8月2日にアメリカのペロシ下院議長は台湾訪問を強行しました。私は7月27日のコラムで、「中国国防部が中米関係に関して具体的関与を明言するのは、私の記憶の限りでははじめてです。しかも、その発言は、「中国軍隊は絶対に指をくわえて見過ごすことはあり得ず、必ず強力な措置を執る」というもので、実力行使に踏み切ることを明言したものと理解するほかありません。ペロシ議長は、搭乗機を撃墜する可能性に言及しましたが、私は、おそらく搭乗機を強制的に中国本土に着陸させる行動を考えていると思います。」と推測しましたが、私の予想は完全に外れ、人民解放軍は8月4日12時から7日12時までの3日間、台湾を取り囲む6カ所の海空域で実弾射撃の軍事演習を実施することを発表しました。間違った推測を行ったことについてまずお詫びします。
 ただし、8月3日の中国外交部定例記者会見で、ロイター記者が、「中国がペロシ訪台を阻止するための措置を執らなかったことに一部ネットユーザーが失望している」と指摘したことにも窺われるように、中国国内にも私と同じような予想を行った者は少なからずいたことは確かだと思います。2日及び3日の定例記者会見を主催した華春瑩報道局長は、王毅外交部長が「中国を侵犯する者は必ずや懲罰されることになる」(3日)と発言した「懲罰」の中身を問うAFP記者の質問に対しては、「中国はすべての必要な措置を執る。言ったことはやる。もう少し辛抱して見ていてほしい。」と述べました。また、中国ネットユーザーの反応を提起したロイター記者が「中米関係の発展を理性的に見るように、ネットユーザーを導くための措置をもっと執るべきではないのか」と皮肉交じりの問題提起をしたことに対しては、「中国の報復は力強く、効果的で断固としたものになるだろう。アメリカと「台湾独立」勢力は次第に実感させられ続けることになるだろう」と述べました。
 華春瑩のこの発言に接したとき、私は中国の物事に関する考え方に対する私の理解・認識の浅さを改めて思い知らされた感じがしました。私は日頃から、日本人と中国人の物事の考え方の最大にして最重要な違いは、歴史的に(あるいは時間という要素を入れて、さらに言えば弁証法的に)物事を考える中国人に対して、私たち日本人の考え方には歴史的・時間的要素を取り入れて物事を考えることが欠けていることにあると考えてきました。今回図らずも、私自身が相変わらず日本人であることをつくづく実感させられました。
 以上は私事ですが、8月3日付けの海外網(人民日報海外版WS)が掲載した文章「「ペロシ同志」にみんなが感謝する日が来るかも」のタイトルには目を見張り、中身を読んで目からうろこでした。それは、解放軍機がペロシ搭乗機を台湾に着陸させなかったことに対する中国の友人たちの失望を自分自身も共有したけれども、よく考えればそういう発想が間違っていることを指摘するものです。著者は「明叔雑談」(私は初見)とありますが、中国の検索サイト「百度」によれば、新華社国際部英文室主任の経歴の持ち主で、北京大学出身です。自己紹介では「愛国だがポピュリズムではなく、アメリカに批判的だが反米ではなく、実事求是」としています(「明叔雑談」で検索すると、彼はいろいろ興味深い文章を表しています)。つまり、この文章は「独自の見解を参考まで」と断っているものを、人民日報海外版WSが掲載したというややこしい性格です。しかし、内容的に優れており、中国指導部の深謀遠慮に基づく戦略的アプローチが理解できるものとして、人民日報海外版が採用したということでしょう。私はこの文章から、物事を長期的、戦略的、弁証法的に考えることの重要性を深く学ぶことができました。上で紹介した華春瑩発言の奥深い含意もこの文章で認識することができます。

 多くの友人はペロシが台湾に到着したことで大いに失望を味わった。私自身、解放軍海空軍機がペロシ(搭乗機)を威嚇し、台湾着陸を思いとどまるか、物理的に到着できなくなることを予想していた。解放軍海空軍にはそうする実力があることは絶対に間違いないと確信している。しかし、このような行動に出ることはリスクが極めて高く、万一の事態が起こったら数秒で生死にかかわってくる。仮にペロシに万一のことが起これば、中米直接軍事衝突というリスクだ。突き詰めるとき、我々がほしいのは祖国統一であり、アメリカと開戦することではない。
 ペロシ搭乗機の台湾着陸を許したということは、今回の闘争の重点があらゆる犠牲を惜しまずにペロシ訪台を阻止することではなく、その訪台後における対台湾、対アメリカとの闘いにおいてどのようにしてより有利な状況を獲得するかということにあることを物語っている。2012年に日本が釣魚島を「国有化」したときも同じで、我々の闘争の重点はあらゆる犠牲を払っても日本の「国有化」を阻止することではなく、日本が「国有化」した後に、我々がいかにして釣魚島主権防衛問題において歩を進めるかがポイントだった。あれから10年、中国海警(注:日本の海上保安庁に相当)船舶は釣魚島巡航を常態化し、12海里領海への出入りも日常茶飯事となった。日本による「国有化」は挑発行動ではあったが、最終的には中国の釣魚島に対する主権防衛を促すことになった。
 私の感じとしては、現在の情勢は1958年の金門砲撃の時の、「蒋介石の船だけを攻撃し、アメリカの船は攻撃しない」という状況と類似している点がある。つまりこれは一種の闘争上の戦術である。
