ロシアのラブロフ外相は、7月23日から27日にかけてエジプト、コンゴ共和国、ウガンダ及びエチオピアの4ヵ国を訪問して各国首脳と会談したほか、24日にはアラブ連盟諸国常駐代表との会合(カイロ)で、また27日にはアフリカ連合諸国常駐代表との会合(アジスアベバ)でスピーチを行って、ウクライナ問題に関するロシア政府の立場を詳述し、あるべき国際秩序に関するロシア政府の立場を開陳しました。ウクライナ問題に関しては、日本国内ではウクライナを全面支援する米西側諸国発の情報であふれかえっていますが、ロシア発の情報はまったくといっていいほど日本国内に届いていないのが実情です。しかし、これまでコラムで紹介してきたように、大多数の非西側諸国は米西側主導の対ロシア制裁には参加しておらず、これら諸国に対するこれまでのロシア外交の地道な努力(及びこれら諸国の米西側諸国に対する警戒的姿勢)もあって、ロシアに対する拒絶反応は見受けられません。今回のラブロフ外相の2回のスピーチは、ウクライナ問題に対するアラブ諸国とアフリカ諸国の理解ひいては支持を獲得することを目指したロシアの積極外交です。
 もう一つ、ラブロフの2つのスピーチで注目すべき内容は、米西側が支配する「ルールに基づく世界秩序」に代わる、国連憲章に基づく、公正で民主的な国際秩序に関するロシアの基本的提案を示していることです。その中身は中国が提唱しているものと基本的に一致しています。
 私もこの2つのスピーチを読んで知らなかった事実関係に接することができましたし、民主的国際秩序に関する提案は私がこれまでに提起してきたものとも通底するものがあります。また、これだけまとまった形でロシアの認識・立場を紹介した文献もないとも思います。コラムとして紹介したいと思いたったゆえんです。ただし、両スピーチとも長文ですので、抜粋紹介になることをご承知ください。

<アラブ連盟スピーチ>
 アラブ連盟がウクライナ問題に寄せている関心に感謝している。連盟加盟諸国及び連盟自身がとっているバランスのとれた、公正な、責任ある立場を評価している。4月には、連盟のコンタクト・グループを受け入れて有益な議論を行った。我々はアラブ連盟その他の友人との対話にオープンであるし、隠し事もない。
 我々は特別軍事行動を始めた理由を説明してきた。その理由とは、ロシアの安全保障に関する正統な関心を西側が長年にわたって無視してきたということだ。つまり、ソ連が消滅する以前にソ連指導部に対して行われた約束に反してNATOのわが国境に接近する拡大、ウクライナをはじめとする旧ソ連邦諸国をNATOに引っ張り込むことなどだ。
 ウクライナには海軍その他の軍事基地を置くことが計画されていた。2014年2月の違法なクーデターを企てたものを西側は支持した。クーデターを行ったものたちは権力を掌握するや直ちにロシア語を禁止する狙いを明らかにし、クリミアからロシア人を追い出す意図を明らかにした。彼らは軍隊を送ってクリミア議会を襲撃した。クリミア人民はこれに対して立ち上がり、独立に関する住民投票を行い、ロシア連邦に加わった。ウクライナ東部の人民もクーデターを受け入れなかった。その後、クーデターを受け入れなかったこれらの地域の人々はテロリストと指定され、「反テロ作戦」が開始された。これがウクライナ東部での戦争の始まりであり、我々は2015年2月にミンスク合意を署名することでストップさせた。ミンスク合意では、2つの共和国に特別のステータスを与えること、両共和国は独立を主張せず、ウクライナの一部に留まることが定められた。特別のステータスといっても多くのことを求めたわけではなく、多くの国際条約で認められている少数言語としてのロシア語の使用、地域警察、裁判官及び検察官の指名に当たって協議を受ける権利などである。
 この特別のステータスに関してはEUの指導者、ドイツ及びフランスの支援を得て交渉が行われた。しかし、コソヴォのケースと同じく、EUは協定で保障されたことを実施に移すことに失敗した。また、キエフ当局はこの合意を7年間にわたってサボタージュした。すなわち、2共和国との経済関係を再開せず、経済も交通もブロックした。安保理のお墨付きを得たミンスク合意で求められている直接対話にも応じなかった。独仏及びEUは彼らの保障した事項の実行に乗り気ではなかった。ミンスク合意に署名した当時の大統領ポロシェンコはほんの数週間前に、「この合意に署名したとき、それを実施する気持ちはなかった。西側の兵器をもっと得るための時間稼ぎだった」と語っている。そしてそのことに成功したと語っている。ミンスク合意はその点で目的を達したというわけだ。
