アメリカと欧州諸国(米西側)は、自らがロシアと直接軍事対決する選択肢は封印する一方、ロシアに対して空前の規模の制裁措置を発動し、また、「反ロシア」に凝り固まったウクライナのゼレンスキー政権に大量の武器を提供して「代理人戦争」を戦わせています。米西側の当初の意図は、この両面作戦を通じてロシアを圧倒し、屈辱的な条件による停戦受け入れを迫ることにあったと思います。しかし、米西側あげての制裁は所期の効果を上げることはできず、長引く代理人戦争はいたずらにウクライナの人命を奪い、国土崩壊を亢進させています。ロシア軍が被っている被害は甚大と米英情報機関は盛んに報道していますが、7月7日の諸政党代表との会談の中でプーチンは「ロシアはまだ本気を出していない」(we have not started anything in earnest yet)と余裕たっぷりですし、ロシア国内にパニックが起きる兆候は窺われません。
 ゼレンスキー政権のホンネをうかがい知るに足る材料は皆無です。3月にトルコの仲介に応じてイスタンブールでロシア側と交渉した際に、ウクライナ側はロシアが積極的に評価する内容の停戦協定案を示しましたが、その直後にいわゆる「プチャ」事件が起こり、米西側のウクライナに対する軍事支援が本格化すると、ゼレンスキー政権は態度を一変し、2月24日(ロシアの侵攻開始日)時点の原状回復を勝ち取るまでは停戦に応じない立場を打ち出しました。
<ウクライナのロシア凍結資産に対する要求提起>
 ウクライナはまた、戦後の復興・再建には膨大な資金(7400億ドルとも)が必要とし、米西側諸国が凍結したロシアの資産を没収してその復興・再建に充てることを要求するに至りました。すなわち、ウクライナ中央銀行のシェフチェンコ総裁は3月に、ロシアは侵略に起因する損害を修復するための費用を支払うべきであるとし、米西側諸国が凍結しているロシア資産を賠償に充てることに言及しました(Emerging Europe WSが5月9日付けで掲載した記事の中で紹介)。また、クレバ外相はドイツで行われたG7外相会議で、G7諸国が凍結したロシア資産をウクライナに引き渡すことで戦後再建を支援することを要求(5月13日)、ゼレンスキー大統領も、多国間協定に基づいて凍結したロシア資産を賠償に充てることを提起しました(5月20日)。
 しかし、ロシアの在外資産を米西側がそれぞれの国内法に基づいて凍結すること自体が問題です(米西側はロシアと交戦状態にあるわけではない)。その点はとりあえず脇に置くとしても、凍結資産をロシアの同意なく没収し、他に転用するなどということは「窃盗」(ラブロフ外相)に他なりません。7月4-5日にスイスのルカルノ市で開かれたウクライナ復興国際会議で、スイスのカシス大統領が指摘したように、「所有権、財産権は基本的権利、人権」であり、適切な法的基礎が作られた場合(例えば、第一次大戦で敗北したドイツに膨大な金額の賠償を貸す条約をドイツが受け入れたケースや1951年の対日平和条約)にのみ侵害が許されるというのは、国際的に確立した原則です。条約法条約も「条約は、第三国の義務又は権利を当該第三国の同意なしに創設することはない」(第34条)と定めています。
 ところが驚くべきは、アメリカのブリンケン国務長官、EUのボレル上級対外代表がウクライナ側の要求を肯定する発言を行ったことです。ブリンケンは4月末に、バイデン政権がアメリカ国内で凍結しているロシア政府資産をウクライナ再建に向けるという選択肢を検討していると発言しました(上記Emerging Europe WSが紹介)。またボレルはフィナンシャル・タイムズとのインタビューの中で、タリバンがアフガニスタンを支配した後、アメリカがアフガニスタン中央銀行資産について行ったことをEUも(ロシア凍結資産について)行うことは論理的なことだと主張し、ロシアがウクライナ侵略に対する「戦争賠償」として、ロシア凍結資産を充てることを肯定しました(5月9日)。
<アメリカのアフガニスタン在米資産没収・転用問題>
 直ちに問題となるのは、ボレルが言及した「タリバンがアフガニスタンを支配した後、アメリカがアフガニスタン中央銀行資産について行ったこと」とは何事かということです。