 ペロシが台湾に脚を印したあのときを以ていわゆる「海峡中間線」はもはや決定的に存在しなくなった。続いて始まった軍事演習はこのことを説明している。自問してみよう。ペロシ訪台後は解放軍艦船・軍機がいわゆる「海峡中間線」以東のより台湾に近い地域で訓練を行うことを常態化するとなれば、それはいいことではないだろうか。中国は「海峡中間線」を承認したことはないが、長年にわたって自制し、線を超えて訓練を行うことはなかった。米台の結託に直面して「海峡中間線」にかかわる黙契及び自制を打破したことは確実に前に一歩を進めたことを意味する。「海峡中間線」を突破したことはペロシ訪台に対する制裁、懲罰の一歩でしかない可能性があり、さらにどんな行動が続くのか、我々は期待することができる。
 現在のこの瞬間においては、「物足りない」、「不完全燃焼」、「すっきりしない」と感じる友人もいるだろうし、米帝及び台湾の輩はまた跳ね上がりの行動に出る可能性もある。しかし、「高く跳べば跳ぶほど、転けたときの負担はそれだけ大きくなる」というではないか。香港で起きたことは正にそれだ。報復しないのではない。まだその時が来なかったに過ぎない。その時が来たら一網打尽だ。
 台湾問題に関する中米の戦略的利益についていえば、それは同じレベルにはない。このレベルの違いは、台湾問題に対する中米の戦略的決意及び戦略資源の投入のレベルの違いを規定する。したがって、どちらが「張り子の虎」かといえば、間違いなくアメリカだ。もちろん、私も米帝と台湾の輩が今すぐにでも厳しく罰せられるのを見届ける歴史に立ち会いたい。しかし理性に立って台湾問題を徹底的に解決しようとするならば、中華民族にとって犠牲とコストが最小の方法とタイミングを選ぶべきである。このプロセスにおいては、時に気分が滅入ることは免れない。2019年の香港事件で悪者どもが猖獗したときはまさにそうだった。しかし、その後の事態が証明したように、軍隊警察を動員して鎮圧するよりも、香港国家安全維持法を制定する方がはるかに賢明な選択だったし、犠牲を最小に抑えることもできた。闘争がもっとも複雑、もっとも厳しいときは往々にして戦略上の知恵、忍耐、定力がもっとも試されるときでもある。いかなる時においても、我々が追求するのは国家及び民族の根本的、長期的利益であって、心意気といった類いのものではない。
 台湾問題はいずれ解決しなければならない。そのためには確信も必要だし、忍耐心も必要だ。ペロシ訪台は間違いなく、中国が国家統一を完成するプロセスの中の里程標となるだろう。こういう認識に立てば、国家が統一する暁には、「ペロシ同志」に感謝することを忘れるべきではない。彼女はすでに80才を超えているが、私の見積もりでは、国家統一時にはまだ健在でいるだろう。 (追記) ペロシ訪台で一部の者が失望したのは将来に対する見通し(という問題)とも関連があるかもしれない。今後も似たような重大な闘争が起こる中で、公衆の合理的見通しをいかに管理し、導くかという問題は、常に念頭に置いておく必要がある事柄だと思う。
 独自の見解を参考まで。
 ちなみに、「台湾を取り囲む6カ所の海空域で実弾射撃の軍事演習を実施」することの意義については、国防大学の孟祥青教授が中央テレビで解説した内容が8月4日付け中央テレビWSに掲載されています。興味深い内容ですので、合わせ紹介しておきます。
(質問) 4日の演習任務については成功裏に終わったと発表があった。どう分析するか。
(回答) 今回の実弾射撃演習は過去と比較して新しい特徴があり、今回はシステム的、多要素的に火力を運用している。第一の特徴は、リモート・ファイア・システムの射程が極めて長く、数十キロから数百キロまで、台湾全島をカバーしているし、時間の制約もなく、自由自在に攻撃でき、しかもいかなる目標をも狙うことができる。第二の特徴は、機動性が極めて高いことだ。高機能の運輸システムであり、随時に発射、停止が可能であり、サバイバル能力も極めて高い。もう一つの特徴は、我がシステムの弾薬は比較的簡単でコストも低く、迅速に大量生産可能だということだ。
(質問) 6つの区域を設定したのはいかなる考慮からか。
(回答) それぞれが大きな内容を持っている。第一区域は、平潭島の南東部で、海峡両岸における最も狭いところであり、いわゆる「海峡中間線」を完全に取っ払ってしまっている。第二区域は北部の2つの区域であるが、基隆港の外海であり、同港を封鎖できる。第三区域は東部で、花蓮及び台東という2つの重要軍事基地に対しており、正面攻撃を実施できる。第四区域は台湾島南部であり、バシー海峡を扼するところであり、バシー海峡を封鎖コントロールできる。第六区域は西南部であり、高雄及び左営の海空域である。この6つの区域をつなげれば、台湾島を取り囲む態勢になる。
(質問) 今回の演習の特徴及びブレークスルーは何か。
(回答) まず、台湾島から極めて近いことだ。我々はもともと「海峡中間線」を承認していないが、今回の区域設定でこの線を多く突破した。第二は、台湾全島を包囲したことである。第三は、外部勢力の干渉に対して巨大な阻止能力を形成したことだ。北部の2区域は沖縄に近く、東部と南部はバシー海峡を扼している。バシー海峡は台湾海峡に出入りするための必須経由地であるから、外部干渉勢力に対するメッセージ性は強烈である。