11月10日に新型コロナ・ウィルス対策として20条措置が打ち出されてから、中国各地で厳しい防疫管理に抗議する「白紙デモ」が行われ、習近平退陣を公然と要求するものまで現れる状況となり、20条措置発出から1ヶ月もたたない12月7日に、「動態ゼロ」方針からの根本的転換を内容とするいわゆる「新10条」措置が発表されました。2012年に習近平体制が成立してからの中国国内政治をフォローしてきましたが、習近平「肝いり」の政策(今回は「動態ゼロ」方針)がこのような形で抜本的転換を迎えるのを目撃するのは私にとって初めての経験です。このコラムを読んでくださっている方はお気づきと思いますが、私は中国のこれまでのコロナ対策の基本である「動態ゼロ」方針は正解であると評価してきました。そういう私の基本的認識から、20条措置に対して次のような疑問を提起したのでした((11月26日のコラム参照)。

 私は素人ながら中国の「動態ゼロ」方針は、新型コロナ・ウィルスという感染しやすい特徴を持つ伝染病に対する「正解」と評価してきました。感染を抑え込むためにはできるだけ手厚いチェック体制を講じることが不可欠であり、そういう意味で第二次濃厚接触者までPCR検査及び隔離の対象とする徹底した対策をとってきたことが、中国におけるコロナ抑え込みの最大の成功要因であると思います。そう考える私の目からすると、限られた資源の有効利用という必要は分かりますが、陽性検出率(データ)に基づいて第二次(濃厚)接触者及び中リスク地区のカテゴリーをなくし、高リスク・ポスト従業者の「7日集中隔離」を「7日在宅健康観察」に変更するなどとする、今回の20条措置に対しては危うさを感じてしまいます。例えば、第二次濃厚接触者からの陽性検出率は10万分の3.1で極めて低いといいますが、今感染が急速に広がっている広州、重慶、北京などは1000万人以上の人口を抱えていますから、1000万人では310人という数字になります。もちろん、第二次濃厚接触者が1000万人単位にまで膨れ上がることはあり得ないでしょうが、これまでのチェック体制下では捕捉していた感染者を一定数にせよ野放しにすることになることは否めないのではないでしょうか。
 いずれにせよ、20条措置が正解かどうかは、今回の流行(第三波)を押さえ込むことに成功するか否かによって客観的に回答が出ることになります。引き続き中国の取り組みをフォローしていくつもりです。
 ところが、広範な抗議の声に直面した中国当局が12月7日に発表したのは、「動態ゼロ」堅持の立場からの再見直しではなく、新10条措置という「動態ゼロ」方針からの抜本的転換、日本で人口に膾炙している表現をすれば、「ウィズ・コロナ」政策への急転換でした。この急転換に関して直ちに以下の疑問が起こります。①11月10日から12月7日までの間に何が起こったのか。②中国的「ウィズ・コロナ」政策は如何なる判断に基づくものであるのか。③「動態ゼロ」から中国的「ウィズ・コロナ」への移行は中国社会にとって如何なる課題を提起しているのか。④今回の政策転換をどう評価するべきなのか。⑤異例の第3期入りとなった習近平体制に対して今回の政策急展開が投げかける「教訓」、もっといえば今後の中国政治に対する含意とは何なのか。以下に考察を試みる次第です。

1.政策転換に至る経緯

 20条措置が打ち出されたのは、11月10日に習近平が主催した中共中央政治局常務委員会(中国における政策決定最高機関)において、新型コロナ・ウィルス防疫管理に関する報告を聴取し、習近平が重要講話を行ったうえでのことでした(11月26日のコラム参照)。この旨を報じた当日の新華社電は「動態ゼロ」方針を揺るぎなく堅持することを確認しています。その後も例えば、11月21-27日に重慶市でコロナ対策について会議を行ったコロナ対策実務最高責任者である孫春蘭副首相はなお「動態ゼロ」に言及しています(27日付け新華社重慶電)し、11月28日に発表された新華社論評「新華時評」でも「「動態ゼロ」方針の貫徹は党中央の原則」に基づくものであると強調していました。
