1.韓国大法院判決と官民協議会

 韓国で保守政党「国民の力」の尹錫悦(ユンソクヨル)政権が登場した途端、韓国人「徴用工」問題について、朴槿恵政権当時の「従軍慰安婦」問題を彷彿させる動き(日韓関係改善を優先するあまり、被害当事者の尊厳をおざなりにする政治的解決を目指す動き)が現れています。
 まず、簡単に事実関係を整理しておきます。2018年10月30日、韓国大法院(最高裁)は、元徴用工4人が日本製鉄(旧新日鉄住金)に対して損害賠償を求めた裁判で、元徴用工の請求を認めた差し戻し審に対する被告側の上告を棄却し、これによって元徴用工に支払いを命じる判決が確定しました。同年11月29日には、三菱重工業に元徴用工、元女子勤労挺身隊員等への賠償を命じる判決が確定しました。両社がこの判決を拒否したのに対して原告側は両社の資産売却を要求、三菱重工業の資産売却手続きに関しては、大法院の決定によって商標権2件と特許権2件の差押命令が確定し、大田地裁は2021年9月27日にこの4件の売却命令を出しました。三菱重工業は「日韓請求権協定で完全かつ最終的に解決された。極めて遺憾」として即時抗告しましたが、命令確定までの手続きは最終段階に入っており、早ければ本年8~9月にも大法院民事2部と3部が最終結論を出すと予想されています。日本製鉄についても、大邱地裁浦項支部が同社と韓国企業の合弁会社の株式の差し押さえを決定し、売却命令に向けた手続きが進んでいます。これに対して、日韓関係改善を急ぐ尹錫悦政権のもとで、被告を含まない日韓の企業や個人が自発的に出資して基金を設立して原告への賠償に充てる案、あるいは、韓国政府が賠償金を肩代わりし、将来的に日本側に支払いを求める形式の「代位弁済」案などが浮上していると報道されています。
 尹錫悦大統領の意向を体する韓国外交部は、7月4日及び14日、日本による植民地時代の強制徴用被害者への賠償問題を巡り解決策を探る官民協議会(以下「官民協議会」)の第1回及び第2回目の会合を開催しました。第1回会合には、世宗研究所のチン・チャンス日本研究センター長、高麗大学のパク・ホンギュ教授など学界の専門家、ソ・ヒョンウォン元クロアチア大使、韓国史編纂委員会のキム・ミンチョル編史部長、韓日経済協会のソ・ソクスン常勤副会長など12人が出席したそうです。この12人の中には「被害者代理人団のチャン・ワ二ク弁護士、イム・ジェソン弁護士」の名前もありました(7月5日付けハンギョレ日本語版)。
 しかし、14日の第2回会合に先立って、三菱勤労挺身隊訴訟支援団体「日帝強制動員市民の会」(以下「市民の会」)は13日、強制動員被害当事者の梁錦徳(ヤン・グムドク)氏(93才)、金性珠(キム・ソンジュ)氏(92才)の意見を聞いたうえで、官民協議会への不参加を決定したと発表しました。市民の会によると、梁錦徳氏は「いくら(お金が)なくても、お詫びの一言を聞きたい一心でここまできた。韓国(政府)はそれしかできないのか」と語り、金性珠(キム・ソンジュ)氏は「三菱で働いたのだから、当然三菱が賠償しなければならない。もし三菱が賠償をしないなら、日本が私たちを連れて行ったのだから、日本政府が賠償しなければならない」と話しました。被害者たちは韓国政府が賠償金を代わりに支払い、その後日本側に請求する方式(代位弁済)が一部で代案として取り上げられていることについて、「私たち(韓国人)が被害者なのに、なぜ韓国政府が賠償するのか」と反対の意思を明らかにしました。市民の会のイ・グゴン常任代表は、「日本企業が損害賠償責任を認めた韓国裁判所の判決を履行しないのが問題の本質であり、解決策の提示を求める日本政府の意向を受け、韓国政府が解決策の模索に乗り出したことで、かえって問題がこじれている。三菱が率直に謝罪し、賠償するのが解決策」だと述べました(7月16日付けハンギョレ日本語版)。これにより、官民協議会に対する原告側の立場は必ずしも「一枚岩」ではないことが明らかになりました。