2月11日にバイデン大統領は、「アフガニスタン中央銀行(ACB)財産の保護に関する行政命令」(Executive Order on Protecting Certain Property of Da Afghanistan Bank for the Benefit of the People of Afghanistan)を出しました。この行政命令は極めて難解な内容ですが、まとめるとおおむね次の内容です。①アフガニスタンの人道危機と経済崩壊の可能性はアメリカの安全保障及び対外政策に対する脅威を構成する。②この脅威に対応するべく国家緊急事態を宣言する。③アメリカの金融機関が保有しているACB資産の一部(certain property)は、国家緊急事態及びアフガニスタン人民の福祉に充てることが極めて重要。④(9.11)テロ犠牲者代表がACB資産に対して法的要求を行っていることを理解。したがって、⑤ACBのすべての資産を凍結する(Section1(a))。⑥アメリカの金融諸機関が保有しているACBのすべての資産を連邦準備銀行に移す(Section1(b))。⑦財務長官は、国務長官及び法務長官と協議して、この行政命令の諸目的を遂行するための行動を取る権限を与えられる(Section6)。行政命令が述べていることは以上です。
 私には、この行政命令が何を言わんとしているのかさっぱり分かりませんでした。しかし、タフツ大学のダニエル・ドレズナー(Daniel W. Drezner)教授が2月14日付のワシントン・ポストに掲載した文章「アフガニスタンのお金を盗もうとするアメリカ」(原題:"The United States is stealing Afghanistan's money")を読んでこの行政命令の恐るべき内容を理解することができました。若干長い文章ですが、バイデン政権の無法ぶり、ならず者的本質を客観的かつ克明に明らかにしている貴重な文章ですので、大要を要約紹介します。

 過去25年間にわたり、アメリカは対外政策上の利益を促進するために世界資本市場におけるアメリカのセンターとしての地位を利用する段取りを進めてきた。1990年代後半には、マネー・ロンダリングと戦う努力が行われた。2001年9月11日以後は、テロリストの資金源に対する取り締まりが行われた。2005年のバンコ・デルタ・アジアに対する制裁が北朝鮮を苦しめたことで、アメリカは自分の金融パワーを再認識した。そのことは、2010年のイランに対する金融制裁のエスカレーションにつながっていった。これらの措置に対しては国際的な支持があった。しかし、2018年にアメリカがイランに対して再度制裁を科したときは、西側金融市場に対するイランのアクセスをブロックすると同時に、他の諸大国の抗議に逢着することとなった。アメリカが強圧的な金融制裁手段を発動したときの破壊力を世界が認識することを強いられたためだ。
 タリバンが2021年8月にアフガニスタンを支配した当時、ACBはニューヨーク連邦準備銀行(連銀)に70億ドル以上の預金があった。アフガニスタンにおける人道的状況が悪化し続けるに伴い、バイデン政権がこの預金をどのように扱うのかに関心が集まった。具体的には、タリバンを新しい政権として承認しないアメリカはこの預金をどうするのかということだ。
 答は2月11日に示された。ホワイトハウスは行政命令を出し、司法的判断を前提に、「アフガニスタン人民とアフガニスタンの未来のために」ACBの資産のうちの35億ドルを使うことにした。正しいことをしようとしているという受け止め方をした報道もあった。しかし、問題は資産の「一部」(certain)という表現部分にあった。明らかになったのは、バイデン政権は残りの35億ドルについては別のプランがあるということだった。つまり、9.11事件の犠牲者の補償に充てるというのだ。