<孫春蘭副首相主催の座談会>
 公式報道に基づいて判断する限り、事態が慌ただしく動き出したのは11月30日及び翌12月1日でした。すなわち、この両日に孫春蘭副首相は国家衛生健康委員会で関係方面の8人の専門家(11月30日)及び8人の防疫管理工作第一線で働く代表(12月1日)から、防疫管理措置改善に関する意見・提案を聴取する座談会を開催しました(新華社電)。これまでも、中国各地で大規模な集団感染が起こる度に、孫春蘭は現地入りし、習近平・中央指導部の方針を強調しながら、「動態ゼロ」方針の貫徹を督促するのが常でした。しかし、両日の座談会について伝えた新華社電の内容は、「動態ゼロ」方針への言及が消えたことを含め、従来から様変わりするものでした。
 11月30日の座談会で同副首相は、「オミクロン株による発病率の減少、ワクチン接種の普及、防疫管理経験の蓄積に伴い、防疫管理は新しい情勢及び新しい任務に直面している」(強調は浅井。以下同じ)という異例の発言を行うとともに、「高齢者に対するワクチン接種の強化、治療薬及び医療資源の準備加速、防疫管理と経済発展の両立の必要」を指摘し、対策の重点を移行させる意図をにじませました。
 ちなみに、習近平は12月1日、欧州理事会のミシェル議長と北京で会談した際、ミシェルがPCR検査、防疫及び封鎖を重視する中国のコロナ対策について質問したのに対して直接答えず、中国国内で起こっている抗議活動は3年にわたるコロナ対策関連の諸制限に対する不満が嵩じた結果であること、抗議の中心は学生であること、また、オミクロン株はそれ以前のものよりも命にかかわる率が低くなっていることについて話したと伝えられました(12月2日のウォールストリート・ジャーナルWS所掲記事。中国メディアでは言及なし)。中国側報道では、11月10日の記事以後12月7日の新10条発表まで、コロナに関して習近平の動向を伝えたものは、私がチェックし得た範囲ではありません。習近平がミシェルに対して、コロナ対策に対する国民的不満の高まり及びオミクロン株の危険性減少に関する発言をしたということは、習近平が状況を把握していたことを示します。
 ところで、12月1日付け中国新聞網は、「2回の座談会から漏れ出る重要情報」(原題:"孙春兰连开两场疫情防控座谈会,透露哪些重要信息?")と題する記事で、次の点がポイントだと指摘し、説明を加えました。
○「新情勢新任務」:孫春蘭のこの発言は、中国の防疫管理にかかわる情勢がすでに変化したことを示唆している。「オミクロン株による発病率の減少、ワクチン接種の普及、防疫管理経験の蓄積」という指摘は、新情勢に応じた新任務の必要性という判断の根拠であるとともに、防疫管理措置の一層の改善(浅井:「動態ゼロ」から「ウィズ・コロナ」への転換)のための条件を作り出している。
○「走小步不停步(こまめに歩み続ける)」:孫春蘭は11月11日の会議で、「20条措置がそれまでの防疫管理措置に対する改善であること」を強調するなかで、「穏中求進、走小步不停步は中国の国情に合致し、科学的精準さをさらに高める措置である」と言及した。12月1日の座談会で孫春蘭は、「穏中求進、走小步不停步を堅持し、主体的に防疫管理政策を改善するということは、中国のコロナ防疫管理における重要な経験である」と再度強調した。「走小步」とは、「順序に従って漸進し、三思して後行う」こと、また、「不停步」とは、「長期的目標に向かって新たな変化に不断に適応する」ことである。
<座談会を受けた対応変化(メディア報道)>
