6月7日に、中国外交を取り仕切る楊潔篪・中央外事工作委員会弁公室主任は秋葉剛男・国家安全保障局長と電話会談を行い、「現在、中日関係は新旧の問題が入り交じって顕在化し、困難と挑戦を軽視することは許されなくなっている」と発言しました。同日深夜(23時35分)に環球網に掲載された環球時報社説「日本に一発かまして正気に戻す要あり」(中国語原題:"我们有必要给日本当头一棒,让它清醒")は、日本メディアのすっぱ抜き記事(浅井:「政府が対台湾窓口機関の台北事務所に防衛省の「現役」職員を派遣する方針を固めたことが3日、分かった」、ただし「政府は今回、日中関係への影響を考慮し現役とはするが文官にとどめる方針で、現役自衛官の派遣は今後の検討課題だという」と報じた4日付け産経新聞記事)を念頭に楊潔篪の上記発言を引用し、「この発言のメッセージは明確だ。台湾問題における日本の日増しにエスカレートする、(中国の)感情を逆なでする言動と挑発は、もはや中日関係において回避できない重大なリスクになっている」、「仮に日本が現職の防衛省員を台湾に常駐させるとなれば、日本の対台湾関係の枠組みを事実上突破することとなり、中国は必ず強烈に反応することになる」と、同発言に込められた重大な意味を明らかにしました。
 社説は、日本側の動きとしてさらに、防衛省が陸海空自衛隊を統括指揮する「統合司令官」及び「統合司令部」の新設の方針を固めたこと、その目的は「中国対応にある」ことを報じた6日付け共同電及び、安倍元首相の「台湾有事は即日本有事」「中国が台湾の武力統一を放棄する環境を作り出すべきだ」とした発言を引用した上で、「(安倍の)台湾問題に関する大言壮語が一つ一つ日本政府の現実の台湾政策に体現されつつある」と危機感をあらわにしました。
 環球時報社説が引用した安倍元首相の発言の詳細については、7日付けの環球時報の別の記事が紹介しています。それによると、5日に開催された"日本は緊張する台湾海峡情勢に如何に対応するべきか"をテーマとする公開フォーラムに出席講演した安倍は、「日米、日米台、日米印豪及び志を同じくする国家間の紐帯を強めて、中国が台湾の武力統一を放棄する条件を作り出すことが非常に重要だ」、「これらの国々は大陸に断念させる実力を持たなければならないだけではなく、その意図も明確にしなければならない」と述べ、日本は防衛力を根本的に強化し、さらに日米同盟を中心として中国大陸に対するデタランスを強化する必要があると言明し、「台湾有事即日本有事」と繰り返したといいます。そのほかにも安倍は、バイデンが5月に訪日した際の「アメリカは台湾問題に軍事介入する」と述べたいわゆる「言い間違い」に歓迎を表明し、「アメリカに対して(台湾防衛を)要求する以上、日本にも責任がある」と公言し、日本の防衛予算をGDPの2%以上に高めるべきだとも主張したと紹介されています。
 7日付けの環球時報はまた、同日の閣議で岸田政権が確定したいわゆる「骨太の方針」の中に「台湾海峡の平和と安定を強調」する文言が初めて入り、「5年以内に」防衛力を根本的に強化し、防衛予算をGDPの2%に高めることが盛り込まれるに至った経緯として、「骨太の方針」原案に防衛費増大の明確な規模についての記述がなかったことに安倍等が不満を抱き、6月1日の政調会議で高市早苗会長が政府原案に異議を唱え、自民党内右翼勢力と政府との間で「水面下の駆け引き」が行われた結果であると報道しています。
 さらに8日付け環球網は、「台湾独立(運動)教祖」の李登輝の秘書を務めた経歴のある早川友久が「日台交流協会」台北事務所の「専門調査員」になる可能性について報道するとともに、これは防衛省現職の派遣と同じく、中国側の反応を探るための今ひとつのアドバルーンではないかとする分析もあると紹介しています。
 楊潔篪が岸田首相の外交安全保障問題の最高ブレーンである秋葉剛男に電話したのは、こうした岸田政権下の一連の動きに対して危機感を高めた習近平・中国の厳重な警告であることは明らかです。私は、ウクライナ問題に関するロシアの動きを台湾問題に関する中国の動きと強引に結びつけ、反露一色に染まった国内世論を親台反中世論に誘導しようとする安倍晋三以下の極右勢力の言動に警戒する必要があることを指摘してきました。楊潔篪が厳重警告に踏み切ったのは、私からすれば当然のことです。
