6月24日早朝(現地時間)にプリゴジンが民間軍事会社「ワグネル」を率いて起こした反乱・暴動(浅井:ロシア大統領府WS(英語版)はmutinyと表現)は世界に大きな衝撃を与えました。私も大いに驚きましたし、ロシアの内外政(ウクライナに対する特別軍事行動を含む)にどのような影響が生じるのか、ロシア政治に門外漢・素人の悲しさでまったく見当もつかず、大いに当惑しました。
 私が毎朝チェックしている米紙誌(WS)は、ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)、ニューヨーク・タイムズ(NYT)、ワシントン・ポスト(WP)、ポリティコ、フォリン・ポリシー・イン・フォーカス(FPIF)、フェア・オブザーヴァー(FO)です。特に前3紙の今回の問題に関する取り上げ方は文字どおりセンセーショナルで、内政的には"プーチンの権威・指導力が大きく損なわれた"、外政的には"ウクライナの反撃に資する"とする指摘・分析が主流を占めました(もっとも、後者の点に関しては、ウクライナの動きが鈍く、バイデン政権内部からいち早く苛立ちと不満の声が上がっています)。代表的なものとして、6月25日にWSJとWPはともに編集委員会(Editorial Board)名の論評(タイトルは、前者が"Russia's Internal Rebellion"、後者が"Putin's humiliation means new dangers for Russia — and the world")を掲載していますが、ロシアの内外政について上記のラインで、同じような内容です。米メディアの受け売りが多い日本のメディアが概して同じような論調なのは当然です。
 ただし、6月26日付けのポリティコが掲載したポリティコ・マガジンは、「反乱」がひとまず決着したのを受けて、14人の専門家の見方を紹介しており、上記の見方をする者が多い中で、興味深い見解を示す専門家もいました。
 例えば、軍縮不拡散ウィーン・センターの上級フェローのNikolai Sokovは、「この事件でプーチン及び政権が弱体化するとは予想しない。ショイグ及びトップ幹部だけでなく、前線将校のプーチンに対する支持は高まるだろう」と指摘しています。カーネギー・ロシアユーラシア・センターの上級フェローのTatiana Stanovayaは、プリゴジンの目的は権力奪取ではなく、プーチンの気を引くためだったと断じ、プーチンの拒否に直面してベラルーシのルカシェンコ大統領の仲裁提案に乗るしかなかったと指摘し、流血の惨事という最悪の事態を回避し得たプーチンは、もはや必要としない「ワグネル&プリゴジン問題」を解決したのだ、と指摘しています。ミシガン州立大学政治学准教授のErica Frantzも、今回の反乱に対する同調者が出なかった事実から見ても、プーチンの支配力は(少なくとも短期的には)むしろ強まるだろうと指摘しました。
 私がもっとも注目したのは、「私的傭兵部隊の危険性」を指摘したペンシルヴァニア大学歴史学博士候補のKimberly St. Julian-Varnonの見解です。後で紹介するように、中国では、今回の「反乱」に関してもっとも重視しているのがこの問題ですし、ロシアでもこの問題の重大性を指摘する専門家がいます。ところが、私的傭兵部隊の存在が「当たり前」になっている米欧ではこの問題がはらむ重大性に関する認識が欠落しています(もっとも後述から分かるとおり、米欧では法律による規制があるのに対して、ロシアでは法的規制が未整備であったことが今回の事態を招いた、という大きな違いはあります)。そういう中で、ヴァーノンの慧眼は突出しています。今回のコラムの結論を先取りすれば、私は今回の事件の本質はこの問題にあると判断します(「事件の本質」に関する私の判断は末尾にあります)。それだけに、多数説に埋没しないヴァーノンの慧眼を高く評価したい思いです。ヴァーノンの発言は以下のとおりです(強調は浅井。以下同じ)。

