<ブリンケン訪中と中国側対応:「馬の耳に念仏」>

最悪の状態に陥っている米中関係のもとで実現したブリンケン国務長官の訪中でしたので、世界の大きな関心と注目を集めましたが、私の感想は、「馬(ブリンケン)の耳に念仏(習近平と王毅の発言)」の一言に尽きます。習近平は中米関係のあるべき姿・形について、含蓄に富んだ(←私の偽りのない感想)「戦略的・指針的意見」(6月20日付け環球時報社説の形容)を披瀝しました。また、王毅は、他者感覚(換位思考)を備えた者だからこそなし得る表現(浅井:下記王毅発言の強調部分)で、アメリカの対中政策の根源的病理を指摘しました。しかし、冷戦思考にコチコチに固まっているブリンケンの脳みそでは、習近平と王毅の発言の真意を認識し、理解するすべはありません。もっとも、その「すべ」を1%でも備えているのであれば、米中関係がこのように悪化することはそもそもなかったでしょう。
 ここではまず、習近平と王毅の発言内容を紹介します。
(習近平)
 習近平は次のように強調した。世界は発展しており、時代は変化している。世界は総体的に安定した中米関係を必要としており、中米両国が正しく相処することができるか否かは、人類の前途命運にかかわる。広々とした地球は、中米それぞれの発展と共同の繁栄を完全に許容できる(浅井:「天高任鳥飛,海𤄃凭魚躍」「得其大者可以兼其小」。6月17日のコラム参照)。中国人民とアメリカ人民はともに自尊自信自強の人民であり、ともに良い生活を追求する権利を有し、両国間に存在する共同の利益は重視されるべきであり、それぞれが獲得した成功は互いにとってのチャンスであって脅威ではない。現在、国際社会は中米関係の現状を憂慮しており、両国が衝突し、対決することを望まず、中米いずれかの側に立つことを願わず、中米が平和共存し、友好協力することを期待している。両国は、歴史、人民そして世界に責任を負う立場に基づいて、中米関係を正しく処理し、世界の平和と発展のために貢献し、千変万化の世界に安定性、確実性そして建設性を注入するべきである。
 習近平は次のように指摘した。大国が争うことは時代の潮流に合致しないだけでなく、アメリカ自身の問題も世界が直面している挑戦も解決できない。中国はアメリカの利益を尊重しており、アメリカに挑戦することも取って代わることもあり得ない。同様に、アメリカも中国を尊重するべきであり、中国の正当な利益を損なうべきではない。いかなる側も自らの意向に基づいて相手側を作り替えることはできないし、ましてや相手側の正当な発展の権利を奪うことはできない。中国は一貫して中米関係が健全で安定することを望んでおり、両大国は万難を排除して、相互尊重、平和共存、合作共嬴という正しく相処する道を探し出すことができると信じている。アメリカが理性的でプラグマチックな態度を取り、中国と向き合い、ともに努力し、私とバイデン大統領がバリ島で達成した共通認識を堅持し、実際行動に表し、中米関係を安定させ、好転させることを希望している。
(王毅)
 王毅は次のように述べた。国務長官の今回の訪中は、対話か対決か、協力か衝突か、という選択を行うべき、カギとなる節目の時に当たっている。歴史は総じて前進するし、中米関係も最終的には前に向かって発展するべきである。歴史を逆行させれば出口はなく、ましてや押し戻してやり直すなどはもってのほかである。両国は、人民、歴史そして世界に対して責任ある態度で、中米関係がスパイラル的に下降する流れを転換させ、健全で安定した軌道に戻ることを推進し、中米新時代に正しく相処する道を一緒に探し出すべきである。
 王毅は次のように強調した。中米関係が谷底に陥ってしまった根源は、アメリカが誤った対中認識を抱いて誤った対中政策を導き出したことにある。中米関係は波乱を幾度も経験しており、アメリカは深く反省して、中国とともに不一致を共同で管理コントロールし、戦略的ハプニングを回避する必要がある。中米関係は上向かせる必要があり、当面の急務は両国首脳の共通認識を実行することである。中米関係は着実に前進する必要があり、一番重要なことは、習近平が提起した相互尊重、平和共存、合作共嬴という原則を根本的ガイドラインとすることである。