 ただし、第2回目の官民協議会に出席した被害者側の弁護士は、①謝罪問題に関して、「強制動員という不法行為に対し日本政府と企業の双方の謝罪が必要だが、日本政府の強硬な態度をみると、現実的には(少なくとも)日本企業の謝罪が必ず必要との立場を伝えた」と説明、②弁済財源問題に関しては、「妥協案として代位弁済が議論される場合、少なくても基金の助成に被告企業の参加が欠かせないという意思を伝達した」と述べたそうです(7月14日付け聯合ニュース)。この発言内容は、官民協議会への不参加を決定した「市民の会」の指摘(日本企業がその損害賠償責任を認めた韓国裁判所の判決を履行しないのが問題の本質))と矛盾する内容ではありません。官民協議会への参加と不参加を分けたのは、「解決策の提示を求める日本政府を受け、韓国政府が解決策の模索に乗り出した」尹錫悦政権の官民協議会開催の意図・動機を問題視するか、それとも、解決策を模索する場としての官民協議会の可能性をより重視するか、という違いにあると言ってもいいでしょう。ただ、二人の被害当事者は日本政府の謝罪と賠償を望む発言を行っていることは忘れてはならないと思います(その点では、被害当事者二人と市民の会及び被害者代理人団との間には隔たりがあります)。

2.韓国国内における議論

(1)被害当事者側の立場

 ところで、官民協議会に出席しているイム・ジェソン弁護士は、7月13日付けハンギョレ(日本語版も同日付)に、「強制動員、いかなる解決策を見いだせるか」と題する寄稿文を掲載して、次のように指摘しました。
「日本の謝罪の有無」と「損害賠償債権弁済の財源」を基準に、妥協案は6つにまとめられる。
 まず謝罪問題。強制動員は個別企業の問題を越えて、帝国主義日本が侵略戦争に突き進み、組織的に行った植民地収奪犯罪だ。当然、日本政府と加害企業のいずれも被害者に謝罪しなければならないが、被害者は少なくとも日本企業の謝罪は行われるべきだと強く主張してきた。妥協案に日本企業の謝罪が含まれるかが第一の争点だ。
 次に弁済財源の問題。日本企業の債務を代わりに履行(代位弁済)するために、弁済の財源をどう確保するかが争点になる。お金にも名前がある。誰が財源を負担するかは、誰が責任を負うかの問題であるからだ。3つの方法を仮定してみることができる。韓国側(韓国政府または韓国企業)がすべて負担する案(韓国全部負担案)、韓国全部負担案に判決と関連のない日本企業などが自発的に参加する案(日本自発的参加案)、日本の自発的参加案に三菱重工業など敗訴した日本企業も参加する案(被告企業参加案)だ。判決の履行ではないが、後者に行くほど日本側の責任が明確になる構造だ。この3つの弁済の財源調達案に、日本企業が謝罪するかどうかによる場合の数を考えると、6つの案が出てくる。
 ちなみに、イム・ジェソン弁護士は昨年(2021年)10月7日付けのハンギョレに「岸田新首相への提案」と題する以下の寄稿文を寄せていました。同弁護士の立ち位置を理解できると思うので紹介します。
 私は、日帝時代の強制動員の被害者の方々に代わって、訴訟および執行手続きを行っている弁護士の1人です。まず、日本の第100代首相に選出されたことに対して、お祝いを申し上げます。新型コロナウイルスで全世界が苦境に立たされていますが、新しいリーダーシップとともに日本社会に再び活気が戻ってくることを心から願います。
 1965年の国交正常化以来、最悪の韓日関係という評価には、もはや新鮮味はありません。その核心には、2018年の韓国の最高裁判所による強制動員損害賠償判決、この訴訟の被告だった日本企業によるその後の協議の拒絶および判決の不履行、そして2019年7月の日本政府による半導体・ディスプレイ関連素材の輸出規制があります。
