台湾最大野党・国民党の朱立倫主席が6月2日から12日まで訪米し、6日にはブルッキングス研究所で講演して、国民党は親米政党であり、「共産主義とは対決し、中国共産党とは価値観及び制度に関する競争を行う」と述べるとともに、「「九二共識」はアメリカの「一つの中国」政策のように、「共通認識がないという共通認識」であり、「創造的曖昧」である」と述べました。9日に記者からこの発言に対するコメントを求められた国務院台湾弁公室の馬暁光報道官は、「九二共識」について勝手な歪曲は許されないとし、台湾島内で両岸関係の発展、台湾海峡の平和と安定に力を尽くす政党、団体、人士は、民族の大義にかかわる重要問題について正しい方向を把握し、歴史の正しい側に立つことを希望する、と述べました。
 馬暁光は6月15日の定例記者会見において、「本年は「九二共識」30周年である。しかし、この30年の間に両岸関係及び国際情勢には変化が現れている。大陸側としては、現在の両岸膠着を打開するための新たな「共識」を台湾側と模索する考えはあるか」という記者の質問に答える形で、次のように「九二共識」に関してさらに立ち入った説明を加えました(6月15日付け中国新聞網)。

 国際情勢がどのように変化し、大陸と台湾の内部でどのような発展変化があろうとも、両岸が一つの中国に属するという事実を変えることは許されないし、変わるはずもない。つまり、両岸関係の性格には変わりがないし、変わることもできない。私(馬暁光)は「九二共識」に深く関わった者として、皆さんとともに簡単に(これまでの経緯を)回顧しておきたい。
 「九二共識」は、1992年に海峡両岸関係協会(中国側。以下「海協会」)と海峡交流基金会(台湾。以下「海基会」)が香港での会談及びその後のやりとりを通じて、口頭で「海峡両岸はともに一つの中国原則」を述べる方法で達成した共通認識である。
 海基会の表現は、「海峡両岸が国家統一を図る共同の努力の過程で、双方は一つの中国原則を等しく堅持しつつも、一つの中国の含意、認識に関しては異なる考え方を持っている」というものである。海協会の表現は、「海峡両岸はともに一つの中国原則を堅持し、国家統一の追求に努力している。しかし、海峡両岸問題の協議の中で、一つの中国の政治的含意は取り上げない」というものである。
 双方の共通点は、ともに一つの中国原則を堅持する態度を表明し、両岸統一を追求する態度を表明していることである。異なるのは、一つの中国の政治的含意について、海基会は「異なる考え方を持っている」と表明し、海協会は「一つの中国の政治的含意は取り上げない」と表明して、小異を残して大同を求める解決を行ったことである。以上が「九二共識」に関する基本的事実である。
 事実が証明しているとおり、「九二共識」を堅持すれば両岸関係は改善発展することができるが、「九二共識」を否定すると両岸関係は緊張し不安定になる。2008年から2016年にかけて、両岸関係が平和発展の局面を呈し得たのは、双方が「九二共識」の政治的基礎の上で政治的な相互信頼を打ち立てたからである。2016年以来、両岸関係が悪化の一途をたどった根本原因は、民進党当局が「九二共識」を承認することを拒み、両岸関係の平和発展の政治的基礎を一方的に破壊したからだ。我々が幾度となく表明しているように、「独立」を図る挑発を停止し、「九二共識」を堅持し、その核心的含意に同意しさえすれば、両岸の膠着状態は即解消され、両岸の対話交流には何の問題もなくなる。
 朱立倫の訪米時の言論に対しては、6月10日付け(ネット掲載は9日23時20分)の環球時報社説(「「九二共識」堅持が国民党の優位性」)が早々に批判を加えました。しかし、私がもっとも注目し、読み応えも十分であったのは、7月5日付けの環球時報に掲載された周志懐署名文章「「親米反共遠中」では国民党を救い出すことはできない」(中国語原題:""亲美反共远中"拯救不了国民党")です。周志懐(1956年生)は華中師範大学台湾香港マカオ及び東アジア研究中心学術委員会主任ですが、かつては中国社会科学院台湾研究所所長を務めたことがあります(現在の所長は楊明杰(1965年生))。台湾研究における第一人者といっても過言ではないと思います。この文章を読むと、国民党が民進党との争いにおいて劣勢に追い込まれ、朱立倫が形勢挽回のために「親米反共」を強調し、両岸(中台)関係の政治的基礎である「九二共識」をことさらに軽視するに至った背景を理解することができますし、国民党の政治的前途は多難であり、したがって両岸(中台)関係の前途も決して楽観を許さないことを理解させられます。訳出紹介するゆえんです。
 2000年に台湾で初の政権交代(国民党から民進党へ)が起こってから、国民党内の伝統派と本土派、「和中」と「遠中」さらには「九二共識」を堅持するべきか否かを巡る路線上の争いは終始一貫して収まることがない。最近、国民党の朱立倫主席が訪米前及び訪米期間中に打ち出したいわゆる「親米反共遠中」路線は、国民党が「脱藍向緑去統」(注:藍は国民党のシンボル・カラー、緑は民進党のシンボル・カラー。「去統」とは「統一路線から離れる」意味)の本土化路線への傾斜を速めていることを意味するのではないだろうか。
