ロシアのラブロフ外相は9月24日に国連総会一般討論で演説するとともに、翌25日には記者会見に臨んで記者の質問に答えました。私は、9月30日にプーチン大統領が行ったウクライナ領土併合演説も読みましたが、両演説の核心部分はほぼ同じで、プーチン演説が国内聴衆を対象として感情的・扇情的であるのに対して、ラブロフ演説は国際世論を対象として理性的・説得的であるという印象を強く受けました。ロシア指導部がロシアを取り巻く国際環境をどのように捉えているかを冷静に理解・判断する上では、ラブロフ演説及び記者会見での発言を読み解くことが有益だと思います。私は、他者感覚をフルに回転させてロシアの立場を「内側から認識する」ことの重要性を改めて認識しましたし、「ウクライナ=善、ロシア=悪」とする「常識」がいかに誤っているかを痛感しました。

(国連総会演説-要旨-)
 西側が採用している政策は、様々な利害を調整し、弱きものを恣意的なルールから守るための公正を保証する国際法を担当している国際機関に対する信用を損ねている。こうした消極的傾向の典型を今国連のこの場で、我々は見届けている。
 偏見のない観察者であれば明らかなように、将来の世界秩序は今日決定されつつある。問題は次の二択である。唯一の覇者が自らの悪名高いルールに従うことを他国に強制する世界秩序か、ネオ・ナチ及び新植民地主義から自由な民主的世界秩序か。ロシアは第二の選択肢に確固として与する。同盟国、パートナー国そして志を同じくする国々とともに、我々はこれを現実にする努力を呼びかける。
 今日、自国の利益のために立ち上がる用意のある主権諸国の台頭によって、平等で持続的な多極的構造が姿を現しつつある。しかし、ワシントンと西側諸国の支配層は、こうした地政学的プロセスを自分たちの支配に対する脅威と見なし、歴史の進行をストップさせようとしている。冷戦に勝利したと宣言したワシントンは自らを神のメッセンジャーの高みにまで引き上げ、罰を受けずに何事もできる神聖な権利を授けられたと考えている。自称「世界のマスター」を不快にさせれば、如何なる国も次の攻撃目標となり得るのである。(ユーゴ、リビア、イラク等のケースを挙げた上で)ワシントンの武力介入によって状況が好転した国があったなら、挙げてほしい。
 「ルールに基づく秩序」の名の下で一極支配モデルを復活させようとして、西側は「敵か味方か」という陣営的対立の論理に基づいて至る所で線引きを強制している。そこでは第三の選択肢はない。アメリカは、NATOの東方拡大政策によってその軍事インフラをロシア国境に近づけることに固執してきた。アメリカは今やアジアをも従えようとしている。6月のNATOマドリッド・サミットで、この自称「防衛同盟」は、欧州大西洋地域とインド太平洋地域の安全保障は不可分だと宣言した。数十年にわたって形作られてきたASEANのオープンで包容的な地域構造は、閉鎖的な構造によって損なわれようとしている。これらの展開の上に立って、彼らは台湾で火遊びすることを決め、台湾に対する軍事支援まで約束している。
 明らかなことは、悪名高いモンロー主義が世界的範囲に広がろうとしていることだ。ワシントンは地球全体を自分の裏庭にしようと企んでおり、これに同調しないものを強制する道具として不法かつ一方的な制裁という手段を使っている。国連憲章に違反する一方的制裁は、すでに長年にわたって政治的最後通牒手段として使われてきた。(60年以上続く対キューバ制裁を挙げた後)世界の食糧及びエネルギー危機はアメリカ及びEUに起因するが、ワシントンとブラッセルはそうした基本的常識に挑戦し、ロシアに対する経済戦争を宣言してこの危機的状況をさらに複雑にし、食糧、化学肥料、石油そして天然ガスの世界的価格高騰を引き起こした。
 西側では、公然たるロシア嫌いが空前かつグロテスクな次元で広がっている。彼らは良心的咎めもなく、我が国を軍事的に打ち破るだけに留まらず、ロシアそのものを破壊し、崩壊させる意図を公にしている。つまり、彼らはあまりに独立している地政学上の存在を世界の政治地図から抹消したいのである。
