アメリカを筆頭とする西側諸国が中国共産党の「全体主義」「権威主義」を批判する際に拠り所とする材料の一つは、天安門事件に代表される人権弾圧であり、最近の新疆ウイグル自治区におけるウイグル族に対する「ジェノサイド」です。天安門事件に関しては、「通説」的理解が必ずしも真相を伝えていないことについて、次第に認識が深まるようになっていると思います。しかし、新疆「ジェノサイド」説の荒唐無稽さはあまりにも明白であるのに、中国との対決政策を推進するアメリカのトランプ、バイデン両政権が、もっぱら政治目的のために公然と利用し続け、また、クオリティ・ペーパーを自認するニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、フィナンシャル・タイムズを筆頭に、西側主要メディアがこぞって新疆「ジェノサイド」を「事実」として報道し続けているために、今や中国共産党批判の最有力材料と化している観すらあります。私は西側メディアの知的頽廃を痛切に感じています。
 「中国を内側から理解する」ことを心がけている私は今回、中国共産党の人権政策と民族政策について紹介する作業に取り組みました。中国の検索サイト「百度」を通じて、中国の人権問題に関する取り組みの内部事情を紹介する3篇の文章を発見することができたことは大きな収穫でした。改革開放初期、天安門事件直後及び胡錦濤・温家宝時代という3つの時期に関するものです。人権問題がタブー視されていた中国において、西側からの圧力に直面しながら、人権問題をタブーから解放し、自らの問題として如何に把握し、政策的に如何に対処するかを模索した姿の一端を垣間見ることができました。確認できることは、西側の圧力は確かに中国共産党をして中国の人権問題に正面から向き合うことを強いる力を発揮したということです。しかし、それ以上に私が重要だと思ったことは、中国が西側の一方的押しつけに流されるのではなく、中国的人権のあり方を主体的に模索する姿勢を一貫して貫いてきたことです。そうであるが故に、習近平時代になって、「西側的人権」ではない、中国独自の人権認識・政策を明確に表明することにつながったのだと思います。その要諦は、①人権は歴史的、発展的に捉える必要がある、②(発展途上国である中国にとって)もっとも重要な基本的人権は生存権と発展権である、③人権は個人的人権と集体的人権の有機的統一である、④個々の人権を全体的に推進する必要がある、⑤人権実現を検証する最重要基準は「人民の獲得感、幸福感、安全感」である、とまとめた国務院の人権白書(2019年)です。
 「人権は歴史的、発展的に捉える必要がある」という認識からは、中国における人権認識は今後も絶えず発展していくことが窺われます。私はその例を「尊厳」問題に対する新たなアプローチの模索に感じました。レジュメではそのことも紹介しています。いずれにせよ、「共産党独裁の中国には人権はあり得ない」とする「通説」的、西側的理解は根本的に間違っている、というのが私の偽りのない結論です。
 中国の民族問題に関しては、人権問題と異なり、そもそもタブー視されたことがありません。中国共産党が国共内戦を戦った当時から、数少なくない少数民族出身者が中国共産党の戦いに身を投じましたし、『偉大なる道』『中国の赤い星』を読めば、朱徳、毛沢東が民族的偏見からは無縁であったことを確認することができます。建国後の中国は積極的な民族政策を採用し、今日まで続いています。
 習近平が2014年に初提起した「中華民族共同体(意識)」に関しては、習近平自身、中華民族共同体意識をうち固めるには、①共同性と差異性との関係、②中華民族共同体意識と各民族意識との関係、③中華文化と各民族文化との関係、④物資と精神との関係を正確に把握するべきだ、と強調していることに徴しても、多くの問題と課題に直面していることが窺われます。西側諸国の中国少数民族問題を利用した中国揺さぶりの「あくどさ」は目に余るものがありますが、中国独自の人権認識・政策に見合う民族認識・政策に結実していくかどうかを見極めるまでには、なお相当の時日が必要だろうと思います。ただし、新疆「ジェノサイド」説の荒唐無稽さについては「一言なかるべからず」ですので、レジュメでも取り上げました。
 今回のレジュメをPDFで紹介します。↓

中国共産党の人権・民族政策