2月21日にロシアのプーチン大統領がウクライナ東部2州の独立を承認する決定を行ったことは、①国連事務局が直ちに「遺憾」の意を表す声明を発表したことに示されるとおり、国家の主権及び領土保全の権利の尊重、他国の内政に対する不干渉義務を定めた国連憲章の基本原則に反する行動であり、また、②ウクライナ問題解決に関する新ミンスク協定にも違反する行動であって、アメリカ以下の西側諸国が一斉にロシアの行動を批判し、ロシアに対する制裁措置を発動することを公表したのは、これまでの西側諸国の対ロ・アプローチに鑑みても自然な成り行きでした。私自身、プーチンが何故にこの時点で、批判を一身に背負い込むことになることがあまりにも明らかな上記行動を取る決断に踏み切ったのかについては釈然としないものを感じていますし、中国の専門家の見解からは、彼ら自身も明快に説明しきれない状況を見て取ることができます。プーチンは2月21日夜に国民向けに長い演説(ロシア大統領府英語版WS掲載)を行って自らの決断の正しさを訴えましたが、演説内容は説得力に乏しい印象を否めませんでした。
 国際関係の基本原則として国連憲章を遵守することを一貫して主張する中国政府に対して、ロシア・プーチン政権が取った今回の決定に対する立場を問いただす質問が提起された(22日の中国外交部報道官の定例記者会見)のも、十分に予想されたことでした。実は、この日の午前中に、ブリンケン国務長官の求めに応じて米中外相電話会談を行った王毅外交部長は、ウクライナ問題に関する中国の基本的立場を次のように明らかにしました(中国外交部WS)。したがって、汪文斌報道官がよどみなく質問に答えたのは当然です。その内容は、国連憲章を再確認しつつ、ロシアが強調している「安全は不可分であるという原則」を明確に確認もするという、国連重視の立場を再確認するとともに、ロシアの立場にも周到に配慮するものです。

 2月22日、王毅は求めに応じてブリンケンと電話会談を行い、ウクライナ問題と朝鮮半島核問題について意見を交換した(浅井:朝鮮半島核問題に関する発言は省略)。
 ブリンケンは、当面のウクライナ情勢に関するアメリカの見方と立場を通報した。王毅は次のように述べた。中国はウクライナ情勢の変化に注目している。ウクライナ問題に関する中国の立場は一貫している。すなわち、いかなる国家の安全に関する合理的な関心についても尊重するべきである。国連憲章の精神と原則は擁護されるべきだ。ウクライナ問題の今日に至る変化に関して言えば、新ミンスク協定が遅々として執行されてこなかったことと密接な関係がある。中国は物事の是非曲直に基づき、関係各方面と接触を続けていく。ウクライナ情勢は悪化しつつある。中国は各方面が自制を保ち、安全は不可分であるという原則を実現することの重要性を認識し、対話と交渉を通じて事態を緩和し、違いを解消することを再度呼びかける。
 2月23日付(ウェブ掲載は22日23時14分)の環球時報社説「関係方面はロシアとウクライナが問題を解決するためのスペースを残すべし」(中国語原題:"各方应给俄乌解决问题留一些空间")も、王毅の発言内容に軌道を合わせる内容のものでした。しかし、①ロシアが今回の行動に「追い込まれた」のは、アメリカのロシアに対する強圧一点張りのアプローチの結果である、②現在の危機は、ロシアとウクライナとの間の矛盾と、NATOの東方拡大がロシアに及ぼす戦略的重圧が交錯した結果との「二重の危機」である、③真の安全保障は不可分であり、双方の安全保障上の利益は尊重、擁護されるべきだ、という主張からは、中国がロシアの立場に寄り添う姿勢であることが手に取るように分かります。社説の大要は以下の通りです。
 (プーチンの決定を紹介して)ウクライナ情勢の突如の変化について、王毅は、いかなる国家の合理的な安全保障上の関心も尊重されるべきであり、国連憲章の精神と原則は擁護されるべきだと強調し、関係方面の自制を呼びかけるとともに、安全不可分の原則を実現することの重要性を認識して、対話と交渉を通じて事態を緩和し、違いを解消することを呼びかけた。
 ウクライナ問題の今日に至る変化は極めて遺憾だといわざるを得ない。アメリカがロシアに対して高強度の圧力を行使し続けたことが、最終的にロシアをしてこのような方法で自らの安全を実現しようとすることを強いる結果になった。これは、冷戦終結以後、安全に関する訴えが長期にわたって無視されたことに対する不満が一挙に爆発したものである。
 現在の危機は、ロシアとウクライナとの間の矛盾プラスNATOの東方拡大がロシアに及ぼす戦略的重圧が交錯した結果としての「二重の危機」である。今後情勢がさらにエスカレートするか否かのカギは、アメリカがロシアに対して取る制裁の規模と内容、及び、それがロシアを刺激してさらに激しい行動を取らせるか否かにかかっている。