この2回の座談会後、各メディアの報道内容に変化が現れます。主立ったものを紹介します。ちなみに、西側メディアは取材に基づいて報道するのですが、中国の場合、公的メディアは中国共産党・政府の指導・影響下にあり、したがってその報道内容は党・政府の方針・方向性をおおむね反映していると言えます。
○12月1日付け人民日報「20条措置Q&A」(原題:"封控管理要快封快解、应解尽解(优化防控二十条措施问答)") *国務院聯防聯控機構専門家の発言。
 (問) オミクロン株とはじめの時期のものと比べるとき、発病率には如何なる変化があるか。
 (答) 国際及び国内の観察データが証明しているとおり、オミクロン株及びその変異株による発病率及び毒性は明らかに弱まっている。国外の研究によれば、オミクロン株による重症化率及び致死率ははじめの頃のものより明らかに顕著に低下している。(浅井注:この発言から、中国当局及び専門家が、「動態ゼロ」堅持を言いながら、世界各国の動向を詳しくフォローして、オミクロン株に対する対応のあり方について内部的に検討してきたであろうことを容易に窺うことができます。)
○12月2日付け解放軍報「防疫管理には'力度'も必要だが、'温度'も必要」(原題:"疫情防控既要有力度 也要有温度")
 「惟其艰难,方显勇毅。現在、防疫管理は山場を迎えている。その複雑、困難を十分に認識し、'责任担当之勇、科学防控之智、统筹兼顾之谋、组织实施之能'をさらに錬磨して科学的防疫管理のレベルを不断に高めよう。人々の心の声に進んで耳を傾け、人々の困難の解決に努め、人々の合理的な訴えにはすぐさま応えよう。コロナ流行地域では生活物資の供給確保、円滑な物流にさらに留意しよう。さらに思いやりのある効果的な行動と措置を執れば、人々の理解、信頼、支持を得ることができる。」
○12月2日付け北京青年報「防疫管理が直面する新情勢と新任務」(原題:"充分认识疫情防控面临的新形势新任务【今日社评】")
 「防疫管理をめぐる情勢に新たな変化が起こっているのに伴い、防疫管理の任務もそれに従って変化が要求される。正しく変化を認識し、科学的に対応を変化させ、主体的に変化を求めることによってのみ、防疫管理の方向性を見定め、実効性を突出させ、全力で攻略することができる。」
○12月3日付け中国新聞網「各地で防疫管理改善模索の政策調整」(原題:"中国多地政策调整 探索进一步优化疫情防控")
-生産生活秩序回復
PCR検査政策の調整
陽性者の在宅隔離の模索
○12月4日付け北京青年報「高齢者に対する早急な接種呼びかけ」(原題:"中疾控专家呼吁:老年人应尽早接种新冠疫苗")
 「国内外のデータによれば、欧米諸国、日本などのアジア諸国では、高齢者の接種率が95%以上に達しており、80才以上の接種率も95%に達しているものもある。それと比較すると、中国の高齢者特に80才以上の接種率に関しては大いに向上させる余地がある。」(浅井注:この記事も、中国の専門家が日本を含む諸外国の状況を丹念にフォローしてきていることを示します。)
○12月6日付け中央テレビ・ニュース「オミクロン株の毒性に関する専門家説明」(原題:"专家解读:奥密克戎变异株毒力明显减弱 重症病例多表现为基础病加重")
重症化率は低く、重症化するのは基礎疾患によるものが多い
-オミクロン株の毒性は顕著に減少。
オミクロン株による感染症状はインフルエンザに極めて近い
<新10条発表>
 以上の経緯を経て、12月7日に国務院聯防聯控機構は、「新コロナ・ウィルス防疫管理措置のさらなる改善に関する通知」(いわゆる新10条)を発表しました。10条の具体的内容は以下のとおりです。なお、新10条について説明を行った国家衛生健康委員会コロナ対策領導小組専門家グループの梁万年組長は、新10条が(人々の不満に推された)受け身的措置ではなく、科学的根拠に基づく主体的なものであると強調しましたが、「コロナ対策において重要なのは広範囲の人民大衆の支持と理解であり、これも重要な前提である」ことを認めました(12月7日付け中央テレビ・ニュース)。「PCR検査は希望者のみを対象とする」という措置は、「動態ゼロ」から「ウィズ・コロナ」への方事実上の針転換を告げるものです。これはまた、コロナ対策の主体的責任が国家から個人に切り替わることをも意味しています。