 王毅は、中国の発展振興の歴史的法則性と必然的傾向性を詳しく説明し、中国式現代化の際立った特徴と全過程民主の豊富な内容を紹介した上で、「国強必覇」のステレオタイプを中国に投影するべきではなく、西側大国が伝統的に歩んだ軌跡(を機械的に当てはめること)で中国を誤って判断することがないようにアメリカに促した。この2点こそ、アメリカの対中政策が客観的理性に回帰できるかどうかの分かれ道である。
 王毅は、「中国脅威論」を煽ることをやめ、中国に対する不法かつ一方的な制裁を取り消し、中国の科学テクノロジーの発展に対する抑圧を放棄し、中国の内政にみだりに干渉しないように要求した。王毅は、台湾問題の本質を懇ろに分析し、国家統一を守ることは永遠に中国の核心的利益の中の核心であり、中国人民全体の命運とつながっており、中国共産党の揺るぐことのあり得ない歴史的使命であることを強調した。この問題に関しては、中国にはいかなる妥協の余地もあり得ない。アメリカは、中米3共同声明が確定した一つの中国原則を堅持し、中国の主権と領土保全を尊重し、「台湾独立」に明確に反対しなければならない。
 中国がブリンケン訪中に対して何の幻想も抱いていなかったことは、6月18日の秦剛・ブリンケン会談の結果を受けた6月19日付けの環球時報社説が、「中米関係が困難に見舞われた理由のほとんどは、ワシントンが一方的に錯乱した政策と行動を取った結果であり、したがって、関係改善のためにはアメリカがやるべきことが多い」とし、「ブリンケン訪中の成功・失敗を判断するゴールド・スタンダードは、バリ島での両首脳の共通認識を(アメリカが)実行するか否かにある」と指摘していることに端的に窺うことができます。また、19日に習近平と王毅がブリンケンと会見したのを受けた20日付けの環球時報社説も、王毅の換位思考発言を踏まえて、「(アメリ側が)ゼロ・サム思考で中国の発展をチャンスではなく脅威と見る猜疑心こそが中米関係波乱の根っこ」にあると指摘し、「換言すれば、アメリカ人自身の問題なのに中米関係上の問題に成り変わってしまっているということであり、アメリカは自分で自分の問題を解消することに力を注ぐ必要がある」と強調しています。国務院新聞弁公室傘下の中国網も、19日付けの評論員・楽水署名の「平等と誠意:アメリカの対中外交における必修課目」と題する文章で、「(近年の中米関係悪化の)根本原因は、アメリカが対中関係に平等の姿勢で臨むことを学び取っていないことにある」とズバリ指摘し、「言行不一致、バリ島での共通認識もすぐに記憶の彼方に追いやってしまう」、「アメリカ政府の食言の肥大ぶりを見ていると、その誠意には疑問を抱かざるを得ない」と辛辣です。
 それでも、ブリンケン訪中直後の段階では、好意的な見方・分析も散見されました。例えば、6月19日9時58分に中国網が掲載した張志新(中国現代国際関係研究院アメリカ研究所副研究員)署名文章「中米対話回復にチャンスを提供したブリンケン訪中」があります。また、中国外交部WSも6月20日(21時23分)に、ブリンケン訪中に関する楊涛局長(アメリカ大洋州担当)の内外メディア向けブリーフィング内容として、中米間に5点の共通認識が達成されたと、そのプラス面を紹介しています。さらに、バイデン「放言」後の6月21日付けの人民日報も、鐘声署名文章「向き合い、ともに努力することで中米関係を安定、好転させよう」を掲載しています。

<恍惚老人・バイデン>

 ところが、そのわずかな「成果」をもぶち壊しにしたのが20日のバイデン大統領の「放言」でした。米各紙も取り上げていますが、私がチェックしている中でもっとも詳しくバイデンの発言内容を紹介しているのは、6月21日のロシア・スプートニク通信(WS)の記事です。それによれば、バイデンは以下のように発言しました。