 我々は、私的傭兵部隊の存在を許してきたことがロシアの対外政策における危険性の要であることを学び取った。プリゴジンは信用できないことを示したし、ワグネルを管轄下に組み込もうとした国防省はそのことの認識に基づいている。
 この「反乱」事件がプーチン政権の弔鐘と見なすのは早すぎる。プーチンにとっては今後数週間がカギとなるだろう。能力がないとか信用できないとかマークされた者に対する厳しい弾圧が行われると予想する。

<ルカシェンコの仲介>

 プリゴジンの「反乱」が流血の惨事に至ることなく収束し得たのはベラルーシのルカシェンコ大統領の個人的仲介が決定的だったことは、ロシア大統領府のペスコフ報道官が、「なぜルカシェンコだったと問うかもしれない。ルカシェンコは約20年間にわたってプリゴジンと付き合いがあり、彼が(仲介を)提案し、プーチンと協調しながら進めた」と指摘し、また、プーチン大統領自身が6月26日夜(22時10分)にロシア市民に対する演説の中で、「情勢の平和的解決のためにルカシェンコが行った努力と貢献に感謝している」と言及していることから確認できます。
 6月27日付のワシントン・ポスト紙によれば、ルカシェンコが今回の仲介について軍の関係者に自ら語った内容をベラルーシの国営メディアが報道したそうです。私はその報道の全容を入手できていませんが、このWP記事と同日付のロシア・トゥデイ(WS)がルカシェンコの発言内容をそれぞれ紹介しています。両記事を総合すると、以下のような内容になります。その発言内容の中でもっとも注目されるのは、①プーチンは(電話にも出ない)プリゴジンを殺すつもりだった、②ルカシェンコの仲介提案にも懐疑的だったけれども最終的に応じた、③プリコジンはだだをこねたが、ルカシェンコの保証提案(プリコジンの生命、ベラルーシへの移動)を最終的に受け入れた、④プーチンもこの保証内容を受諾した、⑤ルカシェンコを仲介努力に駆り立てたのは、ベラルーシの安全はロシア次第という危機感だった、ということです。
 なお、ロシアの検察当局がいったん立件したのに、プーチンが「無罪放免」にしたことを、法治の観点から問題視する向きが一部にあります。私にはロシアが法治国家かどうかという大きな問題を論じる能力はありませんが、1977年9月に日航機がハイジャックされた時に、福田赳夫首相が「超法規的措置」として犯人たちの要求を受け入れたのは、今回のプーチンの決定と同じだと思います。
 プーチン政権は、ワグネルのモスクワへの進軍を撃退するために1万人の軍隊を動員していた(ベラルーシも援軍を送る用意があった)。プーチンは、ルカシェンコに対して状況を「完璧に」アップデートしていた。ルカシェンコは、プーチンが計画していたプルゴジン殺害という「厳しい決定」をしないように主張した。衝突となればロシアが勝つだろうが、「数千名」の死者が出るかもしれず、したがって平和的解決を優先するべきだ。なぜならば、「もっとも危険なことは、現在の状況云々よりも起こりうる結果がどうなるかということだった。」
 土曜日(6月24日)午前10時過ぎ、ルカシェンコはプーチンと話し合ったが、プーチンはプリゴジンを殺す(whachk。ロイター通信によれば、プーチンは「抹殺を意味するロシアの犯罪者が使う俗語」を使ったとのこと)ことを計画していると結論した。ルカシェンコはプーチンに対して、そういう選択肢も理論上はあり得るが、ものすごい流血となるリスクがあると説得した。「それはやめろ。そうしたら交渉の余地がなくなる。」とルカシェンコは言った。数千人の民間人とロシアの兵士が命を落とすだろう。ルカシェンコは、彼のことをSasha(←Alexander)と呼ぶプーチンとの個人的信頼関係に訴えた。同時にルカシェンコは、プリゴジンについて、「好き嫌いはともかく、軍隊の中ではとても権威がある」と好意的に評価する言葉を口にした。そして、ルカシェンコがプリゴジンに話すまで待つようにと説得した。プーチンは、「サーシャ、それは意味がない。彼は電話を取り上げようともしない。彼は誰との話し合いも望んでいない」と答えた。ルカシェンコは、「悪い平和でもどんな戦争よりもましだ」と言い、「焦るな。私が彼とコンタクトしてみる」と説得した。「プーチンは再び、意味がない、と言ったが、私は、「OK、でも待ってくれ」と言った。」
