ロシアがウクライナに軍事侵攻したのに対して、アメリカ以下の西側諸国(以下「米西側」)は厳しい経済制裁措置を発動し、また、ロシアの在外資産を凍結するに留まらず、それを没収し、ウクライナ支援(戦後復興への充当を含む)に振り向ける可能性を真剣に検討する有様(しかし、法的に越えられない壁があるということで、ウクライナ勝利の暁には、凍結資産をウクライナ戦後復興に充てることにロシアを同意させるという「捕らぬ狸の皮算用」に収斂しつつある)を目の当たりにして、「財産権の不可侵」(基本的人権の中でも中心的地位を占める)にまで土足で踏み入ろうとする米西側の「狂気」に、私は慄然とさせられました。しかし、慄然としたのは私だけではなく、米西側を除く世界の多くの国々(「グローバル・サウス」)も「今日のロシアは明日の我が身」と受け止めて、「脱ドル化」の動きを一斉に強めることになりました。つまり、対ロシア経済制裁の中心的役割を担う「ドルの武器としての使用」(ドルの武器化)が世界的な「脱ドル化」の流れを加速しているのです。
 私は、以上の受け止めが間違っていないかどうかを確かめたくてネット上で探しました。その結果、"Geopolitical Economic Report"というサイトで、マイケル・ハドソン(Michael Hudson)とラディカ・デサイ(Radhika Desai)という2人のエコノミストが1月13日から4月29日までの8回の対談で、「ドル問題」をテーマに、この問題にも深く掘り下げた議論をしていることを「発見」しました(2人の8回の対談を印刷したところA4で160ページでした)。私が良い意味で驚いたのは、この2人のエコノミストが社会主義経済制度の資本主義経済制度に対する優位という基本的スタンスに立って議論し、新自由主義に基づく金融資本主義の病理を剔抉し、世界は社会主義に向かっている(その関連で中国の社会主義経済の実践を高く評価している)ことでした。ちなみに2人は、新自由主義に染まってしまっている西側諸国の「左翼」(レフト)に対しては極めて批判的です。話がそれてしまいましたが、2人の発言を通じて、私は冒頭に述べた個人的受け止めが間違っていないことを確信できました。
 ちなみに、2人には多くの著書があることも知りました。中でも私が強く興味を感じているのは、ハドソンの『文明の運命-金融資本主義、産業資本主義、または社会主義-』(原題:"The Destiny of Civilization: Finance Capitalism, Industrial Capitalism, or Socialism")と『超帝国主義-アメリカ帝国の経済戦略-』(原題:"Super Imperialism: The Economic Strategy of American Empire")で、(アングロサクソンに代表される)金融資本主義経済から(中国が実践しているような)社会主義経済への移行が「歴史的必然」であることを説き明かす内容らしいです。私は「80の手習い」で、この2冊にチャレンジするつもりです。
 以下では、「米西側とロシアの全面対決の行方」と題する3回シリーズで以上の問題を考察します。今回(第1回)は、世界的な「脱ドル化」を引き起こすに至ったアメリカの世界経済支配戦略が破綻しつつある歴史的経緯に関する2人の発言(第1回の対談)骨子を紹介します。次回(第2回)は、アメリカがロシアに対してドルを武器として使用する手段に訴えたことが世界的な「脱ドル化」の流れを加速させていることに関する中国側の分析を中心に紹介します。最後(第3回)は、米西側の厳しい経済制裁はロシア経済を締め上げることからほど遠く、ロシアは勝利を確信して沈着に行動していることを、プーチン大統領とラブロフ外相の最近の発言を見ることで確認します。
 私がこの3回シリーズを思い立ったのは、ロシア・ウクライナ戦争に関する米西側(日本を含む)の現状認識が実際からかけ離れているのではないかという思いをますます強くしているからです(そもそも、この戦争の性格をどう見るかに関しても、日本を含む米西側の判断は間違っていることは、これまでたびたびコラムで指摘してきました)。ロシアに関して国内に氾濫しているのは西側報道の受け売りであり、「悪者=ロシア」が戦争で劣勢に立たされているとするものばかりですし、ロシア国内情勢についても「ロシアは弱っている」とする西側メディアの希望混じりの報道が目立ちます。逆にウクライナに関しては、ゼレンスキーに関するものを筆頭に、美化する報道ばかりです。
 しかし、ウクライナは第二次大戦で敗色濃厚になった頃の日本の絶望的様相に酷似した状況だと私は判断しています。米西側の軍事支援だけが頼りです。ところが、ウクライナを支援する米西側も、アメリカ財政破綻問題に端的に示されるとおり、支援がいつまで続けられるか疑問という状況です。最近では、ポリティコWSに、ロシアの占領地域支配を事実上認めることを内容とする「朝鮮半島方式の休戦」を提起する文章が掲載され、ウォールストリート・ジャーナルやニューヨーク・タイムズにも、今盛んに喧伝されている「ウクライナの反転攻勢」に対する懐疑的な見方が示され、「反転攻勢」の結果如何によって米西側がこれまでの政策を見直す可能性があるとする報道も現れるに至っています。
