10月6日にバイデン大統領は、ホワイトハウスで記者団に対し、9月10日の米中首脳電話会談(浅井:9月12日のコラム参照)に関して、「私は習近平と台湾について話した(I've spoken with Xi about Taiwan)。我々は台湾協定を遵守することで合意した(We agree, we will abide by the Taiwan agreement)。そういうことだ(That's where we are)。そして我々は、習近平はこの協定を遵守する以外のことは何もするべきではない、ということを明確にした(And we made it clear that I don't think he should be doing anything other than abiding by the agreement)」(ブルームバーグ通信)と述べました。「台湾協定」なるものは存在しないことから様々な憶測を引き起こし、台湾当局もアメリカ側にクラリフィケーションを求める騒ぎになりました。
結局、ホワイトハウスは何も新しいことを意味しないと釈明し、バイデンが意味したのは、米中関係の基礎となっている3つの共同声明におけるアメリカの従来からの立場を述べたものだということで落着することになりました。つまりアメリカは」①中国政府を唯一の合法政権であると認める、②台湾の主権に関するアメリカの立場を明確にしない、つまり、「台湾は中国の領土」とする中国の主張を「認識する」(acknowledge)という従来からの立場を堅持する、ということです。米中首脳電話会談当時の米側発表文が「両首脳は競争が紛争に突入しないことを保証する両国の責任について議論した」と述べていることとあわせ読めば、米中対立が深まっている背景のもとで、この問題での米中軍事激突は回避したい、したがって台湾独立を支持しない従来の立場を維持する、というアメリカの姿勢は変わっていないことを確認することができます。
 しかし、米中首脳電話会談の後も、アメリカが台湾に「テコ入れ」し、中国をいらだたせる動きは執拗に続いています。9月20日及び10月7日のコラムで紹介した事例は代表的なものですが、氷山の一角でもあります(例えば、10月13日には国務省のフェルナンデス副長官が台北経済文化代表事務所(浅井:台湾の在米窓口)の蕭美琴代表と会見し、"アメリカの台湾に対するコミットメントは盤石である"と放言するまでになっています)。バイデン政権の中国との対決戦略は全面的であり、台湾問題に限るものではありません。しかし、この対中全面対決戦略そのものが見直されない限り、米中軍事対決という最悪事態を招くことは回避するという大前提のもとで、台湾問題で中国を攪乱するバイデン政権の執拗な動きは今後も止まることはないと見ておく必要があります。

1.蔡英文の『フォリン・アフェアズ』文章

 独立志向の強い台湾の蔡英文・民進党当局からすれば、米中首脳電話会談でアメリカが台湾の独立を支持しないことを確認したことは必ずしも理想的とはいえないものでしょうが、バイデン政権のもろもろの言動を歓迎していることは確かです。『フォリン・アフェアズ』11・12月号に掲載された蔡英文署名文章「台湾とデモクラシーのための戦い」を読むと、蔡英文はアメリカをはじめとする西側諸国の思考回路を読み切った上で自らの主張を組み立てていること、すなわち、"西側民主主義陣営の一員(=実質的な独立国) "としての台湾を売り込むことによって、西側諸国が台湾との関係のあり方を見直すことを促すアプローチを採用していることを理解することができます。西側の思考回路とは、①国際政治レベルでは「権威主義(中国)対民主主義(西側)」、②アジア太平洋レベルでは「拡張主義(中国)対現状維持(西側)」、③価価値観・体制レベルでは「全体主義(中国)対デモクラシー(西側)」とする、パワー・ポリティックスに立脚する敵対的二分法です。
つまり蔡英文は、①台湾を「西側の一員」と位置づけることで「中国対台湾」という問題を「中国対西側」という問題に巧妙に置き換え、②「台湾防衛=西側防衛」、すなわち、台湾を防衛することは西側を防衛することと同義であり、台湾を中国の侵略から守らないと西側の死活的利益が脅かされることになる、したがって③従来の対中コミットメント(「一つの中国」、「台湾は中国の領土」)に縛られずに"台湾独立承認に動く"べきだ、とする議論を展開しています。以上のことを、蔡英文は次のように論じています。
○台湾が諦めるのを拒否し、デモクラシーを頑強に守り、責任あるステークホルダーとしての役割にコミットしていることは、イデオロギーの新たな衝突の最前線に位置するリベラル・デモクラシー(台湾)の価値を再評価する動きを世界中で引き起こしている。中国共産党が突きつける脅威を認識する国が増えるにつれて、これらの国々は台湾と共有する価値を理解するようになる。仮に台湾が陥落するとすれば、その結果は地域の平和と民主的同盟システムにとって破滅的なものとなることを、これらの国々は理解するべきである。
○台湾の存続に対する途方もないチャレンジにもかかわらず、台湾がリベラル・デモクラシーとして生き残るだけではなく繁栄することさえできてきたということは、国際関係を支配するルールにとって重要な意味合いを持っている。国際社会でもっと重要な役割を演じたいという我々の主張は、地域政治に変化が生じつつある脈絡の中で、経済的政治的パワーで裏付けられた(中国による) 自由な国際秩序に対する攻撃的なチャレンジに対するものである。権威主義の野望が如何なる衝撃をもたらすかについて自覚が高まるにつれて、ますます多くの国々が台湾とのかかわり方に関する従来の前提及び自己規制について再検討することに前向きになっている。
 

