1月27日及び28日、ロシアのラブロフ外相はロシア・メディの質問に答え、ロシアが昨年(2021年)12月(15日)にアメリカとNATOに対して提起した、ロ米間及びロシア・NATO間の安全保障に関する条約・協定に対するアメリカ及びNATOから受け取ったばかりの回答の中身を明らかにする形で、①西側がウクライナ情勢に係わって取ろうとしている軍事行動は、OSCE諸国首脳(アメリカ大統領を含む)が署名した1999年イスタンブール首脳宣言及び2010年アスタナ首脳宣言に盛り込まれた'不可分の安全保障原則'(the principle of indivisible security)に反するものである、②ロシアとしては、首脳宣言での明確な約束すら守らない西側の身勝手な行動を前に、条約・協定という法的拘束力ある文書で'不可分の安全保障原則'遵守を迫る(特に、ウクライナのNATO加盟及び西側軍事力のウクライナ駐留とミサイル配備の阻止)、というロシア側の主張を明らかにしました。ラブロフが'不可分の安全保障原則'と言及したのは、OSCEの「イスタンブール首脳宣言」(1999年11月)及び「安全保障コミュニティを目指すアスタナ記念宣言」(2010年12月)の次の条項です。

<イスタンブール首脳宣言>
第2項 本日、我々は欧州安全保障憲章を採択した。
(欧州安全保障憲章 第2部「我々の共通の基礎」)
第8項 我々は、参加国が安全保障取り決め(同盟条約を含む)を選択しまたは変更する自由という固有の権利を確認する。各国は中立の権利も有する。参加国は他国のかかる権利を尊重する。参加国は、他国の安全保障を犠牲にする形で安全保障を強化しない。(後略)
<アスタナ記念宣言>
第2項 我々は、国連憲章並びにOSCEのすべての規範、原則及び約束(ヘルシンキ最終文書、パリ憲章、欧州安全保障憲章その他すべてのOSCE文書)、そして(これらを)全面的に実行する責任を確認する。
第3項 各国の安全保障は、他のすべての国々の安全保障と不可分に結びついている。各国は、安全保障に対する平等な権利を有する。我々は、安全保障取り決め(同盟条約を含む)を選択しまたは変更する自由という固有の権利を確認する。各国は中立の権利も有する。参加国は他国のかかる権利を尊重する。参加国は、他国の安全保障を犠牲にする形で安全保障を強化しない。(後略)
 ラブロフは、以上の2つの宣言の内容について、①各国が軍事同盟を選択する自由を有すること、②他国の安全保障を犠牲にする形で安全保障を強化しない義務を負うこと、という相互に関連する2つの内容が含まれていると指摘し、「安全保障取り決めを選択する自由は、他のOSCE参加国(ロシアを含む)の安全保障上の利益を尊重するという誓約による制限を受ける」と述べました。これがすなわち'不可分の安全保障原則'(the principle of indivisible security)です。
 ロシアが昨年(2021年)12月15日にアメリカとNATOに対して提起した、ロ米間及びロシア・NATO間の安全保障に関する条約・協定においては、以上のラブロフの解説に示された考え方を踏まえて以下の規定が置かれています。
<ロシアとアメリカとの安全保障に関する条約>
第1条 締約国は、‥相手国の安全保障に影響を及ぼす行動を取ってはならず、また、そうした行動に参加し、もしくはこれを支援してはならない。また、相手国の核心的な安全保障上の利益を損なう安全保障上の措置(単独、軍事同盟の枠組みにおけるものの双方を含む)を実行してはならない。
第3条 締約国は、相手国に対する武力攻撃または相手国の核心的な安全保障上の利益に影響を及ぼすその他の行動を準備し、遂行するために他国の領域を使用してはならない。
第4条 アメリカは、NATOのさらなる東方拡大を防止すること及び旧ソ連邦諸国のNATOへの加盟を拒否することを約束する。アメリカは、NATO加盟国ではない旧ソ連邦諸国の領土に軍事基地を設置してはならず、軍事行動のためにこれら諸国のインフラを使用することも、これら諸国との軍事協力を発展することもしてはならない。 第5条 締約国は、相手国が自国の国家安全保障に対する脅威と認識するような形で軍事力を展開することを控えなければならない。
<ロシアとNATO加盟国の安全を保障する措置に関する協定>
第1条 締約双方は、互いの関係を協力、平等及び不可分の安全保障の諸原則において律するものとする。双方は、相手側の安全保障を犠牲にする形で、個別にまたは軍事同盟の枠組みを強化してはならない。(後略)
第5条 締約双方は、相手の領土に到達する地域に地上配備型の準中距離または短距離ミサイルを配備しないものとする。
第6条 NATO全加盟国は、さらなるNATO拡大(ウクライナその他の加盟を含む)を慎むことを約束する。
第7条 NATO加盟諸国は、ウクライナ‥の領土で如何なる軍事行動も行ってはならない。(後略)
 1月27日及び28日の記者会見におけるラブロフ発言は、ウクライナ情勢に関するロシア側の考え方を詳細に説明するもので、読み応え十分です。西側情報だけでロシアを「ワル(悪)」と決めつける議論が横行する日本国内の雰囲気を正すためにも、ラブロフ発言を紹介する次第です。
(1月27日発言)
