韓国の尹錫悦大統領は検察出身で外交(内政も?)にはズブの素人であることははじめから分かっていたことですが、初の外遊(「海外に赴いての外交」という意味においてではなく、文字通り「外国で遊ぶ」という意味に理解することが妥当)である、イギリスでのエリザベス女王葬儀出席(間に合わず欠礼.翌日に改めて赴いたとのこと)、アメリカでのバイデン大統領との「会談」(1分足らずの挨拶)、国連総会出席に合わせた岸田首相との「略式会談」(日本側は「会談」という言葉を使用せず「懇談」と表現)等で、その素人さをすっかりさらけ出したとして、韓国国内では散々の評判でした。正直、私にはそんなことはどうでも良いのですが、どうでも良くないのは、尹錫悦大統領が韓日関係を改善することに前のめりのあまり、日韓関係悪化の原因の中心的な問題である強制連行徴用問題について、問題の核心である、最重視されるべき強制動員被害者の人権回復というポイントをおざなりにする態度があまりにも露骨であるということです。
 私はこのコラムでこの問題について書かねばと思っていたのですが、10月5日のハンギョレ・日本語WSが、被害者の代理人の一人でもあるイム・ジェソン弁護士が明確に問題の所在を明らかにした寄稿文「何のための「韓日首脳会談」なのか」を掲載しましたので、以下に全文を紹介します(強調は浅井)。ちなみに、尹錫悦政権は朝鮮に対する政策に関してもバイデン政権にすり寄っており、文在寅政権時代には慎重な対処をしていた朝鮮を標的とする米韓合同軍事演習にも前のめりです。これが、朝鮮によるミサイル連続発射という対抗措置を招いているのですが、これに対して原子力空母レーガンを中心とする米韓日合同軍事演習でさらに朝鮮の警戒心を煽るお粗末です。尹錫悦大統領は反共・対米追随以外には頭が空っぽという点では岸田首相に引けを取りませんが、朝鮮半島の平和と安定という韓国にとって最重要課題が頭の片隅にもありません。強制連行徴用問題といい、対朝鮮政策といい、まだ任期が始まったばかりの尹錫悦政権が今後5年間も韓国内外政を担当すると考えるだけでも気が重くなります。韓国のデモクラシーは日本のデモクラシーよりはるかに先を行っていると思いますが、「ともに民主党」の大統領候補がパッとしなかったとは言え、尹錫悦を選択した韓国主権者には愚痴を漏らしたくなります。閑話休題。

 尹錫悦(ユン・ソクヨル)政権の対日政策の最優先目標は明らかなようにみえる。韓日首脳会談の開催。先月22日、米ニューヨークで両国首脳が30分間対談したことについて、日本政府は「懇談」と述べてその意味を矮小化し、韓国政府も「略式会談」と表現した。議題、合意文、儀典という首脳会談の要件が満たされた韓日首脳会談は、依然として開かれていない。
 韓日関係の長きにわたる硬直は周知の事実だが、韓国政府がこれを打開するために首脳会談を積極的に推進するということが問題なのだろうか。首脳会談が手段ではなく目標そのものになっていることで問題化が始まる。首脳会談は両国が争点を議論し、合意を導き出すための「手段」だ。ところが尹錫悦政権は、前政権との違いとともに政権の成就を示すため、首脳会談そのものにしがみついている。ニューヨークでの奇妙な対面は、主客転倒した外交の方向性が生んだ事故の一つだ。
 何をやり取りするかではなく、会談の実現そのものが至上課題になった構図においては、会談を邪魔する諸条件は障害物に過ぎない。筆者は尹錫悦政権の外交部が7月初めから行った強制動員問題に関する官民協議会に、被害者側の代理人の資格で何度か参加した。初会議で外交部は「スピード感」を強調しつつ、8月中に成果を出すと述べた。被害者が高齢であることと強制執行手続きがせまっていることを理由としてあげたが、理解できなかった。被害者の方々が高齢であることは昨日今日にはじまった問題ではない。強制執行手続きもやはり、少し綿密に調べさえすれば裁判所による判断後も競売手続きなどに少なからぬ時間がかかることが分かる。年内の首脳会談の実現のために、強制動員被害者が数十年にわたって続けてきた訴訟と判決を迅速に「処理」しようとしているのではないかと疑われた。
 官民協議会終了後に出てきている議論をみれば、この疑いは正確だったことが分かる。強制動員問題は日本の強硬な立場のせいで解決できずにいるが、協議会はこの問題の本質には少しも近づけていない。被害者の同意なしに被害者が判決で勝ち取った債権を消滅させる方法に関する議論を残したに過ぎない。もはや清算対象は植民地時代の違法行為ではなく、被害者になってしまった。被害者の権利行使が首脳会談の邪魔になるからだ。
 会談を実現させるために、最高政治指導者も客観的事実と合わない話を躊躇なくする。尹錫悦大統領は8月17日の就任100日記者会見で「日本が懸念する主権の問題の衝突なく」強制動員問題を解決すると述べた。耳を疑った。法律家出身の大統領が法的誤りの含まれている話をしたからだ。主権は「国家」の問題だ。強制動員最高裁判決は日本企業、すなわち「私人」に対する判決だ。執行手続きも日本企業の韓国領土内の資産に対して行われている。日本政府は当事者ではない。強制動員賠償問題の司法手続きが日本国の領土を侵害したり、日本の司法権を侵害したりした事実は全くなく、そうすることもできない。日本政府でさえ強制動員問題に言及してきたこの数年の間に「主権が侵害された」という主張をしたことはないが、韓国の大統領がこの問題を主権の問題に格上げしてしまったのだ。首脳会談のために最大限の低姿勢の立場を公表して失敗したとしか解釈できない。
 ハン・ドクス首相は先月28日、安倍元首相の国葬で岸田首相に会い、2015年「慰安婦」合意について「国際法的にみれば少し一般的に理解が難しい、そのようなことが起きたのは事実」だと述べた。2015年慰安婦合意は国際法(条約)ではない。書面の形式をとるのが条約の最低限の要件だが、2015年慰安婦合意は口頭合意に過ぎない。国務会議の審議や国会の同意など、憲法上の条約締結の手続きも経ていない。もちろん、国同士の合意があったことを否定できない中で、韓国の首相が一定の表現をすることはありうる。しかし、客観的に見て国際法が争点でない事案において、拘束力のある国際法に言及するのは間違っている。韓国の首相が日本の首相にあえて間違った話をするのは、やはり彼らの機嫌を取るためだろう。
 何のための韓日首脳会談なのか。歴史的・客観的事実を犠牲にし、韓国の被害者までをも清算することでようやく実現する首脳会談において、我々が得るものは何なのか。明るく笑う両首脳の写真だろうか。