 ルカシェンコとプリゴジンは午前11時に話をした、とルカシェンコは述べた。プリゴジンは、ロシア軍の中にはワグネルを「絞め殺す」(strangle)ことを望んでいる者もいると述べ、ショイグがワグネルを壊そうとしていると批判した。プリゴジンは最初の30分間は「完全な高揚」(total euphoria)(浅井:WPでは「半狂乱」(half-crazed)と表現)状態であったため、二人は卑猥な言葉のやりとりに終始した。「普通に比べて、10倍以上の卑猥な言葉が飛び出した。」プリゴジンは自分の命が危うくなっていることに気がついていないようだった。(その後)プリゴジンは、ショイグ国防相とゲラシモフ参謀総長の引き渡しを要求するため、プーチンと話したいと述べた(ワグネルの指揮官たちはウクライナの戦場で被った被害にイライラしていたし、正義の証としてロシアの将軍たちの解任を要求していたプリゴジンにも強く影響されていた)。ルカシェンコは、そのような要求は通らないと述べた。「君は、私同様にプーチンを知っている。彼は君に会わないだろうし、今の状況では電話に出ることもしないだろう。」プリコジンは一瞬黙ったが、次の瞬間、「正義がほしい。奴らは我々を絞め殺そうとしている。モスクワに行く」と叫んだ。
 ルカシェンコはプリゴジンに対して、モスクワへの進軍を続けるならば、「虫けらのようにたたきのめされるだろう。よく考えろ」と警告した。ルカシェンコは、騒乱がロシア以外にも広がり、その結果、「次はベラルーシかもしれない」という不安も口にした。ルカシェンコは、自分は「事件調停の仲介人ではない」、「プーチン同様に事件の参与者だ」と述べ、この事件はロシアとベラルーシがともに直面している問題だと説明した。
 夕方5時(モスクワ時間)に、プリゴジンはルカシェンコに電話して提案内容を受け入れたが、「我々が止まれば、彼らは我々をたたきのめすだろう」という不安を口にした。ルカシェンコは、「彼らはそうしない。私がプリゴジンと兵士たちの安全を保証する。責任を負う」と述べた。その時点でルカシェンコはFSBのボルツニコフ長官と連絡を取り、ロシアがワグネルを攻撃しないという約束を取り付けた(浅井:WPでは、プリゴジンが進軍をやめることと引き換えに、プーチンはプリゴジン訴追の取り下げと彼及びワグネルのベラルーシへの移動に合意した、とする)。その上で、ルカシェンコはプリコジンに、ワグネル兵士をベラルーシに受け入れ、その安全を保証することを「確約」した(浅井:プリコジンは27日にベラルーシ入り)。イエフクロイ国防次官もこの交渉過程で「重要な役割」を果たした。土曜日に、彼がプリコジンと話している姿がライン上で流れた。
 ロシアはモスクワから200キロ地点に防衛線を築いていて、ワグネルと衝突となれば流血となるので、ルカシェンコは急いで事を進めた。最終的には、ルカシェンコはプリゴジンとボルツニコフが直接電話で話し合うことをアレンジした。その話し合いの後、プリコジンはワグネルに対して撤退と原隊復帰を命じた。それを受けて、ルカシェンコはプーチンに電話し、プーチンは約束を守ると誓った。その後、プーチンはプリゴジンとワグネルを訴追しないと公表し、ワグネルの兵士たちには、ロシア国防省との契約、帰郷、ベラルーシ移住の選択をオファーした。

<中国の見方>

