4月7日の中国外交部定例記者会見で、中国中央テレビの記者と趙立堅報道官との間でやりとりが行われました。記者が、「報道によると、4月6日にアメリカのイエレン財務長官は、中国大陸が台湾を「侵略」すれば、ウクライナを侵略したロシアに対して取ったのと同じような制裁を中国に対して行う能力と決意があると述べた。また、同じ日に国務省のシャーマン次官は、中国は、西側がロシア・ウクライナ問題において取った協調的対応から教訓をくみ取るべきである、すなわち、台湾を軍事力で奪いあげようとするいかなる試みも受け入れることはできないと表明した。コメント如何。」と質問したのに対して、趙立堅報道官は次のように答えました。

世界には一つの中国があるのみであり、台湾は中国の領土の不可分な一部である。台湾問題は中国内戦で残された問題である。いかなる方法で台湾問題を解決するかは中国の内政問題であり、いかなる外国も干渉する権利はない。主権と領土保全を守る中国人民の決意と意思は確固としたものである。我々は、最大の誠意と最大の努力を尽くして平和的統一を達成したいと願っているが、すべての必要な措置を執るという選択肢は保留する。それは正に、外部勢力の干渉と一握りの「台湾独立」分裂分子の分裂活動に対処するためである。
 台湾海峡情勢は今新たな緊張に直面しているが、その根本原因は台湾当局が一再ならず「アメリカに頼って独立を図る」ことにある。ところがアメリカの中には「台湾を利用して中国を押さえ込む」ことを意図するものがいる。米台は相互に結託し、ひどいものになると、問題の本質がまるきり異なる台湾とウクライナを同一視し、世論を惑わし、どさくさに紛れて漁夫の利を得ようとする者までいる。これは火遊びであり、自分で焼け死ぬ結果になるに違いない。
 イエレンとシャーマンの発言は、ロシア・ウクライナ戦争を利用して、トランプ政権時代にほころびが露わになった西側の再結束を自らの指導権で成し遂げ、さらにプーチン・ロシアをかつてなく厳しく追い詰めている、というバイデン政権の異様なまでの高揚感を示しています。だからこそ、中国に対しても、ロシアと同じ目に遭いたくなかったら、台湾を武力解放するなどと息巻かず、おとなしくしていろ、という脅迫の言辞が口をついて出てくるのだと思います。
 国内の支持率が40%と最低レベルに落ち込んでいるバイデン政権ですが、アメリカの「一極支配」を再現する戦略には余念がありません。この戦略の実現にとって邪魔になるのは経済大国・中国とともに軍事大国・ロシアの存在です。空前の制裁(SWIFT締めだし、在外資産凍結)、中立志向の国々に対する同調強要、果てはブチャ事件(ウクライナ側発表とタイミングを合わせた一斉ロシア批判キャンペーン)を利用して国連人権委員会からロシアを追放する異常な手段にまで訴える今のバイデン政権は、もはや常軌を逸しているとしか言いようがありません。そんなバイデン政権が次の標的を中国と見定めていることは疑いの余地がないところです。
 趙立堅が述べているとおり、ウクライナ問題と台湾問題を同一視することは法的に論外です。ロシアの対ウクライナ軍事侵攻は国連憲章第2条4違反であり、国際法違反です。台湾に関しては、「一つの中国」原則はアメリカ自身も承認する国際法であり、中台問題は中国の内政事項です。アメリカが口出しするいかなる名分もなく、ましてや制裁等の脅迫を行うなどもってのほかであるといわなければなりません。
 しかし、アメリカの身勝手な言い分は脇に置いて、ロシア・ウクライナ戦争(以下「戦争」)と軍事緊張が高まっている台湾海峡(以下「緊張」)を対比するとき、三つの重要な共通項を見いだすことができます。  第一、アメリカが国際約束を守らないことが「戦争」と「緊張」に共通する根本原因であること。