 この過程の中で、とりわけウクライナがNATOに引っ張られることになったとき以来、我々はウクライナ内外における危険な動きについて繰り返して西側に注意喚起を行った。2009年以後は、OSCE首脳会議でエンドースされ、2010年にカサフスタンの会議でも確認された厳粛な政治的誓約を条約として法律化することを何度も提案してきた。その誓約とは、不可分の安全保障という概念を遵守することだ。この概念とは、いかなる国も同盟を選択することができる、ただし、他国の安全保障を犠牲にしてはならず、また、欧州のいかなる機構も安全保障問題を支配しようとしてはならないというものだ。ところがNATOは、ロシアその他の利害を無視して加盟国を決める権利があると主張して、この概念に反することをしたわけだ。政治的誓約ではらちがあかなかったので、我々は法的拘束力のある条約にしてこの誓約を法制化することを提案した。ところがNATOは、法的拘束力のある安全保障上の保障はNATO内でのみ提供できるものであるとして、我々の提案を拒否した。この拒否自体、欧州のいかなる機構も安全保障問題を支配しようとしてはならないという原則に違反する。我々は2021年12月にもう一度、アメリカとNATOに対して条約案を出したが、再び拒否された。彼らはこう言った。「ウクライナ領域に危険な兵器をおかないことについては考慮することができるが、NATO加盟問題はロシアとは関係がなく、我々はロシアの意向を問うことなく、ロシアがいかなる懸念を持とうともそれを考慮することなく、ウクライナとの間で決定する。」交渉している間も、特別のステータスを与えられることになっている2共和国に対する砲撃は続き、ウクライナには兵器が持ち込まれ続けた。ミンスク合意に関する安保理決議は実施されず、ウクライナ当局は明確にプラン-Bを選択したと認識したとき、我々にはもはや次の選択しかなかった。すなわち、2共和国の独立を承認し、2共和国との間に相互安全保障条約を結び、キエフ当局からその人民を守るために軍事支援を提供するということだ。
 2014年のクーデター以後の状況は次のようなものだ。ゼレンスキー政権は、教育、メディアそして日常生活におけるロシア語使用を禁止する法律を次から次へと作った。地方政府機関や店内でロシア語を使用するものには罰金を科すという行政措置も講じられた。同時に、ネオ・ナチの慣行や理論を奨励する立法が推進された。ニュルンベルグ裁判で有罪になったものがウクライナの国民的英雄と発表された。ミンスク合意がネグられ、ロシア文化その他ロシア的なものが一切合切失われていくこの7年間、我々は西側に対してこれらのことについて注意喚起の努力を続けてきたが、西側は背を向けたままだった。西側は、ウクライナに住むロシア系住民の利益を無視したし、ラトヴィア、エストニアその他EU域内に住むロシア語を話す住民たちの利益をも一切無視したのだ。
 だから我々は特別軍事行動の開始を公表した。我々は、ウクライナ東部人民を支援し、絶対に受け入れられない当局から彼らを解放し、自由にロシア語を話せるようにし、自分たちの宗教、文化、伝統、家族の価値を守ることができるようにする決意である。それこそが彼らの願いである。我々は、すべての外国人記者に対して現地に赴き、自分の目で真実を確かめるように招待した。しかし、主要メディアの反応は芳しくなかった。本国政府が現地に行くことを禁止していると密かに認めた者もいる。
 軍事行動は継続している。我々は交渉のドアを閉じてはいない。事実としても、特別軍事行動を開始した数日後、ウクライナ政府は交渉を求めてきたので、それに合意した。最終的には3月末にイスタンブールにおける会議で、彼らが望む解決原則を盛り込んだペーパーを示してきた。我々はこれを支持し、これらの原則を盛り込んだ条約案を4月中旬にウクライナ側に提案した。しかし、それ以来何の音沙汰もない。我々に聞こえてきたのは、ゼレンスキーその他が「完全にロシアをやっつけ、すべての領土を取り戻したときにのみ交渉する」という声明だけだ。西側の首都からも好戦的、攻撃的な声明が伝えられた。つまり、西側はロシアが戦場で敗北するまではウクライナが交渉を開始してはならないと主張している。ベルリン、ブラッセル、ロンドン、ワシントンその他で繰り返されている公式声明だ。そうである以上は、我々も無駄に待ち続けることはできない。我々はキエフ当局の支配で苦しんでいる人々の苦難を黙ってみているわけにはいかない。ウクライナを反ロ戦争の先兵にしようとする企みを見過ごすことはできない。
