8月30日のコラムで紹介したラブロフ外相の発言から窺えるように、ロシアは今や、「ロシア嫌い」(Russophobia)で凝り固まった米西側との関係改善・再構築の可能性はもはやないと思い極め、脱米西側の外交戦略に舵を切った観があります。ウクライナに対する特別軍事行動を開始するまでは、バイデン・アメリカはともかく、メルケル・ドイツ、マクロン・フランス等欧州諸国との関係に一縷の希望をつないでいたと思われます。しかし、メルケルが去ったドイツを含め、欧州諸国の大半は今やウクライナ支援・対ロ対決でアメリカと足並みをそろえるに至りました。「ロシア嫌い」の異常さはスポーツだけではなくクラシック、文学等の領域にまで及ぶ始末です。ロシアも欧州に突然「ロシア嫌い」が噴出したことにショックを隠せないようです。しかし、決定的な要因はやはり、ロシアの対外資産を凍結するに留まらず、これを没収することまで本気で言い出した米西側に対する決定的不信だと思います。「私有財産の神聖不可侵」は米西側の拠って立つ資本主義の根幹の原則であり、精神です。それを一顧もしない今の米西側に対する根源的不信がロシアをして脱米西側へと駆り立てているのではないでしょうか。シリアに不法駐在する米軍がシリアの原油を盗掘してイラクに運び出して巨利をむさぼっていることも公知の事実です。最近シリアはアメリカが略奪した金額が1071億ドルに達すると告発しています。ちなみに、私も新自由主義思想のもとで金融投機資本主義に踏み込んだ今日の米西側諸国はもはや昔日の資本主義国家ではないという実感を深めています。
 ロシアが外交戦略の転換に踏み切ったこととの対比でいえば、台湾問題で同じように米西側の批判・非難に直面している中国が、国内問題である台湾問題に関する妥協の可能性をきっぱりと拒否しつつ、米西側諸国との共存共嬴の可能性についても追求する姿勢を一貫して堅持していることは極めて興味深いことです。ただし、ロシアが侵攻に踏み切らざるを得なかったウクライナ問題の本質(NATOの東方拡大)を無視する米西側にはロシアの「国際法違反」を問い糾す「形式的正義」はありますが、「一つの中国」原則を承認して中国と国交を結んだ米西側諸国にはいかなる「形式的正義」も存在しません。中国が米西側諸国に対して余裕を持って対処できることが、対米西側における中国とロシアの対応の違いを生み出しているとみることは可能です。
 とはいえ、ロシア外交の戦略転換は中国にとっても無関心ではいられません。8月30日付けの環球時報に掲載された中国社会科学院ロシア東欧中央アジア研究所の徐坡岭研究員の署名文章「「ルック・イースト」から「戦略的東方転換」に転じるロシア」(中国語原題:"俄罗斯从"向东看"到"战略东转"")は興味深い分析を行っています。訳出紹介します。

 2014年のクリミア危機から2022年のロシア・ウクライナ衝突へと、ロシアと米欧との関係は亀裂の深まりから対抗・対立へと変質し、ロシアの国際戦略には根本的変化が生まれている。2014年のクリミア危機以後、ロシアがかつて熱い期待を寄せていたロ米関係の「再起動」は決定的に過去のものとなった。ロ米関係が悪化し、米欧の対ロ経済制裁発動及びロシア国内に出現した経済困難という背景のもと、ロシアは国家安全保障及び発展戦略問題で積極的な「ルック・イースト」を採用し、極東の開発に力を入れるとともに、中国を含むアジア太平洋諸国とのエネルギー・経済協力を積極的に推進してきた。しかし、この「ルック・イースト」においては、ロ米関係とロ欧関係を処理する上ではまだ違いがあった。すなわち、ロ米関係では競争的対抗に向かうと同時に、ロ欧関係においてはまだ競争的協力という特徴があり、ロシアは欧州とのパートナーシップを回復発展させる希望と余地を残していた。
 2022年にロシアとウクライナの衝突が勃発して以後、米欧は一緒になってロシアに対する全面制裁を発動し、ロ米関係とロ欧関係が短期間のうちに協力へと回帰する可能性は極めて小さいものとなった。この新たな歴史的条件の下で、ロシアは「ルック・イースト」を調整して「戦略的東方転換」への道を開始した。「ルック・イースト」はロシアが西側の圧力に抵抗するアジア太平洋戦略上の布石だったとすれば、「戦略的東方転換」はもはやアジア太平洋に局限されず、ロシアのグローバル戦略上の修正であると言える。
 「戦略的東方転換」とは、東側、南側に協力パートナーを求めることを含め、国際秩序と国際パラダイムをロシアのグローバルな利益に有利になるように変化させることを推進する戦略的構想である。ここで東側、南側というとき、地理的、地縁政治的及び戦略パラダイムという三つの次元の含意がある。
