「第一の結合の科学的産物である毛沢東思想は中華民族の文化的主体性を深く体現し、第一の結合の基礎の上に実現した第二の結合の科学的産物である習近平思想(=習近平新時代中国特色社会主義思想)は新時代という高みにおいて,さらに力強く、さらに自覚的に中華民族の文化的主体性を体現している。」これは、6月7日付けの中国社会科学網(中国社会科学院ウェブサイト)が掲載した、中国社会科学院哲学研究所所長・張志強執筆の「中華文明発展法則を把握し、中華民族現代文明建設に全力を尽くす」(原題:"把握中华文明发展规律 奋力建设中华民族现代文明")の一節です。私は、7月24日のコラムで「中国特色社会主義思想」・「中国式現代化」を取り上げ、その中で「二つの結合」というキー・ワードについて考えました。しかし、まだ頭の中はモヤモヤしたままでしたので、「伝統文化の現代的意義」と名付けたテーマに即して収集してきた中国側文件(分量的には、6月2日の習近平講話以後のこの2ヶ月だけでも約240ページ相当(約2000字/ページ)になっており、それだけ集中的に中国の各分野の専門家がこのテーマを扱っていることが分かります)を読み解いてみることにしました。
 冒頭の文章はその中の一つですが、これだけ明快に「第一の結合=毛沢東思想」、「第二の結合=習近平思想」と指摘した専門家は張志強だけです。しかし、ほかの専門家の文章でも、内容的に張志強の指摘を裏付けるものはありますが、矛盾・対立する内容のものは皆無でした。7月24日のコラムでは、郭建寧文章を紹介して、「「第一の結合」は「二つの結合」に関する初歩的段階での理解であり、中華優秀伝統文化が新理論創新の「根っこ」('根')であることを強調する「第二の結合」こそが「二つの結合」の精髄であり、端的に「第二の結合」=「二つの結合」と理解するべきだ、と郭建寧が言わんとしている」という私のとりあえずの理解を注書きしました。この注書きに漂うモヤモヤ感は、「第一の結合=毛沢東思想」、「第二の結合=習近平思想」と指摘する張志強文章に接することで吹っ飛んだ次第です。
 しかし、張志強の明快な指摘により、私はもっと大きく、もっと本質的な問題を自分が見落としていることに気づかされました。それは、「習近平思想」とは何か、という問題です。幸いにも、今回、読みあさった文件の中にはこの問題に対する中国専門家の紹介・分析がいくつかありました。それらを紹介することを思い立った次第です。
 紹介に先立って強調しておきたいのは、「中国優秀伝統文化の遺伝子」(継続性・創新性・一体性・包容性・平和性)の中の「包容性」と「平和性」は、習近平・中国外交の包容的・平和的性格と結びつけられていることです。習近平・中国は、バイデン・アメリカの中国敵対戦略にも、これに追随する岸田政権の反中戦略にも「歯には歯を」で対応することは理念的・遺伝子的にないのだ、と伝えようとしていることが理解できます。悲しいかな、アメリカも日本も権力政治(パワー・ポリティックス)的発想しかないので、習近平・中国の懸命な発信も馬耳東風・馬の耳に念仏に終わってしまっているのですが。

1.「マルクス主義という魂脈と中華優秀伝統文化という根脈」(6月30日講話)

 「習近平思想」の本質を考える上でまず明らかにしておく必要があるのは、マルクス主義と中華優秀伝統文化の相互関係です。6月30日の講話で習近平は「マルクス主義という魂脈と中華優秀伝統文化という根脈」という新しい提起をしましたが、「魂」と「根」の関係をどう捉えるかという問題と置き換えることができます。実は、習近平は別のところでは、中華優秀伝統文化を「魂」でもあり「根」でもあると述べたこともあるのですが、おそらくこれからは区別して扱うだろうと思います。
