昨日(3月20日)、「東アジアの平和に対するロシア・ウクライナ紛争の啓示」と題する中国のシンクタンク主催のオンライン・シンポジウムに出席して発言するとともに、中国側出席者の発言からいろいろ学ぶことがありました。
2月25日の中ロ首脳電話会談で習近平主席はプーチン大統領に対して、「ウクライナ問題そのものの是非曲直に基づいて中国の立場を決定する」と述べ、王毅外交部長はその趣旨について、「第一、中国は、各国の主権及び領土保全を尊重、保障し、国連憲章の精神と原則を忠実に遵守することを主張する。この立場は一貫しており、明確であって、ウクライナ問題にも同様に適用される。第二、中国は共同、綜合、協力、持続可能な安全観を唱道する。一国の安全は他国の安全を犠牲にしてはならず、ましてや地域の安全は軍事集団の強化、拡張によって保障しようとしてはならない。冷戦思考は徹底的に放棄するべきである。各国の合理的な安全上の関心は尊重するべきである。NATOの連続5回に及ぶ東方拡大のもと、ロシアの安全に関する正当な訴えを重視し、適切に解決するべきである。」と説明しました(2月27日付コラム参照)。
 中国側発言から確認したのは、次の諸点でした。
 第一、国連憲章の精神と原則の遵守の立場からは、今回のロシアのウクライナに対する武力侵攻は容認できないこと。これは当然のことですが、中国側からは、ロシアの行動はまったく予想外だったという感想が異口同音に示されるとともに、その行動は認められないという発言が続きました。
 第二、他国の安全を犠牲にすることは許されないという発言は、NATOの際限のない東方拡大がロシアの安全を脅かすに至っていることが今回の問題の根本原因であるという判断に基づくものであること。
 第三、中国は住民投票の結果を理由にクリミアをロシア領に編入した2014年のロシアの行動にも反対であること。中国側発言者はこれも国連憲章にかかわる問題と説明しましたが、同時に、台湾問題への波及を考えた上でのことであることも隠しませんでした。中国がロシアのクリミア併合を認めた場合、台湾が住民投票で独立を決定する可能性に「道を開けてしまう」可能性があるからです。
 もう一つ興味深かったのは、ある中国側出席者が、中国台頭による米中関係の国際政治に対する影響力の増大が様々な問題を生み出すという可能性に言及した際、朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)は「チャンスが到来したと思っている」と口にしたことでした。彼はその意味を更に説明することはありませんでしたので想像をたくましくすることはできませんが、「様々な問題を生み出す」という脈絡においての発言ですから、最近のミサイル発射実験のような朝鮮の行動を「問題」として捉えていることは間違いないと思います。
 ウクライナ問題の展開が今後の国際関係に及ぼす影響について、中国が深刻に憂慮していることもはっきり伝わってきました。一つは、アメリカ・西側がプーチン・ロシアに「退路を与えない」形で情け容赦なく攻め立てているが、戦争が長引けば長引くほど、プーチンが切羽詰まった決断に直面する可能性があることです。中国側発言者の一人は、ロシアが核兵器保有国であることをアメリカは真剣に考えて行動しなければならない、と述べたのが印象的でした。
 もう一つは、アメリカ・西側のロシアに対する経済制裁(SWIFTからの締め出しとロシア資産凍結)はいまだかってないものであり、資本主義においてもっとも重視される大原則・「財産権の尊重」を自らかなぐり捨てるものであって、その及ぼす影響ははかりしれない、ということです。ただし私から、アメリカはすでにイランとの核合意(JCPOA)から一方的に脱退した後、イランに対してまったく同じことをしているわけで、トランプ時代以後のアメリカは、もはや資本主義の大原則であろうとなかろうと目的のためには手段を選ばない「ならず者国家」になっており、ロシアに対してもその無法ぶりがより顕著に表れていると見るべきではないかと指摘しておきました。
 以下は、私がシンポジウムで行った発言です。時間の制限もあったので、言及しなかった部分もありますが、ここでは全文を紹介します。

1.ロシア・ウクライナ紛争が東アジアの緊張に与える影響

(問題の所在の確認)
