<G7広島サミットと日中関係>

(安保3文書と中国)

 中国の岸田政権に対する評価は、2022年12月16日に、中国を「最大の戦略的挑戦」と規定するいわゆる安保3文書(国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画)を閣議決定し、これを「土産」に本年1月11日にワシントンで行われた日米安全保障協議委員会(「2+2」)が「(日米の)新たな国家安全保障戦略及び国家防衛戦略が軌を一にしていること」を確認(共同発表)し、それを受けた1月13日の日米首脳会談でバイデン大統領が「日本の果敢なリーダーシップを賞賛」(日米共同声明)した時点で定まった、と見るべきだ。
 その集中的表現は、中国における対日研究の中核である中国社会科学院日本研究所の楊伯江所長が2022年12月23日付けの中国共産党機関紙・人民日報に発表した「地域の平和と安定を脅かす新安保戦略」(原題:"日本新安保战略威胁地区和平稳定")と題する文章だ。楊伯江は、「(3文書は)日本国憲法の平和主義理念に徹底的に背くものであり、地域の平和と安定に新たな脅威を及ぼす」とし、その戦略の本質は「外向性と攻撃性」にあると断じた。

(サミットまでの動きと中国)

 しかし、岸田政権は中国の警告を無視して、中国とロシアを狙い撃ちすることに照準を定めたG7開催に突っ走った。
 岸田首相は、1月9日から15日にかけて欧米5ヵ国を歴訪した。「G7が結束して法の支配に基づく国際秩序を守り抜くべく連携していくことを改めて確認できた」ことを歴訪の成果として強調したことに端的に表れているように、歴訪最大の狙いは、中国及びロシアにG7が結束して対抗することの確認、そして、日本がその先頭に立つことをG7各国に売り込むことにあった。
 中国はもちろん岸田首相の意図を100%把握していた。1月10日付け環球時報社説は、「岸田歴訪の主要テーマは、「中国の脅威に対する協調対処」だ。もっとハッキリ言えば、G7で「反中結託」することだ」と指摘した。1月14日付け環球時報社説は,岸田政権の危険性について次のように断定した。
 「岸田訪米には3つの「プレゼント」がある。①日米同盟関係深化とアメリカのインド太平洋戦略に対する忠誠表明、②反中報告の見返りに「専守防衛」突破への支持取り付け、③「中国脅威」宣伝による軍拡・戦争準備の煙幕。これにより、70年以上にわたる日米同盟は重大な調整を行う。すなわち、日本は「盾」に留まらず、「戈」となる。アメリカはこれを最大限支持する。その本質は、戦後国際システムを転覆し、第二次大戦の結果をチャラにすることだ。
 G7では、日本は議題を主導し、引っ張る役割を担っている。日本の戦略的衝動とアメリカの対中戦略上の私心が共鳴し、アジア太平洋ひいては国際社会はかつてない巨大なリスクに直面している。」
 なお、G7広島サミットに先立って、4月11日に出された外交青書は、中国の動きを「これまでにない最大の戦略的な挑戦」と明記した。4月16日から18日に開催されたG7外相会議も中国対処が事実上の主題だった。また3月31日には、「外国為替及び外国貿易管理法」改正方針を発表し、アメリカの中国に対する半導体規制政策に同調して、半導体製造設備の輸出管理を拡大することを明らかにした。中国がこれらに厳しく反発したことは当然だ。ただし、この段階までの公然とした対日批判は学者、メディアによって担われ、中国政府が表に立つことは控えられた。この状況が一変するのは、サミット直前の岸田首相の記者会見発言からだ。

(サミット開催と中国)