 この問題については、習近平の講話に先立つこと約1年半前の2021年12月29日付けの光明日報が掲載した、中央党校マルクス主義学院教授・辛鳴の署名文章「マルクス主義中国化における「二つの結合」の理論上の創新とロジック」(原題:"马克思主义中国化"两个结合"的理论创新逻辑")が答えを示しています。彼によれば、「「二つの結合」における根本はマルクス主義であり、中華優秀伝統文化はマルクス主義を「中国化」する上でのキーポイント・要(中国語:'关键')」という位置づけです。私流の雑な表現をすれば、マルクス主義がいわば木の幹であるのに対して、中華優秀伝統文化は「こんもりした枝葉を覆わせて大樹にする役割(=中国化)」を担っている、とも表現できると思います。習近平の「魂脈」と「根脈」に即して言えば、中華優秀伝統文化という「根脈」が滋養分をたっぷり届けることによってマルクス主義という「魂脈」がたくましく成長し、新たな生命力を獲得する、とも言えるでしょう。辛鳴は次のように説明します。
 「二つの結合」における根本はマルクス主義基本原理と中華優秀伝統文化の結合ということである。マルクス主義基本原理とは、唯物史観と唯物弁証法、並びにこの二つの弁証法の導きのもとで明らかにされた自然、社会及び思惟的認識の各分野における客観的法則(人類社会発展の客観的法則、資本主義の滅亡、社会主義・共産主義の勝利は必然であるという歴史的結論を含む)を指す(浅井:「マルクス主義の基本原理」は中国では自明視されているのか、私が読んだ文章の中で定義を行っているのは辛鳴だけでしたので、強調をつけておきます)。中国の具体的現実との結合あるいは中国優秀伝統文化との結合という場合、根本はマルクス主義の立場・観点・方法が首尾一貫するのであり、中国の具体的現実に対する認識・判断においても、中華優秀伝統文化の伝承・発揚においても、マルクス主義の立場・観点・方法がこの認識・判断あるいは伝承・発揚を統率する。

2.習近平思想と毛沢東思想

 習近平思想の本質と特徴、言い換えるならば、習近平思想が習近平ならではの「思想」と中国で位置づけられるゆえん、を判断する上では、習近平思想が毛沢東思想とどのように対比されているかを見ることが手がかりとなると思います。この点で、私は、「二つの結合」とは「マルクス主義の基本原理と中国の具体的現実・実情及び中華優秀伝統文化の結合」と定義されていることに答えが与えられていると思います。つまり、毛沢東の「第一の結合」とは「マルクス主義の基本原理と中国の具体的現実・実情との結合」を指し、習近平の「第二の結合」とは「マルクス主義の基本原理と中華優秀伝統文化の結合」を指す、ということです。
 私のこの理解を裏付けるのは、6月17日付けの中国社会科学網に掲載された,中山大学マルクス主義学院教授・林釗署名文章「「第二の結合」と中国式現代化」(原題:""第二个结合"与中国式现代化")の次の指摘です。
 中国共産党の誕生の日以来、中国の現代化とは即ちマルクス主義の中国化、あるいは、マルクス主義の基本原理と中国の具体的現実・実情との結合、と言い表されてきた。この「第一の結合」の中にはマルクス主義の基本原理と中華優秀伝統文化との結合の意味も含まれていたのだが、「第二の結合」が提起される以前は、「マルクス主義の基本原理と中国の具体的現実・実情との結合」という表現が党の成功経験及び工作要求に関する基本的記述だった。毛沢東はかつて次のように指摘した。「マルクス主義の普遍的真理と中国革命の具体的実践とを統一しなければならず、(前者は)民族的特徴と結合して民族的形態にすることによってのみ(中国革命の)役に立つ。」(毛沢東が指摘した)「民族的特徴」及び「民族的形態」は、中華民族の伝統文化が作り上げたものであることは疑いの余地がない。また、毛沢東の「実践論」及び「矛盾論」は党の思想路線の指針となったが、そうなった一つの重要な原因は、両著作がマルクス主義の唯物弁証法と中国哲学の世界観・方法論とを結合させており、しかも、中国人の習慣的概念・言葉で論述を行っていたために、全党的に受け入れられたことにある。
 ちなみに、林釗の以上の文章は、7月24日のコラムで紹介した郭建寧文章と同じく、「第一の結合」の中にはもともと「第二の結合」の要素が含まれていたことを指摘する趣旨が含まれています。しかし、林釗は、「革命闘争及び社会主義建設初期の段階では、党がより重視していたのは現実の社会経済政治状況であったため、歴史的伝統及び思想・文化を抜き出して強調することがなかった」と説明しています。