 アメリカ側の文書による回答のコアは、第二義的重要性を持つ問題についてのみ、アメリカは真剣な話し合いに応じる用意があるということだ。NATOの継続的東方拡大そしてロシア領土に対する脅威となる攻撃兵器のウクライナ配備は受け入れられないとする我々の主要関心事項に対しては積極的反応がなかった。もっともこういう立場は青天の霹靂ということではないが。
 NATOの拡大問題には長い歴史がある。1990年、ドイツが統一され、欧州安全保障問題が起こった時、西側はオーデル川以東には1インチたりとも拡大しないと厳粛に約束した。これらの事実は、英米独高官達の多くの回想録にも記載されている。しかるに今になって、この問題は激しい議論の対象となり、我々はこうした約束が口約束に過ぎないと聞かされている。我々が回想録に言及すると、西側は、自分たちは本気ではなかったし、言葉が間違って伝えられていると応じてきた。
 しかし我々が1999年イスタンブール宣言及び2010年アスタナ宣言という、アメリカ大統領を含むすべてのOSCE参加国首脳が署名した文書を引用したため、西側としては深刻な事態から抜け出す方法を考えなければならなくなった。カギとなるポイントは、両宣言がともに不可分の安全保障原則に対するコミットメントとこれを間違いなく守るという誓約を明記していることだ。この原則は極めて明確に述べられている。この原則には相互に関係する2つのアプローチを含んでいる。一つは軍事同盟を選ぶ自由。もう一つは他国の安全保障を犠牲にする形で自国の安全保障を強化しないという義務だ。つまり、安全保障取り決めを選択する自由はOSCEのほかの国々(ロシアを含む)の安全保障上の利益を尊重するという誓約によって制限されているということだ。
 これに対して西側は、欧州・大西洋地域の安全保障諸原則を尊重するべきだと答え、ということは、NATOは拡大する権利があり、いずれかの国による加盟申請をNATOが考慮することについて誰も禁止することはできないことを意味するとつけ加えた。他国の安全保障を犠牲にする形で安全保障を強化することは許されないという原則は周到に無視されているということだ。西側は両宣言のことについては口をつぐんでいる。逃げようとしているのだ。我々は受け入れることはできない。西側は義務を定めた文書はないという理由で不拡大の約束を守らないことを説明しようとした。しかし、そういう文書による約束があったのだ。したがって我々はこれから、西側の嘘偽りの立場についてはっきりさせることに焦点を当てていくつもりだ。
 ジュネーヴでブリンケンと会談した時、OSCEにおいて為された義務について、おいしい部分だけをつまみ食いし、他国の利益を尊重するという誓約については口を濁すことについて説明を求めた。ブリンケンは私の質問に答えなかった。彼は肩をすぼめる仕草をするだけだった。そこで私は彼に、約束の一部だけをつまみ食いし、約束のほかの部分を無視するというやり方について公式な説明要求を近いうちに発出すると述べた。この公式要求は両宣言に署名した首脳のすべての国に発出されるだろう。
 以上のほか、我々はアメリカ側の回答について分析を進めている。ブリンケンは米側回答について、ウクライナや西側諸国、同盟国と内容を調整したと言っていた。NATO側の文書による回答も受け取っている。アメリカとNATOの文書による回答は2021年12月に我々が提案した条約と協定の案に対するものであるから、我々は両文書をパッケージとして分析している。
(1月28日発言)
(質問) 戦争はあるのか。いつまでグズグズ引き延ばしていくつもりか。
(回答) ロシアにかかっているとするならば、戦争はない。戦争は望まない。しかし、我々の利益を踏みにじったり、無視したりすることは許さない。話し合いは終わったとは言えない。西側がロシアの率直な提案に回答するのに1ヶ月以上かかったのだ。彼らの回答を受け取ったのは2日前のことだ。中身は典型的な西側スタイルだ。多くの点ではぐらかしている。ただし、準中距離及び短距離ミサイル並びに国境から離れた地域における軍事演習といった第二義的な問題については、合理性の片鱗を示している。前者に関しては、アメリカがINF条約を破棄した時、プーチンが全OSCE諸国にメッセージを送り、モラトリアムに参加することを促した。当時は無視されたのだが、今回彼らの提案に含まれている。後者に関しても、ロシア参謀本部が言い出したもので、過去においては拒否されていたが、今回彼らが議論しようと提案している。つまり、彼らの提案の中の建設的なアプローチはロシアのイニシアティヴを借用したものである。したがって、我々としては、欧州安全保障の基礎になる概念的な柱についてはっきりさせる必要がある。
 ロシアが昨年(2021年)12月15日にアメリカとNATOに対して行った提案に関しては、「アメリカはロシアのまわりのすべてのものを奪いあげたので、今更ジタバタしても手遅れだ。既成事実を受け止め、残された最低限のものを守ることに努めることだ」という前提に立つ限りでは、過大なものと見えるかもしれない。しかし、我々がほしいのは公正な扱いということだ。(2つのOSCE首脳宣言について)これはあなたたちが署名したものだ。西側はロシアが最後通牒を突きつけたかのように描き出そうとしているが、ロシアがいま行っていることは、西側の記憶をリフレッシュし、大統領が署名しものの解釈をはっきりさせるということなのだ。西側が拠って立つものが外交であるとすれば、双方が合意したことから始めようではないか。