2月9日に行われた韓国大統領選挙の開票の結果、野党「国民の力」の尹錫悦(ユン・ソクヨル)候補が与党「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)候補を僅差で破って当選を決めました(1639万4815票の48.56%対1614万7738票の47.83%で、得票差は24万7077票、率にしてわずか0.73ポイント差)。選挙期間中に対米・対日関係に積極的な発言を行っていた尹錫悦の当選に対して、アメリカ・バイデン政権と日本・岸田政権は早速歓迎の意を表明したのは当然でしょう。特にバイデン大統領は、即座に電話を入れ、「対北朝鮮政策において米日韓間の緊密な協力が重要だという点を強調したい」という立場を尹氏に伝えたといいます(10日付韓国・中央日報日本語WS)。  中国も今回の韓国大統領選挙には並々ならぬ関心を寄せてきました。本年(2022年)は中韓国交正常化30周年の節目の年である一方、韓国国内では反中感情の尋常でない盛り上がりがあり、それを反映した両候補の選挙期間中における中国に対する強硬発言も飛び出していたこともあって、中国としては韓国新政権の対中姿勢・政策に対して無関心ではいられません。
3月10日付の環球網(14時48分配信)は、「「韓米同盟」強化をくり返していた尹錫悦が勝利、THAAD追加配備か?」(中国語原題:"多次表态"强化韩美同盟"的尹锡悦在大选中获胜,韩国会额外部署萨德吗?")と題する記事で、今後の米日韓関係、THAAD問題、米中の狭間に立つ韓国の動向、今後の中韓関係等について、3人の識者(遼寧大学アメリカ及び東アジア研究院の呂超院長、中国社会科学院の楊丹志研究員、中国国際問題研究院の楊希雨研究員)の見方を紹介しています。バイデン政権が韓国を対中対決戦略に組み込もうとする動きに対しては警戒感をあらわにする一方、中韓関係に対する影響に関しては、韓国新政権が理性的に対応するだろうと、あえて期待・願望を込めた見方を強調する内容になっています。
 環球時報は、選挙日当日の3月9日付(ウェブ掲載は前日8日23時48分)で「前進すべきで後退があってはならない中韓関係」(中国語原題:"中韩关系要往前走,不能朝后退")、そして結果判明翌日の3月11日(ウェブ掲載は10日23時51分)には、当選直後に尹錫悦が中韓関係に関して「相互尊重」を強調したことに即して、「「尊重」も必要だが、「相互」を忘れることなかれ」(中国語原題:"中韩关系需要"尊重",更别忘了"相互"")と題する社説を立て続けに発表するという異例の対応を行いました。両社説のタイトルそのものが中国側の関心の所在を明確に表しています。両社説の内容を紹介するゆえんです。

<3月9日付社説>
 王毅外交部長は7日の韓国記者の質問(全国人民代表大会開催中に行われる外交部長の内外記者との恒例の記者会見)に対して、「3つの銅板で家を買い、千両の黄金で隣家を買う」という韓国のことわざを引用して、中韓関係を大切に考えている中国側の善意と誠意とを表明した(浅井注:私が毎朝チェックしている韓国の聯合通信、ハンギョレ新聞、中央日報及び朝鮮日報の日本語WSでは、王毅のこの配慮に満ちた発言を紹介する記事はありません)。王毅は、"中韓は'利益交融、優勢互補、潜力巨大'な協力パートナーであり、この事実は青瓦台の主人の変化で変わることはあり得ず、選挙結果如何にかかわらず、中韓関係は前に進むのみであり、後退はあり得ない"、と述べた。
 本年は中韓国交樹立30周年であり、両国貿易は当初より約60倍、この30年間で3000億ドルの時代に入っており、この金額は韓米、韓日、韓・EUを合わせた貿易総額に近い。両国間の投資額は1000億ドル規模に達し、人員往来はコロナ前に年1000万人規模を超えていた。中国は韓国最大の貿易パートナーであり、最大の輸出市場かつ最大の輸入先であり、最大の留学生の源でもある。これらはすべて中韓互利共嬴の具体的成果であり、両国関係の確固たる基礎となっているし、中韓関係が強大なダイナミックスを持っていることを示している。
 中韓は引っ越すことのできない隣人同士である。韓国社会が中国を論じることは悪いことではないが、問題のカギは、様々な声を通じてより客観的、より全体的に中国を論じることである。大統領選挙が終わった後、対中問題において韓国社会がどのように理性的になるかが重要な問題となっている。