 その上で林釗はさらに進んで、中国式現代化が新たな時代に入り、また、国際情勢が激変するとともに中国の国際的地位・役割が格段に高まることを背景に、「第二の結合」を「第一の結合」から抜き出し、「第一の結合」と対比する形で提起することが時代的要請となり、それを自覚的に提起したのが習近平であったと位置づけるのです。それが以下のくだりです。
 時代の発展に従い、「一つの結合」(浅井:「第一の結合」か!?)から派生して出てきた「第二の結合」が独立したのは必然であり、自然でもあった。国内的に言えば、中国特色社会主義という新しい時代に入り、中華民族の復興事業が不可逆的な歴史プロセスに入るに従って、マルクス主義の基本原理と中華優秀伝統文化の結合を突出して強調することは切迫した時代的要求となった。国際的には、「百年来いまだかつてなかった大きな変化の局面」という国際的パラダイムのもと、国際システム及び国際的パワー・バランスは「東昇西降」の趨勢が明確となり、西側モダニティがその固有な限界と危害性をますます暴露する一方、中国は日増しに世界という舞台の中央に歩み寄り、人類文明の発展はますます中国の知恵とプランに待つところが大きくなっている。マルクス主義が自然界、人類社会及び人類の思惟発展に関する普遍的法則を示す一方、中国文化が重視する天下為公、和而不同、天下大同などの理念は全人類共同価値(浅井:中国は西側の「普遍的価値」という概念を取らず、「平和、発展、公平、正義、民主、自由」をまとめて「全人類共同価値」とする)に合致しており、この両者の結合を強調することによってのみ、人類文明の新形態を構築する方向・指針を描き出すことができる。
 新時代という歴史的方位に立って、「第二の結合」を「第一の結合」から分離し、後者を前者と同列の高みにおくことは、中国式現代化によって中華民族の復興を推進し、人類文明の新形態を構築する上での理論的要求であるとともに、マルクス主義の中国化・今日化における理論的創新であり、これは中国共産党が時代の大勢に順応した理論的勇気・自覚を体現している。
 「第二の結合」(の提起)によって、中国特色社会主義の道はより宏闊深遠な歴史的縦深を獲得し、中国特色社会主義の道の文化的土台が切り開かれた。伝統文化の創造的転化、創新的発展を推進することによってのみ、現代化に対して中華文化の資源・滋養を提供することができるのである。
 14~15世紀のルネッサンスが欧州に中世社会から近代社会への革命的変化をもたらした思想解放運動であることはよく知られた史実です。習近平が提起した「第二の結合」もまた、ルネッサンスに比肩する思想解放として位置づけられるべきもの(浅井:毛沢東の「第一の結合」にはそれだけの位置づけはできない、という含意が含まれる?)とする評価を行っているのは、6月7日付けの社会科学網に掲載された中央党校教授・辛鳴の署名文章「偉大な復興に向かう思想解放」(原題:"迈向伟大复兴的思想解放")です。林釗ほど明示的ではありませんが、習近平思想が毛沢東思想より思想的高みに達しているという理解・認識が窺えますので、要旨を紹介します。
 思想解放が人類社会の発展・進歩を推進することは歴史的客観法則であり、歴史的客観的事実でもある。西側のルネッサンスしかり、マルクス主義中国化今日化もまたしかり。100年以上にわたって中国共産党が中国人民を領導して行ってきた思想解放は中華民族復興という歴史プロセスを推進してきた。
 1970年代末からの思想解放はマルクス主義に対する誤った教条的理解から人々の思想を解放し、中国特色社会主義の道を切り開き、中華民族は立ち上がり、豊かになるという飛躍を実現した。(習近平が総書記になった)18回党大会以後、党はマルクス主義の基本原理を中国の具体的現実・実情、中華優秀伝統文化と結合させ、中国特色社会主義は新しい時代に入り、中華民族は強くなることに邁進する飛躍を迎え、復興は不可逆の歴史プロセスへと進んだ。習近平が文化伝承発展座談会で行った、「第二の結合」はさらなる思想解放であるという指摘は、マルクス主義中国化・今日化の歴史的経験に対する総括、中国特色社会主義建設法則に対する深い認識、中華文化によって人類文明の新形態を創造するという高度な自信・自覚である。
