3月10日に突如発表されたイランとサウジアラビアの関係改善合意は大きな驚きを持って受け止められました。しかも、この合意成立を仲介したのが中国であったということも世界中を驚かせるに十分でした。とりわけ、中東政治を長年にわたって支配・差配してきたアメリカが受けた衝撃は並々ならぬものがありました。そのことを示すエピソードがあります。
 現地時間の3月10日、バイデン大統領が演説を終えて会場を去ろうとしたときに、ある記者が「サウジとイランが外交関係を回復することをどう見ているか」と質問したのに対して、バイデンは「イスラエルとアラブ近隣諸国の関係が良ければ良いほど、誰にとっても良いことだ」と答えたというのです。その日の夕方にホワイトハウスで行われた記者会見の席上で、ホワイトハウスの実録をもとに記者がこのバイデン発言についてコメントを求めたそうです。しかし、カリン・ピエール報道官はその質問に直接答えず、米政府が関係報道に留意していること、バイデンの先の中東での活動に関する回顧について言及した上で、まとめとして、「中東の緊張が緩和することは優先事項であり、バイデンはこのことに歓迎の意を表した」と述べました。しかし、記者はその発言に納得せず、実録を示した上で、ピエール報道官の解釈には当惑すると述べ、バイデンは「質問を聞き間違えたのか」と尋ねました。これに対してピエールは「当惑する必要はない」と述べた上で、アメリカの中東政策は変わっておらず、この地域の緊張緩和は歓迎すると繰り返しました。
 以上の経緯がSNS上で流されると、多くの反響が寄せられました。「バイデンは何を話しているのか自分でもまったく分かっていない」とか、「質問と答はどう結びつくのか」というものから、率直に「イランではなくイスラエルだと勘違いしたのだろう」と指摘するものまであったそうです。現実に、私がチェックした米メディアの報道の中には、最初に冒頭の発表に接したときに、イランではなくイスラエルの間違いではないのか、と一瞬疑ったと伝えているものがありました。それほどに、イランとサウジが関係改善に合意するということは、アメリカ側にとっては不意打ちであり、バイデンもその例外ではなかった可能性は十分あると思われます。
 ちなみに、以上のエピソードを伝えたのは3月11日付けの環球網(WS)でした。
 かくいう私も今回のニュースは青天の霹靂でした。2021年以来、イラク及びオマーンの仲介を通じてイランとサウジが関係改善を模索してきたことは広く伝えられていました。しかし今回、サウジ及びイランから北京での交渉に赴いたのが安全保障担当の実力者だったこと(イラン側を代表したのは、イラン国家安全保障最高評議会書記であるシャムハーニという、最高指導者ハメネイ師の信頼も厚い実力者であり、アブドラヒアン外相より数段格上)、そして3国(サウジ・イラン・中国)の共同声明からも明らかなように、中国の今回の仲介外交は周到に準備した上での「大国外交」(習近平は、サウジアラビアを訪問したときとイランの大統領の訪中の際に、直々に仲介の用意があることを伝えている)の最初のしかも赫々たる具体的成果であったことは、3国が並々ならぬ決意で交渉に臨んだことを物語っています。
 サウジとイランの今回の合意実現の意義を考える上では、サウジ及びイランという要素を抜きにしては正しい評価を行うことは不可能です。残念ながら、私にはこの要素について考えるだけの知識の備えがありません。今の私の可能な範囲内で様々な海外の報道をチェックしました。その中から、私が納得できる内容のサウジ及びイラン関連の分析・解説報道に依拠して、今回の合意の意義と中国の最初の仲介外交の成果について以下のようにまとめてみました。参考に供する次第です。

