今回、中国の「一国二制」に関する取り組みを歴史的にふり返ることを通じてもっとも強く印象づけられたのは、中国共産党指導部が建国(1949年)以後一貫して、台湾の平和的統一を目指して台湾当局に働きかけを行ってきたということでした。前に、梨の木ピース・アカデミーの講義で日中関係を取り上げました。そこでもお話ししましたが、中国共産党指導部は戦後一貫して日本との関係改善を目指して努力してきました。そのために中国共産党指導部は、日本軍国主義によって塗炭の苦しみを押しつけられ、したがって当然ながら日本に対して怒り・憎しみしか持ち得ない中国人民に対して、「悪いのは日本軍国主義であり、日本人民もその被害者なのだ」という論理を辛抱強く説き続けて、中日関係改善のための国内環境作りに力を尽くしました。日本に対すると同じように、中国共産党指導部は台湾に対しても、台湾人民に対する考慮から早くから平和統一の方針を打ち出していたのです。「人民を以て中心と為す」思想は対日政策、対台湾政策においても一貫していました。その方針は一度として揺らぐことはなく、台湾が平和的統一に応じることを可能にするためにはいかなる方法があるか、ということが最大のテーマでした。「一国二制」という独創的な提案はその最終的な産物だったのです。したがって、私たちが「一国二制」について考えるに当たっては、中国側の一貫した提起の仕方である「平和統一 一国二制」を常に想起する必要があります。すなわち、中国の台湾政策においては、最大最重要な目標は平和的に統一を成し遂げるということであり、その目標を達成する上での最良方法として「一国二制」が編み出されてきたということです。
 後で詳しくお話ししますが、中国が台湾に対して呼びかけている内容を私なりのぶしつけな表現で表すと、"中華民国という看板と青天白日旗(国旗)という旗だけ降ろしてくれれば、後はすべて今までどおりで良い"ということになります。「一国二制」を香港(及びマカオ)に適用するに当たっては、中国が「二制」で意味したのは主に"大陸では社会主義をやり、香港・マカオでは資本主義をやる"という、経済体制の違いということでした。しかし、香港・マカオとはまったく事情を異にする台湾については、中国が「二制」で意味するのは、"大陸は今のまま、台湾も今のまま"という破天荒な譲歩です。要するに、国家統一という大義がすべてであり、台湾側がこの大義を受け入れさえすれば、後のすべてのことは台湾側の要求を呑む用意がある、ということなのです。
 中国共産党指導部はどうしてこれほどの譲歩を行ってまで「祖国統一」にこだわるのでしょうか。今回のレジュメを準備する中で私が改めて確認・認識したのは、1840年以後欧米列強プラス日本軍国主義によって半植民地にまで貶められた中国を再び復興させるという強烈な民族的願望・決意です。香港の場合はイギリスの植民地として割譲を強いられた屈辱を晴らすことであり、1982年に訪中したイギリスのサッチャー首相に対して、鄧小平が「交渉のテーマは帰属問題だけ。仮にまったく話し合えないとしたら、中国は香港を回収する時間と方式を考えることになる」と突き放したのは当然でした。
 台湾の場合はさらに生々しい屈辱感が中国全体で共有されています。かつては中華世界の辺疆であり、「東夷」であった日本が明治維新を成し遂げ、「脱亜入欧」のもと、1894年の日清戦争で勝利し、中国古来の領土である台湾の割譲を強いたこと、1945年の抗日戦争勝利で台湾を回復したのもつかの間、1950年の朝鮮戦争勃発後、アメリカが台湾を支配下に置いたことは、大陸を統一した中国共産党政権にとって絶対にのみ込むことができない生々しい、二重の屈辱でした。しかし、中日関係を考える際に日本人民に対する配慮を常に忘れなかった中国共産党は、同胞である台湾住民に危害が及ぶ武力解放は最悪の選択肢と認識し、平和的統一の可能性を追求することになったのです。
 「一つの中国」原則を共有し、中台で認識が異なるその中身(含意)については立ち入らないという共通認識、いわゆる「九二共識」を達成した中台関係は長期平和共存の可能性を手にしました。現実に国民党・馬英九「総統」の時代には、習近平・馬英九会談が実現するまでに至りました。しかし、「台湾独立」を目指す民進党が台湾政治を支配する時は、中台関係は後退を余儀なくされました。特に、蔡英文が「総統」になってからは、ますます「独立」志向を強め、これが今日に至る台湾海峡緊張激化の原因になりました。
 「一つの中国」原則が普遍的に承認され、中華人民共和国政府が「中国の唯一の合法政府」であることも普遍的に認められているもとで、蔡英文の「台湾独立」の主張は到底認められる代物ではありません。蔡英文が民族(人民)自決原則に訴えるいかなる根拠もありません。民族自決原則を主張して独立を果たした前例(バングラデシュ、旧ソ連邦構成諸共和国、旧ユーゴスラヴィア構成諸国、南スーダン等々)は、「台湾独立」を支持する根拠を提供するものではありません。蔡英文は台湾の歴史を書き換えて"台湾人としてのアイデンティティ"を主張しますが、このような言動は彼女の主張が如何に荒唐無稽であるかを逆に証明しています。蔡英文は、アメリカ・バイデン政権の反中政策に便乗して"民主主義陣営の最前線"とする「売り込み」までしていますが、バイデン政権ですら「一つの中国」原則を足蹴にすることはできないのです。私たちに求められる最低限の常識は、"中国に対する反感+蔡英文に対する同情という感情的要素によって国際関係が拠って立つ原則・国際法をないがしろにしてはならない"、ということです。
 今回のお話の本筋から外れますが、安倍晋三氏以下の最近の言動についても一言しておきます。すでに述べたとおり、「台湾問題」の根っこにあるのは清朝・中国から台湾を割譲させて植民地支配した日本です。私たち日本人はその歴史的責任を負っています。蔡英文当局にテコ入れするのはもってのほか、といわなければなりません。安倍晋三氏以下の言動に対して「我関せず」と無関心を決め込むことは絶対に許されないことです。岸田政権、日本のマス・メディアだけでなく、私たち日本人の一人一人の姿勢が厳しく問われています。
今回のレジュメを添付します。↓

中国共産党の「一国二制」