○伝統と現代の関係に関する思想解放
 中国社会では、様々な原因もあって伝統文化に対して多くの異なる見方が存在した。五・四運動の時期には、中華伝統文化に対する批判が行われ、「孔子打倒」というスローガンが提起された。文化大革命時代には中華伝統文化が全面的に批判された。改革開放以後は、西側現代化を実践することが優勢となって、伝統と現代を対立的に見る流れが起こった。
 しかし、伝統と現代は対立する関係ではないし、対立する関係であるべきでもない。ドイツの哲学者・ヤスパースは、「今日に至るまで、人類は依然としてかつて生み出され、創造され、思考されたものに頼って生活している。新しい飛躍が生み出されるときは、人々は記憶を伴いながら枢軸時代に回帰し、激しい情熱を再び燃やすのである」と、「枢軸時代」(浅井:「人間が人間としての自覚に達し、人間存在の意味を問い直すようになった時代」)という概念を用いて伝統と現代の関係について傾聴に値する見解を述べた。21世紀に入った今日、習近平に代表される中国共産党は「第二の結合」を通して伝統と現代との関係という問題に思想解放を推進し、現代化プロセスにおける中華優秀伝統文化の主体的地位と今日的価値を肯定した。
 長い歴史を持つ中華文化は、中華民族の精神的追求における最深層部分を蓄積しており、中華民族の独特な精神的シンボルを代表し、これに豊富な滋養を提供してきた。「講仁愛、重民本、守誠信、崇正義、尚和合、求大同」、「天下為公、民為邦本、為政以徳、革故鼎新,任人唯賢,天人合一、自強不息、厚徳載物、講信修睦、親仁善隣」等の思想・理念は、永久に褪せることのない価値を持つ。イギリスの哲学者・ラッセルは、「中国の至高至上の倫理概念の中には、今日の世界が極めて必要とするものがある」、「(これらの倫理概念が)全世界で受容されるならば、地球上は間違いなく現在よりも快適かつ穏やかであろう」と述べている。
(浅井:ヤスパース及びラッセルについての引用部分は辛鳴の記述を訳したものです。ヤスパース及びラッセルの原文をご存じの方は、是非ご教示ください。)
 伝統から現代に至る前進と発展は、伝統という種子が歴史的文化的土壌の中で無意識的に変化していく「化育」及び長年にわたって積み重なっていく「生長」である。本を忘れないことで未来を切り開くことができ、継承することでよりよい創新がある。習近平の「中国式現代化は古い文明の現代化であり、古い文明を消滅させる現代化ではない」が言わんとするのは正にこの道理である。我々が「第二の結合」を堅持するということは、科学的態度に基づいて中華優秀伝統文化を継承・発揚し、中華民族が創造してきたすべての精神的財産を使って現代化を進め、民族の復興を迎えるということである。
○中国とマルクス主義の関係に関する思想解放
 (伝統と現代の関係と同じく) 中国とマルクス主義の関係という問題に関しても国内には凝り固まった認識が存在していた。例えば、マルクス主義が中国を変えた、マルクス主義が中国を教化した、中国はマルクス主義がその科学性と真理性を展開する舞台だ、等々。これらの認識はもちろん正しい。中国共産党及び中国社会の指導思想として、マルクス主義の主導的地位は疑いの余地がないし、今後さらに強化し、高めていかなければならない。しかし、以上の認識レベルに留まってしまうとしたならば十全とは言えず、問題の一面しか見ていないことになる。中国共産党及び中国社会を指導するマルクス主義は100年以上前にマルクスとエンゲルスが本の中で書いたことではなく、中国化・今日化したマルクス主義であって、20世紀、21世紀に発展したマルクス主義である。このマルクス主義は、マルクス主義と中国とが対等の思想・理論の主体として相互に影響し合った結果である。(そのことを明らかにした)「第二の結合」は、中国とマルクス主義の基本関係という問題における思想解放を推進するものである。
