中国は早くから日本政治の右傾化を憂慮し、日本の世論が右傾化を阻止し、日中友好実現の担い手になることを熱望してきました。しかし、最近の中国側論調を見ていると、日本世論自体が右傾化を深めていることを直視し、日中関係の将来を楽観できないのではないか、という指摘が現れるようになっています。
 5月9日の環球時報に掲載された、林雪原、趙覚程,劉宇署名文章「反戦識者の相次ぐ死去 高齢化する日本平和運動」(原題:"【环时深度】反战名人相继离世!日本和平主义运动"日渐老化"?")の以下の指摘は身につまされるものでした。

 5月3日の憲法記念日に、岸田首相は再度改憲を呼びかけた。日本政府は長年にわたって不断に平和主義を空洞化し2022年末には安保3文件を決定して、「専守防衛」原則まで放り投げ、日本憲法の平和理念に決定的に背いた。
ある学者はアメリカのネット上で、日本では、国家レベルにおける平和主義は既に「八つ裂き」にされ、以前は活発だった市民レベルの平和主義者も防衛政策の変化に今や強く反対しておらず、日本の平和運動が「日増しに老化している」ことを表している、と述べている。5月2日の共同通信が報じた世論調査によれば、憲法改正に「関心がある」、「ある程度関心がある」者が67%を占めた。しかし、この世論調査によれば、日本人の71%は改憲世論がそれほど大きくはないと考えている。それでは、日本の平和運動の現状はどうなっているのか。平和主義の没落は日本及びアジアに如何なる影響をもたらすだろうか。
 中国国際問題研究院アジア太平洋研究所特別研究員の項昊宇は、環球時報のインタビューに、次のように述べた。
 日本の平和主義衰退は、社会思潮及び政治状況の保守化、右傾化と密接に関連している。「失われた30年」を経た後も、日本は発展上のボトルネックを打ち破ることができず、深刻な少子化問題、経済の長期低迷にも直面して、人々の心理及び国家戦略にも深刻な影響が及び、これらのことが合わさって社会全体が保守化した。
 国際環境においては、日本の相対的衰退と対照的な中国の台頭、朝鮮の「脅威」に直面して、日本の国際環境がますます深刻になり、国家の生存と発展に対する新たな挑戦だと認識した。
 以上の状況のもと、日本国内には平和主義に対する「反省」が起こり、単純な平和主義では時代の要請に応えられず、日本が直面する安全保障上の課題、挑戦にも対応できない,という認識が生まれている。
 日本国内の平和主義、反戦主義は、戦争の惨禍を被った時代の人々の反省に基づいている。しかし、この世代は次々と世を去り、他方、戦争の惨禍を経験していない世代における歴史の記憶は薄れつつあり、平和主義及び反戦主義に対する感情及び認識も薄れつつある。また、古い世代の中には周辺諸国に対する侵略及び植民に参加したものがおり、彼らの間には贖罪意識もあったが、若い世代にはこのような思想的な重荷はなく、日本は普通の国になるべきであり、歴史に縛られる必要はない、と考えている。
 日本が戦後急速に復興した重要な原因の一つは長期にわたって奉じてきた平和主義にある。しかし、現在、平和主義が衰退しているということは、日本が軍事力強化のかつて歩んだ道に対する反対の声を弱めることを意味するだけではなく、日本が今後戦争に巻き込まれるリスクが大幅に高まるということをも意味している。
 最近、G7広島サミットと絡めて中国外交・日中関係に関する執筆の誘いがあり、原稿を書きました。ただ、字数が原稿用紙で12枚ほどということでした。ところが、書き終えた原稿は40枚近くの分量になってしまいました。無理矢理12枚程度に圧縮しましたが、もとの原稿を無駄にしたくないので、コラムに載せることを思い立った次第です。
 ただし、読みやすくするため、「1.中国外交の基本的性格」及び「2.習近平・中国の「中国の特色ある大国外交」」と、「3.G7広島サミットと日中関係」と,2回に分けて紹介します。

1.中国外交の基本的性格

中国外交を認識し、理解することは簡単ではない。特に、私たち日本人にとってその認識・理解に立ちはだかる壁はとてつもなく厚く、しかも幾重にも重なっているように思われる。しかし、アジアひいては世界の平和と安定を希求するものである限り、恒久的な日中友好を実現することは不可欠であり、この壁をなんとしてでも克服しなければならない。
 今日の中国外交を理解するためには、まず、中国の歴史的、国際的立ち位置を認識すること、次いで、中国外交を担う主体の問題意識を把握すること、この二つが不可欠である。