 サミット開催に先立って記者会見(5月15日)した岸田首相は、中国及びロシアを名指しして実力による現状変更を許さない、台湾問題は対話を通じて平和的に行うべきだ、と公言したと報道された。これに対して、5月16日及び18日の中国外交部定例記者会見で、汪文斌報道官は次のように激しく批判した。
 「G7サミット主催国である日本は、挑発とブロック対決に血迷って、地域の利益を侵害している。中国はこれに断固反対だ。
 日本は隣国をおとしめることに全力を挙げることで、一方的に現状を変更しようとする意図を覆い隠している。ポツダム宣言、カイロ宣言等の国際法文件は戦後国際秩序の国際法的基礎を構成しており、底では台湾の中国復帰を第二次大戦後の国際秩序の構成部分だと明記している。しかるにある時から、日本国内の一部勢力は極力侵略の歴史を美化し、軍国主義を呼び起こし、甚だしくは「台湾有事は日本有事」と騒ぎ立てる。これこそが現状変更の企みではないか。
 仮に日本が真に一方的現状変更に反対するのであれば、歴史を逆行させようとする国内の勢力を旗幟鮮明に押しとどめ、自身の軍国主義侵略の歴史を真剣に反省し、第二次大戦後の国際秩序を遵守することを明確に確認し、一つの中国原則と中日4政治文件の精神を厳格に守るべきである。」(5月16日)
 「台湾海峡の平和と安定における現実的脅威は、台湾民進党当局が一つの中国原則を体現している「九二共識」を承認することを拒み、「台湾独立」の分裂活動を頑固に推し進め、両岸が一つの中国に属するという台湾海峡の現状を改変しようと試みていることにある。アメリカ、日本などの一部の国々は一つの中国原則を空洞化しようと不断に企み、政治、軍事、経済面で「台湾独立」勢力と結託、呼応しており、台湾海峡情勢の緊張に逃れることのできない責任を負っている。
 台湾海峡の平和だけを言い、「台湾独立」に対する反対を言わないことは、「台湾独立」勢力の気炎を助長するのみで、必ずや台湾海峡の平和と安定のさらなる破壊を作り出すに違いない。
 台湾問題の平和的解決だけを言い、中国統一支持を言わないことは、実質的に中国統一阻止を企み、両岸の分裂を作ることであり、中国人民の断固たる反対に遭遇するに違いない。
 我々ほど台湾海峡の平和を大切に考えているものはいない。我々は、最大限の誠意を持って、両岸の平和統一という目標達成に最大限の努力を払う。しかし、台湾海峡の平和維持を名目に、「台湾独立」分裂活動を抑え込むことを束縛する如何なる勢力をも絶対に受け入れず、「平和」を名目に中国内政に干渉する如何なる勢力をも絶対に許さない。
米日等G7諸国に対しては、ちゅうごくとの観の二国間の政治文件を遵守し、一つの中国原則を遵守し、「台湾独立」勢力に対する支持をやめ、台湾問題に関する挑発・火遊びをやめ、14億中国人民と対立する事なかれ、と懇ろに促す。」(5月18日)
 サミット終了後の5月21日、中国外交部の孫衛東次官は垂秀夫大使を招致し、G7広島サミットが中国関連テーマで大騒ぎしたことについて厳正な申し入れを行った。中国外交文の発表文は以下のとおり。
 孫衛東は次のように指摘した。G7はブロック対決と冷戦思考に凝り固まり、その行いは歴史の大勢、客観的事実及び国際道義に反した。日本はサミット主催国として、サミットの一連の活動及び共同コミュニケにおいて、関係諸国とグルになって中国を中傷攻撃し、中国内政に粗暴に干渉し、国際法の基本原則と中日4政治文件の精神に違反し、中国の主権、安全及び発展の利益を侵害した。中国は強烈に不満であり、断固反対する。
 孫衛東は次のように強調した。台湾は中国の台湾であり、台湾問題は中国人自らのことであり、中国人によって決めるべきである。台湾問題は中国の核心利益中の核心であり、中日関係の政治的基礎にかかわる問題であり、越えてはならないレッド・ラインである。如何なるものも、国家主権と領土保全を防衛する確固たる決意、断固たる意志そして強大な能力を過小評価するべきではない。香港、新疆、チベットに関する問題は純然たる中国の内政であり、如何なる外部勢力による批判、干渉も絶対に許さない。中国は国際海洋ガヴァナンスの守護者であり、建設者である。現在の東海(東シナ海)、南海(南シナ海)の情勢は総体として安定しており、いわゆる「実力による現状変更」という悪意に満ちた煽動は事実に違反する。中国は、互利共嬴の開放戦略を確固として奉じており、「経済的威圧」、「債務の罠」という汚名を中国に浴びせることはできない。アメリカこそが国際秩序ルールを破壊し、世界経済運行を撹乱する張本人、最大リスクである。中国は一貫して自衛防御の核戦略を奉じており、核先制不使用政策を堅く守っており、一貫して核戦力を国家安全に必要な最低レベルで維持しており、5核保有国の中で以上についてコミットを行った唯一の国である。中国の立場は公明正大であり、歪曲は許されない。
 孫衛東は次のとおり強調した。中国は責任を負う大国であり、国連を核心とする国際システム、国際法を基礎とする国際秩序そして国連憲章の精神と原則を基礎とする国際関係の基本原則を断固として擁護し、少数の国々がでっち上げた「ルールなるもの」を絶対に受け入れない。西側諸国が勝手に他国の内政に干渉し、グローバルな問題を弄ぶ時代はもはや過去のものだ。中国は、G7諸国が開放包容の時代の大勢に従い、閉鎖的排他的な「小グループ」作りをやめ、他国を押さえつけたり、圧力をかけたりすることをやめ、対立を作りだし、これを煽ることをやめることを促す。日本は、対中認識を正し、戦略的自主を我がものとし、中日4政治文件の原則を遵守し、建設的姿勢で両国関係の安定的発展を推進するべきである。
 なお、岸田首相肝いりでG7指導者が広島原爆資料館を訪れた件について問われた中国外交部の汪文斌報道官は次のように述べた(5月19日の定例記者会見)。
 「日本は、表面上は核兵器のない世界を目指すと言っている。しかし、実際にはアメリカの「核の傘」を受け入れ、アメリカが核兵器先制使用政策を放棄することに反対し、これを阻んでいる。日本がこの問題で偽善的立場をとらないことを希望する。」