 マルクス主義は西側思想を批判し、これから飛躍した科学思想であるが、客観的には西側社会由来の思想であり、西側文明の思惟・スタイルを身にまとっている。したがって、マルクス主義を中国化し、今日化する上では中国の具体的現実・実情という次元(浅井:「第一の結合」・毛沢東思想の次元)に留まるのでは不十分である。この結合(浅井:「第一の結合」)を如何に巧みに行っても、それはマルクス主義運用の改善に過ぎず、マルクス主義を中国自身の思想・文化に変化させたことにはならない。マルクス主義を真に中国化し、今日化するためには「中国化」という問題を解決しなければならず、5000年以上にわたって蓄積されてきた中華民族の生命及び血液中の中国的情感、中国的意志、中国的願望、中国的思惟を体現し、中国人民の精神・気概を体現する必要がある。
 我々が「第二の結合」を堅持し、マルクス主義の基本原理と中華優秀伝統文化を結合するというとき、それは中華文化に対する偏愛という主観に基づくのではなく、マルクス主義と中華優秀伝統文化との間に存在する高度な契合性に基づくものである(浅井:中国語「契合性」を前のコラムでは「符合性」と訳しましたが、日本語の「契合性」と中国語の「契合性」は同じ意味であることを確認しましたので、これからは「契合性」に統一します)。すなわち、マルクス主義が中国に伝わり、その科学的社会主義的主張が中国人民によって熱烈に歓迎され、最終的に中国大地に根を下ろし、開花結実したのは偶然ではあり得ず、我が国において伝承されてきた数千年の優秀な歴史・文化及び人民が日常的かつ無自覚的に我がものにしてきた価値観念と通じ合っていたからこそである。マルクス自身、中国古代の農民起義が提起した社会主義的要素を備えた革命的スローガンに対して鋭い観察を行って、「中国社会主義の欧州社会主義におけるは、中国哲学のヘーゲル哲学におけるがごとくである」と述べたことがある。
 我々が「第二の結合」を堅持し、マルクス主義の基本原理と中華優秀伝統文化を結合させる目的は、単にマルクス主義をして中国を変化させ、中華優秀伝統文化を成就させるというだけではなく、さらに進んで、中華優秀伝統文化をしてマルクス主義を成就させ、有機的に統一した新しい文化生命体を創造するということにある。
 中華優秀伝統文化における天下為公、天下大同という社会思想、民為邦本、為政以徳という治理思想、九州共貫、多元一体という大一統伝統(浅井:「大一統」とは国家政治上の整斉画一、経済制度・思想文化上の高度集中を指す、中国古代史で重視された観念)、修斉治平、興亡有責という家国心情、厚徳載物、明徳弘道という精神追求、富民厚生、義利兼顧という経済倫理、天人合一、万物并育という生態理念、実事求是、知行合一という哲学思想、執両用中,守中致和という思惟方法、講信修睦、親仁善隣という交流道理、等々、これらの中華文化的色彩濃厚な宇宙観、価値観、文明観は、西側文明の滋養によって育まれたマルクス主義と互いに激しく混じり合うことにより、マルクス主義をしてより広大、より分厚い文明的意味合いを備えさせ、21世紀にふさわしい斬新な理論及び実践形態を現出させ、その結果、中華文明と西側文明が交流互鍳する新文明形態となるのである。
○精神的独立性維持から文化的主体性確立への思想解放
 中華民族の復興は経済社会発展の復興であるだけではなく、それ以上に文化・文明の復興であり、さらに言えば、文化・文明の復興が基礎であり、根本である。一つの民族・国家・社会が精神上の独立性を持たないとすれば、政治・思想・文化・制度などの分野における独立性は根をもぎ取られたも同然で、真の自分の道を歩むことはできず、自らやりたいこともできない。そして、中国社会の精神的独立性の土壌を養い、源泉を育むのは中華優秀伝統文化に他ならない。そして、この文化の核心的内容は既に中華民族におけるもっとも基本的な文化的遺伝子となっており、中国人の内心に根を下ろし、中国人の行動方式に暗々裏に影響を与えている。中国人として生まれた我々にとってもっとも根本的なことは、中国人としての独特の精神世界があり、日常化して意識することもない価値観を有していることである。
