中国でオミクロン株による感染拡大が広がり、特に最大都市である上海における感染の急拡大が止まらないことが報道されるようになりました。日本を含む西側メディアに共通する特徴は、中国が一貫して取っている「ゼロ対策」(ただし、中国は「完全ゼロ」をいっているのではなく、国外からの持ち込み(ヒト・モノ)によって感染者が発生することは避けようがないが、感染者を徹底的に隔離・治療し、感染源を断ち切ることで「感染者ゼロ」の状態を動態的に維持するという方針であり、これを「動態ゼロ」戦略としています)は社会的、経済的に過大な負担をもたらすからいい加減諦めたらどうか、という皮肉を込めた報道ぶりが目立つということです。2,3日前の朝日新聞の記事では、"習近平指導部が「ゼロ」対策に執着しているために、身動きできなくなっている"(うろ覚えですが)というようなまことしやかな「観察」まで行われていました。
 しかし、中国国内では、政府だけではなく、疫学関係の専門家を含め、「動態ゼロ」戦略は人命尊重にもっともふさわしい対策である(ゼロ対策だったニュージーランドでは、3月にその方針を諦めた後、コロナによる死者数が増大している)とともに、経済的にいってももっとも効率的・効果的な対策であることが過去2年余の実績が証明しているところであり、今後もこの戦略を堅持するべきだという認識が共有されています。
西側諸国や日本が「ウィズ・コロナ」であるのは、「ゼロにはできない」という諦めが先だったものであり、人命尊重の大原則からいって邪道であることは明らかです。ところが、メディアはその現実を「動かしがたい所与」のものであると受け入れ、中国が堅持している「動態ゼロ」戦略にケチをつけなければ気持ちが収まらない「居直り」であり、本末を転倒した卑しい発想だといわなければなりません。日本を含む西側報道のいい加減さを見過ごす気持ちにはなれず、中国のオミクロン株に関する興味ある報道をまとめて紹介しようと思い立った次第です。
2021年のデルタ株との戦いでは見事な成果を成し遂げた中国の「動態ゼロ」戦略ですが、オミクロン株の前に確かに苦戦しています。4月2日付の北京青年報は、国家衛生健康委員会の二人の責任者の発言として、次のように伝えました。

 3月は世界的な大流行がまだ続いており、しかも周辺国・地域では爆発の勢いであり、そのために中国においても発症者と無症状感染者数が急速に増えている。しかも、感染者は中国の多くの地域で発生しており、地域によっては感染を封じ込めておらず、他の地域に拡散するケースも報告されており、情勢は複雑かつ厳しい。
 3月1日から31日までの本土における発症者数は103965人に達し、29省に及んでいる。その内訳だが、吉林省と上海市は1万人以上の発症者を出している。吉林省はまだ拡大段階にあり、累計感染者数は44000人を越えている。上海市は感染が急速に広がっている段階で、累計感染者数は36000人を越え、他省にまで感染が広がっている。吉林省と上海市だけで新規感染者数の90%を占めている。そのほかに、感染者数が1000人を越えたのが5省、100ないし1000人が12省である。山東、江蘇、浙江(3月に発症した249人の9割が省外から持ち込まれた)の状況は改善に向かっているが、遼寧省瀋陽、河北省唐山、福建省泉州では地域的感染の広がりのリスクが依然として高い。北京は、直近5日間の感染者はすべて監視対象者の中から出たものであり、状況は全体として落ち着いてきた。
 4月2日付の中国新聞網は、4月1日に国家衛生健康委員会が全国テレビ電話会議を開催し、コロナ対策について話し合われた内容を次のように伝えました。
 会議は、断固としてコロナの拡散を抑え込み、感染源を断ち切ってゼロにする目標を実現することを要求した。会議は、気の緩みやマヒを克服し、感染の広がりを断ち切ることを強調した。会議は「抗原検査+PCR検査」(注:3月中旬から、感染者の発見を促進するための補助手段として、個人が抗原検査を行う方針が出されました)によって、発見を臨機応変かつ機敏に行うことを提起した。会議はまた、感染者と濃厚接触者を隔離する備えを強化し、大規模発生に対処する能力を高めることを要求した。リスクがある地域に対する管理を徹底し、濃厚接触者及び'濃厚接触者の濃厚接触者'全員を集中隔離して「抗原検査+PCR検査」を迅速に進め、感染者については疫学調査を即日完了し、病状に基づいた適切な治療を行うことを指示した。
 同日(4月1日)行われた国務院聯防聯控機構の記者会見では、濃厚接触者と軽症者・無症状感染者を同じ施設で隔離観察してはいけないことが強調されました。なぜならば、軽症者及び無症状者と異なり、濃厚接触者は感染したことが確定しているわけではなく、両カテゴリーの者を同一施設に隔離することで感染者を増やしてしまうリスクがあるからです。また、軽症患者に関しては病院に収容する必要はないものの、医師の監督・観察の下に置かなければならないことも強調されました。ちなみに、日本では多くの感染者・発症者を「自宅隔離」にしていますが、中国は、濃厚接触者、無症状者、軽症者を含め、全員が社会的に隔離されます。ただし、無症状者及び軽症者については医療施設に入院する必要はないとされています。