 これに対して、ロシアは強靱なレジリエンスを示しています(世界銀行は今年のロシアの経済成長率見通しを上方修正)。2027年にはモスクワとサンクトペテルブルク間を結ぶロシア初の新幹線を開通する予定(所要時間は2時間15分とのこと。5月29日のスプートニク通信)であるとか、ロシア人の海外旅行先として、トルコに加えてジョージアの人気が高まっているとかの報道(ほんの2例)等から見ても、ロシア社会は基本的に「平時」の状況を保っていることは間違いありません。そのことを確認できるのが、今回紹介したいプーチンとラブロフの落ち着き払った発言です。
 前置きが長くなりました。以下はハドソンとデサイの対談の概要です。

(デサイ)
 我々の対談の目的は、21世紀世界の地政学経済(geopolitical economy)において起こっている急速な変化の主要点、特にそのルーツを議論することにある。我々は、西側主流メディアがこれらの問題に関して行っている歪曲報道によって隠されている事実を明らかにするつもりだ。我々が取り上げるテーマは、世界的インフレ、石油価格、脱ドル化、ウクライナ戦争の帰結とそれによってもたらされる国際的な変化、台湾問題でアメリカが中国に対して起こしている脅威、増大する中国の世界的役割と一帯一路イニシアティヴが世界にもたらす変化、西側の同盟及び西側が長期にわたって支配してきた世界が急速に変わろうとしていること、等々である。もちろん、世界の金融化及び西側の生産力の低下も論じる。
(ハドソン)
 私は既に1978年に、"Global Fracture"と題する著書で、世界が2つに分かれつつあることを指摘した。今日明らかな事実は、他の国々を離間させているのはアメリカ自身であり、中国、ロシア、イラン、ヴェネズエラのみならずグローバル・サウスもアメリカから離れつつあり、アメリカは世界から孤立しているという事実だ。我々が話し合うのは、こうした地理的分裂に加え、経済システム及び経済哲学における分裂だ。結論を先に言えば、世界を分裂させようとしているもっとも大きな力は、アメリカが自分の支配の下で一極世界を作ろうとしていることである。
(デサイ)
 しかも、世界を支配しようとするアメリカの試みはますます失敗しつつある。アメリカは、いうならば「粘土の脚の巨人」である。
 第二次大戦後、ドルが世界通貨になると言われた。しかし、実際に起こったのは赤字財政でドルの流動性を造出することだった。ロバート・トリフィンが指摘したとおり、赤字が大きくなればなるほどドルの価値は下落し、そのことはドルの魅力を低下させる(トリフィンのジレンマ)。その結果、アメリカは1971年にドルの金兌換停止に追い込まれ、その後は一連の金融活動の拡大によってドルによる金融的世界支配に訴えることになった。しかし、それは同時に繰り返される金融危機の時代ともなった。
(ハドソン)
 今日の世界は「一極か多極か」の闘いになっている。ロシアのプーチン、ラブロフはそのことについて語るが、アメリカは誰もそのことについて語ろうとしない。バイデンや国務省は、この闘いを「民主主義(democracy)と権威主義(autocracy)」の争いと特徴づけている。2500年前にアリストテレスはギリシャの憲法に関する本を書いているが、その中で、「ギリシャの憲法はすべて、自分たちのことをデモクラシーとしているが、実際は少数独裁政治(oligarchy)だ」と書いている。確かに、デモクラシーはオリガキーになっていく傾向がある。バイデンが言うデモクラシーの意味は、「金融オリガキーによる政治支配」ということだ。また、バイデンが「権威主義」と呼ぶものの実体は、「政府が経済開発を強力に支援する公私混合経済」である。そのもとでは、保健衛生、教育、年金、交通などベーシック・ニーズが公的に保障され、経済的余剰は教育向上、労働力の生産性向上等に振り向けられる。それは、中国がやっていることである。バイデンのいう「民主主義と権威主義」の争いの本質は、ローザ・ルクセンブルグがかつて指摘した「野蛮と文明」の闘いだ。
 アメリカが今実際にやろうとしていることは他の国々の発展をストップさせることだ。そう言うと驚く人もいるかもしれない。しかし、アメリカの国家安全保障報告では、「アメリカから独立している如何なる国の発展もアメリカに対する脅威となる」と指摘している。中国をナンバー・ワンの「体系的」ライバルと位置づけるのはその故である。