 プリコジンの「反乱」に関して、中国のメディアは事実関係を詳しく報道しています。しかし、この事件に関する分析・観測はこれまでのところ少なく、私の目にとまったのは、6月25日付け環球時報に掲載された、上海国際問題研究院全球治理研究所の趙隆副所長・研究員の署名文章「ワグネル「軍事反乱」の影響如何」のみです。この文章は事件決着以前の段階のものですが、最後に次のように指摘しています。
 ワグネルの「軍事反乱」は、一部の人々が前から示していた見方を裏付けるものでもあった。すなわち、ワグネルのような「私営軍事組織」の戦場における反応適応能力は高いけれども、退役軍人や犯罪者などの特殊なグループを主体とする組織を重用することは「諸刃の剣」となるということである。しっかりした法的拘束力及び強制的監督管理がなく、この種の組織を放任する場合、特に、伝統的な軍隊組織との協調・組み合わせをおろそかにし、統一した機能に関する規範や使命に関するルールを欠く場合、往々にして制御困難な内紛を引き起こすということである。今回の「反乱」が教えたのもこのことであった。
 もうひとつ、同日付の環球時報が掲載した、ロシア及びフランス駐在の特約記者(王臻、姚蒙)による「環時深度:ワグネル台頭と反乱の原因理由」(原題:"【环时深度】瓦格纳靠什么迅速崛起,又为什么走向"叛乱"?")も、「ワグネルの教訓」として、趙隆が指摘した問題点を掘り下げています。大要以下のとおり。ちなみに、「環時深度」とは、環球時報による「深読み」というコラム的なもので、重要問題に関して時々掲載されます。
 「我々には合法化は必要ない。今のままで十分だ。」これは、私営軍事組織・ワグネルの創始者であるプリゴジンが得意絶頂の時に放った言葉である。しかし、この発言は彼がロシア国防部と対立し、「軍事反乱」を起こす伏線ともなった。5月のバフムート戦での勝利後、プリゴジンは大きな政治的影響力を獲得した。しかし次の瞬間、この私営軍事会社の命運に巨大な変化が発生した。ワグネルのこれまでの歩みを整理するとき、ワグネルは「諸刃の剣」であることが直ちに分かってくる。すなわち、「ロシアの利益を守る」という旗印を掲げてアフリカでフランスの敵となり、欧米の制裁対象となり、その畸形的発展と歯止めのないままに突っ走ったことで内戦という悲劇の原因となった。
 米欧諸国は、プリゴジンとワグネルを「目の敵」と見なし、2016年にアメリカはプリゴジンを制裁リストに加えた。また、EUも2020年10月に、彼がワグネルと密接な関係があるという理由で制裁を加えた。プリゴジンはそのことを一貫して否定したが、2022年9月になって、2014年春に「ワグネル私営軍事会社」という名の組織を作ったことを認めた。彼が(2014年に)この組織を作った背景にあるのは、ドンバスをめぐるロシアとウクライナの軍事衝突勃発である。ワグネルはその後、シリアでの「イスラム国」粉砕に参与し、アフリカ諸国における軍事衝突にも介入した。プリゴジンはかつて、「ワグネルは一貫して国内外のロシア人及びロシアの海外における利益を守っている」と語ったことがある。2023年初に、アメリカはワグネルを国際テロ組織に指定した。
 ロシアのウクライナに対する特別軍事行動開始直後は、ワグネルの役割は突出したものではなかった。しかし、2022年9月に、プリゴジンは収監中の数百名の犯罪者に対してスピーチを行い、収監免除と引き換えにウクライナ戦場に赴くという条件で募集を行った。その後の彼は、頻繁にソーシャル・メディアに動画を流し、戦況を語り、特にバフムートにおける戦闘をめぐるワグネルの戦いぶりを大宣伝した。指摘しておく必要があるのは、2022年3月1日にショイグ国防相は、国防部が特別軍事行動に対する参加志願者及び志願部隊に対して武器及び軍事装備を提供することを許可する旨の手続きを批准したことである。