(歴史的国際的立ち位置)
 私たちはまず、中国の歴史的国際的な立ち位置のユニークさ・難しさを認識する必要がある。歴史的には、中国はなお強烈なナショナリズムに基づく国民国家(nation-state)建設期にある。しかし国際的には、中国は世界第2位の経済大国であり、世界一極支配に固執する超大国・アメリカと相互依存の不可逆的進展という真逆のベクトルが働く未曾有の国際環境に直面して、「大国」として如何に行動するかを自問自答しなければならない立場に立たされている。あえてそのユニークさ・難しさを筆者の個人的経歴に引きつけて喩えるならば、外交実務に就いた途端に日本外交の舵取りを丸抱えさせられた状態、とでも言えようか。
(外交主体の問題意識)
 中国は中国共産党が領導する国家であり、外交を担うのも党である(中国共産党章程前文参照)。「領導」という言葉は日本語としては馴染みがない。「率いて導く」という意味である(ちなみに、『日本国語大辞典』は「指導して統率すること」としているが、中国の『現代漢語辞典』にある「率領并引導」とは意味に開きがある)。
 中国共産党は、1949年から1978年までの国内建設の領導において模索(ソ連型計画経済→人民公社→文化大革命)を重ね、結果的に道草を強いられた。国内建設が軌道に乗り、本格化したのは1978年に鄧小平が打ち出した改革開放以後のことである。
 これに対し外交では、早くから平和共存5原則(領土保全、相互不干渉、相互不侵略、平等互恵、平和共存)に基づく国家関係を提唱、実践し、特に近隣諸国との関係では善隣友好を重視してきた。その原則的立場は今日も不変である。しかし、大国(特に米ソ)との関係では、1978年まではイデオロギーが先行(「三つの世界」論、反覇権闘争)した。中国共産党が対大国外交に本腰を入れて取り組むのは改革開放が始まってからのことだ。
 1978年以後、中国共産党は、改革開放・国内建設を最優先し、それに資する国際環境を確保するための外交(特に対米)を追求した。人口に膾炙したのは、鄧小平が打ち出した「韜光養晦」(「才能を隠して、内に力を蓄える」)である。そして、21世紀に入ってからの中国の内外状況は大きく変化した。エネルギー等資源の対外依存の急増、中国の経済力・軍事力の急速な増大、これを受けたアメリカ(オバマ政権以後)の対中警戒の高まりと台湾問題の争点化、これに対抗する中国国内の対米ナショナリズム意識の顕在化などがそれである。
 2012年に総書記に就任した習近平は、「独特の世界観、政治信念、使命感を備え、中国の偉大さに確信を持つ」政治家だった(2015年1月20日にニューヨーク・タイムズ(中国語版)のインタビューに応じた中国人民大学・時殷弘教授発言)。筆者は時殷弘の指摘に同感だ。習近平は正に「(中国現代史という)時代の申し子」と言える。
 習近平の外交スタイルに関して言えば、「意志が強く、決断力に優れていたけれども、陳雲、李先念、葉剣英など同世代指導者との意思疎通を重視した鄧小平よりも、カリスマ的な存在である毛沢東に近い」。しかし、「毛沢東は大局を重視したが、実務にはかかわらなかった」のに対して、「習近平は大局、実務の双方を重視する点で異なる」という指摘(時殷弘)にも、筆者は納得する。
 この指摘を端的に裏付けるのは、2012年12月から2019年11月までの間の習近平の外交に関する発言を集録した『習近平中国特色大国外交論述概説』(2019年12月出版。以下「概論」)である。2020年1月6日付け人民日報はその紹介文の冒頭で次のように述べている。
 「18回党大会以来、習近平を核心とする党中央の確固とした領導のもと、我が国対外工作は歴史的な成果を獲得した。波瀾万丈の外交実践の中で、習近平は中国及び世界の発展の大勢を把握し、人類の前途命運を深く考察し、中国の特色ある、時代精神を体現した、人類の発展進歩の潮流を導く新理念・新主張・新イニシアティヴを提起し、習近平外交思想を形成した。」
 人民日報紹介文は、概論の構成について、①対外工作に対する党の集中統一領導(一)、②中華民族の偉大な復興を使命とする中国特色大国外交(二)、③人類運命共同体を旗印とする世界建設(三)、④中国特色大国外交の理論・実践・創新(四~十)に分類する。取り上げるテーマは幅広く、その論述は立ち入っている。習近平が如何に中国外交に力を注いでいるかを理解することができる。