-リスク地区区分の科学化と精緻化。高リスク区はビル、住宅ごととし、それ以上に拡大しない。
PCR検査改善地域ごとの全員検査は行わず、検査範囲及び検査頻度を縮小する。高リスク業務従事者及び高リスク区住民を除き、PCR検査は希望者のみを対象とする。養老院、福利院、医療機構、託児所、中小学校等を除き、陰性証明提出を求めない。地域をまたいで移動する人員に対する陰性証明チェック終了(到着地での検査も終了)。
-隔離措置改善。無症状感染者及び軽症者は在宅隔離を原則とする
-高リスク区の迅速解除。続けて5日間新規感染者が出なければ解除。
-薬品購買需要の保証。
-高齢者に対する接種加速。特定の基礎疾患(6種類列記)がある者を除き、接種を促進。
-社会の正常運行及び基本医療サービスの保障。
-各種安全性の強化。様々な名目による道路封鎖厳禁。コミュニティ・レベルの医療体制整備。独り身の高齢者、未成年者、妊婦、障害者、慢性疾患斜塔に対する医療サービス。
-学校における防疫管理工作改善。

2.政策転換の判断・理由

 新10条発表までの中国メディアの報道内容から、「動態ゼロ」→中国的「ウィズ・コロナ」という政策転換の判断・理由をかなりの程度まで窺うことができます。主立った判断・理由は以下のとおりです。
○感染力は強いが毒性は弱い(死者はほとんど基礎疾患がある高齢者に限られる)オミクロン株の特性に対する政策的順応。具体的には、
-毒性は強いが感染力が強くない以前の変異株に対しては、「人命至上」目標の実現にとって「動態ゼロ」方針が最適だった(中国のコロナによる死者数は欧米諸国と比較して圧倒的に低いレベル)。しかし、
―感染力が強いオミクロン株に対して「動態ゼロ」方針で徹底的に押さえ込もうとしても、各地での感染の爆発的拡大が示すとおり、不可能であることが明らかになった。しかも、「動態ゼロ」方針に縛られる各地当局は封鎖地域の拡大、人の移動に対する徹底的取り締まり強化等に訴えざるを得ないが、それは人々の不満爆発に直結し、社会不安の原因にもなりかねない。
-「人命至上」目標の実現にとって、「動態ゼロ」方針にしがみついてカネ・資源を浪費するよりも、高齢者、基礎疾患のある者、子供などのいわゆる弱者グループに対する感染防止(接種強化)、医療サービス等に資源を集中する方がはるかに実効性を期することができる。
○オミクロン株に対する諸外国の政策的対応についての観察・学習。私の推察を交えていえば、習近平直々の「動態ゼロ」方針に縛られてオミクロン株対応に後手、後手に回っていた中国の実務当局と専門家ですが、諸外国の「ウィズ・コロナ」を前提とした対策がオミクロン株に対しては「適切」であることについて観察・学習を積み重ねてきており、11月30日及び12月1日の孫春蘭副首相との座談会で率直に意見具申・政策提言を行った可能性が高いと思われます。
○2023年(以後)の経済政策重視方針打ち出し。この点に関しては、12月8日付けの環球時報社説「新10条の背景にある初心とロジック」(原題:"新十条背后,是不变的初心和逻辑")が、今回の政策転換に関する中国側の判断・理由の一つに経済的考慮があったことを理解できる有益な材料を提供しています。関係部分を訳出紹介します。
