金正恩は9月29日に最高人民会議で施政演説を行い、南北板門店宣言3周年を機に行われた複数回の南北首脳間の書簡往復後の文在寅政権の努力を評価して7月27日にいったん復旧したものの、8月の米韓合同軍事演習に反発して再び断絶した北南通信連絡線について、「梗塞している現在の北南関係が一日も早く回復され、朝鮮半島に恒久平和が訪れることを望む全民族の期待と念願を実現するための努力の一環として」再び復元するという意思表明を行いました。韓国メディアの報道によれば、7月時点における復旧に関しては朝鮮国内では報道されておらず(対外向けの朝鮮中央通信のみが報道)、今回の金正恩の発言が国内での最初の言及ということになります。施政演説の全文は明らかにされていませんが、朝鮮中央通信が伝えた概要でも、金正恩はかなり大きなスペースを割いて南北関係について述べています。
 南北関係、特に文在寅が国連総会演説(9月22日)で行った「終戦宣言」提案に関する金正恩発言の基調をまとめるならば、9月29日のコラムで紹介したリ・テソン次官談話(9月23日)("「終戦宣言」の問題点指摘が主で肯定的要素の指摘は従")を踏襲しています。つまり、相互尊重、二重基準及び敵視の撤回が先決条件であることを強調した上で上記発言が続いています。明らかだと思われることは、通信連絡線の復旧はあくまでも「呼び水」であり、南北関係の今後の進展(金与正「北南間の円滑な疎通が成されるであろうし、ひいては意義ある終戦が時を失わずに宣言されるのはもちろん、北南共同連絡事務所の再設置、北南首脳の対面のような関係改善の諸問題も建設的な論議を経て早いうちに一つ一つ有意義に、見事に解決されることができると思う」)が進むか否かは、韓国側が相互尊重、二重基準及び敵視の撤回という先決条件について金正恩が納得できるだけの行動を取るかどうかにかかっていることが明らかにされているという印象です。
 特に、金正恩はバイデン政権に対する不信感を露骨に表明(「新しい米行政府の出現以降の8カ月間の行跡が明白に示したようにわれわれに対する米国の軍事的脅威と敵視政策は少しも変わったものがなく、かえってその表現形態と手口はいっそう狡猾になっている」)しており、文在寅政権がバイデン政権の圧力をはねのけて行動することを要求しています(「南朝鮮当局はわが共和国に対する対決的な姿勢と常習的な態度から変わらなければならず、言葉ではなく実践で民族自主の立場を堅持し、根本的な問題から解決しようとする姿勢で北南関係に対し、北南宣言を重んじて誠実に履行するのが重要である」)。
 以上を総じて言えることは、従来の金正恩・朝鮮は「朝米関係が主で北南関係は従」という位置づけでしたが、今の段階では、文在寅の熱意を評価し、「北南関係が主で朝米関係は従」という位置づけにして様子を見てみようということだと思います。更にいえば、金正恩の今回の条件づき連絡線復元意思表明は次の判断に基づいていると思います。第一、文在寅政権がバイデン政権に対してどの程度の独自性・独立性を持って行動するかを見極める判断材料にすること。第二、バイデン政権が南北直接交流に如何に臨むか(したがって、同政権の対朝鮮政策にプラス材料があるか否か)の判断材料にすること。第三、次の韓国大統領選挙に対する考慮、つまり、南北関係に前向きな候補の立場を損なわないようにすること(南北関係が前進することは同関係に前向きな候補にとって有利に働くという判断)。
参考のため、国防及びアメリカへの言及を含めた対外関係に関する金正恩の発言内容(朝鮮中央通信報道)を紹介します。

金正恩総書記は、国家防衛力を強化するのは主権国家の最優先的な権利であり、朝鮮式の社会主義の存立と発展は国家防衛力の絶え間ない強化を抜きにしては絶対に考えられないと述べ、共和国武力を全面的に固め、国防工業の主体化、現代化、科学化を高い水準で実現して第8回党大会が示した国防建設の目標を徹底した実践で貫徹することについて明らかにした。…
金正恩総書記は、依然として不安で重大な梗塞局面から脱していない現在の北南関係と朝鮮半島の情勢について概括評価し、現在の段階での対南政策を宣明した。
現在、南朝鮮でわが共和国を「けん制」するという口実の下で各種の軍事演習と武力増強策動が露骨に行われており、われわれを刺激し、時を構わず言い掛かりをつける不純な言動を引き続き行っていると述べた。