 地理的次元についていえば、ユーラシア大陸の「西側」にある欧州を除くすべての方向を含んでおり、東アジア及び東南アジアの「東側」を含むとともに、インド、トルコ、中央アジア諸国等の南アジア、中東という「南側」をも含む。地縁政治的次元でいえば、「戦略的東方転換」構想は欧州を主要な戦略協力の相手とする発想を転換し、欧州以外の東アジア、東南アジア、南アジア、中央アジア及び西アジアさらにはアフリカ、ラ米の国々をも積極的に開拓する対象とする。グローバル戦略という次元でいえば、この戦略では、伝統的な意味において「西側」陣営と対峙する「東側」陣営、「北側」陣営と対峙する「南側」陣営の国々を協力対象として、制裁封鎖に対処する上での突破口とする。
 ロシアの政治指導者及び戦略的エリートは、ロシアはグローバルな利益を持ちグローバルな影響力を有する大国であると認識している。ロシアから見るとき、グローバルなパワーの重心が移動し、大国間の地縁政治的な対立が不断にエスカレートするに伴い、ロシアとしては自らにもっとも有利な態勢を進んで獲得しなければならない。ロシアの対外政策文件及び外交実践からは、大国は世界秩序及び戦略的バランスの指導者であるというロシアの確固とした認識を見て取れる。この認識に基づき、ロシアの2014年以後の「ルック・イースト」においては、アメリカとは競争的対立関係、欧州とは競争的協力関係、中国とは全面的戦略パートナーシップと定義づけられてきた。しかし、2022年2月以後の「戦略的東方転換」においては、ロシアと欧州、アメリカとの関係は根本的に変化し、対立がこれらの関係の唯一の属性となっている。
 米欧の全面制裁と対立圧力に直面して、ロシアの安全保障環境、発展条件及び国際協力条件には根本的な変化が起こった。「ルック・イースト」という、単純なアジア太平洋戦略上の布石という意味での調整ではロシアの生存と発展の必要をもはや十分に満たすことができなくなった。米欧の全面制裁並びにEUが実施するエネルギー、経済及びテクノロジーにおけるロシアとの全面的ディカップリングという状況のもと、ロシアとしては、国内の経済的、技術的及び安全保障上の自主性を強化するとともに、中国、インド、トルコ、ヴェトナム、インドネシア等のアジア太平洋諸国、さらにはアフリカ及びラ米諸国とのエネルギー、経済貿易協力を発展させる必要がある。同時にロシアは、中国、インド、トルコ、イランその他の広範な南側諸国と一緒に一極覇権秩序に反対する協力を行うことにより、ロシアにとって有利な国際的生存環境を獲得できると信じてもいる。
 「戦略的東方転換」はまた国際秩序を変革するロシアの決意と立場を反映しており、これは、米西側の覇権をひっくり返し、一極世界を打破し、多極世界を構築するという立場の表れでもある。ロシアが国際秩序を変革するという断固とした決意には三つの主要な原因がある。第一は現行国際秩序に対する強烈な不満である。ロシアは、現行国際秩序は冷戦後に形成された米西側が覇権を独占する不合理な秩序であると考えている。覇権支配下の国際秩序では、利益は一方的に米西側に流れ、ロシアその他の途上諸国はこの利益に与ることができない。第二は歴史の発展の趨勢に対する判断である。ロシアは、一極世界はすでに終結に向かっており、世界の多極化が大勢の赴くところだと考えている。ところが米西側は一極覇権を維持しようとしており、これは歴史の潮流に反するものである。第三はロシアが多極世界における「一極」でなければならないと認識していることである。ロシアは、世界の舞台で活躍する重要な大国であり、国際政治の多極化を推進する重要な力になるべきであり、多極世界における一極としてグローバル・ガヴァナンスに参与するべきであると自らのことを考えている。
 当面の国際秩序の主導的観念について見れば、世界経済政治における「政経合一」傾向あるいはグローバルな気候及び衛生防疫等のガヴァナンスの必要のいずれをとっても、ロシアは自らが当事者及び参画者の一つであると考えている。グローバルなパワー・パラダイムがアメリカの軍事的覇権と中国その他による経済発展との綱引きという方向に向かっているとしても、ロシアはグローバルなパワー分配の中で部外者に甘んじることはできない。特に国際秩序の制度的アレンジメントに関していえば、これまでの西側の国際組織(NATO、EU、G7)が主導する秩序から、G20、ASEAN、BRICS、ユーラシア経済連合、上海協力機構等が共同参与して作り上げる秩序へと変化しつつあり、このような多元化される制度的変化の中で、ロシアはカギとなる当事者である。
 ロシアの「戦略的東方転換」は正に、ユーラシア国際秩序の変化という基礎の上で、国際秩序を多極化の方向に発展させることにより、新自由主義的グローバル化の潮流のもとでロシアが不利な立場に置かれている状況を根本的に変化させ、地縁政治上の最大の利益を獲得することを目指すものである。したがって、ロシアの「戦略的東方転換」に影響するカギとなる要素は、局地的に起こるけれどもグローバル的影響を有するロシア・ウクライナ衝突だけではなく、国際秩序の主導観念の変化及び影響並びに国際秩序を規律する多元的制度アレンジメントなどの長期的特徴を有する要素もカギとなる変数となるのである。