 フランスの週刊誌Exprimerは本年5月に掲載した文章で、ワグネルはロシアの「対西側対決実行部隊」であり、この自称「私的準軍事組織」が中東とアフリカにネットワークを持ち、ロシアとウクライナの戦いにおいて第一線に立っている、と報じた。バフムートを攻略した際、プリゴジンは、生命の危険を冒してロシアの名誉を救った英雄というイメージを自ら作り上げた。報道によれば、プリゴジンは5万人の犯罪者を招集したが、バフムート奪取の際に2万人に近い傭兵を失った。この点について彼は、ショイグとグラシモフ参謀総長を何度も公然と批判し、ワグネルが必要とした弾薬の提供を国防部が出し渋ったと非難し、そのために深刻な犠牲がもたらされたとした。
 米欧諸国の中では、フランスの政・軍及びメディアがワグネルに対してひときわ高い関心を示してきた。それは、ワグネルが一貫して「フランスの勢力範囲を蚕食してきた」からである。
 フランスの20 minutes紙は2022年2月に、ワグネルはロシア国内では合法的地位を持たないが、欧州世論から見れば、ワグネルは間違いなくロシア本国の利益のために尽くしており、自らの損失をもって正規軍の損失を減らしている、と報じた。フランスのテレビ局も、「ワグネルは、不公表の形でロシアの法律外で活動し、ウクライナ、シリア及びアフリカに深く介入している」と報じている。アメリカのオンライン雑誌Slate(フランス版)も6月21日付けの文章で、ワグネルのアフリカにおける浸透ぶりについて回顧し、中央アフリカ共和国からマダガスカル、モザンビーク等に入り込み、最終的に、フランスにとってもっとも打撃が大きいマリに浸透した、としている。5月8日付けのParisien紙は、フランス議会がワグネルを「テロ組織」と指定する問題を議論していると報じた際、「フランスのアフリカにおける敵は明白だ。それはワグネルだ」と指摘した。テレビ局France 1は本年初に、フランスの在アフリカ軍を中傷し、ワグネル集団を美化するデマがネット上にあふれているとし、これはワグネルの仕業だと報じた。
 ワグネルの運命は6月にも変化することは間違いない。すなわち、ショイグは6月10日に、「志願軍団」は7月1日前に直接国防省と契約を結ぶべきことを命じるとともに、これによってウクライナ作戦におけるロシア軍の効率を高めると表明した。これは、国防部がワグネルを編入しようとする最後通牒であり、プリゴジンは反対した。しかし、6月13日にロシア高官は記者会見で、私営軍事会社及び志願部隊の地位は既定の慣例及び法律に合致させる必要があり、したがって必ず国防部と契約を行わなければならず、そうしてのみ雇用兵に関する社会保障が規則に合致し、適法となると述べた。
 ワグネルのような私営軍事組織がロシアで大手を振ってまかり通ったのは何故か。フランスのメディアによれば、アメリカなどにも私人の軍事会社はあるが、その行動はワグネルに比べるとロー・キーであるし、法律による厳格な縛りも受けている。フランスのテレビ局BFM News TV en continuは6月24日、畸形的に膨れ上がったワグネルは今やロシア正規軍に挑戦するまでに上り詰めたとした。また、別のテレビ局France 24 News TVは、ワグネルのような私営武装組織がロシアにおいて有する権力、影響力そして地位(例:収監中の犯罪者を徴集して戦場に赴かせること)は、EU諸国からすると想像もしがたいと述べた。