南朝鮮当局が引き続き米国に追随して国際共助だけを唱え、外国に出て外部の支持と協力を要求することにのみ汲々としていると述べ、先日、南朝鮮が提案した終戦宣言問題を論じるなら、北南間の不信と対決の火種となっている要因をそのまま置いては終戦を宣言するとしても敵対的な行為が続くであろうし、それによって予想しなかったいろいろな衝突が再発しかねず、全同胞と国際社会に懸念だけを与えるようになるであろうと述べた。
終戦の宣言に先立って相手に対する尊重が保障され、他方に対する偏見的な視覚と不公正な二重的な態度、敵視観点と政策から先に撤回されなければならないというのがわれわれが引き続き明らかにしている不変の要求であり、これは北南関係を収拾し、今後の明るい前途を開くためにも先決されなければならない重大課題であると明言した。
北南関係悪化の原因を知りながらも顔を背けて放置したし、何の変化も見せない南朝鮮当局の態度を指摘し、今、北南関係は現在の冷却関係を解消し、和解と協力の道へ進むか、そうでなければ対決の悪循環の中で引き続き分裂の苦痛をなめるかという深刻な選択の別れ道に置かれていると述べ、北南関係を根本的に解決する上で提起される原則的問題を明らかにした。
南朝鮮当局はわが共和国に対する対決的な姿勢と常習的な態度から変わらなければならず、言葉ではなく実践で民族自主の立場を堅持し、根本的な問題から解決しようとする姿勢で北南関係に対し、北南宣言を重んじて誠実に履行するのが重要であるということについて言及した。
最近、米国と南朝鮮が度を超える憂慮すべき武力増強、同盟軍事活動を繰り広げながら朝鮮半島周辺の安定と均衡を破壊し、北南間にいっそう複雑な衝突の危険を引き起こしていることについて注視していると述べ、米国と南朝鮮の強盗さながらの論理に立ち向かってこれを強力に糾弾し、このような危険な流れを抑止するわれわれの不動の立場を徹頭徹尾堅持し、必要な全ての強力な対策を立てていくべきだと強調した。
金正恩総書記は、北南関係が回復され、新しい段階へ発展していくか、でなければ引き続き今のような悪化状態が持続するかというのは南朝鮮当局の態度いかんにかかっているということについて再度明白に想起させると述べ、われわれは南朝鮮に挑発する目的も、理由もなく、危害を加える考えがない、南朝鮮は北朝鮮の挑発を抑止しなければならないという妄想と甚だしい危機意識、被害意識から早く脱しなければならないと指摘した。
金正恩総書記は、梗塞している現在の北南関係が一日も早く回復され、朝鮮半島に恒久平和が訪れることを望む全民族の期待と念願を実現するための努力の一環としていったん10月初めから関係悪化で断絶させた北南通信連絡線を再び復元するようにする意思を表明した。
金正恩総書記は、現在の国際政治情勢を分析し、対外活動部門が多事にわたる変化の多い外部的環境にいっそう主動的に、積極的に対処していくことについて明らかにした。
こんにち、世界が直面した重大な危機と挑戦は一つや二つではないが、より根本的な危険は国際平和と安定の根幹を崩している米国とその追随勢力の強権と専横であり、米国の一方的で不公正な組分け式対外政策によって国際関係の構図が「新冷戦」構図に変化しながらいっそう複雑多端になったのが現在の国際情勢変化の主要特徴であると言えると分析した。
新しい米行政府の出現以降の8カ月間の行跡が明白に示したようにわれわれに対する米国の軍事的脅威と敵視政策は少しも変わったものがなく、かえってその表現形態と手口はいっそう狡猾になっていると述べ、今、米国が「外交的関与」と「前提条件のない対話」を主張しているが、それはあくまでも国際社会を欺瞞し、自分らの敵対行為を覆い隠すためのベールにすぎず、歴代の米行政府が追求してきた敵視政策の延長にすぎないと述べた。
金正恩総書記は、対外活動部門で現在の米行政府の対朝鮮動向と米国の政治情勢展望、急変する国際力量関係を相互連関の中で厳密に研究、分析したことに基づいて共和国政府の対米戦略的構想を徹底的に実行するための戦術的対策を立てることに万全を期するための課題を示した。
対外活動部門でいっそう不安定になっている国際政治情勢と周辺環境に主動的に対処するとともに、われわれの国権と自主的な発展利益を徹底的に守るための活動に主な力を入れることについて明らかにした。
金正恩総書記は、共和国政府は今後もわが国の自主権を尊重し、わが国に友好的に対する世界各国との善隣・友好関係を発展させ、朝鮮半島の平和と安定を守るための闘争でその責任と役割を果たすと確言した。