 韓国政府は、強制動員被害者の勝訴とした韓国最高裁の判決とその後の現金化手続きに対する日本の報復措置である輸出規制を解除することを要求しています。日本政府は、輸出規制を解くためには韓国政府が強制動員問題の「解決策」を示すべきだと主張しています。しかし、韓国政府が実務レベルにおいて打診するいくつかの案に対して、日本政府は拒否してばかりいます。
 こうして、最高裁の判決から3年近く経とうとしています。韓日関係の硬直化が生み出す両国間の様々な被害も問題でしょうが、強制動員の被害者を代理する立場としては、何よりも高齢の被害者がいかなる謝罪も受けられない状態で、時間ばかりがむなしく流れていることが残念であり、痛ましくてなりません。
 岸田文雄新首相には、この問題について提案をしたいと思います。代理人の一人である私の個人的な意見であることを前提とした提案ですが、前向きな議論が可能なのであれば、被害者や支援団体と積極的に話し合おうと思います。
 提案の肝は、強制動員被害者と日本企業が直に会って議論する場を設ける、というもので、その場が責任を持って実現されるなら、協議の期間中には日本企業の資産の現金化手続きを停止するというものです。具体的には「(1)強制動員被害者と日本企業との間で最低3回以上の交渉を行う、(2)前項の交渉中には、現在進められている現金化手続きおよびさらなる資産差し押さえなどを停止する、(3)(1)項の交渉手続きは韓国と日本の政府が保証し、オブザーバーとして参加する」。このようにまとめることができます。
 まず、強制動員問題は、長きにわたって被害者と加害企業が訴訟を繰り広げてきた事案です。最高裁の判決も日本企業に対するものです。被害者と日本企業が会って話し合うのが筋です。2012年までは、三菱重工業などは被害者側との協議を行ってもいました。しかし2018年の最高裁判決後は、企業の態度は変わってしまいました。被害者側は数回にわたって東京にある日本企業を訪れ、協議を要請しましたが、すべて門前払いされてしまいました。様々なルートを通じた提案もすべて断られました。原則に戻ることが必要です。前提条件なしに、それも1回で終わるのではなく、3回以上会って、合意を導き出すために努力する交渉が必要です。
 日本政府が望むのは、日本企業の資産の現金化の中止です。しかし、その中止は韓国政府にはできません。現金化は損害賠償債権を持つ被害者の権利であり、適法な手続きです。韓国政府には、任意にその執行を中止させる権限も、大義名分もありません。交渉が実現すれば、交渉期間中の現金化を停止する措置を被害者側は検討できることでしょう。
 9月27日、韓国の大田地方裁判所は、三菱重工の商標権と特許権に対する売却命令を決定しました。様々な執行手順が複雑に進んでいますが、売却命令の決定は初めてです。最も進んでいる執行段階です。三菱重工は時間稼ぎのため、この決定に対して即時抗告、再抗告を行い、最高裁まで行くでしょうが、6カ月はかからないでしょう。結論が変わる可能性はないということもご存じでしょう。つまり、6カ月が過ぎれば三菱重工の資産の競売手続きが始まります。すでに報告をお聞きかもしれませんが、まだ外部に公開されていない日本企業の資産差し押さえ案件もあります。最高裁判決以降、さまざまな変数によって執行手続きが遅れていましたが、いまや具体的な現金化は目前に迫っています。
 3年間にわたって行き詰まっていたこの問題に関して、当事者の間で交渉が始まることを望みます。新首相には、韓日関係の新たな局面を切り開いてくださることを願います。
 さて、イム・ジェソン弁護士のいう6つの案を表にし、被害者側の最低限の要求を満たすものに○印、要求を満たさないものに×印をつけると、次のようになります。
        被告謝罪なし       被告謝罪あり
    韓国側全額負担          ×          ×
    韓国+日本民間          ×          ×
   韓国+日本民間+被告          ×          ○