 バイデンは火曜日(20日)にカリフォルニアにおける資金集め集会で、「スパイ装置でいっぱいの2つの箱を積んだ気球を私が打ち落としたときに、習近平が怒り狂った理由は,気球がそこ(アメリカ領空上)にあることを知らなかったからだ。私は本気だ。独裁者たちは、起こったことについて知らなかったときには面目丸つぶれとなる(that was a great embarrassment for dictators, when they didn't know what happened)。気球は軌道を外れたのだが、習近平は取り乱し、気球がアメリカ張空にあることまで否定した(the balloon was blown off course and Xi was very upset and even denied that the balloon was over the US territory)、とも付け加えた。バイデンは、豪印日米の同盟QUADを作ったことも習近平にとって極めて期待に反することだった(The creation of QUAD, an alliance of Australia, India, Japan and the United States, was another great disappointment for Xi)、と述べた。「彼は私に、それをやめろと言ってきた」("He called me and told me not to do that,")とバイデンは言った。バイデンはさらに、電話で習近平と話したとき、習近平は、中国が「重大な経済困難」を抱えているので、中国のことをあまり気にするなとバイデンに力説した(Xi urged him not to worry too much about China, as the country has "real economic difficulties.")と述べた。
 ちなみに、「独裁者」という表現に関しては、米各紙も複数形で紹介しています。バイデンの頭の中では、習近平に限らず、中国共産党指導者はすべて「独裁者」であるので、以上のような表現になったと思われます。  翌日(6月21日)の中国外交部の定例記者会見で、毛寧報道官はバイデン「放言」に厳しく反応しました。もっとも、バイデン関連質疑応答は中国外交部WSの発表文の中には含まれていません。そのことに気づいたウォールストリート・ジャーナル紙は、"米中関係に対する配慮によるもの"という浅薄かつ手前勝手な解釈をしています。しかし、質問はおそらく"習近平を独裁者呼ばわりしたバイデン発言"という類いの表現をとったことは容易に想像できます。そういう質問自体が中国にとって「重大な問題」であることは間違いなく、したがって関係部分は質問・回答を含めて全面不掲載になった、と見るべきでしょう。
 それはともかく、毛寧は激しく反発したことが米ロのメディアによって紹介されています。ここでは6月21日付けのロシア・トゥデイ(WS)が報じた内容を紹介します。
 水曜日の定例記者会見において、中国外交部の毛寧報道官は、バイデンの発言を「愚の骨頂」("extremely absurd,")と形容するとともに、「中国の政治的尊厳を著しく冒涜した」("seriously violated China's political dignity.")と付け加えた。彼女はまた、そのような発言は外交儀礼に違反し、基本的事実にも違えると述べた。毛寧は、「これは明らかな政治的挑発だ」と強調した。
 報道官はまた、気球はアメリカの戦略的サイトを偵察しようとしていたとするアメリカの主張に対して、「不可抗力」で米領空に迷い込んだとする中国側の立場を繰り返し、「アメリカ側は事実をねじ曲げて実力を乱用し、威圧的かつ覇権主義的な本質を余すところなくさらけ出した」("The US side distorted the facts and abused force, fully reflecting the US' bullying and hegemonic nature,")と指摘した。
 中国メディアもバイデン発言を黙殺しています。しかし、バイデン発言後の中米関係に関する論調には明らかに変化が起こっています。その中でも顕著なのは、既に紹介した中国外交部の楊涛局長の内外メディア向けブリーフィング内容に関するものです。もっともまとまった形で報道したのは中央テレビの「中米問題10アンサー」と題するもので、台湾、新疆・チベット・香港、民主・人権、南海(南シナ海)、「ルールに基づく国際秩序」、「デリスキング」、意思疎通、ウクライナ危機、在中米企業、中米両軍関係という、「内外メディアが関心を有するテーマについて中国の立場を明確に説明した」と紹介した上で、その内容を明らかにしました。19日に行ったブリーフィング内容で、当初はパブリックにしなかった部分を、バイデン発言後にパブリックにしたというところに、中国側の意図の所在を読み取ることができます。つまり、これらの内容はブリンケンとの会談・会見の中でも中国側がアメリカ側に伝えたものであり、中国は今回のやりとりの中で何の妥協もしていないことを念押し的に明らかにしたということになります。ブリンケンに対していかなる発言が行われたのかを理解しておくため、中央テレビ報道内容を紹介します。