 「(12月)6日に中共中央政治局が会議を開いて2023年の経済工作に関する方向性を定め、防疫管理と経済社会発展との統括的計画を提起した後、国務院聯防聯控機構が7日に「新10条」を発表して広範な社会的支持を受けた。もっとも困難な時期は乗り越えたと言えるだろう。中国のような140億の人口大国・巨大船舶にとっては、航行に少しでも問題が生ずれば取り返しのつかない深刻な損失を招く。(他方で)過去3年間に抗疫管理能力及び抗疫管理に対する自信を強めた。毒性が大いに弱まっているオミクロン株に対処するための自信も貿易管理上の基礎も備わっている。今後は新10条に基づいて社会的な弱者グループを保護することに資源を集中し、防疫管理と経済発展の統一的計画に最善の答を得ることが課題となる。コロナのモヤモヤから歩み出るこの日を待ち望んできた。より正確に言えば、この3年間の歩みは(新たな経済工作の方向性を定める)この日のための準備であった。」
 12月6日の中共中央政治局会議に続いて、12月15日-16日には中央経済工作会議が開催され、2023年の経済工作に関する方針を決めました(16日付け新華社電)。「防疫管理と経済発展の統一的計画」が繰り返し強調され、「新段階の防疫管理措置」の重点として「高齢者及び基礎疾患の持ち主に対する防疫管理」が指摘されています。

3.政策転換に伴う新たな課題

 「動態ゼロ」から中国的「ウィズ・コロナ」への転換に伴い、多くの新たな課題に直面することは、中国国内でよく認識されています。例えば、12月9日付けの北京青年報所掲の于琛署名文章は、「(新10条の)改善調整幅は確かに大きく、その実施過程ではさらに多くの新たな問題、チャレンジに遭遇するだろう。医学問題もあれば、法律問題もあるし、執行上の問題もあろう。個別のケースもあれば、普遍的な問題もあろう。現在特に求められるのは、社会的関心に積極的に応え、人々の訴えに耳を傾け、防疫管理をさらに有効なものとし、こまめに改善を行うことで、経済社会発展が速やかに常態に戻るようにすることである」と指摘しています。
 中国当局が課題の多さを認識していることに関しては、12月7日以後、中央レベルだけでも、以下のような具体策が矢継ぎ早に発表されてきたことからも確認できます。
○12月7日:「防疫管理措置改善に関する通知」(原題:"关于进一步优化落实新冠肺炎疫情防控措施的通知") *6日の中共中央政治局会議の1日後にこの「通知」が発出されたことについて、「民生上の需要に基づくものであると同時に、今後の国家経済建設のために安定した、秩序ある外部環境を作り出すためのもの」「経済社会のスムーズな循環のための確実性を注入するもの」(8日付け新京報社説)という説明。
○12月7日:「医療サービス改善に関する通知」(原題:"关于进一步优化就医流程做好当前医疗服务工作的通知")
○12月7日:「コロナ診療工作方案」(原題:"以医联体为载体做好新冠肺炎分级诊疗工作方案") *ホーム・ドクター、コミュニティ衛生サービス・センター、郷鎮衛生院等の担当分担。発熱外来設置、ICU病棟設置推進、ICUベッド増床等。転院に当たってのサービス。
○12月8日「交通運輸工作改善に関する通知」(原題:"关于进一步优化落实新冠肺炎疫情防控交通运输工作的通知")
○12月8日:「感染者在宅治療指南」(原題:"新冠病毒感染者居家治疗指南") *在宅治療上要約参考リストをつける。
○12月8日:「抗原検査応用方案」(原題:"新冠病毒抗原检测应用方案") 及びそれに関する「通知」(原題:"关于印发新冠病毒抗原检测应用方案的通知") *個人が抗原検査を行う上での指針。
○12月8日:「発熱患者受診プロセスに関する通知」(原題:"关于进一步优化发热患者就诊流程的通知")
○12月9日:「妊婦及び子供の健康管理及び医療サービス保障工作の改善に関する通知」(原題:"关于进一步做好当前孕产妇和儿童健康管理与医疗服务保障工作的通知")
○12月9日:「重点グループ健康サービス工作方案」(原題:"「新冠重点人群健康服务工作方案」")