 アメリカがヴェトナム戦争によってドルの金兌換停止に追い込まれた1970年代、アメリカは世界経済が引き続きアメリカ中心で回ることを確保する方法を模索していた。当時、ハドソン研究所のハーマン・カーンに雇われていた自分(ハドソン)が著した『超帝国主義』("Super Imperialism")はCIAが2000冊購入したが、それはこの本を作戦マニュアルとするためだった。最終的にアメリカがたどり着いた方法は、諸外国の所得を米財務省証券の購入や米株式市場への投資でアメリカ国内に還流させることで、諸外国の対米経済依存、世界経済に対する支配を確保することだった。つまり、対ドル依存を押しつけることである。
(デサイ)
 また、ドル建ての金融活動を拡大する中で、(諸外国の所得を米財務省証券の購入や米株式市場への投資でアメリカ国内に還流させることを通じて)トリフィンのジレンマにもかなりの程度まで対抗できるということで、本格的な金融化、金融資本主義経済が離陸した。しかし、最終的には、証券市場バブル、ドットコム・バブル、東アジア金融バブルを経て2008年の住宅及ぶクレジット・バブルに行き着く。問題は、金融危機が繰り返されたのに、アメリカの銀行の構造的な問題には手つかずのままだということである。
(ハドソン)
 2008年に連邦預金保険公社長官はシティ・バンクをもっとも腐敗した無能力な銀行と述べたが、オバマ大統領とルービン財務長官は、同銀行を破産させず、救済した。また、オバマはアメリカの超金融化のスポンサーであり、2008年以後に金融セクターに9兆ドルの補助金を出し、これを通じて産業セクターの買い占めを行わせ、アメリカ産業を破壊させることに手を貸した。
(デサイ)
 世界的な「脱ドル化」に関して言えば、アメリカ以外の国々が、金融危機が頻発するようになったドル金融システムに参加することの不利益を認識するに至ったことに基本的に起因している(注)
(注)
 20世紀後半、特に米ドルの金兌換停止(1971年)以後の世界的な「脱ドル化」の動きに関しては、次のような最近の報道があります。
○IMFのゲオルギエバ専務理事は5月1日、カリフォルニアで開かれた会議で、「米ドルからの緩やかなシフトが起こっている。以前は外貨準備の70%だったが、今は60%を少し切るレベルになっている」と述べた。その背景事情として彼女は、コロナ、ロシア・ウクライナ紛争、アメリカにおける長年にわたった金融緩和政策の後に起こった金利引き上げ等の「一連の予想外の出来事」を挙げた。特に米金利引き上げについて、この急速な引き上げが米銀行セクターを直撃したことはIMFの分析家に驚きを持って受け止められたと指摘した。(5月2日付けロシア・トゥデイ)。
○世界的な資産管理会社・オリソンSLJが4月に発表したデータによれば、世界の外貨準備に占める米ドルの比重は急減した。すなわち、2021年に55%まで下がったが、2022年にはさらに47%まで低下した。(5月3日付け中国中央テレビ)
○世界の中央銀行が備蓄する米ドルの比重は、1999年の71%から2022年には58.36%まで下がった。これは、1955年に記録を取り始めてからの最低水準である。各国中央銀行は米ドルに換えて金または他の通貨を備蓄するようになっている。特に金は2022年に歴史最高の1136トンとなり、対2021年比で+152%だった。(5月4日付け中国中央テレビ財経WS) ○ブルームバーグ通信は、通貨アナリストのStephen Jen及びロンドン資産管理会社EurisonのストラティジストJoana Freireが行った計算結果として、2003年のグローバルな外貨準備に占める米ドルの比重は67%だったが、2021年及び2022年にはそれぞれ55%及び47%まで下がったとした。同通信は、2022年には米西側がロシアを制裁したことが世界的な「脱ドル化」を加速させ、2023年にはアメリカ第16位のシリコン・バレー銀行が破産したことでアメリカの銀行システムの欠陥が明らかになったと付け加えた。(5月12日付け中国日報WS)。
○ブルームバーグ通信は、次のような分析報道を行っている。「脱ドル化は驚くべきスピードで進んでいる。」世界各国政府の外貨準備に占める米ドルの割合は、約58%である。2001年の73%と比較すると明らかに低下している。1970年代には85%にも達していた。このような大きな流れのもと、中東諸国が米ドルとの「リンク解除」を速めていることが際立っている。その原因は、米ドル覇権を維持するかなめである「オイル・ダラー」システムに激震が走っていることにある。1970年代にアメリカがドルの金兌換を停止した後に、アメリカはサウジアラビア等と重要な取引を行った。すなわち、米ドル建てで石油取引を行う見返りに、アメリカは中東に対して「安全保障」を提供する約束を行った。『通貨戦争』叢書の編著者である宋鴻兵は、このように米ドルの中東における独特の地位の由来を説明した後、「アメリカは、サウジ等が稼いだオイル・ダラーをアメリカ国債購入に振り向けることを要求し、かくして完全なクローズド・ループを作り上げた」と述べた。彼は、世界が石油を必要としているので、石油貿易が米ドルに縛られることによって、世界各国の外貨準備は米ドルを主とすることとなり、このことはアメリカの米ドル覇権形成にカギとなる役割を果たしたと考えている。(5月27日付け環球時報)