<中国外交と日本外交を隔てるもの>

 中国外交にとって、周辺諸国との関係はいわば鬼門だ,と述べた。中日関係は鬼門中の鬼門である。筆者はあえて断言するが、中国は日本と長期にわたる善隣友好関係を確立することを心底望んでいる。1972年の日中国交正常化の際に明らかにしたように、中国は日本が日米関係を最重視し、日米同盟堅持であることを認識し、承認した上で、日中善隣友好関係を発展させていくことは可能だと考えている。ただし、絶対に譲れない前提条件が一つだけある。それは、日本が「一つの中国」原則承認の立場を揺るがせないことだ(中米関係についても同じ)。
 G7広島サミットに至る経緯を詳しく紹介したのは、岸田政権が、中国の絶対に譲れない前提条件である「一つの中国」原則を土足で踏みにじり、しかも、バイデン政権の「お先棒」を担いで、サミットをG7首脳の「反中そろい踏み」の場にすることに,「目の色を変えて」取り組んだからであることに原因があることを確認するためだ。つまり、日中関係が最悪の状態に陥っている原因はひとえに日本側にあるということを、私たち日本人は痛切に認識する必要があるということである。
 最後に、日中関係はどうしてこのようにとげとげしい関係になってしまうのかについて、筆者の判断の所在を紹介する。読者にもよくよく考えてほしい、と心の底から願いつつ。結論を先に言えば、習近平が強調する「歴史観」、「大局観」そして「役割観」の有無、プラス(筆者が習近平に関して指摘した)「実事求是」「調査研究」及び伝統思想の5点に関する日中間の懸隔という問題を直視し、私たちの発想のあり方を根底から見直す必要がある。

(歴史観)

 2020年1月6日付け人民日報(前掲)の記述を借用すれば、中国にあって日本にないのは、「自国及び世界の発展の大勢を把握」する歴史観である。筆者流に言い換えるならば、歴史の流れを把握し、その中での自らの立ち位置を認識する,という発想である。筆者は、この問題が極めて深刻であることを、日本政治思想史の丸山真男の著作を通じて学んだ。
 日本・日本人にこの歴史観・発想が欠落していることが,日本軍国主義の中国侵略の歴史を忘れ、植民地支配が世界史的に清算されたことを忘れ、日中国交正常化は「一つの中国」原則を日本が承認したことではじめて可能になったことを忘れてしまうことにつながっている。この3点を拳々服膺する日本・日本人であれば、日中対立はあり得ないのだ。

(大局観)

 再び2020年1月6日付け人民日報の記述を借用すれば、中国にあって日本にないのは、「人類の前途命運を深く考察」する大局観である。筆者の個人的理解を踏まえて言えば、今なお国民国家形成期にある中国の大局観は、①主権国家から成る国際社会(国際システム)の存続は大前提、②世界はアメリカ一極支配から多極化への移行期、③相互依存(「世界のグローバル化」)は不可逆で、平和共存が主要命題,④地球規模の諸問題への国際的共同対処が喫緊の課題,以上4点から構成されているとまとめることができる。あえて言うが、①を含め、筆者の認識は中国の大局観と完全に一致している。
 "反中反ロの先頭に立ち、その牽引役となる"ことだけがG7広島サミットに臨む岸田政権の問題意識のすべてだった。大局観の片鱗すら欠落している。これでは、中国に太刀打ちすることは望むべくもない。中国は日本政治の矮小さに呆れかえっているに違いない。

(役割観)