 傭兵自体は国際関係史上古くからある現象である。欧州における傭兵の出現は古代ギリシャ、古代ローマまで遡る。イギリスがインドを植民統治した時代、イギリスの東インド会社は正に雇用軍と商業会社が合体したものだった。米ブルッキングス研究所の軍事問題専門家であるピーター・シンガーの分析によれば、冷戦終了後は地域紛争に大軍を投入する必要がなくなり、低コストの傭兵のメリットが明らかとなり、外注する国々が出てきた。同時に、戦争と衝突の性格が曖昧となって、軍人と民間人の境界も曖昧となった。その結果、様々なタイプの傭兵会社が活躍するようになり、退役軍人が指揮する小型の軍事顧問会社から、突撃部隊を貸し出す大型多国籍企業まで現れ、これらの会社が募集する傭兵はしばしば「会社兵士」と称されている。現在、世界中に3000以上の私営軍事会社があり、最大の私営軍事会社はイギリスのG4Sで、その人員は80万を超え、イギリス正規軍の人数のほぼ5倍である。また、アメリカがイラクを占領していたとき、兵員の20%は40の私営軍事会社が派遣していたという統計もある。
 2019年2月、グテーレス国連事務総長は、「アフリカの安全危機及び不安定の根源は傭兵の活動にある」と題する公開討論会で、「傭兵の作戦は残忍で、戦争の後始末について責任を負わない。彼らの活動は法治を破壊し、その罪も罰せられないという状況が長期にわたってはびこっている。国連総会が1989年に採択した「傭兵の募集、使用、資金援助及び訓練に反対する国際条約」の締約国は目下のところ35ヵ国に過ぎない」と指摘し、まだ締約国となっていない国々が迅速に条約に加盟、批准することを呼びかけた。
 かつてロシアに留学して学術研究を行った経歴を持つ北京理工大学の劉左元副教授は、環球時報の取材に対して以下のように述べた。
 ワグネルのような私営軍事会社がロシアで存在しうるのは、ロシアの政治上の利益を一定程度守ることができるからである。ロシアは地縁政治大国であり、国土は広大、民族は多く、領空、領海という地縁安全保障を守るとともに、国内分離主義傾向を抑え込む必要もある。さらにロシアは、中東、アフリカ等地域における国家的利益を守るための軍事力も必要としている。地域紛争に介入する上では私営軍事会社を使用する方が弾力的である。ロシアがエネルギー輸出、兵器輸出指向型の経済システムを維持しようとすれば、私営軍事会社が演じる役割は重要となる。さらに、ロシアの予備軍が不足している状況の下で、ワグネルが徴集する「志願兵」は戦場における重要な力となる。しかし、国防部がワグネルの「志願兵」を契約兵に転換しようとした際、双方の矛盾が激化することとなった。
 プリコジンの今回の「反乱」が明らかにしているのは、私営軍事組織が制約を受けないで肥大する場合、国家の政局大勢に影響を及ぼすということである。ロシアのмоскомсомольская(浅井:中国語の「モスクワ共青団員報」のグーグル訳)は、6月24日付けの「反乱の根源:法律的真空とカネ」と題する文章の中で、ロシアの軍事アナリストであるヴィクトル・ムラホフスキーの以下の発言を紹介している。
 今回の反乱事件に関しては、立法者の責任が指摘されるべきである。第一次チェチェン戦争(1994年12月-1996年8月)以来、国は志願組織の法的地位について定めてこなかった。ロシアでは、私営軍事会社の地位に関する法的規定がない。我が国には正式な傭兵はなく、戦車及び戦闘機を具備する数万名の武装人員は事実上の不法民兵組織に属する。ロシアでは長年にわたって、立法によってこの問題を解決する必要性が各界から指摘されてきた。
 ロシアの学者も、ワグネルが国外で行動している限りでは「すべては平穏だ」が、彼らがアフリカやシリアから帰国し、特にウクライナにおける特別軍事行動に参加して極めて高い評価を受けるに至って、国防部との間の矛盾が日増しに明らかになった、と指摘している。畢竟するに、ワグネルはプリコジンの個人的商売であり、彼は誰に対しても責任を負う必要がなかったのだが、現在ではすべてが変わったのだ。つまり、プリコジンに対して「家のことも手伝ってほしい」と要求した途端、多くの問題が直ちに水面に浮上した。ワグネルは誰に所属するのか?誰が軍事面での必要を供給するのか?賃金の類いは誰が支払うのか?ロシア軍ロジスティック部門の責任は?こうした状況に直面して、国防部はワグネルとの協力関係を合法化することで解決しようとし、ワグネルがロシア軍と契約を結ぶことを希望した。ところがプリコジンは、「我々は合法化される必要はない。今のままで十分だ」と述べた。