 ロシアとウクライナの危機を軟着陸させることによってのみ、欧州は安寧を期することができる。真の安全保障は不可分であり、共同、綜合、協力そして持続可能なものであるべきだ。ということは、関係方面の安全上の利益は尊重され、擁護されるべきであるということだ。問題の解決は問題を作りだしたものの努力次第だ。ロシアとウクライナは向かい合って話し合いを行う必要があり、アメリカとNATOはできる限りこの危機から身を引くべきであって、情勢にさらに複雑な要素を持ち込むべきではない。ウクライナ情勢が今日の状況にまで発展したのは、一連の複雑な要因が共同で作用した結果であり、事態はすでに崖っぷちにあり、関係方面は力を合わせて事態を引き戻すべきである。
 2月22日付の環球時網は、中国国内の多くの専門家が環球時報のインタビューに答えて、ウクライナ危機問題はNATOの東方拡大という背景と切り離すことができず、NATOとアメリカがウクライナ危機の「張本人」であるという見方で一致していることを紹介し、NATOの東方拡大に関するこれまでの事実関係を次のように整理しています。
 1990年代、ソ連が解体して冷戦が終結し、中東欧には安全保障に関する真空状態が出現した。冷戦の遺物であるNATOは解散するのではなく、このチャンスを捉えて中東欧の小国を加盟国に加え、勢力範囲を拡大する行動を開始した。
 1994年1月、NATOはブリュッセルで首脳会議を開催し、エリツィン・ロシア及び中東欧30カ国等とともに「平和パートナーシップ計画」に署名した。この計画には、NATOと旧ワルシャワ条約機構諸国及び中立諸国が軍事演習、平和維持、危機管理等の分野で協力を行う内容が含まれた。この計画の署名は、NATO成立以来最初の「東方拡大」の動きであった。
 1997年5月27日、NATOはロシアと「相互関係、協力及び安全の基礎に関する文件」を署名した。この文件はロシアのNATOに対する一定の発言権を認める代わりに、NATOの東方拡大に対するロシアの黙認を取り付けるものだった。
 同年7月、マドリッドで開催されたNATO首脳会議は、ポーランド、チェコ及びハンガリーのNATO加盟を正式に決定し、NATO加盟国は19カ国に増えた。専門家によれば、この決定こそがNATO東方拡大邁進への「実質的第一歩」となった。この結果、NATOは防衛線を東に向かって700-900キロ前進させ、NATOの面積は485万㎢、また人口は6000万人それぞれ増加した。地上部隊は13師団増加し、戦車、空軍及び海軍の兵力もそれぞれ15%増強し、戦術航空兵力はポーランドから直接ロシアの重要都市を攻撃できるようになった。
 2002年11月21日、プラハで開催されたNATO首脳会議は、ルーマニア、ブルガリア、ラトビア、リトアニア、エストニア、スロヴェニア、スロヴァキアの7カ国のNATO加盟を正式に決定した(2004年3月29日に加盟実現)。第2次東方拡大である。NATO成立以来最大規模の拡大であり、加盟国は19カ国から26カ国へ、総人口は7.746億人から8.199億人へ、総面積は2338.70万平方キロから2397.98万平方キロへ、軍隊の人数は443.76万人から474.76万人へと増加した。かくしてNATOは、北はバルト海、黒海、コーカサスを経て中央アジアに至る「弓形戦略防御ライン」を形成することになった。またバルト3国の加入によって、ロシアの欧州進出ルートが閉ざされた。
 2009年4月、アルバニアとクロアチアがNATOに加入して28カ国となる第3次東方拡大が実現したが、バルカン半島西部の国家の加入によってロシアの安全空間がさらに縮小したほか、欧州の地縁安全保障パラダイムも大きく書き換えられた。これに先立って、NATOはウクライナを「NATO候補国」に挙げていたが、2008年に勃発したジョージア南オセアチア事件及びウクライナの政治内乱によって、ウクライナのNATO加盟計画はいったん挫折した。これはロシアの主動的反撃によるところが大きい。またこれ以後、プーチンは果断な行動を取ることとなり、クリミアの住民投票を経たロシア編入、ウクライナ東部のルガンスク及びドネツクの武装勢力の政府軍との作戦に対する支持が行われることとなった。
 こうしてNATOは、1949年の成立以来9回にわたる拡大を経て今や加盟国は30カ国に達しており、その間に1000キロ以上東進し、「NATOの東方拡大の終局的境界はどこになるかを答えることは難しい」(外交学院李海東教授)までになっている。