○台湾問題:台湾問題は、中米関係中もっとも重要な問題である。アメリカは一つの中国という問題で、世界には一つの中国があるのみであり、台湾は中国の一部であり、中国政府は全中国を代表する唯一の合法政府である、という明確なコミットメントを行っている。これらのコミットメントは中米3共同声明に明々白々に体現されているし、また、アメリカが台湾海峡の真の現状とは何かについて承認していることを意味している。真の現状とは、世界には一つの中国があるのみであり、両岸は一つの中国に属するということであり、アメリカはこれを「一中政策」と呼んでいる。アメリカの「一中政策」は本来さっぱりしており、中米3共同声明で述べているとおりのものだが、その後、(アメリカが付け加える)形容詞が増えてしまった。まずは「台湾関係法」が付け加えられ、さらには「台湾に対する6項目の保証」が付け加えられた。「台湾関係法」にせよ、「台湾に対する6項目の保証」にせよ、アメリカが一方的にでっち上げたものであって中米双方の共通した認識ではなく、中国は最初から断固反対し、承認したことはない。アメリカは現在さらに新たな動きを見せ、「一中政策」を「中国が台湾問題を平和的に解決する」という問題と関連付けさせて、中国が台湾を平和的に解決する問題を「一中政策」の核心的内容としようとしている(浅井:この指摘は新しい)。この手の「平和的解決」とやらは、アメリカの対中コミットメントの確認・堅持(を意味するもの)ではなく、改竄である。
○新疆・チベット・香港:新疆、チベット及び香港に関する問題は、人権、宗教、民族とやらの問題ではなく、中国の主権及び領土保全、そして中国の国家的安全にかかわる重大問題であり、中国の核心的利益にかかわるものであって、外部の干渉は許さない。
○民主・人権:民主と人権は全人類がともに追求するものである。我々は、全過程民主及び中国の人権事業の進歩に対する自信に充ち満ちており、同時に、各国は自国の国情に合致した民主、人権の道を歩む権利があると主張する。各国は民主と人権について異なった実践を行うのであって、相互に交流し手本とし、ともに高め合うことはできるが、他国に対してあれこれ口出しすることは不可であり、ましてや民主、人権の名の下に中国の内政に干渉することなどはもってのほかである。
○南海:アメリカは南海紛争当事国ではない。南海問題に関する中国の立場と主張には十分な歴史的法理的な根拠がある。南海における航行飛行の自由に関してはいまだかつていかなる問題も存在しない。ところがアメリカの軍艦と軍用機は「自由航行」を名目に中国周辺で示威挑発を行い、海空の安全上のリスクを高めている。アメリカが本気で南海の安定に関心があり、ハプニングを回避したいのであれば、中国に対する接近偵察を停止するべきである。
○「ルールに基づく国際秩序」:習近平が提唱した人類運命共同体の初志は、国際的な団結と協力を最大限に凝集し、グローバルな挑戦に共同で対処するということの最大公約数となるということである。中国は最初に国連憲章に署名した国家であり、今日の国際秩序の創立者、擁護者であるとともに、その受益者でもある。我々はなにゆえに今日の国際秩序を変更する必要があるのか。いや、ない。「ルールに基づく国際秩序」を盛んにはやし立てるものがいるが、そのルールとは何に基づくものなのか。それが国連憲章であるならば、中国には何の問題もない。しかし、少数の国々が定めるルールであるとすれば、多くの国々と同じく、中国は軽々しく同調することはできない。