 実力及び影響力が衰退を続けている背景のもと、台湾における「九合一」選挙(注:台湾での最大の地方選挙。本年は11月29日)が近づくにしたがって、国民党としては訪米を通じて選挙敗北のジンクスを打ち破ることを心から望んでいる。しかし、朱立倫が訪米に出かける以前から、台湾島内では、この訪米は賢明ではないと指摘されていた。なぜならば、アメリカの実質的な支持が得られない可能性が極めて高かったからだ(浅井注:朱立倫は訪米を前に、国務省のキャンベル・インド太平洋調整官などの要人と会見する希望を表明していましたが、空振りに終わりました)。訪米結果はこの指摘を確認しただけではなく、国民党内から大きな不満を噴出させることとなった。「「九二共識」とは共通認識がないという共通認識である」と述べた朱立倫の常軌を逸した発言に至っては、各方面から声高に疑問視する声に見舞われる始末で、国民党が不断に得票を失い、支持基盤が縮小することに狼狽するあまり、今や手段を選ばなくなり、その結果さらに苦境に追い込まれるという惨めな姿をさらけ出した。
 朱立倫訪米後も、国民党はその両岸政策に関する発言について検討し、訂正することは考えていない。6月下旬、国民党のシンクタンク「国政基金会」は人だましの世論調査結果を発表した。それによれば、回答者の37%は「九二共識」及び大陸との対話を否定し、26%が肯定し、37%は分からないあるいは回答拒否だったという。このような時期にかかる世論調査結果を発表することには政治的センスを疑うほかなく、その政治的幼稚さには笑うほかない。国民党としては、この世論調査結果をもって朱立倫の主張の正しさを証明し、世論を誘導するとともに疑問視する声を一掃しようとしたのだろう。しかし、このシンクタンクは2020年11月にも世論調査結果を発表しており、その時には、回答者の58.9%が民進党は「九二共識」よりも優れた共通認識を(大陸との話し合いで)引き出すことはできないと考えており、また、43.5%は民進党当局の「抗中」路線は台湾の長期的利益に合致しないと答えていたのである。
 国民党が現在選択している路線と方向では台湾島内の民心及び選挙民の信頼を再び獲得することは至難だろう。朱立倫が昨年10月に再度国民党主席になってから、様々な選挙、投票で立て続けに民進党に敗れている。朱立倫の今回の訪米も失地回復には役立たず、彼の両岸関係、台米関係に関する主張は正統性の旗を高く掲げてきた国民党という100年の歴史を持つ老舗の存在理由をも失わせただけである。「中間路線の国民党」という売り込みの結果が今回の訪米結果であり、捕らぬ狸の皮算用に露呈された政治的知恵の貧しさと政治判断の的外れでは、台湾島内の選挙民の支持をつなぎ止めることはできっこない。朱立倫が党主席就任当時に思い描いた「指導力再建と国民党変革」によって支持基盤を拡大するという構想は、バブルがはじけるように破滅した。
 国民党がさらに分裂分解していくリスクは増すばかりである。両岸問題に関する主張・路線は本来国民党のプラス資産だったのに、今や弊履のごとく投げ捨てている。朱立倫の「親米反共遠中」の主張は連戦、馬英九時代の両岸平和発展路線から遠く隔たっている。国民党の中堅、若手の指導者が唱える本土路線が次第に党内主流となりつつあるため、今後他のいかなる人物が党権力の核心を握るとしても、国民党が過去に回帰することは極めて難しくなっている。
 方向及び路線にかかわるこの重大な変化は、国民党の異質化を招くに留まらず、台湾島内の「一党支配」という政治局面の固定化をももたらすだろう。また、国民党中央の権力核心が行おうとしている「国民党変革」は、国民党陣営内部の求心力を高めることができないだけではなく、逆に党内及び世論の広範な疑問を呼び起こすだろう。朱立倫一派は「親米遠中」に関して民進党と競い合うことを除いて、魅力あるビジョンを提起しておらず、強力な政策に関してはなおさらである。党主席に返り咲いた者である以上、老馬は道を知るはずであるが、朱立倫は国民党が直面している根源的挑戦を解決する道筋も方法も見いだしていない。長所を取って短所を補うのではなく、角を矯めて牛を殺す刹那的対応を続けるならば、国民党の余命はいかばかりだろうか。
 国民党の「親米反共遠中」の主張は民進党とアメリカの長期にわたる策謀の結果である。国民党は1949年に台湾に逃れてきてからすでに70年以上になるのに、民進党からは相変わらず「親中売台」の「外来政権」と定義されている。国民党はこの「レッテル」を剥がそうとするあまり、アメリカに対して「反共不統一」を売り込むのだ。「親米反共遠中」は国民党の政権復帰の近道ではない。台湾島内の政局から見るとき、民進党は国民党が十年以内に変質することはできないと見極めている。国民党が「小・民進党」の身分に甘んじる限り、民進党の判断が現実になる可能性は高い。
 国民党は相変わらず両岸交流、両岸インタラクションを望んでいるが、「親米反共遠中」路線からすれば、これほどの皮肉はない。朱立倫の「反共保台」と蔡英文の「抗中謀台」とは今のところ違う。国民党は「九二共識」と「台湾独立」反対が国共両党インタラクションの政治的基礎であり、この政治的基礎に回帰することのみが国民党の正道であることを認識しなければならない。