 韓国にとっての最大の安全保障上の関心は朝鮮半島の平和と安定である。これは、半島に戦乱を起こさせることは絶対に許せないという中国の立場と完全に一致している。中韓関係はかつてTHAAD問題で凍り付いてしまったことがあるが、双方の努力を通じて、段階的に問題を処理することで共通認識を達成し、両国関係は正常軌道に戻ることができた。これは、中韓が外部の干渉を克服した典型的モデルである。このような経験が証明するように、中国と安定的関係を保つことこそが韓国にとって国家の安全を実現する重要な前提である。
 近年、中韓の民間レベルでは、「泡菜・キムチ」「韓服・チマチョゴリ」などの論争が起こっており、双方で過激な議論もあって、議論が感情的となってもいるが、これはまったく意味のないことである。これらは中韓が共通する歴史的文化的淵源を有していることに由来するものであり、両国民間の心理的距離を縮める媒介にすることができるものだ。実際的、理性的な姿勢と広々とした矜持こそは中韓民間レベルの争いを解くカギである。
 今アメリカは、韓国にしきりに働きかけを行っており、その狙いは北東アジアにおける地縁政治上の対立の最前線に韓国を置こうというものだ。これは明らかに韓国の国家的利益に反している。如何にして韓中関係と韓米関係のバランスを取り、「一方の側につく」のではなくて橋渡し役になるか、これこそが新大統領の答であろうし、彼の政治的智慧と戦略的定力とが問われている。単純な「親米」か「親中」かではなく、複雑、敏感、かつリスクが充満している地縁上に位置する韓国としては、「浮雲が視界を妨げることを恐れない」高みを我がものにすることが求められている。
 「齢30にして立つ」とは、成熟して安定した年齢のことをいう。中韓関係は浮き沈みが激しい段階を越えて進むべきであり、誰が勝利するとしても、中国はその人を祝福するし、中韓関係がさらなる高みに登っていくことを期待している。
<3月11日付社説>
 尹錫悦候補が勝利した。新大統領が内外政策をどの程度調整するかに国際的な注目が寄せられている。10日午前の記者会見の席上、尹錫悦は「相互尊重の基礎の上で韓中関係を発展させる」と述べた。この言葉を巡って、世論の解釈は様々である。
 「相互尊重の基礎の上で」関係を発展させることについては、中韓間に高度な共通認識がある。昨年(2021年)に王毅が訪韓した際、中韓国交樹立30年来の関係発展の3つのポイントを挙げたが、最初に提起したのは正に相互尊重だった。
 様々な原因もあって、今日の韓国国内では、「中国が韓国を平等に扱っていない」とする感情が一部の人々の間に生まれており、そういう感情からは、「相互尊重」とは中国が韓国を「平等に」扱うべきだという意味合いになっている。甚だしきに至っては、韓米関係が強固になってのみ中国は韓国を尊重するだろうという者もいる。
 ともに近代植民地・半植民地から現代民族国家へと歩んできた隣国として、中国は韓国の独立自主の外交政策を理解し、尊重するし、米韓の同盟関係についても認識している。しかし、中国が韓国を尊重するのは、米韓関係云々だからということはかつてなく、彼我の核心的利益と重大関心に関する相互理解に基づいている。
 同時にリマインドしたいのは、「相互尊重」とは、「尊重」とともに「相互」という内容も同様に重要であり、中国が韓国を尊重する意味もあれば、韓国が中国を尊重するという意味合いもある、ということだ。一説では、尹錫悦がわざわざ「相互尊重」に言及したのは、文在寅政権のTHAAD問題に関する「三不」(アメリカのミサイル防衛システムに入らない、韓米日安全協力を三国軍事同盟にさせない、THAADシステムの追加配備をしない)政策を念頭に置いたからだとする筋もある。我々としては、こういう見方は尹錫悦に対する曲解あるいは偏った理解であることを希望する。
 「三不」は中韓の「相互尊重」実践の結果であり、これによって中韓間は凍り付いた関係から正常な関係に戻ったのだ。THAADシステムは韓国の国防上の必要をはるかに超えており、しかも中国の戦略安全上の利益を深刻に損なうものだ。つまり、朝鮮半島の平和と安定にとって無益であるし、韓国を更に不安全な状況に陥れる可能性もある。韓国側はTHAAD配置問題を「内政」あるいは「主権」問題と見るべきではなく、その本質はアメリカが北東アジアに打ち込もうとしているくさびなのだ。
 10日の記者会見で、尹錫悦は「韓米同盟を再建する」と述べた。中国は韓国の独立主権を尊重するが、中韓関係は韓米関係の付属品ではないし、韓国社会の自尊心も「韓米関係が強固であってこそ、中国は韓国を尊重する」といった誤解を身にまとうべきではない。韓国には「中米対立」の中でバクチを打つような余地はなく、「相互尊重」の内実をしっかり踏まえることによってのみ、「中枢国家」となるパスワードを探し当てることができるだろう。