○「デリスキング」:最初にハッキリさせる必要があるのは、リスクとは何か、リスクはどこに由来するか、ということである。中国が世界に注入しているのは安定性、確実性そしてプラス・エネルギーであり、それがどうしてリスクになってしまうのか。どのように取り繕ったとしても、アメリカの「デリスキング」はやはり「デカップリング」であり、その本質は「脱中国化」であり、最終的には脱チャンス、脱協力、脱安定、脱発展であって、アメリカ自身の問題を解決できないのみならず、我が身に跳ね返り、世界に災いを及ぼす。中米は人類の福祉から出発し、グローバルな協力を共同でリードすることによって、グローバルなリスクに対処するべきである。
○意思疎通:中国はいまだかつて意思疎通をはねつけたことはない。カギとなるのは、いかなる方法で意思疎通するか、効果を達成することができるか否かである。意思疎通に先立つのは相互尊重、平等協議である。意思疎通には効果があることが必要であり、意思疎通のための意思疎通であってはならず、自分の関心事の解決だけを追求して相手側の関心を無視するということであってはならないし、言いっぱなし、やりっぱなしというだけではだめだ。中国は相互尊重の精神で建設的な意思疎通及び対話を行うことを望んでおり、アメリカも誠意を示し、行動で示すべきである。中米関係の安定には中米双方が共同で努力し、向き合って行動することが必要である。
○ウクライナ危機:中国の立場は極めて明確かつ一貫している。すなわち、習近平が提起した「4つの"すべし"」「4つの共同」「3つの思考」である。これらはウクライナ危機問題を処理するに当たっての中国側基本ガイドラインであり、その中心思想は勧和促談、政治解決である。中国は停火止戦及び勧和促談に資するいかなる努力をも支持するし、客観公正の立場を堅持して自分なりの方法で勧和促談していく。一方の側の肩を持つとか火に油を注ぐとかはせず、ましてや火事場泥棒の類いはしない。いかなる国が中国に(一方の側に立つよう)選択を迫ることも許さないし、ましてや中国の立場を歪曲したり否定したりするなどもってのほかである。また、中国の企業及び個人に対する不法で一方的な制裁もやめるべきである。仮に中国が選択しなければならないとすれば、中国が選択するのは和平、勧和促談、政治解決の側である。ロシアに対して武器提供するなと中国に要求する国々があるが、一体誰が戦争当事者に武器を提供しているかは全世界がハッキリ見て取っていることであり、我々は、そういう国々が火に油を注ぐことをやめ、中国を中傷誹謗することをやめるよう促す。
○在中米企業:中国にはアメリカの7万社以上の企業がいる。米中貿易委員会の統計によれば、90%近くが黒字であり、大多数の企業は中国に残留することを考えている。中国の開放の大門は広がる一方であり、さらなる市場化、法治化、国際化というビジネス環境の改善を図っていく。しかし、中国企業であると外国企業であるとを問わず、中国での経営は法律に依拠するべきである。
○中米両軍関係:中米両軍関係が今日直面している困難の原因については、アメリカは先刻承知だ。すなわち、中国側に対する一方的制裁(浅井:李尚福国防相もアメリカの制裁リストに含まれている)を含め、両軍交流協力に当たってはまず障害を取り除くべきである。
 アメリカのメディアによれば、バイデンの今回の「放言」と同じようなケースは、過去にもあったそうです。例えば、6月21日の「米中雪解けを台無しにしたバイデンの独裁者呼ばわり」と題するウォールストリート・ジャーナル紙(WS)報道記事によれば、大統領選を戦っていたクリントンが江沢民を「北京の屠殺者」("Butchers of Beijing")と呼んだケースは今もなお語り草だといいます。またこの記事は、バイデン自身、2020年の大統領選挙期間中に習近平のことを「凶悪犯・殺し屋」(thug)と呼び、大統領になった2ヶ月後には、(習近平の)体には「民主主義の骨」("democratic bone")がない、とも言ったことを付け加えています。
 その上でこの記事は、バイデンの「放言」について次のように指摘しています。ゼロ・サムのパワー・ポリティックス的発想ではありますが、バイデンの「放言」の危うさを突いています。
 とは言え、今回の痛烈な批判は北京との緊張を緩和しようするアメリカの努力のさなかに起きた点でタイミングが悪かった。ブリンケンの訪中は、米中関係が騒然としているときでもコミュニケーション・ルートは維持しておこうということで企画されたものだったからだ。