  また、上記会議で指摘された「気の緩みやマヒ」に関しては、該当する責任者の懲戒処分に関する報道も増えています。3月27日付の北京青年報は評論員による「今日社評」で次のように指摘しました。
 地域によっては、オミクロン株による感染者の症状が軽く、インフルエンザ並みだとして、気が緩んで準備不足となり、また、陽性者を発見した後の対応が緩慢、処置が不適当ということで、感染の急速な蔓延を招いている例がある。また、これまで発生が少なかったことで「ちょっと休もう、ゆっくり行こう」という心理が働き、常態化防疫における要求基準が緩やかになってしまい、感染者が現れたときには対応が遅れてしまったという地域もある。さらにまた、以前の小規模感染の際の対応で成果と経験を得たことで満足してしまい、他の地方における対策に学ぶことを軽視し、「すわ鎌倉」となったときに後手に回ってしまっている地方もある。
中国国内でも、①諸外国がオミクロン株に対する対応を大幅に緩めていること、②西側メディアが中国の厳しい対策は経済活動を阻害すると批判していること(中国のネット・ユーザーを中心に、こういう報道をもとに政府の対応を批判する声が上がっているとのこと)、③オミクロン株による症状が軽くインフルエンザ並みであるという受け止め方を根拠に、中国政府が堅持している「動態ゼロ」戦略を疑問視する声が上がっているようです。このような疑問の声に対して、政府及び公的メディアはもちろんですが、専門家もそうした声を戒める発言を積極的に行っています。例えば、私がこのコラムでたびたび紹介してきた疫学エキスパートの呉尊友は3月26日付の新華社とのインタビュー形式の記事の中で次のように語っています。
 4つの面から今回の状況の深刻性、特殊性及び特徴を指摘することができる。
 まず、今回の状況については、国際的背景の下で考える必要がある。現在、西太平洋地域で大流行しており、それによる外からのコロナ持ち込み圧力が明らかに増大している。
 次に、今回の流行の主因であるオミクロン株に関しては、感染力が強く、潜伏期間は短く、無症状者及び軽症者の比率が大きいという特徴がある。そのことは、速やかな発見を難しくしており、対処をより難しくしている。
 第三に、1年前はほとんどの人が免疫力を備えていなかったが、現在ではワクチン接種により90%の人が一定の免疫力を持っていて、感染しても軽症あるいは無症状の者が多い。それは個々人にとってはいいことだが、対策を取る側から言うと、発見がより難しくなっているということを意味し、対策上の困難を増やしている。
 第四に、無症状感染者の及ぼす影響が1年前と現在とでは大きく違うという問題もある。1年前は無症状者が少なく、感染拡大に大きく影響しなかったが、今は大量の無症状者あるいは軽症者がいて感染拡大に大きく影響し、対策を難しくしている。
 我々は「動態ゼロ」の方針を堅持するが、その実現は以前より困難を増しており、発見から対処までの各段階でますますスピードを重視することが求められている。
 このように今回の事態がもたらされた原因を分析した呉尊友は、4月2日付の北京青年報で「動態ゼロ」戦略を堅持するべきであるとして、次のように述べています。
 オミクロン株による感染では無症状者の割合が高いことは事実だが、感染力が強く、短時間で大量の感染者を生む結果、死亡者の絶対数はやはり多くなっている。諸外国のデータから分かることは、オミクロン株流行期の死者の絶対数は、デルタ株流行期よりも多いことだ(注)。オミクロン株はやはり危険であることが分かる。したがって、やはり短期決戦で抑え込まなければならない。中国の実践から証明されていることは、動態ゼロが依然としてもっとも経済的で、もっとも有効な対策であるということだ。
 これまでの2年あまりの防疫経験とその間に得られた新たな知見により、中国は今回も「動態ゼロ」を実現できると考える。オミクロン株対策上の困難性から動態ゼロ実現がより難しくなっており、より時間がかかるようになったことは確かだが、'厳しく、実効的に、かつ速やかに'という方針を防疫対策のすべての段階で貫くことで、動態ゼロ目標を実現することは必ず可能である。
(注)呉尊友は、『中国紀検監察雑誌』とのインタビューの中で、より具体的に次のように述べています。
 関係国が2021年8月~10月のデルタ株の主流時期及び2021年11月~2022年1月のオミクロン株主流の時期とを比較したところ、致死率は確かに下がったが、死者数はより多くなった。また、香港では2月中旬以来オミクロン株が流行しているが、死者数は多い日には300人を超し、現在も相変わらず200人前後である。コロナとインフルエンザは違うということが分かるだろう。
 中国は人口大国であり、仮に致死率は非常に小さい数字であったとしても、それに人口14億人を掛け合わせると、絶対数は極めて大きくなる。動態ゼロをやり遂げてのみ禍根を断ち切ることが可能となり、医療資源に対する圧迫も回避することにつながるし、高齢者及び基礎疾患を持つ人々が数多く亡くなるという事態を回避することができる。