 なお、第2回官民協議会後に記者会見したイム・ジェソン弁護士は謝罪主体について、「謝罪の主体は日本企業あるいは政府になる場合があり、方式も書面あるいは他の方式になる場合がある」とし「(日本政府が拒否する場合)加害企業だけでも必ず謝罪すべきという立場を政府に伝えた」」と話しました。ただし、一緒に記者会見に出席した民族問題研究所のキム・ヨンファン対外協力室長は「日本企業だけでなく日本政府も必ず謝るべきだという意見もあった」と付け加えました(7月15日付け中央日報日本語版及び18日付けハンギョレ日本語版を総合)。
また、弁済に関して同弁護士は、「代位返済を仮定する場合、財源に対する被害者側のマジノ線がある」とし「(賠償関連の)1つの妥協案として代位返済が議論されるなら、基金立ち上げにおいて被告人の戦犯企業の参加は必須」と話しました(7月15日付け中央日報日本語版)。「財源に対する被害者側のマジノ線」とは、韓国民法に「第3者は債権者との契約で債務を引き受け、債務者の債務を免除することができる」、「第3者が債務者との契約で債務を引き受けた場合には、債権者の承諾によりその効力が生じる」(第453条及び第454条)と規定しており、したがって、最高裁の判決によって賠償責任(債務)を負った戦犯企業に代わり、韓国政府がいかなる形であれ賠償をするには、債権者(被害者)の承諾を得なければならないという意味です(7月18日ハンギョレ日本語版)。

(2)尹錫悦政権の立場

それでは、尹錫悦政権の立場はどう理解するべきでしょうか。7月16日に日本に赴任したユン・ドンミン駐日韓国大使は、羽田空港で記者団に対し、韓国政府が解決策を講じるために立ち上げた「官民協議会」への不参加を一部の強制動員被害者が宣言したことについて、「2015年の「慰安婦」合意の時もそうだった。47人のうち36人が受け入れたものの、11人は受け入れず、「慰安婦」合意は非常に残念ながら厳しくなったという経験がある」とし、「このような教訓を生かしていく」と述べる一方で、「差し押さえられた日本企業の資産の現金化が差し迫っている。被害者の高齢化の問題もあるため、早く解決しなければならない」と強調し、「歴史など難しい問題を解決するのは、一方の力だけでは難しい。拍手をする時ももう一方の手と合わさってこそ音が出るように、互いに協力しながら問題を解決していかなければならない」と主張しました(7月16日付けハンギョレ。日本語版は18日付け)。
また、7月18日に訪日した朴振(パク・ジン)外交部長は林芳正外相と会談を行い、強制徴用被害者への賠償問題に関連し、日本企業の韓国内資産の現金化が行われる前に望ましい解決策が出るよう努力すると発言し、強制徴用被害者への賠償問題の早期解決が必要だとの認識を共有しました(7月18日付け聯合ニュース)。また、韓国外交部は会談後、報道資料を出し「パク長官は強制徴用判決と関連する現金化が行われる前に望ましい解決方案が出てくるよう努力すると言及し、両者はこの問題の早期解決が必要だということで認識を共にした」と発表するとともに、両外相が「両国間の諸懸案の早急な解決のために、外相間を含め協議を加速化することで意見が一致した」と付け加えました(7月19日付けハンギョレ。日本語版も同日付)。
また韓国外交部当局者は7月29日、「政府は(強制徴用問題に関連し)韓日両国の共同利益に合う合理的な解決策を模索するため、日本と外交協議を続けていて、官民協議会などを通じて原告側をはじめとする国内の各界各層の意見を聴くなど、多角的な外交的努力を傾けている」として「大法院の民事訴訟規則に基づき、こうした立場を説明する意見書を(7月26日に)大法院に提出した」と明らかにしました。大法院民事訴訟規則とは、「国家機関と地方自治体は公益に関連する事項に関し、大法院に裁判に関する意見書を提出することができる」という条項です。「外交部の意見書提出は、国家間の利害関係が対立する外交的事案の場合、司法的な判断ではなく行政府の立場が優先して反映されるべきという「司法自制の原則」を要請するメッセージ」と理解されています。韓国外交部が以上の行動に出たのは、大法院民事2部と3部は早ければ8、9月にも最終結論を出すと予想されているためです(7月30日付け中央日報日本語版)。