 しかし、私は今までの自分自身のアプローチについて反省することがあります。つまり、今までの私は、「ロシア=悪」「中国=悪」とレッテル張りする「世論」の認識上の誤りを指摘することに急ぐあまり、物事の本質に注意喚起することをともすれば忘れがちになっていました。物事の本質とは「アメリカ=最大悪」ということです。多くの日本人がロシア、中国を「悪」と決めつける際の暗黙の前提は「アメリカ=善」「日米同盟=善」です(注:内閣府の世論調査では一貫して80%以上の国民がアメリカに対して好感情を抱いている)。しかし、この前提がそもそもの誤りであり、ウクライナ(対ロシア)と台湾(対中国)は世界覇権に固執するアメリカにとってロシア、中国を叩く上での「使い捨てのコマ」であることを常に指摘し、確認する必要があるのです。私自身、従来からこのコラムでアメリカを批判することにそれなりのエネルギーを傾けてきました。しかし、ロシア問題、中国問題を取り上げる時にも、この二つの問題の最大の黒幕はアメリカであることをその都度指摘しなければなりませんでした。
 私が今更ながら自分自身のうかつさに気がついたのは、「防衛費をGDPの2%以上にする」という今回の骨太の方針が発表されても、国内「世論」がほとんど反応らしい反応を示していないという恐るべき事実に接したからです。つまり、国内「世論」は、"ロシアと同じように覇権を求める中国の行動を押さえ込むためには、日本の防衛府を増大する必要がある"という安倍の詭弁を「詭弁」と見極める判断力すら失ってしまっています。しかし、自民党政治の軍事力拡大の動きは中国とロシアを押さえ込むバイデン政権の戦略に呼応するものであり、「台湾有事」論はその本質をカモフラージュするための煙幕でしかないのです。
 以下においては、楊潔篪・秋葉剛男電話会談に関する中国外交部WSの報道文と環球時報社説を紹介します。

(楊潔篪・秋葉剛男電話会談)
 6月7日、中共中央政治局員、中央外事工作委員会弁公室主任の楊潔篪は日本の秋葉剛男国家安全保障局長に電話した。
 楊潔篪は以下のように表明した。本年は日中国交正常化50周年であり、両国関係は重要な歴史的節目を迎えている。昨年10月に習近平主席は岸田文雄首相との間で、新時代の要求にマッチした中日関係の構築を推進することについて重要な共通認識を達成し、両国関係に対するガイダンスと拠り所を与えた。現在、中日関係は新旧の問題が入り交じって顕在化し、困難と挑戦は軽視することを許されなくなっている。双方は、正しい方向を把握し、合作共嬴を堅持し、長期的大局に着眼し、安定、健康、強靱な中日関係を次の50年に導くべく共同で努力し、地域の平和と繁栄を共同で維持するべきである。
 秋葉剛男は次のように表明した。日本は中国との協力を深め、違いを適切に処理し、双方の敏感な及び国際的にホットな問題について意思疎通を強化し、建設的で、安定した日中関係を共同で構築していきたい。
 楊潔篪は、台湾、香港、釣魚島等の問題に関する中国側の原則的立場を明らかにした。
 双方は、共通の関心のある国際及び地域の問題についても意見を交換した。
(環球時報社説)
 (以下は、すでに紹介した部分に続く部分)
 日本の右翼政治屋の世論動員を通じて、日本社会では極めて危険な「コンセンサス」が形作られ、成長しており、右翼保守勢力もこのチャンスに乗じて、日本にもともとあった内部的な抑制と均衡(チェック・アンド・バランス)及び縛りから抜け出そうとしている。
 見るところ、日本の右翼勢力からすると、現在の今こそ、軍事的束縛を解き放ち、アジアにおける地位を再構築する千載一遇の「チャンス」であり、ひいては「最後のチャンス」の可能性かもしれず、そうであるが故に、台湾問題を操って以前にも増して事を急いでいるように見える。彼らはいかなる「チャンス」をもつかまえようとしており、ロシア・ウクライナ衝突も例外ではない。
 日本が中国の核心的利益に対して総掛かりで脅威を与えていることに対して、中国は絶対に無関心ではあり得ない。日本がこの一歩を踏み出したことが何を意味するかを、我々は日本に対して気づかせなければならない。台湾問題は中国の身内の問題(中国語:'家事')であり、外部の者が足を一歩踏み入れれば、我々は必ずその足をへし折る。台湾問題に対する介入の度合いは、アメリカよりも日本の方がさらに積極的、過激であり、もはやすべてはアメリカのそそのかしによるものだとは言えなくなっている。事実においても、半世紀以上封じ込められてきた軍国主義が日本で頭をもたげつつある。アジア太平洋地域の大国として、日本に一発かまして早めに目を覚まさせる必要がある。結局のところ、それは日本にとってもいいことなのだから。
 強調するべきは、日本はアジアに対して歴史的な罪責を負っているということである。台湾問題の存在そのものが日本軍国主義の蒔いた禍根である。しかるに、日本の右翼政治屋が今推進しているのは、「台湾独立」勢力が勢いづくことを助長しようとする深刻な動きだ。彼らがいかなる巧言令色を弄ぼうとも、是非黒白をひっくり返すことは許されない。日本が自らの戦略を軍国主義復活に縛り付けるのであれば、それは浸水する船に飛び込むことにほかならず、船が沈んでしまう前に(彼らが)陸に這い上がれることを望むとしよう。