 CSCEヘルシンキ宣言(1975年)は「安全保障の不可分性」原則を規定しました。ソ連崩壊後のOSCE首脳会議でも、この原則は「イスタンブール首脳宣言」(1999年)及び「安全保障コミュニティを目指すアスタナ記念宣言」(2010年)に盛り込まれています。ところが、アメリカとNATOはこの宣言を無視して「東方拡大」を5回にわたって行い、その結果、ロシアの安全保障にとって死活的な対西側正面の緩衝地帯は、ロシアと緊密な関係のベラルーシを除けば、今やウクライナのみとなっています。
 ウクライナは、西側の支援を受けたオレンジ革命(2004年)後は政情が安定せず、2014年に親西側勢力が政権を支配(その結果、クリミアは住民投票を経てロシア併合を選択、東部2州は住民投票で独立を選択)、2019年にはNATO加盟を公約に掲げたゼレンスキーが大統領に当選しました。バイデン政権は2021年9月にゼレンスキー訪米を受け入れるなど、ウクライナのNATO加盟に好意的に反応してきました。
 これに対してロシアは危機感を強め、2021年12月に「不可分の安全保障」原則を前面に押し出し、ウクライナのNATO加盟を認めないことを内容とする条約・協定案をアメリカ・NATOに提起し、その受け入れを迫りました。しかし、アメリカ・NATOが言を左右にしてこれに応じなかったために、ロシアは最終的手段として、ウクライナから「中立化」の確約を獲得するための軍事侵攻に踏み切らざるを得なかったわけです。ウクライナのNATO加盟が実現していない状況下でのNATOの直接軍事介入はあり得ないことを、アメリカとNATOが繰り返し公言していたことを、ロシアは軍事侵攻の最終決断の際の考慮に入れていたことは間違いないと思います。
 以上から分かることは、アメリカが「安全保障の不可分」原則を遵守したならば「東方拡大」はあってはならなかったし、今回の「戦争」も起こり得なかったということです。
 「危機」に関しても同じことがいえます。アメリカが「一つの中国」原則を遵守し、台湾の帰属問題は海峡両岸の当事者が決めることであるという1972年の上海共同声明以来の立場を堅持し、蔡英文当局に対する支持・てこ入れなどの言動を控えてきたならば、今日の「緊張」という事態はそもそも起こるはずもなかったのです。
 ところが、中国を最大のライバル視するバイデン政権は、中国をたたくためには文字通り「手段を選ばす」、台湾問題にまで手を伸ばしたのです。台湾問題の機微な性質を知悉しているはずのシャーマン国務次官までが対中脅迫に加担する事態になっていることは、バイデン政権の国際法・原則軽視が今やとどまることを知らないまでになっていることを示すものです。
 第二、当事者であるウクライナと台湾の政治指導層の情勢判断能力の欠如(政治的無能)が「戦争」と「危機」を招いた(招いている)直接原因であること。
 ロシアと欧州との間に位置するウクライナの地政学的重要性については、戦略的思考に秀でたジョージ・ケナン、キッシンジャーなどがつとに指摘しているところです。ウクライナとしては、東西いずれの側にも立たず、中立を保つことによってのみ、国家・国民の安全ひいては繁栄を図ることができるのです。
 ところが、コメディアン出身で政治に素人であるゼレンスキーにはそうした戦略的思考・判断力が欠落しています。「政治責任は優れて結果責任である」(丸山真男)。膨大な人的・物的被害を引き起こしたロシアの軍事侵攻がもっぱら糾弾されていますが、そうした被害を引き起こした「戦争」を招いてしまったゼレンスキーの政治責任こそが問われなければならないのです。
