ワシントン・ポスト紙が「左派のもっとも優れたシンク・タンクの一つ」と形容する経済政策研究センター(Center for Economic and Policy Research Center CEPR)から8月10日付けで発表された71人の経済学等領域の学者(アメリカその他の国々)によるバイデン大統領及びイエレン財務長官宛ての書簡は、私が8月2日のコラムの中で紹介した、アフガニスタン中央銀行の在米凍結資金(70億ドル)の半額(35億ドル)を9.11事件被害者家族への補償に充てる大統領行政命令に異議を唱え、「全額がアフガニスタン人民のもの」だと指摘し、全額をアフガニスタンに引き渡すこと(release)を訴えました。この行政命令について私は「バイデン政権の無法ぶり、ならず者的本質を客観的かつ克明に明らかにしている」と指摘しました(8月2日のコラム参照)が、71人の学者連名の書簡は、アフガニスタンの窮状を指摘しつつバイデン政権に政策変更を求めるものとなっています。この書簡の発表を受けて、在米ロシア大使館と中国外交部の汪文斌報道官が即日コメントを発表しているのも当然と言えます。書簡の内容(要旨)とロシア及び中国のコメントを紹介します。私としては、この書簡をきっかけにバイデン政権の破廉恥な行動が天下公知となること、それによって、ロシア在外凍結資産にまで手をつけようとする米西側の鉄面皮なアプローチの破産にもつながっていくことを願います。

<71人の学者の連名書簡>
 タリバンがアフガニスタンを掌握し、アメリカ及び同盟諸国が厳しい経済制限を課してからほぼ1年がたつ。この間にアフガニスタンは世界でもっとも大きな人道的危機を抱える地域となった。
 我々は、アフガニスタンにおける経済的人道的な悲劇的事態、とりわけそういう事態に追いやったアメリカの政策に深く胸を痛めている。本日あなた方に書簡を出すのは、この危機に対処するために直ちに行動を取ること、なかんずくアフガニスタン中央銀行(DAB)がその国際的資産を取り戻すことを認めることを訴えるためである。
 アフガニスタン経済は深刻な状況にある。世界銀行の予測では、一人当たり実質GDPは2020年末から本年末までに30%低下する。しかも生活必需品の価格値上がりは天井知らずである。国際赤十字は、「2021年6月以来、小麦粉の価格は68%、食用油は68%、肥料は107%、ディーゼルは93%それぞれ値上がりしている」と報告している。アフガニスタンの70%の家庭は必需品をまかなうことができない。人口の半分以上の2280万人は深刻な食糧難に直面している。300万人の子供たちは栄養不良の危機にある。家族を養うために臓器を売ることまで強いられているという絶望的な報告も多い。国際救助委員会は、「現在の人道的危機によって、20年間の戦争以上の死者が出る可能性がある」と警告している。
 この危機の原因としては、干ばつ、ウクライナ戦争の影響(特に食糧及び燃料の価格高騰)、そしてタリバンの統治などが挙げられる。さらに、2019年における公共支出の75%及びアフガニスタンのGDPの40%は国際援助だった。つまり、タリバンの政権掌握後はアフガニスタン経済及び多くの人々の給与の中心的柱の一つが失われたのだ。多くの金融機関は、アメリカの制裁を恐れてアフガニスタンとの取引を制限ないしブロックしている。
 しかし、アフガニスタン経済の崩壊にとりわけ力を発揮したのは、ニューヨーク連邦準備銀行に預けられている約70億ドルのDABの外貨準備の差し押さえである。イギリス、ドイツ、UAEその他による同じような措置の対象となっているのもさらに20億ドルある。これは事実上の外国資産強奪(a de facto seizure)である。加えるに、DABの世界銀行における資格は取り消され、IMFがタリバン政権を承認していないために、IMFにおける約4億4000万ドル相当のSDRも凍結されている。これらの措置により、アフガニスタンは国際金融システムから孤立させられ、外貨準備にアクセスできないでいる。
