6月12日にフィンランド大統領と会談した後に記者会見を行ったNATOのストルテンベルグ事務総長は、「和平は可能である。唯一の問題は、和平のためにいかなる代価を支払う用意があるかということだ。領土、独立と主権について、どれほどの犠牲を払う気持ちがあるのか」と発言しました。また同月14日にローマ法王フランシスは、「最悪の問題は、(ウクライナの紛争に関する)ドラマの全体像を見ていないことだ。このドラマは挑発されたか防止されなかったという側面がある」、また武器の売却が行われていることに注意を喚起して「悲しいことだが、詰まるところ、それがポイントだ」、「私がプーチンをひいきしているという者がいるかもしれないが、そうではない。そういう言い方は物事を単純化しすぎているし誤りだ。私は、現在進行している複雑な事柄を、善か悪かに分けてしまい、極めて複雑な原因及び利害について考えを及ぼさないことに反対しているのだ」と述べました。

1.ストルテンベルグ発言と西側の戦況判断

 ストルテンベルグはウクライナがいかなる条件を受け入れるべきかは明示せず、「最高の代価を支払う人々が判断するべきである」と述べ、NATOと西側諸国は引き続きウクライナに武器を提供するが、それはロシアとの最終交渉で協議を達成するときに「その実力(浅井:交渉ポジションのことか?)を強くする」ためであると付け加えました。また、ストルテンベルグは、第二次大戦においてフィンランドがカレリアをソ連に割譲した例を挙げ、そのことが「フィンランドが第二次大戦を経て独立主権国家になることができた原因の一つ」だとも説明しました(以上のストルテンベルグ発言に関しては、環球時報のアメリカ駐在特約記者である蕭達、陳康及び柳玉鵬による「NATO事務総長、ウクライナに「妥協」を密かに説く」(中国語:"北约秘书长暗劝乌"妥协"")と題する記事(14日付け環球時報掲載)によりました)。この記事は、「ストルテンベルグの発言はウクライナ及び西側メディアを震撼させた」と伝え、さらに「ロシア軍がウクライナ東部で着実に成果を獲得し、また、ロシアとウクライナの衝突が引き金となって石油と天然ガスの国際価格が急上昇し、米欧諸国政府に対する民意・支持率がますます落ち込んできているため、米欧諸国の態度が変化し始めた。…バイデンも数日前、ゼレンスキーが「アドヴァイスを聞こうとしない」と愚痴った」と解説を加えています。
 この記事は、さらに次のように報じています。
 この数日来、ロシア軍がウクライナ東部で着実に戦果を上げるに伴い、ウクライナと西側の世論はますます「弱気」になっている。ウクライナのレズニコフ国防相は12日に英誌『エコノミスト』のインタビューに対して、ウクライナ軍の損失は甚大であり、訓練も受けていない若い兵士を前線に送ることになり、彼らは戦死するだろうと述べ、「だからといってほかに何ができるのか。誰も彼らを前線になどとは願ってはいない。しかし、彼らは結局死に直面するだろう」と嘆いた。
 反ロ最強硬派と見なされているリトアニアのランズベルギス外相も12日、『フォリン・ポリシー』のインタビューに対して、前線における形勢から見て、ロシアを「打ち負かす」可能性は極めて小さいと述べた。彼は、「我々が接している情報には失望している。ロシア人は引き続き前進しており、ウクライナ人は前線を確保するすべがない」と述べ、さらに、ロシアは西側の制裁に対する対応にも成功しているとし、「ロシアが長期にわたって圧力に耐えうるとなると、地縁政治上我々は極めて危険な段階に入ることを意味する」とも述べた。
 数日前、バイデン大統領は、ロシアとウクライナの衝突が起こったのは「ゼレンスキーがアメリカの警告を聞かなかった」ためだと述べた。これに対して、ウクライナ大統領弁公室のポトルジャク顧問は、ウクライナがロシアに抵抗して100日以上になる今になってウクライナを非難するのは「馬鹿げている」と反駁した。ゼレンスキーのスポークスマンであるニキフォロフも、この発言について「クラリフィケーション」を求めると述べた。
 AP通信社は、戦争が4ヶ月目に入り、ウクライナは、「戦争疲労感」が「ウクライナのロシアに対する抵抗を支援しようという西側の決心を鈍らせている」のではないかと心配し始めている、と報じた。…『ワシントン・ポスト(WP)』も12日、ロシアの戦術調整及びウクライナ東部における圧倒的な火力によるウクライナ軍への対処により、軍事衝突初期の西側の楽観的ムードは「急速に消えつつある」と報じた。ウクライナ軍はもはやドンバスにおけるロシア軍の前進を阻止するすべがなく、西側はもはやキーウがモスクワとの対決で勝利を収めるとは信じていない。WPは、ペンタゴンの匿名の高官の話として、ロシア軍は数週間のうちにドンバスを完全に支配するだろう、と伝えた。
また、6月4日付けの中国新聞網記事「西側の心底を暴露したNATO事務総長の発言」(中国語原題:"北约秘书长一番话,西方小心思彻底暴露了!")も、次のように報じています。
 表面的には、欧州諸国は「団結してロシアに対抗」してきたが、セルビア及びトルコのように制裁そのものに加わることを拒否したものを除いても、欧州内部は早くから一枚岩ではなかった。
 『ニューズ・ウィーク』誌は、「米英、ポーランド、バルト3国のロシアに対するアプローチが戦略的に失敗して、ドイツ、イタリア、フランスはますます戦争を速やかに終わらせようとしている」と指摘した。…CNNは、米英及びEU諸国・機関の担当者が停戦交渉のプラン作りを行い、クリミア及びドンバスの今後についても話し合いを行っているが、ウクライナの担当者を参加させていないと報じた。…『ニューヨーク・タイムズ』紙は、一部のEU指導者がバイデン大統領に対して、プーチンに電話して停戦条件を打診するように勧めていると明らかにした。そのバイデンは6月10日にゼレンスキーをやり玉に挙げて、ロシアが軍事行動を起こす前の2月に、油断しているとロシアはウクライナに侵入すると警告したと述べたのに、ゼレンスキーは耳を傾けようとしなかったと指摘した。…同紙はまた、バイデンはインド、ブラジル、イスラエル、湾岸諸国に対してロシアに対する制裁に加わるように説得したが、これら諸国はロシアとの関係を維持してアメリカの呼びかけに抵抗したとも指摘した。
 イタリアのベルルスコーニ元首相は、今回の危機は、西側が「世界の中で孤立している」という「残酷な現実」を明らかにしたと指摘している。反ロなのはアメリカ、欧州を除けば、伝統的にアメリカと関係が深いオーストラリア、日本等だけである。したがって、米欧諸国が気落ちし、消耗戦に直面してへっぴり腰になると、ゼレンスキーはもはや手の打ちようがなくなるだろう。潮が引いたら泳いでいるのはウクライナだけということになりかねない。
 ちなみに6月14日のタス通信は、ロシアの『ヴェドモスチ』紙の記事を紹介していますが、その内容は次のとおりです。
 NATOのストルテンベルグ事務総長は12日、フィンランドのニーニスト大統領との会合において、ウクライナは最終的に領土を割譲しなければならなくなるだろうと述べた。複数の専門家によれば、ドイツとイタリアの首相及びフランスの大統領が6月15日に予定されているウクライナ訪問の際に同じメッセージを伝えることになっている。
 世界経済国際問題研究所欧州政治調査局のパヴェル・ティモフェヴェフ局長は、「西側、特に欧州は武器供与及び経済援助でキエフを支援する努力が当初期待していた結果を生むことに失敗していることを理解している」と指摘し、ウクライナに対する増え続ける軍事支出と財政投入の圧力にそれだけ耐えられるかは明らかではないと付け加えた。モスクワ州立国際関係研究所ヨーロッパ研究センターのアーテム・ソコロフ研究員は、「欧州側は、ウクライナが財政支援と引き換えに領土の一部を放棄する内容の危機打開案を持ってくる可能性がある」と述べた。彼によれば、話し合いの内容は戦況次第だという。モスクワ大学米国研究所ルーズベルト財団前所長のユーリ・ログレフは、アメリカが欧州側の平和イニシアティヴを知らないわけはなく、最悪の場合は、ウクライナを「裏切った」のは独仏伊であるとして、米英は責任逃れをすることができるということだろう、と述べた。