 ウクライナ国内で我々は数多くの研究所が、単に研究用ではなく、生物兵器製造に向けられていることを発見した。我々は生物兵器禁止条約に基づく調査を開始している。アメリカその他の同盟国は、中央アジア、アジア、ラテン・アメリカ等地域で数百の同様の研究所を展開している。極めて危険な動きだ。もう一点指摘しておきたい。わが軍がウクライナ人戦闘員を捕虜にして直ちに分かったことだが、全員がナチのカギ十字章の入れ墨をしていた。ということは、ウクライナ軍ではネオ・ナチの教育が深く根を下ろしているということだ。
 ウクライナ内外情勢に関しては、西側メディア由来の作り話が多すぎる。そうした作り話の一つは、いわゆる世界食糧危機に関するものであり、ロシアが特別軍事行動を開始した日に食糧危機が始まったかのようにロシアを一方的に非難するものである。客観性を期するものは世界食糧計画やFAOの統計を読むことだ。食糧市場の問題はコロナに起因しており、それによってサプライ・チェーンが影響を受けることで始まったことが示されている。米欧諸国は膨大な量の紙幣を印刷して食糧、薬品の買い占めに走った。アフリカにおける4年連続の干ばつも一因だ。危機がロシアに対する西側の不法な制裁でさらに悪化したことは事実だ。西側は、対ロ制裁は穀物及び肥料をカバーしていないと主張している。制裁リストを見ればすぐ分かることで、確かに食糧は除かれているが、ロシア船が地中海の港に寄港するケースや他国船がロシアの港湾で食糧その他を積み込むために寄港するケースは制裁から除外されていない。ロシアの穀物に関する保険も制裁対象だし、支払いメカニズムも制裁対象だ。この嘘は執拗に繰り返されてきたあげく、7月22日にイスタンブールで署名された取引(ウクライナとロシアの穀物の輸出に関するもの)ではじめて打開のメドが出てきた。この取引の中で、国連事務総長に対して、西側諸国が上記の制裁による制限をすべて解除するように西側諸国の決定を得るよう説得することを義務づけている。
 制裁にかかわって引き出される結論は簡単なことだ。それはウクライナに関することではなく、世界秩序の将来にかかわる。西側はもはや「国際法」という表現を使うことをやめた。彼らが言うのは、「誰もがルールに基づく世界秩序を支持しなければならない」ということだ。そのルールとは、西側が望むように問題を解決するために特定の状況に応じて示されるものなのだ。
 我々は極めて深刻な変化の始まりに直面している。貿易決済手段として米ドル以外の手段を考える国々が増えており、貿易その他の経済的交換に自国通貨を使用しようとする国々がますます増えている。長い時間がかかるだろうが、我々は真の多国間主義への動きともいうべき新しい時代の始まりにいる。それは西側文明が例外的な役割を持つ基礎の上で西側が押しつけようとしてきたこれまでの多国間主義とはまったく別物である。世界は西側文明だけの世界よりもはるかに豊かなものだ。古代文明を擁するあなた方には分かるはずだ。この動きは止めることができない。押しとどめようとすることは歴史の客観的プロセスに反するものであり、真の多極的民主的世界の最終的形成のための時間を若干遅らせることができるに過ぎない。国連憲章は、国連が各国の主権的平等の尊重に立脚するといっている。そうであるとすれば、国際関係においてはデモクラシーが尊重されるべきである。特定の国あるいはそのグループが世界を取り仕切り、AALA諸国に対してロシアや中国とは会うなと要求するプラクティスを支持することはやめよう。そうすることは自らの尊厳に反する。
 最後に、ロシアがアラブ連盟とのパートナーシップを促進する決意であること、経済協力を推進する意思表明を繰り返したい。双方が協力に関するメモランダムを締結してから、貿易は200億ドル以上にまで増加している。もっとも、これからはドル以外の通貨で計算することになるだろうが。この地域との貿易額がもっと大きい国々もあるが、我々も正しい軌道に乗っている。貿易及び投資活動が増加していることは、我々の協力の基礎が強化されていることの良い表れだ。この協力は国際及び地域問題にも広がっている。我々はパレスチナ問題で協力している。我々は、リビア、シリアその他のアラブ連盟が責任を負っている問題でも協力している。連盟がロシアの立場、見解に対して払ってきた伝統的な関心を高く評価している。我々にとっても連盟のアドヴァイスは極めて価値がある。