以上から予想がつく尹錫悦政権が目指す「解決」案をイム・ジェソン弁護士のいう6つの案二足して表にすれば、以下のようなものとなると予想できます。被害者側の要求とは天地の隔たりがあることは二つの表を見れば歴然としています。
         被告謝罪なし       被告謝罪あり
    韓国側全額負担           ○                  ×
    韓国+日本民間           ○          ×
   韓国+日本民間+被告           ×          ×

3.私たちの問題

 尹錫悦政権が目指す「徴用工」問題の「解決」案は「従軍慰安婦」問題解決案と酷似していることが分かるというものです。これでは日韓関係の真の改善につながらないことはあまりにも明らかだと言わなければなりません。元「徴用工」等の人間の尊厳を回復する立場に立って、問題を見つめる視点を確立したいものです。
 もう一点指摘しておく必要があります。日本と中国との間でも同様の問題があること、そして、強制連行された中国人元労働者と日本企業(三菱マテリアル)との間で和解が成立し、企業は謝罪を行って賠償金を支払ったケースがあるということです。この点について報道した2016年6月2日付けの人民網日本語版の記事を以下に紹介します。
 三菱マテリアル(旧三菱鉱業)は1日に声明を発表し、第二次世界大戦期間に日本に強制連行された元中国人労働者と和解したことを明らかにした。新華社が伝えた。
同社は声明の中で元中国人労働者に謝罪し、元労働者本人あるいはその遺族に1人当たり10万元(約170万円)の賠償金を支払うことを承諾した。賠償対象となる元中国人労働者は計3765人。
▽日本で記念碑を建立へ
日本外務省が戦後に発表した資料によると、第二次世界大戦中に日本に強制連行された中国人労働者は約4万人。うち、三菱マテリアルの前身である三菱鉱業およびその傘下企業によって労働を強いられた人は3765人で、722人が死亡した。
1990年代以降、元中国人労働者とその家族は日本の各裁判所で日本政府と三菱マテリアルなどの日本企業を相手取り、損害賠償を求める訴訟を起こしてきた。
今回は三菱マテリアルにとって、元中国人労働者との間の初の賠償協定となる。同社の木村光・常務執行役員は同日、3人の元労働者と北京で和解に関する調印式を行った。
三菱マテリアルは声明の中で、「歴史的責任に対し真摯かつ誠実な謝罪の意を表明」したほか、謝罪の証として1人あたり10万人民元を支払うとしている。
共同通信の報道によると、三菱マテリアルが現時点で把握している元中国人労働者あるいは遺族の情報はわずか1000人あまりで、その他の元労働者とは連絡が取れていないという。
同社は声明で、「今後中国国内で基金を設立し、旧三菱鉱業の事務所において労働を強いられた、その他の元労働者またはそのご遺族の方々の所在調査と和解、記念碑の建立などを行う」とした。
三菱マテリアルの関係者は昨年7月に米ロサンゼルスを訪れ、第二次世界大戦中に三菱鉱業が米軍の捕虜約900人を鉱山で強制労働させたとして、米国人の元捕虜や遺族に対し謝罪を行っている。
▽一部の元労働者は和解案を受け入れず
三菱マテリアルが提起した和解案を全ての元中国人労働者が受け入れているわけではない。
元中国人労働者およびその家族(遺族)は2013年3月に交渉団を立ち上げ、2014年1月より三菱マテリアルとの和解交渉を開始、被害者が健在なうちに尊厳を取り戻したいと希望していた。中国側の交渉団のうち、37人の被害者からなる団体は2014年2月に北京の裁判所で損害賠償を求める訴訟を起こし、2015年2月に和解交渉から離脱している。
