6月10日-12日にシンガポ-ルで開催されたシャングリラ安全保障対話に出席した中国の魏鳳和国防相は12日にスピーチを行い、台湾問題に関して、「祖国統一は絶対に実現する。平和的統一が中国人民の最大の願いだ。しかし、台湾を分裂させようとするものがあれば、我々は戦いを惜しまず、代価を惜しまず、必ず最後まで戦う(中国語:"如果有人胆敢把台湾分裂出去,我们一定会不惜一战、不惜代价,一定会打到底")」と述べました。
 また、魏鳳和は、以上の発言を行うに当たって、「往時、アメリカは国家の統一のために南北戦争を戦った。中国はこのような内戦が発生することは願っていないが、「台湾独立」のいかなる企みも断固粉砕する」と、南北戦争を引き合いに出しました。この工夫は、天動説(「自己中」)の世界観に凝り固まっているアメリカに対して、「換位思考」(丸山真男の「他者感覚」。文在寅の「易地思之」)を自家薬籠とする中国人ならではのものと思います。つまり、台湾問題を南北戦争に置き換えることで、天動説のアメリカ人でも問題の所在を理解できるように誘導しているのです。『直新聞』というニュース・サイト(私も初見ですが、毎朝チェックする中国新聞網が紹介)がこの点に関する特約評論員の呉蔚の解説を以下のように紹介しています。私も「なるほど」と思ったくだりなので紹介します。

 魏鳳和が南北戦争を引いて、「我々は戦いを惜しまず、代価を惜しまず」と述べたことには次のような含意があると見ることができる。
 第一、台湾問題の歴史的由来について「西側世界(にいる者)が聞いても分かる」性格付けを行っている。南北戦争はアメリカ史上最大規模の内戦であり、台湾問題も同様に中国国共内戦の歴史的延長線上にあり、内輪もめが嵩じたものである。つまり、南北戦争と同じく、台湾問題の根っこにあるのは中国の内政問題であるということだから、外国の干渉はあってはならないということだ。
 第二、南北戦争はアメリカ建国以来もっとも血なまぐさい内戦だった。統計によると、20才から45才までの男性のうち、北側は約10%、南側に至っては30%がこの戦争で死亡したという。アメリカ人がリンカーン大統領のゲッティスバーグ演説を記念し、南北戦争の犠牲者を弔うとき、あるいは文学及び映画作品を通して先人の遺志を思うときのことに引きつければ、祖国が未だ統一していないことに対する中華民族の心情も理解できるのではないか。西側特にアメリカは、南北戦争という視座から台湾海峡情勢を観察すれば、魏鳳和の「戦いを惜しまず、代価を惜しまず」という発言が単なる虚仮威しではないことが分かるはずだ。
 第三、南北戦争も、台湾海峡と同じく、外部勢力によって干渉された内戦だった。1861年5月に北軍が南部の多くの港を封鎖したとき、イギリスは武装した密輸船で南軍に武器弾薬を供給し続けた。それに対してリンカーンはどうしたか。一言、「戦う!」だった。当時の歴史を今に当てはめれば、シャングリラの出席者及び国際世論は、「台湾独立は死あるのみ。外国に頼っても意のままにはなりっこない」と述べた魏鳳和の言葉の意味が理解できるだろう。
 環球時報の公式アカウントの一つである「補壹刀」は6月12日付けで、「「必ず最後まで戦う」の意味するところは何か」と題する文章を発表しています。この文章は、魏鳳和が2019年にシャングリラ安全保障対話に出席したときの発言と今回出席したときの発言を比較して、興味深い分析を加えています。2019年に魏鳳和がこの会議に出席していた事実すら忘れていた私には、このような分析は思いもよらないところで、とても勉強になりましたので、皆さんにも紹介する次第です。ちなみに、2019年の際の発言では、南北戦争に関する言及はアメリカの友人から聞いた話として紹介していました。今回はむしろ、台湾海峡問題と南北問題との相似性を前面に押しだす工夫をしています。
 「台湾独立は死あるのみ。外国に頼っても意のままにはなりっこない。」魏鳳和が「台湾独立」分子及びその背後勢力に向けたこの言葉は、3年前にも魏鳳和が口にしていた。しかし、今回はそれに3つの「絶対」が加えられたことにより、その意味合いは明らかに異なるものとなっている。3つの「絶対」とは、「祖国統一は絶対に実現する」、「台湾独立」分裂には絶対に良い終わりはない」、「外部勢力の干渉は絶対に実現しない」である。
 もっとも、この3つの観点に関しても2019年の時に、内容的には触れてはいた。  2019年の時は、魏鳳和は「昨年(2018年)訪米したとき、リンカーンが米国史上最も偉大な大統領になったのは、南北戦争の勝利を指導し、アメリカの国家的分裂を防いだことにある、という話をアメリカの友人がしてくれた」というエピソードを紹介した上で、「アメリカの統一を引き裂くことはできない」というのであるから、中国の「統一も引き裂くことはできない」という中国の立場も理解し、受け入れるべきである、と述べた。
 本年の場合、そのような前置きはなかった。魏鳳和は、「祖国統一は絶対に実現する。」、統一は「いかなる勢力といえども阻止することはできない」と決然と言い放った。  2019年に「中国分裂のいかなる試みも思いどおりにはならない」と述べた点については、本年のアドヴァンス・エディションでは、「台湾独立」分裂の画策は思いどおりにはならないのみならず、「絶対に良い終わりはない」となっている。
 仮にそれを信じない者があったとしたらどうするのか。