 「第二の結合」は、中華民族の文化的遺伝子と現代文化とを相適応させ、現代社会とを相協調させることにより、時空及び国家を超越し、永劫的魅力にあふれ、現代的価値を備えた文化精神を発揚する。こうしてまた、我々の精神的独立性は維持される。
 また、「第二の結合」は我々の文化的主体性を強固にする。ここで言う文化的主体性とは、中華優秀伝統文化が思想文化を創造する上で「あまねく照らす光」の地位に位置し、外来思想の色彩及び態様を決定し、変化させることを指している。中国共産党が習近平思想を創立したことはこの文化的主体性を具現したものである。習近平思想が現代中国マルクス主義、21世紀マルクス主義となり、中華文化及び中国精神の時代的精華となり、マルクス主義の中国化・今日化という飛躍を実現したのは、21世紀中国の実践が世界的意義を備えていること、さらには、中華優秀伝統文化の主体性がマルクス主義に新たな源泉を提供したことにある。

3.習近平思想の精髄と意義

 「青は藍より出でて藍より濃し」という諺がありますが、習近平思想は毛沢東思想から出て、毛沢東思想を超えた「出藍の誉れ」というのが、中国国内で確立した評価だろうと思います。それでは、毛沢東思想を超えたとされる習近平思想の精髄及びその意義とは何か。私が収集してきたものに限っても、数人の研究者がこのテーマを取り上げています。特に、7月11日付けの『紅旗文稿』雑誌が掲載した、中国社会科学院マルクス主義研究院習近平新時代中国特色社会主義思想研究部主任・陳志剛署名文章「「第二の結合」の精髄と意義」(原題:"深刻把握"第二个结合"的精髓要义和重大意义")は、中国国内における習近平思想に対する評価を理解する上で代表的な文章だと思いますので、大要を紹介します。
 習近平は、中国共産党成立100周年慶祝大会における講話の中で,はじめてマルクス主義基本原理と中華優秀伝統文化の結合という問題、すなわち「第二の結合」を提起した。また、文化伝承発展座談会では、「第二の結合」の精髄と意義について詳説した。

(「第二の結合」の精髄:「契合性」)

○思想における「契合性」
 習近平は、「マルクス主義と中華優秀伝統文化は源を異にしているが、両者の間には高度の契合性が存在する」と述べた。
 「結合」の前提は互いの契合であり、相互の契合があってはじめて有機的な契合がある。すなわち、中華優秀伝統文化は、宇宙観、天下観、社会観、道徳観等の分野で科学的社会主義の価値観との勘に高度の契合性を備えている。中華優秀伝統文化が唱える天人合一はマルクス主義の人と自然の関係に関する思想と、天下為公、世界大同は共産主義思想と、民為邦本は人民主体思想と、仁者愛人、厚徳載物は倫理思想と、それぞれ深層レベルにおける契合が存在する。この契合性により、マルクス主義は(中国において)広範に共感され、伝えられて、結合が可能になった。また、両者は思想的品格においても高度の契合性があり、ともに開放的、包容的という特性を持つ。マルクス主義は開放的な理論であり、中華文明も包容性が突出している。中華文明は中国大地で生まれた文明であるとともに、他の文明と交流互鍳して形成された文明でもある。
○差異性を基礎とする「契合性」
 マルクス主義は19世紀に西側工業文明時代に誕生し、人の解放と自由かつ全面的な発展を価値目標とし、圧迫と搾取のない、すべての人が自由で平等な理想社会を最終的に樹立するための方向性を指し示す科学的な理論を提起した。農業文明時代に誕生した中華優秀伝統文化は、豊富にして独特な哲学思想、人文精神、教化思想、道徳理念を備え、人倫関係における仁礼統一、社会安定等を重視する。しかし、当時の人々の認識水準、時代的条件、社会制度等の制約・影響もあって、一定の制約・限界が存在し、今日の文化に適応し、現代社会と協調する必要がある。したがって、両者の結合においては、マルクス主義を指導として中華文明の宝庫を全面的に発掘し、その中の生命力ある優秀遺伝子に新たな時代的内容を与えるとともに、中華民族の精神・知恵をマルクス主義に注入することになる。
○双方向性・科学反応性を特徴とする「契合性」