 時殷弘の次の指摘は実に的確だ。「外交政策の分野で、(内政における)王沪寧のようなブレーンがいるか」という質問に対して、時殷弘は「誰も外交ブレーンだとは思わない。あり得ない。習近平の周りには多くの人材がいるが、全員が参謀あるいは情報提供者に過ぎない。むしろ、こう言いたい。習近平自身が自分の幕僚長である、と。」
 習近平の外交スタイルについてさらに踏まえておくべき特徴は、中国共産党の伝統的作風である「実事求是」(事実に即して真理を探究し、問題に対処する)及びそのための「調査研究」を重視し、これに徹する姿勢、それと中国伝統思想を現代に蘇らせることへの強い関心だ。
 「実事求是」及び「調査研究」に関して言えば、習近平は2012年に総書記に就任してからの最初の2年間は「戦略的に軍事を重視し、遅れていた軍事力を伸ばしたという成果は上げたが、日本等隣国ひいてはアメリカとの軍事衝突のリスクを増大させた」点で「戦略的損失は小さくなかった」(時殷弘)。これに学んだ習近平は「実事求是」「調査研究」の原点に立ち返り、以後実践を通じて「外交戦略を徐々に形作っていった」(同)。時殷弘の指摘が的外れではないことは、概論には2013年までの発言の集録が極めて少ないことでも裏付けられる。概論は「実事求是」「調査研究」に基づく外交実践を踏まえた「習近平外交思想のエッセンス」と特徴付けることができる。
 中国伝統思想の重視に関しては、中国共産党20回党大会報告は、「マルクス主義の基本原理と中国の具体的実際とを結合させ、中華の優れた伝統文化と結合させることによってのみ、時代及び実践が提起する重大問題に正しく回答することができる」とし、(中国人民が歴史的に蓄積してきた)「宇宙観、天下観、社会観、道徳観は社会主義価値観の主張と高度の一致性がある」と指摘する。その一致性の具体例としては、「天下為公」と人類解放、「天人合一」と唯物主義、「民為邦本」と人民による歴史創造、「大同社会」と共産主義、等々が指摘される。
 習近平は、外交分野においても中国伝統思想を現代に蘇らせることに強い関心に関している。様々な機会における彼の発言・引用事例を紹介しておく。
○「大道之行也,天下為公」:人類運命共同体構築。
○「法者,天下之准縄也」:国際関係の法治化。
○「一花独放不是春,百花斉放春満園」:国際社会の共同発展。
○「海納百川有容乃大」:世界の多様性。
○「合則強,弧則弱」:合作共嬴。
○「求同存異」:新型国際関係。
○「君子一言駟馬難追」「国雖大,好戦必亡」:永遠に覇を唱えず。
○「天高任鳥飛,海𤄃凭魚躍」「得其大者可以兼其小」:中米共存関係。
○「聡者聴于無声,明者見于無形」「積水成淵,積土成山」:中米新型大国関係。
○「親誠恵容」「与隣為善,以隣為伴」:周辺諸国善隣関係。*この二つは古典に由来するものではなく、中国共産党治下で確立した近隣関係形容語。
○「明者因時而変,知者随世而制」:アジア新安全保障システム構築。
○「備豫不虞,為国常道」:国防の重要性。

2.習近平・中国の「中国の特色ある大国外交」

 「韜光養晦」外交を払拭したのは、2014年11月29日に中央外事工作会議で習近平がはじめて打ち出した「中国の特色ある大国外交」である。さらに、約4年間の外交実践を踏まえて開催された2018年6月23日の同じ会議で、習近平はその内容を、①正確な歴史観、大局観及び役割観に立脚した国際情勢の把握、②人類運命共同体構築を旗印に掲げたグローバル・ガヴァナンス・システムの公正化・合理化推進、③「一帯一路」建設と対外開放のさらなる推進、④安定的でバランスのとれた大国関係の推進、⑤環境改善のための周辺外交、⑥「天然の同盟軍」である途上諸国との関係発展、と具体化した。
 以上の①~⑥を踏まえて、2018年から現在(2023年)までの中国外交の歩みを、次のように整理することができる。
(中米)
 大国・中国は、国際相互依存の不可逆的進展(浅井:中国は「世界のグローバル化」という表現を好む)を踏まえ(歴史観)、国際社会の多極的平和共存にふさわしい国際秩序実現を志向し(大局観)、「一帯一路」建設推進等を通じて大国としての役割を果たす(役割観)ことを長期的基本方針(①~③)とし、大国関係を円滑に進めようとする(④)。
 直ちに理解されることは、この基本方針は世界一極支配に固執するアメリカの立場と真っ向から衝突する。バイデン政権が中国を最大の脅威と見なすのは故なしとしない。
 他方、中国はこの方針の実現を長期的プロセスと考えている。中国としては、アメリカもいずれは以上の歴史観と大局観を共有せざるを得ず(「聡者聴于無声,明者見于無形」「積水成淵,積土成山」)、それまでは平和的に共存していくことは十分に可能(「天高任鳥飛,海𤄃凭魚躍」「得其大者可以兼其小」)、と考えている。