 中央政府がない国際社会は、①主権国家の対等平等(=国際民主主義)と②国際の平和と安定に関する大国の役割、という相矛盾する2つの原則を承認することで成り立つ。それを今日的に体現しているのが国連憲章である(総会と安全保障理事会の共存)。国際の平和と安定が維持されるか否かは、大国が責任ある行動をとるか否かに大きく左右される。
 「中国の特色ある大国外交」を標榜する習近平・中国は、以上の国際社会の本質を認識し、国際の平和と安定に対する大国・中国の責任を明確に認識し,行動することを心がけている。人民日報が指摘する「中国の特色ある、時代精神を体現した、人類の発展進歩の潮流を導く新理念・新主張・新イニシアティヴ」とは,正にそのことを意味している。
 中国は19世紀に中華帝国から半植民地に突き落とされ、欧米日列強が支配する国際社会の底辺で呻吟し、臥薪嘗胆した。「大国であると同時になお途上国の段階にある」という自己規定は、事実認識であるとともに、国際社会の上記本質をわきまえた上での大国・中国の「役割観」の表明にもつながっている。
 日本はまるきり違う。「脱亜入欧」(明治)から「対米一辺倒」(敗戦後)、そして「西側の一員」(今日)まで、日本外交が一貫して追求してきたのは、自己目的としての「大国化」路線だ。「大国面(づら)」することには余念がないが、大国としての責任・役割意識はゼロだ。
 一つだけ例を挙げる。日本は、福島第一原発の核汚染水を海洋に放出しようとしている。中国、南北朝鮮、南太平洋諸国など、海洋汚染の影響をもろに被る国々はこぞって強く反対している。しかし、岸田政権は、広島サミット共同声明に「科学的根拠に基づき国際原子力機関(IAEA)とともに行われている日本の透明性のある取組を歓迎する。我々は、同発電所の廃炉及び福島の復興に不可欠である多核種除去システム(ALPS)処理水の放出が、IAEA安全基準及び国際法に整合的に実施され、人体や環境にいかなる害も及ぼさないことを確保するためのIAEAによる独立したレビューを支持する。」(第26項)という文言を忍び込ませ,あくまで強行する構えだ。
 仮に日本が小国であれば、このような身勝手が国際的に許されるはずはないし、そもそもこのような身勝手な行動は慎むだろう。この汚染水問題に関する岸田政権の行動は、大国・日本が如何に無責任であることを何よりも雄弁に物語っている。

(「実事求是」「調査研究」)

 日本・日本人は、敗戦を機に一夜にして「鬼畜米英」から「対米追随」に切り替わったという決して名誉ではない歴史を持つ。しかし、戦後に関する限り、「良きアメリカ」イメージは年とともに沈殿し、今や固形化している有様だ。
 しかし、今日のアメリカは昔日のアメリカではない。たとえ、占領期のアメリカが日本に対して「善政を施した」(筆者はまったく同感しないが)としても、日米繊維協定(1972年)、核密約(同年)、軍事的国際貢献強要(「血を流せ」。1991年)、リーマン・ショック(2008年)、トランプ・ショック(2016年~)等々、政治、経済、軍事・安全保障各分野で日本が被った被害は枚挙にいとまがない。その極めつけは、日本がアメリカと軍事的に一体化するための9条改憲となるだろう。ずるずるべったりの現状追認に終始する日本・日本人の典型が日米関係だ。
 中国共産党が伝統的に重視し、(大躍進・文化大革命の失敗の教訓に学んだ)鄧小平が強調し、習近平が改めて強調する「実事求是」「調査研究」の意味を改めて確認すれば、内外政両面において、物事をリアルに凝視(実事)し、調査研究を通じて、その中に潜む真実を見極める(求是)ことを言う。日本の対米外交の硬直性と際立った対照をなすのは、レッド・ライン(台湾問題)については妥協・譲歩の余地がないことを明確にしつつ、それ以外の問題については折り合いがつく着地点を追求するアプローチである。既に紹介した「天高任鳥飛,海𤄃凭魚躍」「得其大者可以兼其小」は正にそれを表す。

(伝統思想)

 既に述べたとおり、「中国の特色ある大国外交」を唱道する習近平・中国は、中国の伝統思想を現代に蘇らせることに極めて意欲的だ。そこには、政治・経済・軍事のみならず、たとえば「伝統思想にはマルクス主義思想と符合する点が少なくない」という指摘に窺われるように、中国は政治思想の分野でも秀でた歴史を有する大国であるという強烈な自負心の裏付けがある。
 筆者が常々思うのは日本政治の思想的貧困だ。保守、革新を問わない。明治維新以来、欧米政治思想の翻訳には熱心だが、デモクラシーを含め、日本に根を生やしたものはない。勉強不足だったら指摘を乞いたいが、明治以前に政治思想と呼ぶに足るものが存在していたかどうか自体、はなはだ疑問だ。その端的な結果が「脱亜入欧」、「対米一辺倒」、「西側の一員」なのだ。