「共同富裕」という概念は中国独特のものだと思います。中国側の文献によりますと、古代思想の中にすでにその共同富裕につながる思想を見いだすことができるそうです。また、中国共産党の創始者(陳独秀、李大釗)の言説の中には、明らかに社会主義思想としての位置づけで「共同富裕」的な発言があった(李大釗:「社会主義とは、生産、消費、分配をバランスよく発展させ、人々が平均した供給を享受し、最大の幸福を得ることである」)ことが確認されています。とは言え、「共同富裕」という概念を正面から提起したのは毛沢東でした。私が個人的に興味深かったのは、土地所有に強いこだわりを持つ中国農民に対して集団化農業の道を納得させるために「共同富裕」という概念が持ち出されたことを知ったことでした。
 集団化運動は人民公社の失敗で頓挫し、1978年以後、再び個々の農民・農家の勤労意欲を引き出すための「生産請負責任制」が公認されました。土地そのものについては「集体所有制」が採用されます。何度もお話ししてきたように、中国では「集体」と「集団」とは明確に異なる概念です。「集体」は「個」の存在を前提とし、「個」が集まったものという意味です。「集団」は「個」の概念を捨象した「全体」に着目する概念です。「集体所有制」の土地であればこそ、21世紀に入ってから、土地や「企業」に対する農民・農家の「持ち分」を前提にした、農業・農村・農民の「三農」政策の新たな展開が可能になっているのではないかと、今回レジュメを作りながら得心できました。
 誤解を恐れずにたとえると、個々の農民(あるいは農家)は「集体所有」の土地・「企業」について一種の「株式」的な持ち分を有していると考えることができます。私たちが常識的に理解するように、株は財産ですし、様々な取引の対象とすることができます。今日の中国の都市と農村との所得格差を生み出している最大の要素は、土地、住宅、「企業」の資産価値の違いにあります。都市経済は市場経済化しており、土地、住宅の資産価値も市場によって決まります。ところが、市場経済が未発達な農村の土地、住宅に関しては、その資産価値が低い状態のまま据え置かれているというわけです。
 したがって、農民・農家が持っている土地・住宅・「企業」に対する権利(持ち分)を市場化することでその資産価値を活性化させるとともに、都市と農村の融合的発展を促すことによって、土地及び住宅に関する価値の城郷間の格差をも市場を通じて解消していく、これが、習近平・中国が意識的に取り組もうとしている三農政策における大きな柱の一つだということを今回学びました。もちろん、共同富裕の中身はそれだけではなく、様々な方向性が追求されようとしています。様々な生産要素を市場経済化することを通じた三農政策が行われつつあることを確認したいと思います。
 なお、習近平が鳴り物入りで「共同富裕」をぶち上げたとき、「富裕層を狙い撃ちにするのか」といった類いの報道・解説が日本・西側のメディアを賑わせました。しかし、それは針小棒大の捉え方であるか、あるいは、習近平発言をしっかり読み込んでいないことによる誤解です。そうした点についても、今回は確認したいと思います。「共同富裕」の基本はあくまでも「勤労によって富に至る」('勤労致富')です。  前2回は、「はじめに」の部分で時間を多く取り過ぎて、レジュメの説明が上っ面で終わってしまいました。今回は、レジュメに即してお話しを進めていきたいと思います。
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共同富裕と農業・農村