少し前にコラムを読んでくださっている方から、私がパワー・ポリティックスからの脱却の必要性を主張していることに関して、"地球規模の課題には地球規模で対策に取り組む必要があることは理解するが、有史以来の国際政治は弱肉強食の世界であり、大国が小国を蹂躙する政治はほとんど変わっていない。政治のもっとも重要な役割は人民の福祉を促進することだが、政治指導者は国際政治の冷厳な現実にどう対処し、人民の福祉をどう促進するべきだと考えるか"という趣旨の問題提起をいただきました。どうお返事しようかと考えているときに、ロシア・ウクライナ戦争に関する国内の受け止め方と国際的な受け止め方には大きなギャップが存在していることを示す数字に出会い、この内外のギャップの意味を考えることを通じて、この方の問題提起(パワー・ポリティックスからの脱却は可能か)に即して私の考えていることをお話しすることを思いつきました。
 以下の諸事実は国際社会の多数派はもはや米・西側ではなく、AALA諸国こそが多数派を形成していること、そして、AALA諸国は西側諸国に無条件で従うことをますます拒否するようになっていること、ロシア及び中国の対西側関係においても、露中両国が長年にわたって蓄積してきたAALA諸国との関係強化努力の積み重ねを背景に、これら諸国は総じて両国に対して好意的であり、米・西側から強要されるケースにおいても総じて「一方につくことはしない」という選択をするようになっていることが分かります。
<世界保健総会のロシア非難決議>
 5月27日の世界保健総会(WHA。WHOの年次会議)は、「ロシアの侵略によるウクライナ及び難民受け入れ国における保健緊急事態」("Health emergency in Ukraine and refugee receiving and hosting countries, stemming from the Russian Federation's aggression")と題するロシア非難決議(ウクライナ以下の40カ国以上の共同提案)について、賛成88カ国、反対12カ国、棄権53カ国、欠席30カ国で否決しました。Swissinfo.ch(日本語WSでは「スイスの視点を10カ国語で」とあります)の記事("WHO resolution denounces Ukraine invasion by Russia")は、次のように伝えています。

 決議は、「ウクライナにおける保健状況を悪化させるロシアの行動の継続」に鑑み、WHAは「WHO憲章の関連規定」(の適用)を考慮することになる、と述べて、ロシアの投票権の剥奪を示唆している。183加盟国のうち、88カ国が決議を支持し、中国を含む12カ国が反対した。53カ国は棄権し、30カ国が欠席した。このことは、WHOが政治化されることを心配する多くの国々の不快感(discomfort)を反映している。決議はウクライナが提起し、欧州諸国、アメリカ及び日豪などの西側諸国40カ国以上が共同提案国になった。しかし、アフリカ及び中東の国家で共同提案国になったものはなかった。インドを含む多くの国々は棄権に回った。低所得国を含む多くの国々は、モスクワを国際舞台で孤立させようとする国連機関の投票で一方の側につくことを避けるようになっている。ちなみに、ロシアが提起した対抗決議も賛成15,反対66,棄権70で否決された。
 なお、投票権の剥奪については、まれではあるが先例もある。1964年に南アフリカがアパルトヘイト政策を法制化した際、WHAは同国の投票権を停止する決議を採択したことがある。
 ジュネーヴの他の国連専門機関では、最近ロシアの活動を制限することを決定している。3月、ロシアはILOの専門家会議に参加することを禁止された。国際電気通信連合(ITU)もワーキング・グループにおけるロシアの選挙権を停止した。
 ITUに関しては検索してもヒットしませんでしたが、ILOに関しては3月24日に、理事会がロシアの侵略に関する決議を採択したとするILOのプレス・リリースがありました。それには、次のような紹介があります。