 バイデンの対外政策理論は、この10年間が民主主義と権威主義のどちらが地政学上の勝負において勝ち名乗りを上げるかを決めることになる、というものだ。バイデンの幕僚たちは、双方が争い、協力する上では、障害がつきものであることを認めている。しかし、外交上の目標は、両国関係がどのように危機に充ち満ちていても、トラックから飛び出さないようにするためのガードレールを維持するようにすることだ。現在の問題は、今あるガードレールが今回のようなセットバックによる圧力に耐えうるほどに強靱かどうかということだ。
 ところがバイデンは、自らの発言の持つ政治的意味合いについて意に介していないようです。すなわち、6月22日にインドのモディ首相とともに記者会見したバイデンは、習近平を「独裁者」呼ばわりした自らの発言が米中関係改善に影響しないだろうとし、発言自体についても、「中国に関して事実だと考えていることについての発言を変えようとは思わない」("Saying what I think is facts with regard to China is just not something I'm going to change very much,")と居直りました(同日付ポリティコ紙(WS)報道)。さらに彼は、「近い将来に習近平主席と会いたいと思っており、(自らの「放言」が)影響するとは考えない」("I expect to be meeting with President Xi sometime in the future, the near term, and I don't think it's had any consequence,")と涼しい表情で述べているのです(同日付ウォールストリート・ジャーナル紙(WS)報道)。
 この「放言」騒ぎに先立つ6月20日付けのロシア・トゥデイ(WS)は、「自らをキッシンジャーと比べるバイデン」と題する記事を掲載しています。私は、「開いた口が塞がらない」思いを味わいました。まずは記事の内容を紹介します。記事はもちろん、バイデンの発言に辛口のコメントをつけていますが、ここでは省略します。
 バイデンは、(上記「放言」をした)2024年の大統領選挙資金集めキャンペーンをしている中で、自らの豊富な対外政策上の経験を自慢し、5月に100歳になったキッシンジャーですら彼(バイデン)を超えることはできないと主張した。「極めて侮辱的なことを言いたい。キッシンジャー博士を含めた存命中の誰よりも、私はアメリカの対外政策のことについて知っていると思う。」("I'm going to say something outrageous. I think I know as much about American foreign policy as anybody living, including Dr. Kissinger")「それが私の207年という全人生でやってきたことだ。」とバイデンは冗談を言った。(中略)
 最近の対外政策上の成果に関しては、バイデンは、ウクライナ紛争のさなかにもNATOの分裂が回避されたことを挙げた。「プーチンは、(ウクライナに)侵攻した際、NATOをほぼ確実に分裂させることができると思っていたが、NATOは今過去のいかなる時よりも団結している。」とバイデンは述べた。(ロシア・トゥデイは、このバイデンの発言の事実誤認を正面から指摘するのではなく、ロシアの特別軍事行動の目的について、プーチンは開始に当たって、ウクライナの非軍事化と非ナチ化、そして中立確保とNATO非加盟を挙げたこと、この目的が変わっていないことをプーチンは最近の発言でも確認している、と指摘しました。)
 バイデン大統領は1942年11月生まれですから、私よりは1歳強若いのですが、それにしてもこの自信過剰ぶり、そして、習近平に対する「放言」についてあっけらかんとしている様を見ると、「殿、ご乱心」を通り越して、いよいよ恍惚老人の仲間入りではないか、という心配が募ってきます。国際関係に影響を与えない中小国の指導者であればともかく、その一挙手一投足が世界に激震を与えかねない超大国・アメリカの最高指導者なのですから、私の心配がもっと世界的に共有されないと、とんでもないことになりかねません。