 マルクス主義は、契合を経ることによって中華優秀伝統文化の豊富な滋養を吸収し、中国的な特色・気概・風格を体現し、マルクス主義の中国化・今日化を実現することで中国のものとする。また中華文明は、マルクス主義の真理に照らされて活性化し、変革・再生を実現し、現代文明の基礎の上に新たな時代的な特徴・精神・内実を備えることによって,伝統文化の現代化を実現し、中国式現代化における文化形態を形成する。
 マルクス主義基本原理と中華優秀伝統文化の結合は単純な物理的反応ではなく、複雑な化学的反応である。マルクス主義の中国化と中華優秀伝統文化の現代化は截然と分かれたものではなく、二つの別々のものでもなく、一つの有機的に結合した新しい文化生命体である。両者間に存在する契合性及び差異性故にこそ、両者は相互に補完し合い、相乗効果を生み出し、共同発展する。

(「第二の結合」の意義)

○文化基盤の設定
 5000年以上を経て今日に至る中華文明は突出した連続性を備えている。この連続性は中華文明の突出した優位性であり、歴史的中国と現実的中国を切り離すことはできないのであって、(このことは)中華民族が自らの道を歩む以外にないことを根本的に決定づけている。習近平は、「第二の結合」は中国特色社会主義の道の文化的基盤を開拓した、と指摘した。中国式現代化は中華文明に現代の力量を付与し、中華文明は中国式現代化に重厚な内容を付与するのである。
 中華優秀伝統文化は中華民族の根脈、独特な精神的標識であり、中国特色社会主義の道の独特の土台を築いてきた。習近平は、「中華5000年の文明なくして中国の特色があり得ようか。中国の特色なくしてかくも成功した中国特色社会主義の道があり得ようか」と指摘した。「第二の結合」を強化することは、「中華5000年の文明」という中国の特色を顕彰し、中国特色社会主義をさらに「根強い」ものにし、中国人民・中華民族の中国特色社会主義に対する共感を強め、中国人の気概・気骨・底力を強めることに有利である。
 中華優秀伝統文化は独特の文化的遺伝子を備えており、広範な人民の心中に根を張り、人々の思惟方式・価値観に深く影響を及ぼしている。我々は数千年にわたる「小康」というドリームを中国式現代化の段階的目標としてきたし、中国式現代化の5大特色(浅井:巨大人口のもとでの現代化、共同富裕の現代化、物質文明と精神文明が協調し合う現代化、人と自然が和諧共生する現代化、平和発展の道を歩む現代化)も中華優秀伝統文化という土壌に根を張っている。中国特色社会主義の道は、科学的社会主義の理論的ロジックと中国社会発展の歴史的ロジックとの弁証的統一であり、中華伝統優秀文化の生命力・活力を刺激するとともに、そこから知恵とエネルギーをくみ取ることで、重厚な歴史的淵源と広範な現実的基礎を備えているのである。
○創新空間の開拓
 マルクス主義の基本原理と中華優秀伝統文化を相結合させ、現実という実際から重厚な歴史・文化の中にまでマルクス主義中国化の理論的創新という新角度を展開することは、思想及び文化の主動性を掌握し、各分野で中華優秀伝統文化の養分を吸収し、理論及び実践における創新の広々としたスペースを切り開くことに有利である。
 マルクス主義の基本原理と中華優秀伝統文化の結合の由来は長い。革命及び建設の時代に、毛沢東は「実事求是」「独立自主」「有的放矢」「相反相成」「一分為二」等の中国的風格・情趣を備えた表現を使ってマルクス主義の認識論、弁証法等の思想を解釈・説明し、中華優秀伝統文化のマルクス主義化を促進するとともに、マルクス主義理論を豊富にし、発展させた。改革開放以後、党はさらに中華優秀伝統文化の思想的精華を発掘して実践の基礎の上に理論的創新を推進した。