また蔡英文は、デモクラシーは台湾の人々にとって交渉の余地のない一部・アイデンティティそのものであるとし、台湾の将来は民主的制度の下で台湾人自身によって決定されるべきであるという確信を披瀝します。そして、自らの立場・主張を説きつつ、軍事的対決は台湾の望むところではないが、自らのデモクラシーが脅かされる場合には、自らを防衛するためになし得る限りのことをするとして、中国との対決路線の正当性を主張するのです。ちなみに、蔡英文の立場・主張とは、①台湾は2016年以来、対等かつ政治的前提条件なしの北京との対話には応じる用意があることを一貫して明らかにしてきたこと、②東海、南海及び台湾海峡における軍事衝突を避けるために隣国と協力する全面的用意があること、③第一島嶼チェーンに位置する台湾の防衛に失敗すれば、70年間にわたって地域の平和と発展を可能にしてきた安全保障構造がひっくり返されること、などです。
以上に紹介した蔡英文の議論は確かに、台頭する中国に対する西側諸国の警戒心・対抗心を刺激し、共感を引き起こす中身を持っています。反中、嫌中の感情が横溢し、もともと台湾に対する親近感が強い日本はなおさら例外ではありません。
*蔡英文の文章(英文)を添付しておきます。↓

蔡英文文章(英文)

2.「台湾独立」論の検討

 しかし、蔡英文が西側諸国に見直しを求める「台湾とのかかわり方に関する従来の前提及び自己規制」とは、「一つの中国」及び「台湾は中国の一部」という根幹そのものです。また、蔡英文が応じる用意があるとした「対等かつ政治的前提条件なしの北京との対話」とは、中台間で合意された「九二共識」及び中国の「一国二制」を受け入れないという意思表示でもあります。要すれば、蔡英文は台湾が中国とは独立した存在であること、具体的には、中国に対しては「台湾独立」を承認することを要求し、西側諸国に対しては台湾を独立した存在(国家)として承認することを要求しているのです。

(1)「一つの中国」原則

 中国と国交関係があるすべての国々は、「一つの中国」原則を承認し、「台湾は中国の領土」であることを承認(少なくとも中国の主張を「認識」)しています。中国はこの2点を認める国家とだけ外交関係を設定してきました。台湾と外交関係を持っているのはいまや15カ国にすぎません。過去において、中国と台湾の双方と外交関係を設定する動きに出た国家はありますが、中国はその国家と直ちに断交しています。"「一つの中国」原則は国際法"だとする中国の主張は行きすぎであるとしても、この原則が国際秩序を維持する原則の一つを構成していることは間違いありません。「台湾独立」支持に傾斜する西側諸国の動きは自らが中国に対して行ったコミットメントに反するだけではありません。アメリカをはじめとする西側諸国(日本を含む)は近年「ルールに基づく国際秩序」('rule-based international order')を盛んに唱えていますが、これにも反するものです。
 西側諸国の最近の台湾に対する好意的な動きは対中警戒・対決に出発点があり、いわば「動機不純」であって、正当化する如何なる理由づけもありません。米政権の矛盾きわまる言動(バイデン大統領が「一つの中国」原則を確認する一方で、国務省、国防省などが米中3共同コミュニケを無視して台湾との関係を深める行動を取るという事実)は、アメリカが行っていることが如何に説得力を欠くものであるかを例証するものです。