 バイデン政権のために公正を期していえば、政権は自分たちが作り出したのではない法的水域を航海しているのである。すなわち、9.11事件の遺族グループは10年前に、非主権体としてのタリバンに対する欠席判決を勝ち取っていた。当時は、この判決はシンボリックなものと受け止められていた。ところが、タリバンがアフガニスタンを支配するに及んで、この遺族グループは連銀に預けられていたACBの資産を狙うことになった。連邦地裁は怪しげなロジックを使ってこの要求を認めた。つまり、アメリカがタリバンをアフガニスタンの正統な支配者として承認していなくても(仮に承認していたとしても、最初の訴えにおいてアフガニスタンは主権ある被告とはされていなかったのだから)、原告は凍結資産に対する要求ができるとしたのだ。
 ニューヨーク・タイムズによれば、ホワイトハウスの国家安全保障会議は、この法的問題に関して、法務省、国務省及び財務省を含む諸官庁トップを集めて数ヶ月にわたる検討を行った上でこの行政命令にたどり着いたという。この行政命令は、少なくとも一部の資産はアフガニスタン人民のために保全しておこうという努力だったというのだ。しかし、この解決方程式を動かすためには、法的に極めて怪しいストーリーを講じなければならなかった。
 そもそも、アメリカ政府が外国資産を国内で一方的に取り上げてしまうというのは極めて異常なことである。この結論を演出するべく、当局者は二段構えの法的手続きを議論したという。まず、ACBの資産全額を連銀の特定口座に確保するべく、大統領は国際緊急事態経済権限法(the International Emergency Economic Powers Act)に基づく緊急権限を行使する。これでACBの資産は凍結されるが、所有権は相変わらずACBに属している。次は連邦準備法(the Federal Reserve Act)の規定の出番となる。つまり、外国中央銀行の財産の処分を認める規定だ。ただし、この規定を適用するに当たっての条件が定められている。それは、国務長官が当該外国の「公認の代表」として承認する者による賛成があれば、という条件だ。しかし、アフガニスタンの前政権がもはや存在しないもとで、誰が「公認の代表」たる資格を満たすのかという問題は極めて複雑である。バイデン政権がこの難題をクリアしたかどうか、どうクリアしたかは明らかになっていない。
 あるアフガニスタン系アメリカ人活動家がアル・ジャジーラの取材に対して、「バイデンのやろうとしていることは、アメリカの撤兵によって引き起こされた飢饉と飢餓の崖っぷちにある貧困国の公的資金に対する窃盗行為である」と述べたように、アメリカ政府は、自国民に報いるために、主権国家が法的に保有する資産を不正取得しようとしているのだ。仮に他の国が同じことをするとしたら、それはまがうことのない窃盗と見なされるだろう。あるいは、他の大国も同じことをやらかすことを容易にしてしまうだろう。また長期的には、アメリカがドルを武器にすることに対する国際社会の怒りと恐れに火をつけることにもなるだろう。アメリカがいかなる法的合理化を試みても、アフガニスタンのお金を盗もうとしている事実は変わらないのだ。
<ロシアの反発>
 ロシアが米西側の動きに反発するのは当然です。ラブロフ外相は、5月14日に開催されたロシア外交防衛政策協議会第30回総会で演説し、次のように述べて、米西側がロシアの在外凍結資産を没収してウクライナの復興再建に充てることがまかり通ってしまえば、今後米西側に対して自主独立の立場を堅持しようとするいかなる国も同じ目に遭うことになると警鐘を鳴らしました(強調は浅井)。バイデン政権がACB資産に手をつけようとしていることについて、ダニエル・ドレズナーが「アメリカがドルを武器にすることに対する国際社会の怒りと恐れに火をつけることにもなるだろう」と危惧したことの正しさを、ラブロフ演説は裏書きしているに他なりません。