共同通信は1日、「昨年夏には、中国側の大半の交渉団が、三菱マテリアル側が提起した和解案の受け入れを表明したが、一部の元労働者が不満を表明したことと、賠償に関する交渉の遅れなどにより、和解に関する調印式が延期されていた」と伝えた。
中国外交部(外務省)の華春瑩報道官は1日の定例記者会見で、三菱マテリアルが第二次世界大戦中の強制労働被害者およびその遺族に賠償金を支払うことについて中国側のコメントを問われ、「関連の報道に留意している。強制連行・強制労働は日本軍国主義が対外侵略および植民統治期間に犯した重大な犯罪行為だ。日本が歴史に対して責任を負い、この問題と真剣に向き合い、適切に対処することを望む」と述べた。
 疑問が直ちに浮かびます。日本企業が中国人元徴用工の要求に応じて謝罪と賠償を行っているという前例があるのに、日本企業はなぜ韓国人元徴用工等に対しては頑なに謝罪と賠償を拒むのかという疑問です。考えられる理由は3点です。
 一つは、歴史にかかわる問題に関する日中間と日韓間との扱い方の違いということです。日中の場合、1972年の日中共同声明で、「日本側は、過去において日本国が戦争を通じて中国国民に重大な損害を与えたことについての責任を痛感し、深く反省する」(前文)という表現で間接的にせよ過去について反省しています。しかし、日韓間の場合、日本政府は、1965年の日韓請求権協定によって決着済みという立場をかたくなに取ってきました。厳密に言えば、日中間においても、日本政府は「中華人民共和国政府は、中日両国国民の友好のために、日本国に対する戦争賠償の請求を放棄することを宣言する」(第5項)と、中国が放棄した対日賠償請求権には個人にかかわるものも含まれるという立場を長い間取ってきました。
 しかし、2018年11月22日のコラム等でも指摘したように、外務省は、1991年3月28日の参議院内閣委員会における日ソ共同宣言に関わる答弁及び同年8月27日の参議院予算委員会における日韓請求権協定に関わる答弁において、個人の請求権自体がこれらの宣言及び協定によっても消滅することはないとする認識・見解を示して、従来の立場を変更しました。したがって、この理由によっては日中問題と日韓問題に対する対応の違いをもはや説明することはできません。
 第二点は、安倍晋三氏に代表される皇国史観の働き方という問題です。韓国側の主張に対して、安倍首相(当時)は朝鮮人を強制的に徴用した事実そのものを承認しない立場です。このかたくなな態度が「従軍慰安婦合意」という歪みきった政治的合意を導いたわけですが、徴用工問題に関しても日本政府はその立場を貫いており、日本企業もその立場を取ることになっています。しかし、日中の場合は、すでに触れたように、日本政府は曲がりなりにも過去の戦争に対する反省を表明していますから皇国史観を振りかざすことはできず(ただし、南京大虐殺のようなケースについては「どれだけの数の中国人が殺されたか」という「事実認定」の次元にすり替えて「大虐殺」はなかったと主張)、日本企業としては日本政府に対する忖度をたくましくする必要はそれほどない、ということになります。
 第三点、私はこれが決定的理由だと思うのですが、それは中国に対する侵略戦争は当時の国際法に基づいても違法・不法でしたが、朝鮮半島に対する植民地支配は当時の国際法のもとでは合法であったし、国際人権法が成長しつつある今日でも、過去の植民地支配に伴う人権侵害を取り締まるための確立した国際法規範が成立していないということです。私はあまり本格的に立ち入って朝鮮半島の「従軍慰安婦」問題、「徴用工」問題について検証していないのですが、日本政府及び加害日本企業の「居直り」の本当の理由はこの点にあるのではないかと思っています。