○12月9日:「防疫関連商品価格及び競争秩序に関する戒告」(原題:"关于涉疫物资价格和竞争秩序提醒告诫书")
○12月9日:「交通物流維持に関する通知」(原題:"关于落实国务院联防联控机制十条优化措施 科学精准做好交通物流保通保畅工作的通知")
○12月11日:「農村地区医療保障能力向上工作方案」(原題:"依托县域医共体提升农村地区新冠肺炎医疗保障能力工作方案") *医療体制が都市部に比べて格段に劣っている農村地区における医療サービスに関する総合指針。
○12月13日以前:「ネット医療サービスに関する通知」(原題:"关于做好新冠肺炎互联网医疗服务的通知")
○12月13日以前:「高齢者接種強化工作方案」(原題:"加强老年人新冠病毒疫苗接种工作方案")
○12月14日:「第二次接種実施方案に関する通知」(原題:"关于印发新冠病毒疫苗第二剂次加强免疫接种实施方案的通知")

4.政策転換の評価

 私は冒頭に述べたとおり、中国がとってきた「動態ゼロ」方針は正しいし、毒性は弱くなったけれども感染力ははるかに強くなったオミクロン株対処方針としても維持されるべきだと考えていました。私が20条措置に対して疑問を呈したのは、「動態ゼロ」方針貫徹と逆行する対応策が盛り込まれていることについてでした。果たせるかな、20条措置発表は現場の対応をますます混乱させるだけで、感染者の急増傾向は止められず、そして、各地での当局批判の顕在化という最悪の結果を招致しました。
 しかし、新10条発表後の中国側報道をフォローすることを通じて、「毒性は弱くなったけれども感染力ははるかに強くなったオミクロン株」に対して「動態ゼロ」方針に固執することはもはや無意味であるばかりではなく、むしろ間違っていることを、私は得心・納得するに至りました。
 すなわち、コロナ対策における本来の課題は人命尊重(中国的にいえば「人民至上、生命至上」)であるという原点を踏まえるとき、「毒性は強いが感染力はそれほどではない」以前の変異株に対する対策としては「動態ゼロ」は正解(=中国における死亡者数の圧倒的低さ)でした。しかし、感染力が強いオミクロン株による感染流行は爆発的です。しかも、毒性が弱いことから、死亡者は大幅に減少し、かつ、高齢者で基礎疾患を持っているものに集中するわけです。となれば、限られた資源をこうした特定グループのケアに集中する方がはるかに賢明な政策判断と言えるでしょう。しかも、中国経済は西側諸国に比べれば頑張っていると評価するべきですが、中国経済のこれまでの実績と比較すれば見劣りが顕著になってきていることも否定すべくもありません。中国経済の活性化という観点からも、「動態ゼロ」方針の根本的見直しは不可避な状況に立ち至っていると言えます。
 結論として、中国当局が中国的「ウィズ・コロナ」方針に転換したことは賢明だったと思います。20条措置発表から新10条発表までの1ヶ月弱という貴重な時間を浪費したことは否めませんが、これも「動態ゼロ」→中国的「ウィズ・コロナ」という根本的転換の必要性・必然性に関する国内コンセンサスを確立するために必要な「学習期間」だったと捉えるべきかもしれません。
 中国的「ウィズ・コロナ」方針への転換に伴う混乱は避けがたいことですが、新10条発表後の迅速かつ矢継ぎ早の具体策発表を見る限り、中国当局は問題・課題の所在を明確に認識・把握しており、早晩、混乱局面は収拾に向かうと見て良いと思います。私の勝手な推測を交えていえば、中国の専門家及び実務当局は、20条措置が打ち出された11月10日の中共中央政治局常務委員会会議の時点ですでに、「動態ゼロ」から中国的「ウィズ・コロナ」への根本的方針転換を意見具申していた可能性もあるのではないでしょうか。しかし、「動態ゼロ」にこだわる政治的意志が自己主張した結果、20条措置という中途半端な対策の採用となった可能性があるのではないかと思われるのです。そういう私の判断の根拠は、新10条発表後にほぼ間髪を入れずに様々なフォローアップ措置が打ち出された事実です。専門家・実務当局がこれほど迅速に対応できたということは、彼らが早くから対応策を立案していたことを想像させます。