(2)「民族(人民)自決」原則

 「台湾独立」を支持しうる国際法上の根拠を探すとすれば、「民族(人民)自決」原則ということになるでしょう。「民族(人民)自決」原則は国連憲章第55条、国際人権規約第1条で定められている、国際法の重要原則の一つです。しかし、その定義・内容は必ずしも明確とは言えません。したがって、この原則に基づいて独立した先例を具体的に見る必要があります。1960年代に多くのアジア・アフリカ・ラ米(AALA)諸国が旧植民地から脱して独立したのはこの原則に立脚しています。また、バングラデシュのパキスタンからの分離独立(1971年)、ソ連及びユーゴスラビアの解体後の旧構成国の独立(それぞれ1991年及び1992年)、最近の例としてはスーダンからの南スーダンの独立(2011年)などもこの原則に基づくものです。問題は、これらの先例が「台湾独立」を支持する根拠となるか、ということです。
台湾は古来より中国の領土であり、1895年の下関条約で日本の植民地となったけれども、1943年のカイロ宣言及び1945年のポツダム宣言で、満州、澎湖諸島とともに中国に「戻す」(restore)ことが明記され、日本降伏とともに中国(蒋介石政権)が支配を回復しました。AALA諸国のケースが前例とはなり得ないことは明らかです。旧ソ連邦諸国及び旧ユーゴスラビア連邦諸国の独立もまったく事情を異にしており、「台湾独立」を支持する根拠を提供しません。バングラデシュ及び南スーダンのケースは地理的分離独立という点では「台湾独立」を支持する論拠を提供します。しかし、パキスタンが地理的に東西に分かれながら一つの独立国として成立した背景には宗教的理由が大きく働いていました。ところが、民族的、言語的には東西の違いは大きく、このことがバングラデシュ独立の大きな要因となりました。南スーダンについても、宗教的、民族的に南北の違いが大きいことが独立の大きな要因です。「台湾独立」を正当化する材料とはなり得ないことは明らかです。
 蔡英文自身、「デモクラシーは台湾の人々にとって交渉の余地のない一部・アイデンティティ」と述べるとおり、中国と台湾を隔てる根拠を「デモクラシー(対全体主義)」という価値観・体制の違いに求めています。このことは、蔡英文が先行するケースが「台湾独立」を正当化する根拠とならないことを認識していることを窺わせます(正当化する根拠となり得るケースがあれば、蔡英文が見逃すはずはありません)。そして、価値観・体制の違いを「台湾独立」の根拠とする蔡英文の主張の当否を判断する上では、中国が提起している「一国二制」及び「九二共識」について検討する必要があります。具体的には、中国は台湾が大陸とは別の価値観及び体制を取ることを拒否しているのか否かの問題です。拒否しているのであれば、蔡英文の主張を一概に否定できません(独立承認の根拠になるか否かについては更に他の要素も考える必要があることは当然です)。しかし、中国が拒否せず、容認するというのであれば、蔡英文の主張は根本的に成り立たないことになります。