<背景>

 長年にわたってアメリカと緊密な関係を続けてきたサウジが、バイデン政権が最大の脅威と見なす中国の仲介により、中東における最大のライバル関係にあるイランと関係改善に踏み切ったという事実をどのように理解すれば良いのか、私の素朴な疑問はここから始まります。最近、毎朝のチェック対象に加えているアメリカの独立系サイト『フェア・オブザーバー』に3月15日付けで掲載されたアトゥル・シン(Atul Singh)署名文章「サウジとイランが今うまくいっている理由」(原題:"Why Saudi Arabia and Iran Are Making Out Now")は、私のような素人の疑問に対して分かり易く解説しています。ちなみにシンはこのサイトの創始者であり、カリフォルニア大学バークレー校の教授でもあります。

(背景①:アメリカとサウジ)

 アメリカは長く中東を支配してきた。軍事基地とドル建ての石油。オイル・マネーは米株式市場、スタート・アップ企業、大学・基金に流れ込んでいる。特に米・サウジ関係は特別であり続けてきた。米・サウジ関係は、1945年2月14日にルーズベルト大統領がサウド王を戦艦USS Quincyでもてなした時に始まる。その後、アメリカはサウジ家を保護し、見返りに石油を得てきた。
 米・サウジ関係は近年微妙になってきた。アメリカはエネルギーの自給を達成し、中国がサウジ石油の最大の輸入国としてアメリカに取って代わった。サウジの経済的重心が東に移るのは自然なことだ。3ヶ月前の習近平のサウジ訪問を想起せよ(浅井:後述しますが、サウジは習近平搭乗機を戦闘機でエスコートするなどの最大級のもてなしをしました)。サウジにとって中国は最大の貿易相手国、主要なテクノロジー提供国、長期的エネルギー・カスタマー、国連安保理常任理事国という戦略パートナーだ。経済的にも地政学的にも、サウジはもはやアメリカを信頼していない。
 2018年にジャーナリストのカショギが暗殺されてから、アメリカは(暗殺事件の黒幕と目されている)サルマン皇太子(MBS)に敵意を抱いた。バイデンは大統領選挙時にサウジを国際社会からのけ者(a pariah state)にすることを公約した。このことはMBSを激怒させた。ロシアがウクライナに侵攻し、石油価格が天井知らずに上昇したとき、バイデンはサウジを訪問した際にその報いとして屈辱を受ける羽目になった。MBSは石油増産を要請したバイデンに応じるどころか、逆に減産した。
 それ以前にも、MBSがアメリカにイライラさせられることがあった。彼はオバマ大統領によるイラン核合意(JCPOA)も気に入らなかったし、2010年のいわゆる「アラブの春」をオバマが支持したことも気に入らなかった。MBSからすれば、アメリカによるサウジ家保護はもはや当てにならなくなっていた。バイデンの「デモクラシー・アジェンダ」もMBSには危険信号としか聞こえない。

(背景②:サウジとイラン)

 スンニ・サウジとシーア・イランの歴史は複雑だ。サウジはオイル・マネーを使ってボスニアからインドネシアに至るまでワハビ派・イスラムを支援してきた。イランは革命勢力であり、アメリカと対決し、パレスチナの大義を断固支持している。
 イラン革命が起こった1979年、あまり記憶されていないが、メッカを数百人のジハーディ(聖戦戦士)が襲撃し、占領する事件("the siege of Mecca")が起こった。その時以来、イラン型イスラム革命はサウジ家にとって悪夢となった。1980年-88年のイラン・イラク戦争に際しては、サウジはサダム・フセインのイラクを支援した。サウジとイランの関係は1998年まで緊張が続いた。1997年にイランで改革派のハタミが大統領になった後、両国は1998年に全般的協力協定を結び、2001年には安全保障協力協定を締結し、関係は改善に向かった。
 しかし、両国の関係は、2011年のいわゆる「アラブの春」によって引き起こされたシリア内戦などを通じて再び緊張に向かった。2015年9月24日にハジ(メッカ巡礼)中の群衆数千人が死亡するという不幸な事件が起こり、イラン人の死者数がもっとも多かったこともあり、両国関係は緊張の度を増した。2016年1月にサウジがシーア派の有力な指導者だったシェイク・ニムル師を処刑したことに激高したイランの群衆が在イランのサウジ大使館を襲撃、サウジはイランとの外交関係断絶で対抗した。
 留意するべきは、サウジとイランの利害は多くの分野で対立をはらんでいたことである。両国は長年わたってイエメン、レバノン、シリア、イラクで対立関係にあった。石油超大国のサウジ(特にMBS)は、世界第4位の石油埋蔵量を持つイランが制裁解除の暁に挑戦することを警戒していた。