 ロシア・ウクライナ紛争に関しては、①ロシアがウクライナに対して武力侵攻を起こしたことをどう見るかという問題、②ロシアが今回の行動を起こすに至った(起こすことを余儀なくされた)原因は何か、という二つの問題があります。アメリカ以下のいわゆる西側諸国(残念ながら日本を含みます)はもっぱら前者を問題視し、ロシアの行動は国際法が禁止する侵略であると断じて、ロシアを糾弾しています。
正直に言いまして、ロシアが今回の行動を起こした直後はいささかショックを覚えました。ロシアは中国とともに、国連・国連憲章を中心とする民主的な国際関係・秩序の確立を一貫して主張してきたわけで、ロシアの今回の行動は、自らの立場を根底から覆すものだったからです。
 しかし、私は、ロシアがウクライナに対する軍事侵攻を起こす前に、アメリカとNATOに対して行っていた外交努力(特に2021年12月の「不可分の安全保障原則」を具体化する安全保障に関する協定の提案)をフォローしていました。簡単に言えば、アメリカとNATO諸国はロシアに対してくり返し「安全保障不可分原則」を約束、確認してきたにもかかわらず、5回にわたる東方拡大と旧ソ連邦諸国におけるいわゆる「カラー革命」によって、ロシアの安全保障にとって死活的な「緩衝地帯」を次々と奪いあげ、今や残っている緩衝地帯は事実上ウクライナのみになっています。そのウクライナは、2014年以来「NATO加盟」を標榜する親西側の政権に支配されてきました。ロシアがアメリカに対して、東方拡大をウクライナまで広げないことの確約を求める安全保障協定の提案を行ったのは、ウクライナだけは緩衝地帯として確保したいロシアのギリギリの要求でした。ところが、アメリカとNATOはロシアの提案に応じませんでした。「時間はロシアに味方しない」と判断したロシアはウクライナ軍事侵攻に踏み切るまでに追い込まれた。それが私の判断です。
 つまり、アメリカとNATOが「安全保障不可分原則」を遵守せず、「東方拡大」を無制限に推し進めてきたことが、ロシアのウクライナ軍事侵攻を不可避ならしめた根本原因だということです。アメリカとNATOがロシアの今回の提案を受け入れ、「緩衝地帯としてのウクライナは残しておく」と確約さえしていれば、今回の軍事侵攻は回避できたはずでした。重要なことは、今からでも、アメリカとNATOがロシアの提案を受け入れさえすれば、ロシアは軍事侵攻を終了する用意があるということです。今回の問題を作り出した張本人・元凶はアメリカとNATOであり、問題解決の真のカギを握っているのもアメリカとNATOです。
 ちなみに、私の立場は、「中国は一貫して各国の主権及び領土保全を尊重している。同時に我々は、ウクライナ問題には複雑で特殊な歴史的経緯があり、ロシアの安全問題上の合理的な関心を理解する必要があることも見届けている。中国は、冷戦思考を徹底的に放棄し、対話と交渉を通じて、バランスのとれた、効果的な、持続可能な欧州安全保障メカニズムを最終的に形成することを主張する」(2月24日の王毅外交部長のラブロフ外相との電話会談での発言)とする中国の基本的立場と同じです。
 なお、ロシアの軍事侵攻を非難する国連総会決議は、141カ国の賛成で可決されたことが大きく報道されました。しかし、私は、BRICSメンバーである中国、インド、ブラジル、南アフリカを含めて35カ国が棄権票を投じたことの重みを無視するべきではないと思います。
(東アジアの緊張に与える影響)
 私は、ロシア・ウクライナ紛争に関する表面的な問題と根本的な問題に関して、国際社会が冷静かつ正しい認識を備えているならば、ロシアだけが一方的に非難・批判・糾弾され、問題の張本人・元凶であるアメリカ・西側がロシアを徹底的に叩きのめそうとする行動の真の危険性が見逃されるはずはないと思います。しかし、国際社会が全体として正しい認識を備えるに至っていないことにこそ、東アジアを含む国際社会の深刻な問題があると判断します。国際社会、特に国際世論が正しい判断を持ち得ない限り、アメリカ・西側の意図を見破ることはできず、アメリカ・西側の思い通りに動くことになってしまいます。
また、米ソ冷戦終結後の国際支配を固定化したいアメリカは、東アジアにおける緊張原因(朝鮮半島核問題、台湾海峡問題、南海問題等)についても、国際世論をバックにして今後更に攻勢を強めてくることが十分に予想されます。したがって、私たちが考えなければならない問題は、国際社会と国際世論の関係性について冷静な判断力を持つことだと思います。
○国際社会