 これらの資金は、アフガニスタン経済の回転にとり、とりわけ、マネー・サプライ、通貨(アフガニ)安定、食糧及び油を中心とする輸入決済に不可欠である。その結果引き起こされた流動性危機によってアフガニの価値は大幅に切り下げられてしまった。輸入品価格はつり上げられ、しかもウクライナ戦争でさらに深刻化している。私的銀行システムはほとんど機能停止状態、給与は未払い、個人も企業も預貯金にアクセスできず、新たなファイナンスにもありつけない。基本的必需品の値上がりで、ほとんどの人々にとって手が届かなくなっている。
 要するに、DABとしては外貨準備なしでは通常の不可欠な機能も担うことができないということだ。中央銀行が機能しないことで、アフガニスタン経済が崩壊したのは当然なことである。人道危機を和らげ、アフガニスタン経済を回復軌道に乗せるため、我々はあなた方にDABが国際準備を取り戻すことを認めるよう強く促す。
 35億ドル分についてアメリカとタリバンの代表団が最近会合したことには力づけられているが、以下の諸点を指摘しておく。
 第一、70億ドル全額がアフガニスタン人民のものであること。70億ドルを二分割することは根拠がなく正当化できない。全額を返還することなしには、数百万人の人々が飢餓に瀕している荒廃した経済の回復を損なうことになる。
 第二、DABに対する国際的信認の回復は、DABの外貨準備に対する将来的アクセスの保証に大きくかかっていること。
 第三、これらの資金の引き渡しメカニズムは中央銀行抜きではあり得ないこと。
 第四、これら資産のうちの35億ドルは半年以上にわたって宙ぶらりん状態にあること。数百万人のアフガニスタン人が貧困と飢餓に直面している緊急状態のもと、これ以上交渉を長引かせることは許されない。
 タリバン政権は、婦女子、少数民族に対してひどい仕打ちをしてきたが、自分たちが選んだわけでもない政府の行為について国民全体に集団的処罰を科すことは道義的に非難すべきであり、政治的及び経済的にも無謀である。
<汪文斌報道官発言>
 この書簡は、アメリカ政府がアフガニスタンの70億ドルの外貨準備を強奪したことはアフガニスタン経済の崩壊に大きな責任があると指摘している。アメリカ政府が70億ドルのアフガニスタンの資産を二分した手口は独断かつ不当であり、アフガニスタン経済の復興プロセスを深刻に破壊する。
 アメリカのアフガニスタン撤兵一周年に際し、アメリカによるアフガニスタン人民に対する危害は止まるどころかさらに深刻になっているという指摘は国際的に多い。グテーレス国連事務総長は、数百万人ものアフガニスタン人が「生死の崖っぷち」にいると警告している。世界食糧計画は、「アフガニスタン人の98%が食糧不足であり、5才以下の児童の半分近くが深刻な栄養不良に陥っている」と指摘している。
 20年近くにわたったアメリカのアフガニスタンに対する「強制改造」により、アフガニスタン人民は貧困と混乱から抜け出すことができなかっただけではなく、人民の生存及び国家の発展に対する危機が加速している。これこそは、「アメリカ的デモクラシー」が世界に災いをもたらすという反面教師である。米軍は去ったが、アメリカがアフガニスタンで犯した罪行は今も続いている。
 アメリカは誠実に過ちを反省し、実際の行動によってアフガニスタン人民の傷を癒やし、世界に対して責任ある対応を示すべきである。
<在米ロシア大使館>
 我々はこの書簡を全面的に支持する。
 アフガニスタン人民に属する金融資産を不法に所有することは受け入れられない。アメリカがタリバンと行っている交渉において、全額の半分を引き渡すという条件をつけているのは動機不純である。
 アフガニスタン人民は未曾有の社会的経済的危機を経験している。ワシントンの行いは罪のないアフガニスタン人の苦しみを加重させ、この国における人道的な最悪の状況を引き起こすのみである。(8月12日付けタス通信ワシントン電)