<アフリカ連合スピーチ>
 西側が発出するメッセージによれば、国際関係におけるカギとなる問題はウクライナ情勢である。しかし、私はそのような見方に与しないし、外国との同僚との接触を通じても、問題はもっと複雑に絡み合っているという理解が一般的であると感じている。今日我々が目にしているのは、西側がロシアに対して、そしてロシアを支持するもの、さらにはロシアを非難しようとしないものに対して制裁、非難、脅迫という前例のないキャンペーンを展開していることだ。このキャンペーンが示唆しているのは、我々が非常に重要な歴史的時代に生きているということ、我々がどのような世界を迎え、子供や孫たちにどのような世界を引き継いでいくのかという歴史的時代に生きているということである。すなわち、国連は国家の主権的平等の原則に基礎をおいている国連憲章に基づく世界か、力・最強なものの権利が支配する世界かという問いだ。
(アラブ連盟スピーチにおけるウクライナ問題に関する発言・指摘が続く)
 私が言いたいことは以下のことだ。我々は、西側が意図する、国際法ではなく彼らのルールによって動かされる世界を選ばなくてはならないかという問題だ。彼らは「ルールに基づく世界秩序」という表現を編み出した。西側の実際の行動を分析すれば、これらのルールがケース・バイ・ケースで違うことが分かる。単一の基準は存在しない。そこにはたった一つの原則しか存在しない。すなわち、西側が欲することには従え、さもなければ罰せられる、ということだ。これが西側の推進する「ルールに基づく世界秩序」の示す将来の姿だ。要するに、EU及びアジアの同盟国を自分の意志に従属させたアメリカの一極世界である。これは提案ではなく最後通告だ。
 アメリカ支配の一極世界に代わる世界は、独立し、自らの伝統、歴史に依拠し、友邦を頼りこれを裏切らない世界である。ほとんどの国々は植民地時代に戻って存続することを望まないはずだ。2,3の途上国を除いて、AALA諸国の大半が違法な米欧の対ロ制裁に加わっていないという事実からも以上のことは明らかだ。
 アメリカとアメリカの要求のもとにあるEUはロシアの資産を凍結することを決定した。しかも彼らは、ロシアの資産を没収するための基礎を準備する手続きを真剣に開始している。明日あるいは明後日、彼らが誰かにむかついたら同じことをするだろう。言い方を変えよう。世界経済を支える道具としてドルに頼ることには明るい未来がない。ますます多くの国々が他の通貨の使用に転換し、自国通貨の使用に転換しつつあることは偶然ではなく、むしろ勢いがかかっている。
 西側は、自由な市場、公平な競争、私有財産の不可侵、推定無罪等々の原則に基づくシステムを創造した。ところが彼らは、ロシアを罰するために必要となったとき、これらの原則をあっさりとドブに放り投げたのだ。西側をあれやこれやでいらつかせる国が現れれば、西側が同じことをするのをためらわないことには疑問の余地はない。
 西側の次の目標は中国だ。アメリカが公正な競争について実際にどう考えているかを見る上で中国のケースは極めて興味深い。中国は世界経済の頂点にまで発展してきた。しかも中国は、西側が確立したルールに基づいて行動してこれらの成果を達成したのだ。IMF、世界銀行、WTO、紛争解決手続き、競争等々だ。中国は、自国経済を発展する上でこれらのルールを受け入れ、しかも経済、貿易、投資等で、西側が発明したルールの基礎の上で西側を打ち負かした。
 その後には何が起こったか。約2年前、アメリカ財務長官は次のように語った。「ブレトンウッズ体制を作り替える必要があり、WTOを改組する必要がある。我々はアメリカとEUとの間でこの改革を組織する必要があり、新しいルールを作るのに他のものの参加を許さない必要がある。」彼らがこの世界をどう動かそうとしているかは明らかである。我々としては、彼らが正気に戻った暁には、我々みんなと一緒に生きていくべきだと彼らに話しかける用意はある。しかし、この対話は完全な平等、全員の正統な利益に対する全面的尊重の基礎の上でのみ行うことができる。