 中国は、台湾の蔡英文当局が「一つの中国」原則を承認したいわゆる「九二共識」を確認しさえすれば、平和的に共存する用意があることを繰り返し表明しています。ところが、「台湾独立」に執着する蔡英文は、アメリカ(バイデン政権)及び日本(安倍晋三以下の自民党極右勢力)の支持・支援に頼って中国との対立・緊張を増幅することだけに執着し、最悪の事態(戦争)が台湾住民を見舞うことになる惨劇(=今日のウクライナ事態)を顧みようともしません。蔡英文のこの政治判断能力の欠如・政治的無能こそが「危機」の直接原因であることを世人は直視するべきです。
 第三、アメリカにとってウクライナも台湾も使い捨てのコマに過ぎないこと。
 アメリカは、ロシアとウクライナが停戦交渉に入ったときは「前途を楽観しない」と突き放す態度を取り、他方、ウクライナがロシアに抵抗する戦争努力に対しては兵器供給を惜しまないで積極的に支持しています。その狙いはロシアをとことん追い詰めることにあることは明らかです。とはいえ、アメリカとNATOの直接軍事介入はしない(「出血サービス」はしない)という一線を崩さない。要するにウクライナというコマを貪欲に利用することに目的があり、ウクライナ問題を政治的平和的に解決するという発想はないのです。
 台湾についても同じです。1950年から今日まで一貫しているアメリカの対中戦略の要諦は、中国による台湾統一を妨げ、台湾を対中牽制・掣肘材料として「手元に確保する」ことです。したがって、「独立志向」の蔡英文当局は極めて利用価値が高い、「使い勝手のよい」コマということになります。しかし、20世紀当時とは異なり、今日では台湾海峡における軍事バランスは圧倒的に中国に傾いていることをアメリカも認めざるを得ません。「不戦不和」を維持することがアメリカの狙いです。したがって、蔡英文当局も使い捨てのコマであることには変わりありません。
 このコラムを書いているさなかに、米下院議長のペロシによるアジア訪問の一環としての台湾訪問の報道が流れました。その後、彼女がコロナ陽性判定を受けたためアジア旅行そのものが先延ばしになったということで、台湾訪問もとりあえず沙汰止みになりました。ペロシはハリス副大統領に次ぐ大統領職継承者の立場にあります。そのような人物が台湾を訪問するとなれば、米中関係の根幹を揺るがす事態になります(ペロシが感染を理由に旅行を見合わせたことについて様々な憶測が流れるゆえんです)。
 4月7日に王毅外交部長は、フランスのボナ大統領外交顧問との電話会談の中で、次のような重大関心・決意表明を行いました(中国外交部WS 7日23時23分←時間に注目)。
 王毅は次のように指摘した。現下の国際情勢は激動の度を増している。アメリカは、ウクライナ問題で一国の主権と領土保全を強調するが、台湾問題では「一つの中国」というレッド・ラインを公然と踏みにじっており、これは露骨極まる二重基準である。アメリカ下院議長が仮に悪いと分かった上で台湾を訪問するならば、中国の主権に対する悪意ある挑戦であり、中国の内政に対する乱暴な干渉であって、対外的に危険極まりない政治的シグナルを発出することになる。アメリカ側が独断専行するならば、中国は必ず断固とした反応を取ることとなる。その一切の結果はアメリカが負うこととなる。
 憶測ですが、ペロシの旅行計画が突然取りやめになったのには、この王毅発言の断固としたメッセージが影響した可能性は大きいと思います。9日付(ウェブ掲載は8日23時55分)の環球時報社説「ペロシらが直す必要があるのは「反中偏執症」の方」(中国語原題:佩洛西们更需要治的,是"反华偏执症")は、重要なことは旅行延期の理由云々ではなく、「延期」ではなくて「取り消す」ことだとし、「アメリカ側が独断専行するならば、中国は必ず断固とした反応を取ることとなる。その一切の結果はアメリカが負担することとなる」という王毅発言を引用した上で、次のように述べています。