 ロシアの政治学者ボリス・チーキンは次のように述べた。世界のすべての私営軍事会社は自国の利益のために設立され、運営されており、ワグネルも例外ではなく、したがって正式の地位がなくても活動の妨げにならない。しかし、ロシアでは2022年11月4日に、武装部隊を支援する志願部隊及びその参加者の地位に関する法律が成立し、「それらの公民は契約軍人の地位を享有することができる」とした。この点について、ロシア軍事弁護士協会のトゥリグニン主席は、ワグネルは法律のこの範疇に属するが、司法実践が形成されていないので、この法律を如何に現実に実践するかはまだ明らかではないと指摘する。
 ロシアの軍事専門家であるアンドレア・ピエラは、ロシアのような大国にあっては、私人の武装はあるべきではなく、軍事力は国家のみが握るべきだと考えている。また、ロシア軍事政治ニュース・センターのボリス・ラジンは6月25日に、以下のように述べた。
 とりあえず危機が解決され、内戦が起こらなかったことは良かった。しかし深刻な問題について答えは出ていない。ロシアの私営軍事会社及び志願部隊は国家軍事政策の重要な手段となっており、その運用、政府の管理監督について法律の枠組みを設けなければならない。国家は現在二つの重要な任務に直面している。一つは、将来的に類似の反乱の影響を受けないようにすること、もう一つは、社会保障によって私営軍事会社及び志願者に対する保障システムを作ることである。ロシア議会は秋の会期期間中にこの問題に集中的に取り組む予定だ、という情報もある。

<事件の本質:問題点の整理>

 長くなりましたが、以上から得られる結論を整理します。(なお、プリゴジンとワグネルが「武勲を立てた」とされるバフムート攻防戦ですが、その戦略的価値を疑問視するアメリカが同市を死守しようとしたゼレンスキーに、戦力温存を優先し、早期放棄を強く促したことが米紙報道で明らかとなっています。またロシア国内でも、バフムート攻略を重視した(とされる)プーチンの判断を疑問視する意見が軍内部にあったことを米情報機関がキャッチしていた、という報道もありました。仮にこれらの報道内容が事実であるとすると、ゼレンスキー及びプーチンの判断自体の戦略的誤りがまず問われなければならなくなります。しかし、この問題は「後世の史家の判断に委ねる」以外にありません。)
 第一、私営軍事会社の法的地位に関する法律の不備が今回の事件のそもそもの発端であること。
 「ロシアでは長年にわたって、立法によってこの問題を解決する必要性が各界から指摘されてきた」と指摘し、「今回の反乱事件に関しては、立法者の責任が指摘されるべきである」とする軍事アナリスト・ムラホフスキーの主張は的を射ています。ただし、この主張の正しさは、三権分立が確立しているという前提に立ちます。ロシア議会がプーチン(特にプーチンとプリゴジンの特殊な関係)に「忖度」して立法を控えてきたとなると、この主張の説得力は崩れます。
 第二、プーチンはプリゴジンという「虎を野に放った」政治責任を免れないこと。
 プーチンは6月4日の「ロシア市民に対する演説」の中で、次のように述べました。
今日、ロシアは未来のための厳しい闘争を行っている。我々は、人民の生命と安全、国家の主権と独立のために闘っている。国家の命運が決まるこの戦いのためにはすべての力の統合強化が求められる。求められているのは団結、統合、責任感であり、我々を弱めるものはすべて放棄しなければならない。国家を分裂させるいかなる行動も裏切りであり、国家と人民を背後から襲うナイフである。(中略)我々が直面しているのは裏切りだ。肥大した野心と個人的利益が反逆に導いた。
