2022年の北東アジア国際情勢は、アメリカ・バイデン政権による私利私欲(「一国主義」)追求の対外政策、中国に照準を定めたインド太平洋戦略、ロシアの徹底的弱体化を狙う対ウクライナ支援政策等を背景に、米ソ冷戦当時を彷彿させる緊張のもとで推移し、地政学的に北東アジアの中心部に位置する朝鮮半島情勢も緊張度を増した。しかし、私たちには、そうした緊張(表面的事象)に視野を奪われず、緊張の根底に座る問題の本質を見極める確かな眼力と情勢判断力が求められている。

<バイデン政権と朝鮮半島>

 バイデン政権はトランプ前政権の「一国主義」を批判し、世界的リーダーシップ回復を標榜して登場した。トランプ政権に辟易していた西側諸国はバイデン政権を歓迎し、結束の動きを強めた。しかし、東西冷戦終結と経済グローバル化は、世界の多極化、西側の支配力低下・国際的地盤沈下という歴史的・不可逆的な変化を生み出している。西側の結束は影響力回復のための合従連衡に過ぎないことを見定めておく必要がある。
 バイデン政権の対外政策の本質はアメリカの私利私欲の追求であり、トランプ流「一国主義」に勝るとも劣らない。とりわけ、アメリカ産業の保護・競争力強化を目指す「インフレ抑制法」と「CHIPS法」の導入は自由競争・自由貿易の原理を根幹から揺るがすものであり、西側の合従連衡には早くも亀裂が表面化している。
 アメリカ経済回復と中ロ両国との二正面作戦(後述参照)を正面に据えるバイデン政権の対外政策において、朝鮮半島問題に対する関心は低い(個人的にコミットしたトランプとは対照的)。韓国及び日本における政権交代も与って、バイデン政権は硬直した朝鮮敵視政策に回帰した。2024年の大統領選挙も控え、対朝鮮政策が好転する可能性は乏しく、2023年の米朝関係も基本的に緊張含みで推移すると判断される。

<米中関係と朝鮮半島>

 中国をはじめとするアジア太平洋地域は、ポスト冷戦の世界経済の牽引役である。これに着眼したオバマ政権はアジア・太平洋回帰戦略を打ち出し、トランプ政権はこれをインド太平洋戦略に改名した。対中国認識・戦略に関しては、中国が2010年に世界第2位の経済大国になって以後次第に対決色を強めてきた。特に、バイデン政権はアメリカの世界支配に挑戦する「最大のライバル」として中国を捉え、中国を抑え込む戦略を鮮明にした。米日韓軍事協力強化の動きは朝鮮半島有事を想定しているが、対中包囲網の一環としての意味合いも忘れるべきではない。
 しかし、バイデン政権の対中対決戦略は致命的な対中認識の誤りに立脚している。それは、中国がアメリカとはまったく異次元の世界観・戦略に立っていることを認識できず、旧思考の権力政治の枠組みで中国を捉えていることだ。米ソ冷戦は世界覇権を目指すゼロ・サムの権力政治の産物だった。だが、中国は平和的発展の道を追求し、国際関係ではウィン・ウィン(共存共嬴)の脱権力政治を根底に据えており、アメリカと世界覇権を競う意志は毛頭ない。バイデン政権の「独り相撲」は早晩破産する運命にある。この本質を踏まえることが今後の米中関係の帰趨を見極める上で不可欠である。その点を朝鮮半島問題について見ておく。
 習近平政権とバイデン政権の対朝鮮半島政策の違いはイソップ寓話の太陽と北風になぞらえることができる。中国は(ロシアとともに)、朝鮮半島の非核化及び平和と安定の実現を根底に据え、半島問題の外交的解決を唱道する。中朝関係は両国元首直々の差配のもとで今や盤石である(中韓関係は流動的だが、大勢に影響を及ぼすことはない)。
 中国(及びロシア)にとっての禍根の種は、かつて朝鮮制裁の安保理諸決議の成立に加担したことだ。これらの制裁決議は朝鮮の経済発展戦略に対する障碍として立ちはだかっている(2023年中に解決される可能性は乏しい)。ただし、半島の軍事緊張激化(2022年)に際しては、中国(及びロシア)は、アメリカ主導の朝鮮制裁決議採択の動きを阻止した。中国(及びロシア)は2023年も引き続き米日韓の動きを牽制し、半島情勢の打開・改善に向けた努力を続けると見て良い。