 21世紀の国際社会は20世紀までと同じく主権国家を主な成員としており、民主的な国際関係は主として主権国家の対等平等性・共存共嬴(ウィン・ウィン)を基本として成立します。中国(及びロシア)は、国連を中心とする国際システム、国連憲章を中心とする国際法秩序の確立を唱えています。この主張は途上国を中心とする非同盟諸国も一貫して唱えており、国際社会の多数派を占めます。中国(及びロシア)は、上海協力機構(SCO)、BRICS、「一帯一路」・「ユーラシア経済圏構想」などを通じて、民主的な国際システム・国際秩序の形成・確立に意欲的に取り組んでいます。東アジアでは、朝鮮半島非核化に向けた中ロ両国の取り組み、南海問題に関する中国とASEAN諸国の共同の取り組みがあります。
 これに対してアメリカは相変わらずゼロ・サムの冷戦思考にしがみつき、アメリカによる「一極支配」に執着しています。さらに今回のロシア・ウクライナ危機が示したことは、ロシアに対する欧州諸国の警戒感の根深さであり、そのために欧州諸国の大半がアメリカに同調してしまうという事実でした。特にアメリカは「ルールによる国際秩序」を掲げ、国連憲章に基づく民主的な国際関係を「力が支配する」国際関係に押し戻そうとしています。東アジアでは、朝鮮半島、台湾海峡、南海いずれについても、中国を封じ込め、孤立化させることに余念がありません。
 世界的にも東アジアにおいても、中国(及びロシア)とアメリカ(及び西側)が国際秩序のあり方を巡って対立する構造がますます明確になっていくことが21世紀国際社会の大きな流れになると、私は判断しています。そして、以上に述べたことから明らかなとおり、かつて中国内戦で「農村が都市を包囲した」ように、国際社会では「途上国が先進国を包囲する」状況が歴史的な流れだと判断します。「時間(歴史)は明らかに民主的国際秩序を志向している」ということです。
○国際世論
 しかし、ロシア・ウクライナ紛争が示したことは、アメリカ・西側のメディアが国際世論を圧倒的に支配する状況は変わっていないという厳しい現実でした。長い間国際情勢を観察してきた私は、西側メディアはかつてアメリカ・西側諸国の政権に対して厳しい批判力を持っていたのに、米ソ冷戦終結後は批判力を失い、体制に埋没する傾向を強めているという印象を受けています。その原因は多岐にわたるでしょうが、「アメリカは冷戦でソ連に勝利した」という決定的に間違った判断を、西側メディアが権力と共有してしまっていることに最大の原因があると思います。その結果、西側メディアは権力のゼロ・サムの冷戦思考を共有し、アメリカの支配に対抗・抵抗する国々を軒並み、「全体主義」「権力主義」「専制主義」とレッテルを貼り、批判と排除の対象にすることになってしまいました。しかも、西側メディアは国際世論形成に圧倒的な影響力・組織力を握っています。「西側世論=国際世論」の構図が生まれる所以です。
 残念なことは、中国をはじめとする途上諸国メディアの国際世論形成力が今日もなお微力であるという事実です。今回のロシア・ウクライナ紛争に際しても、西側メディアと途上諸国メディアの国際世論形成力の強弱がそのまま、「ロシア=悪、アメリカ=善」という構図の支配に結びついてしまいました。警戒しなければならないことは、この構図の支配は東アジアにおいても当てはまる可能性が大きいということです。
 朝鮮半島では、大統領に当選した尹錫悦(ユン・ソギョル)が親米傾向をあからさまにしていますし、日本との関係改善に対しても意欲的です。今後、米日韓対中ロ朝の対立構造となる可能性は大きいと考えざるを得ません。南海問題では、中国・ASEAN共同の取り組みに揺さぶりをかける材料が増えています。QUAD、AUKUSを牽引し、ASEAN諸国の結束を乱そうとするアメリカの狙いは誰の目にも明らかです。台湾海峡問題では、「民主派」蔡英文当局に対する実質的支持を強めるアメリカの露骨な動きがあります。しかも、アメリカを中心とする西側メディアは「中国=悪、アメリカ=善」の構図を宣伝することに徹底しており、中国を除く東アジア諸国メディアの論調も総じてこれに追随しています。つまり、東アジアの「国際世論」について楽観を許す材料は明らかに不足しているということです。私たちは、如何にして西側メディアの国際世論形成力・支配力を打ち破るかという難題に直面しています。
○ロシアと中国の比較
 ロシアとウクライナの和平交渉が妥結して紛争が早期に終結することが望まれますが、仮にウクライナの抵抗で長期化する場合には、最終結果を楽観することはできません。仮に、アメリカ・西側が描いているような方向で事態が進むことになれば、それに「味を占める」アメリカが東アジアを舞台に中国に対しても「難癖をつける」可能性が十分にあると思います。