 2019年に述べた「我々は戦いを惜しまず、代価を惜しまず」に加えて、今年は「必ず最後まで戦う」を加えた。その意味は、中国人民解放軍の国家主権及び領土保全を守る「断固たる決意」と「確固とした意志」は疑問を許さず、ましてや過小評価することを許さないということだ。
 ただし、6月10日に魏鳳和がオースチン国防長官と会談したことを伝えた国防部WSのプレス・リリースには「祖国統一は絶対に実現する。平和的統一が中国人民の最大の願いだ。しかし、台湾を分裂させようとするものがあれば、我々は戦いを惜しまず、代価を惜しまず、必ず最後まで戦う」という文言は含まれていません。また、会談後のプレス・ブリーフィングで国防部の呉謙報道官が魏鳳和の発言内容を紹介したときには、「台湾を分裂させようとするものがあれば、中国軍は戦いを惜しまず、代価を惜しまず、いかなる「台湾独立」の分裂の試みも断固粉砕し、国家主権と領土保全を確固として擁護する」となっており、演説の「必ず最後まで戦う」部分は「いかなる「台湾独立」の分裂の試みも断固粉砕し、国家主権と領土保全を確固として擁護する」という文言で置き換えられています。
(魏鳳和・オースチン会談プレス・リリース文)
 6月10日、シンガポールの第19回シャングリラ対話に出席している魏鳳和は同じく出席中のオースチンと会談を行った。
 魏鳳和は次のように述べた。中国はアメリカと健康かつ安定した大国関係を建設することを希望しており、これは中米両国が共同で努力するべき方向でもある。アメリカは、中国の発展を理性的に見なければならず、中国を攻撃し、押さえつけるべきではないし、中国の内政に干渉し、中国の利益を損なうべきではない。そうしてのみ、中米関係をよくすることができる。安定した両軍関係は両国関係の発展にとってすこぶる重要であり、両軍は衝突と対決を避けるべきである。
 魏鳳和は次のように強調した。台湾は中国の台湾であり、一つの中国原則は中米関係の政治的基礎であり、「台湾によって中国を掣肘すること」はできっこない。アメリカは最近再び台湾向け武器輸出を明らかにし中国の主権と安全を深刻に損なったが、中国はこれに断固反対し、強烈に非難する。中国政府と軍隊はいかなる「台湾独立」の企みをも断固粉砕し、祖国統一を確固として擁護する。  双方は次のように考える。両軍はハイ・レベルの戦略的意思疎通を維持し、双方の戦略的相互信貸を増進し、矛盾と違いを管理コントロールし、矛盾と違いが衝突と対決に変化しないようにするべきである。
(呉謙報道官ブリーフィング) *浅井注:国防部WSに発表はなく、環球時報の報道によるもの。
 魏鳳和は(オースチンとの)会談の中で台湾問題に関する確固たる立場を重ねて表明した。魏鳳和は、台湾を分裂させようとするものがあれば、中国軍は戦いを惜しまず、代価を惜しまず、いかなる「台湾独立」の分裂の試みも断固粉砕し、国家主権と領土保全を確固として擁護する、と述べた。会談の中で、両国国防相は、中米両軍関係、台湾、南海、ウクライナ等の問題について意見を交換した。率直、積極的、そして極めて建設的な戦略的意思疎通だった。双方は、両国元首の共通認識を真剣に実行し、経常的に意思疎通を保ち、リスクと危機を管理コントロールするべきだと認識した。魏鳳和は台湾問題に関する中国の確固たる立場を重ねて表明した。世界に中国は一つだけであり、台湾は中国の領土の神聖な不可分の一部であり、一つの中国原則は中米関係の政治的基礎であり、「台湾によって中国を制する」ことはかなわない。
 魏鳳和は次のように指摘した。アメリカが先日台湾に武器を売却することを発表したのは一つの中国原則及び中米間の三つの共同声明に深刻に違反しており、中国の主権と安全利益及び台湾海峡の平和と安定を深刻に損なう。中国は断固反対し、強烈に非難する。台湾を分裂させようとするものがあれば、中国軍は戦いを惜しまず、代価を惜しまず、いかなる「台湾独立」の分裂の試みも断固粉砕し、国家主権と領土保全を確固として擁護する。
 南海問題に関して、魏鳳和は次のように指摘した。域内諸国は南海問題を適切に処理する意向、知恵及び能力を持っている。域外勢力が手を突っ込んで撹乱することこそが南海における最大かつ不安定な要因である。アメリカは南海の安定のためになることをするべきであり、矛盾を作りだし、争いを挑発し、対決を喧伝するべきではない。
 ウクライナ問題に関して、魏鳳和は次のように指摘した。中国は一貫して客観公正な立場を堅持し、平和を促し交渉を促進するために積極的に努力している。責任ある大国として、中国は引き続き建設的な役割を発揮していく。しかし、ウクライナ問題にかこつけて中国の権益を損なう者があれば、我々は必ず断固として対応する。
 なお、6月13日付け(ウェブ掲載は12日23時26分)環球時報社説は、「台湾を分裂させようとするものがあれば、中国軍は戦いを惜しまず、代価を惜しまず、いかなる「台湾独立」の分裂の試みも断固粉砕する」という魏鳳和の発言について、「台湾問題についてレッド・ラインを明確に表明したものであり、台湾海峡問題を弄ぶアメリカ及びそのカバン持ち(中国語:'跟班')に対する強烈な警告でもある」と指摘するとともに、そういう「明確なシグナルを発することは、アメリカの挑発、「台湾独立派」の冒険に対するリアルな威嚇となり、そうすることのみが台湾海峡の平和と安定に対するこの上もない保障となる」と発言の意図するところを説明しました。「カバン持ち」の筆頭は日本ですから、以上のメッセージは日本にも向けられていることは当然です。