(背景③:仲介役中国)

 ペルシャ湾のエネルギー資源に対する依存度を深めている中国は、中東地域の安定と平和の実現が死活的に重要だ(中東が不安定であることを望むアメリカとは正反対)。また、習近平・中国は世界的に大きな役割を果たすことに意欲的であり、アメリカが支配する国際秩序は不公正かつ中国の利益に反すると考えている。こうして、一帯一路イニシアティヴ(BRI)、グローバル発展イニシアティヴ(GDI)、グローバル安全保障イニシアティヴ(GSI)が打ち出された。
 ロシア・ウクライナ戦争は、アメリカの利益とサウジ及びイランの利益が合致しないことを明るみに出した。サウジ及びイランの双方がアメリカの対抗軸としての中国を必要とすることとなったのだ。

<サウジアラビア>

 2011年以来アラビア半島を中心に取材してきたジャーナリストで、現在はニューヨーク・タイムズ(NYT)の湾岸支局長を務めているヴィヴィアン・ヌレイム(Vivian Nereim)が3月12日付けでNYT(WS)に掲載した「中東を変質させる可能性を持つサウジ・イラン合意」(原題:"From 'Hitler' to 'Sharing One Fate': Saudi-Iran Pact Could Transform the Middle East")は、サウジの実質的な最高指導者であるMBSの思想・政策に関して以下のように紹介しています。
 なお、3月11日付けの同紙(WS)に掲載されたピーター・ベーカー署名文章「アメリカに挑戦する中国仲介取引」(原題:"Chinese-Brokered Deal Upends Mideast Diplomacy and Challenges U.S.")、3月14日付けのウォールストリート・ジャーナル紙(WS)に掲載された「非同盟外交試運転のサウジ皇太子」(原題:"Saudi Crown Prince Test Drives Nonaligned Foreign Policy")と題する文章、CSIS(WS)に掲載されたジョン・アルタマン(CSIS中東プログラム責任者)署名文章「一歩踏み出したサウジ」(原題:"Saudi Arabia Steps Out")、3月14日付けのロシア・トゥデイ(WS)に掲載されたティムル・フォメンコ(政治アナリスト)の署名文章「中東を変える中国仲介のサウジ・イラン取引」(原題:"How the China-brokered Saudi-Iran deal will change the Middle East")と題する文章等が指摘する、MBSの思想・政策に関する内容もほぼ同じです。したがって、MBSが国際社会の多極化・民主化を志向する中国及びロシアに共感し、アメリカ・バイデン政権の一極支配指向に極めて批判的であることは間違いないと思われます。
 今回の合意は、本当に根付くことになればという条件づきだが、アラビア半島上空をミサイル、ドローンが飛び交うことになった戦争による緊張を鎮めることになるだろう。サウジの予算を枯渇させ、対外的評価をおとしめ、海外の投資家を遠ざけてきた紛争(対イエメン軍事介入)を解決することは、保守的なサウジの経済及び社会を刷新し、ビジネス及びカルチャーの両面でサウジをグローバル・ハブにしたい、実質的最高指導者であるモハンメド皇太子(MBS)にとって最優先事項である。