 ILOはロシアのウクライナに対する侵略に関する決議を、賛成42,反対2,棄権8で採択した(不参加は4)。決議は、「ロシアによる侵略の継続はILOの目的及び加盟国を規律する原則と甚だしく両立しない」と宣言し、ロシアに対して「即時かつ無条件に侵略を中止し、ウクライナから軍隊を撤退し、ウクライナ人民に与えている災難を終了」することを要求している。理事会は、ロシアに対する協力(人道援助を除く)を一時的に停止することを決定し、ロシアに対する諸会合への招待も停止される。
 ILOの加盟国は187カ国ですが、年1回開かれる総会から次の総会までの間のILOの業務は、政府28名、労使各14名の代表で構成される理事会が行うことになっています。ILO・WSによれば、政府側を代表する28名の正理事のうち10名は主要産業国である加盟各国(ブラジル、中国、フランス、ドイツ、インド、イタリア、日本、ロシア、英国、米国)が常任理事となり、その他の政府側理事は3年の任期で総会によって選出されます。また、使用者側理事と労働者側理事は、個人の資格において選出されます。決議が、賛成42,反対2,棄権8で採択された(不参加は4)背景には、こうした理事国の構成(政府代表のほかに使用者及び労働者の代表も加わっていること)が影響していると思われます。すなわち、WHAと異なり、ILO理事会においては途上国政府のプレゼンスが限られていることが、今回の投票結果に大きく働いていると見られます。
 WHAの投票結果に関して、ロシア外務省は同日声明を出し、WHO183加盟国の中で88カ国しかウクライナの決議案を支持しなかったことを歓迎すると述べ、さらに、ウクライナとその同盟諸国が空前の働きかけを行ったにもかかわらず、半分以下の支持しか得られなかったということは、「国際社会がますます冷静にウクライナ情勢を認識しており、多国間協力を犠牲にすることを望んでいないことを示すものである」と付け加えました。
 またラブロフ外相は、5月26日の「ロシア・トゥデイ・アラビック」とのインタビューにおいて、次のように答えています。
(問) ウクライナ危機に関するアラブ諸国の立場をどう見ているか。
(答) すべてのアラブ諸国が責任ある立場を取っている。このことは、これら諸国が自国の国益にのみ立っており、他国の地縁政治的冒険主義のために国益を犠牲にする用意がないことを証明している。
(問) 西側特にアングロ・サクソン同盟の圧力があっても、アラブ諸国はこの政策を続けると考えるか。
(答) 西側は、対ロシア制裁に加わらなければ罰せられることになると言って脅迫しているが、これほど主権国家に対する公然たる侮辱はない。アラブ諸国そしてほとんどすべてのAALA諸国は、国家的尊厳を犠牲にすることを望んでいない。西側諸国の植民地主義的な考え方は変わっていない。しかし、それは間違っており、歴史のプロセスに唾するものである。今、姿を表しつつあるのは多極的世界である。中国及びインドは急速に経済成長している影響力ある国々であり、ブラジルその他のラ米諸国もそうである。アフリカの膨大な天然資源を取り上げようとする新植民地主義はまだ続いているが、それ故にこそ、アフリカは自身の声を上げている。アラブ世界が多極世界における一極として姿を現しつつあるのも疑問の余地がないことだ。
<米・西側の対ロ制裁>
 5月27日の中国外交部定例記者会見で、汪文斌報道官は記者の質問に答える中で次のように述べました。
(問) 報道によれば、イランのアブドゥラヒアン外相はダボス年次総会で、アメリカとNATOの挑発がロシアの対ウクライナ戦争を引き起こしたと指摘し、イランは対話と外交による問題解決を支持していると述べたが、中国側コメント如何。
(答) イラン外相の発言に留意している。このことは、ロシアとウクライナとの衝突に対してアメリカが責任を負っていることについて、国際社会が明確かつ客観的な認識を持っていることを示している。
 実際、国連の190以上の加盟国(正確には193カ国)中、140カ国以上はロシアに対する一方的制裁に加わっておらず、これらの国々の人口は60億人以上である。世界のほとんどの国々は国際法上の根拠がなく、安保理の授権もない一方的制裁及び国内法の域外適用に対して賛成しておらず、いずれか一方につくことにも陣営で対立することにも反対している。
 つまり、アメリカが発動した対ロシア制裁に参加しているのは、日韓を含めてすべて西側諸国であり、ほとんどの新興市場諸国及び途上諸国は参加していないのです。私は、汪文斌報道官があげた数字を確認できる資料に接していません。しかし、4月9日付の日経新聞の以下の報道に鑑みれば、同報道官のあげた数字はほぼ正確であろうと推察はできます。