 18日付の環球時報で鄭永年教授が指摘しているとおり、ロシアと比較した場合の中国の強み(レジリエンス)は、中国経済が世界経済の中心に不動の位置を占めていることです。40年以上にわたって対外開放を進めてきた中国経済の強みは、世界最大の製造業の中心としての圧倒的存在力・競争力、14億の人口を擁する国内市場としての魅力です。ロシアは、アメリカ・西側の経済制裁、企業撤退、ドル資産凍結、SWIFTからの締め出し等によって苦しめられていますが、中国に対して同じ手が通用するとは考えられません。ただし、ロシアに対して行っているように、アメリカがメディアを総動員して国際世論による対中包囲網を形成し、中国の国際的立場を弱めることに全力を傾ける可能性は排除できません。その時に東アジア諸国が国際世論の圧力にどこまで抵抗して対中自主性を維持できるかどうかが東アジアの国際環境を左右することになると考えます。

2.ロシア・ウクライナ紛争発生後の日本の政治・社会の動向と問題点

(ロシア非難・批判一色に染まった日本)
 伝統的にロシア(ソ連)に対して悪いイメージが支配する日本の政治・社会がロシアのウクライナに対する武力侵攻に対してロシア非難・批判一色に染まったのは、予想範囲内のことでした。しかし、一定の肯定的評価を得ている学者、研究者、ジャーナリストまでが一方的な非難・批判の側に組みする姿を見て、私は日本の政治・社会の根深い病理を改めて思い知らされました。ただし、私は冒頭で紹介した問題意識を自分のHPで何度も紹介してきていますが、HPへのアクセス数が急増したのは意外でした。ロシア非難・批判一色の日本政治・社会の現状に納得しきれない人も少数でもいるということを確認できるのは、個人的には嬉しいことです。
 日本の政治・社会に詳しい中国人の方はよく理解しておられることですが、日本の政治・社会の際立った病理の一つは、「赤信号一緒に渡れば怖くない」という集団心理の働きが極めて強いということです。ロシア非難・批判一色に染まったのはその典型的現れです。今日の日本の政治・社会を支配している反中・嫌中ももう一つの現れです。1989年の天安門事件以後、日本人の中国に対するイメージが急激に悪い方向に向かってきたという事情があり、そこに「巨大な中国が目の前に現れた」ことを素直に消化できない複雑な感情が合わさって、反中・嫌中・親台としての集団心理が自己主張する形を取ることになっているのです。
 ちなみに、「鬼畜米英」を唱えていた日本人が敗戦と米軍による占領を契機に一夜にして「徹底親米」に豹変したことはよく知られています。この現象も集団心理の働きを抜きにしては理解不能なことです。ちなみに、アメリカに対する印象に関する内閣府による世論調査結果は、ほぼ一貫して80%前後の日本人がアメリカに対して好感を持っていることを示しています。直近(2021年)の調査では実に88.5%です(ちなみに、ロシアについては13.1%、中国は20.6%でした)。しかも、日本のメディアは圧倒的にアメリカ・メディアの影響力の下にあります。したがって、アメリカ発のロシア情報が垂れ流しかつ土砂降りで入ってきて、日本の政治・社会を徹底的に洗脳しているというわけです。
 日本の戦後の政党政治は、「保守対革新」の構図が1970年代までは曲がりなりにも機能していました。当時の革新勢力は総じて反米(少なくとも批判的)であり、中国、ロシアに対しては好意的、少なくとも理解したいという気持ちを基本的に維持していました。しかし、国民意識の保守化を背景に野党の保守化も進行し、領土問題では自民党顔負けの主張もするなど、ロシアそして中国に対して「強硬さ」を競い合う状況が生まれています。
(ロシア・ウクライナ紛争発生後の日本の政治・社会に現れている新たな問題点)
 ロシア・ウクライナ紛争発生後の新たな問題点については、中国メディアも広く取り上げており、私が多くを付け加えることはありません。①日本国内の極右・改憲勢力が中心となって、今回の紛争を自分たちの年来の主張を正当化する材料として利用していること、さらには、②台湾海峡問題とダブらせて「台湾海峡有事」を煽る材料として利用していることが挙げられます。また、③自民党政府(岸田政権)に関して言えば、バイデン政権の対ロシア強硬政策に全面的に同調し、ロシアから厳しい批判を招いており、日ロ関係改善の糸口を自ら断ち切ってしまっています。