 2019年のインタビューの中で、MBSは次のように語っていた。サウジとイランの戦争は石油価格をうなぎ登りにし、「世界経済の全面崩壊」を引き起こしかねず、「政治的経済的解決の方が軍事的解決より望ましい。」彼の上記発言のほんの数週間前、サウジの主要石油施設に対するミサイル・ドローン攻撃があってサウジの原油生産の約半分が一時的にストップさせられており、アメリカはこの攻撃がイランの影響下で行われたと述べた。サウジにとって、イランがこのような作戦を行う大胆さと能力があることを認識させられたことは決定的な転機となった。2021年にサウジがイランと交渉を開始した動機の一つはここにある。
 また、トランプが一方的に脱退を決めたイラン核合意(JCPOA)を復活させるための国際交渉が行き詰まり、イランがその気になれば数発の原爆を製造できるだけの濃縮ウランを手に入れるに至って、サウジは自分が最初のターゲットになるのではないかという不安にも駆られた。
 さらにロシアがウクライナに侵攻して列強の目線が中東から離れたことにより、サウジ以下のアラブ諸国は自助の必要性を痛感することとなった。サウジの首都リヤドのイラン研究シンク・タンクのモハンメド・アルスラミは次のように述べた。「サウジの対外政策は明確だ。彼らは如何なる違い、不合意点、紛争も外交で解決したいと考えており、そのことでイラン側と懸命に取り組んでいる。」
 サウジの和解への動きは、MBSが直面する国内問題によっても動かされている。MBSはサウジのすべてをオーバーホールしようとしている。彼の「ビジョン2030」は、外資導入と観光娯楽産業などの新規産業立ち上げによって石油依存経済からの脱却を目指している。彼は、数千万人の国外居住者がサウジに戻ってくることを期待し、2030年に世界万博を招致したいとしている。これらの目標を実現する上で、イランが支持するイエメンの反政府軍との戦いはとりわけ大きな障害となる。
 MBSの対イエメン戦争解決模索は、サウジを対アメリカ依存から脱却させ、グローバル・パワーにしたいという願望によっても支えられている。MBSは、サウジが中東の政治的リーダーであり、もはやアメリカ頼りではないと考えている。彼は、アジア、欧州、ラ米との関係を強化することに熱心である。彼はまた、ロシア・ウクライナ戦争で両極化された世界の中で、サウジが中立的仲介者となることに熱心である。サウジ外相は2月にウクライナとロシアを訪問し、ウクライナに人道援助を提供するとともに、紛争の仲介役を申し出た。
 以上のことは、サウジの安全保障保証人としてのアメリカと袂を分かつということを意味するものではない。しかし、サウジが中国、韓国、インド等との結びつきを広げるに伴い、アメリカの中東における圧倒的影響力が弱まることを意味することは確かである。
 イランとの新たな合意が試される最初にしてもっともクリティカルなテストは、サウジが率いる連合軍がイランの支援を受ける反乱軍と2015年以来戦ってきたイエメンである。サウジは、巨大な支出を強いられている紛争を終結するための取引を実現することに懸命だ。

