6月9日付けの環球時報は、中国社会科学院日本所副所長である呉懐中の署名文章「十字路にある日本の対中政策」(中国語原題:"日本对华政策走到关键十字路口")を掲載しました。前回のコラムで紹介した楊潔篪・秋葉剛男電話会談の前後から、中国のメディアでは日本に対する厳しい論調が頻繁に登場しています。その中でも、呉懐中署名文章はもっとも本格的なものです。中国社会科学院日本研究所は中国の対日認識形成及び対日政策立案にも深く関わっており、その副所長である呉懐中が執筆したものであるだけに、中国政府の対日認識の所在を示すものとみて間違いないと思います。大要を訳出して紹介します。日本の対中政策が十字路にあるにとどまらず、日中関係そのものが岐路に立っていることをひしひしと思い知らされる内容であることを、読むものすべてが実感せざるを得ないはずです。楊潔篪の秋葉剛男に対する発言及び呉懐中の岸田首相個人を名指しした厳しい認識と指摘を踏まえるとき、岸田政権の対中外交は「首の皮一枚でつながっている」(日中国交正常化50周年に向けて、中国の辛抱をつなぎ止めるだけの起死回生の抜本策を打ち出すことができるか否か)深刻を極める状況であり、正に正念場を迎えているというのが私の実感です。

 ロシア・ウクライナ衝突以来、日本の声高かつ苛立ったような言動が異常に目につくし、その矛先は大部分が中国に向けられている。特にバイデン訪日及びSQUADサミット以後、日本の対中牽制戦略は外交、経済貿易、軍事の3大領域においてエスカレート式かつ集中的に解き放たれている。このような動きが両国関係の対立面を増幅していることは疑う余地がなく、関係改善の余地は狭められ、2017年以来の改善への流れはバッサリ断ち切られる可能性がある。日本の対中政策ひいては国家戦略そのものが重大な十字路に逢着している。
(日本の対外戦略の苛立ちと失調)
 日本が近時急速に進めている対中経済安全保障政策としては、経済安全保障推進法成立、インド太平洋経済競争活発化、IPEFなどが含まれる。これは、1980年以来の中日関係において生まれた一大変化である。このことが意味するのは、日本は自らの損失を招いてでも中国の発展を遅らせたいと考え、絶対的収益重視及び中国の発展を包容する「関与戦略」から、相対的収益及び双方の実力対比・変化にこだわる「悪性チェック・アンド・バランス」路線に切り替わったことを意味する。長期的に見た場合、日中経済関係におけるこの変化は、処理を誤ると、両国関係に対する危険性において軍事的対抗に劣らないことになるかもしれない。もっとも、様々な矛盾的要素が存在するため、IPEFは未完成プロジェクトまたはデッド・ストックになる可能性が高い。
 また、日本が対中経済安全保障において如何に動くかに関しては、その対外大戦略、特に中米日三角関係を処理する上での立場及びやり方如何によって決まってくることには変わりがない。東北アジアの地縁的情勢は深刻な変化が生まれつつあり、大国の争いは厳しさを増し、歴史的な節目における理性的な認識と政策判断が正確であるか否かにより、各国の国運は左右されることになる。各国は、国家利益を慎重かつ全面的に考慮し、戦略的主動生を掌握することを図るとともに、盲動暴走を可能な限り避けようとしている。この点に関して、日本の戦略的ポスチャーの変化には極めてハラハラさせられるものがある。その明確な変化としては次の2点がある。
第一、日本はこれまでの単純な「米主日従」から、アメリカにつきまとい、誘導し、そそのかすことへと、日米共同で中国に対処するように変化している。台湾海峡からインド太平洋まで、日本はとどまることなく(中国を)怒らせ、挑発することでアメリカをつなぎ止めようとしており、その中には、「アメリカを使う」ことで自分自身の目的を達しようとする投機的要素も少なくない。第二、日本はさらに進んで西側の一員としての政治的立ち位置を強化し、戦略全体が西側に傾斜し、アメリカ及びその同盟諸国との関係をより近づけるようになっており、中米日トライアングルはますますバランスを失っている。また、これにより、主要な地域及び基軸国をめぐる中日の外交的闘いも、中米競争の激化に伴って激しさを増している。