 岸田政権のロシアに対する言動の幼稚さ、戦略眼のなさは、インドの言動と比較することで一目瞭然です。インドはQUADに参加していますが、アメリカの対ロシア・アプローチと一線を画しています。国連総会のロシア非難決議に棄権票を投じたことはすでに触れました。最近の報道によれば、インドはロシアから安値で石油を輸入する動きを見せています。ロシアの駐インド大使はインドの自主独立の姿勢を絶賛していました(18日付のタス通信)。

3.中日米3カ国の関係と東アジアの地域情勢

(アメリカの対東アジア戦略)
 中日米3カ国の関係は、一言でいえば「不等辺三角形」の構図と表現できると思います。日米の辺が最長、米中の辺がその次、日中の辺が最短という構図は、1972年以来若干の伸び縮みはあったにしても、基本的に変わっていないと思います。この構図はアメリカ主導で形成されたものであり、アメリカの対東アジア戦略が反映されたものでもあります。
 ゼロ・サムのパワー・ポリティックスにしがみつくアメリカにとって最悪の中日米関係の構図は、良好な日中関係が確立し、アメリカとして「つけ入る隙がない」形で営まれるようになることでしょう。アメリカにとってもっとも望ましい構図は、アメリカが戦後一貫して追求してきたように、日本を目下の同盟者として抱え込み、日本がアメリカの意向に従う形で日中関係を営むようにさせるとともに、独立自主の中国に対しては「台湾カード」をちらつかせつつ不和不戦の関係を保っていくことだと思います。
 ちなみに、アメリカが中国の対米外交の本質(共存共贏の新型大国関係構築)を理解し、受け入れるようになるためには、パワー・ポリティックスの発想は21世紀にはもはや通用しないという国際政治の歴史的潮流を認識し、受け入れることが大前提になると思います。その時が来るまでは、アメリカが対中アプローチを転換することは期待できないと、私は判断します。
(日本外交における戦略の欠落)
 私の外務省勤務25年の体験も踏まえていえば、日本外交の本質は戦略不在の「状況対応」という言葉に尽きます。安倍晋三氏が首相在任中に「インド太平洋戦略」を提唱して、トランプ政権が取り入れることにつながったのは事実ですが、問題は安倍氏の主張が「戦略」としての内実を伴っていたかどうかということです。結論的にいえば、安倍氏の「インド太平洋戦略」とは「中国と何が何でも対決する」反共反中体質の自己主張にすぎず、それ以上でも以下でもありません。その本質は情緒的親米であり、その次に来るのが反共体質ということになります。
 私は長年日中外交を観察してきましたが、戦後に限っていう限り、日本外交に「対中戦略」と呼びうる中身はありません。1972年に日中国交正常化が実現した際の大平正芳外相の対中観の中に「対中戦略」の萌芽を読みとることはできますが、その太平氏においてももっとも根底にあったのは中国侵略戦争に対する贖罪意識でした。
 また、アメリカの対中アプローチが転換しない限り、そして、アメリカの対日支配力が衰えない限り、日本の対米追随を前提とする対中アプローチが根本的転換を遂げることは期待薄です。私が日本の対中外交に悲観的な基本的理由はここにあります。
今ひとつ厄介なことは、アメリカと日本は、歴史に無頓着及びプラグマティズム(徹底した実利主義)という点で共通しており、歴史と原則を重視する中国(及び東アジア)と「土俵を共有していない」ということです。 建国してまだ250年弱のアメリカは、日中関係(日本と朝鮮半島の関係さらには東アジア政治全体)における歴史の重みについては理解していません。また、プラグマティズムに徹するアメリカにとっては、国際法も対外政策上の手段の一つに過ぎません。しかも、アメリカは国内法が国際法に優越する立場です(失笑を禁じ得なかった直近の例は、ホワイトハウスのサキ報道官が、「中国は国連憲章違反のロシアの行動を批判しようとしない」と国連憲章に言及したことでした)。
 日本もまた「歴史を鑑とする」ことに無縁です。中国(アジア)侵略戦争の痕跡を歴史教科書から消し去ろうとする日本政治の執拗さは中国(のみならず東アジア国際社会)には理解できないことです。日本はまた、アメリカの「ルールに基づく国際秩序」を受け売りすることにも余念がありません。これまた、日本流の「徹底した実利主義」(建前と本音は別物)に由来するものです。
 この歴史に対する無頓着さそしてドライなプラグマティズムという二つの要素は、中日米三国関係そして東アジアの地域情勢全体に対して、今後もマイナス要因として働き続けるだろうと思います。