<イラン>

 中国が仲介したサウジとイランとの交渉でイランを代表したシャムハーニは、イランのタスニム通信に対して、「2月のライシ大統領の訪中及び習近平主席との会談がイランとサウジとの新たなかつ極めて真剣な話し合いの基礎となった」、「両国の交渉は透明、包括的、生産的で、信頼に基礎を置いたものだった。両国関係のギャップに橋が架けられることで、地域の安定と安全の向上につながるだろうし、湾岸地域諸国及びイスラム世界全体の協力拡大にもつながるだろう。これらのことは直面している様々な課題を克服する上で必要なことである」と述べました(3月11日付けのタス通信)。また、一般的にイランの「強硬派」を代表するとされているイラン議会のカリバフ議長も、イラン・サウジ関係の回復は地域及びペルシャ湾の安定に資する大きなステップであると評価するとともに、「相手側がイラン内政に対する干渉を慎み、レバノン、イエメン、パレスチナ支持において前向きな決定をするという善意を証明することを期待する」と述べました(3月11日付けイランIRNA通信)。アブドラヒアン外相も「善隣政策はライシ政権の中核であり、それが正しい方向に力強く進んでいる。外交当局はさらに積極的なステップを講じていく」と述べました(3月10日付け同通信)。さらにイラン国連代表部は、イラン・サウジ外交関係回復はイエメンの停戦を促進し、イエメンにおける国民的対話と包摂的政府の形成に資するだろうという声明を発表しました(3月12日付け同通信)。このように、イランが今回のサウジとの合意を高く評価していることは疑問の余地がありません。
 とは言え、私がチェックしているイラン政府系のIRNA通信の情報量は少なく、対サウジ関係改善に動いたイラン政府の真意を推し量ることは至難の業です。他方、西側メディアは概してイランの「宗教デモクラシー」(religious democracy)を額面通りに受け止めず、ロシア、中国同様に「権威主義」国家グループに分類し、したがって批判的・消極的な報道の対象にしてきたというのが私の強い印象です。そのことをお断りした上で、3月17日付のニューヨーク・タイムズ(NYT WS)に掲載されたファッルナズ・ファッシヒ(17年間ウオールストリート紙で中東問題記者として活動した後、現在はNYTで中東担当のイラン系アメリカ人)&ヴィヴィアン・イー(NYTカイロ支局長)署名記事「サウジとのデタントで内外の緊張緩和を期待するイラン」(原題:"For Iran, Saudi Détente Could Ease Strains Regionally and at Home")は比較的冷静に、サウジとの合意を必要とするイランの内部事情を紹介していると思いました。関係部分を紹介します。
 長年にわたり、イランは中東で多くの面倒を抱えていた。イランの隣国であるアラブ諸国の中にはイスラエルとよしみを通じ、ペルシャ湾への足がかりを提供しているものもいる。イランがアメリカの制裁を回避することを可能にした金融チャンネルを閉じた国もある。イランはまたサウジと地域的影響力を競い、イエメンで代理人戦争を行い、レバノンとシリアでは影響力を競ってきた。しかし先頃、イランはこれらの問題の解決に向けて、サウジとの関係を回復する北京合意を実現した。
 イラン政府に近いテヘランの政治アナリストであるアリ・アクバル・ベマネシュは次のように述べた。「我々は、すべての国にマイナスしかもたらさない戦略からウィン・ウィンの状況をもたらす可能性のある方向に動いている。我々は、多くの問題を解決する上ではアラブ世界のボスであるサウジと平和を実現しなければならないことを認識した。(2016年にサウジと関係断絶してからの)7年にわたる敵対関係は我々に何の利益をももたらさなかった。」もしデタントが長続きするのであれば、地域に変革をもたらし、イエメンの代理人戦争を終わらせ、レバノン及びシリアにおける政治的解決を可能にするだろう、と分析するアナリストもいる。