以上の変化の主要原因は、中国の台頭に直面する日本がアメリカ及び日米同盟を自国の最終的安全保障の強大な拠り所と認識していることにある。「トランプ・ショック」の教訓に鑑み、日本はアメリカの政策調整に積極的に影響を及ぼし、その政策調整を促進することによって、日米同盟を対中チェック・アンド・バランスにおけるハード・コアのインフラにしようとしている。日本は、ポスト・コロナ及びポスト・ロシアウクライナ戦争の時代における国際構造及び秩序の先行きに対して高い関心を持ち、異常なまでに敏感となっており、アメリカが内向きになり、同盟が力を失うことになれば、戦略的災難という事態になると考えている。アメリカの覇権システム及び秩序を擁護する以外の構想を持つことができないということは、日本の政治的エリートの政治的創造能力の「貧困」を示している。
 このような局面(浅井:アメリカが内向きになり、同盟が力を失う事態)を回避するべく、日本は、アメリカを東アジアに留まらせ、地域の問題に対する介入を続けさせ、足を洗うようなことを思いもせず、できもしないようにして、「拡大デタランス」を維持するように仕向けている。これこそが日本の大戦略におけるかなめ中のかなめであり、中国台頭に対応する上での最大の戦略的かなめでもある。その点で注目するべきは、日本は台湾を利用して戦略上のコマとし、アメリカ及び日米同盟を台湾海峡に介入するように誘い、圧力をかけ、そうすることで、大陸沿いの島嶼チェーンに対するアメリカの監視とデタランスを確保しようと図っていることである。
(安全保障路線と対中関係)
 ロシア・ウクライナ衝突以来、日本は「西禍東用」(ウクライナ問題を台湾問題に仮託する)を盛んに喧伝し、騒ぎ立てている。日本の保守派はこの危機を利用して自らの戦略的アジェンダを推進しようとしている。この衝突が起こっているのは日本が重要な安全保障に関わる文書を新たに制定する時期に当たっており、安全保障上のあからさまな変化がこの危機を利用して加速的に進められている。バイデン訪日期間中に、日米は「拡大デタランス」、軍事一体化及び日本の軍事力拡張等について協議したが、このことは、アメリカが日本の軍事的足かせを緩めることにますますおおらかになっていることを示している。
 その中でも特に注目と関心を引きつけるのは、日本の軍事路線転換が集中的に体現する国家戦略の変化及びその中国に対する影響である。多年にわたる世論の誘導及び操作を経て、今日の日本保守政治集団が軍事的な転換及び発展について獲得・動員できる国内の支持及び社会的エネルギーは昔日の比ではなく、戦後の平和的発展路線に対する逆バネ及び報復的動きは正に爆発的な勢いを呈している。今後10年を予見するとき、国防方針、軍事戦略、武器装備、防衛予算等の分野で、日本が近隣諸国にとって極めて好ましくない形で軍事的に台頭する可能性は大きい。
 現在日本が進めている軍事的発展とそのエネルギーは、ハイテク軍事力建設、新型戦車製造、軍事的配置調整等のいずれをとっても、すべて基本的に対中国である。もちろん軍事的資産の一部は「北方の脅威」に振り向けられるものもあるが、総合的にいえば、対ロは段階的戦術的重視であり、長期的戦略的に重視しているのは対中である。2004年の防衛大綱で防衛の重心を南方に移すことを提起してから、2022年の政権自民党が提起した新版防衛大綱で中国を「重大な脅威」と規定するまでを見るとき、中日関係における30年間の「ポスト冷戦時代」は幕を下ろすことを宣告しており、日本保守右翼勢力による「不吉な時代」の幕開けを告げるラッパの音色がますます高く鳴り響いている。
