5月12日の早朝、いつも通り前日のニュースをチェックしていて、中国外交部報道官の定例記者会見で、WHOのテドロス事務局長が前日(11日)、中国のコロナ対策に疑問を提起していることを指摘する記者の質問があることに、掛け値なしに「我が目を疑う」思いを味わいました。しかし、11日のイラン放送のPars通信WS(及び翌12日のハンギョレ日本語WS)がテドロスの発言内容を断片的に報道していましたので、テドロスがその趣旨の発言をしたことが事実であることは確認しました。Pars通信及びハンギョレの報道によると、テドロスは次のように述べたようです。なお、WHOの緊急対応責任者であるライアンの発言も、両記事は紹介しています。

(テドロス)「COVIDゼロ戦略についてだが、ウィルスの動き方及び今後の我々の予想からいって、その戦略は維持できる(sustainable)と思わない。」「我々はこの問題について中国の専門家と議論し、このアプローチは維持できないと指摘した。」「ほかの戦略に移っていくことが重要だろう(Transiting into another strategy will be very important)。」
(ライアン)「(コロナ)管理措置とそれが社会及び経済に及ぼすインパクトとの間のバランスを取る必要があり、そうすること(バランスを取ること)は簡単に測ることはできない(that's not always an easy calibration)。」彼は、コロナと闘ういかなる措置も「個人の諸権利、人権を尊重する必要がある」と述べた。ライアンは、世界最大の人口を擁する国(=中国)がコロナを原因とする死者数が極めて少ないことに鑑みて「守るべきもの」があるとした(浅井:「守るべきものがある」という趣旨は、中国の対応を評価している可能性もありますが、よく分かりません)。
彼は、2月-3月以来の死者の急増(浅井:中国ではこの時期には死者は出ていないので、世界の状況を指していると思われる)に鑑み、「いかなる政府もコロナと闘う行動を取るだろう。」と記者たちに述べた。
 ライアンは、テドロスが「中国の仲間たちと立ち入ってかつ詳細に」、状況に応じて出口戦略を見つけるべく修正していくことについて議論してきている、と述べた。
 WHOの技術専門のマリア・カークホーヴは、世界的には、ウィルスのすべての伝染を止めることは不可能だ、と述べた(浅井:この発言の意味もよく分かりません)。
(以上Pars通信)
(テドロス)「ウイルスの様態(ママ)と今の私たちの将来予想を考慮すると、それ(中国のゼロ・コロナ政策)が持続可能だとは思わない」。「私たちは中国の専門家たちとこの問題を議論し、そのようなアプローチは持続可能ではないという意思を表明した。」「他の戦略へと転換することが非常に重要だと考える。」「私たちは新型コロナ・ウイルスについてより多くを知ったほか、ウイルスと戦ううえでより良い手段があるため、戦略の転換が必要な時だ。」
ブリーフィングに参加したWHOの緊急対応の責任者マイク・ライアン氏も、中国のゼロ・コロナ政策は社会、経済、人権に及ぼす影響が考慮されるべきだとして、否定的な立場を示した。WHOが特定の国家の防疫政策に対して否定的な意思を明らかにしたのは異例だ。
(以上ハンギョレ)
 テドロスの発言に関する二つの報道内容はほぼ同じです。ハンギョレは、テドロスが「私たちは新型コロナ・ウイルスについてより多くを知ったほか、ウイルスと戦ううえでより良い手段があるため、戦略の転換が必要な時だ」と述べたことを紹介していますが、肝心要である「よりよい手段」の内容については言及していません。おそらく、テドロスもそこまで立ち入らなかったと想像できます。しかし、そうであればなおのこと、テドロス発言は「異例」(ハンギョレ)であるにとどまらず、極めて無責任であるという印象を拭うことはできません。
 実は、WHOはロシアに対しても厳しい対応を行ったことを、12日付けのタス通信が以下のように伝えています。
 5月10日のWHO欧州地域委員会の特別会合で採択された文書は、WHO欧州地域ディレクターに対し、「ロシアとウクライナの紛争の平和的解決まで、ロシアにおけるすべての会議を一時的に中止すること」を考慮するように求めた。決議はまた、非伝染性疾患防止管理・欧州オフィスを「ロシア以外に移す」ことも要求した。この決議はWHOの38の加盟国が提案し、ウクライナ、ジョージア、モルドヴァ、イスラエル、トルコの支持を得た。