 6ヶ月前にヒジャブ問題で拘束中になくなった22才の女性の事件をきっかけに起こった抗議デモに悩まされてきたイラン政府にとって、今回の合意が持つ意義は大きい。トランプ大統領が一方的に脱退したイラン核合意(JCPOA)を復活させるための国際交渉も行き詰まっている。JCPOAを復活させることができなければ、イランの石油収入及び銀行活動に対する制裁は続くこととなり、イラン経済はますます悪化を強いられる。イランがロシアにドローンを供給していると非難するアメリカと欧州は、イランの孤立化を図っている。
 こうして、イランとしてはなるべく多くの味方(少なくとも敵でない存在)がほしい状況だ。サウジは強力な地域的プレーヤーであり、スンニ派のリーダーである。また、西側との結びつきも強い。イランは、JCPOA成立後、スンニ派アラブ諸国に手を伸ばしてきた。バーレーンとの関係正常化がアジェンダに載っており、エジプトをも視野に入れている。イラン外務省のカーニ報道官は先頃、「幸いにも、地域で積極的傾向が見られている。バーレーンなどの地域諸国との積極的発展が見込める状況だ」と述べた。カーニ報道官はまた、エジプトとイランの良好な関係と一層の協力が実現すれば、地域の国々も裨益するだろう、と述べた。ちなみに、イランとエジプトとの関係は、1979年のイラン革命に際して、エジプトがシャー(イラン皇帝)の亡命を受け入れたことが原因で断絶した。3月には、議会関係者の会合に出席するためにイラン議会代表団がバーレーンを訪れた際、外交関係設立に関する密かな交渉が行われたとするイラン・メディアの報道もあった。中国でのサウジとの交渉を担ったシャムハーニはつい先頃、イラン中央銀行総裁を含む金融及び安全保障関係の高級代表団を伴ってアラブ首長国連邦を訪れている。アラブ系イラン人でありアラビア語に堪能なシャムハーニがアラブ諸国との外交交渉を担っているという事実は、地域における非対立的外交アプローチを最高指導者ハメネイ師が承認していることを示唆している。また、こうした動きの今ひとつの目的は、2020年にアラブ首長国連邦及びバーレーンとの歴史的取引を達成したイスラエルを牽制することにあるとも見られている。シャムハーニ自身、サウジ・イラン合意はペルシャ湾におけるイスラエルの「極悪不法な活動」に対抗することにあると述べた。ただし、シャムハーニとしては、イスラエルと対抗することのほかに、首長国連邦との金融チャンネル及び貿易にも重点がある。イラン・メディアが報じたように、シャムハーニはその後、イラクを訪問し、安全保障協定を締結することになっている(浅井:すでに実現)。
 アラブ首長国連邦には貿易やビジネスに従事する多くのイラン出身者が居住し、イランとの重要な金融ハブとなってきた。イランは長らく制裁回避のために首長国連邦を使ってきたが、サウジとの緊密な関係及びアメリカの圧力のもとで、このチャンネルが厳しく制限されてきた。イランにとっての今ひとつの目標は、サウジが所有し、ワシントンに本拠を置くペルシャ語ニュース・チャンネルをなんとかしたいということであるとみられている(ただし、同チャンネルはコメント要請に応じなかった)。
 複数のアナリストは、イランによるサウジとの関係改善をイラン内外の「温度を下げる」戦略の勝利であるとイランは見ていると分析している。チャタム・ハウスの中東・北アフリカプログラム責任者であるサナム・ヴァキルは、「トランプ以来の対イラン「最大限の圧力」戦略が失敗したということを証明する意味で、今回の取引はテヘランにとって巨大な勝利である」と評した。ヴァキルはまた、アラブ諸国は、西側がイランを屈服させるのを待つのではなく、イランとのエンゲージメントを選択したとみられるとし、「不確実さとミサイル攻撃の危機のもとで生活するよりも、テヘランと対話し、励みを与える方が良いということだ」と述べた。