 18回党大会以後、習近平を核心とする党中央は、中華民族復興という戦略的全局と100年来かつてない世界大変局に立脚して、いまだかつてなかった力量で広範囲にわたる「第二の結合」を推進し、中華優秀伝統文化に新たな時代的意義を付与し、かつ、各分野にわたる治国理政に運用してきた。習近平思想の世界観及び方法論が体現する「6つの堅持」(浅井:マルクス主義の大衆史観を豊富にし、発展させた「人民至上」堅持、歴史的弁証法を豊富にし発展させた「自信自立」堅持、実践的認識論を豊かにし発展させた「守正創新」堅持、矛盾分析方法論を豊かにし発展させた「問題導向」堅持、(事物の)普遍的連携の観点を豊かにし発展させた「系統観念」堅持、世界史理論を豊かにし発展させた「胸懐天下」堅持)は、中華優秀伝統文化が内包する民為邦本、自強不息、革故鼎新、実事求是、天人合一、天下大同、協和万邦等の思想・観念を発揚した。さらに習近平は、敬民、為政、立徳、修身、篤行、勧学、任賢、廉政、信念等の経典名句をしばしば運用してマルクス主義的内実を付与し、新時代の党員幹部が党性・修養を強化するための豊富な思想的養分を提供してきた。
 「第二の結合」の提起は、理論創新の角度・深度を開拓し、広げた。そのことは、マルクス主義を内容的に不断に豊富にし、発展させ、形式的に新しい表現方法を獲得させ、中華伝統文化の情趣を刻印させることによって、マルクス主義を真に中国のものとし、人民大衆が理解し、記憶し、自ら用いることを可能にするとともに、我々が伝統文化の社会的地位を改めて正しく位置づけ、中華伝統文化の解釈力及び発言力を掌握することを可能にすることによって、思想及び文化の主動性を掌握することに役立っている。
○主体性の強化
 習近平は、「結合」は文化的主体性を強化する、(習近平)思想の創立はこの文化的主体性をもっとも有力に体現したものであると指摘した。「第二の結合」は、マルクス主義の中国化・今日化の歴史・経験に関する総括、中華文明の発展法則に関する把握であり、中国の道・理論・制度に対する党の認識が新たな高みの到達したこと、中華優秀伝統文化を伝承する中で文化的創新を推進する党の自覚が新たな高みに到達したことを表している。
 マルクス主義の指導は中華伝統文化に対する科学的評価及び文化的主体性の強化を導いた。延安時代、毛沢東は、孔子から孫文に至るまで、我々は批判的に継承しなければならないと強調した。新民主主義の文化は、人民大衆の反帝反封建の文化であり、歴史的弁証法の発展を尊重する基礎の上で、人民が後ろを見ず、前を見るように導いた文化である。歴史に一定の科学的地位を与え、去粗取精,去偽存真の原則を堅持して古代文化を整理することは中華民族という文脈に対する伝承・発展であり、中華民族の自信と自覚を反映している。毛沢東は、「マルクス主義の普遍的真理を中国革命の具体的実践を統一すること、すなわち、民族的特徴と相結合させ、一定の民族的形式を経過することによってのみ役に立つものになる」と指摘した。
 マルクス主義の基本原理と中華優秀伝統文化の結合は、歴史的存在だった中華優秀伝統文化を、創造的転化及び創新的発展の基礎の上で現実的存在へと変化させた。18回党大会以後、習近平は、中華優秀伝統文化をいまだかつてなかった重要な位置に据えた。習近平は明確に次のように指摘した。「文化は一国家・一民族の魂である。自らの歴史・文化を放棄し、それに背いた民族は発展できないのみならず、歴史的悲劇を演じる可能性が大きい。」「第二の結合」は、マルクス主義を「中国化・今日化」の道において徹底的かつ真正に中国のものへと変え、かつ、中華優秀伝統文化の現代化を実現して、我々の思惟及び行動に影響を与える、強大な生命力と活力を備えた生き生きした現実のものとした。悠久な歴史を有する中華優秀伝統文化は、創造的転化及び創新的発展を実現して、中華民族現代文明の重要な構成要素となったのである。
 文化的主体性は、文化的発展における自覚性、主動性及び独立性として表れ、歴史的自信、文化的自信の重要なシンボルである。習近平思想は、マルクス主義の立場・観点・方法を堅持し、科学的社会主義の基本原則を堅持して、党100年の歴史・経験を総括・運用し、中華優秀伝統文化の精華を継承し、時代及び実践の発展・変化に基づき、マルクス主義を斬新な思想内容で豊富に発展させ、マルクス主義中国化・今日化の新たな飛躍を実現した。習近平思想はマルクス主義の基本原理と中華優秀伝統文化を相結合させた模範であり、マルクス主義の真理の光によって中華優秀伝統文化を活性化し、かつ、治国理政の各分野に運用した。習近平思想は中華文化及び中国精神の時代的精華である。