 過去数十年にわたるロシアの行いが彼らの利害を損なっただろうか。我々が自発的にワルシャワ条約機構を解体したことがNATOの存在理由を奪ったことがいけなかったのだろうか。それとも、ロシアが無条件にドイツ統一を支持したことがいけなかったのか。ソ連邦の各共和国の独立を承認したことがいけなかったのか。NATOは1インチたりとも東方拡大しないという西側指導者の約束を信じたこと、東方拡大が始まった後、ロシア・NATO基本条約を締結して東方拡大を正当化することに合意したことがいけなかったのか。NATOの軍事インフラがロシア国境に近づくことは受け入れられないと警告したことがいけなかったのか。
 冷戦終了とともに、西側の傲慢そしてアメリカ例外主義は特に破壊的性格を露わにすることとなった。早くも1991年、アメリカのウォルフォウィッツ国防次官は、NATOのクラーク司令官との会話の中で、冷戦終了後は軍事力を好き放題に使えるし、イラクやシリアなどの親ソ連政権を5年から10年で取り除くと述べた。アメリカがどのようにウクライナ政策を計画したかについても、いつか誰かのメモワールで知ることになると確信している。もっとも、ワシントンの計画はすでに明らかになっているが。
 2014年2月にヤヌコヴィッチ大統領が反対派と結んだ合意について、アメリカとEUの要求に応じて我々が支持したことが許せないというのだろうか。ドイツ、フランス、ポーランドがこの合意を保証したのだが、翌朝、クーデター指導者たちは合意を踏みにじり、欧州の仲介諸国に恥をかかせた。ところが西側は肩をすくめるだけで、クーデターを受け入れることを拒否した東部ウクライナに対してクーデター首謀者たちが攻撃を始めたのにも、だんまりを決め込んだ。クーデターの黒幕がナチ共犯者を持ち上げたときも傍観した。キエフがロシア語、ロシア教育、ロシア語のメディア・文化を全面的に禁止し、ロシア人をクリミアから追放することを主張し、ドンバスに戦争を宣言したことに直面したとき、我々は黙って見ているべきだったというのか。キエフ当局のもっとも高い位置にあるものは当時も今も、これらの人々を人民(people)ではなく生き物・畜生(creatures)と呼んでいる。我々はどうして辛抱できようか。
 次のようなことも考えられる。キエフのネオ・ナチが東部ウクライナで発動した戦いを止めさせるべくロシアが介入し、そのあと、2015年2月に国連安保理で満場一致で承認されたミンスク合意を実行するように主張したことが原因か。長年にわたってロシアは、OSCE文書において最高レベルで定められた平等かつ不可分の安全保障原則に基づく欧州共存ルールに合意することを繰り返し提案した。この原則の下では、他国の安全を犠牲にして自国の安全を図ることはできない。最後にその旨を法律的に拘束力ある文書にすることを提案したのは2021年12月だったが、我々が得た答は傲慢な拒否だった。西側諸国が話し合いに応じることができず、キエフ当局が自国民に対する戦争を続けていることを考えたとき、我々に残されたのは、ドネツク及びルガンスクの独立を承認し、ドンバスのロシア人その他の人民を守るために特別軍事行動を開始するとともに、NATOが一貫してウクライナ領土つまり事実上のロシア国境で一貫して作り出していたロシアの安全に対する脅威を取り除くことしか残されていなかった。ちなみに、この特別軍事行動は国連憲章第51条に基づいてロシアと両共和国との条約を遂行する形で行われている。自国民に対する責任を自覚する主権国家であれば、こういう状況下では同じことをすると確信する。
西側はルガンスク、ドネツク、ケルソン及びザポロジェにおける住民投票にかんしゃくを起こしている。しかし、4地域の住民はゼレンスキーの助言に反応しているだけのことだ。2021年8月のインタビューの中で、彼は自らをロシア人と考えているものはすべてロシアに行くことをアドヴァイスした。4地方の人々がしているのは、祖先が数世紀にわたって住んできた土地を伴ってゼレンスキーのアドヴァイスに従っているということだ。
