年層の旗頭的存在、③人権・環境等分野で活躍してきた青年層、の3つに大別可能である。
 1960年代以後、中国はアフリカ諸国の多くの人材の育成にかかわってきた。しかし、1980年代、90年代生まれの政治エリートのうち中国で教育を受けた人材は少なく、中国に対する理解と認識については待つべきものが大きい。
 このコラムを書き終えようとした時、9月5日付けのRTの報道に接しました。中国の駐ニジェール大使(Jiang Feng)が前日(9月4日)、軍事政権によって首相に任命されたゼイン(Ali Lamine Zeine)と会見した際に、「地域諸国を完全に尊重しつつ、中国政府は仲介の役割を担う用意がある」("The Chinese government intends to play the role of good offices, a role of mediator, with full respect for the regional countries," )と述べたという内容です。RTによれば、大使はさらに、中国はニジェール情勢のもとで「ニジェール人民の側に立つ」とした上で、他国の内政に干渉しないという原則にコミットしているとも述べました。さらにまた、米西側がニジェールに対する支援プロジェクトをストップした中で、中国はニジェール当局の利益になるすべてのプロジェクトを継続するつもりだとも述べたそうです。
 私個人の印象としては、要人ではなく出先の大使がこのような発言をするということ自体が中国外交において先例のないことだけに、戸惑いを否めません。しかし、ニジェール軍事政権の首相に任命された人物に対する発言だけに重みも感じます。今後の展開は予想できませんが、今後、中国が慎重的中立から仲介外交へと踏み出す可能性を示唆するものかもしれません。

<クー・デターと軍事政権>

 西アフリカでクー・デターが頻発し、腐敗した既得権層に代わって新しい世代の指導者(その多くは軍人)が登場する現象に関して、興味深い考察を加えている文章があります。ロシアと中国のアプローチの違いはこの点に起因することに鑑み、内容を紹介しておきたいと思います。ジオポリティカルエコノミーWSを主宰するベン・ノートンが8月6日に同WSに掲載した「資源豊かなニジェールに対する米仏の介入脅迫」(原題:"US/France threaten intervention in resource-rich Niger – Fears of war in West Africa")におけるクー・デターと革命を比較した部分です。
 西アフリカの民族主義政権の最大の弱みは、人民革命ではなくクー・デターによって権力を掌握している点にある。歴史が示すとおり、彼らの権力基盤は安定的ではなく、再び起こるクー・デターでひっくり返されることがしばしばである。
 クー・デターの多くは反動的右翼的であり、西側帝国主義の利益と結びついている。しかし、クー・デターによって権力を掌握した左派指導者に関しても、少数ではあるが歴史的前例がある。もっとも有名なケースは、1952年にクー・デターを指導したエジプトのナセル(Gamal Abdel Nasser)である。彼は進歩的自由軍官運動(the progressive Free Officers Movement)に所属し、中東における反植民地主義のアラブ民族主義運動を鼓舞した。1969年にもリビアの左翼軍事指導者ガダフィ(Muammar Gadhafi)がクー・デターに成功している。彼は、エジプトの先例にならって自らの運動母体を反君主主義自由軍官運動(anti-monarchist Free Officers Movement)と名乗った。ガダフィも豊富な石油資源をバックに社会主義的政策を実行し、保健衛生、教育、住宅に対する大胆な公共投資を行い、アフリカ大陸でもっとも高い生活水準を実現した。ガダフィもまた、ニカラグアのサンディニスタ、北アイルランド共和主義者、パレスチナ解放運動など世界の革命運動を支援した。しかし、2011年にNATOが仕掛けた戦争で彼は殺され、リビアはその後今日に至るまで内戦が続いている。
 このように、アフリカ大陸では左派指導者がクー・デターによって政権を掌握した事例が存在する。しかし、彼らが人民の支持によって政権の権威と正統性を確固としたものにすることができない場合は、さらなるクー・デターあるいは外国の軍事介入によって打倒されてしまう可能性が大きい。
 ラテン・アメリカの事情も同じである。例えば、1968年のペルーにおける革命的軍事指導者アルヴァラド(Juan Velasco Alvarado)のケースがそれである。彼は、ナセルやガダフィのように社会主義的政策を行い、銀行、鉱山、エネルギーなどの分野の国有化を行い、労働者の権利を促進するとともに、それまで差別されていた原住民コミュニティの平等を保障した。しかし、1975年にクー・デターで打倒され、彼が推進した進歩的な政策もひっくり返された。
 これらの歴史的ケースが教えるのは、1949年の中国、1959年のキューバ、あるいは1979年のニカラグアのように、人民大衆を巻き込んだ革命ではなく、一握りの進歩的、社会主義的な指導者によるクー・デターの場合、政権基盤は安定せず、ひっくり返されやすいということである。米ソ冷戦時代のアフリカはまさにそうだった。コンゴ民主共和国のルムンバ(1961年)、ガーナのエンクルマ(1964年)、ブルキナ・ファソのサンカラ(1987年)等々。今日の西アフリカの状況もこの危険性を示している。ニジェール、ブルキナ・ファソ、マリの民族主義政府は極めて不安定で、西側の支援を受ける軍事介入の危険にさらされている。なぜならば、アメリカとフランスの目標はこの地域に対する支配と影響力を死守することにあるからだ。