 ペロシはアメリカのナンバー3の政治人物であり、中米関係における台湾問題の敏感性と重要性とについては熟知しているはずであり、その政治的身分を以て台湾を訪問することが持つ意味合いについても完全に理解しているはずである。それはすなわち、ことは中米政治の根幹が安定的であるか否かのもっとも核心的テーマであるということであり、ペロシ訪台となれば、中米関係の安定を強烈に直撃し、台湾海峡の平和を破壊するということだ。ペロシが今に至るまで台湾訪問の具体的アレンジについて公に認めておらず、様々な観測球を投げていること自体、ワシントンが問題の敏感性を完全に理解している証拠である。
 バイデン大統領が「4つのしないと1つの意思はない(中国語:"四不一无意")」(新冷戦を求めない、中国の体制の変化を求めない、同盟強化を通じて中国に反対することはしない、台湾独立を支持しない、中国と衝突を起こす意思はない)というコミットメントを述べてから1ヶ月もたたないうちに、ワシントンは台湾向け武器売却を動かし、ペロシ訪台という爆弾的ニュースを流した。アメリカの対中政策の欺瞞性、両面性は余すところなく暴露され、台湾問題における「サラミスライス」的アプローチがますます加速している。中米関係の現下の最大の問題の一つはアメリカの信用問題ということであり、台湾問題は今や中米間の最大の火薬庫になっている。
 中国を「アメリカ最大の戦略的競争相手」と見なすワシントンの政治屋たちにとって、台湾カードは極めて使い勝手がよく、しかも民進党当局といういいように動く「カモ」もいるので、このカードを打つことで中国大陸に対しては騒ぎを起こし、民進党からは大いにカネを稼ぐことができると感じているようだ。しかも、国内選挙において低迷しているときでもあり、台湾問題で中国に強く出ることで選挙民をだまし込むこともできるかもしれない。ワシントンはこうした目先のせせこましい動機に駆られて、一つの中国政策に揺さぶりをかけ、台湾海峡さらには中米関係に巨大なリスクを積み増そうとしている。
 「台湾で中国を押さえ込む」ことを妄想する政治屋どもは、米台が結託して「反分裂国家法」が指摘する3つのレッド・ライン(浅井注:①「台独」勢力がいかなる名目・方法であれ、台湾を中国から分裂させる事実を作り出した場合、②台湾が中国から分裂してしまう事態を導く重大な事変の発生、③和平統一の可能性が完全に失われること)のいずれか一つにでも触れるようなことがあれば、中国大陸の反応は怒濤を蹴散らすものとなり、火を弄んで自ら焼け死ぬ結果になるだけだということを理解しておかなければならない。
 昨年(2021年)、米議員が3回訪台したことで、解放軍のデタランス行動は次第に強化され、ますます実戦に近づいた。「台独」勢力の首にくくりつけた縄はますますきつくなっており、ペロシらはさらに絞首刑台にまで足を踏み込もうとするのだろうか。今のワシントンは政治の極端化の深淵にはまり込んで自らの力ではそこから抜け出すことができなくなっており、その決定の多くは極端な世論によって理性を失っている。しかし、中国大陸のレッド・ラインはワシントンが「クレイジー」になっていることで一歩たりとも後退することはない。中国大陸が発出するシグナルについては、米台当局は一字一句を理解し、一つの句読点とも見逃してはならない。
 ペロシはすでに82歳の高齢であり、早く回復することを希望する。しかし、ペロシはコロナ・ウィルスを治療するよりも、「反中偏執症」を治療する必要があるだろう。病的な反中者は歴史の罪人になるだけであり、無情な罰に会うことになるに違いない。
 以上の環球時報社説を紹介したのは、冒頭で引用紹介したイエレン、シャーマンの発言が如何に中国に対する無知に基づくものであるかを示すためです。中国はアメリカのロシアに対する総掛かり攻撃でびくつくような「ヤワな存在」ではなく、ましてやアメリカのこけおどしで腰を抜かすような「ベタな存在」でもありません。アメリカのへっぴり腰の対中脅迫は何の意味・効果もないのです。