 米商務省は8日、米国が主導する対ロシア輸出規制の枠組みにスイスなど欧州4カ国が加わると発表した。これまで日本や欧州連合(EU)が米国と協調しており、参加国は37カ国(既存参加国は豪加日韓NZ英+EU27ヵ国)に拡大する。ハイテク製品の供給阻止で足並みをそろえて経済制裁の効力を高める。
輸出規制の協力相手国リストにスイスとアイスランド、リヒテンシュタイン、ノルウェーを加えた。これらの国はロシアと、ウクライナ侵攻に協力したベラルーシに対して、米国と同様の厳しい輸出規制を導入した。
<(参考)台湾のWHAオブザーバー参加問題>
 AALA諸国の米・西側の対外政策に対する対応を見る上では、WHAへの台湾のオブザーバー参加問題がどのような結果に終わったかを見ておくことも参考になります。アメリカの強力な押しのもと、台湾と外交関係を有する13カ国が提出した「台湾をオブザーバーとして招き、WHO総会に参加させる」提案はWHA総務委員会及び大会によって否決されました。WHAが開催される前、90ヵ国近くが一つの中国原則支持の立場から台湾のWHAへのオブザーバー参加に反対する旨をWHO等に表明していたといいます(5月23日の中国外交部報道官談話)。
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 以上から、今回のロシア・ウクライナ戦争において「ロシアは孤立している」という私たちの受け止めは、多分に西側メディア及びその圧倒的影響下にある日本のメディアの、米・西側的視点に基づく報道によって形作られていることが分かると思います。ロシア国内の動きに関する西側・日本の報道も、プーチン政権に対する反対の声、動きだけに集中しています。ロシアの独立系世論調査機関が発表した、ロシア国民の絶対多数がプーチン政権を支持していることを示す数字に接すると、「ロシア人は政府系メディアにしかアクセスがないのでこういう結果になる」というというロシア専門家の「解説」が付け加えられます。
 私も正直、ロシア・ウクライナ戦争がどういう形で終結するのかまったく見通すことができません。しかし、今回の戦争は決して「プーチンの野心」によって一方的に引き起こされたものではなく、アメリカ・NATOの東方拡大戦略(及びゼレンスキー政権の反露政策)に起因するものであることは確かだし、AALA諸国の圧倒的多数もその認識に立っていることは間違いないと思います。ロシアがそのことを確信していることは5月26日のラブロフ外相の上記発言が示しています。
それだけではありません。ロシア(それ以上に中国)は、パワー・ポリティックスの発想に凝り固まった、世界一極支配再確立を目指す米・西側の動きは21世紀国際政治・国際関係の歴史的潮流に逆らうものであり、国際関係の民主化を目指す自らの路線こそが21世紀国際社会の歴史的本流に位置していることを確信していると思います。
 私は早くから、21世紀国際社会を特徴付ける要素として、①国際的相互依存の不可逆的進行、②普遍的価値の国際的確立、③地球的規模の諸課題の深刻さを指摘し、パワー・ポリティックスはもはや「歴史の屑箱」に放り込まれる運命にあると指摘し続けてきました。そういう私からすると、米・西側対中ロの対決は客観的・歴史的にはパワー・ポリティックス対脱パワー・ポリティックスの対決であり、歴史という行司がいずれの側に軍配を上げるかは自明です。20世紀までは米・西側に従うことが多かったAALA諸国が21世紀の今日において自主的判断に基づいて行動するようになったという事実は、私の判断・認識を裏付けるものに他なりません。
 冒頭に紹介した「大国が小国を蹂躙する政治はほとんど変わっていない」という見方は多分に西側メディアの世論操作によって形作られています。私たちに必要なことは、できる限りアンテナを長く伸ばし、西側メディア報道によって覆い隠されているAALA諸国の「声なき声」(?)をキャッチすることだと思います。そうすれば、世界は確実に脱パワー・ポリティックスに向かって進行していることを理解できるようになると思いますし、国際情勢に対する見方も公正に近づいていくことができるようになると思います。