 ちなみに、私が中国的「ウィズ・コロナ」という表現にこだわるのは理由があります。日本的「ウィズ・コロナ」は最初から厚労省の医療技官官僚の主導によるものであり、それは「人命尊重」とは無縁の厚労行政の自己主張の産物です。しかし、中国的「ウィズ・コロナ」は「人民至上・生命至上」という理念・原則という基準に照らした上での政策判断としての「ウィズ・コロナ」です。両者の間には天と地の開きがあることを改めて強調しておきたいと思います。
 また、日本を含む西側メディアは、中国が「動態ゼロ」から「ウィズ・コロナ」に転換した表面的事実を捉えて、"「動態ゼロ」そのものの誤りを中国が認めた"などとする論調が出回っていますが、謬論の極致というべきです。さらに、新10条発表からの混乱局面を針小棒大に捉える論調も横行していますが、これまた、中国の「やることなすこと」すべてをあしざまに言わなければ気が済まない「タメにする議論」であるといわなければなりません。この2点に関しては、以上の私の指摘に納得してくださった方は同意すると思います。

5.習近平体制にとっての「教訓」-中国政治に対する含意-

 最後に、「動態ゼロ」から中国的「ウィズ・コロナ」への転換に至る1ヶ月弱の経緯を振り返るとき、冒頭で「習近平「肝いり」の政策(今回は「動態ゼロ」方針)がこのような形で抜本的転換を迎えるのを目撃するのは私にとって初めての経験」と述べたように、習近平体制にとっての「教訓」が含まれていることを指摘しないわけにはいきません。
 私が今回の経緯から強く感じたのは、"習近平個人への権力の集中がはらむ危うさ"ということです。専門家・実務当局はオミクロン株が主流になっていくなかで「動態ゼロ」方針を見直す必要があることを早くから認識していた可能性は大きいと思います。しかし、「動態ゼロ」は習近平肝いりの方針であり、これに異論を提起することははばかられる雰囲気・政治的状況があったのではないでしょうか。10月から11月までの「学習期間」を経て「動態ゼロ」は続けるべきではないことについて習近平も納得したときになって、政策転換ははじめて可能になったと思われます。これは中国政治の健全性という問題と直結します。
 思えば、文化大革命という政治的混迷は毛沢東への権力集中(及びこれを利用した「四人組」の政治的跋扈)によるものでした。鄧小平時代の中国が「天安門事件」を経験したとしても総体として政治的安定を保ち得た重要な原因の一つは、鄧小平が集団的指導体制を尊重したことにあります。
 新10条が打ち出された後の中国メディアの報道姿勢を見るとき、私としては手放しで楽観できない雰囲気を感じます。ブロガーの中には、「一つの時代は終わった。全民防疫という「ドラマは終焉した」、これからは「各人が自分に頼る」のだ、述べるものも見受けられます(ブロガー「明叔雑談」)。しかし、「動態ゼロ」から中国的「ウィズ・コロナ」への転換は十分な合理性があるにもかかわらず、公式報道にはそうした合理的説明を正面から行っているものがありません(これから出てくることを願います)。
 12月15日付けの朝日新聞に掲載された小嶋華津子氏(慶応大学法学部教授)の見解は、細部はともかく、大筋で共感しました。特に最後の指摘(「習氏は、‥民意を受けて柔軟に科学的に軌道修正し、コロナに立ち向かったという成功物語を紡がなければなりません。それがうまくいくかどうかは、習氏が、広く官僚たちの主体性を動員する真のリーダーシップを発揮していけるかどうかにかかっていると思います」)は、中国政治に対する含意という点で重要だと思います。