 なお、バイデン政権が中国敵視の一環に領土問題(台湾、南シナ海)を持ち込み、国際的対中包囲網形成に利用することは、同政権が政治担当能力ゼロ以下であることを示す以外の何ものでもない。
 最悪のケース(米中軍事激突)の場合、アメリカが「勝利」するシナリオをアメリカ自身が持ち得ず(CSIS報告等)、待ち受けているのは東アジアひいては世界の壊滅的破壊のみである。仮に、アメリカがこのブラフを前に中国が「妥協」に応じる可能性はあると考えているとすれば、これまたまともな判断能力の欠落を証明する以外の何ものでもない。
 冒頭で述べたとおり、中国はなおナショナリズムに基づく国民国家(nation-state)建設期にあり、領土問題は「核心的利益の中の核心」,国民的なレッド・ラインそのものだ。習近平・中国は、「韜光養晦」外交を「中国の特色ある大国外交」に置き換えた、自負と誇りに満ち満ちた政権だ。
 しかも、台湾、南シナ海島嶼(西沙,南沙、東沙)が中国の領土であることは、本来、歴史的、法的に議論の余地はない。
 台湾に関しては、アメリカは戦略的考慮から、「領土的帰属未決論」を打ち出し、日本もそれに従った(1950年署名のサンフランシスコ平和条約)。しかし、中国が国連に復帰した際の国連総会決議は,中国が「唯一の合法的な代表」であることを承認した(蒋介石政権を追放)。また、米日を含め、中国と国交関係のある国はすべて「一つの中国」原則を承認している(詳しくは、2022年12月5日付けHP「コラム」参照)。南シナ海島嶼に関しては、筆者が別途解説している(直近では、2015年12月15日付け及び2020年9月13日付けのHP「コラム」参照)。
(中ロ)
 ロシアは、中国の長期的基本方針①~③を共有し、あるいはこれに近い認識・立場にある。また、中ロ関係は1990年代から頻繁な首脳相互訪問で培われてきた。ウクライナ問題まで続いてきたNATOの東方拡大で米西側との全面対決に直面するロシアと同じく、アメリカ(及びこれに同調する西側諸国)の敵対的(及び非友好的)な対中政策に苦慮する中国にとって、長大な国境を共有する両国の堅固な関係は最大の戦略的資産だ。
 国際社会の多極的平和共存にふさわしい国際秩序実現に向けた中ロ両国の協力・協調の事例に関しては枚挙にいとまがない。最近もっとも注目されているのは、「脱ドル化」に向けた動きだ。つまり、アメリカが対外経済制裁を乱発する中で、その「ドルの武器化」に対する警戒感の高まりが国際的な「脱ドル化」のための様々なスキーム作りの動きを強めている。中ロはその中心にあり、特に中国は強勢の人民元をバックに国際通貨システム見直しの流れを推進する役割を自覚している。
(周辺諸国)
 中国外交にとって、周辺諸国との関係はいわば鬼門だ。中国が平和共存5原則を唱えて環境改善(⑤)を図っても、大陸・中国にへばりつく形で存在する周辺諸国が大国・中国を見る目は純粋無垢というわけにはいかない。
 中国を封じ込め(東西冷戦時代)、あるいは敵視する(今日)アメリカ(及び国際世論に圧倒的影響力を振るう西側メディア)がこれに乗じる。中国にはその気がないのだが、周辺諸国との関係は「アメリカとの影響力・支配力争い」の様相をとることを宿命づけられている。
 ちなみに、ロシア外交にとっても欧州諸国との関係が鬼門だ。ウクライナ危機に際して激発したこれら諸国における「ロシア嫌い」(Russophobia)のすさまじさは、現在の日本における「中国嫌い」に勝るとも劣らない。
(途上諸国)
 中国が「天然の同盟軍」と位置づける途上諸国との関係では、「一帯一路」に基づく経済協力関係が確実に進展している。途上諸国が重債務に陥っている問題を中国の責任とする米・西側諸国の主張が国内でも垂れ流されているが、これは事実に反する。「一帯一路」の代表的成功例としては、ケニア、ラオスにおける鉄道建設が挙げられる。
 良好な経済関係を背景に、中国と途上諸国の政治関係も良好だ。中国が仲介したイランとサウジアラビアの外交関係回復は、シリアのアラブ連盟復帰実現、アラブ諸国の「アメリカ離れ」の動きなど、中東の政治地図を塗り替える勢いである。習近平が総書記に就任した2012年まで、24ヵ国が台湾と外交関係を持っていたが、その後、現在までに10ヵ国が台湾と断交、中国と外交関係を樹立し,台湾と外交関係を有するのはわずか14ヵ国を残すのみになっている。