2.ローマ法王の言動

 冒頭に紹介したローマ法王の発言は、イタリアの『ラ・スタンパ』紙に掲載された、法王がイエズス会の欧州諸誌の編集者との会話の中で述べたものです(6月14日タス通信ローマ電)。法王はこの会話においてさらに、9月にモスクワ及び全ロシアの総主教キリル(ロシア正教会トップ)とカザフスタンで会見する予定だとも明かしました。この点について法王は、「彼とは6月14日にイエルサレムで会う予定だった」が、ウクライナの紛争のために、「我々の対話が誤解されないように」相互の合意で後日会うことを決定した、と説明しています。法王はさらに、「(カザフスタンで会う際に)精神的指導者(pastor)として彼に挨拶し話を交わすことを望んでいる」とも付け加えました。タス電は、法王は3月16日にオンラインで総主教キリルと会ったときに、精神的指導者たちが「平和のために努力し、停戦を求める」ことを呼びかけた、と紹介しています。
 私がローマ法王の言動に注目するのは、ウクライナ人はカソリック、ロシア人はロシア正教であるからです。つまり、法王はロシア・ウクライナ戦争について一方的にウクライナを支持していないのみならず、むしろ単純に善悪に分けることはできないとまで踏み込んでいるのです。そして、戦争のさなかに総主教キリルとオンラインで会談し、3月に会う約束を延期するものの、9月にはカザフスタンで会う約束にしているということも注目されます。両者は9月までにこの戦争が終わっていることを期待しているという意思表示である可能性があります。法王のこうした言動はゼレンスキーにとっては大きな痛手のはずだと考えます。
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 日本国内では相変わらず「ウクライナ=善、ロシア=悪」の一方的報道が横行し、戦況報道もロシアに「分が悪いはずだ」との決めつけに立っています。しかし、ストルテンベルグ発言とローマ法王発言はそういう一方的決めつけの危うさを示すものだと思います。ローマ法王の判断は私のこれまでの見方を支持するものですし、ストルテンベルグ発言は、米西側がゼレンスキーを「使い捨てのコマ」として扱っているという私の指摘を裏付けるものです。