 偏見のない観察者であれば明らかなことは、欧州を完全に隷従させているアングロ・サクソンにとって、ウクライナはロシアに対する戦いにおける消耗品に過ぎない。完全支配を目指すアメリカにとってロシアは直接の脅威であり、中国は長期的戦略的挑戦であるとNATOは宣言した。同時に、ワシントン率いる西側は、従わないものは例外なく次の標的であるとする脅迫的シグナルを発出している。
 西側による好ましからざる政権に対する聖戦の結果の一つは、多国間機関の機能の加速的衰退である。アメリカと同盟国はこれら機関を自分たちの利己的利益実現の道具として使っている(国連事務局、人権委員会、UNESCO、OPCWなどを例示)。また、西側は彼らのデモクラシーをモデルとして押しつけ、国際関係におけるデモクラシーの規範(一国一票原則)に従うことを一律に拒否している。しかし、ワシントン及びこれに服従する欧州が、自分たちの支配を保持するために、禁止されている方法だけを使っていることは確かなことだ。経済、スポーツ、情報、文化交流ひいては人的交流に至るまで、強力な競争相手に対して、彼らは外交的手段ではなく不法な制裁に訴えている。国連を防衛し、国連が再び全加盟国の利益をバランスさせる率直な議論の場として復活するように対決的要素を取り除くことが必要だと確信する。これこそがロシアのアプローチである。
 変化の時代には、人々は、困難と挑戦を経験した先人の知恵に慰めを見いだすものだ。第二次世界大戦の恐怖を覚えているハマーショルド事務総長は、「国連は我々を天国に導くために作られたのではなく、地獄から救い出すために作られた」と述べた。この言葉ほど今日にふさわしいものはない。つまり、将来の世代が安全かつ調和の中で発展できるための条件を作り出すことが我々の個人的集団的責任であることを認識しなければならないということである。
 我々は誠実に働く用意がある。世界秩序の安定を保証する唯一の道は、真のデモクラシーにとっての法的基本原則である諸国家の主権的平等に対する尊重に立脚している国連外交の原点に立ち戻ることであると確信する。
(記者会見発言-抜粋-)
(浅井注) ロシアの核兵器使用に関するプーチン発言にかかわるラブロフ発言については、9月28日のコラムで紹介しました。
(問) 国連安保理会合の中で、貴方ははじめて西側諸国がウクライナ紛争の当事者(parties)だとオープンに述べた。これはロシアが西側諸国を潜在的敵と見なしているということか。
(答) この戦争における西側の関与の法的側面についてだが、兵器はウクライナに公然と送り込まれている。キエフは衛星情報を提供されている。西側はウクライナ軍を支援するべく、軍事衛星約70と商業用衛星約200を使っている。ウクライナの一司令官は最近、アメリカ製兵器の使用について、目標に関してアメリカが拒否権を持っていると述べた。これが直接関与でなければ何なのだ。1907年のハーグ条約は中立国の義務にかかわるものだが、そこで「中立国」とは中立宣言を行った国だけではなく、軍事紛争の当事国ではない国をも含むとしている。海洋に関する条約第6条によれば、中立国が戦艦、弾薬、如何なる種類の戦争物資を戦争当事国に供与することも禁止している。アメリカ、EU、NATOはキエフに兵器を送っている以上、中立国と見なすことはできない。また、通信手段の軍事目的の使用も禁止されている。すでに述べたとおりスターリンクを含む200の商業用衛星が直接使用されており、アメリカは中立国ではなく紛争当事国だ。
(問) EUのフォンデライアン議長は、イタリア総選挙の結果がブラッセルにとって好ましくない場合に対して警告した。他方で、ドンバスの住民投票結果に対しては不法であるとした。このアプローチは一体何なのか。
(答) 二重基準ということだ。コソヴォについて、西側は国際的諸原則に対する例外を公式化したことを覚えている。国際司法裁判所は、これは例外でも何でもないといった。コソヴォ以後は、如何なる国の如何なる地域も中央の同意なく自らの将来を決める権利があると宣言されたのだ。(浅井:したがって、ウクライナ4地域の住民投票結果も合法という含意)。