<中国の仲介外交>

 中国がサウジとイランとの関係修復仲介に成功した鮮やかな手腕に対しては、中国批判を「生業」(?)とする西側メディアもおおむね高い評価を与えています。その代表例として、3月11日のニューヨーク・タイムズ(WS)に掲載されたデイヴィッド・ピアソン記者署名文章「仲介外交に示された習近平の世界的野心」(原題:"China's Role in Iran-Saudi Arabia Deal Shows Xi's Global Goals")を紹介します。また、中国も今回の成功に昂揚を隠せませんが、3月11日の中国外交部スポークスマンの対記者回答と同日付で環球時報に掲載された丁隆(上海外国語大学中東研究所教授)の署名文章「グローバル安全イニシアティヴの実践の成功」(原題:"沙伊北京对话,全球安全倡议的成功实践")を紹介します。

(ニューヨーク・タイムズ)

 サウジとイランの和解という驚きを仲介した北京の今回のステップは、アメリカとの対立がエスカレートする中で、世界的政治家としてのイメージを高めようとする習近平の新たな野心を象徴している。スティムソン・センター中国プログラム責任者のユン・スンは、「これからの国際秩序のあり方をめぐる争いであり、中国は、アメリカのリーダーシップのために世界が混乱に陥っていると主張している」と語っている。習近平が示すビジョンは、多国間主義と不干渉主義(例:アメリカの人権問題乱用を批判)を前面に出して、アメリカからパワーを奪い上げることを目的としている。サウジとイランの今回の合意はそうしたビジョンの具体例だ。
 昨年(2022年)12月、習近平は長年にわたってアメリカの同盟国であるサウジを訪問して、中国の増大する影響力を見せつけた。サウジの実質的支配者であるサルマン皇太子(MBS)との話し合いで訪れたリヤドで、習近平はサウジ空軍による空中ショーの出迎えを受けた。それは、バイデン大統領がサウジを訪問した際、MBSが握手すらしなかったことと際立った対照をなしている。
 それから2ヶ月後、習近平は21発の礼砲でイランのライシ大統領を丁重に出迎えた(核開発を疑われる権威主義国家・イランの大統領に対して西側諸国では考えられないもてなし)。この点について上海復旦大学の国際問題研究院院長である呉心伯は、「アメリカはサウジを支持し、イランを迫害しているが、中国は両者を近づけようとしている。これは外交的パラダイムの違いである」と述べた。
 習近平はイランを戦略的に重要な国家と考えているが、それは、西側に対して同じように批判的であること、天然資源に富む国家であること、中国同様に古い文明の歴史を持つ国家であることなどによるものであると分析される。中国はまたこの地域の安定にも関心がある。中国は原油の40%以上を中東に依存する。湾岸諸国は一帯一路の交易ルートであるとともに、中国の消費財及びテクノロジーの主要マーケットである。中国の電信大手である華為は、サウジ、カタール、クウェート、UAEに5Gネットワークを提供している。
 北京はまた、習近平が1年前に提唱したグローバル安全イニシアティヴ(GSI)により、世界の安全保障上の課題に対して、中国的な解決策と知恵を提供して解決することを目指している。このイニシアティヴは、アメリカ・NATOによるブロック的対決及び覇権主義を拒否して、世界における力関係をもっと平等にするという新しいパラダイムを提唱している。そのため、このイニシアティヴは、世界の警察を自認するワシントンを押しのけて中国の利益を計ろうとするものだと評する向きもある。このイニシアティヴはまた、アメリカ・西側に対してロシアが主張している「不可分の安全保障」を尊重することを求めてもいる。

(中国外交部報道官)