 国際環境は単に変化しているに留まらず、日々深刻に変質しつつある。ロシアはその変質から結論を引き出している。「集団としての西側」('collective West')がロシアに対して全面的ハイブリッド戦争を宣言したという事実により、我々の選択はより容易となった。いつまで続くのかは分からないが、ロシアは直接の衝突を避けるべくできる限りのことはした。我々は長い間制裁の下で暮らしてきた。驚くべきことは、ほとんどすべての「文明」諸国で「ロシア嫌い」が急速に広がっていることである。これら諸国は、ポリティカル・コレクトネス、礼儀正しさ、ルールそして法的規範を忘れてしまった。すべてのロシア的なものに対してキャンセル・カルチャーを発動している。我が国に対しては、窃盗を含むあらゆる敵対的な行動が許されている。…今日起こっている大規模かつ同時的なロシア外交官追放は冷戦時代にも記憶がない。
 ウクライナ(問題)は、一極世界秩序維持路線のもと、ロシアの平和的発展を押さえつけるための道具として使われているが、真の問題はそれだけではないし、実はもっと根深いところにある。アメリカは冷戦終了直後から長い間現在の危機の準備を開始していた。NATOの東方拡大はそういう路線のカギの一つである。我々は彼らがそうしないように一所懸命努力した。我々はレッドラインの所在を示し、譲歩の用意も示し、妥協の余地を探った。すべては無駄だった。プーチンは5月9日の赤の広場の演説で以上のことについて注意喚起した。
 今や、西側諸国は「ウクライナ人の最後の一人まで」ロシアに反対する用意ができている。大西洋の向こう岸からこのプロセスを管理しているアメリカにとっては、これほど都合の良いことはないだろう。しかも、アメリカは同時に欧州を弱体化させている。
実際、今の情勢は多層的である。ロシア、アメリカ、中国をはじめとしてすべての国々は次のことを認識している。すなわち、世界秩序は公正で、民主的で、多極的になるのか、それとも、小さいグループの国々が国際社会に対して新植民地主義的世界分割を押しつけることができるのか、という選択に直面しているということである。これこそは、彼らが持ち込もうとしてきた「ルールに基づく国際秩序」の目的である。これらの「ルール」を誰も見たことも、議論したことも、認めたこともないのに、国際社会に押しつけられようとしているのだ。一例を示そう。イエレン財務長官は最近になって新ブレトン・ウッズ体制を提起した。彼女によると、アメリカは「世界経済の運営において一連の(リベラルな)規範と価値」を共有する「信頼できる国々と供給チェーン」を実行するという。彼女の意味することは明らかである。米ドルと国際金融システムの「恩恵」はアメリカの「ルール」に従うものだけに与えられ、同意しないものは罰せられるということだ。ロシアだけが攻撃の対象ではない。独立した政策を行うすべての国々が攻撃の対象になるのだ。例えば、アメリカのインド太平洋戦略は中国に直接向けられている。問わざるを得ないのは、国連憲章の根幹的原則、「国連はすべての加盟国の主権の平等に基礎を置いている」という原則を、西側は遵守する用意があるのかということだ。
 「ルールに基づく国際秩序」が構想しているのは、「集団としての西側」内部においてすら、デモクラシーでも多元主義でもない。EUは最終的に独立を失い、アングロ・サクソン的な一極世界秩序に黙々と加わることになるだろう。ウクライナのマイダン暴動のさなかの2013年12月に国務省のヌーランドが、アメリカのウクライナ政策におけるEUの位置づけについて語ったことは、今日そっくり実現している。ロシアは、今日に至るまで、NATO拡大は防衛的であり誰の脅威にもならないと聞かされ続けている。しかし今、ストルテンベルグNATO事務総長たちは我々に、NATOは安全保障問題を解決するグローバルな責任があると語っている。NATOの次なる防衛ラインは南シナ海に移るというのが私の理解だ。
 西側の政治家は、ロシアを孤立させようとする試みは失敗する運命にあることを受け入れるべきである。非西側世界は世界がますます多様になっていることを自覚しつつある。ますます多くのAALA諸国が国家の利益を諦めることを拒絶するようになっている。西側諸国は、他国の資産を略奪することで、信用のおけるパートナーという評判をぶち壊している。今や収用あるいは「国家的海賊行為」から安全な国はない。だから、ロシアだけではなく多くの国々がドル依存を減らしている。世界経済の非独占化が次第に現実となるのは遠い将来のことではないと確信している。