(3)「一国二制」と「九二共識」

 中国が提起している「一国二制」とは、「中華人民共和国の中で、国家主体は社会主義を行い、香港、マカオ及び台湾は資本主義を行う」ことを指します。1979年1月1日、全国人民代表大会常務委員会は「台湾同胞に告げる書」を発表し、国家統一の実現に際しては、「台湾の現状及び台湾各界人士の意見を尊重し、情理にあった政策と方法を採用する」と述べました。1981年9月30日、葉剣英全人代委員長が談話を発表し、「国家が統一を実現後、台湾は特別行政区として高度な自治権を享有する」と述べ、国共両党が対等で交渉することを提案しました。1982年1月11日、鄧小平は葉剣英の上記談話について、これは事実上の「一つの国家、二つの制度」ということであり、大陸は社会主義制度を行い、台湾は資本主義制度を行うということだと指摘しました。今日基本国策として確立している、台湾に関する「一国二制」方針の基本点は以下のとおりです(出所:2006年2月28日「台湾問題及び中国の統一」白書)。
 第一、一つの中国。台湾問題平和解決の前提。
 第二、二つの制度の併存。両岸統一実現後、台湾の現行社会経済制度は変わらず、生活方式は変わらず、外国との経済文化関係も変わらない。私有財産、家屋、土地、企業所有権、合法的継承権、外国人投資などは、一律に法律の保護を受ける。
 第三、高度の自治。統一後の台湾は特別行政区となる。その他の省・自治区と異なり、高度の自治権を享有する。台湾は行政管理権、立法権、独立した司法権及び終審権を有する。党、政、軍、経、財等の事項はすべて自ら管理する。外国と商務、文化等の協定を締結することができ、一定の外事権を有する。自らの軍隊を有し、大陸は軍隊を派遣せず、行政人員を台湾に派遣しない。特別行政区政府及び台湾各界の代表的人士は国家政権機構の領導的職務を担い、全国事務の管理に参与することもできる。
 第四、平和的交渉。一つの中国の前提のもとで、如何なる問題も話し合うことができる。交渉の方式、参加する党派・団体・各界代表人士及び台湾側が関心あるその他すべての問題を含む。
 「九二共識」とは、"1992年10月の会談及びその後の一連の書簡・電報のやりとりを通じて、「双方それぞれ(大陸と台湾)が「海峡両岸は等しく一つの中国の原則を堅持する」ことを口頭で述べるという共通認識を達成したことを、後に「九二共識」と概括されることになった"とされます。その核心的内容は、"大陸と台湾はともに一つの中国に属し、両岸は国と国との関係ではないということであり、両岸関係の根本的性格を明確に確定したこと"にあります。台湾が1990年11月に設立した海峡交流基金会と国務院台湾弁公室が1991年12月に設立した海峡両岸関係協会が交渉して、上記の口頭了解を達成しました。ただし、「一つの中国」の政治的含意については立ち入らないことが了解されています。
 以上を踏まえた上で、中国は台湾が大陸とは別の価値観及び体制を取ることを拒否しているのか否か、という点に関しては、「一国二制」の方針における「高度の自治」部分が明確に答えています。念のために再述するならば、「統一後の台湾は特別行政区となる。その他の省・自治区と異なり、高度の自治権を享有する。台湾は行政管理権、立法権、独立した司法権及び終審権を有する。党、政、軍、経、財等の事項はすべて自ら管理する。外国と商務、文化等の協定を締結することができ、一定の外事権を有する。自らの軍隊を有し、大陸は軍隊を派遣せず、行政人員を台湾に派遣しない。特別行政区政府及び台湾各界の代表的人士は国家政権機構の領導的職務を担い、全国事務の管理に参与することもできる。」ということです。すなわち、 台湾に関する「一国二制」は、香港及びマカオの「一国二制」とは異なり、私がよく使う表現を使うならば、「中華民国という看板と青天白日旗という旗を降ろせば、後はすべていままでどおりで結構」という桁外れに台湾に歩み寄った内容です。蔡英文の「台湾独立」の主張にはいささかの説得力もないということです。
 唯一提起される可能性がある疑問は、"香港に「一国二制」を認め、高度の自治を認めるといいながら、実際には民主化運動を弾圧したではないか、台湾がそうならない保証はどこにあるか"という点でしょう。しかし、イギリス及びポルトガルの植民地だった香港及びマカオと、元来が中国の一部である台湾とではまったく事情が異なります。
 また、香港復帰後に制定された香港基本法第23条は、中国政府に対する反逆、分離、扇動、転覆を禁止する内容の国家安全法を制定することが定められていました。香港の立法機関である立法会は長年にわたってこの法律の制定を試みてきましたが、市民の抵抗に遭遇して挫折していました。2019年から2020年にかけて起こったいわゆる民主化デモ及びその急進化(親米反中)に直面して、中国は国家安全法の制定を自ら行ったというのが事実関係の概要です。したがって、中国の強引な手法に対する批判はあり得ますが、国家に対する反逆を認めないことは香港復帰当初からの既定方針であったことは理解する必要があります。
 台湾に対しては、大陸は一切容喙しないことを約束しているので、香港の「二の舞」が起こることはありません。"中国の言うことは信用できない"とする確信犯に対しては、「仮に中国が以上の約束を破るようなことがあるならば、中国の国際的信用はがた落ちになり、改革開放の大方針も立ちゆかなくなるので、中国がそのようなことをするはずはない」と言うほかありません。