 これまでの過程の中で、安倍を代表とする日本の保守右翼政治勢力は早くから、第一次大戦前後の英独間に存在していた調整困難な構造的矛盾と類似する矛盾が中日間に存在すると確信していた。それに加うるに日本の民族的性格と思考様式もあり、大きな変化局面及び混沌した状況のもとでは往々にして躊躇逡巡するが、方向と目標をいったん見定めると今度は一路邁進ということになり、内側からその変更を正し、再調整することは難しくなる。したがって、後世の目から見るとき、21世紀の最初の20年は中日関係が悲劇に滑り落ちていく「危機の20年」と解釈される可能性がなくもない。
(岸田及び宏池会の歴史的責任)
 これまでのところの岸田外交は前任者の外交を全体として継承し、部分的に発揚するものである。岸田はリスク回避の政策決定スタイル及び対外関係における慎重なバランス感覚を放棄し、日本政界を覆っている対中強硬ムードに追随しているようだ。この岸田の変化は外交政策ビジョンそのものの変化を反映したものか、それとも「政治的正しさ(political correctness)」に順応迎合したものなのかについては議論が分かれている。そのいずれにせよ、結果として出てくるのは今の日本で絶え間なく打ち出される中国牽制「カード」であり、このことが中日関係の改善傾向が見られず、低レベルで推移する主要原因となっている。
 この局面及びリスクを刺激し、拡大する日本国内政治上の要因としては2つの問題がある。一つは日本の政党政治の軟弱と宿弊である。すなわち、岸田及び宏池会は国内政治上、保守右翼勢力を籠絡し、これに迎合する必要がある。歴史的に見ても、日本の政党政治は重要な歴史的な節目に際して一度ならず政治責任を欠き、歴史の試練に耐えることができなかった。もう一つの問題は、主要な政治人物の節操欠如と責任回避である。安倍ほどこの問題を体現しているものはない。舞台の上にいるときと下にいるときではスタイルがまったく違い、首相だったときはまだそれなりに実務とバランスをわきまえていたが、辞めた途端に中国に対して強硬になってかき乱し、情勢の緊張激化を通じて自らの政治目的を達成しようとしている。
 日本のこれまでの振る舞いにより、日本が政治的コミットメントを遵守し、政策的連続性を継続することができるかどうか、また、誠実な交流をするに値するか否かに関する中国側の確信及び辛抱は大きく損なわれてしまっている。日本の中国に対する公然とした敵意と露骨な内政干渉等の行動に対して、中国の学界及びちまたからは、断固とした報復と反撃を行うべきだとする声があふれ出ている。日本が仮にこのままで行くとした場合、中日関係と東アジア情勢が良くなりうるのかと問いたい。
 現実的に見て、日本の戦略学者のトップである高坂正堯、五百旗頭真の言にあるように、日本の対外戦略上の知恵は「対米同盟+対中協調」の二本足であるべきだろう。しかし、今の日本は対中協調を進める面で怠慢かつ傲慢である。本年は中日国交正常化50周年であり、岸田は一連の重要な政策決定に臨むことになり、これらの政策決定がこれからの日本と中国との関係のあり方の基調を設定することになるだろう。我々としては、岸田外交を担うグループが、前政権及びその指導者とは異なり、伝統的宏池会の地金と特徴を備えていることを信じたいと願っている。具体的には、7月の参議院選挙で政権基盤を固めた上で、岸田は対外戦略及び対中外交において大局観とバランス感覚を発揮し、経済民生及び実務協力を尊重し、復交50周年を契機として政治上の勇気と担当責任を示し、実際の行動を通じて、自ら述べている中国との「建設的な安定した関係」を発展させることに力を尽くすべきである。
 2022年というこの年は、岸田が日本の対中戦略に関して系統的な反省と政策決定を行うことにリーダーシップを発揮し、日本ひいては地域の前途命運に対して当然負うべき歴史的責任を担うことができるかどうかを証言することになるだろう。