<米ロ関係と朝鮮半島>

 権威主義対民主主義の対決という西側の言説・捉え方は、国際情勢の本質を覆い隠してしまう。NATO(西側)の東方拡大戦略で絶体絶命の窮地に立たされたロシアによる起死回生の反撃というウクライナ問題の本質、また、数十年にわたる米韓日の朝鮮圧殺戦略に直面した朝鮮が核戦力開発によって局面を転換したという朝鮮半島問題の本質を覆い隠してきたのは正にこの言説・捉え方である。
 ロシアと朝鮮の核戦略に関する西側の言説・捉え方についても同じことが言える。西側はアメリカの核戦略の攻撃性(矛的本質)に口を閉じたまま、ロシアと朝鮮が核戦争に訴える危険性・脅威性のみを喧伝する。しかし、ロシア及び朝鮮の核ミサイルは、アメリカあるいは米日韓の攻撃によって国家的生存そのものが脅かされる事態に備える最終的自衛手段(デタランス)である(盾的本質)。
 朝鮮がロシアのウクライナに対する特別軍事行動に対する明確な支持を表明し、ロシアが2022年の朝鮮半島の軍事的緊張について朝鮮を非難する国連安保理決議に反対したのは、以上の本質を踏まえた当然の行動だった。朝露関係は、朝中関係以上に切実な情勢認識の本質的一致で結ばれているとも言える。

<2023年の朝鮮半島情勢>

 2022年12月26日-31日に開催された朝鮮労働党中央委員会総会における金正恩総書記の報告は、2023年の朝鮮半島情勢を展望する上での必読文献である。報告は、半島に造成された「新しい挑戦的形勢と国際政治情勢」を分析し、「北南関係の現在の状況と地域の平和と安全を重大に脅かす外部的挑戦に対する分析」に基づいて「自衛的国防力強化に拍車をかけることに関する重大な政策的決断」を宣明した。
 特に報告は、朝鮮を「主敵」とする尹錫悦政権を「明白な敵」と規定し、「戦術核兵器の大量生産」、「核爆弾保有量を幾何級数的に増やすこと」を中心とする「2023年度の核戦力および国防発展の変革的戦略」を打ち出し、朝鮮戦争勝利70周年及び共和国創建75周年に当たる2023年を「戦争動員準備と実戦能力向上に転換をもたらす年」「社会主義発展の道程と共和国の歴史において重要な契機になる年」とした。筆者は報告全文には接していないが、朝鮮中央通信の発表文を見る限り、「強対強、正面勝負の対敵闘争原則」の全面的表明に貫かれている。
 なお、経済建設に関しては、2023年を「国家経済発展の大きな歩みを踏み出す年、生産の成長と整備・補強戦略の遂行、人民の生活改善で要の目標を達成する年」と規定している。また、対外関係に関しては、「国際関係構図が「新冷戦」システムへと明白に転換され、多極化の流れがいっそう早まることに即して、わが党と共和国政府が国威向上、国権守護、国益死守のために、地域の平和と安全のために堅持すべき対外活動の原則」を強調した。ただし、経済建設及び対外関係に関する詳細は発表文では明らかにされていない。
 以上に要約した報告内容からは、朝鮮が2023年の朝鮮半島情勢を極めて厳しく判断していること、北南関係には全面対決で臨むこと、また、経済建設に関しても安保理制裁決議のもとで中ロ両国との経済協力に多くを期待できないとの認識のもと、自力による発展を目指していることが窺える。このようなアプローチは、朝鮮が2022年の国際情勢を本質的に捉える眼力・判断力を備えていることの証でもある。
(注:この文章は、『月刊イオ』2月号に寄稿したものです。)