 タス通信によれば、ロシア外務省は声明を出して、非伝染性疾患予防管理のモスクワ・オフィスを閉鎖する可能性を考慮することを提案した決議はWHOの目的に違反するものだと指摘し、非難しました。
 私は国際問題を観察するに当たっては、できる限り事実に即して分析することを心がけ、主観を交えることを厳に慎むようにしています。しかし、アメリカのバイデン政権(及びこれに同調する日本を含む西側諸国)の異常を極め、もはや偏執狂ともいうべき対中ロ敵対アプローチを踏まえるとき、WHOがロシアに対して上記行動を取るのとタイミングをほぼ同じくして、中国のコロナ対策の転換を要求する発言を行った背景には、アメリカ以下の西側諸国の働きかけがあったとしか思えません。テドロス事務局長以下のWHOは、"コロナ・ウィルスは武漢研究所に起源がある"とする一方的な主張を行ったトランプ政権に対して、科学的証拠がないという立場を貫いた「輝かしい実績」があります。また、中国の「動態ゼロ」政策に対しては、WTOはこれまでむしろ評価する立場で発言してきたというのが私の理解です。
 それだけに、今回のテドロス以下のWHO事務局関係者の発言に、私は「ブルータス、おまえもか」という感慨を禁じ得ないのです。それにも増して、バイデン政権の対中政策はもはや「狂」の域に入り込んでいると判断せざるを得ないし、今や「何でもあり」のバイデン政権には背筋が寒くなります。
 実は、バイデンはアフガニスタンの前政権が米国内に保有していた資産(70億ドル)を凍結する大統領令に署名し、凍結資産の半分を9.11事件の犠牲者遺族への賠償に充てるという、常軌を失した、前代未聞の決定を行いました(2月12日)。ところが、EUのボレル対外代表は、これを「前例」として、対ロシア制裁で行った凍結資産をウクライナ復興に充てるという提案を行い、ウクライナのゼレンスキー大統領はそれに「悪乗り」しているのです。また、米国務省は最近、同省WSの米台関係の記述に関してとんでもない内容の「修正」を行っています。私が、今のバイデン政権は「何でもあり」というのは、そういう「目をむく」事態が次から次へと起こっており、しかも、強力な伝染力を持っていることを目にしているからです。この二つの問題についてもこのコラムで取り上げるつもりです。というより、今回のテドロス発言も、そうしたバイデン政権の「何でもあり」の無法ぶりに起因している(可能性が極めて高い)ことを言いたくて、このコラムとなった次第です。
 ちなみに、5月11日の中国外交部定例記者会見における記者の質問に対する趙立堅報道官の回答発言は次のとおりでした。
 中国の「動態ゼロ」の方針は感染ゼロを追求するものではなく、最低の社会的コスト、最短の時間でコロナを押さえ込み、人民の生命と健康そして正常な生産と生活の秩序を最大限に保障し、14億以上の中国人民の生命、安全そして身体の健康が保障されるようにするものである。皆さんに例を挙げよう。本年1月に天津でコロナが現れたとき、1000万の検体に要した時間は4.5時間、しかも、封鎖区域は商店、単元規模まで精確だった。
 中国のほとんどの地域、ほとんどの人々の生産と生活は正常であり、全国の感染率と死亡率は世界最低水準を維持している。雑誌『ランセット』に発表された論文は、コロナの大流行期間における過剰死は1820万人、過剰死亡率は120人/10万人と推計している。中国の過剰死亡率はわずかに0.6人/10万人である。…中国の防疫コントロール方針は歴史の検証を経ており、我々が執っている措置は科学的に有効なものだ。中国が世界でもっとも成功している国の一つであることは国際社会が一致して認めているところである。
 中国とアメリカの科学者のニュー・モデルに基づけば、中国が「動態ゼロ」政策を放棄した場合、コロナによる150万人以上の死者が出る、という。また、人口大国である中国が手を緩めれば、大量の高齢者が死に至るだろう。中国の「動態ゼロ」の方針は、高齢者及び基礎疾患がある人々を効果的に守っている。…最近、WTOの西太平洋地域オフィスの主任も中国の政策を肯定している。彼は、中国の防疫コントロール政策はダイナミックに更新され、コロナ対策の指針は不断に改定され、住民検査及び隔離方式も状況に応じて調整されていると述べている。