 このくだりはプリゴジンの「反乱」の重大性を強調する趣旨の発言であり、至極まっとうな内容です。しかし、そうであればなおさら、国家的忠誠心とは無縁な傭兵集団を使うことに対する禁欲が要求されることは、プーチンにとって自明だったはずです。「政治は結果責任」(丸山眞男)ですから、プリゴジンの「反乱」に対するプーチンの政治責任は免れません。
 第三、ワグネルの戦場「投入」決定の責任の所在という問題。
 ロシア大統領府のペスコフ報道官に対して、プリゴジンと反目し合ったショイグ国防相の責任を当然視する前提に立って、プーチンが同国防相をどう処遇するかと質問した記者がいました。ペスコフは口を濁してやり過ごしたそうですが、私は「さもありなん」と合点がいきました。既に紹介した「2022年3月1日にショイグ国防相は、国防部が特別軍事行動に対する参加志願者及び志願部隊に対して武器及び軍事装備を提供することを許可する旨の手続きを批准した」点にかかわる問題です。ワグネル「投入」決定がショイグの専権事項であれば、ショイグの責任は免れませんが、「戦争権限は大統領の専管事項」(ロシア憲法の規定に則したペスコフ発言)である以上、ショイグがプーチンの許可・承認を経ないで「暴走」したことはまず考えられません。やはり、この点でもプーチンに「投入」決定の政治責任があるというべきでしょう。
 第四、ウクライナに対する特別軍事行動に対する国民的支持に変化はないこと。
 「反乱」平定後の世論調査ではプーチンに対する高い国民的支持に変化は起きていません。ソ連崩壊後の米欧諸国の「仕打ち」(1インチたりとも東進しないという約束をしておきながら、NATOの東方拡大を貪欲に進め、ついにウクライナまで迫ってきた)に関するプーチンの認識は国民的に共有されており、プーチン執政のもとで大国・ロシアが復活し、ロシアは今後もプーチンの強力な指導力を必要としているという認識に関しても広く共有されていると思います。
プーチンに「累が及ぶ」ことを避けるためにショイグが「泥をかぶる」(=引責辞職)可能性は否定できません。しかし、プーチンのショイグに対するこれまでの信頼度、また、プーチンの責任を問う声が公然化していない状況を考えると、この点はうやむやに処理される可能性もあると思われます。
第五、「雨降って地固まる」(?)
「ロシアの私営軍事会社及び志願部隊は国家軍事政策の重要な手段となっており、その運用、政府の管理監督について法律の枠組みを設けなければならない」という指摘(ボリス・ラジン)については、今回の「反乱」騒ぎを受けて共通認識が生まれています(ロシア議会軍事委員会委員長発言)。長年の懸案が最終的に解決される見通しが出てきたと言えるでしょう。
 また、ウクライナが大規模な反撃を行う可能性についても、米欧諸国でも消極的な見方が大勢です。プーチンは、今回の「反乱」に直面しても、ウクライナ戦線の兵力配置に異動はなかったことを明らかにしています。
 さらに、今回の「反乱」に際しては、UAE大統領(6月26日)、サウジアラビアのサウド皇太子(同27日)、バーレーン国王(28日)、インドのモディ首相(同30日)、パレスチナのアッバス大統領(7月1日)などがプーチン大統領に直接電話をかけ、ロシアに対する支持を表明しました(ロシア大統領府WS)。イラン外相もラブロフ外相に電話で支持を表明しています。プーチンは、CIS諸国首脳に加え、トルコのエルドアン大統領にも電話して、支持を取り付けています。ヴェネズエラのマドゥロ大統領も演説の中でロシア支持を明らかにしました(6月25日)。中国に対しては、ロシア外務省のルディエンコ次官が訪中し、秦剛外交部長と会見、また、馬朝旭次官と「協議」しています(6月25日中国外交部WS)。
 中長期的にどうなるかはともかく、プーチン・ロシアは当面の危機をやり過ごしたと言えるのではないでしょうか。