(問) サウジとイランが北京で対話を行い、各方面から注目されている。今回の対話の背景、具体的状況、成果を紹介してほしい。今後中国は、中東地域の平和と安定を促進するために如何なる役割を担うつもりか。
(答) 中国は、サウジとイランが善隣友好関係を発展することを支持するという習近平主席の積極的イニシアティヴに応じるべく、サウジ国務大臣兼国家安全顧問のアイバンとイラン国家安全保障最高評議会書記のシャムハーニがそれぞれの代表団を率いて北京で対話を行った。中共中央政治局委員で中央対外弁公室主任の王毅は双方と個別会談を行うとともに対話を主催した。
 三者は合意を達成し、共同声明を発表した。サウジ及びイランの双方は、国連憲章の精神及び原則を遵守し、対話と外交を通じて双方の違いを解決し、各国の主権を尊重し、他国の内政に干渉しない旨表明した。サウジ及びイランの双方は、外交関係を回復し、各分野での協力を展開することに同意した。三者はすべての努力を尽くし、国際及び地域の平和と安全を強化することを願っている。サウジ及びイランは、中国が今回の対話を担当・支持し、成功を得ることを推進したことを賞賛し、感謝する。中国は、サウジとイラン双方が意思疎通と対話を強化することを期待し、そのために引き続き積極的、建設的な役割を発揮することを願っている。
 三者の共同の努力のもと、今回のサウジ及びイランの北京における対話は重要な成果を上げた。サウジ及びイラン双方は、関係改善のロードマップとタイム・テーブルを明確にし、双方の今後の協力のための確固たる基礎をうち固め、サウジ・イラン関係の新たな1ページを開いた。サウジとイランが対話を行い、合意を達成することで、地域諸国が対話と協議を通じて矛盾・違いを解決し、善隣友好関係を樹立するためのモデルを打ち立てたことは、地域諸国が外部の干渉を脱し、前途・命運を自らの掌中に収めることに有利である。サウジ及びイラン双方は、国連憲章の精神と原則及び内政不干渉等の国際関係の基本原則を遵守し、時代の発展の潮流に順応することを再度強調する。中国は、これを高く賞賛し、祝福する。
 私は以下のことを強調したい。中国は中東地域に対して如何なる私心もなく、中東諸国の主人公たる地位を尊重し、中東で地縁政治競争を行うことに反対し、いわゆる「真空」を埋めるとか、排他的グループ活動とかを行うつもりも可能性もない。中国は一貫して、中東の未来は中東諸国の掌中にあるべきだと考えており、中東人民が独立自主で発展の道を模索することを支持し、中東諸国が対話と協議を通じて違いを解消し、共同で地域の長治久安を促進することを支持する。中国は、中東の安全と安定の促進者、発展と繁栄の協力者、団結と自強の推進者であることを期している。中国は今後も、中東の平和と安寧を実現するために中国の知恵を貢献し、中国の提案を行い、責任ある大国としての役割を発揮していく。

(丁隆文章)

 サウジとイランの対話が重要なブレークスルーを達成したことから、以下のような啓示が得られる。
 第一に、元首外交による舵取り。2022年12月、習近平主席はサウジを国賓訪問し、中国・サウジ、中国・湾岸、中国・アラブという「3つのサミット」に出席した。2月、イランのライシ大統領は習近平主席の要請に応じ、中国を国賓訪問した。中国は一貫して実際の行動を通じて中東の安全のために中国の知恵とプランを提供した。2014年に習近平主席が最初に共同、総合、協力、持続可能な新安全保障観を提起して以来、中国は継続して中東の安全を推進してやむことがなかった。サウジ及びイランが代表団を北京に派遣して対話したことは、中国の真摯で誠実な態度に対する承認、信任の表れである。
 第二に、グローバル安全イニシアティヴの実践の成功。中国の斡旋のもと、サウジとイランが戈を鋤に変えた事実は、このイニシアティヴの志の高さを物語っており、衝突を収め、矛盾を解消するための指針、ロードマップとなり得ることを十分に物語っている。近年、中東諸国間ではデタントの潮流が沸き起こり、地域諸国間の関係は顕著に改善を見た。サウジとイランの北京対話が成功したことは、中東における大和解、大緩和という時代の潮流に合致しており、王毅が述べたとおり、サウジ・イランの北京対話は平和の勝利である。
 もちろん、サウジとイランの矛盾は年月を経た根深いものであり、双方の間にはなお多くの具体的な違いが存在し、一回の合意ですべてが解消することができるものではない。しかし、サウジとイランの北京対話は、双方が関係改善を継続し、矛盾を解決するための良好な出発点となる。中東諸国が独立自主の精神を発揚し、団結協力を強化し、手を携えてより平和、安定、繁栄の中東を建設することを確信する。中国は今後も、各国の願望に基づき、世界のホットな問題を処理するために建設的な役割を発揮し、大国としての責任を全うしていく。